・・ドン!
「うわっと!」
ふいに放り出された場所は固かったが足場としてはあまり広くなかったため
踏みとどまろうとした片方の足が行き場をなくし
ジュンヤはバランスを崩して一瞬そこから転げ落ちそうになったが
なんとか足元にあった固い何かにしがみつき、落下だけはまぬがれた。
慌ててそこからよじ登ってみると、それはバスか何かの車の上。
その車自体に異常はなかったが、しかし問題はその周囲の景色にあった。
まず周囲が薄暗い。しかしだからといって夜ではない。
その薄暗い周囲は所々ビルや石畳などの人工物がのぞくものの
ほとんどが肉のような柔らかい何かの内壁のようなもので出来ており
前、横、上を見ても下を見ても似たようなもので埋め尽くされていて
そこは降り立ったバス以外はほとんどその得体の知れない
何かの肉で出来ているという妙な場所だ。
「うぇ・・・なんだよここ・・?」
アマラ深界も多少似たような構造をしていたかもしれないが
ここまで生々しくはなかったろう。
さらに周囲を見回してみると、自分がさっき落ちようとした場所はそう高くなかったが
見ると下にあった肉質の床には所々に変な色の液体がたまっていて
空気は生暖かいし明るくもなく暗くもなく、気味悪いづくしで不快感はつのるばかりだ。
しかしそこがどこかという以前にまず確認するべき事を思い出し
ジュンヤはストックに向かって声をかけた。
「ダンテさん・・いる?」
『・・・いるぜ。誰かさんが強制的に送り返してくれたおかげで
ちょっとばかしマウスと激突しそうになったがな』
と言うことは、とっさのあの行動はジュンヤの方が勝ち
ダンテを一瞬でピシャーチャのいるストック深部まで叩き飛ばしたのだろう。
「うわ!・・ごめん!大丈夫かピッチ?」
『ヴウォ〜・・(大丈夫、平気と言ってる)』
「よかった・・ほんとごめんな。いきなりでびっくりしなかったか?」
『・・・オレの心配は一切なしか少年』
「アルシエルに食い付かれてもかすり傷な上に
大元の原因を作ってくれたヤツの心配なんかするか!
おかげで何だかよく分からない変なところに飛ばされただろ!」
『地獄の底に飛ばされなかっただけでもよかったじゃないか』
「そりゃダンテさんの価値観からしての話だ!
とにかくダンテさんはしばらくストック謹慎処分だからな!」
『・・・ハイハイそうかよ』
ムッとした気配がそのまま異空間の深部で腰を下ろしたかのように大人しくなる。
どうやらいじけてしばらくそこから動かないつもりらしいが
ジュンヤ的にはその方がこれ以上事態がややこしくならないためには大変ありがたい。
そして改めて周囲を見回して見ると、その薄暗く生暖かくしめったような空間には
足元にあるバスを含めて信号機や何かの石橋、遠くには小さなビルまで見え
まるで小さな街1つがこの妙な肉の壁に浸食されたような感じがあった。
それにバスの下の肉質な床にたまっている不吉な色をした妙な色水。
ジュンヤはふと嫌な予感をさせ
ポケットにあった魔石を1つ取り出し、ぽいとそこへ放り投げてみた。
じゅぅ〜
「い!?」
何気なく投げたそれは嫌な音をたてて跡形もなく消滅した。
どうやらそれは触れた物を溶かす溶解液か何からしい。
と言うことはこの肉質な空間
ざっと見回してドーム状になっていたりするところから推測すると
ここは巨大な何かの腹の中・・ということになる。
ジュンヤはげんなりしたようにはぁ〜とため息をつき
腕を組みながら首を横にかしげた。
「・・まさか悪魔になってまでピノキオ体験するとは思わなかったな」
これはこれで結構悪い状況になったというのに
こういった不測の事態にばかり遭遇してきた人修羅の思考は
知らない間に結構頑丈に育っていた。
しかしため息をついていても始まらないのでジュンヤはまずバスを降り
不吉な色の水たまりを踏まないように注意しながら周囲を歩き回ってみた。
しかしそこは意外と段差や高低差があって階段もないので
ジュンヤの力だけではあまり自由が効かない。
最初に降りたバスの横にも横穴があったのだが
変な牙が突き出ていて通れそうもない。
「・・・誰か呼んだ方がいいかな」
あんまりこんな得体の知れない所に仲魔を出したくはないが
これ以上自分だけではどうにもならないとなると話は別だ。
どこを歩いても気持ち悪いので元いたバスの上に戻り
ひとしきり考え込んだジュンヤはとりあえず偵察用にマカミでも出そうかと手を振り上げた。
しかし名前を呼ぼうとしたその時
視線の先にあった薄暗い場所で何かが動いたような気がして
ジュンヤは振り上げた手をそのままに動きを止め
少し奥まった暗い場所、古びた船だろうか
その下にあるほのかな明かりが漏れているあたりを凝視した。
・・ちゃッ ちゃッ ちゃッ
しめった物を踏む独特の足音が規則正しい間隔で近づいてくる。
なんだろうと思ってその音の近づいてくる方をじっと見ていると
古い船の下、少し狭まった通路の薄暗い暗がりから
なんとこんな場所だと言うのに小綺麗な身なりをした
どう見てもこの不気味な場所に似合わないような人間が1人
普通に歩いて現れた。
シンプルなデザインながらも、周囲の色彩からすれば鮮明に見える青いコート。
履いているのは質の良さそうなロングブーツ。
手には歩くたびに優雅に揺れるリボンのついた日本刀が一本
ごく自然に、まるでそこにあるのが当たり前かのように握られている。
だがそれは今までいろいろなヤツを見てきたジュンヤには
まだ普通に入りそうな部類の姿だった。
日本刀は持っているがちゃんと鞘におさまっているし
手には抜き身の銃も持っていないし、刀以外に物騒な物を持っている様子もなし
いきなり上から目の前に降ってきて変なことを口走ったりもしていない。
それだけならジュンヤにも普通の人で済むかも知れない範囲だ。
だがそのまだ普通に入る部類で異様な場所を歩いてきた人物にはたった1つ
ジュンヤの心に引っかかる部分を持っていた。
それは近づいてくるたびに明確になってくる髪の色。
暗い中から明るいところへ出てくるごとに光を反射するようなそれは
ダンテと同じ白銀をしていたのだ。
「・・・へ?」
何とも言えない間抜けな声を出したジュンヤからいくらかの距離を置いて
そのダンテと同じ髪の色をした青年がぴたりと足を止める。
しかもどういうわけかその青年、それなりにかなり変わった風貌をしているジュンヤを
別に珍しくもないのかまったくの無表情・・
いや、少し怪訝そうな目で見上げるように凝視してきた。
その鋭い眼光もどことなく初めてあった時のダンテに似ていた。
しかしダンテと違うのは出会い頭に銃を向けてこないのと
若干気配に棘はあるが、その目にあまり殺意が込められていない所
そして決定的に違うのはこちらを見たまま反応を見せてこない所だろう。
「・・・・」
「・・・?・・?」
バスの上とその下でしばらく無言の睨み合い・・
というほどでもないがさぐり合いのような見つめ合いが続く。
そしてしばらく続いたそれは
いきなり青年の横にブンと出現した青白い剣のような物が一本
ジュンヤに向かって猛スピードで飛んできたことで中断した。
「うわった?!」
結構近かったのだが狙いは外して飛ばしたらしく
ジュンヤは避けた拍子にバスから転がり落ちただけですんだ。
しかしその直後、がんと音がして
さっきまでジュンヤのいた場所に青いコートの青年が着地する。
そして今度は見下すような目で
「・・なんだ貴様は」
と出会い頭に銃口や攻撃やワケの分からないセリフではないものの
とっても高圧的で不愉快そうなお言葉を上からぽつりと落としてくれ
ジュンヤは尻餅をついたまま呆気にとられたような顔をした。
「・・・・・は?」
「聞こえなかったのか、貴様はなんだと聞いている」
「・・?え・・・いや・・・なんだと言われても・・」
しかしどちらかと言うとそれを今聞きたいのはこっちの方だ。
さっき飛んできた剣みたいなのはなんなのかとか
ここはどこなのかとか、あんたはなんでこんな所に1人でいるのかとか
どうしてどっかの誰かと同じような髪してるのかとかその他もろもろ。
・・ヴン
などと思っていると青年の横にさっきの青白い剣が今度は2本出現した。
「わ!ちょっと待っ・・!」
「俺は無駄な時間が嫌いだ。
今すぐ質問に答えられないのなら失せるか死ぬか、2つに1つ」
「そ、そんな事言われても!俺今さっきここへ来たばっかりなのに!
それにそんな脅しまがいの事されたって答えられるわけないじゃないですか!」
「何?」
そこでようやく青年はこの少年型悪魔の様子が
今まで会った悪魔達とかなり違っている事に気がつく。
そう言えばこんな貧相な外見をしているくせにボスクラス以上の魔力を秘めていたので
思わずここの中ボスか原動力になっている核か何かかと推測してしまったが
この変な悪魔、会い頭に攻撃も敵意も殺意も見せてこないし
ちゃんと人としての一般論まで口にする始末。
だとすると・・・
「・・では貴様も外部からここへ進入したのか?」
「う?うーん・・好きでしたワケじゃないですけど・・そんなところですか」
「・・・・」
青年は横に青白い魔力の剣を置いたまま再びジュンヤを観察した。
ちなみにさっきジュンヤをここからどかしたのは
単に上から見下ろされるのが嫌いなだけだったりするのだが。
ともかく青年のから見たこの少年型悪魔、見た目は細身で力のちの字もなさそうだが
人語は通じるし態度も悪くないので使えないこともなさそうだ。
青年は少し考えて魔力の剣を壁に向かって飛ばし消滅させると
「ついて来い」
説明も何もない、唐突な命令だけを下してふいと背を向け歩き出した。
「は?」
「俺は今ここから出る方法を探している。利害が一致するなら来るがいい」
「え?あの・・」
いきなり色々言われて困惑するジュンヤに
青年は一度だけ振り返って冷たく言い放った。
「来ないのなら置いていくまでだ」
「え?!ちょ、ちょっと!?」
それはまさに問答無用。
説明もへったくれもジュンヤの意見もまるで無視の
まるでどこかであったような出来事だ。
しかしジュンヤとしてはそんな事にかまっている場合ではない。
何しろこんなワケの分からない気色の悪い場所で
ようやく事情を知ってそうな人と会えたのだ。
ちょっと高慢ちきで自己中気味だが、この際贅沢は言っていられない。
・・というかこんなヤツとは付き合いが長いというのが正解かもしれないが
ともかくジュンヤは慌てて落とされたバスによじ登り
元来た方向へと戻っている青年の後を追った。
だがしかし・・
この青年の名がバージルと言い
ダンテと少なからず縁があるということも
そしてここが元いた場所から少し過去であることも
そしてこの青年と自分がこれから以後
時間をえてかなり強力な糸で結ばれる事になることも
ジュンヤもバージルというこのまだ年若い青年も
まだ何1つ知らないでいた。
「あの!すいませーん!ちょっと!いいですか?!」
「愚痴なら後にしろ」
「いやそうじゃなくて・・うわっと!」
ぶんと鎌を振り下ろしてきたゾンビと死神をたしたような生き物(ここでの悪魔)の攻撃をかわし
かわした先にいたちょっと大きめの悪魔に蹴りを入れて下へ突き落としつつ
ジュンヤは後でいつの間にか持ち替えたのか両刃の剣をふるい
同じく悪魔を突き落とすのに忙しそうな青年、バージルに再度声をかけた。
「なんで俺達こんな事してるんですか?!」
「ついて来たのは貴様の意思だろう」
「いやそれはそうなんですけ・・どっ・・ととぉ?!」
「・・手間のかかる!」
ジュンヤは素手なのでどうしても敵との間合いが近くなる。
バージルはまごまごしているうちに囲まれていたジュンヤの所へ滑り込み
数体いた悪魔を手早くリフトから叩き落とした。
何をやっているのかというとシークレットミッション。
上昇する円形のリフトから落ちることなく、敵を一定数残すことなく叩き落とすか倒しつつ
上にあるブルーオーブを取るという1人ではちょっと心細くなるアレだ。
しかし2人でやると囲まれる確率も下がるので
ほどなくしてリフトは上昇しきって真ん中に青い宝石の破片が現れた。
バージルがそれを取ると同時に来たときと同じく空間が歪み
2人はいつの間にか暗い元の場所に立っていた。
「・・よし、成功」
「・・・・・・あの・・・よければさっきのがなんだったのか説明・・」
「俺は無駄な時間が嫌いだと言ったはずだ」
そりゃあんたにしては無駄な時間かもしれないが
事情を知らないまま働かされるこっちの都合は無視かよと
どこかで感じた理不尽さを感じつつもジュンヤはずんずん歩き出したその背中を追いかける。
「・・・いきなり撃ってきたり意味不明の事言わないだけマシだろうけど・・」
「何か言ったか?」
「いいえなんでもありません」
小さく言ったつもりだったが、青年の耳は誰かと同じデビルイヤーらしい。
べしゃと刀で何かの丸い塊を破壊していた青年・・いやバージルは
不満そうなジュンヤには目もくれず、とんと柔らかい地面を蹴って跳躍すると
今しがたバスの横に開いた横穴にさっさと入っていってしまった。
しかしジュンヤはそこへジャンプで華麗に行けるほどの脚力はない。
仕方ないので手と足をかけてよいしょとバスをよじ登る。
バージルの入っていった穴はさっきまで牙のようなものでふさがれていた
あんまり自分から進んで入りたくはない暗くて不気味な穴。
しかしここ以外に行けそうな場所もなかったし
あの青年はここからどこかへ通じる道を知っていそうなので
ここは多少気持ち悪くても覚悟を決めるしか・・
「・・・何をしている」
「わぁ!?」
などと穴の前でまごまごしていると先に行ったバージルがひょいと戻ってきた。
「他に道もないのに何を迷う」
「・・いや、気持ち悪そうだと思って・・」
「悪魔がそんなことを気にしてどうする。行くぞ」
「え?あ・・はぁ」
じゃあなんでこの人はまったく平気なのかな
性格とか神経が無駄に図太いからかなとか思いつつ
ジュンヤはその青い後ろ姿につられるようにして薄暗い通路に入った。
しかし置いていかずに戻って来たという事は
さっきの戦闘でいいオトリになるヤツだと思われたのか
それともこの先で捨て駒にでも利用できそうなヤツだと思われたのか・・。
・・・しかしどっちにしろ、いやどう考えたにしても
あんな偉そうな人物と関わるのはあまり嬉しい話ではないのは確かだ。
それはともかく入った通路は人2人くらいがなんとか通れそうな広さはあったが
足元の所々にあの変な色の溶解液がたまっていて注意していないと靴を溶かされてしまう。
「・・うぅ・・気持ち悪いなぁ・・なんで俺こんな所歩いてるんだろ・・」
「奇遇だな。俺もそう思う」
「え?じゃあその・・えっと・・
お兄さんも迷い込んだか何かでここに来たんですか?」
まだ名前も知らないのでどう呼んでいいか分からず
とっさに言ったそのお兄さんという単語にバージルは一瞬歩いていた足を硬直させた。
が、こんな所でこんな変な悪魔に逆上するのもバカバカしいので
突き付けようとした刀は結局抜かずじまいで終わる。
「・・・結果的にはそうなるな」
「そうなんですか。・・それでここって外に出られるものなんですか?」
「でなければお前のような妙な悪魔とこんな妙な場所を歩いたりはしない」
「それってつまり・・俺は外に出るためだけに利用してるだけって事ですか」
「その通りだ」
あ、やっぱりかと思いはするが
ここまでキッパリ言い切ってくれると逆に清々しい。
「・・分かりやすい回答ドウモアリガトウゴザイマス」
「不条理感丸出しな礼は言うだけ無駄だ」
などとどこかかみ合わない会話をする
かすかな利害関係でだけつながっているこの2人だが
後々不思議な巡り合わせを果たすことになろうとは誰も想像しなかったろう。
だがそんな事などつゆ知らず、2人は通路の扉代わりになっている膜をやぶいて
新しい通路、今度は溶解液のない普通の通路に入った。
そう言えばこの人、外人さんなのに日本刀使うんだなと
ジュンヤが歩きながらバージルの持っていた刀を見ていると
それに気付いたのか前を歩いていたバージルがふと足を止める。
しかしそれは視線に気付いて足を止めたわけではなかった。
ギアオオーー!!
「・・え?」
何とも言えない妙な声が後方から聞こえ、後ろを歩いていたジュンヤが振り返ると
今歩いてきた通路の向こうから巨大な何かが迫ってくるのが見えた。
それは両手の指を組んであわせたような牙をもつ
目も鼻も何もない、何かの巨大な口だった。
見た目からしてハエをはさんで取る食虫植物のように見えるそれは
通路一杯、とにかく大きく奇声と這う音を発しながらどんどん近づいてくるではないか。
「うわー!?なにあれー!?」
ジュンヤは全力で走り出した。
バージルの方は一瞬構えようとしたが場所が悪いと判断し
同じように一端引く事にしたらしくジュンヤと並んで走り出した。
「あんなものまで飲み込んでいるのかこいつは・・」
「飲まれた上にまだ飲まれるなんて冗談じゃないですよ!」
「当たり前だ」
そんな会話をしながら走っている2人の後を
その大きな虫のような生き物はしつこく追いかけて来る。
しかもその距離は少しづつだが確実につめられていた。
バージルは仕方なく応戦しようとした。
しかしそれより先にジュンヤがばっと振り返り
それと同時に手を振り上げ、力強く何者かの名前を呼ぶ。
「ブラック!!」
ドン!
その瞬間、2人と虫の間に真っ黒な何かが出現した。
それはバージルのよく知るヘルバンガードという悪魔によく似ていた。
しかし似ているとは言ってもそれはバージルの知る悪魔とは随分違っていた。
それは人より少し大きいくらいの黒衣の悪魔だ。
黒いフードから白い骸骨をのぞかせたその悪魔は同じく真っ黒な馬に乗っていて
鎌とか剣という武器らしい武器を持っておらず
手にしているのは馬の手綱と質素な天秤1つのみ。
なのにその悪魔は鼻先寸前にまで迫っていた巨大な虫をさほど気にする様子もなく
手にしていた天秤をキイとゆらし、小さく何かをつぶやいた。
直後。
バキバキバキバキーーン!
ほんの鼻先にまで迫っていた大きな口は
一瞬にして周囲の壁と一緒に氷の塊に固定され
数度痙攣したのを最後に完全に動きを止めてしまった。
バージルは少し驚いた。
これほど強力な力を持つ悪魔もそうだが
そんな悪魔をごく簡単な動作であっさり召喚し
なおかつちゃんとした命令もせずあれだけの芸当をさせられるというのも珍しいことだ。
などと色々探りを入れているバージルをよそに
仕事を終えた黒衣の悪魔がゆっくりとこちらに馬を向け
バージルには見向きもせずジュンヤの前に音もなく馬を寄せた。
「・・助かったよ。ハーロットではね返してもよかったけど
あの図体じゃ狭いって文句言いそうだったからなぁ」
「・・・・」
正面から見るとオーソドックスな死神のように見えるその悪魔は
聞いているのかいないのか、黙ってジュンヤの話を聞いた後
ちらと空洞になっている目でバージルの方を向いた。
だが空洞になっているとは言え
その無言の視線からはただの悪魔とは思えない独特の気配が漂ってきて
バージルは軽い緊張感を覚える。
それに気付いたのかジュンヤがあわててフォローに入ってきた。
「・・あ、これ俺の仲魔でブラックライダーって言うんです。
ちょっと見た目怖くて無口ですけど・・悪いヤツじゃないんで平気ですよ」
と言われてもその黒い馬に乗った黒い死神のような悪魔は
はいそうですか信用できるほどの外見も力もしていない。
バージルは無意識に愛刀に手をかけようとするが・・
「・・・やめておけ・・・」
ぽつりとフードの奥から言われた言葉に手を止める。
その言葉は短かったが妙な説得力があったからだ。
その理由のほどは付け足すようにしてジュンヤが説明してくれた。
「・・あ、ブラックはデスカウンター持ってますから
攻撃したら倍返しされて危ないですよ」
と言われても持っている物は天秤1つなのであまり痛そうな印象はないが
実の所、この武器らしい武器を持っていない騎士の攻撃力は
ストック内のダンテとあまり変わりない。
力に関してはカンの良いバージルはそれがどれほどのものなのか見抜いたのか
少し考えて刀からすっと手を離して警戒を解き
やっぱり何度見ても強そうに見えない少年悪魔に複雑そうな目を向けた。
「・・貴様、本当に何者だ?」
「え〜と・・・話せば長くなりますし、あんまり楽しい話でもないですけど聞きますか?」
「ならばいい。妙な悪魔とだけ記憶しておく」
「・・まぁ間違ってないからそれでもいいですよ別に」
「・・・本当に妙な悪魔だな」
「お互い様だと思います」
「・・・ふん」
バージルはちょっとムッとはしたが反論しなかった。
妙な悪魔だけど、敵意とか悪意とかもあんまり沸かない
いてもいなくても人畜無害、でも間接的な実力がやたらある
とにもかくにも妙な悪魔というのがバージルがこの時点でジュンヤに抱いた印象だった。
そうしてバージルとジュンヤ、それにブラックライダーを加えた3人は
変な虫に追いかけられた通路をぬけてさらに気味の悪い通路を進んだ。
ブラックライダーは馬に乗っていて狭い場所などは通れないかと思ったが
その黒い騎士は馬が入れそうにない場所は一端地面に沈むようにして消え
抜けたところでまた現れるという昔の魔人としての移動方法をとっていた。
それは悪魔としては珍しくない移動方法だ。
この世界の悪魔は空間をねじ曲げどこへでも出現し、倒されるとその身を砂や塵に変えて
再び何事もなかったかのように現れる。
だがバージルの経験からして悪魔だけど、弱そうで実は強かったりする悪魔はというと
後をついてくる悪魔らしい悪魔とは違い、普通に靴を履いた2本の足で歩いてついてくるし
きょろきょろ不安げに周囲を見回したり粘膜のような壁を気持ち悪がってさわろうとしなかったり
かと思えば途中の道で出てきた悪魔を素手で殴り、手慣れた動作で真空の刃を作ったり
魔力の剣を形成し自分でも見えないほどの剣速で敵をなぎ払ったりもする。
「うわわ!ちょっと待って下さいよ!」
かと思えば少し距離をあけて先へ進んでしまうと慌てたように駆け寄って来て
はぐれないように一生懸命、自分の後をヒヨコのようについてこようとする。
「・・・何度も言うが本当に妙な悪魔だな」
「あはは、時々言われますよ」
などと笑う顔は他に何か企んでいる様子もまるでなく
それは悪魔だと明確に分かっていても、バージルが今まで遭遇したことのない
まったく別の不思議な生き物のようにさえ見えた。
そしてその少年悪魔もそうだが
それにさっきから付き従っている黒づくめの悪魔も負けず劣らず変わっていた。
さっき聞いた通り言葉を話せないというワケではないのだが
とにかくやたらと無口なのだ。
そこらへんで遭遇する低級の悪魔は言語すらもたず会話もしないが
それなりに上級の悪魔となると会話をするだけの知能も身につけてくるというのは
今までの経験から知っていた。
この悪魔、先程巨大な虫を氷漬けにした魔力からして
相当の力を持ちなおかつそれなりな知力を持っているというのは分かる。
だがそれだけの力を持ちながらブラックライダーと呼ばれたこの悪魔
ほとんど口をきかないし自分からはほとんど前に出る事もせず
少年悪魔の背後を守るように静かに控えていて
しかもなぜだか攻撃方法が天秤。
直接振り回して攻撃しているわけでもないのに
すっと差し出されたそれには相当の魔力でもあるのか
近くにいた悪魔はべちんという結構キツそうな音と一緒にのけぞり
それでも結構な威力があるのか一撃で崩れ去る。
そして周囲を囲まれるとさっき使った氷結の魔法。
それは門で見かけた番犬が使う氷を使った攻撃とは違い
物体の根本を極限まで冷却してしまうかのような絶対零度の攻撃だ。
けれどその無口で強力な冷却攻撃を行う悪魔は別として
人型の悪魔はというと、また妙で時々こちらの刀が珍しいのか
ザコとの戦闘の合間にこちらをじっと見ていたりする。
普段なら他人の事など気にしないところだがバージルは珍しく聞いてみた。
「・・・何を見ている」
「あ・・いえ、凄く速いなって思って」
「お前も似たようなものだろう。この程度が珍しいとでも言う気か?」
「いや・・珍しいっていうよりはカッコイイなって思っただけで」
今までかけられたことのない言葉に歩いていた足が突然ピタと止まり
後にいた人型の悪魔に振り返りざまの鋭い視線が突き刺さる。
ジュンヤは何か気にさわることでも言ったのかと思ってぎくりとしたが
しかしその目はすぐにふいとそらされ
気むずかしそうな青年はそのまま何事もなかったかのように前進を再開する。
残されたジュンヤは?という視線を後の黒騎士に投げかけてみるが
黒ずくめの騎士は何も答えず首をゆっくりと横に振るだけ。
だがこの時この騎士、彼が睨んだ理由がなんとなく分かっていたが
話すとまたややこしい事態に発展しそうだったので黙っておいたのだ。
それでも青いコートを先頭にした小さな行軍は
多少のぎこちなさを持ったまま地道に続く。
「・・あの・・俺何か気にさわること言いましたか?」
「・・・別に」
「・・・(黙って2人の後をついて来てる)」
無口で黒ずくめで骸骨な騎士。
青くて気むずかしくて気位の高い青年剣士。
そしてそんな連中と一緒にへんな生き物の体内で
行動する事になってしまっている人も気もいい変な悪魔。
それはたった3名の小さな異物のはずなのだが
その組み合わせから弾き出される出来事の怖さを本能で感じたのだろうか。
天までとどかんばかりの巨大な塔の周囲を旋回していたこれまた巨大な生き物は
悠然と泳いでいた巨体を空中でぶるっと一度だけだが寒そうに震わせた。
そしてその時ストックの中にいたダンテの様子が
目には見えないが今までになく急激に変化していたのを
気付いた者はまだいなかった。
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