「来るぞ!!」
「うわっと!!」
「・・・・・」

バージルの声と同時に発射されたレーザーを
ジュンヤとブラックライダーはなんとか回避し
先に軌道を予測していたバージルが空中で向きを変え
攻撃がおさまった瞬間カラの閉じかけた器官に強烈な蹴りを一閃する。

「こんの!!」

だが再びカラをかぶった中央の器官は
次に叩きつけられたジュンヤの拳によりサブの器官を沈黙させられ
すかさず再び急所をさらけ出すことになった。

「往生際の悪い物体め!!」

ゴン!ドン!ガリガリガリ!ドガン!!

そしてそこに休むことないバージルの鉄拳が叩き込まれ
再びカラをかぶりまた開き、ジュンヤかバージルの攻撃どちらかによって
また開くという定期的な戦闘がしばらく続く。

そしてバージルにばんばか殴られまくっていた中央の器官が
ようやく悲鳴を上げるような音を立てて停止した。

いや、それはその器官自体が悲鳴を上げたのではない。
それはこの空間全体、つまりジュンヤ達がいるこの生き物自体が上げた断末魔だ。

そして・・あ、やっつけたかなと思っていると

がっ・・ くん

今まで変な感触をしつつもしっかりしていた地面が急に傾斜し
ふわりとした浮遊感と一緒に右も左も上も下も分からなくなる。

そう言えばこの生き物はさっきどこかを飛んでいた。
つまりこの状態は・・・

「落ちてるーーー!!?」
「これだけ守りの堅かった重要部位を破壊したのだから当然だ」

こんな時にもバージルの態度は冷静そのもので
エレベーターどころか入った建物そのものが落下するような感覚にすら
まったく動じていない。

「一応忠告しておくが落下の衝撃にそなえて身体を固定しておけ。
 多少のクッションはあるだろうがこの高さと重さなら相当の衝撃がくる」

しかしなんでこの人はこんな状況でも
こんな落ちついた態度が出来るんだろうなとか思いつつ
ジュンヤはとにかくあたふたしながら言われた通り
身体を固定させられそうな場所を探してみた。

まぁそこら中が肉質の壁だし自分も頑丈なので
よほど下手なことをしない限り死にはしないだろうが
ふと見ると部屋のすみっこでブラックライダーが馬共々身を縮めているのが目に入った。

おそらく骨なので接触したら痛いだろうとこっちに遠慮しているのだろう。
しかしそんなぎゅうぎゅうに縮こまらなくてもいいだろうになどと思っ・・


ドォオオーーーーンンーー!!


「ー!?!」

・・っているとそれは突然やってきた。
もっと時間がかかるかと思っていた落下は予想を反して随分すぐの事だった。

世界全体が壊れるかのような轟音と共に
ジュンヤはあっと思う間もなく右か左、上か下、とにかくそこではないどこかへ放り出され
何かかろうじて弾力性のあるものに背中から叩きつけられる。

遠慮のないそれに息が詰まり一瞬気が遠くなるが
痛いという感覚が持続したので気を失うことはなかったらしい。

そしてしばらくしてから猛烈だった振動も音もぴたりとやんだ。
恐る恐る薄目を開けて周囲を見回してみると
さっきと同じ位置だろう場所にいたブラックライダーが
かなり暗くなってしまった中でゆっくりこちらへ飛んで来るのが見えた。

幸いあちらにケガはなく、部屋自体も横になったり逆になったりはしていないようだ。
自分も多少背中と耳が痛いくらいで大したことはない。

だがホッとして周囲を見回していると
あの青いコートが左右どこにも見当たらない事に気がついた。

「あ・・あれ?あのお兄さんは?」

どこかに飛ばされでもしたのかなと思ってきょろきょろしていると
近くまで来たブラックライダーが黙って自分の下を指してくる。

・・え”?まさかと思って下を見ると・・

・・・・・・・・

一体どういった経過でそんな事になったのか
まともに下敷きにしていた青年から色々言いたそうな目で睨まれた。

「う
わぁっ?!すみません!ごめんなさい!!」
「・・・・・・いいからどけ」

敷いたまんま謝んなとばかりに睨まれながら
ジュンヤは慌ててそこから転がるようにどいた。

なのでどうして反射神経もよく落下を予測していたはずの青年が
よりによって自分の真下になってしまったのかなど考える暇もなかったわけだが・・・。

「えと・・!あの!何度もすみません!
「・・判断が遅い。忠告しておいたはずだぞ」
「すみませんすみませんごめんなさい!」
「謝罪は一回にしろ」

と言いつつバージルはコートをはたいて立ち上がる。
ジュンヤも立ち上がってあちこち動かしてみたが
誰かさんを下敷きにしたおかげでケガはしていない。

だがうまく受け身を取ろうとしていたはずのバージルが

「・・・・・・2度までも・・・」

と自分の手を見ながら少し悔しそうにつぶやいていたのをジュンヤは知らない。

とにかくあらためて周囲を見回すと多少角度と明るさなどは変わってはいるが
そこは元の部屋のままのようで重さで部屋自体が潰れなかったのは幸いだ。

「・・これで外に出ようとしても大丈夫なんですか?」
「・・もう周囲からは鼓動は感じられない。これはもうただの肉の塊にすぎん。
 先程の部屋に戻って眼から脱出するぞ」
「こんな暗い中をですか?!」
「内部の構造までは変わっていないはずだ」

しかしそうは言ってもさっきまで持っていた宝石みたいな物はもうないので
今見えるのは互いの姿がギリギリ見える程度の視界だけ。

そんな中でもやっぱり前に進む事をやめないこの青年の精神は
結構・・いやかなり頑丈に作られているようだ。

だがすっかり暗くなった場所をまったく気にせず
普通に歩き出そうとしていた背中を追いかけようとしていたジュンヤが
その時ポケットの中にあったアイテムのことを思い出した。

「・・あ。そう言えば光玉があったっけ」
「?・・なんだそれは」
「周囲を明るくするライトみたいな物ですよ。ホラ」

そう言って出した照明用のアイテムは今までにないくらい周囲を見やすく照らしてくれた。
バージルはそれを見て露骨に不機嫌そうな顔をする。

「・・貴様、そんな物があるならなぜもっと早くに使わない」
「そんな暇もないほどお兄さんがズンズカ先へ行っちゃうからですよ」
「・・・・」

バージルがさらにムッとしたような顔になる。
だがその顔は明るくなった所でよく見ると、どこかの誰かさんにそっくりなのだが
この青年はその誰かさんと違ってあまり笑わないし表情も渋いものばかりなので
気付かれる事がなかったのは幸なのか不幸なのか。

「それにこんな場所で視界が良すぎても気持ち悪いじゃないですか」
「明るかろうが暗かろうが肉には変わりない」
「・・じゃあ昼に行くトイレと夜に行くトイレ、怖いのはどっちですか?」

その途端興味なしとばかりにぷいと背を向け
さっさと移動を開始しようとしていたバージルの動きが
ギクリとしたかのような固さで止まる。

・・・え?まさか冗談で言ったのに、その例えは分かるのかとは思ったが
振り返った目つきが遠くからでもわかるほど怖いものだったので。

「・・・え〜〜・・・今のナシで」

ジュンヤはトイレの話についてはそれ以上追求せず
ともかく黙って後をついていく事にした。




キュイン! 
バシュ!!

「うえ・・・」

目なのだろうその場所は斬った拍子に思いっきり赤い体液が吹き出すが
バージルはそんな事もおかまいなし、やはり微塵もためらわず
斬って開けたその場所からさっさと外へ出て行ってしまう。

それは人の血ではないと分かってはいるがやはり気持ちの良い物ではない。
しかしここから出ない事にはどうしようもないので
ジュンヤはその赤い液の噴出がおさまるのを待ってから
ぱっかり割れた目の亀裂から外へと飛び出した。

しかし飛び出してみて分かったのだが、すぐ下に地面はなかった。

えぇーーーッ!?

ずるべしゃ!!

慌てて着地に備えようとしたが滑ってころんで尻餅もつき
液体がおさまるのを待って外へ出たのに結局ベタベタになってしまった。

「・・って〜・・!なんなんだよもー!」

少し遅れて降りてきたブラックライダーに言うつもりで愚痴ってから周囲を見回すと
そこは固い大地のある何か大きな建物の前だった。

後を見ると今出てきた大きな生き物が横たわっているが
その全体があまりに大きいためどんな生き物かまではまったく分からず
ただ今出てきた所が目だったとだけしか分からない。

だが久しぶりに足を着けることができた普通の地面は
そう長く離れていたわけでもないのだが
足踏みをするとトントンという音が返ってくるのが嬉しい。

「・・・ようやく戻れたか」

そしてそんな小さな事に感動していると前の方からぽつりとした声がする。

ふと見ると先に出ていた青いコートの青年が
全身をぬらしたまま大きな建物、高さからして塔なのだろう
それにしてはやたら巨大で不気味なそれを1人静かに見上げていた。

後になでつけていた髪が濡れて落ちているので
その後ろ姿は元に比べて随分違う印象を受けたが
少ししてバージルはそれを無造作にかき上げ
抜き身だった刀をパチンと元の鞘へと戻した。

「・・これ・・何の建物なんですか?」
「俺がこれから進む道に必要不可欠なものだ。
 しかし・・そのおかげでこんな余計なものまで起こしてしまったがな」

そう言ってバージルが見上げたのは今出てきた巨大な生き物。
どうやらこの生き物は彼の計算外の存在だったらしいが・・。

「俺はこれから魔界へ向かう。お前はどうする」
「いえ俺は魔界じゃなくてボルテ・・・
えぇえ!?

まるでスーパーに行ってくると言わんばかりな普通な言い方で
さらりと言われた物騒な場所に、ジュンヤは数秒の間をおいて仰天した。

「あ・・あの!つかぬ事をお伺いしますけど
 魔界って悪魔のたくさんいる世界の魔界ですか?」
「悪魔のまったくいない魔界があるのかどうかは知らんが、その魔界だ。
 ・・だが悪魔のお前が何を驚く」
「いえ、俺はちょっと色々あって・・魔界とかいうのとはあんまり縁がなくて・・。
 それよりお兄さんこそ、どうして魔界なんかへ行こうとしてるんですか?」

その言葉にバージルの目がすうと細まる。
ジュンヤは一瞬悪いことを聞いたのかと思ったが
だが何も言ってこない所を見るとそれは何か思案をしている顔らしい。

「・・そんな事すら見抜けんとは・・成る程。
 魔界の出ではなく、しかもそれほどの目しか持ち合わせていないのなら
 道理で色々と妙な悪魔なはずだ」
「??」

1人納得するバージルに何のことだと疑問符を散らすジュンヤだったが
気むずかしそうな青年はそれを詳しくは説明してくるほど親切ではない。

「・・ならばいい。これでお互い外へ出るという目的は果たせた。
 ここから先はどこへ行くなりお前の好きにするがいい」
「え?」
「だが万が一、俺の前に立ちふさがると言うのなら・・容赦はせん。覚えておけ」

それはちょっと怖い言い方だったが
ここから先は危ないからついて来るなという彼なりの警告に聞こえなくもない。

そして最後まで冷たい態度を変えなかった不思議な青年は
刀一本を携えて大きな塔の方へと歩き始めた。

何をするつもりなのかは分からない。
しかしそれは彼にとって大事なことだというのだけは
ただがむしゃらになって戦っていた青年を見ていたジュンヤには分かった。

「・・あの!お兄さん!」

真っ直ぐ進んでいた足がその声にピタリと止まる。

「・・ありがとうございました!気を付けて!」

青いコートの青年は振り返らなかった。
だが一応聞いたという意思表示なのか、ほんの少し間をあけてから
無愛想な青年は再び歩き出し、大きな門をくぐって1人大きな塔の中へと入っていく。

出会い方から別れ方までなんだかそっけなかったが、何だからしいなと
付き合いが長いわけでもないのにジュンヤは思った。

だがそのそっけない青年が実は先程の会話の中に

『・・来るか?』

という彼にしては非常に珍しい言葉を組み込もうとしていた事までは
知ることは出来なかった。

「・・・さてと、じゃあ俺達もあのお兄さんみたいに頑張って帰る方法、探さないとな」

クールに見えて実はハングリースピリッツ旺盛だった青年の事を思い出しながら
ジュンヤはただ沈黙を守っていた黒い騎士と一緒に、青年とは別の方へと歩き出す。

その向かう方向はそれぞれまったく別だったのだが
しかしここで待っている運命というか因縁の糸というものは
そう簡単にこの少年と塔に入った青年を自由にはしてくれない。

けれどそんな事をまったく知らない少年と同じく塔の中へ入っていった青年は
それぞれまだ何も知らないままに各自で別の道を歩き出した。

その時薄々その事に気付いていたのは、ストック内でずっと沈黙しているダンテと
ちらと一度だけ塔を振り返ったブラックライダーぐらいだった。




「・・・しっかし・・・これは・・ないよなぁ・・・」

だが魔界とか言う物騒なものから離れたくて別の道を歩き出してはみたものの
塔の外周にあったものはというと・・・ただひたすらの廃墟だった。

ボルテクスも似たようなものだから、Sターミナルの1つくらいはあるかと思ってみたが
なんというかその周囲全体、あの塔のために根こそぎ崩壊されられたかのように
そこは本当に全てが壊れたガレキの山と化していた。

「なんていうか・・もうちょっと良心的な壊れ方ってのはないのかな。
 電車が動いてるとか案内所が残ってるとか
 まだ生きてるターミナルがあるとかせめてアマラに続いてる穴が空いてるとか」

そんな無茶なと心の中でツッコミつつ
ブラックライダーはジュンヤより少し上空で空の目を周囲に向けていたが
やはりどこを見ようが収穫は薄いらしく、その目はすぐジュンヤに戻ってきて
無言で首をふるという見ただけで結果の分かるリアクションをくれる。

「・・やっぱりさっきのお兄さんともう少し行動するべきだったかな。
 ・・いやでも魔界とか言ってたし、邪魔するなとか言ってたし・・・」

考えてみればあの態度に気圧されていて思いつかなかったが
ここがどこかぐらいの事はちゃんと聞いておくべきだったかもしれない。
だが仮に聞いたとしてもここがボルテクスでない以上どうにかできる見込みは薄いし
あんな性格の人がこちらの都合に合わせ親切に手を貸してくれるとも思えない。

「それに・・急いでたみたいだしなぁ・・」

そこらにあった横倒しのドラム缶に腰掛け
ジュンヤは少し遠くなったがやはり天まで届くほどの高さのある大きな塔を見上げた。

元いた所に帰りたいんですけど、と言えば『知るか。自力でなんとかしろ』と言われそうだし
言ったところで話自体聞いてくれるかどうかすら疑問だし。

「・・・悪魔に人脈があっても人間の方はからっきしなんだよなぁ俺って。
 まぁ悪魔なんだからしょうがないけど」

と、ジュンヤはちょうど近くに腰掛けていた人影に苦笑いを・・・

「・・・
うわーーッ!?

だが何気なく話しかけたそれは人間ではなかったため
ジュンヤはかなり変な格好のままそこから転がるように飛び退いた。

それは黒いボロ切れをまとい大きな鎌を持った、人の形はしているが明らかに人と違う何か。

多少形は違うがそれはあの生き物の中で遭遇した悪魔に似ているので
それもここでの悪魔に分類される者だろう。

だがその黒いボロの悪魔。さっきあの大きな生き物の体内で会った時のように
変な声を上げつつよたよたと襲ってくるかと思ったが
その悪魔、飛び退いたジュンヤにはなぜか見向きもせず
同じ場所でただ座り込んだまま動こうとしない。

「・・・あれ?」

不思議に思って前に回り、そっと近づいて目の前で手を振ってみても
その悪魔、何かを待っているかのようにぼんやりと座り込んだまま
その場からまったく動こうとしなかった。

見た目によっては『はーしんど』と座り込んでいるようにも見えるが。

ともかく襲ってくる気配がないのでジュンヤは緊張を解いて
後で黙っているブラックライダーを見上げた。

「・・さっきの悪魔と・・違うのか?」

しかし寡黙な騎士が返した返事はこんな言葉だ。

「・・・主・・・我らも悪魔だ・・・」

それはついつい忘れがちになるが、ボルテクスでもそうでない場所でも当たり前の話。

つまりブラックライダーが言おうとしていることは
それは確かに悪魔だが、こちらも悪魔なのだから襲ってこないのだと言うことらしい。

「あ・・そう言えば・・そうだっけな」

さっきはちょっと凶悪な・・いや、ちょっと物騒な人と一緒に歩いてたからなと
ジュンヤは少しホッとして、さっきからじっと動かない黒ボロ切れの悪魔に
それじゃと軽く手を振ってその場を離れた。

だがそこでジュンヤは1つの疑問に突き当たり、いくらか軽くなった足取りを突然止める。

よく考えてみれば妙だ。
あの青いコートの青年、人間なのは見た目と今の悪魔の反応の仕方で分かったが
しかし人間にしては不可解な点が多すぎやしなかったろうか。

悪魔相手に一歩も引かず
大きな虫に追いかけられようがレーザーで焼かれようが
何があっても動じなかったあの異常なまでの度胸といい・・
百歩ゆずって異形の生き物相手に生身で戦いを挑む度胸はいいとして
自分の背丈よりも高くジャンプしたり殺傷力のある青白い剣を簡単に作ったりと
冷静になって考えてみればあの青年、どう考えても人間では・・

『少年』

「うわっ?!」

だが色々考えていたことは突然聞こえたストックから聞こえてきた
ぼそっとした呼び声によって粉々に吹っ飛び
ついでにいきなり大声を出したためさっきの悪魔が1人でビクッとして
しばらく後、また何事もなかったかのように元の体勢に戻る。

それはともかく、その声の主は言い方からして誰なのかは言うまでもない。

「なっ・・・なんだよダンテさん!いきなり声かけるな!何考えてたか忘れただろ!」
『悪いな。今ちょっと思い出したことがあってな』

いつもの事だがダンテの謝罪には謝罪感がこれっぽっちものっていない。

だが次に言われたセリフはもうちょっと真剣に謝れとか
反省してる感が全然見受けられないとかいう説教をやめさせるには十分な言葉だった。

『オレは・・・ここを知ってる』

その一瞬、言いたいことは何でも言うダンテの言い方が少し言いよどむようだったのを
内容にばかり気を持っていかれていたジュンヤは気付かなかった。

「え!?ホントに!?」
『こんな時に嘘ついてどうする。
 詳しい道は思い出しながらになるだろうが・・大まかな道と行き先なら分かる』
「・・なんだ。それならそうと早く・・・」

いや、しかし待て。

こんな事になるきっかけになった張本人が
それを打開できるというのはどうも都合が良すぎて胡散臭くないだろうか。

それを気配で察したのだろう。ストック謹慎を言いつけられていた魔人は
少しばかりなだめるような気配を見せて言葉を続けた。

『・・そう警戒するな。オレだってそう厄介に厄介を上塗りできるほど器用じゃ・・』
「嘘つけ」
「・・・即答か。・・あのな少年、オレは便利屋だぞ。
 トラブってナンボの時も時もあればそれを解決させてトンボの時も・・」
「黙れ悪徳商法人。ナンボだろ逃げてどうする。
 俺はダンテさんと違って一般人なんだからその手の事に巻き込まれるのはもうウンザリ」
「・・・少年、人の好意ってのは暖かいうちに受け取っておかないと
 冷えたらロクでもない代物に化ける可能性もあるんだぜ?」
「知ってる。ダンテさんのくれるものはメギドの石とかセキレイの羽とか
 いりもしない厄介事とか大体ほとんどロクでもない物ばっかりだから」
『・・・・・・・』
「・・・・・・・」

パン! 
ビシ!!

虚空から飛んできた弾丸がジュンヤの頬をかすめて背後の壁に穴を空ける。

・・・あ・・・マズイ・・・と横で見ていたブラックライダーは思った。
しかしこういった時のジュンヤの行動力に追いつけた者は誰もいない。

バシュ! 
びたん!!

そして直後、ぶんとふられた細い腕が
ストック内で発砲しやがったハンターを近くの壁に叩きつけて召喚した。

表情のない骸骨が額を押さえ、無言でうつむく。

こうなるとしばらく放置しておかないと
下手に手を出してはこちらが下手なケガをするほどに両者の力量は高い。

まぁそれから後は・・・色々すったもんだして
その周囲の壊れ方がもっと悲惨な状況になったりしたのだが
最終的には2人とも消耗したところをブラックライダーの絶対零度で軽く凍らされ

「・・・・え〜・・・それで・・・俺達・・・・何してたんだっけ?」
「・・・・知るか・・・とりあえず・・・
 語るにもバカバカしい事で・・・ケンカしてたのは・・確かな気がする」
「・・・あぁ・・うん・・俺もそう思う」

と、両方とも肩で息をしながら凄くもっともな事にようやく気がついた。




それからジュンヤは超しぶしぶながらもダンテの案内をあてにして進む事になった。

ダンテの話だとこの周辺はもう何もなく、戻る方法があるとすれば・・
やっぱりというかなんというか、あの物騒そうな塔の中にしかないだろうとの事。

そして一度は離れようとしていた不吉な建物の中に
ジュンヤ達は結局そろって足を踏み入れる事になった。

しかし塔というのはただ螺旋状に階段があるだけかと思いきや
その塔の内部はずいぶんと複雑な作りになっていて
内部を知っていると言ったダンテも時々足を止めてあたりを見回し
考え考えしながら進まないと、どこをどう進んでいいか分からないほど
そこはやたら複雑な作りになっていた。

「すみませーーん!どなたかいませんかーー!」

延々と螺旋階段を歩き、ようやく入った大きな扉。
片方に橋があったような崖、片方に扉のある場所でダンテが道を思い出している間
ジュンヤはダメで元々、誰に言うでもなく叫んでみたが
さすがにこんな複雑でデカイ塔に元から住んでいる物好きはいないのか
返ってくるのは自分の声のエコーだけ。

誰もいない事にはボルテクスで慣れたつもりだったが
さっき個性的な人に会ってしまったためか、やはりこうなると多少心細さを感じてしまう。

す・み・ま・せーーん!!勝手に入り込んでおいてなんですけど
 誰か1人くらいはいてくださーい!
 でないとここからどう出て行ったらいいかも分からないんですけどーー!!」

どーどーどー・・とそのヤケクソ気味の声はやっぱり誰の反応もないまま
壁に反射して語尾の方だけ返ってくる。
下に見える崖にいたってはそこそこ深いのか
自分の声がそのまま落ちていって返ってくる気配もない。

・・・まさかさっきのお兄さん・・・落ちたりしてないよな。

そう思って恐る恐るその穴をのぞき込みつつ、ジュンヤは今度はこう叫んでみた。

おーーーーーい!!
 さっきの態度も目つきも性格も怖いお兄さーー・・!!」
「おい」


ごん


などと色々やっていたら後からゲンコツが落ちてくる。
そう言えばあの青いコートの青年の事ばかり考えていて
こっちの赤いコートの事をすっかり忘れていた。

「・・いっ
てー!なんだよ!急に殴るなよ!」
「1人漫才を止めてやったんだろ文句言うな」
「・・・・・・。・・・で?ここから先への行き方は?思い出せたのか?」
「あぁ。それについてなんだがな少年」
「ん?」
「実はオレは今から少しやりたい事があるんだが・・
 少しの間だけでも自由行動ってのは無理な相談か?」

頭を押さえていたジュンヤの目が丸くなり、次の瞬間当然のごとく怒り出した。

無理に決まってるだろバカ!!
 そもそもこんな事態になったのはダンテさんのせいだろ!!
 単独行動なんかしてこれ以上ややこしい事になったらどうするつもりだ!!」
「・・やっぱり無理か?」
当たり前だ!!大体道案内が別行動してどうるするんだよ!!」

ダンテは困ったように肩をすくめ、なぜかジュンヤではなく
先程から黙って成り行きを見守っていたブラックライダーを見た。

その無口な魔人はずっと黙ってはいるが、何となく分かっているのだろう。

ここが何であるのか。さっき別れた青年が何なのか。
ダンテが無理を承知でどうしてそんな事を言い出したのか。
そしてダンテが1人で何をしようとしているのかも。

ブラックライダーは見た目には分からないがしばらく考え
ふいと顎を横にしゃくるような動作をした。

『・・・行け』

黒い魔人は何も言わなかったが、彼は確かにそう言った。

ダンテは少しホッとしたような顔をし、何を思ったのかすっと手を伸ばし
まだ何か怒鳴りたそうなジュンヤの頭に手をおいてくしゃと撫でた。

「・・・な・・なんだよ」

その感触がやたら優しいのでジュンヤが困惑したように聞くが
ダンテはどこか寂しそうな苦笑を返して


「・・・・・悪い・・な」


それだけ言って手を離し、何を思ったのかとん・・と軽く
ジュンヤの肩を後へ押した。

え?と思ってジュンヤは数歩後へさがるが
それは数歩もいかないうちに何もない空中を踏む。

そう言えば怒っていて気がつかなかったが、確か後は崖になっていたはず。

そう思った時にはもうダンテの姿はもう随分上へと遠ざかりはじめていて
ジュンヤはさっき自分がのぞき込んでいた谷底へと落下していた。

そしてブラックライダーが岸を蹴って追いかけてくる様子を最後に
視界の全てが暗闇に染まる。

ジュンヤは何が起こったのかしばらく理解できなかった。

だってあの間際に言ったダンテの言葉が
なんだかやたらと短いくせに、なぜか今までで一番申し訳なさそうな
本当に心から悪そうに思っているような言葉だったから。

だからこれから自分がどうなるかとか
ダンテがこれからどうするつもりなのかとか
そんな事を色々と考える事も余裕もなく
意外とあっさりした衝撃の後、ジュンヤの意識はぷっつり途切れた。



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