ヴォン ふっ

「おっと」

強烈な引力が急に途切れたかと思うとダンテは急に落下しそうになり
とっさに手近にあったシャンデリアのような物を掴んで落下をまぬがれる。

下はそう高くもなかったがそこは大きなホールのような場所だ。
掴んだのは天井から吊り下げられた鉄カゴのようなもので
中には蛍光灯のように光る石が無造作にごろんと入れられている。

それはそう明るくはないがここでの照明なのだろう。
そこからざっと周囲を見回して見ると、そこは明らかに知らない場所だった。

白い石で作られた壁や床、何かの台。
壁の所々には金属製の古い装飾や向こうの見える格子状の扉。
そして自分のぶら下がっている原始的な明かり。

そこは何かの神殿かホールのようだった。
しかしそれにしてはうす暗くて照明が少なく所々が崩壊していて
人が出入りしているような気配もほとんどない。

それに窓がまったくなく使われている形跡もほとんどない所を見ると
ここは地下の廃墟か遺跡、もしくは埋もれた神殿のたぐいのどれかだろうと
ダンテは今までの経験で判断した。

ざっと見るとその遺跡か神殿らしいその場所には
所々に白く光る石が置かれうすぼんやりと輝き
白い床や壁を申し訳程度に照らしていて神秘的というより少々不気味に見える。

ダンテはそんな中を片手でぶら下がったままざっと周囲を見回し
このくらいの暗さなら自分で勝手に発光して位置を知らせるだろう少年を捜してみた。

しかし壁も少なく見晴らしのいいそこにあの少年の姿は見当たらない。
だがそのかわり所々にある燭台のような台に乗せられた
エメラルドブルーの発光石が目に入った。

縦長にカットされたそれが何の石であるかダンテにはわからなかったが
ロウソクの火のようにぼんやりと輝くその色は
誰かと同じあまり自己主張をしない控え目な色をしていて
同じように暗闇でほんのりと光る誰かさんのことを思い出させた。

「・・・バカが」

古いランプのように光るそれを見ながらダンテは舌打ちする。

・・なんでこんな肝心な時に人の手を取ろうとしない。

ぎゅっと握った手がしんと静まりかえった場所で音を立てる。

やはりすぐそこにあったのに手が届かないというのは後味が悪いものだ。
とくにダンテの場合1つ前例があるのでなおさらだ。

・・まぁいい。見つけたら即座にとっつかまえて思いっきり仕置きを・・

などと気持ちを切り替えたダンテの眼下で唐突に何かが動いた。

見ると開けっ放しになっていた扉の1つから人1人分の何かが出てくる。
礼拝の人か管理人かと思ったがそうではなさそうだ。
大体こんな暗くてホコリっぽい所に明かりも持たず入ってくる奴もいないだろう。

などと思っているとその予感はすぐに当たった。
暗い中から出てきたそれは手に古めかしい剣だけを持ち
少々たよりない足取りでヨレヨレとこちらに歩いてくる。
明かりを持たないのは目がないからで
たよりないのは筋肉がまったくなかったからだ。

それはいわゆるスケルトンという骨だけで動くかなり古典的な魔物だ。
手に武器を持っているということはここでの番人か
もしくはここで朽ち果てたのが何かの理由であぁなったかのどっちかだろう。

そんな事を考えているダンテの方に向かい、それがゆるゆると歩いてくる。
飛べそうにないので放っておけばそのうちいなくなるかもしれないが
あいにく今のダンテはそれを待つほどヒマではない。

簡素な鉄かごを両手でしっかり掴みなおし
足ではずみをつけぶんとゆらし。

ブン ベギゴギャ!

その反動を利用して足からその骨につっこんだ。

ジュンヤが見ていたなら死者に何すると怒られただろうが
ダンテは動いて武器もって歩いてくるのを死者だとは思わない。

音を聞きつけたのか別の骨が扉からよろよろと出てくるのを確認し
ダンテは足元のバラバラ死体ならぬバラバラ骨格を無造作に踏みつけ
リベリオンをぶんと振りかぶった。

「・・随分と色気のないお出迎えだが・・まぁいい」

近くにいるなら騒ぎに気付いてくれるだろうと
ダンテは歩調を速くして斬りかかってきた骨の一体を無造作に剣でひっぱたいた。

するとそれは案の定全身がバラバラになり
どこがどんな骨なのか判別できないくらいになって地面に転がる。

だがよく見るとそいつが持っていたのは片手斧。
向こうから新しくよたよたと走ってくるのは大型の両手剣だ。

・・そんな所でこだわられても骨は骨なんだがな。

そう思いつつまたリベリオンで無造作に一撃。
今度は壁に叩きつけられそこでバラバラになったが
目の前に頭の部分が転がってきたので蹴って胴体と一緒にしておいてあげた。

相棒が見ていたら絶対に怒るだろうが、いないのだから気にしない。

そうして何体かの骨を倒し、ダンテはしばらく崩れ落ちた骨の数々を見ていたが
それはそれ以上動いたり起き上がってくる様子はない。
どうやら一度倒せばそれっきりらしいが
砂にもならず消えもせずそのままの形で残るということは
ダンテの世界の悪魔やボルテクスの悪魔とも生態が違うらしい。

「・・・となるとアイツに見つかると怒られるかコレは」

じゃあ見えない所に蹴飛ばして証拠隠滅しとくかと
何気なく足を上げたその時だ。

いぎゃぁあーー!!なんだなんだうぇわーーー!!

それはまるでエストマと間違えてリベラマをかけた上に
ダークゾーンでブロブを踏んづけたかのような誰かさんの悲鳴だ。

なんだ悲鳴にしては妙に緊張感がないなと思いつつ
一応銃をぬいて声のした方へ走ってみると
階段をいくつかぬけた所でいくつかの人影が動いているのに遭遇する。

さっきのガイコツかと思ったがそうではない。
さっきよりは筋肉はあって手には何も持っていない。
ヨレヨレと歩くところは似ていたが決定的な違いは悪臭だ。

まださっきのよりは人型をしたそれは全身が異様な色に変色し
身体のあちこちが腐って肉が落ち、場所によっては骨が露出していて
元の年齢や性別がわかりそうな特徴や面影がほとんどない。

つまりそれはさっき遭遇した骨のもっと前の状態
言うところのゾンビというやつだ。

ダンテも仕事上見たことがないわけではないが
ここまで見事にゾンビらしいゾンビは初めてだ。

しかもそのゾンビ、ダンテを認識するなりさっきの骨より確かな足取りで
そこそこの速さで駆け寄ってくる。

ダンテはもちろん遠慮なく発砲した。
もしかしたら友好的に寄ってきただけかもしれないが
こんな詳しく描写するとお食事中の人に怒られそうなのと
お近づきになりたいとは思わない。

幸いそれも骨と同じでそう頑丈ではなく、数発撃つと倒れて動かなくなった。
ダンテはそれを一瞥してから声のした方へと歩いていく。

そしてしばらく歩いているとさっき見た石をのせる燭台の上に
見慣れた少年が追っかけられた猫みたいによじ登っていて
その下にはこれまた見ただけで食欲をなくしそうなゾンビが数体
よれよれとひしめいていた。

「ぎゃああぁあ!やめろあっち行け!何なんだよもー!
 バカ!さわんな!ギャー!よせ寄るなさわるなわーん!」

などとせまい燭台の上で必死に騒いでいたのはやっぱり相棒だ。
よじ登った拍子に取れたのだろう自分と同じように光る石を振り回し
下でうごめいている連中を必死に追い払おうとしている。

見ると複数いるそれは首があったりなかったり
アゴや片腕がなかったり髪の毛があったりなかったりで
微塵も嬉しくないがそれなりにバリエーションが豊富だ。

それにジュンヤも悪魔ならたくさん見てきただろうが
こんなリアルでバリエーション豊かなゾンビは初めてだろう。

だがそれは幸い高いところへ登る知能までないようで
オ”〜とかア”〜とかうめきながら台の下でウロウロするだけで
そうしてるだけでは害にはならないものの
さすがに取り囲まれるとなると気味が悪い。

ダンテは軽く肩をすくめ、ものも言わずに連続で発砲した。
ジュンヤは話しもせずに無闇に撃つなとよく言うが
どう見ても話は通じないだろうし、もう死んでいるものに遠慮はいらないだろう。

銃声と一緒にどちゃとかぐちゃとか死体の崩れ落ちる音がして
静かだったはずのそこが急にホラー映画の現状のようになっていくが
動いてるかそうでないかの違いだけだとダンテは気にせず撃ち続けた。

そして激しい銃声がやみ、急に静かになった場所で
ダンテは靴音を響かせてゾンビをよけながらジュンヤの下まで来ると
銃を回してとんと自分の頭をこづき遠慮なく笑ってやった。

「よう御主人様。そんな所でなに遊んでるんだ?」

しかしジュンヤは何も言わず凄く複雑な顔をするだけだ。
助かったのはいいが素直に喜べないのだろう。
ダンテとしてはもうちょっとからかいたかったが
さすがに元はと言えば自分のせいなのでそれ以上は言わないことにしておく。

「なんだ、自分より大きい悪魔を素手で殴るくせにこういったタイプは苦手か?」
「得意だとか言える人がいるならその人は間違いなくおかしい!」
「ハッハ!それもそうだな」

このくらいの連中ならジュンヤ1人でも片づいただろうが
さすがにこんなのを素手でどうにかしようとは思わなかったらしい。
いや大体こんな薄暗い所でいきなりこんなのに出くわしたら
普通誰だってびびるだろうし気が動転もするだろう。
ダンテだって正直こんなのは相手にしたくないし
できれば残らずちゃんと土に帰ってほしいと思う。

そうしてかなり慌てたのか追われて木に登ったネコよろしく
小さな台から降りてこないジュンヤをダンテは銃を持ったままで手招きした。

「とにかく降りてこい。そんな所にしがみついてたって仕方ないだろ」
「う・・・・そりゃそう・・だけど・・」

振り回していた石を律義に元の場所に戻し、何か言いたげに下を見る。

ダンテはその視線の先に目をやりあぁ、と思い銃を所定位置に戻すと
手近に転がっていたゾンビの比較的腐ってない方の足をむんずと掴んだ。

「え!ちょっと・・何する気だ!?」
「目につかない所に移動させるだけだ」
「い、あの、でも・・それ・・」
「気にするな。もうただの肉だ」
「・・・・・」
「気になるなら目をつぶってろ。適当に片づける」

ダンテはそう言ってそこらに転がっていたゾンビを次々に掴み
柱の後ろや物陰、あと光の届かない壁際のすみなど
とにかくジュンヤの目につかない所にずりずり移動させた。

さすがにさっきまで動いていただけあって途中で手足がもげるものはなかったが
どしゃとかべちゃとかいう音まではどうにもできない。

途中ふと気になって見上げてみると
ジュンヤは本当にぎゅっと目をつむって終わるのを待っていて
ダンテは気付かれないようにそっと微笑んで
それからなるべく音を立てないようにしつつホラーだった周辺を片づけた。

とは言えちょっとした腐臭や血のりまでは処理できなかったが
それでもジュンヤはようやく石の柱をつたって下まで降りてきた。

「運が悪かった・・いや良かったのか?
 もう少し遠くに飛ばされてたならここにもうちょっと腐敗が進行したのが加わってた」
「・・え・・」
「さっき見たままの骨に会った。骨だったからすぐ壊れたがな」

事も無げにそう言うとジュンヤは不安そうにあたりを見回し
物陰からちらっと見えていた腐った手からあわてて目をそらし
言いにくそうにぽつりと口を開く。

「・・ここ・・・・お墓か何かなのか?」
「どうだろうな。ざっと見た限り棺桶は見当たらなかったが
 こういう場所を作る奴らは死んだ後もこういった場所に執着するクセがあるからな」
「・・・・」

ぼふ

と、黙り込んだジュンヤの頭にダンテはなぜか手をのせた。

「?なんだよ」
「せっかくすぐに会えたってのに随分と暗い顔してるな。何が不満だ?」
「だってここ・・どこかもわからないし、お墓の中かもしれないし
 出口がない所かも知れないし・・何より帰れるかわからないし・・」
「何だオマエらしくない。もしかして悪魔は平気でもオバケが怖いとかいうやつか?」
「茶化すな!俺は真剣に・・!」

とそこでジュンヤが言葉を切った。
ダンテは一瞬眉をひそめるがすぐ理由に気付く。

遠くからかすかに金属音がする。
それも規則的ではない断片的に何かがぶつかるような人為的な音。

ダンテはふと真剣な顔をして銃を抜き
ついて来いとジュンヤにジェスチャーをし足音を消して歩き出した。

そして数歩いった所で空いていた方の手を出し
『怖いなら手でもつなぐか?』と小声で言ってきたので
ジュンヤは一瞬赤くなってからそれをべちと叩き落とした。




暗くてしんと静まりかえった中から聞こえてくる金属音をたどってみると
それは確かに生きた何かが立てている音だという事がわかった。

しかもそれは時々奇声を上げつつも武器と簡単な防具を持った
人間ほどではないが文明を持った生き物であることがわかった。

2人が出てきた場所とあまり代わり映えのしないそこで戦っていたのは
先程ダンテが壊したスケルトンと、軽く武装した亜人種
ファンタジーで言うところのゴブリンだった。

その武装したゴブリン数体とスケルトン数体はあちこちでそれぞれに戦いあい
時にはゴブリンが倒れ、時にはスケルトンが破壊され
持っていた武器をがしゃんと落としながら動いているものが少しづつ減っていく。

「・・・縄張り争い、かな」
「・・いや、意外に権力争いじゃないか?」

楽しそうに言うなよ趣味悪いなと思いつつ
ジュンヤはとにか巻き込まれたくないのでしばらく物陰から様子を見ることにした。

両者の力はそう差はなかったがしばらくしてスケルトンの数の方が多くなり
ゴブリンを囲む数が自然と無慈悲に増していき
最終的にはゴブリンが骨数体からの集中攻撃を受け絶命し
奇声を上げていたゴブリンがいなくなった分そこは急に静かになった。
どうやら勝負あったらしい。

と思ったら残ったスケルトンが剣やオノなどの武器を持ったまま
くるりとこっちに方向転換してゆらゆらと走ってくる。

「ぅえ!?なんで!?」
「気付かれてたか。まぁコソコソするよりはこっちの方が楽でいい」

ダンテが剣を抜き不格好に走ってくるスケルトンを迎え撃とうとするが
その後ろからさらに数体、似たような格好に武器だけ違うのが
ゆらゆらと頼りなげに走ってくるのが見えた。

「ちょ、増えてないかこれ!?」
「別にかまいやしないさ。腐ってないならやれるだろ?」
「でもここがあれの住みかだったりしたら俺達の方が悪くないか!?」
「なら今から出てくからやめて下さいって説得しな」
「・・・む、無理だと思う!」

友好的に見えないのはもちろん
あれだと人語が通じるかどうかもかなり怪しいし
ジャイヴトーク持ちならまだ可能性はあったかもしれないが
最初からいきなり襲ってくるヤツを説得できる自信はジュンヤにない。

とにかく敵意満々な動く骨に2人は迎撃姿勢を・・

ヒュン ドッ!

とろうとした途端、どこからか一本の矢が飛んできて
カタカタと鳴っていた頭蓋骨の1つを見事に射飛ばした。

え?と思ってそちらを見ると、薄暗い中で人とおぼしき物が弓を構え
むき出しの階段の上に立っているのが見えた。

それは一度弓をしまい片手を天にかざして何かの魔法を発動させる。

するとその人物の周囲だけがライトを当てたように明るくなり
骨のうち数体がそれに気付いて方向転換した。

そうして明るくなって見えるようになった人影は
そうなのかどうかはわからないが騎士だった。

縦長のバケツに目の穴をあけたような円筒形の兜。
白い布のかかった鎧と銀色の鎖帷子。
手足にある篭手やブーツも白銀で、それで槍を持って馬に乗っていたのなら
完璧に中世の騎士だったろう。

しかしその騎士風の人物は腰から赤茶けた色をした片手剣を抜きはなち
装飾用にしては妙な形の盾をかまえると
武器を振り下ろしてきたスケルトンの一撃を盾で弾き返し
カウンターで数度斬りつけて一体目を倒した。

その時スケルトンが数秒炎上していたので
そのさびたような剣には何かの魔法がかかっているらしい。

だが続けざま飛びかかってきたスケルトンには次の動作が間に合わない。
そう思った次の瞬間、騎士は片手を突き出しそちらに向け。

バチン!!

その一瞬、スケルトンの全体に電撃がはしったように見え
それはそのままがしゃんと地面に崩れ落ちてバラバラになった。

それはどうやら直接相手にたたき込む近接型の魔法らしい。
確かにそれなら命中率や時間差などを気にしなくていいが
魔法だというのになんだか力技な魔法である。

そしてそうこうしているうち同じ要領で騎士は次々にスケルトンを倒していき
その周辺が骨の残骸だらけになってくる。

「・・慣れてやがるな」

ダンテは軽く感心するがジュンヤは何も言えなかった。

いくら壊そうなやつでも倒した後に残骸が残るというのは
あまり気持ちのいいものではないからだ。

しかしそんな事はおかまいなしに騎士は最後のスケルトンの攻撃を盾ではじき
体勢を崩したすきに赤茶けた剣を一閃。
スケルトンは炎上しながら少しふっとび、バラバラになったきり動かなくなった。

となるとその場に残るのはジュンヤ達とその騎士のみ。

その騎士はさっきのスケルトンと同じく襲いかかってくるかと思ったが
さすがにそっちは人間としての知性があるらしく
少しこちらの様子をうかがってからぱちんと剣を腰におさめ
一応の警戒しつつもこちらに歩み寄ってきた。

ダンテはすかさず銃を向けようとしたが脇腹を殴られ阻止される。
剣を収めたということは敵意がないのと話ができるという証拠だ。
そうして声の届く範囲まで近づいてきた騎士は
2人を厳重な兜ごしにざっと見やってからようやく言葉を発してきた。

「・・一応確認しておきたいのだが、君たちはここのモンスターか?」
違います!!

そう言われればそんな気もするが速攻否定だ。

そりゃちょっと変わった格好でこんな所にいるからそう見えるかもしれないが
骨とか腐乱死体とかと一緒にされたらたまらない。
何か言いかかるダンテをつねって阻止しジュンヤはさらに続けた。

「あの・・すごく突拍子もない話で信じてもらえるかわかりませんけど
 俺達さっきここへ何かの拍子に飛ばされてきたばっかりなんです。
 で、腐った死体とか今のみたいなのに襲われててどうしようかと思ってたら・・」
「・・私が来た、というわけか」

変人扱いか不審者扱いされるかと思ったが、騎士の対応は意外に冷静だ。
まぁ確かにこんな所にいてあんなに戦い慣れているなら
このくらいの事には動じないのかも知れないが。

「だがアンタが何者でどういった事をするヤツなのかで
 こっちの対応も変わってくるだろうが・・って!
 ・・痛ぇな、なんださっきから神経質なヤツだな」
「せっかく話の通じる人に会えたんだからへんなあおり方するな!
 口と銃が同時に出て話をややこしくする人は
 初対面の人との会話に割り込み禁止!」
「出会ったヤツが全部味方なんて甘い話はないと思うがな」
「そりゃダンテさんの価値観と対応の仕方が悪いだけだろ!
 大体なんでダンテさんはそういう・・!」
「・・・・・・・・」

などといつもの調子で怒鳴りかけたところで
さっきから冷静な騎士様がこっちをじーと見ていたことに気がつく。

バケツのような兜のおかげで表情のほどは不明だが
初対面からバカを見せたというのだけは確からしい。

「ああぁあ!すみませんすみません!見ず知らずの方にお見苦しいところを!」
「・・いや私はかまわないが、とりあえず少し落ち着く事を推薦する」
「冷静かつ的確なダメ出しされてるぞ少ね・・」

ゴッ

などと余計な事を言いかけたダンテは即座に肘鉄をもらい
さすがにちょっと毒気を抜かれてきたらしい騎士が肩をすくめた。

「・・ともかくここは一度外に出た方がよさそうだな。
 もう少し奥まで散策するつもりだったが、そんな場合でもなさそうだ」
「え?ここって出られるんですか?」
「外から入ってきたのだからもちろん可能だ。
 それにアイレイドは逃げはしない」
「・・アイドレ?」

聞き慣れない単語にダンテが首をかしげると
騎士は首をひねって周囲にある白く暗い建造物を見上げた。

「各地にあるこの地下遺跡の総称だ。
 その昔大陸を支配していたエルフが建てたものらしいが
 今は寄りつく者もなくこうして時代と共に朽ち同時に魔物や野盗の巣になり
 もう私のような物好きしか訪れる者はいない」

そう言って騎士は一枚の地図を出して見せてきた。
それはかなり複雑な作りをした建物の内部のようだが
途中で地図が途切れているのはまだ確認していない場所なのだろう。

「現在地はここだ。場所としての名はミスカルカンド。見覚え聞き覚えは?」
「・・・いえまったく」
「複雑そうだが本当に出られるのか?」
「外に出るための出口はしるしてあるし、元来た道を戻るだけでいい。
 ではもう一度念のため確認するが、外に出たいか?」
「出ます出ます!こんなとこ一刻も早く出たいです!」
「オレとしては面白そうだからもう少し奥とやらに行ってみた・・」

ゴッ!

ダンテは再度肘鉄をくらい、今度はちょっとよろめいた。




騎士の使う明かりの魔法をたよりに天井が高かったり低かったりする道をぬけ
来るまでに倒されたのだろうゴブリンやスケルトンの残骸などを横目に
階段をいくつか上がると石でできたシンプルな扉に突き当たる。

そこを開け外に出て螺旋状の階段を少しのぼると
そこはもう息をのむほどの世界だった。

遺跡の中にあった白い石は太陽の下で見ると光を反射するような輝きを放ち
近くには同じ石で作られたのだろう翼のついた見事な彫像が
草や花におおわれ所々を風化させながらも堂々と立っている。

さっき地下で見たそこはただ不気味なだけだったが
一歩外に出て日の下で見てみると、そこは風化や劣化はしていても
そこにかつて神聖な何かがあったことをうかがわせた。

そしてその白い遺跡の周りにあったのは目がさめるほどの色彩だ。
色とりどりの花が草が生い茂り風に吹かれてゆらゆらと揺れ
植林ではない様々な木々がまばらにはえ、あるものは花をつけ、あるものは紅葉し
姿は見えないがどこからか鳥のさえずりまで聞こえてくる。

それは今ここが天国だと言われても信じられそうな、そんな光景だった。

「・・・すごい・・綺麗・・」

それはこの世界の自然としては当たり前の光景だったが
砂と悪魔ばかりの世界にいたジュンヤにとってはそれが素直な感想だ。
時々近くをひらひらと舞うあざやかな蝶なども
ボルテクスどころか東京でも滅多にお目にかかれないだろう。

白い石の上に立って太陽に照らされると
さらに白く見える騎士が少しおかしそうな声を出した。

「・・ほぅ、そのような感性を持つ者がいるとはな」
「だって俺達、さっきまでこんなのと逆の砂と灰色だけの世界にいたから
 こういうのを見たことないってわけじゃないけど・・凄いですよ」
「砂と灰色・・か。では君たちはデイドラに繋がる者でもないのか」
「でいドラ・・ですか?」
「こことは違う世界に巣くう魔の眷族達の・・
 いや、喚んだ方が早いな」

そう言うなり騎士は無造作に手をすっと上にかかげ何か小さく口にした。
すると今度はその近くに丸い魔法陣のようなものが浮かび上がり
そこから霞むようにして人型の何かが出てくる。

それはダンテより背の高い赤黒い鎧の固まりで
頭のてっぺんから足の先までがっちりと鎧で構成された物々しい戦士だ。
その赤黒い戦死は背中には身長ほどある剣を背負っていて
よく見るとその剣や鎧の材質はさっき騎士がふるっていた赤茶けた剣とほぼ同じだ。

ジュンヤがぎくりとして一歩引き、ダンテはその間に入って警戒するが
それは召喚されたその状態のままそれ以上微動だにしない。

「これはドレモラ・ロード、正しくはドレモラ・マルキナズといい
 こことは別の世界より召喚されるものだが・・
 その様子ではそれも知らないようだな」

召喚されたそれはしばらく直立不動で突っ立っていたが
しばらくして怖い雄叫びを上げて倒れ、すっと消えた。

「詳しいことはさっぱりだが・・アンタ魔術士か召喚士のたぐいなのか?」
「いや、別にあれは技術と知識があれば誰でも喚べるもので
 私の場合戦闘時の手数が足りない場合に喚んでいるものだ。
 それにあれは喚ぶ事はできても直接の命令までは聞いてくれない」
え!?じゃあ喚んだ後、指示も出さずにどうするんですか!?」
「目の前にいる敵に襲いかかり、敵がいなくなれば戦うのをやめ
 時間が来れば今のように自然消滅する」

うわぁそりゃまたアバウトなとジュンヤは思ったが
逆に考えるとそれくらい単純な事で済むなら確かに誰にでも喚べそうだ。

しかし今のドレモラ・ロードというのは召喚されるものとしてはかなり高位で
相当の修行をつんだ者でないと喚べないことまで2人は知らない。

「ともかくそのあたりの事情説明などは少し長くなだろうし
 そちらの事情も聞く必要もあるようだからまずは場所を変えよう。
 この先に私が利用している借り物の農家がある。そこでかまわないか?」
「それはもう凄くありがたいお話なんですけど・・
 でもいいんですか?」
「?何がだ」
「いきなりこんな変なのを拾っちゃってご迷惑じゃないかと・・」

すると表情はわからなかったが、何だそんな事かとばかりに
騎士は兜の中で笑ったような気配をさせた。

「なに、気にする必要はない。このような身なりはしてはいるが
 ヒマを持て余して手近なアイレイドを探索していた浮き草の身だ。
 それに君たちの素性等に色々と興味深そうな所があるようなのでな」
「・・つまり暇つぶしの興味本位ってヤツか?」
「そうとも言うな」

驚くほどのあっさり加減で騎士はダンテの身も蓋もない言い方を認めた。
なんというかこの騎士、見た目は騎士でもそう厳格な人間ではないらしい。

「ではまず名を聞いておこう。かわないか?」
「あ、はい。俺はジュンヤで、こっちの赤い人は・・」
「ダンテだ。よろしく浮き草の騎士様」
「ふむ、ジュンヤにダンテ、だな。覚えよう。では私は・・」

そう言いかけた騎士はふと思い出したようなしぐさをし
がぼとかぶっていた兜をぬいでからあらためて自己紹介をしてきた。

「カルメラと言う者だ。このような物々しい格好をしてはいるが
 実質ただの冒険者ということになる。よろしくたのむ」

しかしその後ジュンヤもダンテですらも何も言えなくなった。

だってその騎士風の自称冒険者。
がっちり着込んだ鎧や完全防備な兜でわからなかったが
肩でばっさりきられた黒髪や顔立ち、そして兜ごしでない直に聞く声は
まごうことなき女性だったからだ。








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