ダンテの伸ばした手がわずかだけ何かにかする。
それがほんの少し、もう数センチでも近くにあったのなら
少しだけでも掴んで引き寄せることが出来たかも知れない。
しかしダンテにできたのはそこまでだ。
意識が一瞬だけ白紙になり、目の前が白くなったかと思うと
次に視界に入ってきたのは猛スピードで迫ってくる壁。
「!」
ダン!!
とっさに身体をひねり足でその壁に激突すると
幸い頑丈だったその壁はちょっとヒビが入ったくらいで壊れはしなかった。
それからちゃんと地面に着地しざっと周囲を見回してみると
そこはどこかの古い町並みのようだった。
そう高くはない総レンガ造りの建物、あまり舗装はされていない大きな道。
ざっと見回したところそこは廃墟となった中世の古い町のようで
上を見るとボルテクスでは上空にあるはずの地表がなく
厚くどんよりとした雲が空を覆っている。
そして近くにはさっき掴みかけていた手の主がいない。
「・・・・」
掴み損ねた。
ほんの一瞬、昔あった1つの事を思い出して気持ちが沈むが
ダンテは素早く頭を切りかえ、何も掴んでいなかった手をぐっと握った。
大丈夫だ。
あの時と違ってあれはそう遠くまで行ってないだろうし
二度と掴めない手ではないはずだ。
拒まれたのならさらに手を伸ばし、無理矢理にでも掴めばいいだけの事だ。
ぎゅうと黒のグローブに力がこもり静かな音がなる。
が、その時ダンテの周囲でその音とはまた別の何か奇妙な音がいくつか聞こえてきた。
そちらに目を向けると建物の隙間や曲がり角のむこう
瓦礫の影などから見慣れない生き物が複数
不気味なうなり声を上げつつ集まってきている。
それは遠目でクマのようにもオオカミのようにも見えたがそうではない。
背中や肩の筋肉が異常なまでに発達し、体毛や毛皮などがほとんどなく
どれもゴムのような厚い皮膚でおおわれている。
そしてその顔らしき部分には目も鼻もまったくなく、ただうなる口だけが存在するだけだ。
何とも言えない特徴をもつその生き物は次々にダンテの周りに集まって来ると
何やら物欲しそうな様子で取り囲んでくる。
「・・・到着早々歓迎パーティーとはな。
悪いが今つき合ってやってる時間はないんだが・・」
しかし悪魔とも動物の突然変異ともつかないその生き物たちは
ダンテの言葉もまったく聞かず・・いや、元から言語を理解する能力もないのだろう。
ともかくその生き物たちはダンテの言葉が終わる前に発達した手足を使い
地を蹴って飛びかかってきた。
それはずんぐりした見かけによらず高速回転で突っ込んできたり
そこそこの距離から軽々と飛びかかってきたりもしたが
ダンテは慌てず手近なものから斬り捨て、飛んでくるものには弾丸を撃ち込み
それなりにいた奇妙な生き物たちの数を確実に減らしていく。
だがその生き物の数が半分くらいになったころ
今度は周囲で小さな落雷のようなものが発生し
そこからまた別の何かを生み出してきた。
今度は人に似た、しかしやはりどう見ても人でも普通でもない
目鼻のない細い頭をした何かだ。
手には剣を持っているかと思いきや、それは直接腕とつながっていて
何かを斬るためだけに作られた戦士系の生き物らしい。
それはいきなり現れるところからしてダンテの知る悪魔と同じで
この世界の生き物ではなく、どこか別の場所から来る魔物のたぐいだろう。
「・・ま、何であろうが邪魔ならお引き取り願うまでだがな」
しかしダンテにとってこんな事態は日常茶飯事だ。
事も無げにそう言って新しく生み出されてきた戦士型の魔物に弾丸を撃ち込み
かかって来る者は剣でなぎ払って数を減らす。
取り囲む数としては多かったが飛び道具や魔法などを使ってこないので
ダンテはさして苦労する事もなく淡々と戦った。
ボルテクスの悪魔は炎を使ったり風の刃を作ったり
相手の精神に影響を出すような事をする奴も多くいたが
ここでは大量生産が主流なのか、時々落雷と共に新手がわいて来ても
撃退するのにそう苦労はしない。
だが1つ気になるのは化け物を斬り、撃ち抜き、消滅させるごとにそこから生まれ出てくる
ぼんやりと発光する青白い何かだ。
まるでその魔物達の魂であるかのようなその物体は
倒した魔物から出てきたかと思うと、いくつかはふらふらと宙で浮遊して自然と消え
いくつかは少しの間空中をさまよい、やがてダンテの方に引き寄せられて
すっと身体に触れて溶け込むかのように消えていく。
ダンテの世界でのオーブのたぐいかと思ったがそうでもない。
蓄積されたような感じもないし、体力が回復したような気配もない。
多少気にはなるが害がないならかまう気にもなれず
ダンテは時々自分に吸い込まれていく青白い何かをよそに
もくもくと化け物を斬り捨て・・
ダン!ダンダンダン!
と、斬る事に熱中してぼんやりしかかっていた時
ふいに聞き慣れない銃声がして意識が引き戻される。
それはダンテも聞いたことがない銃声だ。
しかもそれはまだ沸き続けている魔物の波を少しだけ乱しながら
確実にこちらに近づいてきていた。
見るとその銃声をさせながらこちらに向かってきていたのはまだ年若い
少女といっても差し支えないほどの女だ。
肩にも届かない短い髪は鮮やかな栗色。
黄色のチュニックに青いマフラーを巻いていて
肘の上まである薄くて華奢な皮グローブの先には
銃身の少し大きいアンティークのような銃が2つ、ダンテと同じく両手に握られていた。
「あの・・!そこの人!大丈夫!?」
その女があまり似合わない銃を撃ちながらこちらに向かってそう聞いてくる。
どうやら助けに入ってくれたつもりらしいのだが
数が数なだけにそうも言っていられなくなったらしい。
ダンテは苦笑して近くにいた化け物をまとめ斬り飛ばすと
健気に銃で応戦していた女の背後に素早く背中を合わせた。
「あぁ、おかげさまで大繁盛してそろそろあきてきたところだ」
「・・その様子だとここの人じゃないのね?」
「さっき着いたばかりのこの歓迎でな」
「じゃあ他に生き残りを見てないの?」
「今のところ普通に会話をしてくれたのはお嬢さんが最初だ」
「・・そう」
女は発砲を続けながら少し残念そうな声を出したが
すぐ気持ちを切り替えて片方の銃で瓦礫の向こうにあった何かを指す。
「あそこに塔みたいなのが見える?」
「・・?あぁ、ちょっと動いて見えるが・・あれもコイツらの一種か?」
それは遠目に見て移動はしていないが、縦に長いそれはあまり何かの形はしておらず
身もだえするかのように蠢く肉の固まりのようにも見える。
「あれが今ここのモンスターを生み出してる大元なの。
接近して破壊できればいいんだけど・・この数じゃ到達するのに時間がかかるわ。
30・・ううん、10秒でいいから援護してくれる?」
「そりゃかまわないが・・どうする気だ?」
「ここから狙い撃つわ。一点集中で撃つからその間は防御ができないの」
「・・よし。やってみてくれ」
「じゃあお願いね」
ダンテがざっと両足を踏みしめるのと同時に女の構えが変わる。
それは確かに一点集中して撃つと言った通り
両腕をそれぞれの腕に固定させた独特の撃ち方だ。
ダダダダダンダダダダダンダダダダン!
そしてダンテが1人で周囲の敵を片づけている間
女の少し大きめの銃身から休みのない発砲音が連続で鳴り響き
使用済みの弾がバラバラとそこら中にこぼれ落ちていく。
だがそれだけ派手に撃っても狙いは正確だったらしい。
銃声がやむのと同時にそこら中にいた化け物が突然蒸発するように姿を消し
またあの青白い光になって消えたり吸い込まれたりしていき
銃声がしなくなった事もふくめ周囲は急に静かになった。
「・・ありがとう。助かった」
額の汗をぬぐいながら女が声をかけてくる。
どうやらあまり戦い慣れはしていないらしく
助けられたような助けたような気分でダンテは銃を戻し苦笑した。
「いや、こっちも余計な手間がはぶけた。
しかしあまり慣れない事はするもんじゃないな」
「・・ごめんなさい、でも仕方なくて。
私は私の出来ることをしてるつもりだったんだけれど・・」
「さっき言ってた生き残りがどうとかって話か?」
「・・・・」
その通りなのか女はちょっと表情を曇らせる。
どうやらここの状況は人1人も残っていないボルテクスよりはマシとは言え
あまり良い状況でないらしい。
けれどダンテにしてみればもうそんなのは慣れっこだ。
「よかったら話してみないか。話をしてどうなるってものじゃないだろうが
こっちも来たばかりで色々と情報不足なんでな」
「・・・わかったわ。でもこれは人が何人か集まって解決できる問題じゃないから
無理だと思ったらすぐここから離れてね」
「考えておくさ」
などといつもの調子で大して気にもせず流してしまったが
この時のダンテの過信が後々思わぬ結果をまねいてしまう事になる。
もちろんそんな先の事がこの時予想できたのは
この人が極端に少なくなった世界にはいなかった。
そう『人』ではいなかった。
そして一方そのころ。
ウヴゥン・・ ボン!
「うわ!?」
ギュィウン!
上もしたも分からない状態からいきなり放り出され
激突覚悟でとっさに身を丸めたジュンヤをなにか変わった感触と
聞いたことのない奇妙な音が出迎えてくれる。
それは幸い固い物ではなく、跳ね返された後の地面も近かったので
変な感触にぶつかった後、ジュンヤは何事もなく地面に足をつく事ができた。
「・・・ふぅ・・びっくりし・・」
た、と言いかけた口は前を見た瞬間、そのままこちんと固る。
だって見上げた先、つまり自分がぶつかったと思ったそこには
自分より一回り以上大きく、しかも青白くて何の形なのかまるでわからない
とにかく不思議なものが音もなく浮いていたからだ。
それは一番近い例えをするなら触手の4つあるヘビかクラゲだ。
足とも触手ともとれるその4本の中心には小さな顔・・と思わしき部分があって
他に腕などがまったくなく、ただその4本をアンテナのように広げて
地面に最も近い足・・というか茎のような部分をなぜか青白い炎で燃やしつつ
何をするでもなくただそこにどよ〜んと浮いていた。
ジュンヤはそれを見上げてちょっと困惑した。
多分さっきぶつかったときの変な音と感触は
このアンテナか花かクラゲみたいな物にぶつかった時のものなのだろう。
だとするとあやまった方がいい・・・・のだろうが。
いやそれ以前にこれは言葉が通用する生き物だろうか。
そもそもこれは生き物なのかなんなのか。
ぱっと見た目は何かのアンテナか巨大な植物のようにも見えるし
しかし足元がないのし浮いているので見方によってはくっきり見える幽霊にも見えるし
それにしては変な形をしているし・・
などと色々迷って見上げていても
その正体不明の青い物体は足元(茎?)の炎で消えるでもなく燃えるでもなく
ただそこでじっと・・いや、時々ゆらりとゆれたりしながら浮いているだけだ。
襲ってこないので敵ではないのだろうが
生き物かどうかもわからないというのもちょっと困る。
ジュンヤはしばらく考え、万里の望遠鏡を使ってみることにした。
あまり詳しい事までわからなくても、せめて生き物かどうかの区別くらいは・・
アロガンス
「・・?」
しかし故障かと思って再度望遠鏡をのぞいても
見えたのはその5文字だけ。
おそらくそれがこの物体、いや生き物の名前なのだろう。
だがしかし種族も正体もまったく分からず
本当に名前しか見えないというのもちょっと不便な気が・・
ギュヴァウ
「うぇ!?」
などと思っているとその奇妙な生き物
いきなり青白い炎に包まれたと思ったらそのままどろんと姿を消した。
「えぇ!?ちょっと!なんでいきなり消えるんだ!?
いやその前にダンテさんはどこだよ!あぁもう!何がどうなってるんだよ〜!」
だが色々とワケが分からず混乱しかかっていたジュンヤの前に
さっきとほとんど同じ色の炎がいきなり現れる。
そして青い炎の中からアロガンスとはまったく違う
けれど足元が炎で燃えている事だけは共通する何かが現れた。
「・・じゃあここがこれだけにぎわってるのは人為的なものなのか?」
「・・そう。ある教団の構成員だったたった1人の男が
この状況を作り出している元凶なの」
どこからともなく沸いてくる異形の生き物を撃ち、時には斬り払いながら
2人は荒廃した街を進んでいく。
女の話によると、なんでもこのあたり一帯は元はちゃんとした都市だったらしいのだが
少し前にこんな化け物の集団に襲われこんな有様になったらしい。
「私は仲間と一緒にその男の調査と報告を繰り返しながら
移動している途中だったんだけど・・」
ドン!
一瞬手を止めた女の背後にいた一匹に弾丸を撃ち込み
ダンテは素早く次に狙いをさだめながら先を続けた。
「残ったのはアンタ1人・・か」
「・・私達だって身を守る術は持っていた。けどこれはあくまで護身用だから
これだけの数を相手にするには無理がある。だから・・」
そう言って女はぎゅっと銃を握りなおし、意志を固めるようにして射撃を再開する。
「たくさんいた仲間達もみんなやられて
最後に残った私がやられて・・それで全部終わるはずだった。
でもその時助けてくれたのがジークなの」
「ジーク?」
「黒印騎士団の1人よ。私の所属している銀の乙女とは別の・・あ、でも・・」
「・・あぁ、悪い。ついさっき来たばかりで組織的な事はさっぱりでな」
「えっと・・とにかくその人、私よりもずっと効率よく戦う力を持っていて
こんな状況をあちこちに広めてる男を単身で追っているの」
「効率よく・・か」
そう言えば掴み損ねたクライアントはどんな多数でもどんな巨大な輩でも
冷静に対処して効率よく戦う方法をよく知っていた。
となるとここにもそういった他者の力を使った戦法でもあるのかと思ったが
それより先に女が今さらながらな疑問を口にしてきた。
「・・そう言えば貴方、戦い慣れてるみたいけどどういう人なの?」
「なに、ちょっとした便利屋だ。本業はこういった奴らの駆逐関係だが
今はガキの護衛と掃除屋をやってる」
そこまで言ってダンテはふとはぐれた主人の事を思い出し
飛びかかってきた人と猿をあわせたような魔物を斬りとばしながら聞いてみた。
「そうだ、 無駄とは思いつつ一応聞いておくが
ここに来るまでに全身に模様のある少年を見かけなかったか?」
「?いいえ?私もジークと別れてから会話の通じる人を見るのは貴方が最初だから」
「・・そうか」
「あなたはその人を探してここまで?」
「今のところはな。ただのガキじゃないからそう簡単にはくたばらないが
何しろ組織的な事にはうるさいガキだ。勝手にはぐれたとなれば
一体どんなお叱り(スキル攻撃)がすっ飛んでくるかわからん」
・・いや単純にスキル攻撃ですめばいいが
ヘタをするとタルカジャつきの魔弾か死亡遊戯が飛んできて
瀕死状態でストックに放り込まれて首から『くさったイチゴです』
とかいうプレートを下げられて完全放置にされかねない。
などと内心ヘンな想像をして青くなってるダンテをよそに
あらかたの敵を一掃した双銃使いの女は
少しホッとしたように銃のホコリを払って言った。
「じゃあしばらく一緒に探してみましょう?見つかるかどうかはわからないけど
1人より2人の方が安全で効率がいいでしょ?」
「そりゃかまわないが・・オレもアイツもあまりいいものを寄せるタイプじゃないからな。
今より状況が悪化する可能性もあるが」
そう言うと女はふと寂しそうな顔をしてこう返してきた。
「・・平気。ある程度の覚悟は1人になった時したから。
それに大元はジークがきっとなんとかしてくれるもの」
「しかしこの大所帯はそいつ1人でどうにかなる問題なのか?」
「1人と言えば1人だけど、彼は1人じゃないもの」
「?・・なんだそりゃ」
「事情は追々話すから、とにかく場所を変えましょう?
ここはもう大丈夫だろうけど、他にもまだ生き残りがいるかもしれない」
「・・そうだな。それじゃしばらくは共同戦線といこうか」
「うん・・でもごめんなさい。結果的に巻き込んじゃって」
「かまわないさ。オレだって1人じゃ当てもなくウロつくだけだったからな。
・・と、それとまだ名前も聞いてなかったが」
「あ・・そうだごめんなさい。私アーシアって言うの。あなたは?」
「ダンテだ。さっきも言ったがガキの護衛の真っ最中だ。よろしく頼む」
そうしてダンテは思いがけず化け物だらけの世界で
ちゃんと会話の出来る人間と一緒に行動することになった。
だがこの時彼はもう一方の相棒がそれとはまったく逆の
不思議な生き物と遭遇していたことまでは想像していなかったのだが。
「・・・・・・」
さっきまで混乱していたはずのジュンヤは
今は一言もしゃべらず、ただ無言でとある何かと向かい合っていた。
というのもついさっきまでアロガンスという(たぶん)生き物がいた場所に
今度はすっくと直立した姿勢のいい剣士・・のようなものがいたからだ。
すらりとした人型の体格に腕が二本。足も二本。
まったく無駄のない鍛えられ方をしたその身体は青と黒で統一され
手には不思議な素材でできた鋭利な剣が一本
それが礼儀であるかのようにきちんと握られている。
ただそれが人間でないという事はその膝から下が青い炎につつまれ
さっきのアロガンスと同様地面についていない事ですぐにわかった。
それに何より人の個性が出るはずの顔の部分。
そこには目も鼻も口もなく、穴を開け忘れたような硬質の仮面があるだけだ。
そしてその仮面の隙間からは頭髪のような物と角のような物がのび
後ろにかけていくつもビシビシと突き出ている。
一瞬さっきのアロガンスが変身でもしたのかと思ったが
それにしては変わり方が極端なので、ジュンヤは念のためもう一度
万里の望遠鏡で確認してみた。
ギルト
するとやはり何の種族なのかの説明はないが、今度は別の名前が出てくる。
それが名前なのか、それとも種族名なのか。
とにかくそれは人の形をしているが人ではなくて
一見して存在感のやたらとある幽霊の剣士のように見えるが・・。
「・・さっきのとは・・違うのか?」
恐る恐るそう聞いてみても、それは口がないので答えてくれず
目がないのでどこを見ているのかも分からない。
顔がこちらを向いているのでおそらくこっちを認識してはいるのだろうが・・。
だがそれはしばらくすると何を思ったのか
顔的にはジュンヤの方を向いたまま、すいーと音もなく浮いたまま後ろへ移動し
そしてある程度の距離があくとピタリと止まる。
不思議に思いついて行ってみると、またすいーと移動して一定距離で止まる。
「・・ついて来いっていうのか?」
そう聞いてみても口のないそれは答える事もなく
鋭利な剣を片手に、もう片方の手を腰に当てた綺麗な体勢を保ったまま
ただこちらを待つかのようにじっとそこから動こうとしない。
再び近くに寄って行こうとするとまたすいーと距離をあけられ
また待つかのような沈黙だけをよこしてくる。
「・・何かのワナとか魔界とかボスの所とか
そういう所に案内するのはなしにしてくれよ」
そう言ってもギルトというらしい何かはやはり何も答えず
ただ黙って誘導するかのようにまた音もなく距離をあけた。
その不思議な何かは武器を持っていながら攻撃してこないので
敵でないという事だけはわかるが、実はこの時ジュンヤの口にした推測は
1つだけあっていた。
「レギオン?」
「そう、レギオン。つまり軍勢。私も詳しいことは知らされていないけど
それは契約により異界からこの世の者ではない軍勢を呼び出し使役する力なの」
時々出てくる異形の魔物を倒しながら歩いている最中
アーシアはさっき話していたジークについての説明をしてくれた。
そのジークというのは特殊な教団に所属していて
ある特殊な魔物、つまりレギオンというものを召喚して使う事のできる剣士なのだそうだ。
「それはこににいる化け物連中みたいな?」
「ううん。ジークのレギオンはちょっと変わってて
えっと・・なんて言うのかな、実体はあるけどそうじゃないような不思議な姿をしてるの。
召喚したり戻したりするからそういう形なんだろうけど
私も最初見た時少し驚いちゃった。足が燃えてて地面についてなかったから」
そりゃ完璧に幽霊のたぐいだろうとダンテは思ったし
幽霊の軍勢というのも迫力がなく戦力としてもたよりなげだ。
たぶんめったやたらにムキムキなのか、特殊な能力でも持ってる幽霊なんだろうと
ダンテは勝手に解釈しておく。
「そのレギオンは一度にそう多くは使役できないけれど統率がとれていて
人を襲ったりしないし、ちゃんとジークの指示には従うの。
彼が今まで1人でも生き残って来たのはその力があったからね」
「それで1人だけど1人じゃない、ってワケか」
そこでダンテはジュンヤの事を思い出す。
ジュンヤもあまり一度に多くの悪魔は出せないが
ちゃんと言うことを聞くしどれも無闇に暴れたりはしない。
と言うことは仲魔連中の足がない状態のを引き連れてるのかと
ダンテはやっぱり勝手に想像した。
「まさかとは思うがそいつは10代くらいのガキで髪が黒かったりしないか?」
「?しないわよ?歳は貴方より少し若いくらいで髪は赤いもの」
「だろうな・・」
「貴方の探してる人はそんな人なの?」
「あぁ。そう派手じゃないが目立つヤツだ。
一番の特徴は全身にある黒い模様で遠距離からでも一発でわかる」
「?・・そうなんだ」
ちょっと想像つなそうながらもアーシアはそれを頭に記憶しておいてくれたようだ。
まさか悪魔だとも素手で自分の倍ある奴を倒すヤツだとも説明しにくいので
ダンテとしてはその方が好都合だ。
「で、そっちの知り合いってのはそのレギオンとやらを駆使して
この先にいる原因やその取り巻きを退治するつもりなのか?」
「教団からの命令を受けているならそうだと思う。けど・・」
「・・けど?」
周囲の敵が一掃され静かになった所でアーシアは少し声を落とし
銀色の銃身を見ながら静かに続けた。
「・・あの人は・・ジークは何も言わないけれど
何か大切なことを1人で抱え込んでるような気がするの。
向かう物の大きさとか使命感とか・・そんなものじゃない、何かもっと他のこと」
そう言ってアーシアは銃身に額をつけ、祈るように目を閉じる。
「・・ただ偶然で生き残った私じゃなんの力にもなれないかも知れない。
けどあの人がしている事は誰かが知っていてあげないといけない。
そんな気がするの」
「・・・・・」
「・・私のお節介で済むに越したことはないんだけれど・・ね」
そう言って銃をおろして寂しそうな顔をするアーシアにダンテは苦笑し
ちょっと意外な言葉を返した。
「・・いや、そいつの気持ちがどうあれ、それはきっと大事なことだろう。
何せオレが探してるヤツもガキのくせにそんな所があるからな」
「え・・?」
「自分は他より恵まれてるから大丈夫だって妙な意地をはって
結局他よりもよけいなものを背負い込んでる、そんなヤツだ」
思えば最初の依頼を蹴ってまであの少年のそばにつこうと思ったのも
アーシアと同じような理由があったのかも知れない。
隣にいる事がすっかり当たり前になった今となっては
それが正解だったのかどうかなど思い出す気にはならないが。
そう思いながらふと落とした視線の先には
掴むはずだった手を二度も掴みそこねた手のひらがある。
もしも・・その二度とも間に合ってその手を掴んでいたのなら彼らは怒っただろうか。
それとも怒りつつもホッとしていただろうか。
・・いや昔の方の事例ならまず確実に怒っていただろう。
なにしろ人の腹をためらいなく刺してくるようなヤツだし
実際伸ばした手はばっちり斬りつけられてしつこく痛かったくらいだ。
けれどその時と今の話はまったく別だと
ダンテはその時斬られた手をひとふりする。
契約の関係で少しわかるのだ。
今度はもう手の届かない距離などではない。
あれはそう遠くには行っていないし、もう掴めないものではない。
だから今度は絶対に、どんな意地をはられようが捕まえてやるつもりだ。
などと急に沸いてきた闘志に手を握りしめると
それがどう見えたのかわからないがアーシアが少しだけ微笑んだ。
「その子・・早く見つかるといいね」
「・・そうだな。とっとと見つけて声が聞きたくなってきた」
と言った直後、またしても周囲に複数の落雷が発生し
そこからトゲトゲしたのや大型の獣のようなもの
猿のような形をした魔物達が発生する。
どうやらそれは時も場合も都合も選んでくれないらしく
ダンテとアーシアは下ろしていた銃を再び上げなおした。
「もう来た?塔もないのに出るのが早くなってる」
「だったら枯渇するまで掃除するか、歩きながら排除して原因を探すまで、だな」
「それはそうなんだけど・・それにしても貴方なれてるのね」
「そういう職業だからな」
事も無げにそう言ってダンテは両方の銃をそれぞれ別の方向に向けた。
「大型と猿型をやろう。トゲと遠距離をたのむ」
「わかったわ。でも飛んでくるのには気を付けてね」
「お互いにな」
そう言うなりダンテの銃は大きなものを仕留めていき
アーシアの銃はその他の小さなものや遠くにいるものを仕留めていく。
まさかこんな異世界に来て隣に銃声が並ぶとは思ってもいなかったが
余計な手間がはぶけるという点ではラッキーだっただろう。
ただいつも隣にあったあの声が聞こえないとなると、それはそれでちょっと寂しい
なーんて思うのはやっぱり歳のせいかなとダンテは苦笑し
ちらちらと青白い光の舞う中戦闘を続けた。
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