コンコン
「高槻、私だ。入る・・よ・・・」
一応のノックと確認を入れて拠点がわりの寝室に入ったフトミミは
出て行く時とはまるで違うその場の空気に一瞬ひるんだ。
ずーーーんという効果音と陰影が見えるぐらいに陰鬱な室内には
一番すみっこで膝を抱えて丸くなるジュンヤと
ぶすっとした顔で壁にもたれているダンテがいて
どっちもまったくの無言で無反応なので、どうしたのか聞いてみたいところだが
ジュンヤのこの落ち込み方と、ダンテの様子からして大体の想像はついた。
「・・もしかしなくても、見たんだね」
何をとまでは言われなかったものの、ジュンヤはさらに強く膝を抱えて丸くなり
ダンテが疲れたように息を吐く。
つまりは当たりなのだろう。
フトミミは少し困ったような顔をしてジュンヤの方に歩み寄り
その隣に少し距離をとって座り込んだ。
「・・仕方がないよ。住む世界が違うというのはこういう事なんだ」
ジュンヤは何も答えず少しだけ顔を上げる。
それはもう身をもって体験している事のはずだ。
けれど人間があれほど機械的に同じ人間を殺せるものなのだろうか。
その思いも察したのかフトミミはさらにこうも続けた。
「望まずにそうなったとしても、やらなければ命がなく
それが正しい道であるかどうかさえもわからないまま、選ばされた道を歩き続け
気がつけば思いもしなかった場所に、思いもよらないような形で立っている。
そういった所は少し違えど、君の場合と同じだと思う」
とは言え、彼の場合の発端は
人間の一番面倒なところから始まっているようだけれど
と口には出さずフトミミは思う。
「それと人には罪悪感というものと一緒に、慣れるという感覚がある。
ありきたりで悪く言ってしまえば、1人やってしまえばあとは皆同じで同格。
あとは2人でも10人殺すも同・」
という言葉をガツッという何か蹴ったような音が妨害してくる。
見るとダンテが片足を上げたまま凄い顔で睨んでくるものだから
フトミミは苦笑して話を変えた。
「けど人は慣れる事もあるけれど、外部からの刺激に弱い場合もある。
何しろここは閉鎖的で独特のルールで動いているようだ。
あの魔神とやらが館主の彼を経由せず直接君を食べようとしたように
君を含む私達は何かしらの例外を生む可能性がある」
そう言ってフトミミは立ち上がって軽くホコリをはらい
ジュンヤに両の手のひらを見せてきた。
「さて高槻、それをふまえて指示をくれないか?
幸い私もそこの彼も、人に近いのである程度人間相手に加減ができる。
この館の魔神やあの館主の青年を直接どうにかする気はなくとも
多少の嫌がらせくらいはできるけど」
少しの沈黙の後、ジュンヤはその意味を察してはっと顔を上げた。
境遇が似ているとはいえ勝手に転がり込んできた自分たちに
彼を止める権利も責任もまったくない。
けど何もするなとは言われていないし、行動を制限されているわけでもない。
そして今一番やれそうな行動はフトミミがさっき実演してくれていた。
ジュンヤは勢いをつけて立ちあがり、ばしんと顔を手ではたいて気合を入れた。
「お。やる気出てきたか相棒」
「人間相手に気は進まないけど、やらないよりは断然ましだ。
メンバーは入れ替えずにこのままやろう。作戦会議!」
「ハイハイ。お付き合いするぜ」
「返事はやる気なさそうなのに楽しそうだね」
「クライアントのご機嫌とりはともかく、楽しそうなことは大歓迎だ」
「それはつまり人の不幸は蜜の味、というやつでは?」
「そうとも言えるな」
ためらいもなくそう返したダンテにジュンヤは軽く体当たりした。
「・・何だと?」
報告を聞き終えたアリオスが思わずそう返したのには一応のわけがある。
というのも彼がこの館の主になってから聞いた報告類は
誰が来たか、人数、職種や戦闘力などの基本的なことから
館内で可能になった行動やトラップの内容などがほとんどで
その報告は今までに聞いたことのない妙な部類だったからだ。
それは使い魔のアスタルテも同じなのか、もう一度念を入れて報告をしてくる。
「今までにない例なのですが・・事実です。
あのどこからか紛れ込んだ奇妙な3人組。
外部から来た侵入者を窓や入口から強制的に追い返しにかかっています」
そういやさっきから時々罠をしかけた覚えのない所から破壊音がして
入ってきたと思った侵入者がいつの間にかいなくなっていた、なんて事があったが
まさかあの連中、そんな事をしていたとは。
「割られた窓などはすぐに再生されますが
侵入者の方は戦意喪失の逃走扱いとなっています。
今のところ館への影響は微々たるものですが、いかがいたしましょう」
アリオスは少し考えた。
侵入者はこの館にとって資金源(ワールというこの世界の通貨)であり
罠を動かす動力(魂)でもあり護衛の魔物を作る材料でもある。
だが今までの蓄えはそれなり結構あるので、別に侵入者を逃がしたとしても
こちらとしてはあまり害もない。
むしろ最近立て続けに色々あったので時間かせぎとしては助かるくらいだ。
しかしそれをやられてしまった場合、困る事がアリオスには1つだけあった。
「・・連中の中にリーダー格がいたな。今どこにいる」
「2階の東側リフト付近です」
アリオスは少しだけ考え込んだ後、歩き出した。
念のため進路上に罠を再配置しようかとも考えたが
3人いるうちのアレだけはどうも毛色が違うらしいので
罠の前にとりあえず話をしてみるか、という気かおこったのだ。
そしてこの時の彼のこの何気ない判断が
後々彼の運命を結構な勢いで捻じ曲げることになろうとは
まだ誰も知る由もないのだが。
「お願いします!帰ってください!」
スガチャーーン
悪質なセールスや粘着質なアレコレを追い返すようなセリフの後
コントのようなガラスの破壊音が聞こえてくる。
探す前からわかりやすい奴だと思いつつそちらに向かってみると
壊した窓へ向かって『すみませんごめんなさい犬にでも噛まれたと思って!』と
妙な調子であやまっている妙な模様の少年を見つけた。
ここにダンテがいれば『ジャパニーズは謝るのが大好きだな』
とかからかってきそうだが、あいにくアリオスにそういった性質はない。
軽く訝しげな顔をしつつ様子を見ていると
しばらくしてこちらに気づいた少年がギクッとした後頭を下げてきた。
「あ、あの!すみません窓壊しちゃって!
でもその・・!なんというか!上手く言えないんですけど・・
いやその前に、もしかしてご迷惑ですか?」
人様の家で人を投げ飛ばす行為が迷惑じゃないわけないのだが
この館のルールはちょっとばかり特殊なので館主は首を横に振る。
「・・いや、こちらの邪魔をしていないので許容範囲だ」
そう言われてジュンヤはかなりホッとした顔をするが
今のところ、私の範囲内ではな。とアリオスは心の中で付け足す。
「だが1つだけ忠告・・いや注意しておいてほしい事がある」
「え?」
「この館に侵入する者は基本的に外敵だ。
どうしようとどうなろうと知った事ではない。
たがその中にもしも、王冠をかぶった身なりのいい男が混じっていたのなら
何もせずに通せ。私より少し若く、王族風の服装をしているので
他の侵入者との区別はすぐにつく」
その時、彼の声色と気配が微妙に変化したように思い
ジュンヤは恐る恐る聞いてみた。
「・・・その人が来たら、どうするつもりですか?」
その途端、ひた、とその場の空気が静かに冷えたのをジュンヤは感じた。
アリオスは何も答えなかったが、それは彼がここにいる理由
つまりは大元の原因なのだろうとなぜだか瞬時に理解できた。
「・・・それの処理だけは私の仕事だ。あとの連中はどうしようとかまわん」
そう素気無く言って彼は踵を返し、廊下の奥へ消えていこうとする。
が、ジュンヤは思わずそれを止めにかかった。
「あの!アリオスさん!」
すると館主の青年はぴたりと足を止め、少しばかり怪訝そうな顔でこちらを見た。
それはおそらくそうして名前で呼ばれる事が久しぶりなのと
まだ用があるとは思わなかったせいだろう。
しかしジュンヤの方もちょっと困った。
思わず呼び止めてしまったが、こうだという用事がない。
できることなら説得してここから離れてもらいたいところだが
彼の境遇を聞いた以上、それができるとは思えないし
彼と似ているとはいえ仲魔がいるという点で格段に恵まれている自分が
ただ1人で抗い続けている彼に意見できるような気はしない。
ジュンヤはぎゅっと唇を噛み、ふと思い出してポケットを探ると
先ほどかじった青いリンゴの残りを出した。
「あのこれ、ちょっとかじっちゃったけど・・ありがとうございます。
あ、でもこのままだと行儀悪い・・・よっと」
言うなり細身の手がそのリンゴをぱきっと綺麗に半分にわり
かじられていない方を差し出してくる。
もったいないから半分返すという事なのだろうが
アリオスはそれをしばらく凝視した後、ぽつりと聞いた。
「・・効いたのか」
「えと、はい。あそこで何を取られたのかあんまりわかってませんけど
なんとなく元気にはなりました」
「・・・・・」
「えと、だから、その・・・!」
ジュンヤはそこでぐっと口を閉じ言うべき事を考えた。
言いたいことはあったはずだ。でもそれはきっと彼には届かない。
でも言わなければ自分はずっとこの先もやもやした気持ちを引きずっていく事になり
最悪かつての友人達のようにこの手で始末をつけなければならなくなる。
打てる手は打っておくべきだ。それが無駄になるとわかっていても
たとえゼロに近いような可能性であったとしてもだ。
しかも彼の姿はよく見るとあちこちに外傷の跡が残り
今まであった事の恐ろしさを物語っている。
それをつい最近会ったばかりの自分がどうにかできるのだろうか?
むしろ彼と協力してここに来る人間全てを駆逐するべきでは
いやそうじゃない。確かにその方が楽といえば楽だろうけど・・
などと数秒の間にあれこれ考えていたジュンヤの口から出たのは
本人も意識しないこんな台詞だった。
「こ、これで!!アリオスさんも元気になれませんか!!?」
残ったリンゴを突き出しつつ放たれたその言葉に
アリオスの表情がすーっと変なヤツを目の当たりにした感じに変わる。
彼は一言も言葉を発しなかったが
え?なんなの?お前バカなの?という様子だけは見て取れた。
あ、ごめん。これしくったやつだ。
それは昔味わった悪魔との会話失敗の時と同じ感覚で
ジュンヤは内心1人で冷や汗をかいていたのだが
アリオスはというと、怒るでもなく呆れるでもなく
襲いかかってくる様子もなくしばらく沈黙し
「・・・・・」
突き出されたリンゴを黙って受け取り、すっとマントの中へしまい込んだ。
それはもう、ジュンヤにすれば完全に失敗したと思った交渉が
突然うまい方向へすっ転がったのも同じで
目に見えて表情が明るくなった少年悪魔に
いつまでも表情の明るくない館主はこう言い出した。
「お前の言う元気、というものがどの範囲の事なのかはわからないが
何を言わんとしているのかは、多少察しがつく」
「えっと・・!はい!」
「だが月並みな台詞で悪いが・・」
ぎい バタン
その時、近くのドアがいきなり開いた。
出てきたのは姿勢の低い忍者風の男で
もちろんダンテでもフトミミでもなかったのでジュンヤは息をのんだ。
この館の中での見知らぬ者はほぼ敵だ。
おまけに無言で駆け寄ってきて武器を出しているならもう完璧。
アリオスとの会話に気を取られ、こんな距離まで気づかなかったとは
とあせるジュンヤに対しアリオスの方はいたって冷静だ。
「他の心配をするよりも、自分の心配をするのが先だな」
完全に想定内とばかりに言いながら、彼はどこからか取り出した
赤く細長い菱型の宝石をぽいと無造作に侵入者の方へ投げた。
それが何なのかわからないジュンヤに止める時間も手段もなかった。
血のように赤いそれは地面に落ちる前に反応し
その形を一瞬で赤黒い肌をした狼男へと変え。
ウガァオウ!
雄叫びとともに侵入者へと飛びかかり、その喉元を正確に食いちぎった。
息をのんで硬直したジュンヤとは裏腹に
アリオスはそれを顔色を1つ変えず見届け。
ぎい バタン
また別方向からした扉の音に反応し、すいとそちらを向く。
その手には今さっき出したのとまったく同じ赤い宝石。
ジュンヤ。今度は迷わなかった。
「のぅりゃああーーー!!」
出てきたのは戦士風の男でこちらを見るなり剣を向けようとしていたが
それより速くジュンヤが走り、侵入者の足をスライディングで引っつかんで転ばし
だんと足を踏みならして体勢を立て直すと
掴んだそれを廊下の奥へとぶん投げた。
『えっ』という気配が館主の青年と館、つまりこの館の魔神とで共有され
廊下の奥の方でどぐしゃという生々しい音がする。
どうやら近くに窓がなかったのでそうしたらしいのだが
しかし話には聞いていたが実際見てみると何とも力技な光景だ。
「捨ててきますのでお気遣いなく!」
そして細身のわりに豪腕なその少年は
ぶん投げた侵入者の足を素早く掴んだかと思うと
それを荷物のようにざかざか引きずりながら遠ざかっていく。
人間ぽいのかそうじゃないのか一体どっちだと思いはするが
まぁこちらに害がないなら別にいいやと
それなりに忙しいアリオスは考えるのをやめ
新しい罠の配置をしに一度戻ることにした。
そしてそれと同時に、そういえばあんな年頃の自分はどんなだったかなと
ここへ来てから随分と久しぶりなことを思い出した。
・・あ、あっぶないあぶない。
うかうかしてたらあっという間に人が死ぬじゃないかここ。
元々そういう場所なのも自分が今その人間を掴んでるのも忘れて
ジュンヤは広いエントランスを早足で歩き、正面玄関の両開きドアを足で蹴り開け
・・ようとしたが勝手にドアがバタンと開いたので、そこから掴んでいた侵入者を
ぶんぶんと2回転ほど勢いをつけて放り出した。
勢いをつけたので結構遠くまですっ飛んでいったが死にはしないだろうと思いつつ
ふと視線を近くに戻すと、なんと開いたドアのわきにびっくりした様子の子供がいた。
それはここに探検に来た遊び仲間なのか、小学生くらいの女の子たちで
いきなり出てきて人を投げ捨てたジュンヤを見てしばらく硬直していたが
1人がものも言わずにだっと逃げ出したのを皮切りに
残りも走って館と反対の方向へバタバタ逃げていく。
・・・・よ・・・よかった・・!ホントよかった!
普段なら喜べないけど今は別!見た目とタイミングに感謝!
むこうからすれば完全なる変質者かバケモノ扱いだろうが
館中の罠で殺されるか力づくで外に放り出されるよりかは百倍マシだ。
この作業を始めてからようやく感じた達成感と共にドアは自動で閉まっていく。
ただドアの閉まるきしむような音と一緒に館のどこかから
ぐぐぅーという腹の虫がなったような音もしたが
ジュンヤは聞かなかったことにした。
大丈夫。やってきたことは無駄になってない。
「なんだ。上にいないと思ったらここだったのか」
そんな確信と一緒に、できればなるべくもう誰も入ってきませんように
と閉じたドアに願っていると、ダンテが剣を背中に戻しつつふらりと現れた。
「うん。今ちょうどすごい成果を見送ったところ。
それよりダンテさん、一応の確認だけど・・」
「もちろん殺してない。ただここのところ悪魔相手ばかりだったから
加減がむずかしくて肩がこってしょうがないがな」
と言いつつ肩をゴキボキすごい音で鳴らすところは
なんだかんだで頼もしくもあり、たまにオッサンだなぁと思うところでもある。
「ところでオレも確認したいんだが、この追い出し作業はいつまで続ける気だ?」
「ここにうかつに入ったらヘンな連中によってたかって投げ飛ばされて
ワケのわからない敗北感とつまんない恥をかく、っていう噂でもちきるまで」
「・・マジか」
「マジだ」
ダンテとしてはめんどくさい上にクールじゃないとは思うが
まぁ確かにそれが今のところ一番平和的な方法なのかもしれない。
「あ、そうだ。この追い出し作業は続けていいけど
1つ注意点があるってアリオスさんから言われてたんだ」
「借金取りはふん捕まえて記憶飛ばして川か海に流せとかか?」
「やった事あるのか!?」
「できたらいいなと思ってる手の一つだ」
「・・冗談に聞こえないのは俺の心が荒んでるからだろうか」
とにかくアリオスから言われた注意事項をダンテに説明すると
ダンテは軽く頭をかきながら。
「つまり、その身なりのいい王冠つきをオーナーに突き出せば
ここでのアレコレは解決するんじゃないのか?」
そのものズバリな物言いにジュンヤはあ、それもそうかと一瞬納得しかけるが
あわてて頭をふってその考えを追い払う。
「いやいやいや!そうかもしれないけどそうじゃないだろ!
確かにここでの事は俺達には関係ないことだろうけど・・!」
「そうだ、関係ない。だがここはその関係ないオマエを食おうとしてる」
その直球で冷たい物言いにジュンヤは反論できなくなる。
確かにそうだ。むしろここは自分達にとってはあまりよろしくなく
人も悪魔も見境なしに食おうとする腹へりの魔神がいて
人様の家庭お国事情に首を突っ込んでいる場合ではない。
場合ではない、のだが・・。
「オマエがお人よしなのは知ってるが
それを優先させてうっかり命を落とされでもしたら、それこそ笑い事じゃない。
いいか、あのオーナーは偶然敵じゃなかっただけで
ここ自体はまだよそ見して鼻歌歌えるような場所じゃない」
「・・・」
「オーナーの忠告は正しい。他の心配をするよりも、まず自分の心配をしろ」
叱るような言い聞かせるようなダンテのその言葉に
ジュンヤは完全に黙り込んでしまった。
あぁそれにしても、だ。なんでみんな寄ってたかって
俺の力不足や経験不足や心不足をちくちくつつきにくるんだろう。
そりゃまだ若いし周りに比べて子供なのは自覚してるが
だったらなんで俺の周りにはこんなどうにかしたくなるような
もしくはどうにかしなければいけないような案件が
ころころ勝手に転がり込んでくるのだろうとジュンヤは理不尽な気分になる。
「でもあの人・・リンゴ、受け取ってくれた。
それに俺の心配もしてくれてる・・ってこと、なんだよな」
「そう、面倒なのはそこだ。中途半端に残ってるせいで事がやりにくい。
魔神に関わってるならもっと冷血残忍で人間性のカケラもなく
ついでに人のカタチでなくなってればもっと簡単に済む話だったんだがな」
「・・それ、そんな忌々しそうに言う案件なのか?」
「オレの仕事はなんだ?相棒」
「え?えーと、悪魔を狩ること」
「そう、デビルハンターだ。だから仲介人やカウンセラーは管轄外だ。
だがここには強力なくせに間接的でイヤな手を使うヤツが一匹
見えるくせに手の届かない場所にいて、どうせこっちの様子を監視しながら
こっそり好機をうかがってるんだろう。
・・あぁクソ、イライラしてきたな。もうこの館をまるごと外から爆破しないか?」
「待て待て待て!管轄外なのはわかったから短気おこさない!」
ぎい バタン
とかやっていると後方でドアが開き、誰かが視界へ入ってきた。
それはアリオスだったが彼はこちらをまるで気にする様子もなく
すーっとエントランスを横切って別のドアへと消えていく。
忙しいのかこちらに興味がないのかマイペースなのか知らないが
こうも見事にスルーされると悲しいものがあるので
ジュンヤとダンテは顔を見合わせると、黙ってその後を追うことにした。
この刻命館という場所は敷地も内部もそこそこ広く
侵入者を見つけやすくするためか構造はあまり複雑ではないため
ゆっくり歩く館主を見失うことはなく、廊下をしばらく歩いていると
彼はあまり大きくない扉へ入っていくのが見える。
少し様子をうかがっていても出てこないので
一応ノックをしてその部屋をのぞいてみると、アリオスはこちらに背を向けたまま
部屋の真ん中にある傷の入った真っ黒い石碑に手をかざしている最中だった。
その石碑は読めないが何かしらの文字が書いてあり
感じ覚えのある魔力をじんわりと放っているので
それが何であり彼が何をしているかは何となく想像がつく。
「・・あの・・何してるんですか?」
「トラップの配置だ。ここの力も万能ではない」
あぁ、やっぱりと思うのと同時にジュンヤはあわてた。
なにせここでのトラップの配置とはイコールで人狩りの準備だ。
「あの、侵入者ってまだたくさん来るんですか?」
「ここへの進入禁止の条例でも発令されない限りは永遠に来るだろう。
とは言え、この館の歴史からしてそんな事は一度もないようだが」
「・・アリオスさんあの!」
「お前は・・生きたまま焼かれた事はあるか?」
そのいきなりで何気ない調子の恐ろしい問いかけにジュンヤは硬直する。
結果的に生き残るためだったとはいえ
なんの許可もなくいきなり悪魔に作り変えられた事はあっても
今思い出すにも身震いするようなその体験を
彼もまた違った形で体験し、そして今に至るのだろう。
「お前達が寝室で推測していた事はほぼ事実だ。
よほど根回しがされていたのだろう。裁判すら通さず公開処刑だ。
ほんの少し前まで私を慕っていた多くの国民、信頼のおけた家臣、友人
誰1人として私に味方しなかった」
そうしてアリオスは黒い石に手をかざしたまま
小さく、ため息に近いような声でこう続ける。
「・・なぜだと思えた時間は短かった。実にな。
あとはただ熱い。痛い。熱い熱い熱い熱い痛い熱い熱い・・」
ジュンヤはたまらなくなって耳を塞ぎたくなったが
それはきっと誰かが聞いておいてあげなくてはいけないことだと思い我慢した。
「・・その地獄がどれほどの時間だったのかはわからない。
だが次に私が気がついた時、この館近くの森の中に転がっていた」
それが魔神の気まぐれだったのか
彼を処刑台に追いやった者の仕業だったのかはわからないが
そこまで聞いたジュンヤはあぁ、やっぱりと腑に落ちた。
ある日突然自分の意思と関係なく地獄に突き落とされ
ほんの気まぐれか運命のいたずらで生き長らえたのはほぼ同じ。
違う点は、こちらは悪魔になり悪魔と共に生きて歩き
この青年は人間に殺されかけ、その人間のままたった一人
魔神の力を借りここに閉じこもっていること。
この青年の末路が一体どうなるのかなど
自分の道すら半ばのジュンヤにはわからない。
わからないがどうしてだか、このままではいけない気がするのだ。
「・・ダメですよ、やっぱり。うまく言えないけど、ダメですよアリオスさん」
アリオスはかざしていた手を下ろし、黒い石碑を見つめたまま無言だ。
「だってアリオスさんのご両親も大事な人も
周りにいた人達はみんな人間で、アリオスさんも人間ですよね?」
あぁクソ。やめてくれよと横で聞いていたダンテは思う。
だってこの少年、たまに横で聞いているヤツにまで効くような言葉を
無自覚で吐くのだ。
「捨てちゃダメですよその事を。
それが過去のことでつらい事であっても、捨てちゃダメなんですよ。
だってそれじゃ・・悲しいじゃないですか」
ダンテが少し目を細め、館主の青年がようやく石碑から視線をはずす。
「生まれてきていろんな人と会って話して勉強して生活して
その終着点がこんな所なんておかしいじゃないですか。
人を殺すために生まれてくる人間なんていないし
殺されるために生きてる人間だっていないんです。だから・・」
「客人」
静かに言葉をさえぎったその声は、静かで、そしてひどく感情のない声で
ジュンヤは思わずぎくりとし、黙っていたダンテが眉間にしわをよせる。
そして館主の青年は、マントの中にあった手をこちらに向け、言った。
「・・残念だが、私の答えはもう決まっている」
その手にあったのはあの魔物を出す赤い宝石。
はっとして周囲を見回すも近くに侵入者の気配はない。
だがそれを今ここで出したということは・・。
・・あ、まって、そうじゃない。そうじゃないんだ。
氷でできたトゲが皮膚を通さず直接心に刺さるような絶望感をよそに
その封龍石と言われる赤い宝石はぽたりと落とすように下へ放られ
それと同時にダンテがジュンヤの腕をつかんで後方に飛びのいた。
一瞬後、出てきたのはランプの魔神のような魔物で
口から大量の煙を吐き出し周囲を煙で充満させていく。
「交渉決裂だ!マゲを呼び戻せ!」
動かないジュンヤの手を強引に引きながら指示を飛ばすダンテに
ジュンヤは何も言えず、まるで自分達のこの先の未来のように
煙で見えなくなっていくその光景をただ見ることしかできなかった。
つづきます
あと書いてて気付いたんですがこの館、実際には窓ほとんどないんですよ。
まぁいいやフィクションなので細かいことはぬきです。