ちょっと態度のでかい青年と、その後をついていく悪魔の少年
そのさらに後を黒ずくめの悪魔が黙ってついていくという感じで
しばらく3人は狭くて不気味な通路を歩いていた。
その何かの生き物の体内はあまり迷うような構造はしていなかったが
やはり生き物の体内というのは気持ちの良い物ではない。
バージルはまったく気にせずずんずん歩くが
ジュンヤはなるべくあたりに触らないように注意しながら歩く。
しかし最初はただただ自分のペースで歩いていたバージルが
後の気配を読んで歩調を合わせ始めていたことに
肌の露出が多い分、直に触れる部分の多くて困っていたジュンヤは気付かなかった。
そうこうしていうるちに一行はふいに広い部屋のような場所へ出る。
そこは何の部屋なのか分からないが唯一外の見える窓のような透明な箇所があり
中央には周囲から赤い何かを吸収している『何か』がある。
しかも何の部屋かと思う間もなく
周囲からはどこからともなく通路で出くわした気味の悪い人型悪魔が沸いてきて
鎌のようなものを振りかざしながらよたよたと寄ってきた。
この世界の悪魔には交渉も言葉も通じないことは分かってきたので
ジュンヤは当たり前のようにそれを斬り捨てていくバージルにならって
邪魔にならない程度の攻撃で応戦した。
「動きが遅いのは助かるんだけっ・・どっ!
いったい何匹で・・てくるんですかこれって!」
「そこにある球体がオーブを吸い尽くした時に終わるはずだ。
無駄口をたたく暇があるならもっと数を減らせ」
「そう言う!お兄さん・・は!余裕ですね!」
「これだけこちらに手練れがいれば、それくらいの余裕もできる」
「じゃあ1人の時は無言ですか!」
「1人で誰と会話しろと?」
「それもそうです・・ねっと!」
などと言いつつ、2人はそれなりに広い部屋で立ち回り
動きは遅いがどこからともなく沸いてくるゾンビみたいな変な生き物
(ここではこういうのを悪魔というらしい)を殴ったり斬り捨てたり
時には背後を守りあいながら殲滅していく。
一方ブラックライダーはというと、その2人から少し離れた場所で
かかってくる相手だけを倒している。
確かに馬に乗ったまま動き回られても邪魔なので賢明な判断だろう。
だがそれ以外にもマカカジャで補助をしてくれたらしく
バージルの時々作る魔力の剣とジュンヤの真空刃の威力が上がっている。
どこの何者なのかは知らんが・・なかなか使える連中だ。
最初は邪魔になるかと思っていた悪魔達だが
こうして一緒に戦っていても害にも邪魔にもならず
なぜだか連携がうまくとれていることにバージルは珍しく感心した。
それはさっきからストックの中で息を潜め、外の様子をうかがっている
自分と似たようなスタイルを持つ魔人のせいだと彼は知らなかったが。
そうしてどこからともなく沸いてくる悪魔達としばらく戦っていると
丁度部屋の中央にあった台座のような所から何か光る玉のようなものが出てくる。
だがそれと同時に今までひっきりなしに出てきた悪魔の押収がぴたりとやみ
騒がしかった部屋の中が急に静かになった。
「・・あれ、終わり・・・かな?」
「吸収限界になったか」
ぱちんと音を立てて刀をしまい
バージルは部屋の中央にあった蒼い玉に手を伸ばす。
それはここの悪魔を倒した時出ていた赤いものを吸収していた変な物だが
ジュンヤにはそれが何かはまったく分からない。
なのでジュンヤはその物体をバージルにまかせて
あまり落ちついて見れなかった部屋を歩いてみた。
そこは今まで通ってきた通路とは違い、大きな窓のようなものが1つあった。
いや、窓と言うより膜があってそこから外が見えるような感じで
しかもその膜、生き物の目のような模様をしていてギョロギョロ動き
外に何か大きな塔のようなものを映しながらゆっくり移動している。
ということはここは何か大きな生き物の目付近で
その生き物は大きな塔の近くをウロウロしている事になるのだろうが・・
・・フォン
「うわ!?」
と思っていると今までほのかに明るかった室内が
突然停電でもしたように真っ暗になりジュンヤは飛び上がった。
「何を騒いでいる」
「な、なんか急に暗くなったんですけど!」
「・・おそらくこれを取ったせいだろうな」
そう言ってバージルが差し出したのは部屋の中央にあった青い何か。
それは一見蒼くて綺麗な宝石のように見えるが・・・
「・・なんですかそれ?」
「こんな重要区画にあるということはリバイアサンの重要部位だ」
「リバイ・・ア・・?」
「ここの生き物の名だ。詳しい説明は省略するが
途中で大きな器官が並んだ部屋を通っただろう」
「あぁ、見えただけで向こうにはいけませんでしたね」
「おそらく形と大きさからしてこれであの壁は解除できるはずだ」
「・・・え”?」
あの壁を消してその向こうにあった内臓器官みたいなのをどうするつもりなのか。
何となく想像はつくが聞くのが怖い。
「・・何をしている。行くぞ」
「え・・っと・・あの・・」
「なんだ」
もしかして外に出るためにこの生き物を内部からブチ殺そうとしてませんか?
そうだ。
聞く前から答えが速攻で想像できてしまい
ジュンヤは手を出したままの体勢で固まってしまう。
バージルは暗くなってしまった部屋の中、唯一の光源となった蒼い玉を手にしたまま
怪訝そうに眉をひそめた。
「なんだ。何が言いたい。・・まさかここまで来て怖じ気づいたか?」
「や・・まぁ・・その・・・一応確認したいんですけど
それを使う以外に外に出る方法って・・ないですか?」
「一番簡単な方法としては今そこの目を突き破って脱出することだが
この高さとおそらく半狂乱になって共に落ちるだろうこの巨体の重量を考えると・・」
「・・あ、やっぱりいいです。スミマセン」
どう考えても無茶な方法にジュンヤはあっさり降伏した。
「他に質問はないな。行くぞ」
「・・・・・はぁい」
「返事は2文字、かつ明確に言え」
「はい!」
「よし」
やっぱりこんな人と関わらない方がよかったかなと思いつつ
ちょっとげんなりした気持ちでその後ろ姿を追う。
一方バージルの方もそれを気配で感じ取りつつ
後にその自分以外の足音が追いつくのを待ち
その変な悪魔が暗さでつまづかないようにゆっくり歩き出した。
しかしそれは彼にしてはとても珍しい気遣いだ。
普段の彼なら他者など足手まといになるなら何者であれ置いて行くに違いない。
けれどそれをしなかったのはその昔、まだ自分が何も知らなかったころ
同じようにまだ何も知らなかった自分の片割れというべき存在が
こうして自分の後をちょろちょろついてきたのを思い出したからだろう。
「・・・つまらん」
人の部分を捨てた半魔は小さく吐き捨て
暗闇の中で手にしていた愛刀をぐっと握りなおす。
ついさっきその弟を斬り捨てて来たばかりだというのに
今さら何をそんな事を思い出す必要がある。
ただ利用価値があると思っているだけだ。それ以上それ以下の何者でもない。
「わー!わー!ちょっと待って!」
などと考えている間に無意識で足が速まったのか
気がつくと少し後の方から慌てたような声が飛んできて
全身の模様を発光させた少年型悪魔が慌てたように走り寄ってきた。
そう言えばこの暗い中で明かりを持っているのは自分だった事を思い出し
バージルは足を止めてその発光物体を待ってやった。
「遅い」
「そうは言っても暗いし足元すべるし壁は触ると気持ち悪いし・・」
ギァオオオー!!
などと愚痴をこぼしていたジュンヤの背後で
またしてもあの不吉な声が通路いっぱいに響き渡る。
はっとして振り返ると案の定、どっかで見たような巨大な口が
通路の奥から粘着質の嫌な音を立てつつ接近してきていた。
「わーーッ!?まだいるしーー!?」
当然のごとくジュンヤは慌てて走り出す。
しかしさっきとは違い周囲がかなり暗くなっているため足元の加減が分からず
ずりっ べちゃ
「いでっ?!」
少し走った所で足をすべらせ、前のめりにこけた。
しまったと思って顔を上げ、素早く周囲を見回すが
さっきまで黙ったまま近くにいたブラックライダー
そして前にいたはずのバージルが見当たらない。
あれと思って身体をひねり後ろを振り返ると
一体いつの間に移動したのか暗い中でも鮮明に見える青コートが
丁度ジュンヤと虫(?)の間に立ちふさがっている。
そしてバージルはずっと手にしていた日本刀ではなく
どこから出したのか少し刃の広い両刃の剣を手に
どんどん距離を縮めてくる巨大な虫を見据えた。
そしてそれが青いコートを飲み込むくらいまでの距離に来た瞬間
今までそこに真っ直ぐ立っていた青がブンと消え、少し上の上空に出現し
全体重をかけた兜割りが巨大な口に向かって打ち下ろされた。
ガキン!ガツ!ドカドカドカ!ガシュ!
そしてそこから問答無用な連撃が始まる。
それは日本刀を使っていた時とは違い、力で押して叩きつけるといった表現にあう
どこか荒々しい攻撃法だ。
しかしその『早く壊れろコノヤロウ』と言いたげな攻撃の仕方
なにか以前・・どこかで見たような記憶があるのだが・・
ギガオァアア!!
だが今はそんな事を考えている場合ではなさそうだ。
牙の並んだ口はその猛攻にそれ以上こっちへ来ることはなさそうなものの
それでも諦めきれずガツガツと牙を鳴らしながらこちらへねじり出てこようとしている。
よく見るとその隙間には薄く氷がはっているので
おそらくブラックライダーが背後に回って足止めをしてくれているのだろう。
さっきのように正面から攻撃しないのはおそらく
この気むずかしそうな青年の顔を立てるために違いない。
ガキン!
「・・!」
しかしその青年はというと一瞬だけ固く巨大な歯に剣をはじかれ
まったく引かなかった足を一歩後退させる。
しかもその直後、進みあぐねていた口がぐば
と大きく開かれ前に出てきた。
ヘタに助けたりしたら機嫌を損ねそうだが
ジュンヤはそれと目の前の人間の事を計る天秤など持ってはいない。
尻餅をついたままだった少年悪魔の目が
暗い中、まるで周りの明かりを収束したかのように強烈に光った。
「
ブラック!どいてろ!!」
その声の直後、一点に威力を集中した魔弾が体勢を崩したバージルの横をかすめ
たった今口を開けたばかりの悪魔に向かって発射された。
それは避けるスペースも何もない悪魔のど真ん中に当たり見事なまでの風穴を開ける。
それはジュンヤの持つ攻撃で最強の威力を持つ至高の魔弾だ。
これを喰らって生きていられる悪魔はかなり高位の悪魔か
かなりしぶとい生命力を持っている悪魔のみ。
しかも口の真ん中に空けられた風穴からは
完全に貫通した証拠として向こうからの少し冷たい空気をよこしてくる。
「・・・・・・・は〜・・・・怖かった」
だがあれだけの攻撃した張本人はまるで他人がやっつけてくれたような声を出し
ため息を吐き出しながら汗をぬぐうような動作をした。
バージルは巨大な悪魔が事切れたのを確認して両刃の剣を背中に戻しながら
時間がたてばたつほど変だと思える悪魔を見た。
・・・なぜだ。
なぜ単体でこれほどの力を持ちながら、さらに悪魔を使役する力を持ち
あげく俺に手を貸しつつも人のような振る舞いをする。
こちらを騙しているのかとは思うが
これだけ実力があるならそんな事をする必要もないだろうし
こんな力のある悪魔がわざわざそんな回りくどい事をするメリットが見当たらない。
などと色々考えるバージルをよそに、よいしょと立ち上がった人型悪魔は
地面からふっと戻ってきた黒ずくめの悪魔とこれまた変なやり取りを始めた。
「・・あ、ブラックご苦労さん。ところで後・・溶けてないよな?大丈夫だよな?」
上にいた骸骨の方はまったくの無反応だったが
青い目の馬の方が首を寄せて・・ブルと控え目に鳴いて大丈夫との意思表示をする。
「よかった・・こんな所で破いたら代わりがきかないからな」
聞いてるのか聞いてないのかわからないような悪魔にそう言いながら
人型悪魔は尻をはたいてからバージルを見て、ちょっとバツの悪そうな顔をした。
「・・・えっと・・・」
それは多分余計なことしてすみませんという顔なのだろうが
余計と言う前にたった一撃で倒してしまっていては
邪魔に思うヒマすらないのをこの悪魔はわかっているのだろうか。
バージルは相変わらずの無表情のまま、けれど心の中では色々と疑問をつのらせながら
貧弱そうで実は恐ろしいほどの力を持つ悪魔を見て
「・・・お前は・・・」
「?」
と、何か問いかけのような台詞を言いかけたが、少し間をおいてやめてしまい
ふいと背を向けて今まで通り、気味の悪い道を確かな足取りで歩き出した。
?とジュンヤは隣にいたブラックライダーを見上げるが
黒い騎士は黙ってその背を見つめているだけ。
様子からして彼が何を言おうとしていたのか分かっているらしいのだが
ジュンヤはそれについてはあまり詳しく聞かないことにした。
それはあの気むずかしそうな青年に対する遠慮もあるが
あまり根掘り葉掘り聞いてはいけないような気がしたらだ。
だがその感覚もどこかで感じたことがあるものだ。
・・・なんだろ。
あの人さっきから時々どこかであったような感覚起こさせるんだけど・・。
それは掴めそうで掴めない
けれどけして掴んではいけないような不思議な感覚。
その違和感にジュンヤが立ちつくしていると
前を歩いていた青いコートが、もう慣れたのか普通に立ち止まって
「・・何をしている」
言葉は高圧的だがこちらを促すように首だけ振り返って
ぶっきらぼうにそう言ってきた。
そのデジャヴがなんなのかは分からない。
けれど今のジュンヤにはそれを解明するより先に
こんな気味の悪いところから出る方が先だ。
「あ・・すみません!」
そして何よりこんな気持ち悪い所で置いていかれたくないという気持ちも重なり
何かを思い出そうとしていたジュンヤは慌てて考えるのをやめ
前を歩き出していた青いコートを追いかけた。
そうして2人と存在感のうすい・・いやわざと薄くしているのだろう控え目な一体は
薄暗くなったことで周囲が余計鮮明に見えてしまう嫌な通路を歩いた。
その通路を抜けるとそこは光源も届かないほどかなり大きく開けていたので
それはおそらくジュンヤが最初に来た大きな場所、つまり胃のような場所だろう。
最初と違ってあたりは暗くなっていてあまり周囲は見えず
足元が下りになっているくらいしか確認できなかったが
その見えない下から何かがべちゃべちゃと嫌な音をさせて近づいてくるような足音と
何かのうめき声のようなものだけが響いてくる。
ジュンヤは一瞬ギクリとしたが、バージルは顔色一つ変えず
とんと足元を蹴って結構な高さと暗さのあるそこから下へ飛び降りた。
「ちょ・・待っ・・!」
だがその言葉が終わる間もなく下からは何かの鋭い金属音と
何かが倒れるぐしゃとかどしゃという音が断続的に響いてくる。
「・・・強いけどマイペースな人だなぁ」
いくらなんでも真っ暗な中を飛んで降りる勇気はないので
ジュンヤは下にかろうじて見えていた急な崖をすべるように降りその後を追う。
しかしその感覚もいつかどこか、前にあったような・・。
ぐしゃ
などと考え事をしながら下に降りていたら何かを豪快に踏みつけてしまった。
慌てて下を見るとそれはここへ来てから何度も見ている
人のようなゾンビのようなどっちなのか判断の難しいここでの悪魔。
「うわっ!ゴメン踏んじゃった!」
条件反射であやまり慌てて飛び退いたが
周囲からは同じような悪魔がよたよた近寄ってきて大きな鎌を振り上げ・・
ずどむ
・・た所で後からついてきたブラックライダーにまとめて踏んづけられた。
偶然なのかわざとなのか知らないが、この最古参も大分主人に似てきたようだ。
それはともかくジュンヤが素早く周囲を見回すと・・いた。
下の広い場所で暗い中唯一の光源を持っている青いコートが右へ左へと舞って
時々青白い剣を飛ばし、群がってくるゾンビのような悪魔を
ただもくもくと斬り伏せていた。
時々足元にあった溶解液が飛び散ってかかるが
青いコートの青年はそんな事おかまいなしにただ淡々と刀を振るう。
けれど暗闇の中で浮かび上がるその問答無用な後ろ姿は
細いようで力強く、落ちついた色をしているはずが強い拒否感を覚え
それでいて・・・どこか落とし物をしてきたかのような寂しさのある不思議なもの。
それはさっきから感じていた違和感だったが、ジュンヤは何も聞かなかった。
聞くと即座に、けど静かに怒られそうだったし
それに何より聞いてはいけない事のように思えたから。
だがいくら強くてあのまま放っておいても1人でなんとかしそうだとは言っても
1人では体力を消耗するだろうし、足元からは微弱ながらもダメージは浸透しているはず。
ジュンヤは素早く判断して援護を開始した。
「ブラック!ソウルバランス!」
言葉と同時に控えていた黒騎士が天秤をゆらし
小さくつぶやくような笑うような不思議な声を出す。
その動作は小さくて地味なものだったが
喚んだ雷は広いその場所全体に行きわたって踊り狂い
無数に蠢いていた悪魔達にふりそそいだ。
その雷は相手を完全に殺傷する力こそ持たないが
あらゆる者の生命力を半減させる力を持っている。
なのでそれから後随分といた悪魔は手際よく倒すことができた。
全体魔法か攻撃かで一気にかたをつけてもよかったが
それだと先に戦っていたバージルに悪いと思ったのでジュンヤがそうしなかった。
そのおかげか最後の悪魔を斬り捨て刀を鞘に収めたバージルからは
そこそこ派手な手の出し方をしたというのに、あまり鋭い視線が飛んでこなかった。
と、いってもその半分は有毒な足場を気にせず立ち回って体力を消耗し
あまり余裕がなかったこともあってだろう。
その証拠に表情にほとんど変化のない横顔を見ると
元から白い顔色がさらに血色が悪くなっている。
「・・あの、大丈夫ですか?」
しかしバージルはそれには答えず背を向け
かまうな、先を急ぐとばかりに歩き出し最初入った入り口のあるバスの上に飛び乗る。
が、やはり消耗しているのか着地と同時に軽くだが下に膝をついた。
「だーもう!ちっとも大丈夫じゃないじゃない!」
ジュンヤは大慌てでバスによじ登り、ディアラハンをしようとして手をかざそうとするが
何をされるのかと思ったのか、そこにあった青いコートは一瞬でその場からかき消え
瞬時に少し離れた後方へと移動した。
「・・何をする」
「ちょっとだけじっとしてて下さい。傷を治しますから」
「・・・・」
しかしそうは言っても元々警戒心の強いバージルは
じーとこちらを鋭く見たまま威嚇と警戒の姿勢をやめようとはしない。
ジュンヤは困ったような顔をしてちょっと考えると
後からすっと音もなく上がってきたブラックライダーに目配せをした。
すると何を言われたわけでもないのに黒い馬に乗った死神のような悪魔は
持っていた天秤をわずかにかかげて何かをつぶやく。
するとその周囲にあまりその悪魔に似つかわしくない柔らかな光りが発生し
その場にいた全員を包み込んでバージルが床で受けたダメージや
ジュンヤにできていた小さなかすり傷までも全てふさいだ。
ブラックライダーはジュンヤほどの治癒スキルは持っていないが
メディラマ程度なら持っているので重傷でなければちゃんと治せる。
そして全ての光りが収まった時、自分の身が全て回復しているのに気付き
バージルはブラックライダーではなくジュンヤの方に向かってムッとしたような目をくれた。
どうやらよほど他人の施しというのが気に障るらしい。
「・・・何のつもりだ」
「いや少し辛そ・・・じゃなくて
俺さっきちょっとだけすりむいたんで、ブラックに治してもらったんです。
でもブラックの治し方って個人の特定ができなくて、その場にいる全員に効果があるから・・
えっと・・・迷惑だったらすみません」
へばりそうだったから助けたなどと言うより自分がケガしたついでに治してしまったと言えば
プライド高そうな彼はいいだろうとやり方を変えてみたのだが・・
思った通り、バージルはムッとしつつも何も言わず
コートをはたいて、今度はちゃんとした足取りで立ち上がった。
ジュンヤはいくらかホッとしつつ、歩き始めたその後ろ姿を追おうとしたが・・
その歩みは2歩もいかないうちに止まり、くるりと首だけでこっちを振り返り
鋭い目・・いや彼にはこれでも通常なのだろうが
とにかく子供が見たら泣き出しそうな目でこちらを凝視してきた。
「・・?なんですか?」
何か言うのかと思って待ってみるが
気むずかしい青年は結局やはり何も言わず
最初に入った不気味な横穴へと消えてしまった。
文句を付けようとしたのかそれとも一応礼を言おうとでもしたのか
その両方を考えていて結局どっちも打ち消されてしまったのか。
「・・行こうか」
まぁ本人が黙り込んでしまっていてはどっちが正解なのか分からずじまいだが
ジュンヤはともかく寡黙な騎士にそれだけ言うと
同じように横穴へ身を押し込む。
余計なことして怒ったのかなとは思ったが
さらに薄暗くなった通路の奥、さっさと先へ行ってしまっていたかと思った青いコートは
まだちゃんと振り返ってこちらを待っていてくれたので
ジュンヤは少しだけ嬉しくなった。
そうして青い後ろ姿についていった先はさっきも通った不思議な部屋だ。
少し大きめのそこには透明な壁のようなものがあり
向こう側には心臓に似た器官が3つ並んでいる。
そう言えばさっき通った時は中身に気を取られていて気付かなかったが
その壁の中心には何かをはめる台座のようなものがある。
「多少なりとも防衛はしてくるだろう。気を抜くな」
そしてバージルはなんだか嫌な予感をかき立てるような台詞を言って
先程手に入れた宝石のような物を台座にはめこむ。
するとその途端前にあった透明な壁が溶けるかのように崩れ落ち
並んでいた大きな器官が大きく振動し始め
今まで静かだった部屋のあちこちからさっき遭遇したゾンビみたいな悪魔がわいてきた。
だがバージルはその悪魔の方には目もくれず
中央にあった巨大な器官に刀を一閃する。
ガイン!!
しかしそれは固い音をたてて弾かれる。
そう言えば3つあるうちのその器官だけは固い外皮のようなもので守られていて
他の2つよりは重要なものである事がわかった。
「となると・・・こちらか」
大して慌てた様子もなくバージルは冷静に判断して矛先を変更し
今度は右にあった別の器官を攻撃し始める。
こちらは普通に攻撃は通るらしく弾かれない。
ジュンヤも気は進まなかったがバージルに習って反対側にあった器官を攻撃してみた。
こちらも普通の攻撃は効くらしい。
「ブラック!背後頼む!」
後からよたよた寄ってくる悪魔は寡黙な魔人にまかせ
ジュンヤはしばらくバージルと一緒に不気味な動きをする器官を攻撃した。
だがいくらもしないうちにバージルの側の器官が動きを止め
中央にあった機関の外皮のようなものが唐突にばかんと開いた。
中にあったのは光るコアのようなもの。
バージルはそれを見逃さない。
即座に目標を切り替えて動き出したが、しかしその時彼が持っていたのは
刀でも剣でもない、チラチラと発光する小手と具足のようなものだ。
だがどこにそんな物をしまってたんだろうと思う間もなく、その小手で攻撃は開始された。
ドカ!ガツ!ガリガリガリ!ドガン!!
今まで聞いたこともないような激しい音にジュンヤは何事かと攻撃の手を止める。
それは発光している小手と具足が立てる強烈な破壊音だ。
それは刀や剣のように対象を斬る物ではなく
殴ったり蹴ったり回転を付けて幾度も蹴りをあびせかける
簡単に書くと『オラオラオラァ!!脳天かち割るぞさっさと死ねやコラぁ!!』
と言わんばかりの猛烈で漢らしい攻撃法。
おそらくここの重要な部位であろう器官が悲鳴を上げるかのようにのたうち回るが
バージルはまったくおかまいなしに殴って蹴ってまだ殴る。
見た目によっては弱いものいじめをしているようにも見えるが
しかしその器官もただ攻撃を受けているだけではない。
しばらくしてばかんと再びカラをかぶって防護壁を作ったかと思うと
突然光りを収縮させ、その部屋全体に渡る広範囲のビームを発射してきた。
ジュンヤとブラックライダーはなんとかかわしたが
バージルは攻撃に集中していて一瞬反応が遅れ、足元を軽く焼かれて倒れる。
「あ・・!」
「かまうな!!」
だがそんなことは気にすることではないとばかりに
バージルは素早く飛び起きて体勢を立て直し
いつの間にか再生されていた左右の器官に殴りかかる。
それは何かの話で聞いたことがある。
倒れているヒマがあったら
泣いているヒマがあったら
向かうべき相手に殴りかかり、力に自信がないなら爪を立て
手が使えないのなら噛みついてでも立ち向かえ。
それをハングリースピリッツというのだ。
ジュンヤは今まで感じた事のない
とらえ所のない勇気がわいてきた。
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