ファントムと名乗ったそのちっこい石は
思い出すのも腹立たしいのか、時々怒るようにぴょこぴょこ跳ねながら
ここであった事を、とってもかいつまんで説明してくれた。

なんでもちょっと前に来たあるよそ者にいきなりぶっちめられ
あげく上司を殺され、支配下だったこの島を崩壊させられたそうだ。

ジュンヤはそのよそ者が自分たちのような者なのかと聞いたが
その話になるとファントムは怒って話が出来なくなるので
それ以上の詳しい事は聞けなかった。

しかしその全ての真相は
ストックで聞き耳を立てているダンテだけが知っていたりする。

「で、ファントムさんはそのよそ者に倒され・・」
黙れチビのさらにチビ!! 
 俺だってもっと広い所で戦っ・・・!』

しかし怒りすぎたのかカッカと発光していた石が急に勢いをなくし
ころんと力尽きたように横に転がった。

『・・・・・・畜生、無駄な体力使いすぎた』
「・・あ、効くかどうかわからないけど・・よければ治そうか?」
「主!!」

さっきから主に無礼な口をきかれまくって
やきもきしていたトールがたまりかねて口をはさんでくる。

「いいじゃないか。体力切れかけて困ってるみたいだし」
「しかしだな・・!」
「じゃあトールは目の前でへばってる悪魔がいたら
 そのまま放置して行っちゃうのか?」
「・・うぬぬ」

昔のトールならそうしていたかもしれないが
主に影響された今ならできない芸当だ。

ならその大元のであるジュンヤなら、なおさら止めても無駄な事。

黙り込んだトールにジュンヤは微笑んで
さっきまで威勢のよかった石に手をかざした。

じゅう!

手から放たれた光は普通あまり音を立てないのだが
なぜかその時は焼け石に水をかけたような変な音がする。

あれ、何か失敗したかなと思って光がおさまるのを待っていると・・

「・・・え?」

そこから現れたのはさっきの石ではなかった。

岩のような色をした丸い動体からいくつか生えている特有の足。
丸い顔付近にある足二本にはちんまりした爪。
目はビーズのように小さく複数あって、どれもサマエルのような青をしていたが
その全身の大きさはジュンヤの手のひらサイズくらいしかない。

それはちょっと大きなクモだった。
ただ普通のクモと違うのは、岩のような皮膚の節々から
赤い溶岩のようなものが見えていること。

「「・・・・・」」

ジュンヤとトールは黙りこむ。

これが魔帝の腹心で焔の魔将??

しかし実は元の彼はトール並に巨大な大グモで
今のサイズからすれば、かなりのプチサイズになっていることを2人は知らない。

ちなみに知っているダンテはストックの中で必死に笑いをこらえ
ごろごろ転がり回ってミカエルに白い目で見られていたりするのだが。

「・・・お・・・おお!?

プチサイズの魔将が驚いたような声を出し、チョロチョロとその場で回転した。

「動ける!動けるぞ!すげぇ!やるじゃねぇかチビのさらにチビ!!」
「・・・どうも」

そのチビより小さくなっている事は気にならないのか
新型ファントムは嬉しそうにわしわしと前足を広げた。

はっきり言ってかわいいのだが、言うと怒りそうなので黙っておく。

「多少サイズは縮んだがまあいい。
 貸しができたなチビのさらにチ・・」

ぶん!! どがん!!

我慢の限界がきたのか無言で振り下ろされた鉄槌が
元ファントムのいた場所に突き刺さり、その周辺の地面をかるく揺るがした。

「・・こらトール」
止めるな主!!焔だかホ●だか何だか知らぬが
 これ以上主への無礼なふるまい!断じて許してはおけぬ!!」

また変な言葉を覚えたなと思いつつ
ジュンヤは間一髪で拾い上げたファントムをひょいとトールの前に差し出した。

「それにしたってこんな小さなのに本気で怒ることないだろ?
 だいたい無礼も何も、俺は別に気にしてないし」
「主は甘いのだ!!大きさはどうあれ我が敬愛する主に対する数々の無礼
 たとえ主は許そうとも我が許せ・・!」

ぽひゅ

それは威嚇のつもりなのか
ファントムが吐き出した豆粒くらいのちっさい火の玉が
突き付けられていたトールの指先に情けない音を立ててヒットした。


ぶぢ


「ぬがぁあーーー!!」
「こらトールーーー!!」
「おお!やんのかデカブツ!
かかってこいやぁ!!


と、瓦礫の島でしばらくすったもんだしたあげく
それぞれかかと落としと指ピン一発をもらい
でっかい鬼神とちっさい魔将は大人しくなった。


「こんな小さい悪魔にぶち切れるトールも悪いけど
 こんなでっかい悪魔にケンカを売るファントムさんも悪い。
 大体こんな所でケンカしたって一銭の得にもならないだろ?
 ちょっと頭を冷やして考えろ」
「・・・・」
「・・・なんで俺まで・・・」

従順なトールは大人しく正座し
その横では初対面なはずのファントムまでなぜか説教に付き合わされて
本来凶暴な腹心はなんだか釈然としない気分になる。

しかしファントムからしてみれば変な悪魔だ。
姿形は人間似で、瓦礫の中から自分を見つけた目といい
怒鳴られるとなんだか逆らえない雰囲気といい
滅んだ自分の身体を元のサイズではないものの復元したり
こんなデカイ悪魔に説教したりと悪魔にしてはやけに器用だ。

「・・・ところでオマエ、一体なんだ?」
「え?俺?」

細身の悪魔はちょっと考えた。

「・・・えーーと・・・変な悪魔?」

返ってきた答えはファントムの思ったことそのまんま。
しかも聞いたはずが疑問系になって返ってきた。

俺に聞くな!!聞いてるのは俺だろうが!
 そうじゃなくてどこの誰の配下なのかとか
 どんな名前なのかとかもっと言うことがあるだろうが!!」
「あ、そうか。えーっと・・・
 名前はジュンヤで別に誰の配下でもないよ」

細身の悪魔は律儀に答えてくれたが
やはりそれだけではほとんど答えになってない。

ファントムはぷしーと身体の隙間から蒸気を出して前足を振り上げ
一瞬何か怒鳴ろうとしたが・・・

「・・・もういい」

しゃがみこんでわざわざ自分に目線を合わせてくれている金色の目を見ていると
なんだかこれ以上怒鳴る自分が馬鹿馬鹿しくなってくる。

「ともかくオマエ、この島のもんじゃないな。どこから来た?」
「ボルテクス・・・って言っても分かるかな?」
「知らん」
「・・あ、やっぱり」
「しかし見ての通りここにはもう何もねぇぞ。
 動けるようになった恩があるから言うが、帰り道があるうちにさっさと帰んな」
「え?」

ジュンヤは一瞬なんの事かと思ったが
ファントムは爪をちまちま動かしながらこんな言葉を続けた。

「なんだ知らねぇのか?ここいらはそこかしこに移動用のゲートがあって
 ちょっとばかし次元がひずんでるんだよ。オマエらそこから来たんだろ?」
「う?うーん、よくわからいけど・・多分そうじゃないかな?」
ガァーーっ!!どこまでもハッキリしねぇな!!」

言い方と声のトーンはそれなりに怖いのだが
見た目が見た目なのでぴょんと飛び上がって怒鳴られてもやっぱり怖くない。

困ったように頭をかくジュンヤに
ファントムは小さな足で地面を苛立ったようにひっかくと
かっかと発熱していた身体を元に戻し、急にくるりと後ろを向き・・

「ついて来いチビのさらにチビ!帰れそうな場所探してやる!」

となんだかちょっとやけっぱち気味に意外な事を言い出した。

「・・え?帰れそうな場所って・・・」
「ここは来たら戻れないような仕掛けはねぇんだよ!
 四の五の言わずにとっとと来い!!来るのか来ねぇのか!!?

態度も性格も乱暴な悪魔だが
それでもどうやら恩を感じて返すつもりでいるらしい。

「あ・・はいはい!行きます行きます。トール、もういいよ」

その途端、大人しく正座していたトールがぐばと立ち上がり
猛烈に何か抗議しようとしたが、次の瞬間べしゃと前に倒れた。
足がしびれたらしい。

「・・トール、俺達はここじゃ部外者みたいなものなんだから
 しばらくは大人しく従った方がいいよ。な?」

はいと渡されたディスパライズを握りしめ
トールは無言で、かなり考えた末にうなずいた。

「おいコラ!何やってるチビのさらにチビ!」
「・・・あのさ、その呼び方言いにくくない?」
「あぁ?!チビはチビとしか言いようがねぇだろが」

しかし小さいナリして口の悪いクモである。
このままではいつまたトールの堪忍袋の緒が切れるかわからない。

どうにかならないかなぁと思いながら歩いていると
5歩も歩かないうちに瓦礫の上をチョロチョロ歩いていた問題のクモに追いついた。

当然ながら大きさも足のリーチも違うので
ジュンヤが一歩歩くとファントムはその倍進まなければならず
トールにいたってはほとんど止まっているのと変わりない。

「・・・・・」

せわしなく歩いていたクモがそれに気付きピタリと足を止め
ビーズをちらしたような青い目でジュンヤを見上げた。

表情はわからないがおそらくムッとしているのだろう。

「・・・手出せ」
「・・・え?」
いいから手ぇ出せ!!
「??」

小さいながらもドスのきいた声に言われ
わけもわからずジュンヤがしゃがんで手を差し出すと
ファントムはそれにひょいと飛び乗り、飛ぶように肩まで登った。

「・・これでよし。じゃあ行けチビ!」
「あ、格上げしてくれたんだ」
「黙れ!いいから前へ進めチビ!」
「わかったから耳元で怒鳴らない」

ジュンヤが誰にでも好かれることはなんとなくわかっていたが
初対面の、しかもこんなちっさいくせに態度の悪いヤツとなれなれしく・・・

と青筋をぴきぴき立てまくっていたトールに気付いたのか
ジュンヤは振り返って声をかけてきた。

「トール、手出して」

怒りのあまり暴走しかかっていた意志が呼び戻され
トールは言われたとおりに大きな手を差し出す。

するとジュンヤはファントムがしたようにそれに飛び乗ると
さっきまでいた肩まで登って・・

「じゃあ引き続き頼むよ」

ぺちと横からツノを叩いてきた。

現状はどうであれ、主に信頼され使役されるは従者の至上の福。

「うむ、心得た!!」

ジュンヤの肩にいたファントムは一瞬何か言いたそうにしたが
そのあまりの満ち足りた声に喉まで出かかっていたツッコミを押し殺し
行き先をジュンヤに爪で指した。




ファントムはなぜか瓦礫の山である島の地形をよく知っていて
ここはホールだったとか中庭だったとか門番室だったとか言い
時たまその場所に何か埋まってないかと聞いてきた。

その場所に何があったのかはわからないが
今のところボルテクスに帰る手がかりはファントムしか知らないので
ともかくトールは大人しく、ジュンヤを通じてだがその指示にしたがい
指定された場所の捜索に専念する。

しかし出てくる物は鏡のフレームみたいな物や
壊れて原型をとどめていない何かの像などばかり。

「・・チ、スッキリしすぎてて肝心のブツも残ってねぇか」

どうやらジュンヤ達が元の世界に戻るための
道具か何かを探そうとしているらしいのだが
ここはどこもかしこも崩れに崩れて見えるのは瓦礫ばかりで
いくら探してもそれらしいものは見当たらなかった。

それでもファントムはあきらめず
あっちへ行けこっちへ行けと怒鳴りつつ、色々な場所をあたってくれたが
太陽が真上になり地平線に近くなっても、これといった収穫が得られず
大きな鬼神と人型悪魔とプチサイズの悪魔は
オレンジ色になった太陽の見える小高い丘で、みんな一緒に途方にくれた。

「・・・日がしずむなぁ・・・」

何かの柱だったろう丸い円柱の上に座り込んだジュンヤがぽつりともらす。

カグツチはいつまでたっても照りっぱなしだったので
沈む太陽を見るとなぜだかホッとする。

「・・呆けた声出してる場合じゃねぇぞ。
 夜になったら見境のない奴らが活動を始める」
「え?」

膝の上で夕日を見ていたファントムが
どこかうんざりしたような口調をしながらこちらを向いた。

「オマエがどっから来たのか知らねぇが、ここは太陽が沈んでからが本番だ。
 動いてる物を見たら襲いかかってくるのや
 どこからでも勝手にわきでてくる低級のやつら。
 そいつらの活動時間は大体日が沈んでからだ。
 ・・まぁまれに関係なく昼間っから活動するヤツもいるがな」
「それって盾と兜もったをトカゲみたいな?」
「ん?オマエブレイドを見たのか?」
「えっと・・名前までは知らないけど
 コロシアムって所で羽を拾って外に出た時・・」
「・・?ちょっと待て。今何て言った?」
「え?だからコロシア・・」

・・ゴツ・・ゴトリ

ジュンヤが何か言いかけたのと同時に近くにあった瓦礫が軽い音を立てる。

それは明らかに瓦礫が崩れた音ではない。

「新手か!?」

トールが真っ先に立ち上がって身構え
ジュンヤがファントムを拾い上げ、空いた片手に魔力をためる。

・・ゴ・・ゴト・ドゴン!

三体の悪魔が見守る中、瓦礫を押し上げて出てきたのは
黒いモヤの固まりだ。

いや、よく見るとそのモヤには赤い目のようなものが2つついていて
瓦礫からさらに這い出てきた身体には獣のような足が4本あり
シッポらしきものまでついている。

その赤い目がゆるりとこちらを見た。

よく見るとその目の下には鋭い牙のような物がついていて
それは全体的に太古の昔に存在した
牙の発達した大きなネコ科の動物を思わせた。

「・・・シャドウか。やっかいなのが残ってやがるな」
「シャドウ・・って影のこと?」
「見ての通りな。変幻自在の身体でまともな攻撃が通じねぇ」
「言葉が通じたりは?」
するか馬鹿!!
「・・やっぱり?」
「主・・来るぞ!」

そういえば悪魔全書にあった同名の悪魔も
似たような色をしていて会話ができなかったはず。

シュルルーー

影のような獣から威嚇のような音がもれる。

それはひたひたと不思議な足音を立ててゆっくりと歩み寄ってきた。

不思議なことにそれは踏みしめる瓦礫をまったく動かさず
しかもそれ自身が影という名が付いているからか
夕日の中だというのにその足元からは一切の影が伸びていない。

ジュンヤはファントムを頭の上にのせ、しっかり掴まってろという意味で軽く叩くと
片手に使い慣れた真空の刃をためた。

横ではトールも同じように鉄槌をさがらせ
いつでも電撃を放てるように身構える。

しかし・・・

・・ルルルルーー

影でできた獣はある程度近づくと、それ以上こちらへは寄って来ず
何かさぐるようにジュンヤ達の周囲をぐるぐる回り出す。

「・・・何のつもりだこやつ」
「・・・距離をさぐってるんじゃないかな」
「馬鹿言え。とっくに攻撃射程内に入ってる」
「え!?」
「オマエ俺の話聞いてなかったのか?!
 変幻自在ってことは長い槍にでもなれるって事なんだよ!」
「・・じゃあなんで攻撃してこないんだろう」
俺が知るか!!

怒ったのかぷしゅーと音がして頭の上が温かくなる。
短気なうえに役に立ってるのか立ってないのか微妙な魔将だ。

しかしそんなやり取りをよそに
周囲を嗅ぎ回っていたシャドウがピタリと歩みを止め
首をかしげるような動作をし、ゆっくりとこちらに近づいてきた。

「・・・主」

身構えたままのトールが声をかけてくる。
ジュンヤは敵意のない者には攻撃禁止という言いつけをしているので
あちらが何のリアクションも見せてこないとこちらからは仕掛けられない。

だがジュンヤは何も言わず、ひたひたと歩み寄ってくる獣を見据えた。

実はこういった場合に相手の悪魔、とりわけ会話のできない悪魔が何をするか
ジュンヤは悪魔との戦闘経験で知っていた。

そしてひたり、と影でできた獣はジュンヤの目の前で立ち止まる。

そして・・・

シャドウという赤い目の悪魔は、その影でできた身体を
まるで甘えるようにジュンヤの膝にすりつけてきた。

「・・な・・?!」

ファントムが言葉を失い、固唾をのんで見守っていたトールが
ほっとしたように構えていた手を下ろす。

そう、これがジュンヤのスキルではない十八番の1つ
『言葉の通じない悪魔になぜか好かれる』だ。

「・・・うわ・・・変わった触りごこちだなおまえ・・」

しかもジュンヤはジュンヤで
こんな得体の知れない生き物を特に気味悪がりもせず
なでなでと頭であろう部分を触っている。
元々動物好きで温和な性格をしているので
元が凶暴だとか悪魔だとかいう事は気にしないのだ。

まぁそんな懐の広さというか気さくさというか大雑把さが
変な悪魔に好かれる理由なのかもしれないが。

「・・・オマエ・・・ホントに変な悪魔だな」
「そりゃあ色々あったからね・・・わわ、よせよおい」

赤い目をした不思議なケモノは、よほど気に入ったのか
影の身体をジュンヤがうもれるほどすりつけてきた。
トールから見ればケルベロスがなついているのと同じように見えるが
この獣の本来を知るファントムからすればそれは信じられない光景だ。

舌があったらのしかかってきて顔を舐めてきただろうその獣は
しばらくジュンヤの足に実体のない身体をすりつけていたが
ふと何を見つけたのか、ハープパンツのポケットに顔を近づけ
においを嗅ぐようなしぐさをする。

「・・ん?これか?」

そういえばすっかり忘れていたが、何気なく拾った茶色い羽を取り出し・・・

「あ!?おまっ!それ!」

突然頭の上から大声をあげられジュンヤは首をすくめた。

「っ!こら!頭の上で大声出さない!」
「あ、悪い・・・じゃなくて!オマエそれどうした!?」
「え?さっき言いそびれたけど、コロシアムって所で拾ったんだ」

すると頭の上にいたファントムはぴょんと羽を持っていた手の上に降り
見上げているシャドウと一緒に無言のままそれを見つめ
何の変哲もないそれを爪先でつついた。

「・・拾った時他に何か落ちてなかったか?」
「?・・いや、それ以外は何も」
「・・・そうか」

トールとジュンヤはファントムの今までにない
なんだか沈んだ様子に顔を見合わせる。

「あの・・これって拾っちゃいけない物だった?」
「・・さぁな。こんだけしか残ってないなら
 拾わなかった方がよかったのかも知れねぇが
 オマエに拾われたのは何かの縁なのかも知れねぇ」
「何の事なのだ一体?」

ファントムは爪で器用に羽をつまむと
ジュンヤ達の方を青い目で見上げた。

「こいつも俺と同じ、魔帝の腹心だったんだよ」
「え!?」
「・・・だった?」

過去形で言ったという事は
おそらくこの羽一枚以外はもうその腹心は存在していないのだろう。

「こいつは俺と違って空が飛べた。
 深追いしすぎたかそれとも失敗続きで愛想を尽かされたか・・
 どっちにしろ、もうこいつは・・・」

ぺし

「あ」

いきなり取り上げられた同僚の破片は
次に見た時にはもうファントムと反対側の
タトゥーの入った手の上で淡い光に包まれていた。

「・・おいオマエまさか!?」

見上げた先の金色の目の悪魔は
まったく悪魔らしからぬ笑みを浮かべる。

「でもこれだけでも残ったんなら
 まだ生きたがってるって事なんじゃないかな」


パチッ!パリパリ!


光に包まれた手の上で、ファントムの時とは違う音と小さな放電が起こった。
シャドウがまぶしかったのかビクリとしてトールの影に潜り込む。

そして静かに光が収まった後の光景に・・
ファントムの小さいアゴがかくんと落ちた。

そこにあったのは茶色の羽ではない。
スズメをちょっと大きくしてずんぐりさせた
クチバシの少し大きな茶色い小鳥。

それは元のサイズの何100分の1くらいしかなかったが
色といいずんぐりした体格といい、クチバシが割れていない事をのぞけば
呆れるほどにそっくりだ。

「・・・・グリ・・フォンか?」

おそるおそるかけられた言葉にジュンヤの手の上でちょこんと
まるで眠るように座っていたそれがぱちりと目を開ける。

そしてくわぁと1つあくびをし、ぶるると身震いし
パリッと小さく赤い色の放電をすると反対の手にいたファントムをぢーーと見て
ピヨと一声、かわいく鳴いた。

「・・・おいオマエ・・・」

オマエ言葉はどうしたと言おうとするが、本来地位の高いはずの上級悪魔は
何を思ったのかぱたたと小さな音をさせながらジュンヤの手から飛び立ち

「・・む?」

なぜかかなり高い所にあったトールの頭にとまった。

おそらく元が電撃を操る悪魔なので
同じようなトールの所が落ちつくのだろう。

「おいコラグリフォン!何やってんだ!
 俺がわからんのか!ファントムだ!!」

とぶいぶい怒ってもトールの頭で落ちついたプチグリフォンは
気にせずのんきに羽づくろいを始めている。

どうやら身体は再構成されたが、元の悪魔だった時の記憶がないらしい。
かろうじて自分の名前くらいは覚えているらしいが
これでは電撃をおびている事をのぞけば単なる鳥とあまり変わりない。

これはこれで幸せなのか
それとも元の羽のまま自然に朽ち果てる方がよかったのか。
今まで負けることなど考えたことのないファントムには分からなかった。

そんなファントムをよそに大きなトールは
やたらと小さいものに頭を占領され、少し困ったように手をさまよわせる。

「・・・主・・・我は・・・どうすればよいのだ?」
「あんまり激しく動いたり頭を叩かなければ普通にしてていいと思うよ。
 それにしてもトール、かわいいのに気に入られたな」
「うむむ・・」

そうは言われてもトールにすれば今のグリフォンは
精々豆粒かハエくらいの大きさしかなく
頭の上に乗られるとまったく見えないので実感が薄い。

それにしても変な悪魔達だと、くすくす笑っているジュンヤと
困ったように首をひねっているトールを見ながら
元上級悪魔のファントムは思った。

元雷電の支配者になつかれた巨大で従順な悪魔。
自分達を事も無げに再生し、漆黒の狂獣さえ手なずけた
見た目がまったく強そうに見えない人型悪魔。

この島が崩壊して自分もあのまま朽ち果てるだろうかと思っていたが
この変な悪魔達が来てからというもの、妙なことに出くわしっぱなしだ。


けど・・

妙な連中だが、変な悪魔だが

あのままただ朽ち果てていたよりは遙かにいい。


再びすり寄ってきたシャドウを撫でているジュンヤの手の上で
小さい魔将は今まで感じたことのない楽しさというものに
随分と縮んでしまった身をぷるりと震わせた。






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