しかしぎっと睨むように周囲を見回してもその声の主は見当たらない。
だがその声は周囲全部にも聞こているのか
驚いたことに今まで襲いかかってくるだけだった魔物達が
なぜか動きを止めてオロオロしているではないか。
ということはそれはやはり、あの特殊な体質と能力と性格を持ったアレだろう。
かろうじて残った意識の中でダンテが苦々しく思っていると
それを知ってか知らずかそれはさらに笑うように言葉を続けた。
『 確かにその血にある衝動のまま、ただそこにあるもの全て喰らいつくすも
殺し、破壊し、奪うのも、魔の定めと業であり、本来あるべき姿なのやも知れぬ。
・・じゃがな、おぬしは1つ肝心な事を忘れておるぞ 』
足元でごぼりと不吉な音がし、急に動き出した地面に
人の物ではなくなった手が地につく。
しかし手をついたそこは地面ではない。
真っ赤な皮膚にトランプにありそうな菱形の模様。
安定の悪いそこは滑り落ちそうになると、太くて丸い場所に引っかかり
金色の王冠をのせたピンポン球のようなまん丸い目にずらりと取りかこまれる。
それはそれぞれにゲッゲとかグガガとか笑い声に似た声を発し
お世辞にも百歩ゆずってでも可愛いとは言えないケモノで
声がしたのはそれよりも上、ダンテの頭上からだった。
「我ら魔にあって魔になき者につながれる従属11体。
ただ本能のまま動くよりも愉快に、そして正確に高みへ上がる方を知り
そして契約と共に在野では決して見る事のかなわぬ
まったく新しき境地を見いだしておることをな!」
そして見上げた先にあったあの不吉な杯が
毒々しい煙を上げたまま天高くかかげられた。
「さぁさぁ無垢な覇気に引かれて集まりし哀れな器ども!
ここでわらわにおうた事、歓喜し狂喜し絶望し
その身を躍らせわらわを存分に楽しませてたもれ!!」
次の瞬間、ねじ曲げられるように世界がぐにゃりとゆらぎ
いくら斬っても撃っても減らなかった魔物達がいっせいに異常をきたした。
それはダンテもあまり見たことはなかったマザーハーロット固有スキルで
女帝のリビドーとかいう攻撃属性もついた精神系の魅了攻撃だ。
しかしこの微妙な名前の精神魔法、5、6体にかけるならまだいいが
これだけの数にかけるとなるとかなりえげつない光景になる。
そこら中で魔物の同士討ちがおこり、魔物同士で斬りつけ合ったり
一方的に飛びかかったりお互いの喉に食らい付きあったりと
どれかちょっとくらい正気のヤツもいただろうが
どれがそうでどれが違うのかの見分けがまったくつかず
あちこちで悲鳴や雄叫びが混じり合い肉を引き裂く音が加わるという
それはまさに阿鼻叫喚の光景だった。
しかもその魔法、なぜか本来影響のないはずのダンテにまで効果をおよぼし
さっきまでご機嫌だった頭の中から急激に高揚感が抜き取られ
続けざま身体が水を吸ったようにずしっと重くなり
魔物と見分けがつかなくなっていた身体が元に戻る。
ちょっと待て、なんでオレまで巻きぞえと思ったが
そのおかげか狩りのやりすぎで飛んでいた意識がかなり戻ってくる。
ぺい ぼた
「う」
と思ったらダンテは急に用なしとばかりに首の林の中から放り出され
その横を悠々と赤い巨体が横切っていく。
「・・さて、わらわの介入するのはここまでじゃ。
後は自分で何とかするがよかろうぞ。
もっとも・・何とかするのはどちらなのやらわからぬがのう」
くくくという含み笑いがどしん、どしんという重たげな足音にかき消され遠ざかっていく。
巻きぞえた上に何しやがると思いつつ、ダンテはなんとか膝を立て体勢を立て直し
大混乱の大軍に分け入っていく真っ赤な後ろ姿を睨もうとした。
が、それよりも先に視界に見た事のある靴が入ってきた。
もう少し上を見るとやっぱり見たことのある黒いハーフパンツと
握りしめられた複雑な模様の入った手。
そしてさらに上を見ると唇をかみしめた金色の目と目があった。
どうやらそれは相当に怒っているらしいが
なぜかそのまますぐ怒鳴りつけてこず、しばらく黙っていたかと思うと
悔しさと寂しさのまじった声でこんな事を言い出した。
「・・・・・俺は・・ダンテさんのこと、よく知らない。
どうしてそんなに悪魔を狩りたがって、どうしてそんなに好戦的なのか
どうして1人で何でもやりたって、どうしてそんなになるまで戦えるのか
俺は正直、ダンテさんのこと・・よく知らない」
そうしてふっと、落ちた金色の視線を
なぜかダンテはちょっと勿体ないなとぼんやり思う。
「それは俺なんかじゃ理解できない話かも知れないし
ダンテさんだって話したくないことなのかも知れない。
・・・でもな!!」
がっと強力な力で胸ぐらを掴まれ、無理矢理引き寄せられるのと同時に
すうと息を吸い込む音がし、それが声を思いっきり叩きつけてきた。
「今!!俺に雇われてる状態で!!
勝手に1人で戦って!勝手に1人でムチャクチャしてこんなになるな!!
自分のこと大人だって言うなら!契約くらい守れよ!!
俺が一緒にいる意味ってなんなんだよ!!
今あんたの前にいる俺はなんだ!!ダンテ!!」
ダンテは目を見開いた。
そう言えば・・・
オレの前に今いるこれは・・
いつも怒鳴ってくる 金色の目の・・・
いつの間にか いつも横に いるようになった・・・
・・・・・・あぁそうだ。
コイツは オレの
ゴォ!! ザアァアアーーーーーー
!!
それを思い出すのと同時に今まで勝手に入り込んでいたあの青白い何かが
全身から一気に吹き出し、逃げ出すかのような勢いで飛び散っていく。
それは空中で散り散りになったかと思うと
急に一方に向きを変えて飛んでいき、すぐに見えなくなった。
そしてその光の洪水がおさまった後ダンテに残ったのは
猛烈な疲労と脱力感と今になって出てきたそこら中の傷の痛み
それとたった今まで忘れていた大事な答えだけだ。
そしてダルさと痛さと妙な安心感がいっぺんに押し寄せてきたダンテは
急に眠くなってきて『・・何だこのダルさと痛さは、なんとかしてくれ』と訴えた。
が実際はそう言うのも目を開けているのさえも億劫になってきて
もう胸ぐらを掴まれようやく立っているような状態だった。
しかしいくら何でも怒ってる相手を前に寝るのはマズイ。
大体今怒られてるのは間違いなく自分だし
悪いのも自分なのだから今寝たら絶対に怒られる。
でも眠い。疲れた。でも・・・。
ふらふらする頭と身体でダンテは最後の気力をふりしぼり
息を吸ってとにかく最低限の許可だけでも得ることにした。
「・・・・・悪い・・・少し・・・・・休・・む・・・・」
それは本当に最小限な上、許可をとるのではなくすでに確定の言い方だ。
しかしジュンヤは怒らなかった。
黙ったままゆっくり手を放し、それ以上は何も言ってこない。
それは肯定だろうと判断してダンテは倒れた。
いや倒れたつもりだったが途中で誰かに受け止められ
閉じた視界が一瞬だけぱっと明るくなり、傷の痛みだけが全部消える。
・・・・何だ。・・・・怒ってても・・・やっぱり・・甘いじゃないか。
そう思いながらダンテは意識を手放す寸前、少し笑った。
受け止めてくれた腕は細いくせに力強く、そしてやたらに暖かくて
一瞬だけぎゅと抱きしめてくれたのが嬉しくて泣きそうになっただなんて
とても言えなかったのだけれど・・。
死んだようにまったく動かず、息をする以外に動きのなくなったダンテを抱えたまま
ジュンヤは安堵とも呆れともつかないため息を吐き出す。
あのままダンテを戦うがまま放置していたらどうなっていたのか。
なぜかストックから勝手に出たマザーハーロットが先に確保してくれていたので
これくらいで済んだようだが・・・。
・・・俺の知らないダンテさん・・・か。
それを知った時どうなるのか
自分のためにも、もしくはダンテのためにも知らずにおいた方がいいのか。
それとも今ここでバテて寝ているダンテはまったくの別物で
こんなになるまで狩り散らそうとする男が本当のダンテなのか。
しかしジュンヤは深くは考えなかった。
どれが本当であろうと今さっき自分の声に反応したのが
うっかり自分で雇って後々ちょっぴり後悔したり後悔したりして頭抱えるハメになっても
やっぱり結局そのまま付き合いのあったりするダンテなのだ。
大きい身体をなんとかそっと地面におろし
近くに落ちていたエボニーを拾い上げ、元の場所に返して一息つくと
マザーハーロットの毒気にあてられて近寄れなかったアーシアが心配そうにやって来た。
「・・その人、大丈夫なの?」
「大丈夫ですよ。息はちゃんとしてますし見た目よりも頑丈ですから」
明るく言ってもさすがにそうは見えないのか
責任を感じたらしいアーシアの表情が曇る。
「・・ごめんなさい。私がもっと強くてもっと速く走れたら
こんな事にならなかったかもしれない・・」
「いえ、アーシアさんのせいじゃないですよ。
そもそもこの人、別れ間際になんて言いました?」
「?えっと・・確かプロだから信用しろって・・」
「それ、見栄はって無茶通そうとする時の常套句ですよ。
会ったばかりの人はその無駄で無意味な自信にのせられちゃいますけど
この人実はバカですよ」
「・・・え・・・」
何のためらいもなくさらりと言い切られアーシアは絶句する。
いや確かにそんなフシは所々にあったようななかったようなありすぎたような気はするが
こんな若い子にあっさり言われる度合いだとは思わなかったのだ。
しかし大の大人をバカ呼ばわりした少年は
ふ、とこんな殺伐とした状況に似合わない笑みをうかべた。
「でも・・・悪い人じゃないんですよ。
見た目よりもバカで自意識過剰で、どんなムチャクチャも平気でするし
口より先に手や銃が出て、大人なのに子供みたいな人だけど・・
それが全部じゃなくて、すごく強くて、頼りになる所もちゃんとあって
俺みたいなロクな事しか呼び込まない奴にもちゃんと付き合ってくれてる
そういう人なんですよ」
そう言いながら白銀の髪にからんだ砂をはらってやるその仕草はやけに優しくて
とてもさっき怒鳴り声を上げていた少年と同一人物とは思えない。
けれどアーシアはダンテが話していたジュンヤという少年が
どんな人物なのかなんとなくわかったような気がした。
「ふふ・・不思議。でもその人が散々あなたの事楽しそうに話してたの
なんとなくだけどわかる気がする」
「・・?この人何か変なこと言ってましたか?」
「ううん、そんなにひどい事は言ってなかったけれど
すごく楽しそうで嬉しそうに話してたから」
「な・・!」
とたんにジュンヤの顔にじゅうと血が上る。
だってこんな会ったばかりの人にそう見えるくらいの話し方をしたのだから
おそらく、いや十中八九、絶対にろくな事を吹き込んでない。
「や!・・そ・・!いやでも、この人ホントに言動とか表現方法がアレなんで!
そういった話はあんまり真に受けない方がよろしいかと思われ・・!」
などと必死で弁解しようとしていた横をすっと通り過ぎて行った者がいる。
白い炎につつまれた剣を片手にまっすぐ歩いていくのは
今回の事やあの青白い何か、そしてその他もろもろの事を知っているだろうジークだ。
「・・さがっていろ」
二人が声をかけようとしたのを知っていたかのようなタイミングでそう言い残し
ジークは混乱する大軍のまん中で遊ぶように敵を蹴散らしていた赤い物体の後ろにつく。
その手にある赤い篭手にはあの青白い光が次々と吸い込まれていき
適当に獣を遊ばせていたマザーハーロットがゆるりと振り返った。
「おや『招く者』。もう宴の終演かえ?」
その言葉にジークはほんの少しだけ眉を動かすが
すぐに表情を消し、持っていた剣をぶんと一振りした。
「・・これは元はと言えば俺達のまいた種だ。
他界の異形とは言えお前達を巻き込む道理はない」
「ホォーッホッホ!ではここは大人しく譲り
そなたの使いの手並みを拝見するとしようかの!」
そう言ってマザーハーロットはずしずしと重そうに道をあけ
最後に飛びかかってきたのを尻尾でべんとはたき落としてからジークに場所をゆずった。
しかしジークはマザーハーロットからすれば小さくそして1人で
持っている物といえば白い炎をゆらめかせた剣一本のみ。
だが今から彼の使う物はその剣ではない。
周囲で魔物が消えるごとに発生するあの青白い光を
ごうごうと勢いよく余さず集め続けている赤い篭手だ。
ジークはそれを使おうと手を上げかけ、その前に少しだけジュンヤを振り返って見た。
不安と心配をにじませながらこちらを見る変わった姿の少年は
外見をのぞけばごく普通の少年にしか見えず
レギオンなどという異界の者達などと関わりがあるようには到底見えない。
・・奇妙な連中だ。
だがもうレギオン達は騒いでいない。
と言うのもジュンヤに会うまで召喚されているいないに関わらず
レギオン達の様子が少しざわついていたのだが
彼に会ってからは何の異常も感じない。
本来自らの意志で行動するはずのないレギオン達が
なぜ自分とあの少年を引き合わせたのかはまだわからないままだ。
そして青白い光を吸収し続けている赤い篭手に少し目をやったジークは
未だ混乱し続ける魔物の群れに向き直った。
・・だがその理由がどうであれ、俺のすべき事は今この場でたった1つ。
そう意思を固めた直後、ようやく正気に戻ったらしい魔物が数匹
ジークめがけて飛びかかってくる。
そしてたった1人であり1人ではないと言われた青年は
赤い篭手をした腕を軽くふり、静かに言った。
「サナトス」
次の瞬間、周囲の景色が色をなくし、時が止まった。
そしてそれと同時にジークの前に何か巨大なものが出る。
それは一見して青白い身体をした巨大な天使だ。
青白い筋肉におおわれたようなそれは今までのレギオンのどれよりも大きく
手には何も持っていないが背には岩でできたような翼が一対ある。
そしてそれが大きな腕を、そして岩のような翼をぐばと広げた。
ギュウヴ!
ドガガガガガガガガーーー!!
それはゆっくりとした動作だったが、その全身から無数の光線が吹き出し
それは曲線を描いて縦横無尽に宙を飛び
あれだけいた魔物の全てを的確に刺し貫いていく。
ゆがめられた時間の中その正確な狙いを避けられる者はいなかった。
ジュンヤのゼロスビートにも似たそれは
ほんの少しの時間であらゆる敵を燃やし尽くしていく。
そしてその後に残ったのは、ジークがソウルと言ったあの青白い光だけだ。
それはその魔物達の魂なのだろうか
鬼火とも魂とも見えるそれは曲線を描きながら集まり
どれも余すことなくジークの腕にある赤い篭手に吸いこまれていく。
それが何を意味するのかジュンヤにはまだ分からなかった。
だがそのサナトスと呼ばれたレギオンの大きな背。
それはずっと前を見据えていて、こちらを見ることはなかったが・・
『 見ておくがいい 』
岩の間にあるようなその大きな背は、その時確かにそう言った。
そう聞いたわけではなかったが、ジュンヤにはなぜかそう思えた。
コツコツコツコツ
見覚えのない妙な場所を、ダンテは1人黙々と早足で歩く。
そこは見覚えのない真っ暗なような真っ白なような
自分以外が真っ黒なような、でも目もくらむような光の中にいるような
とにかく色彩感覚が狂い現実味がないようであるような妙な場所だった。
ダンテはそこを1人で歩き、たまに立ち止まっては再び歩くという行為を繰り返す。
疲れたので少し休みたいのだが、どこで立ち止まっても眩しいか暗いか熱いか寒いか
そしてなぜかたまに痛いかでちっとも落ち着けないのだ。
しかもさっきからあちこちから妙な視線が飛んできてはちくちく刺さり
立ち止まれないのも合わせて落ち着かなさと不機嫌さは増すばかり。
ダンテは歩いているうちだんだんイライラしてきた。
が、元々彼もそう我慢強い方ではないので
数秒もしないうちに一番強い気配があった場所へと銃を向け・・
た、所でピタリと固まる。
ほんの少しだけ明かりのさす、淡い木漏れ日のあるようなその場所に
見覚えのない黒いドレスの女が1人、ぽつんと1人で立っていた。
しかしさっきからこちらをジロジロ見ていた気配はそれではない。
女は肩のあいた喪服のような礼拝用のような黒いドレスを着ていたが
色白で髪はその場所と同じく木漏れ日のような薄い金色で
あまり恐ろしいとか妖艶とかいうような印象はない。
そしてその女はダンテを見てふと微笑んだかと思うと
自分の少し先にあった一角を促すようにすっと指した。
そこにあったのは周囲よりかなりハッキリした色合いをもつ
人1人分くらいの朝日が当たるような明るい場所。
不思議に思いつつも何気なく指されたその場所に行ってみると
そこは見た目どおり暖かくて居心地のいい快適な場所だった。
しかもそこに入ったとたん、周囲にいた妙な気配達が
まるで興味がなくなったかのようにいっぺんに消えてしまう。
どうやらその不快な連中は自分の縄張りに入ってきたダンテを
どうするのかじっと監視していて、ここがその管轄外になったらしい。
幾分ホッとしつつダンテはその場所を指してくれた女に礼を言おうとした。
が、声は出なかった。どうやらそこが出口らしく、意識が別の方向へもって行かれそうになり
女の姿が急に霞がかって遠くなる。
礼の1つでも言いたかったがもう後戻りはできそうもなかった。
しかし女は少し微笑んで『行きなさい』とばかりに手を振る。
あまり似ていなかったけれど母の事を思い出し、ダンテは一瞬顔をしかめるが
すぐに思い直して心の中でだけ礼の言葉を投げておく。
だって女は悲しそうでも寂しそうでもなかったからだ。
そこはあまり良い場所ではなさそうだったが
これから迎えでも来るからそれを待っている、そんな風にも見えたから。
だから貴方は待っている人の所へ帰ってあげなさい。
女は何も言わなかったがそう言われたような気がして
ダンテは苦笑して目を閉じ、大人しく自分の元いた場所へ帰ることにした。
自分にちゃんとした居場所があって、そこに自分で帰ろうとするなんて
あまりそんなガラじゃないんだがなとは思っていたけれど
今はとにかくそうしたかった。
心からそうしたかった。
ぐがが ゴガ ごげげ
身体の感覚が戻ってくるのと同時に閉じた目の前でヘンな声・・というか鳴き声がする。
少々どころか相当嫌な予感がしたが、ずっとこのままなワケにもいかず
渋々ながらに目を開けると、まず目に入って来たのは赤と白目と牙が3セットほど。
「・・・・・・・」
ごろごろごろごろろろ〜〜
ダンテはものも言わず横転してそこから逃げた。
「これなんじゃ、人がせっかく枕を提供してやっておるのに
無礼かつユカイに逃げるでない」
「・・アンタにはそうかも知れないが横から見ればどう見たって補食だろうが」
「ホォーッホッホ!まぁ確かにあと少しでも目覚めるのが遅ければ
頭の2つ3つ喰われておったやも知れぬな!」
「オレの頭は1つきりだ」
青筋を立てつつ身体についた土をはらって装備を確認し
さっきまで枕だったらしい尻尾をぷらつかせ、げっげと笑う獣から目を離すと
少し向こうの方で話をしているジュンヤと赤い髪の青年とアーシアが見える。
あれだけいた魔物はもう一匹たりとも見当たらない。
おそらくジュンヤかあの髪の赤い青年
つまりアーシアの話にあったジークが片づけたのだろう。
しかし戦っている間は気付かなかったが自分の様子もかなりのものだ。
避けることをまったくしなかった分そこら中に傷ができ
その傷はもうふさがっているものの赤いコートがさらに赤く染まり
あまり気持ちのいいものではない。
しかし妙だとダンテは思った。
途中からあまり記憶がなかった事もそうだが
まるで痛覚や防衛本能をごっそり攻撃性と入れ替えられたみたいだ。
今までそんな事もなかったしそこまでハイになった覚えもない。
ダンテは身体の調子を確かめながらあたりを見回し
おそらく傍観者面をしていても色々と知っているのだろう魔人に聞いた。
「・・で、一体何がどうなった。
アンタに巻き添えをくらったあたりからの覚えは多少あるが
アイツに怒鳴られてから後がまったくだ」
「なんじゃ一番肝心な所を覚えておらぬではないか、情けないのう」
「・・しみじみかつ楽しそうに言うな。これでもさすがにこたえてるんだ」
「ふむ、まぁよいわ。ならば説明してやろうではないか。
おぬしが無様に倒れた後、あの軍勢はあそこにおる『招く者』が全て処理しおった。
おぬしの貯め込んでおったソウルとやらをそやつがまとめて回収したゆえ
なかなかに壮観であったぞ」
「・・?何の話だ」
意味がわからずそう問いかけるとマザーハーロットは杯をくゆらせ
意外そうな、でもやっぱりどこか面白がっているような口調でこう言い出した。
「おや、やはり知らずにおったのじゃな。
ここに巣くうあの無尽蔵な軍勢どもは消える間際にその動力たる魂(ソウル)
あの青く光る発光体を残し、しかるべき場所に集まり次の動力となる習性があるのじゃ」
「?・・次の動力ってのは?」
「あれはあのまま宙で舞うばかりではどうにもならぬゆえにな。
ここでの使い道で最も手っ取り早いのがあそこにおる使い手の元へ行き
そのそばにおる者、レギオンなるものに還元されることじゃ。
ほれ、先程からそこにチラチラしておろう」
そう言って指された先は、ジュンヤと話す赤い髪の青年の少し後。
よく見るとそこには何か巨大な鳥のような天使のようなものがいて
その姿をうすく出したり消したりブレさせたりして
足元を青い炎で燃やしながら、ただ静かに、でも存在感たっぷりに控えている。
それはミカエルをごっつくし青白いコンクリートで塗り固めたような何かだ。
全身は青白く背中には鉄のような岩のような翼がついていて
それは空を飛ぶための翼とかいう優雅な物ではなく翼に似せた鈍器のようにも見えた。
・・まぁ実際それの普段の攻撃方法はその翼で丸まり
瞬間移動で出てきていきなり激突するという豪快なものなのだが。
そしてそのやけに物々しく存在感のあるそれが
ふいにすっと、こちらを見た。
と言ってもそれは甲冑のような顔をしているので
見たというより顔をこちらに向けただけで
こっちを認識しているのかどうかまでは分からない。
「・・・何だあのゴツイ岩みたいな天使モドキは」
「あの者が使役するレギオンという異界の軍勢の一種じゃ。
確かサナトスとか言うそうじゃが・・ともかくおぬしが勝手に集めておったソウルは本来
あのレギオンとかいう者の召喚に使用される対価のようなもので
半魔であるおぬしが勝手に集めて楽しい代物ではなかったのじゃがな」
「・・・・・」
・・あぁそうかとダンテは思った。
あの青白いもやが異界からバケモノを呼ぶための対価だというなら
それは自分にとっては悪魔の部分を引き出すための誘発剤になるということだ。
そんなつもりはなかったのにまずったと思っても後の祭りとはこの事だ。
「おぬしの場合それが半魔の魔の部分に集まり
知らずと人の部分を食いつぶしかけておったようじゃが
あれは本来あぁいった者に帰るが妥当だったのじゃぞ」
「・・・・・・・」
「肉体を失い漂うソウルはあれにまとめて吸収されレギオンを使う力として再構成される。
つまりは上手くリサイクルされるはずが
おぬしがそれを知らずに横取りしておったわけじゃな。
それを知らぬおぬしがあちこちで狩りと搾取を繰り返したおかげで
あのレギオンなる者どもが主の元まで来ておぬしの・・
・・ぬ、これ話を最後まできかぬか」
しかし当然ダンテは長くなりそうな嫌味を最後まで聞かず
まだ重い身体をなんとか持ち上げ、ふらつく足でジュンヤの所まで歩こうとした。
ケガはそれほどではなかったはずだが、自分のものと思えないくらいに身体が重い。
おそらく自分に入り込んで精神まで浸食していたソウルとかいうものの関係だろうが
こんなのは放っておけば勝手に回復すると適当に思いこんでおく。
それよりも、それよりもだ。
真っすぐ見る先にある細い背中に、意識の中で手が伸びる。
なぜだかわからないが1秒でも早くそこへ行きたくて
身体が思い通りに動いてくれたのなら全力で走っていたくらいに気が急ぐ。
サナトスとかいうレギオンがずーっとこっちを見ていたが
そんなの無視だ。空気だ。気にしない。大体目ぇないし。
と、その時そんな気持ちが向こうにも通じたのか
アーシア達と話し込んでいたジュンヤがふいにこちらを向き
慌てた様子で駆け寄ってきてくれ、ダンテは頬が緩むのを押さえるのに苦労した。
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