「ふむ・・そのターミナルという物がどのような原理で動いているのかはわからんが
 以前我々が遭遇した事件で少し似た事例がある。
 事と次第によってはまったく手立てなしという事もないな」
「前にも似たような事あったんですか!?」
「別のサマナーによる強制送還、つまり人為的なものだったがな。
 だがその時我々が飛ばされたのは平行世界、つまりこの世界と平行した
 似てはいるが異なる世界だった」
「・・そこにお茶があった場合と、なかった場合みたいな世界のことですか?」
「ほう、物分かりがいいな。とにかくその平行世界に飛ばされた我々は
 その世界にいた我ら、つまり我らには似ているがそうでない者の協力によって
 再びこちらに帰ってくることはできたが・・。
 だが問題なのはそちらの事例が偶発の事故である事だな」
「・・・いや事故と言えば事故なんですが
 今思えば人為的にやられた気もしますよ」

だってやめろって言ったのにまったく聞かないし伸ばした手は届かないし
たまたま理解ある人達に会えたから良かったようなものの
これが普通にタトゥーの見える状態で町中に放り出されてたらどうしてくれんだよと
今ごろになって静かな怒りがこみ上げてくる。

するとそれが顔に出ていたのだろうか黙っていたライドウがすっと立ち上がり
奥へ消えたかと思うと少しして戻ってきた。

そして手にしていた何かをジュンヤの前にことりと置く。
質素な小皿に入れられたそれはジュンヤもよく知るイモのおかし、大学イモだ。

「食べろ」
「・・・へ?」
「黙って怒っても悩んでいても事態は解決しない。
 とりあえず今は落ち着く事からしてはどうだろう」

あまり歳は変わらないように見えるのに
その落ち着き加減と説得力はどこから来るのだろう。
今と昔の人との違いかなと思いつつジュンヤはしばらく考え
とりあえずお言葉に甘えてみることにした。

「・・・じゃあ・・イタダキマス」
「あぁ」

ライドウの見守る中つまようじの刺さっていたそれを1つ口に入れると
確かにゴチャゴチャしていた心の中がすっと落ち着いてくるような気がする。

「・・美味しい」
「・・そうか」
「なんて言うか・・甘い物食べたのって凄い久しぶりで
 ホッとして・・それとちょっと・・嬉しいです」
「そうか」
「しかし珍しいな。お前がとっておきの好物を惜しげもなく出すなど
 どういった風の吹き回しだ」

その途端、2つ目に手を出しかかっていたジュンヤが仰天した。

「これライドウさんのとっておきですか!?」
「そうだがまた買えばいい」
「でも悪いですよ!そんな大事なの出してもらったら・・」
「今役に立つならそれでかまわない」
「でも・・」
「あ、じゃああたし1つもらってもいい?いいよね」
「え?」

などと押し問答していると横から小さな手が伸びてきて
皿の上のイモを1つつまんでひょいとひっこむ。

見ると一体いつからそこにいたのか
赤い帽子に暖かそうな赤い服を着た少女がいて
金色のイモを美味しそうにもぐもぐほおばっていた。

「?・・え・・?君いつから・・」
「・・モー・ショボー」
「だって気になるし退屈だし面白そうだったんだもーん」

いくらかたしなめるようなライドウの口調に
モーショボーと呼ばれた冬着の少女はくるりと一回転して宙へ舞い上がる。

そう、それはライドウが呼んだ不思議な名前とその人間離れした芸当からして
人間ではなく悪魔だ。

見るとその長い髪は翼の役割をしているのか背中で羽根のように広がり
身体が少し沈むとぱたたと羽ばたいて元の位置に戻ろうとしている。
そしてそれはふわりと宙返りしてすいっと浮きながらジュンヤの方へ寄ってきた。

「ねぇねぇ、みーんな騒いでるけどアナタアクマなの?ニンゲンなの?」
「・・・え・・・えぇ?」
「なにしに来たの?種族は?特技は?仲魔になるの?どうしてニンゲンの・・」
「モー・ショボー」

さっきより少し強めに名前を呼ばれたモー・ショボーはピタッと黙り
ふわりと飛んでライドウの横にちょんと座った。

「・・すまないな。悪気はないが好奇心が強くて」
「あ、いえ、大丈夫ですけど・・・その子も?」
「疾風モー・ショボー。衝撃と偵察、あと回復を担当している」

そう言えばさっき管で紹介していた時そんな名前を言っていたが・・
こっちの悪魔にも色々あるんだなと思っているとそのモー・ショボーと目が合い
えへへとすごく楽しそうに手を振られた。

何やら使役する主人と似ても似つかない可愛い悪魔だが
自分達の仲魔もそんな感じなのでおそらくこれでいいのだろう。

「こらライドウ、勝手に出てきた悪魔を放置するな」
「えー?いいじゃないネコちゃん。お話のじゃましないよ?」
「ネコちゃんではない!とにかく呼んでもないのに勝手に出てくるな!」
「あたしネコちゃんのアクマじゃないもーん。こっちのニンゲンのアクマだもーん」
「モー・ショボー」

足をぶらつかせ聞く耳もたずなモー・ショボーにゴウトがうなり声をあげかけた時
ライドウが静かに、今度はいくらか諭すようにそう言って
胸にしまっていた管の中から一本を取り出す。

ライドウとしてはかまわないがあまりゴウトを怒らすなというつもりらしい。
モーショボーはちょっとムッとするもののそれ以上はゴネなかった。

「・・はぁい。じゃーね、ニンゲンみたいなアクマ!」

そう言って少女の姿をした悪魔はくるりと宙返りし
ぱっと光ってライドウの持っていた金属製の管の中にスポンと収まる。
ライドウはそれを見届け、元あった所へしまうと少し間をおいて口を開いた。

「・・通常勝手に出てくる事はないのだが
 どうやら皆そろって君のことが気になっているらしい」
「皆って・・まさかその管のみんな、ですか?」
「顔には出さないが表で待機しているジークフリードもおそらくは」

あ、やっぱりかとジュンヤは思った。
そう言えば外で待っているだろうあの戦士風の悪魔も
何も言わなかったがずっとこちらを気にしていたようだし
変なものに好かれる体質というのはどこへ行っても変わらないらしい。

「俺が現在所持している悪魔達は全て姿性質がバラバラだが
 君と遭遇してから妙にざわついている事だけは共通している。
 俺もまだ未熟な身で一度に数体の使役はできないが
 あぁして少々の時間出る分にはこちらも向こうも問題はない」

そう言ってライドウは管の仕舞われた場所を少し押さえて
少しだけ、でもやっぱりどんな表情なのかわからないままに目を伏せた。

「だがそれは裏を返せば手持ちの仲魔達が俺の力量を知った上で
 管の中で大人しくしてくれているという事になるのかも知れん」
「こらライドウ」

あまりペラペラ喋るなというつもりかゴウトがストップをかけてくる。
しかしこのライドウという青年、やはり自分の悪魔、つまり仲魔の事となると
無意識に口数が増えるらしくジュンヤはちょっとした親近感を覚えた。

「・・あの・・ライドウさんの仲魔って全部で何体ですか?」
「空きの管をのぞけば全部で10体。管の最大数は12だ。
 先程も言った通りそれほどいてもまだ一度に多くは使役できないがな」
「あ、でも最大数が12体っていうのは俺の所と同じですよ」
「・・同じ?」
「俺にも仲魔はいるんですよ。ただ俺の方は管じゃなくて
 俺の近くにあるストックっていう所から召喚して・・」

ガチャン

「こんにちは。ライドウ君いるかしら?」

と、その時事務所の入り口をノックもなしに開けた人物がいた。
それは街で見てきた着物の人達よりも少し時代の進んだ
しかしジュンヤの時代からすれば古いタイプ、言うところのモダンな服装の女性で
小さめのカバンを肩にかけ古めのカメラを手にしていた。

一見して新聞記者のようなその女性、ライドウを見て口を開きかけ
ジュンヤに気付いて少し驚いたような顔をした。

「あらめずらしい。ライドウ君のお友達?」

客ではなく友達と言ったのはライドウと同じ制服を着ていたからだろう。
ジュンヤは一瞬迷ってライドウにどうしましょうと目をやるが
ライドウは眉1つ動かさず、まるで最初からそう聞かれるのを知っていたかのように
さらりと躊躇なく答えた。

「学友です。このあたりの地理に詳しくないと言うので案内を少し」
「あらそうなの。ライドウ君ったらまだ学生さんなのに
 ここの所長さんにこき使われてて友達と遊びにも行けないみたいだから
 仲良くしてあげてね」
「え・・あ、はい」
「あ、そうだごめんなさい、自己紹介が遅れちゃって。
 私ここに出入りしてる記者で朝倉葵鳥。本名は朝倉タヱって言うの。
 このあたりの事に関しては詳しい方だけど何かあったらよろしくね」
「・・よ・・よろしくお願いします」

何だか押しの強い人だなぁと思いつつ
ジュンヤは差し出された名刺を若干怯えつつ受け取った。

「ところでライドウ君、最近何か変わった事とか
 何か記事になりそうな事とかないかしら?」

最近の変わった事な上にどうやっても記事になりまくるジュンヤは
その言葉に内心飛び上がりそうになったが
ライドウはもう慣れているのかあくまで冷静だ。

「いえ、今のところそれらしい依頼も情報もありませんね。
 あまり期待はできませんが所長が情報を持ってくるかも知れませんし
 俺の情報網を使えば何か出てくるかも知れません」
「あ、いいのいいの。銀座行くついでに寄ってみただけだから。
 それにそうそう事件とかが立て続けにあっても物騒だし。ねーゴウトちゃん」

そう言ってタヱはゴウトの頭を撫でるがそのゴウトはかなり嫌そうだ。

「・・ところでタ・・いえ葵鳥さん。もしそちらで何らかの怪現象
 もしくは怪人物などの情報を得ることができたなら
 こちらに教えてもらえないでしょうか」
「あら、それじゃやっぱりまた何かのヤマがあるの?」
「いえ、まだ確信はありませんが少し気になるので」
「えぇ、いいわよ。ライドウ君には色々お世話になってるし
 それらしい情報があったら一番に教えてあげる」
「ありがとうございます」

などと会話をしている所から察するにこの女性記者
ライドウとは情報を共有する間柄らしい。

そうか、探偵見習いならそういう事もするのだとジュンヤは妙な感心をする。
だとするとあの目立つ野郎の情報もいつかは入ってくるだろう。
入ってきた時にはもう色々と手遅れな気もするが。

などとゲンナリしている間に行動的な女性記者は帰っていき
静かになった事務所内でずっと黙っていたゴウトが口を開いた。

「・・さて、騒がしいのが帰ったところで、まず何から手を付ける?」

ライドウがカラになったカップや食器を持ってすっと立ち上がり静かに言った。

「・・まずはカラスに報告と相談を」





がたんがたんと古風な音を立て古めかしい路面電車が道を進む。

報告に行くという場所はヤタガラスという組織の連絡係がいるという神社で
1つ先の駅だと言われたが駅自体が少ないのかその1つの距離はやたら長い。

今にすればちょっと安いように思える電車賃を払ってもらい
ジュンヤは古めかしい電車の中、ライドウと一緒に外を眺めていた。
ちなみにゴウトは駅に入る前つまみ上げられてマントの下に入れられたので
どうにかしてしがみついているのだろう。

車内はすいていて席も所々空いていたが
まだ車内には広告などという洒落た物がないので乗っている間外を見るしかない。

だがジュンヤはそれで充分だった。
高いビルや電柱に囲まれずまだ家々が仲良く均等な高さで並び
街を少し離れるとすぐに田園風景が広がっていて
何より車がほとんどなくアスファルトの車道などもない。

便利なものはまだこれから先のようだが
それでも自然と人の生活感と素朴な暖かみのまざったその風景は
いくら見ていても飽きないくらいで、東京とボルテクスの両方を知っているなら
なおさらその景色は新鮮だった。

「・・・めずらしいのか?」

ドアをはさんで向かい側に立っていたライドウがぽつりと聞いてくる。
どう説明しようかと少し迷うが、ちょっとなら大丈夫かなと思い
ライドウにだけ聞こえるくらいの声で話し出した。

「俺の知ってる景色と・・だいぶ違います。
 人が住んでいて町並みがあるっていうのは一緒なんですけど・・
 なんていうか、色々あって・・今は見る影もないんですけど」
「・・・・」

ライドウは同じように外を見たまま何も言わない。
見る影もない景色というのがどんなものか想像はつかないが
ジュンヤの口ぶりと態度からしてそれは決して良いものではないのだろう。

「でもこういう景色もライドウさん達が守ってるんですよね」
「俺はまだ駆け出しだが、末端としてはそうなる」
「いいですねそういうの。縁の下の力持ちっていう感じで」
「・・・そうなのか?」
「そうですよ」

ライドウはよくわからなげだったがジュンヤは自信ありげにうなずいた。

「でもそれとは逆に今あるものを壊そうとする人もどこかにいて
 そういう事を知らない人の方がきっとずっと多いんですよね」
「・・・・」
「俺は少し前まで何も知らない方の人間だったから
 そういうのを知るとちょっと複雑ではあるんですけど」

そう速くないスピードの中で流れていく景色を見ながら
ジュンヤは少し沈んだようにそうもらす。
ライドウは何も言わずただ黙って聞いていたがふいにこんな事を言い出した。

「君はもし、突然帝都・・いや、自分の家を誰かに燃やされるとしたら、どうする?」
「え?そりゃ・・・困りますし怒りますよ。いきなり何するんだって」
「ではそれが深夜の寝込みだった場合は?」
「・・え・・それはちょっと・・」

そんな場合なら運良くて気付いて逃げ出すか
運が悪くてそのまま気付かず炎にまかれるかのどちらかしかないだろう。

「・・俺はまだ、そう唐突に不幸や理不尽を突き付けられた事はない。
 だがその家が帝都であった場合のそういった行為を未然に防ぐため行動するのが
 今の俺達だと思っている」
「・・・・」
「俺の力はまだ弱い。帝都を守るというにはあまりに未熟だ。
 だがそれはまったく無力なものではない」

ライドウはそう言って胸の当たりを押さえる。
そこにあるのはあの悪魔を入れる管、つまりライドウの仲魔達がいる場所だ。

「悪魔を使役できる事は任務に対しても、そして今の俺に対しても重要な事だ。
 そして君の場合も経緯や結果はどうあれ、まだ諦める事もなく
 仲魔と共に自らの意志を貫こうとしている。
 その力が微力であれ、向かう先が強大であれ、君はそうしたいと思い動いている」

そしてそのあまり表情のない顔が少しだけ
気のせいか柔らかくなってこちらを見た。

「君の進む先に何があるのか俺には分からないが
 それはとても尊い事だと俺は思う」

そう言ってライドウはすっと黙り込み、視線を外に戻してしまった。
それはとても歳の近い学生さんとは思えないくらいの落ち着きと言い回しだったが
つまりは遠回しに励ましてくれたつもりらしい。
言葉としては難しかったけどジュンヤはちょっと嬉しくなった。

「・・・えと。ありがとうございます」
「・・そうか」

素っ気なくそう返してきたライドウはもう元通りの無表情だ。

でもこの歳が近いはずなのに大人びたライドウという人物。
素っ気ないようで実はそれなりに優しいらしくて
ジュンヤは少しホッとするのと同時に
なぜかちょっとだけ照れくさくなった。





電車を降りて向かった先は、かなりの山奥にある鬱蒼とした森の中。
そのさらに奥にあった人気のまったくない古くて小さな神社だった。

そのヤタガラスという組織についてはゴウトがしぶるので
あまり詳しいことまでは聞けなかったが
悪いことはしていないがそれなりに秘事項があるので
こうして人気のない山奥で連絡係を経由してコンタクトをとるらしい。

ライドウはここで待っていてくれとジュンヤを大きな木の下に残し
賽銭も入れずがらんがらんと古びた鐘を鳴らす。

すると奥から音もなく質素な着物を着て暗い色の布で顔を隠した
女性としか認識できない不思議な人が出てきた。

どうやらそれがカラスとかいう組織の使者らしい。
ジュンヤはゴウトもまじえてライドウ達が話し込んでいるのを遠目にながめてから
あまり日の差さない上を見上げた。

ここが東京に少し似た少し昔であるという事はなんとなくわかった。
だが本などの仮想の話にはよくある話だが
未来の人間が過去に関わると別の未来が出来てしまうのではないだろうか。
いやしかしここがジュンヤの知る東京の昔の姿かどうかはまだハッキリしない。
だって大正ってのはわかるが帝都なんて聞いた事ないし
ライドウのようなサマナーなるものが存在するなんてのも
自分の事を視野に入れてでもちょっと信じられないし・・

「・・おい貴様」
「うひい!?」

などとぼんやり考え事をしていたら突然声をかけられ
ジュンヤは数センチ飛び上がった。

見るとそれはさっきからずっと沈黙し
ただ静かにライドウのそばにいたジークフリードという人型の悪魔だ。
そのあまり悪魔には見えない古代の戦士のような悪魔は
怪訝そうな顔をして腕を組み首を軽くかしげる。

「・・なにを間抜けな驚き方をしている。先程からそこにいただろう」
「考え事してたんだよ!それにこんな静かな所で急に声かけられたら
 誰だってびっくりするっての!」

するとライドウよりは幾分表情のわかる古代の戦士は
やはり怪訝そうな顔をしたままこんな事を聞いてきた

「・・貴様、確かに悪魔なのだな?」
「そりゃ一応。でも元をたどればただの人間なんだけど」
「なに?」
「色々あって今はこんなだけど元々はただの高校生・・じゃなくて学生だ。
 悪魔とまったく関わってないライドウさんみたいな感じ・・かな」

するとジークフリードはそれっきり黙り込んでしまった。
何か悪い事を言ったのかと思ったがそんな箇所はなかったはずだが
そしてしばらくして思案を終えたジークフリードはこう聞いてきた。

「ではお前の戻ろうとする世界は人の世界か?それとも魔の世界か?」
「・・えっと・・どっちでもない・・かな。
 俺がここへ来る前いた場所は悪魔の世界だけど
 元はと言えば人間の世界だったからな。
 でもあそこは選択次第で世界が作れるとかいう制約がある場所だったし
 どっちなのかは・・ちょっと言いにくい」
「では貴様は魔に変えられた世界を再び人の世界に戻すとでも?」

そう聞かれてジュンヤは少し答えるのをためらった。
確かにあそこはそういった事が創世という形で可能な場所なのかも知れない。
だがこうして人間と悪魔が共生している世界を見て
仲魔達と長く行動を共にしていると
何が正しい事なのかがよくわからなくなってくる。

「・・・わからないな」
「・・では貴様はどうするべきかもわからぬまま、ただ漠然と戻るのか?」
「恥ずかしながらその通り、だな。
 俺はあそこで悪魔になったけど、元は何も知らなかったただの人間だから
 世界をどうするかとか言われたってピンとこないよ。ただ・・」
「ただ?」
「人の世界をいきなり悪魔だらけの世界にしちゃったのは人間で
 その世界でもまだ生き残った人間同士が争ってる。
 俺は今もう悪魔だけど、ただそれに流されるだけなのはイヤだ」
「・・・・・」
「悪魔だとか人間だとか、その世界の意味だとかそんなのは別として
 俺はただ俺のいた世界へ帰って今の俺がやれることをやりたい。
 今俺が言えるのはそれだけだ」

すると黙って聞いていたジークフリードはふっと笑い
妙に得心のいった顔で肩をすくめた。

「・・成る程。今の今まで確信が持てなかったがようやく理解した」
「?なにを?」
「なに、大したことではない。貴様は・・」
「・・待たせた。すまない」

だがジークフリードが何か言いかかったその時
ライドウがゴウトと一緒に相談を終えて戻ってきた。

「・・君の話をしたところ、カラスの方でも調べてくれるそうだ」
「それで万事解決するかどうかはまだわからんが
 こういった事はあちらの方が詳しいだろうからな」
「いえ、それでも充分です。すみませんお手数おかけして」

そう言ってジュンヤは丁寧に頭を下げるが
それを横から見ていたジークフリードが何やらおかしそうにしているので
ライドウが少し怪訝そうな声を出す。

「・・ジーク、何か言いたいのか?」
「いやなに、貴様が誰かに感謝される所など実に珍しいと思ってな。
 槍か剣でも降ってくるのかと・・」

ゴッ

などと楽しげに言いかけたジークフリードの脳天に
あの管が突き刺すかのようにぶつけられ
悲鳴も文句も言う間もなくその姿は管へずぼんと吸い込まれていった。

「・・では行こう。一度事務所に戻って情報収集だ」

何事もなかったかのようにそれを仕舞いライドウは言った。
ゴウトがちょっと呆れたような目をしていたがおそらく問題はないのだろう。

仲魔には優しいけど涼しい顔して極端な人だなぁと
管で怒鳴っているのだろう戦士を想像してジュンヤは思った。







再びガタゴト電車にゆられ探偵社に戻ってくること数分。
さてこれからどこへ情報を収集しに行こうかとの相談をしかかった時
またあの新聞記者さんが今度は慌てたようにやって来て
挨拶もそこそこにいきなりこんな事を言い出した。

「ちょっとライドウ君聞いた?!例の赤マント、銀座で目撃されたそうよ!」

ジュンヤは飲みかかっていた珈琲を危うく吹き出しかけたが
ライドウはその事にいくらか覚えがあるらしく冷静に対応を始めた。

「いつの情報ですか?」
「つい一時間ほど前。たまたま用事で銀座を歩いてたら
 何人かが見たって騒ぎになってたから
 今から記事にしようと思ってるんだけど・・」

それを聞くなりライドウはすっと立ち上がり
『裏取りに行ってきます』と言って身支度を整え、ちらとジュンヤの方を見た。
何も言わなかったがおそらくついて来いという意思表示だ。

「あ、じゃあ俺も行ってきます」
「あ、ちょっと待って。それともう一つ新情報なんだけど
 今度の赤マント、随分背が高くて頭が白いらしいわよ」

その余計である意味絶望的な助言にジュンヤは飛び上がりそうになったが
それより早くライドウが手を引っぱって外に連れ出してくれたので
挙動不審な学生と認識されるのだけは免れることができた。

「・・身に覚えがありそうだな」

探偵社を出て通りを少し速めに歩きながらライドウが聞いてくる。
ジュンヤも何とかそれについて行きながら申し訳なさそうな声を出した。

「・・非常に不本意ながら大ありで、ついでに言うなら本人だと思います。
 一応人としての常識はあるだろうから人を襲う事はないと思いますけど
 悪魔が関わるとその常識をハイキックでたたき壊しかねない人だから・・」
「・・何やら聞けば聞くほど不安の蓄積される話だが
 とにかく今は銀座に向かうしかないな」

その横を走っていたゴウトが少し足を速めてライドウに追いつく。
こういった時にはニュースか携帯やネットが役に立つのだろうが
そういう意味ではちょっと不便だなと思いつつ
一行は一路銀座へと向かうことになった。






再び古びた電車に乗りがたごとゆられてたどり着いたのは
銀座とは言え当然ながらジュンヤの知る銀座とはまったく違う銀座だった。

車は古い型ながら何台か走っているが道はやはりアスファルトで舗装されておらず
信号もないのに路面電車とうまく道を譲り合いながら行き交いをしている。
探偵事務所のあった筑土町よりは近代化しているようだったが
まだモダンな雰囲気はそこら中にあふれている。

「・・こっちだ。車に気を付けて」

信号も横断歩道もまだない道路をライドウに連れられ
車が途切れるのを見計らって小走りで渡る。
歩道橋もあるにはあったがまだ建設中の箇所もあり
開通したばかりだというのにデザインがやけにモダンだ。

これがあの大都会になっていくとはちょっと信じられないが
その原型と言われればそんな風にも見えてくるから何だか不思議だ。

でもその年月をかけた光景はほんの数分であの砂の世界に丸め込まれ
そこにあった人間を全て飲み込み殻の中に閉じこめられてしまう。

すっかり見慣れて気にしなくなった庭の木も
いつも通る通学路の桜やその下をよく通っていた散歩中の犬や飼い主も
毛虫が落ちてたとかで大騒ぎした友だちもみんな・・・

がさり

などと少し沈んだ気分になりかかった時
すぐ近くで木の葉をまとめて大量に動かしたような音がした。

何気なく後ろをふり返ってみるとまず見えたのは青々とした葉っぱ。
そしてその葉っぱの中にあったむき出しの目ん玉が2つ
ほとんど目と鼻の先のような距離でじーとこっちを見ていた。

「・・・・・
!!

声になってない声を上げて飛び退くと
丁度足を止めて気付いたライドウにぼんと受け止められる。

そこにいたのは人型に集まった葉っぱの集合体だ。
大量の葉を人の形に集めてしめ縄で結び、頭の所で葉が足りなくなったような
そんな何かがむき出しの目でこっちを見ている。

「・・すまない、味方だ。ヒコ驚かせるな」

そう言われた葉っぱ人間はあいた頭から葉を舞い散らしながら
すすーと音もなく距離をおく。
そうして見るとその葉っぱでできた身体はマカミほどではないがちょっと平ぺったい。
どうやらこの不思議な何かもライドウの仲魔らしい。

「・・あの・・・これも?」
「疾風ヒトコトヌシ。捜査能力はモー・ショボーと同じだが
 銃撃が無効なので銃を持つ相手には重宝している」

まるで森の精霊か葉っぱの神様みたいなそれは
半分あいた頭に浮かんでいる目でじーーっとこっちを見てくる。
ヒコというのは愛称らしいが、かわいい愛称に反して外見がちょっとシュールだ。

「なんだまた勝手に管から出てきたのか。
 ライドウ、少し気が緩んでいるのではないか?」
「・・すまな」

と、謝ろうとしたライドウの前にそのヒトコトヌシがにゅと割って入り
横倒しで浮いたままゴウトをむき出しの目ん玉でじと〜っと睨んだ。

「・・む、こら違う。攻撃しようとしているのではない。
 ただ目付として意見すべき所をしようとしているだけで
 むお!こら青臭い!無言で詰め寄るな!」

それはきっと『ライドウは悪くない』と言いたいのだろう。
妙な体勢でゴウトを威嚇している葉っぱ人間を見ながらジュンヤは笑った。

「見た目はちょっと怖いけど・・優しい子ですね」
「・・そう見えるのか?」
「なんとなくですけど」

ライドウはしばらく笑っているジュンヤを見ていたが
やがてふと思い出したように葉っぱの塊に声をかけた。





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