見ると一体いつからそこにいたのか
それは先程エントランスで妙な仕掛けをけしかけてきたあの青年だ。
その青年,はダンテの方には目もくれず
なぜか問題の境目の部分にすっと手を当てた。
するとその部分だけで水が落ちたような波紋が広がり
拍子抜けするほどあっさりその手がそこを通過し
向こうにあったジュンヤの手を掴み、こちらへ引く。
ダンテは通過してきたそれを力の限り掴むと
床とその境目を全力で蹴ってジュンヤを引きずり出し
出来るだけそこから離れた。
そして素早くその手に神経を集中させ、口に耳を近づけると
かなり弱くなっていたが脈があり、か細いながらも息はある。
大丈夫、弱ってはいるがまだ生きている。
それを確認すると同時にダンテは盛大なため息をはき出し
知らずとべったり浮いていた額の汗をぬぐった。
だがまだ安心はできないとばかりに目をやると
その視線の先にはここへ来て最初に見た青年、つまりここのオーナーだろう人物が
ぽつんと1人、何事もなかったかのように立っているだけで
それ以上何か起こりそうな気配はない。
「・・大丈夫かい?」
しかしそれでも警戒が解けず青年を睨んでいると
彼を呼んで戻って来たのだろうフトミミにぽんと肩を叩かれる。
戦闘でもなんでもない事にここまで焦ったというのも恥ずかしい話だが
この鬼神の予言のおかげである意味助かったのは事実だろう。
「・・あぁ、アンタのアドバイスのおかげでなんとかな」
「そうか。それは何よりだ」
「・・で?そっちのその有様は一体何があった?」
そう言ってダンテが上から下まで目をやったのは
出て行った時とはまったく違うフトミミの全身。
一体何をしでかしたのか、服の所々がちぎれたり破れたり
足には変な歯形がついていたり手が何かで汚れていたり焼けこげていたり
屋内だというのに一体どんな場所を歩いてきたんだという散々な姿をしていて
なのに本人はいたってさわやかに笑いながら乱れた髪をなでつけた。
「あぁ、ちょっと説得に手間取ってね。
力ずくなら簡単なのだろうけど、話し合いとなると難しいものだ」
「・・オレにはとても話し合いをしたように見えないんだが」
「警戒心の強いオーナーでね。
近づこうとするたびに罠だのなんだのを連発されてさすがに困ったよ」
それはダンテが最初に出くわした床の罠のような物が他にもあって
フトミミがそれに当たりながらあの館主と
無理矢理コンタクトしようとした結果なのだろう。
そう言えばフトミミには物理耐性があったはず。
どんな仕掛けもおかまいなしにずんずん進んでくるコイツは
さぞ怖かったろうと思いつつ、ダンテはあの妙な鏡の前に立ち
静かにこちらを見ている青年に目をやった。
「一応・・・礼を言えばいいのか?」
鏡にも扉にも見えるそこでたたずんでいた青年は
一度だけフトミミの方へ視線をやってから首を横にふった。
「・・いや、こちらの不手際のようだ。必要ない」
静かに言ったその声にはあまり感情の色は見られず
口調もどこか事務的なものだ。
それにあれだけやっても通れなかった場所をあっさり通過したり
こんな得体の知れない物騒な場所を管理しているとなると
やはり普通の人間ではないのだろうか。
そしてその不気味な青年はダンテの抱えているジュンヤをしばらく凝視し
さらにその部屋全体を見回してから何を思ったのか少し目つきを鋭くし、言った。
「・・・アスタルテ、いるな。出てこい」
するとその男の真横にいきなり真っ赤なドレスを着た女が現れた。
それは肩の上でばっさり切りそろえられた黒い髪に
占い師のような赤いドレスが似合う神秘的な女だったが
その肌の色は白いとか青白いを通り越した青色をしていて
いきなり何もない所から出てきた事も含めて人間ではないのだろう。
「なぜ私に報告しなかった。
これだけの騒ぎだったにも関わらず、知らなかったとは言わせん」
「外部から館内に進入したのなら報告できたのですが
なにぶん複数同時の内部発生でしたので・・申し訳ありません」
「・・・・・・」
青年は召使いか使い魔らしきその女をしばらく睨んでいたが
やがて『もういい』とばかりに手で指示を出し女を虚空へ消すと
マントの中から青リンゴのような果実を1つ取り出し、こちらに投げてきた。
「・・回復しないようなら食わせみるといい。
信用するか否かはそちらの判断にまかせる」
そしてそんな親切なのか突き放しているのかわからない変な男は
ふいと背を向けさらにこんな言葉を口にした。
「・・ついて来い。お前達が誰であろうとこの部屋だけはよくない。
これだけは信用しうようとしまと事実だ」
そう言って背を向け歩き出す館主らしき男に、ダンテとフトミミは顔を見合わせる。
一体ここが何であって彼がどういった人間なのかは分からないが
その言葉だけは今さっきの事を含めた事実なので
ジュンヤを抱えたここでの部外者2人はその男の後について行く事にした。
わけも分からず館内を歩き通されたのは
部屋自体はシンプルだが天幕のついた豪華なベットがある寝室だ。
そこへ辿り着くまでには後からむやみに増築されたらしい
やたらと長ーい廊下があったのは気になるが
館主らしき青年は3人をそこへ無言で通すと
どこか別の場所を見るような目で周囲を見回し
壁をこんと1つ叩いて言った。
「ここは比較的安全だ。多少進入はされるだろうが廊下で気配は察知できる」
「ちょっと待て。比較的ってことは他は安全じゃないのか?」
部屋を見回しながらダンテが聞くと
青年はさして大した事でもなさそうに答えた。
「そうだ。私の身は1つしかないが侵入者はどこからでも入り込む」
「侵入者?」
「・・その様子では本当に私の事を知らないようだな」
納得するようにうなずく青年にダンテは何か言い出そうとするが
それより先に青年がその言葉の先を答えた。
「詳細はそこの人型の魔物から聞いた。
そして確証をもてないままあの場所へ出向いてみればあの状況。
私を通さずあれに気に入られたのならば、疑う事もあるまい」
「・・つまりオレ達はアンタの敵か何かと間違われて
さっきの妙なので疑いが晴れた・・とでも?」
「要略すればその通りだ。あれは今まで私が管理していたが
今まであのような暴挙に出たことはなかった。
つまりお前達は侵入者ではなく何かのはずみでここへ来て
私の知らぬ間に先程のような事態になったということだ。
・・とは言え、それを知らずお前達と対立していれば
危うかったのは私の方かも知れんがな」
青年の目がジュンヤを寝かしつけていたフトミミを見る。
フトミミは肩をすくめただけだったが
彼は彼なりに自分達の事をこの青年に説明したのだろう。
言い回しからしてどんな説明の仕方をしたのかは気になるが
今はそこを気にしている場合でもないだろう。
「じゃあオレ達が敵とか強盗じゃないってのは認識してくれたんだな?」
「極めて珍しいがそのようだ」
「・・オイオイ、ここはそんなに物騒な場所なのか?」
「ここは先程見た通り、ただの館ではない。
その名の通り、命あるものが再び出る事かなわぬ館なのでな」
「ちょっと待て、それはどういう・・」
だがその時、あまりに分からない事だらけで混乱してきたダンテの言葉を
青年がすっと手でさえぎった。
そして青年は少し目を細めるとどこか別の場所を見るような目をして
「・・1階の魔力室か」
と1人納得したようにつぶやき踵を返して部屋を出ようとした。
「再配置もかねて少し調べる。お前達が転がり込んできた原因も知りたい」
「おい待て」
言ってから少し言い方が荒かったかと思ったが
青年は別に気を悪くした様子もなく無表情に振り向く。
しかし思わず呼び止めてしまったものの聞くことがあまりにも多すぎ
ダンテはしばらく迷ったすえ、一番基本的な質問をしてみた。
「・・名前は?館主とかオーナーでいいならそうするが」
すると表情のわかりにくい青年の前髪の下の目がすうと細まる。
一瞬拒否されるかと思ったが、館主ともオーナーとも呼ばれていた青年は
重いかと思われていた口を意外にあっさり開き。
「・・・アリオスだ」
ギイ バタン
それだけ素っ気なく言い残してドアの向こうへ消えた。
ダンテはそれを見送った後
黙って事の成り行きを見守っていたフトミミを振り返る。
「・・で、ここやさっきの部屋が一体何であって
あのオーナーが一体何なのかは・・説明できるか?」
「見ての通り彼はあまり社交的ではないのでね。
彼からはあまり詳しいことは聞けなかったけれど
彼に会う前、亡命してここに逃げて来たという行商人からいくつか話は聞けたよ」
「亡命?」
「この地域では圧政がひどいらしくてね。
それはこれからする話にも少しからんでくる。
全部話すとなると少し長くなるけど・・聞く気は?」
ダンテは少し考え首を縦に振った。
長い話は好きではないが、こう何もかもわからないままでは不便にもほどがある。
「じゃあまず話せる事は2つ。この館についてとあの青年について。
どちらを先に聞きたい?」
「そうだな、まずこの陰気な場所についての説明をくれ。
あとできればあの部屋の向こうにあった何かと・・・コイツが何をされたのかもな」
「わかった」
そう言ってフトミミは窓際に寄りかかる。
ベッドはあってもイスがないのでダンテも別の場所にもたれかかった。
「まずこの場所の名前は『刻命館』。
500年ほど前、世界を破滅に導くほどの力をもった魔神を封印したとかいう
まともな神経をお持ちなら好きこのんで入りたくない場所だよ。
魔神というのは・・君もさっき見ただろう」
「・・さっきアイツの後ろに見えたアレか」
「そう、封印された魔神というのは封印されただけで死んではいない。
そしてこの館を訪れる者の大半は
再び外に出ることがかなわないと言われている。
・・と、ここまで言えば君なら大体の想像はつくだろう」
ダンテは黙ってしぶい顔をする。
つまりその魔神とやらは封印されているにもかかわらず
この館内でどうにかして人を喰らい、それでも飽きたらず
さらにジュンヤをも喰おうとしたらしい。
なんとも食い意地のはった魔神だが
言い換えればそれはそれほどまでに貪欲で力が強大な魔神なのだろう。
よく間に合ったものだとダンテはため息をつく。
「けれど魔神自身は封印されていて、あの空間からは出られないらしいんだ。
そこで必要になるのが、さっきアリオスと名乗ったこの館の主だ」
魔神自身はあの空間から動くことが出来ない。
だがその力を使役する者がいるのならば状況は違ってくる。
「じゃあ最初アイツが仕掛けてきた妙なトラップは・・」
「おそらくは魔神の力の断片で
あの青年はそれを駆使する魔神の代行者だろう。
ただあれは侵入してきた者だけを捕殺するのに重点を置かれているようで
そう派手な事はできず範囲も人1人に仕掛けるのがやっとのようだ。
そしてその罠にかかった人間は魔神の糧となり
時には罠その他もろもろをを作る材料にもなる。
・・と、いう後半のは私の推測だが、おそらくあっていると思うよ」
「あのオーナー、そんな事を500年も?」
「いや、彼は最近交代した新しい館主らしい」
「?じゃあ先代がいたのか?」
「彼は正真正銘の人間だ。人間は500年もの時間を生きられない。
それにこの館や館主には国からちょっとした賞金がかけられていてね。
その金ほしさにやって来る者もいるし、好奇心にかられて侵入してくる者もいれば
この館の力に取り憑かれてしまう者だっている」
「・・どっちにしろドロドロした物を集めるにはうってつけの条件ってことだな」
「あまり高槻には聞かせたくない話だけれど、その通りだ」
そしてフトミミは薄暗い窓の外を見ながら何とも言えない表情でこう付け加えた。
「その話を聞いて彼の行動を見て思ったよ。
彼が魔神のために捕獲や殺傷の罠を仕掛けているのは確かだけれど
本当の罠はこの館そのものだ。
人の欲で人を引きつけ、人を贄とし、人を利用して同じ人を狩る。
その魔神とやらが元はどんなものかは知らないが、なんというか狡猾で的確だ」
「・・・・・・」
「それにね、その商人が言うにはあの館主の青年
この国に圧政が敷かれる前の国の第一王子だったそうだよ」
「なに?」
「なんでもその第一王子はその時の王
つまり自分の父親を殺した罪で生きたまま火あぶりになっていてね。
それが刑を執行している最中忽然と姿を消して
以後消息がわからなくなっていたんだ」
「・・・・・」
「けれど彼の失踪後、弟である第二王子が王座について
今現在かなりの圧政をしいているそうだよ。
そしてここからはあまり関係ないだろうけど
彼は弟の策略にはめられて火あぶりになったのではないか
私が会った商人もそんな噂を聞いてここへ・・」
「・・わかった。もういい」
・・・そうか、とダンテは沈痛な気分で思った。
最初に見た時あの青年の目が、普通でないと思ったのはそのせいだ。
彼がしようとしているのはおそらく復讐。
弟への、この国への、彼をおとしいれた全ての者への復讐だ。
だから彼はあの時ジュンヤをあそこから引き出したのだろう。
それは復讐するべき者ではないから
贄にするにはもっともっと適した者がいるから
それ以外のもので魔神の腹を満たしてもらってはつまらないから。
だとするとまだそういった分別の効くヤツでよかったと
ダンテは内心胸をなで下ろした。
「・・・って事はだ。あまり気持ちのいい話じゃないが
今のところあの館主はオレ達の敵じゃなくなったって事だな」
「そうだね。今の唯一の救いと言えばそれくらい・・」
と、そこでフトミミが言葉を切る。
ジュンヤが寝返りをうって身じろいだからだ。
2人は同時にそのそばに行き、驚かさないように声をかけた。
「・・高槻」
「・・おい、生きてるか?」
そしてその声に閉じられていた目蓋がゆっくり開き
まず上にあった天幕、そして2人の間を視線が往復し
最後にくわぁと音が出そうな大あくびが返ってきた。
「・・ふぐわぁ・・・・あれ?俺いつ寝たんだっけ」
その緊張感のカケラもないのんきな声色に
2人の肩から全部の力が抜けた。
ぐったりして死んだみたいだったのに第一声がそれとは
これが脱力せずにどうすればいいのやら。
「・・高槻・・覚えてないのかい?」
「へ?何をですか?」
「・・変なガラスみたいなヤツの向こう側だ。
何だかよくわからんがヤバそうだったろ」
そう言われたジュンヤはしばらくぼんやりしていたが
急にビクッとし、手や足やらがついているのをばたばたと確認し
安全を確認しきった後、疲れ切ったように突っ伏した。
「・・はぁ〜〜よかった・・俺生きてる・・」
「・・遅すぎだろ、バカが」
「うわ・・ミスターバカな人にバカって言われた。もう終わりだ〜」
ダンテは一瞬突っ伏している所にグーを落としたくなったが
そんな口がきけるという事は大丈夫な証拠なので心の底から安堵し
それと同時の腹いせに真横へどっかと腰掛けてやった。
「うわこら!行儀悪・・・・って、そう言えばここって・・」
「この館のオーナーが貸してくれた部屋だよ。
さっきの場所とそう離れてはいないけれど、比較的安全だから使えとのお話だ」
「え!?俺達のこと怪しまなかったんですか!?」
「どうやら彼はそういった系統に詳しい人間らしくてね。
あそこであった事も手違いだったそうだよ」
「そう・・ですか」
でも同時にあんまり悪いことをしたという様子もなかったのだが
悪魔を怖がらないという点は今のところジュンヤにとってはありがたい話だ。
・・ぐきゅぅ〜
と、その時どこからかとても緊張感のない音がする。
発生元は3人の中心、まぎれもなくジュンヤの腹のあたりからだ。
ダンテとフトミミは同時に目を丸くし、やはり同時に吹き出した。
「っク、ははは!オマエ!起きてすぐに主張する事がそれか!」
「いやちょっと待ってまって!違うって!
大体悪魔になって今までこんな音立てたことなかったのに!」
「ははは。きっとさっきので色々と消費したんだろう。
それともこれにつられでもしたのかな?」
そう言ってフトミミが差し出したのは
さっきアリオスと言った館主がくれた青リンゴのような果実。
それはあまり香りのするものではなかったが
出した途端答えるようにまたぎゅう〜と腹がなった。
「・・え、えと、それ、どうしたんですか?」
「君を助けたオーナーがくれたんだ。
回復しないようなら食べさせろって、無愛想にね」
「・・え?じゃあ俺があそこから出られたのって・・・」
「その事についてだがな少年・・」
話すべきか黙っておくべきか迷うところだが
ここで何も知らないでおくのはかえってよくないと思い
ダンテはあの部屋であった事、この妙な館についての事を簡単に話した。
一通り話し終えると、いくら敵ではないとは言え
ジュンヤはさすがにいい顔をしなかったが
しばらく考え込んだ後、ぽつりとためらいがちに聞いてくる。
「じゃあそのオーナーさん・・アリオスさんは人間なんですか?」
「だろうね。彼自身は戦う能力を持っていないようだったし
武器らしい武器も持っていなかった」
「だが人間とは言え魔界系の力を使ってるのは事実だ。
聞いた話だとテリトリーはこの屋敷の中だけらしいが
その方が効率も上がるし無駄もはぶける」
「その人・・人間なのに人間を・・?」
「それは概念の違いだよ。悪魔が同じ悪魔を襲う事があるように
人間にだって何のためらいもなく人を殺せる者がいる。
それに彼の置かれた境遇は随分と特殊なようだし」
「・・・・」
そう説明されてもやはりいい気分ではないのか
何か言いたげに黙り込むジュンヤに
フトミミはいつもより控えめな笑みを向けた。
「なに、君が気にする事ではないよ。ここではそれが常識であり通例であり
私たちはその常識が当てはまらなかった例外に過ぎないんだ」
「・・・つまり余計な事はしない方がいい、ってことですか」
「ま、そうとも言うな。
というかオマエ、厄介事に自分から首を突っ込みたがるタイプだったのか?」
「いやそれはない。ダンテさんじゃあるまいしそれはな・・」
ガシャーン
とその最中、何か言いかかったジュンヤの言葉は
どこかから聞こえてきたガラスの割れるような音で遮られる。
それは近くではないがそれを皮切りに何か重い物が落ちるような音や
何の可動音が部分的に聞こえてくる。
「・・館主の言った侵入者ってヤツか」
「そのようだね」
「・・・・・」
その音は時々思い出したように響いては止まり
館のあちこちを移動しつつも幸いこちらに向かって来る事はない。
おそらくあの館主が侵入してきた者というのをどうにかしているのだろう。
どうにか、というのがどういった事なのかあまり考えたくはないが
時々ここ全体に染み渡っていく魔力のようなもので大体の察しはつく。
それを黙って聞いていたフトミミは
しばらくして何か思い立ったように歩き出し、部屋のドアに手をかけた。
「少し様子を見てこよう。彼1人で相手しきれるか心配だ」
「オレが行こうか?」
「いや、さっきも言ったけど君が動くと面倒だ。
それに今回ここに残るのは君の方が適任のようだしね」
「・・・・」
沈黙したダンテを残し、フトミミはそのまま部屋を出た。
・・どこまで見透かしてやがるのか。
相変わらず不気味なヤロウだ。
もう予知もできないくせに変なことに察しのいい鬼神を見送り
ダンテは不思議そうな顔をしていたジュンヤの横に再び腰を下ろした。
「・・なぁ、フトミミさんどうかしたのか?」
「さぁな。あのマゲが何考えてるかなんてわかりゃしないが
1人でくたばったりしないのだけは確かだろ」
「・・でも大丈夫かな。ここって色々危ない場所なんだろ?」
「あの館主と話をつけたのはアイツだ。
それにアイツは人間に一番近いがそうヤワじゃない、だろ?」
「・・・うん」
自分が一番危なかったはずなのにまだ他の心配をしたがるジュンヤに苦笑し
ダンテはふと表情を変えこんな事を言い出した。
「ところでオマエ、今オレに何か言うことはないのか?」
「へ?何かって・・・・何を」
「オレのおかげであんな災難にあった上に
目の前にいたくせに何もしてやれなかったんだ。
文句や小言の1つくらい言うべきじゃないのか?」
するとジュンヤは少し目を丸くした後
ちょっと考えるように上を向いてからまったく予想しなかった事を言い出した。
「あぁ・・えと・・その・・・・ありがと」
その瞬間ダンテはかなり怪訝そうな顔をしたが
しばらくしてかなり呆れたように口を開いた。
「・・・・・オマエ、まだ寝ぼけてるのか?なにズレた事言ってやがる。
勝手にはぐれてあんな騒ぎになった上に
さっきだってすぐそこにいてまったく何もできてないんだ。
何やってたんだとか役立たずとか、叱り飛ばすのが普通だろ」
「でもずっとそこにいて、どうにかしようとしてくれてただろ?」
「それは・・・」
「声はぜんぜん聞こえてなかったけど、すごく心強かった。
そこにいるだけでも、すごく助かった」
「・・・・」
嘘も偽りもまったくない真っ直ぐな言葉にダンテは返す言葉をなくし
ジュンヤの視界に入らない方の手を無意識に握りしめる。
そしてそれに気付かぬままジュンヤは少し目を伏せて続けた。
「・・俺がこれからどうなるか、正直なところわからないけど
ダンテさんはダンテさんなりに役目をはたしてくれてるよ。
たぶん俺が今の俺じゃなくなったとしても、そうしてくれると思うし・・さ。
だから先に言っとく。ありがとう。そんで・・ごめんな」
それは何に対しての謝罪だとダンテは聞けなかった。
そんな事はわかりきった話だ。
自分も、そしてこの少年も万能ではない。
さっきの一件がそうだったように、いつどんな時その手を掴みそこない
永遠に失ってしまう事になるかは神にも悪魔にもわかりはしないのだ。
それはずっと先になるかも知れないし明日かもしれなければ
ひょっとすると数分後かもしれない。
だからその時のために今までの感謝を。
そして置いていってしまう事に対しての謝罪を。
という事だ。
ダンテはしばらく不機嫌な顔で黙り込み
何を思ったのかジュンヤの手をむんずと掴むと
自分の手の指とがっちり組みあわせ、その額にごつとぶつけた。
「いてっ!ちょっとなんだよ!」
「うるせぇこのタチの悪すぎるクソガキ。グーで殴られないだけマシと思え」
「いていていていててて!ちょ、関節いっぱいでグーより痛え!」
などと痛がるジュンヤをよそに
ダンテは不機嫌な顔のままぼこすかとその行為に没頭する。
これがさっき間に合わなかったらどうなったか、なんて想像するにも腹立たしいが
ダンテはその時ある男の事を思い出していた。
その男はただ純粋に力を追い求め
ダンテに最も近いようで最も遠い位置にいて
思い返せば理由もへったくれもなくケンカばかりしていて
その時ダンテはそんな男の気持ちなど1つもわからなかったものだが・・。
『もっと力を』
それはその男が残したシンプルでわかりやすい
けれどまったく同意できなかった言葉の1つだ。
・・そうだな、今ならアンタの言った事、少しわかる気がする。
その男に昔つけられた手傷が急に痛んだ気がして
ダンテはそれを押し殺すようにジュンヤの頭をさらにその手でゴツゴツと叩き
たまに自分の顔も叩いた。
ドン がしゃん ぎゃぁぁ
だがそんな空気をぶち壊す恐ろしげな音が、今度はさっきより近くから響いてきて
最後の生々しい断末魔にジュンヤが一瞬びくりとする。
それはそう頻繁にはしないが、音の最後には必ず悲鳴が入るようなので
その声の主が最後どうなっているのかは・・あんまり考えたくはない。
「・・で、どうする?もう少し寝るか?」
「や・・さすがにこんな状況だと寝るってワケにも・・」
「だな。しかしだからと言ってオマエは無闇に歩き回ると
またさっきみたいな事になりかねない」
「・・うぅ」
「ここはあのオーナーの言葉を信じるしかないな。
少し様子を見てくるから、オマエはここを動くな。
もちろん部屋からも出るなよ」
「え・・ちょっと、どこ行くんだよ」
「遠くには行かないしすぐ戻る。待ってろ」
曖昧な言葉を作ってダンテは動いた。
本当ならそばについていてやりたいが
もう少し状況を把握したいし情報も欲しい。
あともう1つ、口にはしなかったが何者かが近づいてくる気配があったからだ。
「もし何かあったら大声で呼ぶなり連中を出すなり、とにかく全力で抵抗しろ。
ここが吹き飛ぼうが大破しようがとにかく出し惜しみはするな。
ヤバイと思ったら出来る限り全力で、あらゆる方法を全部使え。いいな?」
「ぐ・・う、うん。善処する」
本当ならよそ様のおうちでそんな物騒な事をしたくないが
さすがにさっきの事とそれを天秤にかけるとなると安全の方が重いらしい。
ジュンヤはしぶしぶベットの上で膝を抱え、待機姿勢をとった。
だがそうされると置いて行かれる子供みたいに見えるので
ダンテはふと苦笑してつかつかと歩み寄ると。
「そう怯えるな。戻ったら添い寝でも子守歌でもなんでもしてやるから」
などと言ってぎゅっと軽いハグをしてくるものだから
ジュンヤは瞬時に赤くなってネコのようにダンテを蹴り
その反動でベッドのすみっこまで転がり逃げた。
「こッ!こんのバカ!!バカ言ってないでさっさと行け!!」
「なんだ、弱ってて普通に押し倒せそうだと思ったら意外に元気だな」
「!!〜〜」
きゅいーんと音を立てそうなくらいの勢いで集まっていく魔力に
ダンテは身をひるがえし素早く部屋を出た。
直後に背後でぼこんと音がしたのはまくらだろう。
やっぱり人様の家だからと遠慮してるのだろうが
人様の家とか言う以前にこの場所はまだ謎な事が多い。
だが誰にしろ何にしろ、アイツをどうにかしようっていうつもりなら
こっちも手段を選ばないがな。
前方から聞こえてくるかすかな足音を聞きながら
ダンテは銃の調子を素早く確かめ、背中の剣を引き抜き
あまりジュンヤには見せた事のない真剣な顔をした。
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