シュッ!ゴウ
「おっと」
ガッガガガガガーー!!
放り出された先の向きは天地さかさまの勢いつきだったが
ダンテは別に驚く様子もなく空中で身をひねり
ブーツから火花を散らしつつ綺麗に着地した。
体勢を素早く立て直しながらさっと周囲を見回すと
そこはどこかのお屋敷の敷地かなにからしい。
正面には立派な作りの洋館。
今立っている場所は門からその洋館へ続くシンプルな道だ。
だがいくら見回してもさっき手をはじいた少年の姿がどこにもない。
・・・しまった、はぐれたか。
近くにいたのでそう遠い場所には飛ばされていないだろうが
後で考える言い訳が面倒になりそうだとダンテは内心舌打ちする。
だが体勢を立て直し装備を確認していたダンテは
そこでふと、妙な違和感を感じ動きを止めた。
その目が向かったのは自分の目の前にある2階建て作りの洋館だ。
それはちょっとした貴族か王族が住んでいそうな立派なもので
左右対称の小さな城のような洋館なのだが・・
しかし・・何かがおかしい。
空が曇って日にさらされていないため外見が少々不気味に見えるが
その洋館は手入れがされていて廃墟というわけでもなさそうなのに
人の気配がまったくなく、誰かが生活しているような雰囲気がない。
だが足元を見ると、最近何人かがここを訪れた形跡があるのに
その逆の出て行った痕跡がほとんどない。
そして何より、ダンテのデビルハンターの経験からして
ここからは何か悪魔関係の臭いがプンプン漂ってくるのだ。
ダンテは洋館の前で1人突っ立ったまま考えた。
周囲は森になっている。これから広そうなそこを歩き回るよりも
この妙な臭いのする洋館を探した方が確率は高そうだし
何より入り口の真ん前に弾き出されたと言うことは・・・
「・・つまりは入れって事だな」
さして考えずダンテはあっさりそう解釈し
抜き身だったリベリオンを背中に戻し、館の方へと足を向けた。
ぎぃぃ
古い扉独特の音を立てて大きな扉が開く。
ダンテとしては蹴り開けて入ってもよかったのだが
誰かが住んでいたり中でジュンヤと遭遇したりしたら
絶対に怒られるのでやめておく。
入口から入るとそこはエントランスだ。
赤い絨毯のひかれたその場所はそれなりに広く大きな柱が並んでいて
その気になれば豪華なパーティーができるだろう。
だがダンテはそこへ足を踏み入れた瞬間から眉をひそめた。
廃館ではない。手入れはされている。無人という事もなさそうだ。
だがなんだ。
この異常なまでの死臭とそこかしこからにじみ出てくる妙な気配は。
感覚としては悪魔に近いが何か違う、そんな気配がこの館内にはある。
どうやらここは人の代わりに何か別のものが住み着いているらしいが
ダンテの知る悪魔は自分の居場所を掃除したりしないし
人を襲ったとしても多少なりとも痕跡を残すはず。
表で見た痕跡かして、ここに入った人間か再び外を拝んでいないのと
この妙な気配が絡んでいるのは確かなようだが・・
・・ギイ
と、そんな事を考えているとエントランスの奥で扉の開いた音がする。
ダンテは銃を抜こうとした。
が、扉から出てきたそれはダンテの目からして完全に人間だったため
その手はグリップの手前で停止する。
ゆっくりとこちらに歩いてきたのは1人の青年だ。
赤いマントに古い貴族の着るようなデザインの服。
魔法でも施されているのか少し変わった模様の入ったブーツをはいていて
前髪が長いのでその表情は完全には見えないが
その目は普通の人生を送っていては出来ないような目をしている。
そしてその青年の足がダンテから少し距離をおいた所でピタリと止まった。
しかし青年は何も言わずただ黙ってこちらを見るだけなので
仕方なしにダンテがかわりに口を開く。
「・・・ここのオーナーか?」
しかし青年は答えない。
ただ黙ってこちらの様子をうかがっていて、襲ってくる気配もなかったが
ダンテはそれだけではないことを経験から知っていた。
相手は見た目が人間だが
普通の奴ならあんな異様な目つきをしないだろうし
こんな死臭のしみついた妙な場所に1人で住んではいないだろう。
そして何より青年の腕にある銀色の腕輪。
ダンテはあまりそういったたぐいの物に詳しくはないが
何か強力な力を有しているのが半魔のダンテの目にうつっていたからだ。
「勝手に入って悪いな。実は相棒とはぐれて探してる最中で
とりあえず目についたここを探してみたかったんだが・・」
ゴゴン・・
などとダンテにしては珍しく事情を先に話そうとした時
館が軽く地震でもあったかのように振動し
ダンテが一瞬周囲を見回そうとしたそのわずかな瞬間、青年が動いた。
カチリ
「!!」
ドガン!!
かすかに聞こえた何かの作動音にダンテが飛び退くと
さっきまで立っていた床が1人分くらいのスペースだけ上へ急上昇する。
あと少し避けるのが遅れていたら天井とサンドイッチになっていただろう。
ダンテは素早く銃を抜き、狙いを定めた。
しかし銃口を向けようとしていた青年はちょうど別の扉の向こうに消えたところだ。
「・・チ」
見た目は人間だがどうやらやっぱりワケありで
間接的に妙な力を使ってくるらしい。
ゴゴゴと音を立て戻っていく床を見ながら銃を持つ手に力を込める。
人間なら狩る必要はまったくないが
魔と関わりその力を利用しているとなると話は別だ。
とは言え今は相棒を捜すほうが先決なので
あまり相手をしているヒマはないが・・
「ここをウロつく限りは・・どうせまた出くわすんだろうがな」
何かとトラブルを呼ぶ自分の性質を知っているダンテは
さして気にする様子もなく赤い絨毯の上を歩き出した。
その洋館はそう広い作りをしていなかったが
壁、床、天井などからなんとも言えない妙な気配が漂ってきて
加えてさっきの事もあり、どんな所でもとにかく歩いて確かめるダンテには珍しく
あちこち見回ならが慎重に館内を歩くハメになった。
ためしに気になるところを壊さない程度に叩いたり調べたりしてはみても
そこにあるのはただの壁、ただの床でしかない。
しかし妙だ。何がと言われれば説明はできないが
この洋館、おかしな箇所が多すぎる。
書斎や食堂があるのはまだわかるが
どれも窓が少なくどこもやたらに閉鎖的で
階段がなくかわりに昇降機らしきワープ装置みたいなものがあり
あと廊下を歩いていてすぐ入れる場所に
棺桶がずらりと並ぶ墓地みたいな部屋がある。
そして歩き回っているうちに見つけたとある小さな一室。
そこには傷のついた黒い石碑のような物が1つあるだけなのだが
そこからこの館ににじみ出る妙な空気が一際強く漏れだしているように感じる。
「・・こいつが大元・・いや、違うか」
これはおそらく魔界か何かに干渉する装置なのだろうが
ダンテのカンからしてこの館全体にあるイヤな雰囲気の原因は
これだけというわけではなさそうだ。
ダンテは少し考えて先ほど無視した昇降機の部屋へ戻った。
それはこの館での階段の代わりなのだろう。
ほんのりと光を放つ円形の装置に乗ると
少しの浮遊感と一緒に景色が少し変わり、二階らしき場所に到着する。
そうしてその部屋を出て最初に目についたドアを開けると
また棺桶の並んだ安置室みたいな部屋に出た。
変わった趣味をお持ちだな、などと思いつつそこを後にすると・・
ゴッ!
「つっ・・!」
部屋を出た直後、いきなり横から何か重たい物が飛んできた。
とっさに腕で動きをそらしていなければ、しばらく動けなくなっていたかもしれない。
だが次の瞬間銃を抜こうとしたダンテの動きは途中で止まった。
さっきの青年が戻ってきて何か仕掛けてきたのかと思ったがそうではない。
そこにいて独特の構えから次の技を出そうとしていたのは
ダンテの知っている人間・・いや人間に近い外見をした悪魔だったからだ。
「・・・なんだ君か。驚かさないでほしいな」
などと言って呆れたようにかまえを解いたのは
人間に見えるが今は鬼神という種族に入るフトミミだった。
ダンテは衝撃でしびれた腕をプラプラさせ少しばかりムッとする。
「・・そりゃオレのセリフだ。そっちこそいきなり驚かすな」
「いやすまない。こんな部屋から出てくるものだからついね」
「ついって・・いや、それよりアンタがいるならアイツもここにいるのか?」
「いるよ。ただちょっと事情があって私が代わりにこの周辺を見て回っているんだ」
「事情?」
他の連中ではなく人に近いフトミミを出したということは
おそらくここの住人を驚かさないための配慮だろう。
しかし事情とはなんだと思いダンテが眉をひそめていると
フトミミは近くにあったドアをあけて
「こっちだ」
とまるでそこから出てきたかのような調子でダンテを手招く。
だがそのドアの向こうからは
今までにないくらい強力な魔の空気がやって来ていて
ダンテはまさかとは思ったが、そのまさかの予感はすんなり的中した。
ドアの向こうにあったのはソファのある応接間のような部屋。
だがそれがただの応接間でないのは部屋の奥にあった
大きく不気味な顔の描かれたいかにもで怖そうな大扉でわかる。
フトミミはその地獄の門みたいな不気味な扉をあけ
さらに奥にあった、おおよそ洋館などにありえない
暗くて所々が明るい、まるで深夜のバーのような場所へダンテを入れた。
その部屋は今まで見たどの部屋よりも不気味で
部屋の中央には台座があり、巨大な黒水晶が浮かんでいて
その水晶の中央には何かのコアだろうか菱形の赤い部分がある。
「・・なんだここは?」
「さぁ、私にもまだよくわからないんだ。
一応住人らしき人間は見かけるには見かけたんだが・・」
「変な小細工を仕掛けられて逃げられたクチか?」
「なんだ、君もやられたのか」
「警戒心がお強い住人らしくてな。いきなり天井とサンドイッチにされかけた」
「・・?そうなのかい?私は・・・いや、今はそれどころじゃないか」
何を言いかかったのか気にはなるが
それどころじゃないと言われるとそれ以上は聞けず
黙ってついて行ってみると案内されたのは部屋の奥の方にあった
鏡のような物の前だ。
それは人一人が通れるドアくらいの大きさがあり
なぜか合わせ鏡のような同じ世界の連続が
いくつもいくつもずっと向こうまで続いている。
普通その現象は鏡を2つ合わせないとできないはずなのだが
その永遠にある鏡の世界の一番手前、ちょうど鏡一枚目にあたる世界で
何かがウロウロと歩き回っているのが目に入った。
それはこちらを見るなりぎょっとして、いきなり跳び蹴りをかけてきた。
が、それはガラスのような壁に阻まれてこっちへ届かず
それでも気が済まないのかそこをべしべし叩きながら
向こう側にいる少年は何か盛大にわめいていた。
様子からして『どこいってたんだ!』とか『どうしてくれる!』とか
『なに普通に再登場してやがるんだ!』とか文句のたぐいを言っているのだろうが
向こう側の音はこちらに全く聞こえないので完全な空騒ぎでちょっと笑える。
「・・何やってるんだオマエは」
その様子がなんだかおかしくて、そこに手をつきながら笑ってやると
向こうの少年はかあと顔を赤くしてやっぱり何かをわめいている。
口や身振り手振りからしておそらく
『何笑ってるんだこのバカ!誰のせいでこんな事になったと思ってるんだ!
人に迷惑かけといてその小馬鹿にした態度はなんだこの大バカ!!』
とでも言っているのだろう。
「・・わかったわかった。そう怒るなよ。ほら、ちゃんと反省してやるから」
と、ダンテがしたのは猿のやる反省ポーズ。
ジュンヤは一瞬くわっと目を見開いたかと思うと
横で様子を見守っていたフトミミにぎっとした目線をくれた。
ドゴ!
で、その直後、ダンテは横から強烈な蹴りを受け
そこそこ遠くにあった壁にノーバウンドで激突した。
「・・!って!オイ!いきなり何しやがる!」
「主人のアイコンタクトに従っただけだが、それが何か?」
などと言いつつフトミミはボキゴギャとありえないような音で手をならし
笑顔で『これ以上バカ続けるならへし折るぞ』な様子を見せる。
「・・わかった、OK。とにかくこいつをここから出せばいいんだな」
「その通りだ・・と言いたい所なんだが
この壁、召還する時に飛び越せても、その本人は通してくれないようなんだ」
コンコンと裏手でそこを叩く様子からして
フトミミもフトミミなりにそこをどうにかしようとしたらしい。
ダンテはちょっと考え、ジュンヤにどいてろとジェスチャーをしてから
銃を片方ぬいて数発撃ってみた。
しかしそれはどれも見えない壁を貫通せず
弾はほぼ綺麗な状態のまま床にカラカラと音を立てて落ちる。
次にリベリオンを振りかざし思い切り叩きつけてみたが
それも堅い音にはじかれ手がしびれただけで終わった。
「・・・えらく頑丈な鏡だな。アイツの顔m
・・いや、なんとかの魔弾(至高の魔弾)は使えないのか?」
「使えそうなものは全部試したんだが
魔力的なものはうっすら効果があるみたいだけれど
物理的なものはほぼ効かないらしいんだ」
「・・なるほど」
壁掛け式かと思ってふちを調べてみても
それは壁に直接埋め込まれていて取れそうもなく
構造からして壁の向こうが見えている世界という状況ではないらしい。
となるとここを越えるには何か特別なものでも必要なのだろうか。
そんな事を考えながらあちこち調べていると
中にいた少年が少し不安げな目をしているのに気がつく。
「心配するな。オレとっちゃこんなのは珍しい事じゃない。
いい子で待ってろ。すぐ出してやるから」
そう言ってそこをコンと小突いてやると
向こうにいた少年はちょっと驚いたような顔をし、ムッとしてそっぽを向いた。
おそらく何とかしてくれるのは助かるが
こんな事になった張本人に助けられるのがシャクなのだろう。
「・・とは言え、力押しが通じないならここのオーナーを探して
この妙なドアの開け方通り方を聞き出すのがベストだな」
「それしかないね」
小細工は好きではないが、力押しが通用しないなら仕方がない。
そう思ってダンテがそこを離れようとし、それにフトミミが続こうとしたが
彼はふと足を止め、何を思ったのかジュンヤではなく
鏡のような場所のずっと奥の方を凝視した。
なんだと思ってダンテもそこを見てみたが
奥にあるのは合わせ鏡のような世界の連結だけで
フトミミはしばらくその何もない場所をめずらしく鋭い目で睨んでいたが・・。
「・・・・・すまないが、1ついいかな」
「なんだ?」
「オーナー探しは私が引き受けるから
君はここにいて高槻のそばにいてやってくれないか」
「?」
ダンテは一瞬なんだそれはと思った。
だってこういった事は表向き便利屋の自分の方が慣れているし
一人より二人の方が効率がいいだろうに。
しかしそれにしてはフトミミの目は真剣だし
彼の言動がいい加減だった事は一度もない。
「オレはかまわないが・・アンタ一人で大丈夫か?」
「大丈夫だよ。むしろ君が下手にうろついて事態を悪化させても困るだろう」
「つまり下手に動くなじっとしてろってことか?」
「半分はそうだね」
「・・もう半分は?」
「率直に言えばカンだ。君も薄々気づいているかもしれないが、ここはよくない。
何がと言われても説明はできないが・・とにかく高槻によくない気がするんだ」
「ハッキリ物を言うアンタが珍しく曖昧だな」
「何しろカンだからね。とにかくここは頼むよ。なるべく早く戻るから」
そう言ってフトミミは少し急いだようにその場を後にする。
そう言えばあの鬼神、昔マネカタだったころに予知の力があったと聞くが
そのなごりでも出てきたのだろうか。
ダンテはその後ろ姿を見送りふと鏡の方に目をやると
あれ?一緒に行かないのかといった顔をしたジュンヤと目があった。
「何だかよくわからんが、諸事情により残れだとさ。
ま、確かにガキ1人をこんな所に置いておくのも不安だろうしな」
何を言ったのかは聞こえていないのだろうが
何となく言ったことが分かったのだろう。
ジュンヤはかなりムッとしたような顔をして
こっちに指を向けびすびすとそこを突っついてくる。
おそらく『何偉そうな顔してるんだよ、元はと言えば誰のせいだ』
とでも言っているのだろう。
ダンテは苦笑してそのガラスのような境目に頭をつけると
今度は真面目に、聞こえないのを承知で謝った。
「・・悪かったな。オレがもうちょっと早ければ掴んでやれたんだが
どうもオレは肝心な時に限って手が遅いらしくてな」
昔掴み損ねたとある手のことを思い出しつつそんな事をつぶやいていると
向こう側でふくれ面をしていたジュンヤがふと驚いたような顔をする。
何しろこの少年、自分以外の妙な事には敏感なので
声は聞こえなくても少し顔に出た気持ちが見えでもしたのだろう。
「・・いや、今頃そんな事言ってもしょうがないか。
あれはアイツが好きこのんでやった事だ」
しかし誤魔化すようにそう言ってみても
ジュンヤはこちらの気持ちが少し沈んでいるのが分かったのか
ちょっと躊躇ってダンテの手の所に自分の手を合わせてくる。
・・・こいつめ。
こんな時にそんな態度は反則だろ。
そんな気持ちで苦笑していると、ジュンヤはこちらの腹のあたりを指してきた。
『変な物でも食べたのか?』と言っているらしいが
そんな的はずれな考え方も今のダンテにはちょっと辛い。
「・・・少し前、こんな気持ちはなくなったと思ってたがな。
今ならオマエが仲魔連中をやたら大切にしたがるのか、少しわかる」
聞こえていないのだろうがジュンヤは2、3度まばたきをすると
何か言いつつ自分の顔をつつきながら呆れたように笑った。
おそらく『・・なんだよ神妙な顔して。ダンテさんらしくない。
いつもの腹立つくらいふてぶてしい態度はどこにやったんだよ』
とでも言っているのだろう。
ダンテはちょっと考えて同じように笑い
頭の高さのところをゴンと強めにたたいてやった。
「なに笑ってやがる。ガキのくせに大人を笑うな」
それは聞こえなかったのだろうがジュンヤは1つ笑い
手の平を指してとんとんと境目の一カ所をつついてくる。
おそらくそこに手を当てろという事なのだろう。
なんだと思いつつもダンテがそうすると、そこにぴたりと耳を当ててきた。
どうやら密着して音が聞こえないかどうか確かめたいらしい。
「・・なんだ、そんなに寂しくなってきたのか?」
しかしそれでも何も聞こえないらしく
少ししてから耳を離してダメだなと残念そうに首を振る。
ダンテも興味をもって同じようにしろと指示を出すと
不思議な模様のある手がガラスのようなそこに押し当てられる。
そう言えばそこはあまりしっかり見た事ないなと思いつつ
ダンテは真似してそこに耳を当ててみた。
だがそこからは何も聞こえず
感じるのは自分の耳を塞いだ時の独特の音だけ。
「・・ダメだな。何の仕組みか音1つもれやしな・・」
ゴン・・
と、その時遠くで何か重い物が落ちるような音がした。
何だと思って耳をすませていると、それは断続的に響いてきた。
ゴン ガゴン ズーン ガチンコーン
それはおそらくフトミミがあの妙なオーナーと接触したのだろう。
何をやらかしているのか知らないが
話し合いが大いにこじれているのだけはダンテにもわかる。
一瞬大丈夫かとは思いはするが、音が断続的に続いているということは
あの妙な仕掛けでやられている事はないようだ。
「何しろあのマゲ、見た目と裏腹にやたらと頑丈にできて・・」
と、冗談交じりに視線を戻したダンテの動きが止まる。
ほんの少し目を離したすきに中の様子が少し変わっていたからだ。
こちらはあの音以外に変化はないが
ジュンヤのいる向こう側は見た目に変化がないものの、温度が下がりでもしたのか
少し寒そうに肩を抱いて落ち着かないようにあたりを見回している。
「・・どうした、寒いの・」
か、と聞こうとしたダンテの口が途中で止まる。
それが寒さではない事がわかったからだ。
・・じわり
と、ジュンヤの足元から何か赤い物がにじみ出す。
それは赤い液体のような気体のような光りのような、とにかく赤い色をした何かだ。
それはじわじわと範囲を広げ、ずるずると引きずられるように後へと流れていく。
身体が傷つけらている様子もないのでそれは血ではない。
けれどそれは確実にジュンヤから出て奥の方へと勝手に引きずられていく。
ダンテはその時思い出した。
それは確かマガツヒとかいうボルテクスの悪魔達が集めていたもので
それを根こそぎ奪われたある派閥の悪魔達は
戦う事すらできずに全滅したと聞いた事がある。
だとするとジュンヤが寒そうにしているのは温度のせいではない。
理由はわからないがあちらで何かに力か生命力を奪われている事になる。
ダンテは素早く銃を2つ抜き、その壁に向かって発砲した。
しかしそれは見えない何かにはじかれ床にバラバラと転がっていくばかり。
ダンテは舌打ちししてリベリオンを引き抜き
今度はいくらかの魔力をのせて斬りつけた。
しかしそれは一瞬軽い手応えを感じさせるものの
やはり反動で押し戻され、貫通するにはいたらない。
そうこうしている間にジュンヤが身体を折り曲げ膝をついた。
あちらの音は一切聞こえないが、見るかぎり苦しそうな事だけはわかる。
ダンテはぎりりとリベリオンを握りなおし、体重をかけてスティンガーをしかけた。
だがやはりそこは頑丈なのか、それとも物理の法則が通用しないのか
剣は金属音と共に弾き返される。
そうしている間にもジュンヤから流れ出る赤い流れは止まらず
それはまるで見えない何かに血を抜き取られていくようにも見えた。
「・・ッ!クソが!!」
ダンテはとにかく可能な限りの攻撃をありったけしかけるが
ただのガラスのようなその境目はかすり傷1つつかず
ダンテはとうとうリベリオンを放り出し、そこを直接殴りつけ始めた。
無駄なのはわかっているが、そうせずにはいられなかった。
音だけでも通ってくれれば励ましになるだろうが
薄いガラスでできているようなその境目は渾身の力を込めて殴りつけても
腹立たしいほどにびくともしない。
だがそうしている間にもジュンヤから赤いものがどんどん流れ出ていき
青かったタトゥーが変色を始め、ジュンヤの様子が目に見えて弱っていく。
そしてその時ダンテは気付いた。
赤い物が流れていくジュンヤの背後に、今までなかった何かがあることに。
その先にあったのはもう合わせ鏡の世界ではない。
真っ黒な空間に簡素な道。そしてその奥に置かれた巨大な門のようなレリーフ。
それは遠目で見ても異常なくらいに大きく
上半身だけ見えている人型の何かがこちらに手を向け
何かを掴むような格好を・・
・・いや、ちがう。
それは人型のレリーフなどではない。
そのシルエットに腕は4本。
背中には見慣れた形態の翼。頭から生える立派なツノ。
そしてここからでもわかるその迫力と引きずられそうなほどの魔力。
マゲの言ってたよくないってのはコレか!!
ダンテは苛立ちをこめて再度そこを殴った。
とにかく殴った。めいっぱい殴った。手が痛くなってもかまわず殴った。
銃や剣を持つヒマも惜しんで力一杯とにかく殴り
足らない分は頭突きと体当たりと蹴りをした。
じっとしている気など到底ない。
あの鬼神はおそらくこのことを見越してここへ残れと言ったのだ。
しかしそれが分かったところで助けてやれないのでは意味がない。
「このッ・・!おい!寝るな!」
境目につかれていた手がずるずると少しづつ力をなくして下に落ちていく。
ダンテは無駄だと知りつつもそこに手を当て支えようとした。
少年が小さく何か言っている。
もういいと言ったのかやめろと言っているのか
それとも今の今になって助けを求めているのか。
口の動きを見て冷静に考えれば解読できたかも知れないが
そんな事を気にしている余裕はなかった。
こちらについていた手がずるりと落ち
赤く変色したタトゥーに彩られた身体が地面に崩れ落ちたからだ。
相変わらず音はまったくしなかったが
とさりとかくしゃりとか、とにかくそんな軽い音がしたような気がして
ダンテは部屋全体に響くほど拳をそこに打ち付け、吠えた。
その瞬間、その拳が人のものではない別の形に急変し
喉が人にあるまじき咆哮を上げる。
・・・開けろ・・・!!
たかがガラスの分際で・・!
オレの前からそいつを持っていくな!!
形のすっかり変わってしまったその手にさらなる力がこもり
悲鳴を上げるような音を立ててそこにほんの少しの傷が入る。
だがその時だ。
「・・・どいていろ」
背後からぽつりとした雨垂れのような声がわって入ってくる。
それはすいとダンテの横を通り過ぎ
何でもない様子で何者かがダンテの隣にかがみ込んだ。
まず見えたのはごく普通の人の腕。
次に見えたのは少し古めの貴族服を着た何者かの肩。
だがその服装はどことなく見覚えがあり
その腕には少し前に見かけた銀色の腕輪がはまっていた。
2へ