ダンテが様子を見てくると言ったのは半分ウソで半分本当だ。
ジュンヤは時々響いてくる不気味な音で気付いていなかったろうが
その音にまじって近づいてくる人間の足音があったからだ。
それはあの館主のものでもフトミミのものでもなく
何かを探すように時々立ち止まりながら確実に近づいてきている。
それが敵か味方のどちらかは知らないが
この館の話からして敵である可能性が高い。
ダンテは出てきた扉がちゃんと閉まっているのを確認すると
増築されたのだろう長い廊下を足音を消さずにどかどかと歩く。
そしてしばらく歩くと分岐していた廊下の向こうから誰かが歩いてくるのが見えた。
それは中世あたりにいるような古風な格好をした戦士風の男だ。
そう豪華ではない鎧兜に身を固め、両手には質素な作りの剣と盾。
どう見ても外から入ってきたとしか思えないその男は
ダンテを見て一瞬足を止め、確認のつもりか声を掛けてきた。
「・・何だアンタ、もしかして同業か?」
その台詞から全てを知ることはできなかったが
ダンテはとりあえず警戒しつつも肩をすくめてみた。
「いや、ちょっと行きずりで迷い込んで、暇つぶしに散策してる最中だ。
アンタこそ物々しい格好だが何しようとしてるんだ?」
「何だ知らないのか?ここには賞金のかかった罪人が潜んでて
近づくヤツをかたっぱしから消息不明にしてるって話なんだぜ?
金目当てじゃなきゃさっさと帰った方が身のためだ」
やっぱりかと思いつつもダンテは知らないフリをしつつさらに聞く。
「賞金?何に対してのだ?」
「国王殺しの大罪人だ。首を持っていくと今の王様から莫大な金が出る。
それともアンタここにある魔神とかいうのに用がある
なんて言うんじゃないだろうな」
ということはフトミミの話は大まかにあっているらしい。
だとするとあの館主、全てを承知した上でこの館で・・
・・キ キ
と、その時、どこからか金属のこすれるような音がかすかに聞こえる。
何だと思ってざっと周りを見てもそれらしい物は何もない。
「ま、どっちにしろ賞金は俺がもらうからな。
いっとくが邪魔するようなら容赦はしないぜ?
この館に入ったやつらは外に逃げる奴以外は全部敵みたいなもんだからな」
キチ キ キキ
だが空耳かと思ったそれは男が移動するごとに
より鮮明に聞こえるようになっていく。
嫌な予感がしてそちらに目をこらすと、男の向かう先
ちょうどその頭上になる高さの所に、何かうっすらとだが
逆三角の赤い印のようなものが浮いていた。
「・・なぁ、何か聞こえないか?」
「何言ってんだ、何も聞こえねぇよ」
キ キ キキキキ
しかしそれはダンテにだけ聞こえて見えるものらしく
男はまったくかまわずその印の下へと移動していく。
そうしてその赤い印は男が近づくにつれ回転を始め
距離をつめるにしたがって回転と音が速くなっていった。
ダンテはイヤな予感がしたが説得できそうな気配がない。
「おどかそうとしたって無駄だぜ。あれの首は俺が一番先に・」
キキキキキキキキキーーー カチ
そして男がその印の下に足を踏み入れ
音と回転が最速になった時、それは止める間もなく突然起こった。
ヴゥン ドン!
何かの起動音がしたかと思うと、男の真上から突然巨大な足が落ちてきた。
それは人の物ではない色と形をした異形の足で
真下にいた侵入者を数回踏みにじるような動きをしてから同じ場所へとかき消える。
そしてさらに男がふらつきながら寄りかかろうとした先にもあの赤い印があり
やはりあの金属のような音を立て、作動音をさせた。
カチ ジャコン!
そして直後、横にあった壁から金属製の針が突き出し男を刺し貫く。
身に付けた鎧が役に立った様子はなかった。
男はさらに数歩たたらを踏んで地面に倒れると
地面に吸い込まれるようにして姿を消し、少しして棺桶になって出てきた。
そしてその向こうから静かな靴音を立てて現れたのは
この男が探していたのだろう賞金首の館主だった。
おそらくあの不気味な音を立てあのワナを作動させていたのだろう館主は
ダンテに少しだけ目線をくれると、棺桶の前で立ち止まり
ふっと軽い動作で手を振ってそれを地面に吸収させた。
吸い込まれた直後、そこから生々しい断末魔がしたが
館主は慣れているのか眉1つ動かさない。
ダンテも何も言わなかったが館主は大体の察しがついたのだろう。
しばらく沈黙してぽつりと口を開いた。
「何か言いたげだな、客人」
「・・いや、今のところオレ達はただの迷子で客だからな。
ここである事の1つ1つに口出ししてる場合でもない、だろ?」
そう言うと館主の青年、正確にはアリオスという名の青年は
少しだけだが警戒を解いたかのような目でダンテを見る。
「・・成る程、あの人型の言った事は間違いではないか」
「?何の話だ?」
「ここで何があろうとも自分達は私の邪魔をしない。
そういった分別はできると説明された」
「・・へぇ?」
信用させるためのホラをふいただけなのか
それともダンテの性格を見透かしての事なのか
どちらにせよあの鬼神、先読みの力はもうないと言っていたくせに
時々妙にこちらの先を読むなとダンテは思う。
「・・私の邪魔をしないのなら行動の制限はしない。
だがあまり歩き回るのは危険だと警告はしておこう。
そのうち血迷って誰彼かまわず襲いかかってくる連中が・・」
と、その時館主が言葉を切る。
何だと思ったがその理由はすぐにわかった。
ダンテの歩いてきた方からバタバタとした緊張感のない足音が来たからだ。
「あ!いた!ダンテさーん!」
静かな通路に声が響くのもかまわず走ってくるのは
部屋にいろと言い聞かせたはずのジュンヤだ。
「オマエ・・!部屋にいろって言ったのに、まさかそこまで寂しかったのか?」
「違う!ダンテさんの出て行った方と違う方から
妙な足音が来たから怖くて逃げてきたんだよ!
あと変な音とかして気味悪いし・・・あ」
そこでふとアリオスの存在に気付いたのか、ジュンヤはあわてて頭を下げた。
「あの、すみませんいきなり人様の家に上がり込んで・・
帰り道とかがわかったらすぐに出て行きますから、すみません」
などと言いつつダンテの背をぎゅうぎゅう押さえ
一緒に頭を下げようとする少年悪魔に
館主の青年はほんの少し怪訝そうな顔をする。
なにせ彼が今までここへ来てからというもの
どいつもこいつも人を見るなり襲いかかってくる連中ばかりで
こんな事を言い出す奴はほとんどいなかったからだ。
しかも相手は人間ではなく悪魔だというのだから皮肉なもので
アリオスは少し間を空けて素直な言葉を口にした。
「・・人とほぼ変わらんな」
「コイツはちょっと特殊でな。バカみたいなパワーを持ってるくせに
人間くさくてお人好しで妙な所に甘くて
おまけにさっきも見ただろうが変なものによくモテ・・」
余計な事を言いかかったダンテの横っ腹に
細身だがそこそこ強力な肘鉄がめりこむ。
「ホンっっっトにすみません。出来るだけご迷惑かけないように
あれ・・?そう言えば、フト・じゃなくて変わった服で顔色の優れない人は・・?」
「あの人型なら・・」
ドッ ガチャーン!
と、その時どこからか何か重い物がぶつかる音と
ガラスの割れる派手な音が聞こえてくる。
それは音からして何かを窓に叩き付けて直接外に叩き出したような音だった。
その間の悪いタイミングとたぶん合っているだろう怖い予想に
ジュンヤとダンテはそろって気まずそうな顔をしたが
アリオスは平然としたまま、いつまでたっても暗いままの窓の外を見た。
「・・まぁいい。どのみちどこからでも侵入される館だ。
それより今は数を減らす方が先決と考えよう」
「・・・・・・・・・まことに申し訳ありません」
なんかもう手に負えない犬を探してもらう飼い主の心境で
ジュンヤは再度頭を下げた。
ちょっと陰気だがあまり細かいことを気にしないらしい館主アリオスは
この館内での様子は大体把握できるらしく
寝室に侵入した連中はフトミミが文字通り叩き出してくれたようなので
もう戻っても問題ないと、2人を再度寝室へ戻るように言ってきた。
でもあんまりウロウロされると侵入者と間違えるし
攻防のジャマになるからやんわり追い返されたというのが正しいだろう。
しかし多少は安全だと言われる寝室であっても防音まではされておらず
時々聞こえてくる鈍い音や悲鳴までは防ぎきれない。
「・・じっとしてると色々聞こえて、怖いんですけど・・ここ」
豪勢な寝台にいるにも落ち着かず、部屋の中をウロウロし
時々聞こえてくる音や悲鳴にジュンヤはいちいちビビリながらも
部屋にいろという言いつけだけは守るつもりらしい。
ダンテは笑いたくてしょうがなかったが、さすがに我慢してやった。
「・・でもあの人、どうやって身を守ってるんだろう。
魔神の力とか言っても武器も何も持ってなかったし・・」
それは知らない方がいい、とダンテはこっそり思った。
ダンテも職業柄そういった事に遭遇しなかったわけではないが
あれはちょっと子供に見せるには直球過ぎる。
あの罠は確かに罠だが、生きて捕獲するという事を範囲に入れていない
そこに来た者を殺す事を前提にした古典的な殺傷道具だ。
侵入者から身を守っていると言えば聞こえはいいだろうが
過剰防衛という言葉だってある。
ソフトに言えばこの館が守ってくれている、で
ハードに言えばこの館が防衛ついでに侵入者を食ってる。
・・・・。
よく考えたらオレ達はなんでそんな所に滞在するハメになってやがる。
いや元をたどればオレのせいなんだが
もうちょっとマシな場所とか選べなかったのか。
などとどう考えてもネガティブな発想しか出ない状況に嫌気がさしてきたところで
フトミミがひょっこりと戻ってきた。
「やぁ、どうしたんだい。二人して生のゴミバケツに顔を突っ込んだような顔をして」
「・・まぁあまり間違ってないな。だがノックくらいしろ。
こんな状況下だ。敵と味方の区別くらいハッキリさせておきたい」
「おや、君が弱音とは珍しい。けど確かに正論だ。今度からそうしよう」
「・・それよりフトミミさん、ケガとかしてませんか?」
「大丈夫だよ。侵入者と言っても所詮は人間だからね」
と言って笑っているあたりさすが悪魔に分類されているだけあるが
ジュンヤとして気がかりになる事はもう一つある。
「えと・・それでその、人間っていうのは・・・」
「もちろん殺していないよ。1人もね。
幸いなことに窓から投げ飛ばして
また戻ってくるような根性のある人間がいなくて助かっているよ」
うわぁ、まぁ・・予想はしてたけど力技な
と思いつつもジュンヤはかなりホッとした。
でもフトミミとしてはそうしなかった理由として
ジュンヤを食おうとしたこの館にわざわざ栄養を与えるのがシャクだった
というのがあったのだが、まぁそれは理由の1つに過ぎない。
「それと1つ。相手は人間だけれど
残念ながら交渉が通じそうな相手が少なくなってきているようだ。
新しく賞金の上乗せでもされているのか
鎧ガッチリの騎士だの飛び道具持ちの魔法使いだのと
だいぶ攻撃的な方々が増えてきている」
「・・・・・」
「となると・・さっさとここを出た方がよさそうだが
外をフラつくにしたって状況は一緒か」
「それにこの館内、物騒な分魔力が不安定になっているのか
空間がゆがむ場所があるみたいだから
帰り道ができる可能性が高いのもここ、ということになる」
「・・つまり状況はどうあれ、しばらくここでやり過ごすしかない、って事ですか?」
「残念だけれど」
うわぁ・・とジュンヤは頭を抱えたくなったが
いきなり人のいる市街地に放り出されなかっただけまだマシかと
あんまり救いになってない自己フォローをする。
でも顔にはありありと出ていたらしく
フトミミが少し笑ってこう付け加えてくれた。
「まぁそう悲観的になる事はないよ。
少なくともここの館主は敵ではないんだ」
「味方・・と言うにも少し無理がある気はするが
まぁ一番面倒そうなのが敵じゃないのはありがたい話だ」
「おや、君が面倒事を嫌がるとは珍しい」
その皮肉にダンテは答えなかったが
フトミミとしてもそれをほじくり返す気はないらしく
少し考えるような顔をしてポンと1つ手を打った。
「とにかくだ。今は悪いことを考えるよりも
今可能な最善の方法を地道に拾っていくことにしよう。
私はこの部屋の防衛もかねてもう少し館内を探索してくるから
何かあったら呼び戻してくれ」
「え!?大丈夫なんですかフトミミさん!?」
「悪魔複数体となるとやっかいだけれど、人間だけなら気楽だよ。
それに・・・いや、うん。とにかく行ってくるよ」
?今の間、なんだろうと思っている間にフトミミは部屋を後にした。
何を言いかかったのかは気になるが
下手に歩き回っては館主の邪魔になるし
侵入者と鉢合わせになっても困るし
とにかく冷静になればなるほど動けなくなってしまい
ジュンヤはベッドで膝をかかえるしかなくなった。
それでもやはりじっとしていられないのか
上を見たり横を見たり首を回してみたり
時々聞こえてくる悲鳴や轟音に身を縮めたりしていたが
ふと思い出したようにポケットをさぐり何かを出す。
それは館主のくれた青リンゴのような果実だ。
妙な毒でも入ってるんじゃないかとダンテは警戒していたが
フトミミはあまり気にせずジュンヤに渡していったものだが・・。
その毒とも薬ともとれるリンゴをジュンヤはしばらくじっと見ていたが
何を思ったのか急に息を吸い込み、それにがぶりとかじりついた。
「な・・オイ!」
様子を見ていたダンテがさすがに少し心配したが
ジュンヤはしばらく口を動かして。
「・・・ソーマと同じ味がする」
とだけ言った。
「?つまり・・・美味いのか?」
「・・うん」
「毒は入ってないのか?」
「入ってたらマガタマが反応してすぐ吐き出せると思う」
「・・そうか」
「・・うん」
それっきり、部屋は静かになった。
実はその青リンゴ。ソウルシードというここでの全回復アイテムで
あまり手に入る物ではない貴重なものだったりするのだが
つまりはあの館主、この悪意の集合体みたいな洋館の主でありながら
本当にこちらの敵ではないらしい。
いやどっちかというとこの場合、全部まとめて悪い奴
もしくは悪魔か悪魔みたいなヤロウだった方が
ダンテとしては楽だったかもしれない。
解決法が楽だから。
さて、どうするか。
オレとしてはどうにかして出口をこじ開けて
こんな場所からさっさとオサラバしたい所だが
この様子だとコイツがなぁ・・。
と、ダンテが小さな不安をくすぶらせていると
黙って青いリンゴを見ていたジュンヤが急にぐば!と身を起こし。
「よし!館主さんと話をする!」
と、いきなりな宣言をするものだからダンテの目が点になった。
「モヤモヤする!そして理不尽だ!
だから会って話す!そっからだ!」
「・・え?おい、ちょっと待・・」
なんだいきなり。やっぱり毒でも入ってたのかと思ったが
よくよく整理してみればそれはダンテの心配していた事だ。
なにせこの悪魔らしくない少年悪魔。
元人間な事もあるだろうが、よせばいいのに自分よりも他者を優先したがる。
つまりこの少年、あの館主さんはいい人なんだから
きちんと話をしてこんな館にこもって悪いことしてないで
普通の人間に戻りなさいとかせめてここから出なさいとか
そういうお人好しチックな話をしようとしているらしい。
チクショウ!ある意味毒だったクソッタレめ!
などと内心で毒づきながら
ダンテは暴走しかかっているジュンヤに手を伸ばそうとした。
が、それより先に突然部屋のドアが開く。
現れたのはフトミミでも館主でもない
見たことのない猟師風の人間だ。
それはこちらを見るなりためらいもせず
手にしていたボウガンの狙いをこちらに定めてくる。
その瞬間、ジュンヤは硬直したがかわりにダンテが行動を起こした。
「走れ!」
一応の手加減をしたワールウインドを放ち
慌てたように走り出したジュンヤを別のドアから外へ逃がす。
ちょっと部屋の中が荒れたがかまっていられなかった。
今のが誰なのかはわからないが
いきなり攻撃しようとしてきたところから察するに
おそらく賞金稼ぎ連中の討ちもらしだろう。
そうしてジュンヤはしばらく長い廊下を走り
曲がり角から顔だけ出して様子をうかがっていると
ダンテがすぐに追いついてきてこう切り出してきた。
「さて相棒、今からとれる選択肢は3つだ。
ここにこもって人間相手に籠城するか。
窓を叩きわって即、逃げるか。
もしくはここを丸ごと全部叩き潰すかだ」
「あれ?!3つ目の選択肢って必要ない上に何も解決しなくないか!?」
「面倒なものは物理的にブッつぶすのが一番楽で確実だ」
「そりゃ早い話がごり押しってんだよ!」
しかしごり押しはともかく選べる道は限られている。
早く決めないと帰れないまま右往左往しつつ人間から逃げ回るという
ボルテクスでもそうそうないイヤなループにはまってしまう。
「なに、難しく考える事ないさ。ここは外界と独立してて交渉が通じない
つまりはあのジジイの管轄だった赤い世界と同じと思えばいい」
「・・う、そりゃまぁ似てると言えば似てるけど
でもあそこはそれで当然の世界かも知れないけど
ここを管轄してるのは人間で、出入りするのも人間だろ!?
そんな簡単に・・割り切れない」
「種族としては人間でも、そこから外れた人間や
それを自分で捨てちまう人間だっている。オマエも知ってるだろ」
「わかってる!けど・・!」
それでもジュンヤはそれを受け入れたくなくて
短い前髪を両手で掴み、目を閉じる。
その時目蓋の裏に浮かんだのはまだ人間だったころの友人達と
そうでなくなってしまった友人達だ。
「俺が悪魔なのに悪魔になりきれてないみたいに
悪魔に関わっててもまだ染まりきってない人だってきっといる!
でなきゃあの人、あんなリンゴを俺の所に置いていかないし
俺をあんな所から引きずり出したりしてない!!」
だんと細身の拳が壁を1つ打つ。
しかしそんなのはダンテからすればいたってどうでもいい話だった。
相手が人間だろうと悪魔だろうと魔神だろうと、そして中身が何であろうとも
こっちの邪魔をする、もしくは害になるなら排除する。
それだけの話だ。別に迷う必要などどこにもない。
が。
ずびす
「あた!?」
いきなり来たデコピンにジュンヤはのけぞる。
「ちょッ!?痛い!普通に痛い!何だよいきなり!?」
「いやなに、食われかけた後に妙なもの食って
その毒か何かに当てられでもしないかと思ったが
まったくもって問題なし。オマエはオマエのままで安心した」
「は??」
「なら選択肢は4。
オマエの気の済むまでやればいい、ってヤツだな」
ジュンヤはデコを押さえたまま数秒沈黙し。
「それ今作ったやつだよな!?
そもそも選ばせてない時点で選択肢じゃないし!」
「確か館主と話をするんだったな。
ムダな確率が笑えるほど高そうだが、まぁやるだけやってみろ」
「毎度おなじみだけど一応言うぞ!聞けよ人の話!!」
ぎい・・ バタン
などとやっていた時、近くでドアの開く音と閉じる音がする。
ジュンヤがギクリとし、ダンテが素早く銃をかまえるが
少し離れた場所から姿を見せたのは館主の青年だった。
が、その足取りは少し重く、左上半身になぜか焼けこげたような跡があって
ジュンヤは思わず駆け寄ろうとしたがダンテがその腕を掴んで阻止する。
「待て。少し落ち着け」
「・・でも!」
「手負いなら向こうの都合を優先させた方がいい」
あ、そうかとジュンヤは思う。
確かにこんな入ってくるヤツ全員が敵みたいな状況下で
さらにケガをしているとなると向こうも気が立っているかも知れない。
いい加減だけどこういう時には妙に頼りになるなと思いつつ
ジュンヤはとにかく館主がこちらに気づくのを待った。
本当はすぐにでも回復魔法をかけてやりたいが
何しろ相手は人間だし、ここでのルールというのもあるだろう。
そうしてしばらく2人が様子をうかがっていると
アリオスという名の館主は2人の数歩手前で一度足を止めたが
そのまま何も言わずに2人の横をすっと通過し、そのまま歩き去ろうとするので
ジュンヤはさすがに声をかけようと
・・キ キ
したところで耳に入ってきたのは、ダンテの聞いたあの奇妙な音だ。
それはジュンヤにも聞こえたらしく
声を掛けようとして手を上げかけた所で固まっている。
「・・・なに?この音」
ダンテは内心舌打ちした。
だって館主の向かう先の床に1つ、天井に1つ
どっちも動き始めている赤いしるしがある。
「・・おい相棒。あそこの赤い三角形、見えるか?」
「?・・見える・・けど・・」
「ならあれの回転が速くなったら目をつぶれ。でないと後悔する」
「へ?」
その意味を聞こうとした時、館主の足が止まり
その向こうの廊下奥からガチガチの鎧をまとった騎士みたいなのが現れた。
その手には抜き身の剣と盾。どう見ても臨戦態勢。
対するは何も持たずにそれを待ち受ける館主。
ジュンヤは思わず駆け寄ろうとした。
が、その構図に軽い違和感を感じて反応が遅れた。
キイ ズドン!
そしてそのほんのわずかな間で状況が一変した。
赤いしるしの下に侵入者が差し掛かった時、床が突然上昇し
天井と激突していやな音を立てる。
まさかと思ったらそのまさかだ。
へしゃげた侵入者をのせた床が元の場所に戻ると
静かにたたずんでいた館主がふっと手をふり
天井から人一人が入れるくらいの檻を出現させる。
それは中に侵入者を引きずり込んで電撃を発生させ
ガリガリと耳障りな音を立てて回転し、やがて消えた。
そして侵入者の姿は床に吸い込まれて棺桶になり
遠くで聞いていたあの悲鳴を至近距離でさせながら床へと吸い込まれていった。
それはさっきダンテが見たそのままだったが
さっきまで館主と話をする気だったジュンヤが完全に固まる。
いきなりで衝撃的だったこともあるが
その一連の動作を顔色1つ変えずに淡々とこなす
館主の事情とやらも察したのだろう。
「・・・だから言っただろ、このバカ」
映像の一時停止みたく固まってしまったその頭を
ぐしゃと撫でながらダンテが小さく言った。
しかも館主の青年はそのまま何事もなかったかのように
足音を残しながら通路の向こうへ消えていく。
ジュンヤはその背中をただ見る事しかできなかった。
それは手も声も届く範囲だったが
そこにいるはずの彼の心だけは、さっき閉じ込められた空間みたいに
見えはするけれど通る事のできないような場所にあるのだろう。
そしてその時ジュンヤもダンテもまったく同じ思いを抱いていた。
この手に悪魔を殺す力はあっても、誰かを引き止められる力はない。
2人はしばらく見えなくなっていく館主の姿を見守っていたが
先にダンテが我に返り、元から小さかったがさらに小さくなったような
その背を軽くはたいた。
「・・・部屋に戻るぞ」
しかしジュンヤから返事はない。
ただ悔しそうな切なそうな顔をしたまま
館主の消えていった通路をじっと見ている。
ダンテは軽く息をつき、その手を1つとって引いた。
幸いその手はほんの一瞬抵抗したものの
すぐ軽くなってついてきてくれる。
考えてみれば、まだこうして動いてくれるだけ
オマエはまだいい方なんだな。
ダンテはそんな事を思いながらその手の軽さと感触に少しばかりホッとした。
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