・・・ドスン!

「いて!」
「ッ!」

落下の衝撃と一緒に隣からかみ殺したような声が聞こえる。

見るとストックに押し込めようとしたはずのダンテが
ジュンヤの腕を掴んだまま、落ちたときに打ったのか腰をさすっていた。

それはつまりストックに送り損ねた証拠だ。
幸いはぐれることはなかったようだが、一歩間違えば大変なことになっていただろう。

「な・・!」

ジュンヤは一瞬なにやってるんだと怒鳴ろうとしたが
それ以前に目に入ってきた光景に思わず言葉を失った。

まずダンテの周りにあったのが、綺麗な黄緑色をした草なのだ。

草自体は珍しいものではないが、元いたボルテクスには雨もなく
太陽にかわってカグツチが照っているので草などは当然枯れ
長く生きていた木はともかく草はかなり珍しい方だ。

もちろん自分の下にもそれはあった。
触ってみるとそれはみずみずしく、風を受けて綺麗になびく。

そこは少し切り立った崖のような場所にある草原だった。

崖の向こうには信じられないような見事な断崖がそびえ立ち
上を見ると青い空が広がり、鳥が小さな群れをなして自由に飛んでいて
そこから見下ろす場所には綺麗な水の流れる川があり
カグツチではない太陽が川の流れる広大な大地にいくつかの雲の影を作り出していた。

青い空、太陽、緑の大地、水

そこままるでボルテクスにはないものが全て集まったかのような
自然と命に満ちあふれた場所だった。

「・・・少年?」

周囲を見回してすっかり固まってしまったジュンヤの肩を
横で見ていて不思議に思ったダンテが叩く。

いや叩こうとした。

だがその前にそれはいきなり立ち上がり
何を思ったのか近くにあった草へダイブした。

「草ーーーー!!」

と叫んだかと思えば仰向けに転がり

「空ーーーー!!」

さらに流れていく雲をさして

「雲ーーーー!!」

そして下にあるだろう川の方向をさし

「水ーーーー!!」

そして手のひらを天に向け

「フレス!!」

と、何を思ったのか、いきなり氷の妖獣を呼んで一言。

「取ってこーーい!!」

そう言ってさしたのは、空にあった純白の雲だった。



ダンテはさすがに心配になってきた。
呼び出されたフレスベルグは別に気にもせず大喜びで広い空を上昇していくが
ダンテは今までこんなテンションのジュンヤは見たことがない。

まさか転送の時頭でも打ったかショックでパニックにでもなったのかと思ったが
そうではないことはすぐにわかった。

遙か上空で掴めない雲をつついているフレスベルグを楽しそうに見ていたジュンヤの目が
いきなり潮が引いたかのようにすーっと表情をなくしていく。

ダンテはコートをはらいながら立ち上がり
寝転がったままぼんやり空をながめているジュンヤの横に立った。

「・・・違うんだよ」

ダンテが何か言う前にジュンヤが先に口を開く。
その金色の目は空もダンテも、どこも見ていなかった。

「・・・ここ、俺のほしかった物があるけど、東京じゃないんだよ」

ここにはボルテクスになかったものがほとんどあるが
明らかにここは東京ではなく、あの時消えた多くの人間の気配もない。
つまりここはジュンヤが取り戻そうとしていた故郷ではないのだ。

ほしいものはあるはずなのに、そこは自分の世界ではない。

少年は嬉しくなったのと同時に絶望も味わったのだろう。

どこか放心状態で寝転がったままのジュンヤに
ダンテは少し考えて、足元にあった草を1つちぎると指先でつまんでひらひらさせた。

「なら・・・まずしょげるより前に、帰り道を探すのが先だと思うがな」
「・・・え?」

ジュンヤが首だけ動かしてダンテを見たが
この空と同じような色をした目は指先に向けられたままで。

「あの世界は生まれ変わるために作られたタマゴみたいなもんだ。
 カラを割って元の世界を取り返すには、まずあの中にいないと話にならねえ。
 何しろあのふざけたタマゴは外から割るには大きすぎるからな」

そう言って、ジュンヤと同じくタマゴ型の世界に閉じこめられていた魔人は
つまんでいた草をひらりとジュンヤの額に落とす。

「それに・・・カラを割るのはヒヨコの仕事だろ?ジュンヤ」

普段は人を小馬鹿にしたりからかったりするこの魔人は
時折誰よりも頼もしくて大きく見える。

それはきっと言い換えると、良い意味での大人ということなのだろう。

ジュンヤはしばらく額に草を乗せたままぼんやりダンテを見上げていたが
急に気合いを入れるように顔をはたいたかと思うと
足をバネにして勢いをつけるように立ち上がった。

「なんだ、もうブレイクタイムは終わりか?」
「うん。落ち込んでても何も前に進まないからね」

そう言って笑うジュンヤはもういつものジュンヤの顔だ。

急に落ち込んだかと思えば速攻で立ち直って、自分で勝手に元気になって
やっぱりまだまだガキでやがる。

そんな事を考えていたダンテをよそに
ジュンヤは上空で雲と格闘していたフレスベルグを呼んだ。

「フレス!戻っておいで!」

水色の妖獣はかなり上空にいたが、主の声はしっかり聞こえたらしく
すぐ舞い戻ってきて地上に降りずに地上1メートルほどで停止した。

「ジュンヤジュンヤ!あれとれないとれない!あるのにとれない!」
「はは、ゴメンゴメン。あれは雲って言って目には見えるけど触れないものなんだ」
「??」

大きな鳥はよくわからないといった風に小首をかしげる。

「ほら、フレスの周りにあるこれと一緒だよ。
 これだって見えるけど触れないだろ?」

そう言ってジュンヤはフレスベルグの周囲にある
青い冷気のようなものにスカスカ手を通して見せた。

「これとおなじか?ジュンヤ。ウマイのに?」
「え?」

まぁ確かに冷気属性なフレスベルグなら
水蒸気でできている雲を食べても別に問題ないだろうが・・

「おいしい・・・のか?」
「ウマイウマイ!あれウマイ!」

とバタバタ羽ばたいて周囲が少しひんやりした。

「・・じゃあフレス、好きなだけ食べてていいからしばらくこのあたりの偵察を頼むよ。
 何か見つけたり危なくなったりしたら戻っておいで」
「わかったわかったオレ偵察偵察!」

頭を撫でてそう命じると、妖獣は水色の空に向かって嬉しそうに羽ばたいていく。
たまたま通りがかった鳥の群れが驚いてちりぢりに方向を変えたが
フレスベルグは気にもせず白い雲に勢いよく突っ込んでいった。

「・・・大丈夫か?あのチキン」
「平気だよ。フレスはああ見えても賢いからね」

多少のんきな性格をしているが、主の言いつけはきちんと守るので
呼べばすぐに戻ってくるし、こちらを見失うこともないだろう。

「そりゃ鳥レベルでの話だろう。
 賢いヤツは初対面で人の頭から髪をむしったりしない」
「・・・まだ根に持ってるのダンテさん?」
「当たり前だ」

ダンテはフレスベルグと最初にあった時
その性格と言動からちょっとした油断をしてしまい
妖獣の無邪気な好奇心から頭髪をむしられた経緯があるのだ。

「ちゃんと治してあげたからいいじゃないか別に。
 ダンテさんだってハーロットに若ハゲするって笑われたら
 ハゲの家系じゃないって怒鳴ってたんだし」
「ハゲとかハゲないとかの問題じゃない。精神的問題だ」


だったら少しは雇用前自分がジュンヤにやらかした
イカレた行動の数々を思い出してほしいものである。


「・・・まぁともかく少し歩こうよ。ひょっとしたら人がいるかもしれないし」
「実は原住民も生き物もいない世界だったりしてな」
「探索する前から不吉なこと言わない」


などと言いながら大自然の中を歩き出した人修羅と魔人。

実はこの後、その中の誰もが想像しなかった生き物がこの世界に君臨しているなど
ジュンヤもダンテもフレスベルグもまだ誰も知らなかった。






切り立った断崖、そこから流れ落ちる長い滝
森があったかと思えばゆるやかな川が出現し
真っ青な空には雲が浮かび、時折群れをなした鳥が飛んでいく。

そんな光景今までテレビでしか見たことのなく
なおかつ砂だらけのボルテクスにいたジュンヤにとってはそれはまるで夢のような光景で
いつも落ちついた目がまるで子供のように輝きっぱなしなのを見て
隣を歩いていたダンテが軽く肩をすくめた。

「そんなに珍しいか?少年」
「まぁそれもあるけど・・こうやって人の手のかかってない所は元から好きだから」
「ありのままの自然ってやつか」
「うん。排気ガスで曇ってない空とか汚水の流れてない川とか
 植林されず誰の手も借りてない自然の森とかね」

そう言って楽しそうに笑うジュンヤは
タトゥーがなければ日なたの似合う普通の少年だったろう。

「・・・今さらだが・・・あのジジイの趣味は最悪だな」
「へ?」
「いや、こっちの話だ」

ダンテは適当にごまかして話題を切り替えようとしたが
ふと何気なく見た草の間にあるものを見つけて足が止まる。

「・・・少年。夢を壊して悪いが、どうやらここは未開の地でもなさそうだ」
「え?」
「見てみろ」

そう言って黒のブーツが指したのは、草の中に隠れていた何かの足跡と爪のあと。
一方はおそらく人の物だが、もう一方は見たことのない動物の爪跡だ。

「人と・・・何だろこれ、鳥?熊?」
「こんな自然あふれる場所に悪魔はまずないだろうから・・
 大きさと体重のかけ方からして・・そこそこ大きな二本足のヤツだな」
「じゃあ鳥・・かな」
「かもしれんが・・・オレとしてはこっちの人型の方が気になるな」

そう言ってダンテは爪跡の横にあった人の足跡をさす。

「少年、ちょっとあわせてみろ」
「え?うん」

言われたとおりジュンヤがその足跡の上に乗ると
それは意外と小さく、はいていたスニーカーの下に完全に隠れてしまった。


「あれ、意外と小さいな」
「・・オレが気になるのはそこだ。
 そんなサイズの足にしては体重のかかり方が普通じゃない。
 まるで鉄の固まりを自分の体積分持ってるような重さのヤツなんだ」
「それは確かに変・・」


ギィーーー!!


その時突然上空にいたフレスベルグが甲高い声を上げる。
これは危険がせまった時の警告音だ。

ダンテが目にもとまらぬ速さで銃を抜き
それと背中合わせになるようにジュンヤが身構える。


そして次の瞬間、近くにあった林からそれはいきなり飛び出してきた。


それは一見して青いトカゲのように見えた。
ジュンヤよりいくらか大きい身体は青い鱗におおわれており
ずらりと鋭い歯の並んだ口は黄色く、鋭い爪のついた後足二本で立ってる。

前足になる部分にはずらりとナイフのような爪が垂れ下がり
それは大きなトカゲのようで、羽のない青いダチョウのような鳥のようで・・・
とにかくそれはどう言っていいか判断に迷う生き物だった。

だがジュンヤの知識の中に、これに1つだけ該当する生き物が存在する。


「・・これって・・恐竜?」


ギァオォーー!!


その恐竜が一声、するどく鳴いた。

それを合図に近くの林の中から同じような青い生き物が
バラバラバラバラ、それこそ山のように出てきて周囲を取り囲む。

「えぇっ!?なに!?ジュラ○ックパーク!?」
「なんだそりゃ。どこのテーマパークだ?」

映画に詳しくないダンテがズレた事を言いながら
飛びかかってきた一匹に挨拶代わりの弾丸をおみまいする。

それを合図に降りてきたフレスベルグが加わって
大自然の中での戦闘が始まった。




その青いトカゲのような生き物は攻撃力こそないが動きが速く
狩りの心得でもあるのかやけに統率がとれていた。

一度前へ出すぎたフレスベルグがあっというまに周囲を取り囲まれ
4・5匹同時に飛びかかられてギャーギャー鳴いていた所を
あわててジュンヤが追い払う。

ダンテも剣で応戦しながら時々銃で牽制していたが
どういったわけかその生き物は銃を恐れもせずに
時々狙いをかく乱させるかのように左右にステップまで踏んで見せ
おまけに倒しても倒しても次のトカゲが新しく林の中から飛び出してきた。

「・・トカゲのくせにやけに賢いな!まるで銃を知ってるような動きをしやがる」
「あのさダンテさん!それよか・・キリがないんだけど!」
「オマエかチキンの魔法で一掃すりゃいいだろう!」
「だってこんな所でメギドラオンとか使ったら!草とかが全部枯れたりしそうで・・」
「エコロジーは結構だが、チキンが食われてるぞ」
「うわーー!?」

またしても複数にかじられていたフレスベルグに
慌ててジュンヤが死亡遊戯の剣を出すと
青いトカゲは蜘蛛の子を散らすように逃げていく。

どうやら回避の仕方を覚えるほどの知能があるらしく
さらには誰が弱いかもわかってきたのか
青いトカゲはダンテとジュンヤにはあまり手を出さず
フレスベルグにばかり攻撃を集中するようになってきた。

まぁ多少冷気に包まれているとはいえ
毒色素の強いダンテや変な模様のあるジュンヤよりは
まだ食べられそうだと思われただけかもしれないが。

「あー!もうあっちいけ!フレスは食べ物じゃない!」
「クリスマスディナーには最適だがな」
「バカ!!」

さすがに戦闘中に殴れないので
ジュンヤの拳はフレスベルグの羽に噛みつこうとした一匹にめりこみ・・・。


ごしゃ


するとそれと同時にどこからか鈍い音がして
何か大きな物がトカゲの群れの真ん中にべしゃりと落ちてくる。

見るとそれは胴体がひん曲がった青いトカゲだった。
かなりの力で叩き飛ばされたのか、落ちてすぐにピクリとも動かなくなる。

「なんだ・・まだ新手がいるのか?」

剣にかじりついていた一匹を蹴り飛ばし
返す刀で飛びかかってきた一匹を斬り飛ばしたダンテが目をやると
そこにいたのはトカゲではなく1人の人間だった。

背はほぼジュンヤくらい。
赤い鎧と小手、魚のヒレのようなものがついた兜に具足。
それは遠目からでもわかるほどの重装備をしていて
手にはオレンジ色の巨大な何かが握られている。

それはまっすぐにこちらを目指していたが、途中でトカゲに進路を阻まれた。

その何者かはトカゲの攻撃を走りながらかわし
巨大な何かを振りかぶった。

ゴキ!

それをたまたま見てしまったジュンヤの顔が一瞬ひきつる。

鈍い音と共に血しぶきを上げた青いトカゲは、まるでボールのように軽々と宙を舞い
地面に激突すると同時に一度痙攣すると、それっきり動かなくなった。


ダンテですら二度以上斬りつけなければならない相手を一撃だ。


そういえば、その巨大な何かはかなり大きくて変わった色をしているが
それはよく見ると岩でできた斧のようにも見える。

「ねぇあんたたち!」

物々しい姿で巨大な斧を振り回しながらそれがしゃべった。

驚いたことに女の声だ。

「今ここコイツらの群れが来てるからいくらやってもキリがないよ!
 ムシャクシャしてて暴れてるってだけなら止めないけどさ!」

言いながらも飛びかかってきたトカゲを器用にかわし
死角にすべりこむようにして斧を一撃。
やけに手慣れているところを見ると、どうやら彼女は現地の人間らしい。

しかしどう言おうか、とフレスベルグをかばいながら戦っていたジュンヤより先に
たかられる数の少なくなったダンテが口を開いた。

「いや、実はここいらは初めてでな。
 気がついたらすっかり気に入られて・・この有様だ!」
「ふーん?」

進路上にあるトカゲを叩き飛ばしながら女は気のない返事をし
腰のポーチから何かを出した。

「ま、とりあえずこんな所で立ち話も無理だから場所かえない?」

ダンテとジュンヤはそれぞれ攻防を続けながら顔を見合わせた。

「悪いな。頼もうか!」
「じゃあ片目か両目つむっててもらえる!?」

女はそう言って、手にしていた何かを青いトカゲの群れに投げる。

何が起こるか察知したダンテが片目を腕でガードし
ジュンヤはフレスベルグの顔を抱いてぎゅっと目をつむった。


キン!


一瞬後、ガラスの割れるような音がして
ダンテの視界の片方が強烈な閃光に白く焼き付く。

周囲がフラッシュをたいたかのように一瞬真っ白になり
その直後、今まであれだけ動き回っていた青いトカゲ達が目をやられたのか
キィキィ鳴きながらフラフラしはじめた。

「こっち!」

声で位置を知られないようにしているのか、さっきの女の声がいくらか小さい声でする。
ダンテは片方の視力を大分取られたが
トカゲの群れをよけるようにして手招きしている女の姿は見ることができた。

ジュンヤはフレスベルグと一緒にきちんと両目をつむったらしく
しっかりした足取りでこちらにやって来ている。
水色の妖獣はあちこちかじられてはいたが、元々物理攻撃に耐性があるので
それほど大したケガもなくジュンヤの後をついてきていた。

ダンテはそれを確認すると、まだ少しぼやける視界のまま
何やら物々しい姿をした女に先導され、大量のトカゲの中から離脱した。





いくらか走ってたどり着いたのは流れのゆるい川のほとりだ。
そこには先程よりはるかに大きいトカゲ・・いや灰色の恐竜がいたのだが
それは別にこちらを気にする様子もなくのんびりと草を食べ、時々げっぷまでする。

どうやらそれはさっきの青いトカゲのような凶暴な種類とは違い
草食の大人しい種類のものらしい。

「・・・ま、ここまで来れば大丈夫かな」

前を走っていた重装備の女はそう言って、オレンジ色の巨大斧を背中に戻した。
重量のほどはわからないが女が持つにはギャップがありすぎて
ダンテは笑いをこらえるのに苦労した。
よく見ると顔立ちはそれなりに若く、あまり見たことのない薄紫色の髪が
鈍く光る兜のすそからのぞいている。

「・・・フレス、大丈夫か?」
「平気平気!オレ平気!」

心配するジュンヤをよそにフレスベルグは元気に羽ばたいて見せるが
やはり集中攻撃されたので歯形がそこら中に残っていてちょっと痛々しい。
ジュンヤはポケットから魔石を出して口に入れてやった。

「ところでさ、あんた達なんでそんな軽装やペイントでうろついてて
 そんなしゃべったりする鳥つれたりするわけ?」

魚のヒレのついた兜をコツコツつつきながらさらりと言った女の言葉に
頭をすりつけられて微笑んでいたジュンヤの顔色が音を立てて青くなる。

ダンテはともかく自分は妙なタトゥーにハーフパンツ一丁。
フレスベルグの大きさも冷気も自然界には存在しない。

「あ、あの!この子別に悪い事しないし人も食べないんで大丈夫ですから!」

自分の身よりも先にまず仲魔をかばうあたりはやはりジュンヤだ。

ダンテは苦笑しつつも自分より大きな妖獣の前で手を広げ
一生懸命かばおうとしているジュンヤの前にさりげなく割って入った。

「まぁコイツらこんなナリをしてるが人畜無害なんでな。
 あんまり気にしないでやってくれ」
「・・ふーん」

もっと怪しむかと思ったが女の反応は意外にドライだ。

「ま、いっか。ランポスにつっつかれてる奴らが悪い奴とは考えにくいしね」
「ランポス?」
「さっきの青い連中。ここいらの肉食モンスターじゃ一番低ランクのやつだよ」

確かに低ランクにいじめられる奴が悪人とも言えないだろうが・・・

警戒はされなかったものの、プロのダンテはちょっと傷ついた。

だがこの世界、中ランクからガラリと難易度が変わることをまだ彼は知らない。

「でもランポスすら知らないってことは
 あんた達ここらへんの人間じゃないんだね」
「まぁちょっとワケありでな。こいつら共々迷子ってわけだ」
「・・・・・・元はと言えば誰のせいなんだよ」

とジュンヤは小さく言ったつもりだったが
デビルイヤーは地獄耳。

振り返りもせず伸びてきた手に額をピンされ
ジュンヤは悲鳴もあげれずのけぞって、後にいたフレスベルグにぶつかった。

「ははは!何だかよくわからないけど気に入ったよ。
 迷子だっていうならあたしのキャンプに来る?
 大した物はないけど安全地帯と水くらいなら確保できるし」

それは願ったりかなったりだ。
悪魔に水はあまり必要ないが、安全地帯というのは悪魔だらけの世界で
そこそこ重要な物だと学んでいる。

「え?いいんですか?」
「うん。どうせあたし1人のキャンプだし
 たまにはにぎやかな方が張り合いが出るしね」
「やった!」

ジュンヤは手近にいたフレスベルグに飛びついて
ダンテに『いいかな?』と言いたげな目を向けてくる。

リーダーはジュンヤなのだが、経験上ダンテにうかがいを立てる事も少なくない。

まぁ多少重装備加減は多少気になるものの、大したあてもないし
あっさりした性格なので害もないだろうとダンテは黙ってうなずいた。

「じゃあお願いします!」
「そんじゃあこんな所で立ち話もなんだし、いったん戻ろうか」

そう言って背を向けた女の背には、やはり不釣り合いでビッグサイズの斧。

こんな姿と装備で何をしているのかは気になるが
よくわからない世界をあてもなく歩くよりは
彼女の言うキャンプに行って話を聞いた方がいいだろう。

「・・・あ、そうだ。お姉さん!」

その声に前を歩いていた重装備が軽くけつまづいた。

「・・・・なんかその呼び方こそばゆい」
「・・・あ、すみません。でもまだ名前聞いてないなと思って・・・」

振り返った兜の下の目がきょとんと丸くなる。

「・・え?あ、ひょっとして・・聞かない方がよかったですか?」
「・・あ、いや、あんまり名前なんてもの聞かれたことなくって。
 ちょっと待ってて今思い出すから。・・・えーー〜〜っと・・・」

思い出さないといけないほど、ここでは名前というのは使用頻度が少ないのか
重装備の女は腕を組みつつかなり首をひねって・・

「あ、そうだそうだ。レイダ・・・だったっけ?うん多分」

ちょっと変わった女は自分の事のはずなのに
やたらと疑問の入り交じった奇妙な自己紹介をした。







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