「ここだ。あまりくつろげる広さはないが
雨風をしのぐくらいにはなるだろう」
白い神殿から出て草花が無造作に咲き乱れる野原を歩くこと少し。
案内されたのは草原の中の小さな丘にあった小さくて素朴な一軒家だ。
近くにはこれまた小さな畑と家畜を入れる簡単な屋根と柵があり
柵の中には鞍をつけた黒い馬が一頭、じっと主人を待っている。
「あの馬・・騎士さ、いえ、カルメラさんの?」
「あぁ。持ち馬だ。この家と畑は借り物だがな」
そう言ってカルメラは少し小さめの扉を開けて家の中に入っていく。
家と言うよりこじんまりした小屋に近い感じだが
カボチャやニンジンの生えている畑を見ると農作業小屋かなにかだろうか。
「・・騎士なのか農家なのか一体どっちだ?」
「・・でも畑は借り物だとか言ってたけど・・」
不思議に思いつつも中に入ってみると中はワンルームでそう広くなかったが
一人暮らしをするには十分な物がそろっていた。
そう大きくはないがちゃんとした木製のテーブルにいくつかのイス。
積み上げられた木箱やタルに引き出しのついた物入れ。
あとすみの暗いところに簡素なベッドなどがある。
「適当に座ってくれ。えぇと確か・・」
部屋を見回している間にカルメラはそこらにあったボウルをとり
タルの中から何かごそごそと出し始めた。
「口に合うかどうかわからないが、せっかくの客人だ。
仕舞い込んでいるよりは出した方がいいだろう」
そう言って調理も何もせずどんとボウルごと置かれたのは
リンゴや洋なし、オレンジにブドウといったくだものの数々。
そしてその中の1つを見たダンテの目の色が一変した。
「!!オイ待て!これ・・!」
「?・・あぁイチゴか?
そこの畑では採れないが以前つんだものが残っていた」
「・・!!」
それを1つつまんで天にかかげ、声も上げずに感動しているダンテに
ジュンヤはもうイチゴのように赤くなるしかなかった。
「なんだ、君の好物だったのか?」
「当たり前だ!もう何ヶ月何日何時間何分何秒見てないと思ってる!」
「はは、そうか。なら今度自宅にある分もまとめて持ってこよう」
「か・・カルメラさん!」
「かまわないさ。そもそもそれは私的に薬品の調合にしか使わない物だから
そうして個別に喜んでもらえるのならイチゴも本望だろう」
そう言われ歳不相応なテンションでうれしがるダンテに
ジュンヤは手に負えないし一緒にされたくもないのでツッコむのを放棄し
すすめられたテーブルに黙って着席した。
「さて、イチゴはともかくはまず何から話そうか。
君達から事の次第を話すもよし、こちらに質問をぶつけるもよし。
困っているのはそちらのようだから私は聞き手に回ろう。
君達の思うところから始めるといい」
見た目は厳格な騎士っぽい人だが意外と気さくな人だなと思いつつ
ジュンヤはともかくイチゴを無言かつ大事そうに食べ出したダンテを無視して
簡単な事から聞いてみることにした。
「えと・・じゃあここがどういう世界で、どんなものがいるかだけでも簡単に」
「ふむ、そうだな。私も全てを把握しているわけではないが
大まかな全体図はこのようになっている」
そう言ってカルメラが広げた地図はあまり大きくはないが
中央には大きな湖があり、その中ほどにある陸地には
人工的に作られた丸く囲われた都市のようなものがある。
そしてその中心都市を街道らしきものがぐるりとかこみ
そこからまたいくつかの街道が四方へ向かってのびていて
その先にいくつかの街や村らしきものが描かれてある。
そして銀色の篭手をした手が地図の西の方へのび
街道から少し離れた場所にあった小さな家のような印をさした。
「私達が今いるのはここ、シェトコーム農場だ。
野外に生息するものはおもに狼やクマなどの動物が多いが
場所によって先程見たゴブリンや山賊などがいる」
でもさっき見たゾンビや骨などの怖い系は
洞窟や神殿などの奥まった場所に行かなければ
野外でまず遭遇しないらしくジュンヤは心底ホッとした。
「ここは少し街道から離れているので
野生動物に遭遇する事はあっても人に遭遇する事はないだろう。
街に行けば巡回する衛兵がいてそれなりの安全は確保されているが・・」
しかし全身に消えない模様があり暗い中だと勝手に発光するジュンヤの事だ。
街に入ったとたん衛兵がすっ飛んできて騒ぎになる可能性もある。
そうなるのはなんとなく想像できて身を小さくするジュンヤに
カルメラはバケツのような兜の中で微笑んだ気配をさせた。
「なに、それくらいなら服か鎧を着込めばどうとでも誤魔化せる。
もし街に出入りが必要なら自宅から余っている衣類を持ってこよう。
幸いここから自宅までそう距離はない」
そう言ってカルメラが次に指したのは現在地から近い街のような印。
街道途中にあったそれはスキングラードという街のようだ。
そこがどんな場所でどんなものがあるのか多少の興味はあるが
まずそれより第一に確認しなければならない事がある。
「あ、そうだカルメラさん。ここに遠く離れた場所へ一瞬で移動できるような
そんな便利な機械か装置とか、そんなのはありませんか?」
「?装置?・・いや、ないな。ファストトラベルならあるが」
「ファスト・・?」
「地図上にある一度行った場所へと瞬時に移動する
いわゆる瞬間移動のようなものだ。
ただ瞬時とは言え時間は短縮されず、そこへ行くための時間は消費される。
たとえば私が今このスキングラードへ行こうと思えば
戦闘中や追われている時、洞窟や砦の中などをのぞけば
そこへ行くだけの時間と引き替えに即座にそこへ到達する事ができる」
だが自分は道中にある調合用の草花などを拾いたいので
急ぐ時以外は使わないのだがなとカルメラは付け加える。
それはそれで便利な話だが
それだとその地図上に記されていないボルテクスに戻る事はできないし
ターミナル自体がないのなら戻るには絶望的な話になってくるのだが・・。
「では君達が入口も使わずあの場所にいたのは
その装置とやらのおかげなのか?」
「いや・・おかげといえばおかげなんですが・・早い話が不慮の事故です。
とあるトラブルメーカーさんがその装置で誤作動を起こしまして
その結果で縁もゆかりもないここへ飛ばされたみたいでして・・」
小さいイチゴだけを真っ先に食べ尽くし
次に食べる果物をシリアスな顔で物色し始めたダンテの足を
ジュンヤはテーブルの下で軽くけっとばす。
しかもあんなゾンビのうろつく場所に放り出してくれるなんて
狙ってやってたんじゃなかろうかという疑惑さえ沸いてくるが
その張本人ときたら平気な顔して出された物をワイルドに食べ散らかしてるし。
「・・そうか。アイレイドの遺産か何かが動いているのかと思ったが
そちらの話を聞く限りそうでもないのだな」
そう言ってカルメラはかぶっていたバケツ型の兜をがぼりと脱ぎ
テーブルのはじの邪魔にならないところにゴトリと置いた。
しかしたったそれだけの事だったが
イラっとしかかっていたジュンヤの気持ちがどこかへ吹っ飛ぶ。
そう言えばこの人、口調や姿形で忘れそうになるが女の人だった。
そんな人をこんな事に巻き込んで大丈夫かなと思いはするが
その妙に落ち着きある女性は木製の質素なイスに行儀良く腰掛けたまま
少し考えてからこう話し始めた。
「その装置とやらに覚えはないが
先程見せた通り、この世界には別世界に干渉する術がなくはない」
「?それってつまり・・」
「君達の望む事は大体わかった。
私の経験する中でも前例のない話だが、可能性はゼロとも言えない。
力になれるかどうかはまだ未知数だが
その話、もう少し詳しく話せるか?」
それはまるで腕利きの刑事か
凄腕の探偵さんに拾ってもらったかのような気分で
ついさっきまであった不満とか不安とかが急に頭からかき消える。
なんだかよくわからないがこの騎士風の女の人
冒険者という職業柄かこういった事には慣れているらしい。
ジュンヤは無意識に息を吸い込み
まだ果物をガツガツやってるダンテを無視して今までの事を話し出した。
一応の要点はまとめたつもりだったが気付かない間にいろんな事を話し
途中ダンテが手を止めて聴きはじめたのも気付かず
カルメラが理解できているかどうかも考えずに
とにかくここに来るまでの事を説明した。
しかし冷静になって考えてみれば
さっき出会った人にそんな事を話してどうすんだとも思えるだろうが
後で知る事になるのだがだがこの騎士さん、いわゆる主人公体質というやつで
黙っていても勝手にトラブルが向こうから舞い込み
どんな赤の他人であろうと誰でも困った事を相談したくなるという
そういう特種な性質をもつ人だった。
で、実のところその自覚がないカルメラはというと
相槌もうたず質問も疑問も口にせず、ただただ黙ってそれを聞いていた。
横で黙って見ていたダンテが自分の事を完全に棚あげし
ちゃんと聞いてるのかと不思議に思うほどだったが
目を開けたまま寝てるようには見えないし
真面目な顔してやっぱり聞いてませんでしたとか言われたら
ある意味大物通り越して凄い奴だとか関係ないことを想像してしまう。
そしてジュンヤがあらかた話し終わり、さてどう出るとダンテが思っていると
カルメラはテーブルに置いてあった地図の中から
現在地に近い場所にあった小さな印を指した。
それは上から突き出した二本の牙と
その間にはさまれる小さな石のように見えるが・・。
「この印、君達にはわかるか?」
「?・・いえ。洞窟と宝石・・ですか?」
「オレには牙と何かの目に見えるが」
それぞれの意見を聞きふむと納得したようにうなずいて
カルメラはまったく思いがけない事を口にした。
「これはまだあまり知られてはいないがオブリビオンの門というものだ。
門とはすなわち場の境目であり2つの世界をつなぐもの。
そしてこれはその最たる役目を果たすもので
この門は出現した場所とまったく別の世界の一カ所をつなぐ
いわば異界への扉だ」
「えぇえ!?」
いきなりな話で驚くジュンヤをよそに
カルメラはさらにその周辺にあった街のようなしるしを指す。
「これは以前突如このグウァッチという街の前に現れて固定され
先程見せたようなデイドラの軍勢を大量に吐き出した。
不意をつかれたグウァッチはその軍勢により壊滅し
今この周辺には焼けた街と崩壊した城の廃墟しか残っていない。
・・ここに来る前に少し見えていただろう。あれがそうだ」
その何気ないようで恐ろしい話にジュンヤの顔から音を立てて血の気が引く。
そう言えばこの小屋に入る前、少し向こうの小高い丘の上に城壁があって
そこから見えていた木が全部焼けこげたような形をしていたので
なにか妙だとは思っていたが・・。
「まさか・・・・それって俺達の・・!」
「いや、この門が出現したのは今から半年近く前の話で
今そこにはかつて門があったという痕跡が残るだけだ。
今しがたここへ来た君達との関連性は薄いだろう」
「・・・・・」
「それに君達はデイドラの存在を知らなかった。
そして門の中の世界を見てきた私がそうではないと確証しているのだから
君達とこの門が直接関係していると私は思わない」
その時ジュンヤはあれ?と思う。
それは個人意見だったし門の中を見たというやたら具体的な話は
一体どういう事だろう。
「?・・あの、カルメラさん、その門の中・・入ったんですか?」
「入ったとも。その門は内部から干渉しないと閉じられないのでな」
聞く限りだとあっさりしているが
何か重要そうな含みのある話にダンテが挙手した。
「待て、そのオブなんとかの門ってのは
単身で入った上に人力で閉じられるシロモノなのか?」
「多少の手間はかかるが事実上可能だ。
門の中に入り、うろつくデイドラをかわすか倒すかして前に進み
中にある制御塔の頂上に設置された印石というものを取り外せば
こちらとの接点がなくなるのか門は自然消滅する」
「印石・・ですか」
聞いたことのない言葉だが別の世界をつなぐ門が実際にあるというのなら
今こちらが解決したがっている事と無関係とも言いにくい。
ダンテが洋なしをかじりながらその門の印をコツコツつついてさらに聞く。
「しかし・・そのナントカの門ってのはもうないんだろ?」
「あぁ、今はその痕跡を残すばかりだ。
が、君達の話を聞く限り関連性が高そうなものはそれくらいだ」
そう言ってカルメラはこちらの通貨らしいコインを出し
現在地であるこの家のしるしにコツリと置き
問題の門のしるしの所にも一枚置いた。
「私はこれから門の跡地へ向かい、因果関係を調べてみよう。
無駄足になる可能性もあるがその時はその足で魔術師ギルドへ向かい
聞き込みをしてみるつもりだ」
続けてコインが置かれたのは地図のほぼ中央にある湖にあった丸い島。
それはかなりの大都市なのだろう。地図では一番大きいそれは
島全体を丸い人工建造物に作り替えたように見える。
「魔術師ギルドって言うと、魔法使いの組合みたいなものか」
「そうだ。このギルドは世情には少々うといかもしれんが
こういった特種な事例には強いだろう」
「・・それでもダメだった時は?」
不安そうにするジュンヤに対し
カルメラは気遣いや同情のない混じりけなしの笑みをくれた。
「その時はその時だ。幸いこの世界は広く大きく何者をも拒絶しない。
ここか別の場所に生活の根をおろすもよし
先程のアイレイドを根城として生活するも自由だ」
「いやそれは・・・ホント勘弁してください・・」
「はは、まぁともかく門の事を調べてみない事には始まらない。
門の跡地はすぐだがギルド本部のある帝都には少しかかる。
その調査の間君達はここで待機しているといい」
そう言ってカルメラは置いてあったバケツ型の兜をかぶり
外に出て柵に入れていた馬に乗る。
その時もう日が沈みはじめていたのか空が少し赤く
この世界には太陽があり夜も来るのだと今さらながらに理解できた。
「そこを少し降りた所に洞窟と水場があるが
多少の魔物も出るのであまり近づかない事だ。
腕に自信があるというのなら止めないがな」
「そうか、なら今すぐにでも出向いて挨拶を・・」
果汁でベタベタになった口と手を
ジュンヤから借りたハンカチでごしごしやっていたダンテが
その相棒に無言で蹴られる。
カルメラも慣れてきたのか元から気にしないタイプなのか
それについては突っ込まれなかった。
「それとそこの畑の物も好きに使ってくれ。その方が作物も喜ぶ」
「?でもここって人から借りてる物じゃ・・」
「いや、確かに借り物ではあるが元の主はもう死んでいる」
「へ?」
そのあまりにもさらっとした言い方に変な声がもれ
カルメラがあぁ、そう言えばといった感じで説明してくれた。
「ここの主は少し特殊な思考の持ち主だったらしくてな。
生きている時実際に会った事はないが、何か特種な神を信仰していて
私がここにあった書き置きを見つけて駆けつけた時
彼はその神がいると信じていた洞窟深くですでに死んでいた」
それってそんなあっさり言うことですかとばかりに固まるジュンヤをよそに
カルメラはゆっくりと首を横に振る。
「・・気に病む事はない少年。
それは彼が洞窟の危険性を知っていて、かつ彼自らが起こした事態だ。
それにあのまま誰にも知られる事なく1人暗闇で朽ち果てるより
その事を私に確認されただけでも彼は幸福だったさ」
その言い方からして彼女はそういった事例に慣れているのだろう。
そう言えばここにはさっき見たようなゾンビやゴブリンもいれば
畑を耕して作物を作り普通に生活している人達だっているのだ。
そういうのが混じって暮らしていれば
そういう事の一つや二つくらいはあるだろう。
現に自分達だってたまたまカルメラが見つけてくれたからよかったものの
ヘタをするとずーっとあの死臭ただよう暗い所で
あてもなくウロウロするハメになっていたかも知れない。
そう思うとかなりぞっとする話で巡り合わせって大事だなと思うが
その時黙って足をはたいていたダンテが口を開いた。
「・・待った。さっきから聞いててずっと気になってたんだが
アンタ、一体何者だ?」
「?だからただの冒険者だと・・」
「に、しては身なりが小綺麗でそろいすぎてるし
色々と知ってるワリにやろうとしてる事と出会った場所が地味。
それにギルドってのは誰彼かまわず出入りできる所でもないだろうし
街1つ壊滅させた門を自力で閉じた奴が
ただの冒険者とかいう言葉でくくれると思えないが」
ジュンヤはその時あっと思った。
確かに今まで助けてくれる事にばかり気が行って気付かなかったが
身なりにしろ素性にしろ知識や特種な情報網にしろ
この騎士風の女の人は妙な事が多すぎる。
人の話聞かずに善意を食い散らかしてるだけかと思いきや
ダンテさんちょっと凄いとジュンヤは珍しく彼を見直した。
「む・・確かにまだ説明していない所属と肩書きのようなものはあるが
しかし話しても理解できないかも知れないぞ」
「そこは聞いてみないとわからないだろ。コイツが」
「ちょっと待て!?自分で聞いといて俺に丸投げか!?」
珍しく見直したと思ったら速攻で台無しになったのはともかく
カルメラは少し考え兜の中でふむと納得したような気配をさせた。
「・・では参考になるかどうか分からないが
私の種族はブレトン。所属は九大神騎士団の神聖騎士と
魔術師ギルドでアークメイジをしている。これでいいかな?」
聞き慣れない単語がいくつかあったが、2人で理解できる範囲で整理すると
それだと騎士の格好をしていて魔法や召喚が使えるというのはわかる。
だが少し気になるのはそれぞれに付けられた肩書きの部分だ。
「?その・・なんとか騎士とアークメイジってのは
それぞれの部類としてはどんな立ち位置になるんだ?」
「どちらも譲り渡されたばかりなので詳しくはわからないが
神聖騎士とは・・ええと・・その昔、ウマリルとかいう魔人かなにかを
封印した偉大な騎士の呼び方・・だったかな。
あ、それについては先日肉体と魂両方とも叩き潰してしまったので
今は封印したではなく倒した事になっているが
とにかくそういう大きな事を成した騎士の呼び名か何かで
アークメイジとは確か・・ギルドの元締めかなにか・・・だったような気がする」
そのうろ覚えであいまいだけど
もうちょっと真面目に覚えてないといけないような凄い話に
ジュンヤが首をひねるのとかしげるのを同時にやった。
「・・・それって・・もの凄く重大な聞き逃しに思えるんですけど」
「いや、どちらの組織もすでに大仕事は終えているので
実質私がいなくとも組織的には問題はない。
なのでそれについてはあまり気にせず
人より多少の人脈がある者とだけ認識してもらえれば結構だ」
まるで隠居した古株みたいセリフだが
とにかくそのなんとかの騎士団と魔術師ギルドのお偉いさんを兼任する
すごめだけど若干いい加減で自覚のうすい魔法騎士様は
馬の手綱をぐいと引き馬を方向転換させる。
「では行ってくる。
遅くはならないができるだけここから離れないでくれ。
このあたり見晴らしは悪くないが人を探すには都合が悪い」
「あ、はい。お願いします」
そうして白い騎士をのせた黒い馬は
道も何もない草原の中を颯爽と走り去っていった。
ジュンヤはそれが見えなくなるまで見送ったが
その姿が見えなくなるのと同時にふと不安になった。
カルメラの事を信用していないわけではない。
この世界の事をよく知っているようだったし
独自の経験や特種な情報網があるようだったし
何より彼女はあの死体だらけの地下で最初に出会った時
こちらを魔物と認識せず剣をおさめて話しかけてきてくれた人だ。
だが小屋を一歩出た瞬間いやでも目に入る太陽の光や
風にゆれてそよぐ色彩豊かな草花は、あまりに元いた世界とかけ離れている。
魔法はあってもターミナルは存在せず、唯一の手がかりと言えば
街を壊滅させたという不吉な門の情報だけ。
「・・なあダンテさん、俺達ちゃんと帰れると思・」
と言いかけて横を見ると、さっきまでそこにいた赤いのがいない。
あれ?と思うと近くにあった柵に囲まれた畑の中で
その問題の赤いのがヤン●ー座りでかがみ込んで何かごそごそやっていた。
「・・・ダンテさん、なにやってんの」
「見ろ、上手い具合に全部収穫時だ。
これだけあればしばらく食うに困らないぞ」
などと餓死もしないのに遠慮なくジャガイモやニンジン
大きなカボチャなどを豪快に採ってる赤い姿にジュンヤは完全に脱力した。
この魔人は悪魔と戦っていないとどこかズレてるというか
ポジティブというか考え所がおかしいというか・・。
しかし色々あって少し気落ちしているジュンヤをよそに
ダンテは引きちぎったトウモロコシをぺっと無造作に投げてよこしてくる。
「まぁオレ達みたいな連中がこんな所でジタバタしても仕方ない。
今はあの騎士様の報告を待つしかないさ」
トウモロコシを受け止めながらジュンヤは少しムッとする。
そりゃ言ってることは間違っていないのだが
そもそもこんな事態になる原因を作った張本人が
なんでそんな風に前向きに人の畑を荒らせ・
「ってこら!そんな手当たり次第に引っこ抜くな!
作物ドロボウじゃないんだから食べる分だけにしろ!」
というわけでここに来てジュンヤが最初にした仕事は
赤い無法者を小さな畑から(一本背負いで)つまみ出し
食物のできる過程とかお百姓さんの苦労などをとくとくと説明する事だった。
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