「ヒコ。出てきたついでに仕事を頼む。偵察を・・
いや待て、そう言えば探している男の特徴は?」
「え?ここで探せるんですか?」」
「これから周囲を上空から偵察させる。
もしかすると探している男が見つかるかもしれない」
そう言われジュンヤは慌ててダンテの特徴や姿形を思い浮かべる。
真っ先に浮かんできたのはこっちに銃を突き付けてニヤリとしてる
今思い出しても充分に腹を立てられる初対面時の映像だったが
それを無理矢理追い出してわかりやすそうな特徴だけを思い出す。
「じゃあえっと・・その人背が高くて赤いコートに髪が白・・
じゃなくて白銀で(って言わないと怒るだろうし)
背中に趣味の悪い大きな剣を抜き身で背負ってて
あと銃を2つ、これも運が悪ければ抜き身で持ってウロウロしてます」
そのあり得ないほどわかりやすくて怖い説明にゴウトがげんなりしたように耳をふせた。
「・・・そんな特徴のありすぎる男がこの世にいるのか?」
「・・・俺も今そう思いましたけど、実際にそんな人なんです・・恐ろしいことに」
「だが探しやすいのは好都合だ。ヒコ、頼む」
するとまだ横倒しになっていたヒトコトヌシはむくっと体勢を立て直し
意外に軽快な動きでしゅばっと上へと飛んでいった。
「・・・まったく、ろくに躾てもいないくせに妙な頑固さだけは誰か似だな」
ゴウトがしぶしぶといった風にこぼすがライドウは何も答えなかった。
そして一分もしないうちに上空から葉っぱの塊が戻ってくる。
そしてライドウに何やらぼそぼそと耳打ちして
またむき出しの目でこっちをじーーと見てきた。
なんだろうとは思うがやっぱり違う世界の悪魔が珍しいのだろうか。
でも無言のままただこっちを見るだけなヒトコトヌシは
怖くないと分かっていても少々不気味だ。
そうしているうちライドウがその肩をぽんと、いやがさりと叩き
その姿は一筋の光になって管へと戻った。
「その男は見つかっていないが近くで何かの騒ぎがあったらしい。
とりあえずそこで情報を集めてみよう」
騒ぎのあった現場へ行ってみるとそこにはちらほらと警察官らしき人がいたが
もうだいぶ騒ぎは収まっているらしく人影もまばらになっていて
ライドウが聞き込みをしてみると、つい一時間ほど前ここで例の赤マント
・・というか特徴的にダンテらしきものが目撃され
警察に通報する前に忽然と姿を消したのだとか。
「情報からして君の話していた男と特徴が一致した。
だが一度姿を消してからその消息はつかめていないようだ」
「・・それはそれでよかったような・・いやいやでもやっぱり早く見つけないと
どこに行っても騒ぎになるからどのみち困る・・」
まさか一般人相手に発砲したりはしないだろうが
この世界には一般人に見えないとは言え悪魔が存在するのだから
その事を考えるとその常識は彼に通用しにくくなってくる。
「ふむ・・ではライドウ、この場合どうするかわかるか?」
「・・現場検証」
「?」
何やらわからない話し合いした後
ライドウは管を1つ抜いてまた別の悪魔を出した。
しかしそこに現れたのは悪魔と言うよりも車だった。
黒い車体にアンティークとも呼べそうな古びたデザイン。
ただそのあちこちは事故でもおこしたのかボッコボコに凹んでいて
動くたび壊れた部分がパカパカあいて窓ガラスもほとんど残っていない。
あとさり気なく運転席には明らかに死んだような人が乗っているので
おそらく事故車か何かの成れの果てだろう。
目を丸くするジュンヤに対しライドウは律義に説明してくれた。
「雷電属オボログルマ。対雷撃戦闘と軽度の回復、あと現場検証を担当している」
「これも悪魔・・・なんですか?」
「そうは見えないが一応は悪魔だ」
ぶおんとうなずくようにオボログルマがエンジンをふかせる。
そうか、そう言えば悪魔って日本でいう妖怪みたいなのも含まれるんだなと
ジュンヤは自分が悪魔なのも忘れて感心した。
「オボロ、現場検証だ」
そしてライドウが短く命じるとオボログルマなる悪魔はぶるると車体をふるわせ
へこんだドアやらボンネットやら開く場所全部をばかんと開けた。
すると一瞬その場の空気がまったく別のもののようになり
黒い車体がある方向を向いてプップーとクラクションを鳴らす。
その先にあったのは自動電話と書かれた小部屋のようなものだ。
それは大きさや形からしてこの時代の公衆電話なのだろう。
「・・ここか?」
ライドウがそこを指してもオボログルマは黙して語らないが
どうやらそれが現場検証とやらの結果らしい。
ジリリリリリ ジリリリリリ
だがその時だ。すぐそばでけたたましい音が突然響きだす。
何だと思うとそれは今オボログルマが指示したばかりの公衆電話からだ。
しかし変だ。普通公衆電話はかけるのに使うものでかかってくるものではない。
だがジュンヤが困惑しているとライドウが先に扉を開け中に入り
鳴り続けている電話を少し凝視してジュンヤを手招きした。
「・・君あてだと思う」
「!?俺ですか!?」
「おそらくは」
そんなまさかとは思うが確かになぜかそんな気がするので
ジュンヤは古めかしい電話ボックスにライドウと入れ替わりで入り
古めかしい受話器を手にとって恐る恐る耳に当ててみた。
「・・・も・・もしもし?」
『お。冗談でかけてみたらまさかの大当たりか』
しかし聞こえてきたのはまったく緊張感のない聞き慣れた声だ。
「ダンテさん!?今どこにいるんだよ!?」
『・・そう大声出すな。そりゃこっちが聞きたい上にオレだって誰かに聞きたい。
スシハドコデ食エマスカーってな』
「ふざけてる場合か!!せめて周りがどうなってるかくらい説明しろ!」
『だから大声出すなって。相変わらず寂しがりやなヤツだ』
「ダンテさん!!」
噛みつかんばかりの勢いで怒鳴ると少し間をあけくっと楽しそうな声がもれてくる。
顔は見えなくてもどんな顔してるのかありありとわかってしまい
今すぐぶん殴りたくなる衝動にかられるが今はとにかく居場所を聞く方が先決だ。
『・・まぁ冗談はこのくらいにして、今いる場所は大きい建物の横だ。
今話してる後ろに電車の走ってない線路がある。
あっと・・そうだ、近くにでかい漢字が1つだけ書かれた看板があったな』
その時ジュンヤはあれ?と思った。
だって今話している場所は大きな建物の横で
後ろには線路も通っているし大きな漢字の看板も近くにあった。
「・・ダンテさん、その看板『舞』って書いてないか?」
『いやどう読むかはサッパリだが青地に白で書いてあって
あぁそれとその下に顔が黒いトラ柄の毛玉がいたな』
「顔が黒い・・トラ柄の毛玉?」
何のことだと思い出している間に
近くで聞いていたライドウが先に推理力を働かせてくれた。
「・・ヌエだ」
「!そうかヌエだ!ダンテさんそれヌエだろ!?顔が黒くてトラ柄で
大きくてまんまるっこくて尻尾がヘビのやつ!」
『?そんな名前なのかあの毛玉』
「前に教えただろ!2文字くらい覚えろよ!」
いつものクセで怒鳴りつけるとライドウがぽんと肩を叩いてくる。
遊ばれてないでもうちょっと情報を聞き出せという事だろう。
「と、とにかく近くにヌエがいて他に気付いたことは?」
『そうだな・・一番わかりやすい事と言えば
毛玉や他の悪魔がいても人間が1人もいないことだな』
「え・・?」
『少し前まではそれなりに人目があって逃げ回るのに苦労してたんだが
この電話機につくまでの間、悪魔には遭遇しても人間にはまったく会わなかった。
・・そうだな、この空気、オレ達が元いたあの砂の世界によく似て・・』
とそこで不自然に音が途切れる。
電波が遠いとか途切れたとかそういうのではない。
何かの接触が悪くなって途切れたようなそんな切れ方で・・。
「?ダンテさん?」
『・・チッ、悪いが時間切・・・・にして・・・い・・』
断片的に聞こえてくる声は忌々しげだったが
ほどなくぶつっという音を最後に通話は切れた。
「ダンテさん?・・おいダンテさんってば!」
しかし待てど怒鳴れどそれ以後電話は沈黙したままだ。
ジュンヤはしばらく待ってみたがやがて受話器を元に戻し外に出た。
「・・きれました。場所としてはここに似てる場所みたいでしたけど
近くにヌエがいて人がいない場所にいるって言ってました」
ジュンヤとしてはそんな場所想像もつかないが
しかしライドウとゴウトは顔を見合わせ同時にうなずいた。
「・・銀座町」
「うむ、同じような場所で人気がなく、ヌエがいるならそれしかない」
「え?でも銀座町って・・」
「もちろんここだ。しかし銀座町といってもここではない別の銀座町になる。
詳しい話は歩きながら話そう。ライドウ」
そう言われたライドウはふところから財布を出し金額を確認する。
それはつまりまた電車に乗っての移動になるということだ。
「・・あわただしくて申し訳ないが、先程の神社に戻ろう。
遠回りになるがそこからしか行けない。行こう」
道すがらに聞いたゴウトの話によると、ダンテのいる別の銀座町というのは
今いる世界と悪魔の世界の接点にある異界という世界の銀座町で
そこは元の世界とまったく同じ構造をしながら
人間のかわりに悪魔が表立って生息するという世界なのだとか。
そしてダンテの言っていた場所とヌエがいる場所は
異界の銀座町の電話機のそばしかないという事らしい。
「・・それでボルテクスと似てるって言ったんだ」
「こちらの銀座町で目撃され、逃げた先が異界の銀座町だったのならスジが通る。
しかし危険な異界とは言えヘタに通常の銀座町で動いて騒動を起こされるよりも
遙かに幸運だったと言えるかもしれんな」
「や・・でもあの人どこであろうが誰であろうがかまわず迷惑かける人だから
今ごろそこの悪魔の方々に迷惑かけてる可能性がもの凄く高いんですけど・・」
「・・まったく。まだ会ってもいないのに会いたくなさがつもる一方だなその男」
ゴウトがイヤそうに耳をふせライドウの後ろを上手に歩く。
今3人が向かっているのはさっき訪れた山奥の神社だ。
その異界というのはライドウ達の所属する組織に管理されていて
そこからでないと入れないらしいのだ。
前に来た時のように鐘をガラガラと鳴らすと
どこからともなくさっき遠目で見ただけだった着物姿の女性が出てくる。
ゴウトによるとそれがヤタガタラスの使者という人で
ライドウの所属する組織との連絡係であると共に
異界開きという異界へ行く道をあけてくれる人なのだそうだ。
ライドウはその人と短いやり取りをしてジュンヤを手招くと
隣に立つように指示してこう言った。
「・・2人同時に送った事はないがおそらく可能だそうだ。
それと調べてもらっている君達の送還の件についてはもう少しで結果が出る」
「解決しそうなんですか?」
「まだ詳しくは不明だが君の世界とこちらとはそう遠くはないらしい。
だが今はそれより先に君の捜し物を見つける方が先決だ」
「そうですよね・・あんな人残して帰れませんよね・・」
まったくもう、戦闘では頼りになるのになんでこんな事で苦労させられるのか。
なんだか腕はいいけど方向音痴で携帯も持ちたがらない
アナログでワガママ気味で一カ所にいたがらない用心棒を捜す気分だ。
そう思ってがっくりくるジュンヤの肩をライドウがぽんと叩いた。
「ではお願いします」
それは励ましてくれたのかと思ったがそうではなかった。
その言葉の直後視界がぐるぐる回りだし平衡感覚がなくなっていく。
ターミナルの転送に似たそれはそう思えば楽だったろうが
いきなりだったし次に気がついた時来たのは落下感だったので対応が遅れた。
「ぅえ!?ちょっと・・ぉ!?」
高い状態からあわてて体勢を立て直し、なんとか着地して膝をつくだけですんだが
もうちょっと気付くのが遅かったら前にいたゴウトを踏んでいただろう。
危なかったと思いつつ借り物の制服についた土を落としていると
ライドウが少しだけ心配したように声をかけてくれた。
「・・大丈夫か?」
「へ、平気です。落ちるのは慣れてますから・・」
苦笑いしながら立ち上がるとライドウがすっと手を伸ばしてきて
何をするのかと思っていたら落ちた拍子にずれた帽子をなおしてくれた。
この青年、無口で無愛想に見えるが地味ながらに優しい。
お礼を言ってからあらためて周りを見回してみると
そこは少し前に見ていた銀座町とほとんど変わりない町並みをした
でもかなり雰囲気の違う同じようで別の場所だった。
道路も建物も電車の線路も、何もかもが全てさっき見たものと変わらない。
ただ1つの違いと言えばそこには誰もいないのだ。
古めかしい車も、路面電車も、それと上手く共存していた人間達も
とにかく本来そこを形作って動かすべきものが何もなく
漂ってくる気配や空気はどれも身に覚えのある人ではないものばかり。
「・・俺達のいた砂の世界と似てる・・か」
まったくもってその通りだ。
違う事と言えば砂に埋もれていない事くらいで
そこは少し昔番のボルテクスと言っても変わらないくらいだろう。
不気味に静まりかえったその都会を見回していると
ライドウが管を1つぬいて命じた。
「ヒコ、もう一度頼む」
しゅっと管を抜け出たそれは宙で人の形になると
しゅばっと葉をまき散らせながら上昇していく。
ぜんぜんしゃべらないし変わった悪魔だなと思っていると
ヒトコトヌシはすぐしゅっと上空から帰ってきてライドウに何かぼそぼそと耳打ちした。
「・・見つかった。君の話していた特徴と完全に合致している。
しかし出口を探しているのか闇雲にウロウロしていたとの事だ」
「あっちゃあ・・・」
やっぱりあのトラブルメーカーは迷子になってもじっとしていられないタチらしい。
というかおそらく自分が迷子だという自覚もないのだろう。
ライドウは顎に手を当てほんの少し眉を寄せた。
「ウロウロしているとなると・・場所を特定するには難しいか」
「まったく、ここはまだそこかしこが工事中で入り組んでいて厄介だというのに・・」
「・・・すみませんお手数おかけします」
「なに、考え方によっては悪意をもって巧妙に悪事をなそうと動く連中に比べれば
まだまだマシな方だ。そうだなライドウ」
ライドウは黙ってうなずく。
どうやら彼らの敵対しているものというのは
悪魔だけではなくある程度の組織力や技術のあるものらしい。
そう言えば帝都を守るとか言ってたけど一体何から・・・。
ばさ
「うわ!」
などと考え事をしていると視界の下からぬっと葉っぱのかたまりが出てきて
そこに浮いている目がじーっとこっちを見つめてきた。
しかしヒトコトヌシというややこしい名前をしたそれはそれ以上は何もせず
じと〜っと表情の一切わからない眼球でこっちを見るだけ。
「ヒコ」
名前を呼ばれると素直にすいーと主人の元へ戻っていってくれるが
何か言いたげで何も言って来ないところを見ると
ジャイヴトークでも必要になるのだろうか。
すぽんと管に戻された緑色の塊を見ながらジュンヤは後で聞いてみようかと思った。
「・・場所は特定できないがこの近くにいるのは間違いない。
それに彼のいた電話機はこの近くにある。まずそこから当たろう」
「あ、はい。お願いします」
「それともう一つ、ここは人の領域ではない。
こちらも出来うる限りの事はするが自分の身はなるべく自分で守ってくれ」
「う・・はい」
普通の悪魔ならまだともかくとして
動く死体と遭遇するのだけはまっぴらなジュンヤは軽くひるむ。
いやでもそいつ悪魔じゃなかったっけとゴウトは心の中でツッコむが
その様子がなぜか妙にしっくりきてそれは声に出さずじまいで終わってしまった。
そして異界の銀座町に入ってすぐにそれは見つかった。
近くに大きなヌエが座り込んだ誰も使わないはずの電話機の小屋。
ライドウが再度オボログルマを出して現場検証をさせると
そのそばから数発の薬莢が見つかった。
拾い上げてみるとそれはライドウの使っている銃のものではなく
ジュンヤの見慣れた形状のものだ。
「・・・ダンテさんのだ」
「・・ここで通話中に襲われて移動した、という事か」
「できればじっとしていてほしかったがそうもいかんようだな。
どうするライドウ」
ライドウは考えた。
ここの地形はある程度把握しているので1人で探すには苦労しないが
不慣れなジュンヤを連れて歩くとなると話は違ってくる。
さてどうするかと考えていると
考えているライドウとは別に出されていたオボログルマがぶぶぶとジュンヤににじり寄り
なぜか鼻先でぶいぶいと軽く押してきた。
何だよとは思うがなにせ相手は表情も何もない車だ。
意味が分からず困ったジュンヤはしばらくしてライドウに助けを求めた。
「・・・あの〜・・・」
「・・?あ、こらオボロ」
そう言われると素直にブブっと音を立てバックするのは従順な証拠だとしても
さっきのヒトコトヌシといいこの事故車みたいな悪魔といい
無言の悪魔達があまりにも何か言いたげなので
ジュンヤは思い切って聞いてみることにした。
「・・あの、さっきの葉っぱの子もこの子もそうですけど
なにか言いたそうにしてませんか?」
するとライドウは初めてちょっと困ったような顔をした。
「・・おそらく・・・純粋に君と話がしたいのだと思う」
「しゃべれるんですか!?」
「一応・・人に通じる言語は使えるが今は禁じてある」
「?どうして?」
するとライドウはちらとオボログルマを見て少し複雑な顔をする。
しかしオボログルマの方はそう言われるとしゃべりたくなるらしく
ブフンとエンジンをならし催促するようにライドウを壊れた鼻先で押してきた。
「・・これとヒコは少し特殊で・・悪気はないが少し騒々しい」
「?元気がいいってことですか?」
「・・・・」
ライドウはどう説明しようか迷っていたようだが
説明するよりも実際に聞いた方が早いと判断したらしい。
後ろでガタゴトもどかしそうに車体をゆすっていたオボログルマに向き直り
仕方なさをにじませながら静かに言った。
「・・オボロ、しゃべってもかまわない」
するとその途端、ボコベコな車体のドア、ボンネットなどの開くところが全部あき
ぶあんとエンジンをふかしながら寄ってきた黒い車体が吠えた。
「うぉおおおまぁあええ!うぉまえそうなのかあああ!?」
「・・・・・・・ぇ?」
それは一体どっから声出してるんだというくらいの音量と迫力で
確かにしゃべりはできるようだが明らかにその口調は普通ではない。
「うぉれオボログルマああ!趣味は読書おおぉお!
ぅうおまえとおぅまえの直球ぅどどどまぁあんなかああ!」
「・・・・・・・・・・」
「うぉまえ!うおれうぉまえに作らぁれたのをご存知で
ふつうの男の子じゃないのぉを知ってってててぇ・・!」
しゅん すぽん
まったく理解できない会話に呆然としていると
その姿はいきなりライドウの持っていた管に吸い込まれた。
おそらく強制回収されたのだろう。
妙な沈黙がしばらくあたりを支配し
ようやくジュンヤが微妙な苦笑いをしながら口を開いた。
「・・・・・・凄いですね。元気があって」
「・・・・・」
ライドウは何も言わずに帽子のつばをつまんで下げた。
ゴウトがジト目で見ている所からしてあれは躾てどうにかなるものではないらしく
なんでライドウが渋っていたのかがようやくわかった。
「・・ともかく問題のヤツを捜さねばな。
ライドウ、まずは戦闘用の悪魔を選択・・」
とゴウトが言いかかった瞬間、視界がざっとかすむ。
それは前にもあった感覚で、そして気がつけばあたりにいたのは
人間を腐らせそのまま動かしたようなゾンビが数体。
しかもかなりの至近距離でいきなりだ。
「!!」
自分の身はなるべく自分で守れと言われてはいたが
さすがにそんなのといきなり遭遇したらとっさに行動できない。
硬直したジュンヤに気付き、ライドウが素早く行動をおこした。
「ケルベロス!」
突然呼ばれたその聞き慣れた名にジュンヤの硬直がとけた。
しかしそれはジュンヤが言ったのではない。
それはいくつもある管から正確に一本を引き抜き
こちらに向けてライドウが発した言葉だ。
そしてはっとして身構えたジュンヤの目の前に管から出た光が落ち
一瞬で見知った形へと変貌する。
それは紛れもなくライドウの言った通りのケルベロスだ。
しかしそれはジュンヤのストックの中にいるケルベロスではない。
ストックを確認するとケルベロスはまだちゃんとそこにいて
いきなり呼ばれた自分の名に何事かとキョロキョロしている。
「・・・ケル?」
ストックに対してではなく目の前にいたケルベロスに呼びかけてみると
そのケルベロスは一瞬耳をピクリと動かして反応はするものの
こちらを向かずだっとゾンビの中に走り込み咆哮をあげると
周囲に猛烈な炎を発生させたくさんいたゾンビをまとめて焼き払った。
「・・すぐ終わる。ついていろ」
熱風の残る向こう側で残ったゾンビを斬りはらっていたライドウがそう命じると
ケルベロスはそれ以上の追撃はせずたたっとジュンヤのそば寄ってきて
言われた通り隣にぴたりと寄りそってきた。
しかしよく見るとそのケルベロス、ジュンヤのケルベロスよりもいくらか毛並みが薄黒く
目つきや大きさ、毛並みなども少しばかり違うようだ。
それはつまりライドウの所有するまったく別のケルベロスなのだ。
ジュンヤの持つケルベロスよりいくらか黒ずんだそのケルベロスは
じっと見てくるジュンヤを一度だけチラ見して
それ以上は何もせずライドウの戦闘が終わるのをじっと待ち
斬りもらしでよたよたと寄ってきたゾンビを前足でばちんと叩きのめす。
そうしてライドウが最後のゾンビを倒すのと同時に視界がさっと元通りの町並みに戻った。
最初に町で戦闘した時より違和感がないのはここが悪魔の領域だからだろう。
そしてぱちんと刀をおさめたライドウが戻ってきて静かに聞いてくる。
「・・怪我は?」
「あ、いえ、俺は平気です。すみません・・」
「・・いや、こちらも少し油断していた。まだ修行が足りないな」
などと言っている間にライドウのケルベロスは黙ってライドウのそばにのそりと歩み寄り
ゴウトのいる反対側にきちっとしたお座りをする。
その姿は色や目つきがちょっと違うことをのぞけば
ジュンヤの持つケルベロスとまるで変わらないので何だか不思議な気分だ。
それをどうとったのかわからないがライドウがまた律義に説明してくれた。
「これは紅蓮ケルベロス。発火と今のような火炎に弱い敵を担当させている。
見た目は少し大きくて獰猛に見えるが実直で従順なよい番犬だ」
そう言われてはさすがに悪い気はしないのか
ライドウのケルベロスはふんとばかりに姿勢を正し黒い尾をふわりとしならせた。
そしてそのケルベロスはふと思い出したかのようにライドウを見上げ
1つうなずくことで許可をもらい、ジュンヤに対してこんな事を言い出した。
「・・先程カラ我モ含メテ皆ガ気ニシテイルノダガ・・
オマエ、タダノ悪魔デハナイナ?」
その声も発音の仕方もジュンヤのケルベロスそっくりで
親近感と違和感が同時にわいてちょっと不思議な感じがしたが
相手はあくまで人様のわんこだという事を考えてジュンヤは答えた。
「・・うん、ただの悪魔にしてはちょっと特殊だと思う。
でも敵じゃないよ。襲ってこなければ何もしないし
俺も君みたいなケルベロスと一緒にいるから」
「「何?」」
それには犬と飼い主が同時に興味をしめした。
「では君もケルベロスを所有しているのか?」
「えぇ。見た目は微妙に違いますけどよく似てますよホントに。
毛並みとかおでこのシワとか色合いとか色々と」
などと言ってライドウのケルベロスをじーと穴があくほど見るジュンヤに対し
ライドウだけがその意味を察したらしい。
軽く首をかしげるケルベロスの頭にぽんと手をのせ。
「ケルベロス」
「?」
「彼はお前を触りたいらしい」
「エ・・」
ケルベロスはぎょっとしたがライドウの顔は大真面目だ。
まさかと思ってジュンヤを見ても『違いますよ』と否定もせず
思いっきり期待に満ちた子供みたいな目で見るばかり。
そこらの飼い犬じゃないんだから触らせろとはこれいかにと思うが
服従している主人の意見とこのなんとなく警戒しきれない少年型の悪魔。
その間にはさまれた大正の番犬はしばらく両方の顔をうろうろ見ていたが
ライドウにもう一度ぽんと叩かれ、決心がついたのかヤケになったのか
しぶしぶ前に出てきてどすんとめんどくさげに腰を下ろした。
「わ。もしかしていいんですか?」
「・・気分を害さない程度にならかまわない。
ただしあまり洗っていないので少し汚れている」
「いいですいいです。こっちだって同じですし野性味も魅力のうちです。
じゃあ失礼・・な」
ふさりと最初に触れたのは頭。
さすがにあまり洗ってないだけあってふっさふさとはいかなかったが
自分のケルベロスと微妙に違うその毛並みにジュンヤは1人で感動した。
なでなで なでなでなで もしゃもしゃぼわぼわ
最初はすがに警戒していたライドウのケルベロスだったが
やはり普段からケモノを撫で慣れているだけあって不快感などはまるでなく
耳の後ろをかかれるころには思わず尻尾をふりそうになって慌ててこらえる。
しかし何だ。まだ会ったばかりだというのにこの安心感というか服従感は。
あ、ちょっと待てそこはダメだ腹を見せたくなるだろう
いや別に悪い気はしないが主の目の前で番犬としてそれはどうかと
な、こらそこはよせ、冷たくて小さくて気持ちいい手だけど
初対面で悪魔で主人でもないのにぬおおおおぉぉ・・
などと1人(1匹)で葛藤しているうち
いつの間にか地面にぺっしゃりふせてしまった自分のケルベロスに
ライドウは少しばかり感心したような顔をする。
「・・扱いに慣れているな」
「いえなんて言うか、うちのケルベロスとの付き合いもそこそこに長いから。
あ、でも俺のケルベロスはもうちょっと白くて
ふさふさしててかわい・・じゃなくて凛々しいんですけど
こういう風に黒っぽいケルベロスも野性味があってかっこいいですよね」
すると地面にぺっしゃりふせていたライドウのケルベロスが急にがばと身を起こし
何を思ったのかライドウの背後にだだっと回って
隠れもしないのにそそくさと大きな身を隠そうとする。
怒らせるか怖がらせたのかと思ったがそうではなかった。
「・・よかったな」
ライドウが静かにそう言って少しクセのつてしまった頭を撫でる。
そう言われ鼻をフンとならし顔をそらした所からして
どうやら誉められて照れただけらしい。
それはストックのケルベロスにとっては嫉妬ものの話だったが
その気持ちはなんとなくわかるのか、ケルベロスはちょっと鼻にしわを寄せて身を丸くし
訳知り顔で微笑んでいたフトミミから外の番犬とまったく同じように顔をそらした。
ライドウのケルベロスにしろジュンヤのケルベロスにしろ
地獄の番犬たるプライドはちょっと可愛い形で表に出るようになっているようだ。
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