ヴヴン がぼーん!!ごぼぼぼー・・
「!?!」
ふと気がついた時にはもう妙な衝撃が全身に行き渡り
周囲にそんな音が充満して上も下もわからなくなりジュンヤは混乱した。
だが少しして自分が水の中にいるということに気づき
慌てて水面と思われる光の方へ向かって必死にもがく。
ごぼぼ・・ ザバン!
「・・ぶはッ!げほっ!ごほ!」
だが幸いそこはそう深い場所でも流れの急な場所でもなく
泳げばすぐ岸につく川のような場所だったので
すぐに岸にたどりついて喉や鼻に入った水を出すことができた。
が、一体どこに放り出されたのかと思っていると
上の方がにわかに騒がしくなってくる。
はたと上を見ると同時にジュンヤは水の中にもかかわらず飛び上がりそうになった。
上にあったのは少し古い作りをした半円形の橋。
その上には少し古風な和装の人が何人もいて
その目のほとんどがこちらを見ていたからだ。
ジュンヤはあせった。
ここがどこだかまったく分からないが
何しろ自分はこんな姿なので絶対目立つし問題にもなる。
どうしよう。隠れないと。でもここ川みたいだし
潜ってもやっぱり目立つよなこれじゃ。
逃げるにもこんなんじゃやっぱり目立つし
えーと、えーと・・
ずり落ちそうになりながら岸にへばりつき
あれやこれや考えながら視線をさまよわせていると
ふと自分の前、つまり岸の上の方からふっと何かの影がさした。
見ると岸の上の逆光になる所に誰かがいて
周りの騒ぎをものともせず、ただじっと静かにこちらを見ていた。
それは人だ。
ボルテクスではない場所なのだから当たり前だが
その人は少し昔にいた学生のような格好をし
黒い学生服の上から黒いマントをはおった
青年と大人の間くらいの人間だった。
しかしそれはただ上から静かにこちらをじっと見ているだけで
周囲の騒ぎの中ただ1人浮いているような印象を受ける。
そしてその青年はふいに岸の坂を滑り降りて来たかと思うと
なんとまったくためらいもなしにすっと手を差し出してきた。
え?と思いジュンヤは困惑した。
どうやら引き上げようとしてくれているらしいのだが
どうみてもただの人間な方といきなり接触していいのだろうか。
ましてや上にいるのはごく普通の人間ばかりで
こんな見た目の妖しすぎる自分がいてはどう考えても悪い騒ぎにしかならない。
だが目の前で手を出している青年はそんな胸の内を知ってか知らずか
ただ黙って手を出し続けていた。
そしてそんな中、周囲からこんな声が聞こえてくる。
「あらそうなの?自殺じゃないのね?」
「おいおい、まだ寒いってのに気の早い学生もいたもんだぁ」
「あの子ここらじゃ見かけないけど・・あの書生さんのお友達?」
「こんな所でちゃんと服までぬいで、用意のいい坊主だなぁ」
え?と思ってジュンヤは橋の上を見た。
そう言えばさっきから多少騒いではいるが自分の姿
とりわけ全身にあるタトゥーの事をどうこう言う人間がなぜか1人もいない。
しかし病院で目覚めた時からずっとそこにある不思議な模様は
何度見ても消えずにきちんとそこにある。
どうして?まさか・・見えてないとでも・・
ガガッ がし
「?うわっ!」
などと思っていると、待っているにもしびれが切れたのか
学生姿の青年が少し身を滑らせるように近づいてきて手を掴んできた。
そこからは驚くヒマもないくらいに急だった。
ぐいと思わぬ力で手を引っ張り上げられ
あっと思った瞬間にはもう両手両足とも固い地面についていた。
「いよっ!書生さんかっこいい!」
「よかったなぁ気の早い坊主」
聞こえてきた歓声は、やはりどれもジュンヤの予想しないものばかり。
それどころかそれでその騒ぎはそれまでとばかりに
周囲にあった人だかりがぱらぱらと散っていく。
だがジュンヤが何度自分の手を見下ろしても首の後ろに手をやっても
悪魔としての模様もツノもそのままそこにちゃんとある。
ということはこの世界の住人というのは悪魔の存在を知らない
もしくは見えないとかいったそういう関係にあるのだろうか。
だとすると今ジュンヤの状態は
ハーフパンツで川落ちただけの間抜けな少年ということになるのだろう。
その推測に達した事でジュンヤは心底ホッとした。
が、ホッとして視線を落とした矢先、地面に何か青い物が見える。
視線を上げるとそれはそれだけで全身が目に入ってしまう小さいものだ。
白い身体に青いブーツ。ピエロのような可愛いえりまきに青い帽子。
目と口はシンプルで見た目が青い服を着た雪だるまのようなそれは・・
「ジャックフロスト!?」
思わずそう叫ぶとその見たことのある雪だるまのような悪魔は
ヒホー!と声を上げて飛び上がり、ぽててと可愛い足音をたてて
引き上げてくれた青年の後ろに逃げ込んだ。
「・・妙だな。悪魔であり悪魔も見えてはいるが
一般市民には人として認識されているとは・・」
しかも今度はその青年の足元からまた別の声がやってくる。
見るとそれは青年の足元にいた黒猫だ。
それは悪魔ではないようだがこちらを警戒するように遠巻きに臭いを嗅ぎ
やがて青年の方を見上げながらこんな事を言い出した。
「どう思うライドウ。異界送りの余波かそれとも別件か。
どちらにせよ今まで遭遇した事のない悪魔なのは確かだが・・」
ジュンヤは一瞬ぎくりとした。
どうやらこの黒猫とライドウと呼ばれた青年だけは
周囲にいた人達とは違い悪魔の事がわかるらしく
青年の足元に隠れているジャックフロストもおそらくは彼のものなのだろう。
そしてここで唯一悪魔という存在を認識しているらしい人間の青年は
少し考えてからぽつりと
「・・そこで待っていてくれ。着替えを取ってくる」
などと思いがけない事を言って足元の猫とジュンヤを同時に仰天させた。
「待たんかライドウ!何を考えている!」
「連れて帰りたいが目立つ。着替えればかなりごまかせると思う」
「ちょっと待て!だから俺が聞きたいのはそういった事ではなく
こんな得体の知れない悪魔をどうするつ・・もが!」
抗議する黒猫をひょいとつまみ上げマントの中にしまいこむと
ライドウという青年は足元にいたジャックフロストに目をやった。
「フロスト、ついていてやってくれ」
「ホ?でもオイラ・・」
「平気だ。お前ももう強くなったんだし
ここで待っているくらいは出来るだろう?」
「ホ〜・・」
しかしそれでも1人にされるのは心細いのか
ジャックフロストは青年の黒いマントを掴みながら
空洞のような目でジュンヤとライドウを交互に見るので
ジュンヤは慌てて手をぱたぱたふった。
「・・あ、俺は大丈夫。俺一応悪魔だけど
そっちからかかってこない限りは攻撃したりしないから」
ジャックフロストはしばらくこちらをじーと見ていたが
やがてその言葉に嘘がないと判断したらしく
ぽてぽてと可愛い足音を立てて寄ってきた。
「ヒホ?ホントに攻撃しないホ?」
「しないよ。今の俺がそうしたっていいことなんて何もないだろ?」
「ホ〜・・・それもそうだホー。じゃあおいらついてて待ってるホー!」
「・・うん、頼む」
そう言ってライドウはまだモゴモゴしてる黒猫を抱えたまま
意外と速い速度でその場を立ち去った。
残されたのはびしょぬれだけど服が少ないのであまり気になってないジュンヤと
あの青年のものらしいジャックフロストだけだ。
ジャックフロストはいつまでもライドウの去った方を見ていたが
そのまま待っているのもなんなのでジュンヤは恐る恐る聞いてみた。
「なぁ・・あの人、ライドウさんっていうのか?」
「そうだホ。ライドウはサマナーでおいら達のご主人なんだホー」
「サマナー?」
「むずかしく言うと悪魔しょうかんしとかいうヤツなんだホ。
おいらもちゃんとは知らないけど、ライドウはサマナーでもイイやつなんだホ。
仲魔もみんなそう言ってるホ」
ジュンヤはその言葉にえ?と思った。
仲魔というのはジュンヤがボルテクスで覚えた悪魔の仲間という意味の言葉で
みんなという事はそれが複数形でいるという事だ。
「ちょ、ちょっと待ってくれよ。じゃああのライドウさんって言う人
君みたいな仲魔をまだ他にも連れてるのか?」
「そうだホ。おいらはあんまり強いのとは戦えないけど
落ちてて使えるものをさがすのは得意なんだホ」
それはボルテクスでいう所の宝探しのようなものなのだろうが
この場合、それよりも先に最も根本的な疑問が1つある。
「でも・・ライドウさんは人間なんだろ?」
「?そうだホ。なにあたりまえのこと言ってるホ?」
「・・いや俺ここの事にはあんまり詳しくなくて・・・。
それに俺も悪魔が使役されるってのは知ってるけど
人間に仕えてるとかいうのはまだ知らなくてさ」
「ライドウはサマナーだから仲魔なんだホー。
あ、もしかしておまえ悪魔なのにサマナーのことしらないホ?」
「・・・そりゃさっきここへ来たばっかりだからな」
「ヒホ〜!だったらオイラがおしえてやるんだホ!
目ん玉かっぽじってよ〜く聞くんだホ〜!」
「・・・うん、目は無理だから耳の方な」
とにかくそのジャックフロストのとても分かりやすい説明のおかげで
ジュンヤがここがどういった世界なのかを大雑把にだが知ることができた。
このフロストの主人であるあの青年の名は葛葉ライドウ。
この帝都という場所を昔から守っている一族の14代目なのだそうだ。
葛葉というのはあまり表には出てこないが
この帝都の裏で起こる色々な事件を解決する
いわば裏の秘密組織のようなものなのだとか。
「・・じゃあライドウさんは秘密工作員みたいなものなのか」
「大きな声ではいえないけどそうらしいホー。
おもての顔は探偵みならいで本当はサマナーなんだホ」
「えっと・・悪魔を召還して使う人の事だな」
「そうだホ。でもライドウはまだかけだしで頼りないってゴウトがいつも言ってるホ」
「ゴウト?」
「ライドウの足元にいつもいる黒いのだホ。
お目つけやくだとか言ってるホー」
「あのネコが?」
そう言えばあのネコ、喋るのは元よりライドウに対してちょっと上から目線だったが
特殊な職業の新人のお目付というなら話はわかる。
「・・見た目は学生さんなのに凄い人なんだな」
「そうだホー!かっこいいホー!
おまけにオイラの弱点も合体でチャラにして・・あ、帰ってきたホー!」
どこかで聞いた言葉の意味を聞き返す間もなくフロストは飛び上がり
何かを抱えて戻ってきた黒ずくめの方へぽててーと可愛い足音を立てて走っていく。
今合体とか言ったがこちらにも邪教の館があるのだろうか。
などと思っていると戻ってきたライドウはフロストと少し言葉をかわし
その頭を撫でて細い管のような物を出してフロストに向けた。
するとその身は一瞬で光になり、細い管へすぽんと吸い込まれて消える。
一瞬ぎょっとしたがそれがおそらくこの世界での召喚法なのだろう。
見るとそのペンのような物はマントの下、胸元のホルダーにずらりと並んでいて
ライドウは慣れた様子でそれをそこにすとんと戻した。
つまりそれがこちらでいう所のストックで
あそこにはフロストやその他の仲魔がいて必要に応じて出される仕組みらしい。
自分は悪魔だからそんな道具は必要ないのだろうが
人間が悪魔を召還するにはそんな道具が必要になるのだろう。
そしてその普通でないうちの1つであるゴウトが
ちょっとムッとしたようにこちらに来て見上げてきた。
「・・制服しかなかったが、何もないよりマシだろうとのことだ」
「え・・でもいいんですか?」
「いくら言っても聞かんのだから仕方ないだろう。
それに得体の知れん悪魔をこのまま放置しておくわけにもいくまい」
それはつまり、自分の監視下に置くのでついて来いという意味もあるのだろう。
何だか警察に補導されたような気分だが
1人であてもなく歩くよりはマシかとジュンヤは腹をくくり
礼を言って渡されてきたライドウの物らしい制服に手を通し始める。
それはサイズとして少し大きく見えたが着てみるとそれほどの差はなく
いつものハーフパンツの上からズボンをはき
上着を着てボタンをとめ、帽子をかぶってしまえばほとんどただの学生だ。
「・・ふむ、身体の模様や角は一般人には見えないようだし
そうすれば騒がれる事はまずないな」
いや元々ただの学生なんだからそう見えて当然なのだが
話がややこしくなりそうなので黙っておく。
「とにかく一度探偵社に戻るか。
さっきの騒ぎの事もあるし、憲兵に来られてもやっかいだ」
そう言って歩き出そうとしたゴウトの後をライドウも続こうとしたが
ふと何か思い出したように向き直り、静かな声でぽつりと聞いてきた。
「・・名前は?」
「あ・・えと・・ジュンヤです。高槻純矢」
思わず本名も一緒に口にしてしまい一瞬怪しまれないかなと思ったが
ライドウはちょっと考えるように間をおき軽い会釈をしてきた。
「俺は葛葉ライドウ。こちらの猫は目付のゴウト」
と簡単な自己紹介をした・・かと思うと
何を思ったのか胸元にあったさっきの管を全部ずこっとひっこ抜いて
「そしてこれがジャックフロスト、これがオボログルマ
これがモー・ショボー、これがヨシツネ、これがヒトコト・・」
「ライドウ!!」
真顔で一本づつ説明し始めてゴウトに怒られた。
第一印象としては何だか不思議でよくわからない人だが
この時その印象の中に仲魔には優しい人なんだなというのが追加された。
しかしこの時何気なく感じたその第一印象が後々まで尾を引き
意外な形で幕を引くことをジュンヤはまだ知らなかった。
落ちた川を離れ一歩大きめの道へ入ると
そこはジュンヤの知る街とは違う、けれどちゃんと人の生活している街があった。
それは一言でいうならば教科書やドラマに出てくる少し古い日本の町並みだ。
車などはほとんどなく、車道と歩道の区別もなければアスファルトの舗装もなく
土と砂でできた道をガラガラと音を立てて人力車が通っていく。
通りすがる人達もまだ着物がほとんどで
和服でないのはライドウや道ばたで立ち話をしている女学生くらいなものだ。
そんな中をジュンヤはライドウの後ろについてちょっとおっかなびっくりで歩く。
借りた制服はシンプルなものだが手と顔はどう隠しても出てしまうため
首後ろの角とタトゥーが隠しきれずにどうなるかと思ったが
ゴウトの言った通りすれ違う誰もがジュンヤを気にする様子はない。
時々こちらを見上げてくるゴウトの後を歩きながらジュンヤは心底ホッとした。
が、ホッとしたのと同時になぜか目の前がザッと霞み
さっきまで見ていた町並みから急に色と人影がなくなる。
そして前を歩いていたライドウが急に立ち止まり、ぽつりと言った。
「・・・しまった。退魔を忘れた」
「何だとこのドジめ!」
急に夕方にでもなったのかと思う目の前で
ライドウとゴウトがそんなやり取りをしている。
何の事だと思って周りを見回していると
人が数人、こちらにフラフラと向かってくるのが見える。
しかしそれが人でない事はすぐにわかった。
「・・ひっ!」
それは人の形をしているがそうではなかった。
顔はただれて所々が腐り落ち、同じく腐りかかった目には生気などまったくなく
ボロボロの衣服からのぞく皮膚は変色し、場所によっては骨まで見える。
それはいわゆる映画でよく見るゾンビとかいう動く死体だ。
しかしなんでそんなものが町中に、と思う間もなく
それはよろよろとした気味の悪い動きで近づいてきた。
後ずさりしながらジュンヤは迷った。
どう見ても友好的な相手ではないが、殴るにしても気味が悪すぎる。
しかしなんでさっきまで町中だったのにいきなりこんなものが・・
ダンダンダン!
だがその時横から立て続けに発砲音がし
向かってきていたゾンビ達の動きが止まる。
見るとそれはライドウだ。
手にしていたのはダンテとは違う少し古い型の銃で
ライドウはそれを素早く腰にしまい、代わりに黒いマントの下にあった長い刀を
実に手慣れた動作で抜きはなつ。
そうして普通に銃を撃ち刀を抜くあたり、やはり普通の学生さんではないようだ。
「ジークフリード」
そして普通の学生さんじゃないライドウは胸にあった管を1つ抜き
聞いたことのない何ごとかをつぶやいた。
そしてそれから先はさっきジャックフロストを仕舞うのと逆の光景だ。
少し伸びた管から光が飛び出し、地面に落ちると同時に人の形を作る。
それは持っていた剣を華麗に抜き、一分の迷いもなくゾンビ達の中に走り込むと
その中心に剣を突き立て起こした衝撃破で集まっていた生きる屍達を弾き飛ばす。
それは古風な鎧を身につけた浅黒い肌の青年で
召喚されて出たので悪魔なのだろうが、ジュンヤが見たことのない悪魔だった。
その間ライドウも刀を水平に構えると目にも止まらない速さで突きを繰り出し
古代戦士風の悪魔とは別に動き、数体いたゾンビをあっという間に土に返す。
ゾンビはそれほど強くはないらしく襲撃はそれで終わりだった。
パチンとライドウが刀を鞘に戻すのと同時に周囲の景色が元に戻り
周りの時間や景色が元通りになり何事もなかったかのように時間が動き出した。
たった1つ、ライドウの横に残った古代風の戦士をのぞいては。
「・・・あの・・今のって・・・?」
恐る恐る聞いてみるとどこかに避難していたらしいゴウトが答えてくれる。
「ここいらをウロつく悪魔の一種で最も低級な奴らだ。
あまり強くないのでもう手こずる相手ではないが
こまめに退魔術を使っておかねばすぐ異界に引きずり込もうとしてくる」
「異界?」
「先程見ただろう。この世界と魔界の狭間にある悪魔の領域だ。
詳しい説明ははぶくが・・ライドウ!」
「ジーク、花を」
「よかろう」
ゴウト、ライドウの順番で伝わった伝言で何かの指令を受けた戦士は
一瞬だけジュンヤの方を一瞥し、持っていた剣を地面に突き立てる。
すると周囲の空気が少しだけ変わったような気がした。
おそらく最初ライドウの言っていた退魔がどうとかいうやつだろう。
「・・今の退魔でしばらくは遭遇しない。普段ならあまり忘れる事はないが
君と会って色々考えているうちにうっかりしていた。すまない」
「あ、いえ、謝る事じゃないですよ。確かにちょっと・・びっくりしましたけど」
そう言いながら呼び出されていた戦士に目をやると
その戦士も戦士でなぜかさっきからずーっとこっちをガン見していた。
悪魔と言うより古代の拳闘士か剣士のように見えるが
ライドウの管から出てきたというならこれもフロストと同じここでの悪魔なのだろう。
その説明は頼んだわけではないがライドウがしてくれた。
「これは蛮力ジークフリード。
今のような退魔と疾風属性の攻撃を担当している。
気位は中の下。目立たず騒がず少し損をする性格だ」
「待てい、そんな説明の仕方があるか。
それでは私が連中の板挟みで目立たんように聞こえるではないか」
「俺はそう思っているつもりだが違うのか?」
「・・・・・」
ジークフリードという悪魔は何か言いたげな様子だったが
それであっているのか諦めたのかすぐに口をつぐんだ。
どうやら話しぶりからしてライドウの持つ仲魔というのは
それなりにクセがあって一筋縄ではいかない連中のようだが
まさかダンテのようなのまでいたりしないだろうかと
よそ様の事ながらに心配してしまう。
そう思って思わずそれを口に出そうとした時
ジュンヤはようやくその重大な事実に気が付いた。
「・・・・・・あれ?」
そう言えば、さっき落ちた時近くにいなかった。
さらにその後、周囲に騒ぎがなかった所からして近くには落ちていない。
そして今でも街の様子になんら変わりは見られない。
ジュンヤは刃の出たカッターナイフをポケットから出すような気持ちで
ストックの中を恐る恐る探ってみた。
しかしいればすぐわかるその姿だけがストックのどこにも見当たらない。
「・・・おい、如何した人型」
その様子に気付いたのかジークフリードが不思議そうに声をかけてくる。
しかしその問いかけに答える以前に
ジュンヤは心の中で崖から突き落とされたような絶叫を上げていた。
「・・・珈琲、だが」
「・・・・・・・・ありがとうございます」
案内された先にあった角地の古い建物の中
ぐったりした様子で古いソファに座るジュンヤにライドウがコーヒーを出してくれる。
今所長がいないらしいその探偵事務所はあまり儲かっていないのか
それとも始めたてだからなのか所長がいないというだけで無人同然だ。
しかし今はそれが幸いでその様子を不思議がるものは誰もいない。
「・・ふむ、くわしい事情はわからんが、そのお前のはぐれた知り合いは
それほどに厄介なものなのか?」
向かいのソファにちょんと座っているゴウトが不思議そうに耳をぴくぴくさせる。
そうして喋らなければ本当にただのネコにしか見えないが
皿入りミルクを出したライドウの手をぺしとネコパンチではたく所は
確かに普通のネコではない・・のかもしれない。
そのあたりの事情はともかくとしてジュンヤにとって今最も重要なのは
今ここにいない今回の元凶にして真っ赤な問題児(推定3.40代)だ。
「・・・その人悪気はない・・いやある時もあるんですけど、とにかくヘンな人で
見た目が派手で顔はよくてもヘンな所でバカで
性格が掴みづらくてヘンなところに悪知恵が働いたりして
まわりに迷惑かけることに関してはなぜだか天才的で
ほっておくとどんな人にどんな迷惑かけることになるやらで・・」
「・・それは悪気のあるなしに関わらず最悪の人材と言わんか?」
なんだか話を聞くだけでもめんどくさそうなヤツの話に
耳をふせてイヤそうな顔をするゴウトの横にライドウが座る。
手にしていたのは自分の暖かいお茶と
ゴウト用の少し口の広い茶碗に入ったぬるいお茶で
それを置いた手は今度はたたかれなかった。
「俺がこんな事になったのもその人が原因で
ホントはしっかりその時に捕まえておかないといけなかったんですけど・・」
「今そいつがどこにいるのか見当はつくのか?」
「・・わかりません。ただ目立つ人だからいたらすぐわかると思うんですが
その目立つ事が一体ここでどんな災厄につながるか
非常に頭痛くて恐ろしいお話でして・・」
「・・・・・」
なんか聞けば聞くほどとっても関わり合いになりたくない話だが
露骨にイヤそうに耳を伏せるゴウトの横でずっと黙っていたライドウが
ぽつりと意外な事を聞き出した。
「・・特徴は?」
「!ちょっと待てライドウ!首をつっこむ気か?!」
「困っている」
「しかしお前も聞いただろう!そんな得体の知れない者
あまつさえ悪魔相手に手を貸してどうする!
我らの使命は帝都の監視と守護であって・・!」
「得体が知れないならなおさらだ。
それにそんな厄介な者を野放しにはしておけない。違うか?」
「む・・」
ゴウトはあまり乗り気ではないようだが
無関心そうなライドウは協力してくれるつもりらしい。
ジュンヤとしては本来あまり他人を巻き込みたくはないが何せ事が事だ。
それにここは完全な異世界なので土地に詳しい協力者はいた方が絶対にいい。
しかしダンテの事だ。こんな特殊な人達と会ったら
出会い頭になにをやらかすかと思い始めれば不安は山積みだ。
などと色々考えてどうするべきか迷っている間に結論が出たのか
ゴウトはかなり仕方なさげに身を丸くした。
「・・・仕方ないな。だが一応カラスへの報告はしておけ。
事と次第によっては我らの手に負えぬやもしれんからな」
「わかった。ありがとう」
言っている意味はわからないが、そう言って無表情に頭を撫でようとした手は
やっぱりぺしっとネコパンチで叩かれる。
どうやらこのお目付ネコ扱いされるのが嫌いらしい。
「・・まったく、聞いた限りで関わり合いになりたくはなかったが・・仕方がない。
まずそちらの説明できる限りの経緯と事情を話せ」
「え?・・いいんですか?」
「乗りかかった船だ。それに普段意欲の薄いこいつがここまで言うのだからな」
え、じゃあ普段は消極的なのかと思って見ても
ライドウは相変わらず興味があるのかないのかわからない顔で
じーとこちらを見るばかりだ。
「とにかくその行方不明人の事はさて置き、まずそちらの状況を説明しろ。
実のところこちらにはお前が悪魔であり
その特徴的な部分が人に見えていないと言う事ぐらいしかわからんのでな」
「でも・・かなり特殊な話になりますよ」
「かまわん。こちらもそういった話には慣れたつもりだ」
そういった話がというのがどんな物なのか知らないが
確かになにも話さないよりはマシかとジュンヤは今までにあった経緯を全部
ゴウトとずっと黙っているライドウにわかるように話してみた。
ゴウトはほう、とかうむ、とか時々相づちをうつが
ライドウの方はとにかく黙ったまま時々何かメモをとっている。
なんだかゴウトが探偵でライドウの方が助手に見えてきたが
そうやって一通り話し終え、信じてもらえるか不安になってきたころ
お茶を少し舐めたゴウトが意外なことを言い出した。
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