どこかで誰かが暴れるような音がする。
それは近いようで遠い、不思議な音で、ぼんやりしながら夢でも見てるのかなと思ったが
それは今のところ真っ暗な中で音だけしか聞こえてこない。
じゃあ何なのかなと思っていると騒々しい音は急にやんで
遠いような近いような距離で誰かの声がする。
『・・一応帰り道はついてるのか。
しっかし自分から招待しておいて回りくどい兄貴だな、まったく』
そしてシュンという音を最後にそこは急に静かになった。
何だろう。誰だろう。俺に気付かなかったのかな。
それともこれは夢なのかな。
そんな事を考えていると、とんと肘を何かに押される。
それは今さっき聞いていた喧騒よりはいくらかハッキリした感覚だったので
ジュンヤはそこでようやく閉じていた目を開けた。
まず目に入ったのは自分が勝手にクロと名付けた黒馬の青い目だ。
さらに視線を上にやるといつも通り天秤を手にしたまま
無言でこちらを見ているブラックライダー。
どうやら落ちた拍子にはぐれる事だけはなかったようだとジュンヤはホッとする。
そしてそこは下の見えないくらいの穴の底だったのに
一番下にはどういったわけかちゃんとした明かりがあって
そう手の先も見えないほど真っ暗ではないのに続けてホッとした。
・・・のだが・・・
カチャ
「・・ん?」
安心して起き上がろうとした手の下で何か固い物が音を立てる。
何気なく下を見ると、それはおそらく上から落ちたものが
長い長い年月をかけてつもりにつもったものだろう。
小さな部屋のようになっているその場所には
ブラックライダーとかマザーハーロットの残骸みたいな物が
下も見えないほどにみっちり一杯敷き詰められ・・・
・・・・・・・。
「ぅ
わーーーーー!!?」
文字通り飛び起きて黒馬の首にしがみつき
嘘だろう冗談だろうと思いつつ祈るような気持ちで改めて下を見ると・・・
下にあった固い物は、やはり全て人骨だ。
しかも1つや2つではない。
それは床一面、足の踏み場もないほどの量で
床に収まらない分は壁の格子のような所からもこんもりあふれ出て坂になるほど
とにかくもう異常なほどの量でそこに積み上げられていた。
ダンテをのぞく魔人達の関係で骨はある程度見慣れてはいるが
さすがにこんな異常な量と遭遇したことはない。
「な・・!なん・・で・・こんな・・!」
「・・・ここへ侵入した者の・・・成れの果てだ・・・」
混乱するジュンヤを馬上に引き上げながら黒い魔人が冷静に説明してくれる。
なるほど、道理でいくらわめいても誰も答えてくれないわけだ。
ジュンヤはしばらく胸を押さえたまま軽く息を乱していたが
しばらくして何度かゆっくりと深呼吸を繰り返し自分を落ちつかせると
もう答えることのできなくなった無数の先客達に向かって黙って手を合わせた。
そうして落ちついてからぐるりと周囲を見回してみると
そこはさほど大きくない部屋になっていて上からはそう多くはない水が流れて来ている。
そこは塔のかなり下の部分になる場所になるのだろうが
見た所扉も階段もハシゴもまったくなくないので
ここはおそらく上から落ちた者がただ行き着くためだけにある場所なのだろう。
だが部屋の中央に丸く光る場所があって、光りは遙か上へ続いているようだ。
そう言えば先程聞こえた声の様子から推測すると
これが一応の帰り道ということになるらしいが・・・。
「・・!ちょっと待て!ダンテさんは!?」
だがどこを見回してもあの赤いコートは見当たらない。
それは当然だ。なにせジュンヤをこんな所へ突き落としたのが
その探している本人なのだから。
そう頭が認識すると当然ながら怒りもこみ上げてきて
ジュンヤは真っ暗で何も見えない上を睨み、届きもしない拳を上げた。
「・・あんの・・!疫病ハンター!!一度ならず二度までもー!!
しかも出してやった仕打ちがこれかーー!!」
大声のためか壁際に積み上がっていた骸骨がいくつかコロコロ転がり落ち
それとあまり変わらない顔をしているブラックライダーが黙ってその様子を見守る。
「何が自由行動だ!!何が悪いだ
大バカ!!
悪いと思うなら最初っからするな
バカ!!
いつもいつも人の困る事ばっかりして!!
何考えてんだよヘタレハンター!!」
と、苛立ちのあまり前にあった黒馬のたてがみをむしりそうになったが
なんとか思い直して自分の頭をかきむしる。
「ふざけんなバカ!!何様だよ自己中ハンター!!
1人ってなんだよ!!やりたい事ってなんだ!!
そりゃ俺をこんな所に突き落としてまでしたい事なのかよ!!
大体・・!!」
だがしばらくして頭をガリガリやっていた手が
何を思ったのか急に力をなくしてぽてと前へ落ちる。
「・・大体・・!こんな所で、たった1人で何しようっていうんだよ・・!
そりゃ少しは知ってる場所なのかもしれないけど・・!
なんで・・・・俺に何も言ってくれないんだよ・・・」
今度は急に静かになったためか、また壁際から骸骨が1つコロリと転がり落ちる。
ブラックライダーはそれでも黙ったまま、前に乗った主人の指示を待っていた。
ダンテは口が軽いように見えるがあまり自分の事については詳しく話さなかった。
悪魔を狩るデビルハンターであること。悪魔と人のハーフであること。
表世界では便利屋をしていて甘党である事。
それ以外については実の所、ジュンヤもダンテについての詳しい事は知らないままだ。
それは別に知らなくてもいい事なのかも知れない。
ダンテだって話したくない事の一つや二つくらいあるだろうし
半分人間だというのなら土足で踏みこんで入って欲しくない領域だってあるだろう。
けど・・・
・・・俺・・・まだ信用されてないのかな・・・
キイ
沈みかけていたジュンヤ横から聞き慣れた音がする。
ふと横を見ると見慣れた天秤があって
それは部屋の中央で光を放ち続けている場所を指していた。
身体をひねって後ろを見ると
部屋一杯にしきつめられている物にローブをつけたような
表情の存在しない不気味な白い顔があるだけ。
だがその無口な骸骨が今言いたいことはたった1つしかないだろう。
『俺は無駄な時間が嫌いだ』
それはここへ来る時に会った青年の言葉だ。
結局あの青年に関しては正体も名前も知る事はできなかったが
あの青年があの時どうしてそんなことを平然と言い切ったのか
今なら少し分かる気がした。
こんな所でじっとしていても何も解決しはしない。
まして1人で沈んでいたところで何の利益にもなりはしない。
こんな所でぼんやりしている時間があるのなら
あの災厄ハンターを探し出し、一発でも蹴りを当てる方がよっぽど建設的だ。
ジュンヤはその白い顔をしばらく凝視していたが、急に目の色を強くして
「・・行こう!」
そう言って黙って命令を待っていた黒ずくめの騎士に向かい
短くも重要な指示を下した。
ダンテを探すか青いコートの青年を探すかはまだ決めていないが
とにかく今はここから出ることが先決だ。
「・・・承知・・・」
ブラックライダーはいつも通り静かに
だが聞き慣れた者にすればとても確かに聞こえる返事を返し
手にしていた手綱を引いた。
ゴッゴッゴッ
頑丈なブーツが同じく頑丈な床と激しく接触し、規則正しく固い音を立てる。
ゴッゴッ ガツ! ドン! ゴッ ザァ・・
その音は時々何かを斬る音と銃の音
さらに何かが崩れ落ちるような音をまぜつつ先へ先へ、ただもくもくと移動していた。
ドガン!!
蹴り壊す勢いで開けた扉をくぐり、ダンテは無言のままさらに先へ進む。
時々出てくる悪魔には、彼にしてはめずらしく
進路の邪魔になりそうなもの以外はほぼ無視し
ただひたすら、かすかな記憶を頼りにしてダンテはとにかく塔の上を目指していた。
今さら会ってどうするのか。
会ってからどうするのか。
あの時出来なかった事を今しょうとでもいうのか。
そうなると今の自分は一体どうなるのか。
だが今のダンテにとって、そんな事のどれでもどうでもよかった。
これはストック内で考えに考えたダンテなりの結果だ。
過去の自分の尻ぬぐいをするつもりはサラサラない。
過去がどうあれ、今がどうなろうが、やはり自分はあれに会わなければならない。
会ってからの事は考えていないが、信じてもらえないかもしれないが
鼻で笑われるだけかもしれないが・・
それでも自分は・・やっぱりアイツに会わなければならない。
だって彼は多少の利害関係があったとは言えジュンヤを斬らなかったのだ。
人とも悪魔ともつかないジュンヤを斬らなかった。
ある意味自分を戒めるかのような存在を斬らずに生かした。
それはつまり・・・彼がまだこちら側から足を離していない証拠だ。
ドン!
進路上に出てきた悪魔に銃弾を叩き込み
その残骸に目もくれずダンテはただただ前へ進む。
「・・・とは言え・・・」
歩きながらの口のはじに、知らずと皮肉めいた笑みが浮かぶ。
事情はどうあれ、アンタとオレの事だ。
話すとかどうとか言う前にやっぱり殺し合いになるのかもしれないがな。
進路をまっすぐに保ったままダンテは悪魔を淡々と排除しながら
昔の記憶を頼りに迷路のような塔を進んでいく。
しかしダンテはこの時、ただ前に進むことだけを考えていてある重大な事を忘れていた。
ダンテが向かっていたのはここで彼と初めて会った塔の頂上。
だがあの巨魔から脱出した時、彼が向かう先はそのまったく逆
つまり塔の下層部になっていたのだ。
そして・・・
それは誰もがまったく予想しないタイミングで唐突にやって来た。
・・・ブルルル
それはいつも大人しいはずのクロの鋭い嘶きから始まった。
クロは主人と同じくもの静かで鳴き声もほどんど立てない馬だ。
だがそのクロが何を感じたのか珍しく馬らしい声をたて
落ち着かない様子であたりに首をめぐらせる。
「・・?どうしたク・・」
ゴゴン
螺旋階段を上っていたジュンヤがそれに気付いて声をかけようとした時
その異変はようやく耳に聞こえるものとして入ってきた。
それは最初少し地面が揺れたくらいで小さな地震かと思った。
だがその地震はおさまるどころかどんどん大きくなり・・
ゴゴゴ・・
ドドドドド・・ガガガガガ!!
「え!?わッ!?なんだなんだ?!」
地面に手をついて頭をかばってみるがそこかしこから
最初はつもったホコリ、小石、そして次第にもろくなった壁などを落としつつ
その地震は立っているのも難しくなるほどの振動へと発展していく。
「・・・愚かな・・・」
ブラックライダーが上を見上げながら小さくつぶやく。
だがその小さなつぶやきをよそに迷路のような塔は勝手に派手に動き続けた。
最も変化が激しかったのは塔の中心付近だ。
一体どういった仕組みなのか塔の中央が下から上へと
まるで口紅を上へ出すかのようにせり上がり、元あった場所を所々破壊しつつ
上へ上へ、元あった高さよりももっと上へ伸びようと形を変えていく。
もちろんその一連の動作は周りに何がいるかとか誰が残っているかとか
そんな事を配慮した動きなどまったくもってしていない。
ジュンヤ達がいた場所もねじり上がる中央部の犠牲になり
進もうとしていた道が切断され、足元にあった床が突然下へ向かって落ち始める。
「って!また落ちるのかーーー!?」
落ちるのにもいい加減慣れたつもりだが
そろそろ登ってはまた落ちるというサイクルはどうにかならないものだろうか。
しかし今回の落下はただ落ちるという事だけはしなかった。
ぱし!
「っとと・・!」
もう何回目かになる落下感の中、即座に手を掴んで馬上に引き上げてくれたのは
言うまでもなくブラックライダーだ。
ジュンヤを引き上げ、落ちてくる破片を器用にかわし始めた黒い馬は
普通に落ちるよりもいくらかゆっくりしたスピードで下へと向かっている。
確かに下手に崩壊に逆らって上へ上がるより
この異変が落ちつくまで下に降りていた方が安全かも知れない。
だがそんな事を考えていたジュンヤの視界に
ほんの一瞬だがどこかで見たような物が入ってくる。
何だと思って見ると徐々に暗闇に飲まれようとしている壁のはじ
崩れて突き出た所に何かがかろうじて引っかかって止まっている。
それは一見して上から落ちてきたカーテンかボロ切れのように見えたが・・
「・・?!」
だがその鮮明な青色はあの肉質で不気味な赤の中、ずっと見ていた唯一の青だ。
そう簡単に見間違えるわけがない。
「
ブラック!!」
認識すると同時にジュンヤは叫んだ。
ちゃんとした命令も指示も何もなかったが
長い間連れそった寡黙な騎士はその短い言葉だけで瞬時に動いた。
落ちてくるガレキをかわし、くぐりぬけ、時に足場にして
普段とは段違いの動作で宙を駆ける。
だがもう少しというところで引っかかっていた青い『彼』は
やまない轟音に気付く様子もまったく見せないまま
ぽきりと崩れたその場所と一緒に下へ落ちた。
「こん・・
ちくしょぉーーー!!」
黒馬の背を蹴ってジュンヤは飛んだ。
飛べもしないのに飛んでどうするつもりなのかも考えず
とにかくジュンヤは渾身の力を込めてそれに向かって飛んだ。
幸い何も考えずに飛んだおかげか、ギリギリの所で手が届く。
だが掴んだその手は思いがけず冷たく
かなり乱暴に掴んだというのに反応がまったく返ってこない。
「・・お兄さ・・!!」
「・・・主・・・」
何か言おうとしたジュンヤの声が、すぐ近くからきた聞き慣れた声によって遮られる。
なんだこの忙しい時にと思いつつそちらを見ると
いつもの天秤に冷気をためて上を見上げているブラックライダー。
まさかと思って上を見ると
どこから落ちてきたのか装飾のほどこされた立派で大きな階段が
避けきれない距離にまで迫ってきていた。
そしてブラックライダーはいつもと変わらない口調で
でもこんな騒ぎの中でもやけにハッキリ聞こえる声でこう言った。
「・・・目を閉じて・・・備えよ・・・」
飾り気のない質素な天秤が、まるで魔力に震えるかのようにカタカタとゆれる。
付き合いが長いので何をするのか瞬時に理解したジュンヤは
ぐったりしたままの青いコートを守るように抱き込んで
言われた通り目を閉じて出来る限りの防御姿勢をとった。
上はたくさんのガレキ、下はまだ見えていなかった。
それはどう考えても絶望的な状況なのだが
ジュンヤの心境はどちらかというと楽観的な方に片寄っていた。
・・あぁ、なんで俺の行く先々にはこんな状況ばっかり待ってるんだろう。
いや、これって半分くらいはダンテさんの責任なんだろうな。
しかしこの混乱を起こした原因の大半は
今ここにいる青年なのだということを少年は知らなかった
とにかく巻き込んでごめんなさい。
後でちゃんと謝るから、できれば怒らずにちゃんと聞いて下さい。
などと考えている間に周囲の温度が急激に下がり、五感の全てが凍っていく。
上の方で氷とガレキが接触して派手な音を立てたが
直接ぶつかるよりはマシだろうし、ブラックライダーは手加減がうまいので
落ちるにもちゃんとうまくやってくれるだろう。
そしてジュンヤは魔力で形成された氷の塊の中で
名前も知らない青年を抱いたまま、静かに意識を途切れさせた。
だがそのどこもかしこも冷たい中、必死になってかばっていた青年の身体が
まだほんの少しだけ自分より暖かかったのが
その時ジュンヤにあった唯一の安堵だった。
そしてそのころ、ダンテも塔の異変に気付き
形を変える塔の中で変化に巻き込まれないように塔内を走っていたが
その途中、目指す場所がまったく逆だった事と
自分が下に置いてきた者の事を思い出して急ブレーキをかける。
前者は今となってはどうでもいいが
後者の方はいくら頑丈な身であるとはいえ
こんな崩壊の真下にいたなら一体どうなるか。
「クソ!!」
こんな混乱の中を悠長に歩いていては間に合わない。
ダンテは迷わず崩れて外の見えていた方へ走り
そこから飛び出すと同時に全身を変貌させ全力で下へと飛んだ。
『無理に決まってるだろ
バカ!!
そもそもこんな事態になったのはダンテさんのせいだろ!!』
最後に聞いた言葉が耳に痛い。
あぁ・・・確かにバカだ。そんな事は百も承知だ。
わかってる、わかってるさ。
オマエの言ったことは何一つ間違ってない。
だから・・
バカでもなんでもいいから
とにかく無事でいろ!!
心の中で叫びながら、赤黒い悪魔は上へ伸びる塔には目もくれず
ただひたすら下へ飛ぶ。
これから上である様々な出来事とは別に
塔の下層部でもまた別の歯車達が本人達の意思と関係なく
再び同じ場所へと集まろうとしていた。
ぴちゃん
顔に冷たい物が当たり、その冷たさと音で意識が戻る。
ゆっくりと目を開けるとまず目に入ってきたのは青白い天井だ。
そこから溶けたものが顔に当たってそんな音を立てたのだろう。
さっき落ちたのとは違い、身体のあちこちが冷えて痛むが
意識が戻り痛いと感じるのは死んでいない証拠だ。
痛む身体を叱咤してジュンヤは起き上がった。
だがその拍子に何かが自分の上からずるりとずれてどさと落ちる。
「あ・・!」
それは巨魔と一緒に落ちた時とはまったく逆の状態だ。
自分のあちこちが痛むのはこれをかばっていたせいで
それと同時にあの時どうしてこの青年があんな見事な下敷きになったのかを理解して
ジュンヤは目を見開いた。
この人まさか・・!
あの時ふっ飛ばされた俺を・・かばったのか?!
あの性格と態度からしてそれは有り得ないような話だが
そうでなければあの時の状況はつじつまが合わない。
「!・・お兄さん!お兄さ・・!!」
ジュンヤは慌ててそこから剥い出し、未だに反応のない肩をゆすった。
いや、ゆすろうとした。
バチン!
「・・って!」
だが伸ばした手は何か結界のような物に阻まれて届かなかった。
なんだと思って手を引っ込めると、それは青いコートの青年を中心として展開され
雷撃のようなものを発生させながら徐々にその強さを増している。
そして慌てて離れたジュンヤの目の前で
その結界の中心にいた青年にいきなり変化が起こった。
青いコートが鱗のような模様に変わり、銀色の髪が甲殻のような物に変化し
落ちずにずっと握られていた日本刀が腕の部分に吸収される。
「・・な・・」
肌色だった手が身体と同じ鱗に包まれ、指先には鋭い爪が伸び
腰の部分からは何かが伸びてばさりと音を立てる。
それは翼だ。
だがそれはミカエルのような羽毛の翼ではない
皮膚をのばしたかのような悪魔特有の翼だ。
そしてそれがゆっくりと起き上がる。
顔の部分に肌色はない。常時鋭い目のあったそこにはもう瞳もなく
今あるのは感情のないガラスのような目があるだけだ。
この人・・・!人間じゃな・・・!
ォオオオオオォォーーーー!!!
人ではないそれが突然、鋭い牙の並んだ口で猛烈な咆哮を上げた。
それは空気を震わせ耳を裂かんばかりの鋭さで
とっさに耳を塞いでいなければしばらく何も聞こえなくなっていたかもしれない。
そして次の瞬間、完全に人ではなくなったそれが
いきなりこちらを睨んだかと思うと信じられないほどの勢いで突進してきた。
「ちょ・・ッ!!」
ギュイン!! ドガ!!
「っぐ!?!」
激しい金属音と打撃音が続けざまにして
ジュンヤはいきなり目の前に入ってきた黒い固まりと一緒に後へ弾き飛ばされた。
この状況で入ってこれる黒い固まりと言えば1つしかない。
「ブラック?!」
「・・大事ない・・だが・・」
いつも寡黙な騎士は体勢を立て直しつつ、緊張したかのように早口でこう続けた。
「・・・長くはもたんぞ・・!」
この騎士は相手の攻撃に対してのカウンタースキルを持っている。
だがそれは言い換えれば相手にも自分にも
どちらにせよ相応のダメージがいくと言うことだ。
馬の影から向こうを見ると、手痛い反撃をうけたはずの青い悪魔は
まだこちらに敵意をむき出しにするかのようなうなり声を立てている。
まずい。
このまま続ければまず間違いなくどちらかが先に倒れる。
あの青年、どうやら悪魔だったらしいのだが
だからといって今この場で戦って始末してしまうほど
ジュンヤの割り切りはよろしくなかった。
「・・ブラック、メディラマしてくれ。後はなんとかする!」
なんとかとは一体なんなのか、具体的な事は何も言わなかったが
付き合いの長い黒騎士は即座に了解して治癒のスキルを発動させる。
そしてジュンヤとブラックライダーがある程度回復した直後
青い色をしたそれが再び飛びかかってきた。
『こっちに来る事がわかってるのなら別にあわてるほどの事じゃない。
まず相手をよく見る。何をするかを予測する。そこから対処をする。
後はそれを瞬時にやって経験として覚えていけるかどうかだ。
・・まぁオマエみたいなヒヨコに出来るかどうかは、かなり疑問のある話だがな』
一瞬脳裏に浮かんだ誰かさんの薄笑いは怒気として力に変換し
ジュンヤはまず刀の軌道に魔力の剣を作って第一撃を防ぎ
それとは別の人物に教わった、とある攻撃を実戦した。
刀を握った手を掴んでねじり距離を詰め
狙いをさだめ、鼻から息を吸って歯を思いきり食いしばり
頭に全神経を集中させる。
「憤!!」
ゴッ!!
さすがにこんな所で攻撃したことはあまりないのでちょっと痛かったが
元々それなりに頑丈な身なので痛いのは一瞬だ。
だが相手は手負いだったためか、それとも元々頑丈ではなかったのか
それともムカツク奴を思い出しつつやってしまったのがいけなかったのか。
その青い悪魔は後に吹っ飛ばされ、一瞬で元の青いコートに戻ったかと思うと
頭から見事に血を噴き、またピクリとも動かなくなってしまった。
「わあぁ!?やっぱりやりすぎた!?」
そういやあの人の技って地味に見えても結構破壊力あるからなぁと思いつつ
ジュンヤはフトミミ直伝の頭突きであっさりダウンし
おまけに血を噴きつつ元に戻ったバージルに向かって駆けだした。
そしてそんなに悪いことをしたワケでもないのに
なんだかこっちに関わってしまったがため、色々と不幸な目にあっているバージルを
ブラックライダーがちょっと哀れみの目で見ていたのは余談ではあるが。
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