はたはたとどこからか人工的な風が送られてくる。
別に熱いわけではない。むしろ周囲は涼しいくらいだ。
そんな中で誰がそんな事をしているのだと思いはするが
なんだかあまり追求する気にはなれず
バージルは暗い視界の中でしばらくぼんやりしていた。
ひどく身体がだるい。
多少のダメージももろともしない身体のはずなのだが
今は何もする気が起こらないほど疲労している。
・・なぜだ?
・・あぁ、そう言えば
自分と同じような体力と腕を持ったしつこいヤツがいて
それをあしらうのにちょっと手間取った。
それで少し手傷を負って、その後・・・
その後・・・
・・・・・・・・。
ぐば!!
「なわっ!?」
力一杯跳ね起きるのと同時に横からへんな声がする。
ぎっとそちらに目をやると、どこかで見たことのある金色の目と目があった。
さらに周囲を素早く確認すると、そこはまったく知らない氷でできたような場所で
冷たい天井にはぽっかりした穴が空いていて、誰かが突破口を作っているのだろうか
そこからボリボリ音を立てて時々ガレキや氷が落ちてくる。
身に受けた傷が全て塞がっているのはおそらく今声を上げた
この色々な事ができる人型悪魔のせいだろう。
それとは別にやたらと額がズキズキするのに身に覚えがないが
とにかく確かなのは自分がまだ生きていて元いた場所とまったく関係のない
見知らぬ場所にいるという事だけ。
「えと・・・大丈夫ですか?」
そしてためらいがちに声をかけてくる悪魔を見てバージルは愕然とした。
自分が今塔の頂上におらず
塔の外に出たはずのこの悪魔と再会した。
それはつまり・・!!
「・・お兄さん?」
呆然としたまま固まるバージルにジュンヤは声をかけたが
当人はしばらくまるでこちらを見ていないかのような顔をしていたかと思うと
「・・・!!!」
ガツッ!!
突然地面に手をつき、声にならない声を上げて地面を1つ殴りつけた。
「この・・・俺が・・・っ!!」
利用していたつもりがまんまと裏をかかれ
たかが人間、しかも捨て駒同然と思っていた奴に
今までの苦労を丸々横からかっさらわれ
あげくこんな所へ叩き落とされてしまうとは。
『人間を甘く見たことだ』
耳に残る淡々としたセリフがいつも冷静な心の中をかきむしる。
「なりそこないの・・!人間ごときに・・!
今までの全てを奪われるというのか!!」
ガッと再度地面を殴った青年・・いや自分と同じ悪魔の青年は
腹の底から悔しそうにうずくまる。
一体上で何があったのかは知らないが
このボロボロだった青年の様子と崩壊した塔の状況から推測するに
この青年は自分のしようとしていた事を誰かにそのまま横取りされたらしい。
あ、それでさっき飛びかかって来たのかと思いつつ
ジュンヤはしばらくうずくまったまま何やらぶつぶつ言ってるバージルを凝視していたが
やがて何かを思いついたかのようにポケットに手を入れて
上の方で脱出口を掘っていた騎士に向かって声をかけた。
「ブラック!多少荒っぽくてもいいから早めに出口作って
もし長くて迷いそうなら目印にこれを置いてくれ!」
そう言って放り投げたいくつかの光玉は
上から降りてきた天秤にちゃりんと入ってすっと上へ消えた。
ジュンヤはそれと上から聞こえてくる音が少々激しくなったのを確認して
まだうずくまったままのバージルに目を移し
ごち
「!!
」
そこらへんに転がっていた人の頭大くらいな氷をひょいと拾い上げ
うずくまっていた白い頭めがけてぽんと落とした。
もちろん動揺している最中にそんなことをされては避けるどころの話ではない。
バージルはちょっとタンコブのできただろう頭を押さえ、当然ながらくってかかった。
「・・何をする!!」
しかしさっきまで謙虚だったはずの少年悪魔は
今度はまったく悪びれるようすもなく平然と
「や、混乱してたみたいだから頭冷やしてあげようと思って」
などと悪びれる様子もなくけろりと平気で言ってくる。
バージルは一瞬呆気にとられたが即座に目つきを鋭くして身構えた。
「貴様・・!」
「言っておきますけど今のは邪魔じゃないですよ。
だってお兄さん、どこかに行こうとしてるわけでも
何かをしようとしてたわけでもないですし」
その言葉に刀身を引き抜こうとしかけていた手が止まる。
確かに自分は邪魔をするなら容赦はしないとは言ったが
少々理不尽ながら今のは確かに邪魔をするという部類には入らない。
「上で何があったか知りませんけど
それって俺なんかには関係のない話かも知れませんけど
それを差し置いて俺が今思ったことを少しだけ言わせてもらうと・・
お兄さんが怒ってる事ってこんな所で悔しがってて解決する事ですか?」
それは今まで怒りのため気づけなかった、ごく当たり前の事。
バージルは珍しく動揺した。
それは確かに正論だ。
確かにそれはこんな行きずりのヘンな悪魔には関係のない話だが
こんな所で1人怒り狂っていても上であった問題は何1つとして解決しない。
そしてその正体のわからない変な悪魔は
こちらを真っ直ぐに見たままさらにこんなことを言った。
「お兄さんのしようとしてた事は大切な事なんでしょう?」
バージルはしばらく間を空けてしっかりとうなずく。
「絶対あきらめるつもりのない事なんですよね?」
その問いにも首は縦にふられた。
それは今の自分に必要な事だ。
たとえかつて父がここでした事と反対のことをしようとしていても
今の自分にはそれが絶対に必要だと信じているから。
だから自分はここへ来た。
自らの片割れすら踏み台にして
ただこの上にあるものを掴むためだけに。
「だったらまずここを出ましょうよ。
登った分落ちたなら、その分だけまた登ればいいじゃいですか。
もっと深く落とされたなら、その分の理不尽さを登る時の力に替えて
もっともっとがんばって登ればいい」
そしてそんな人のような悪魔のようなヘンなヤツは
こんな絶望的な状況の中でもまったく気にしていないかのような顔をして
「それにほら、こんな事言いませんか?
地獄から這い上がったヤツは物凄い強さを手に入れてるって」
まるでそんなヤツを見たことがあるかのようにそう言って悪魔は笑った。
それはあまり説得力のある話し方でもなかったのに
その悪魔が言うとなぜだかやたらに信憑性があるのが不思議だった。
「ほら、無駄な時間は嫌いだって自分で言ってましたよね。
それとも・・・まだしばらくここで1人地団駄踏んでますか?
俺はそこまでは付き合いませんよ?」
そう言ってされた手を広げて肩をすくめる動作にバージルはかちんと来た。
それもそのはず、それはこれから先片自分の割れが
相手を挑発する時にする動作なのだから腹が立たないはずがない。
この悪魔、ついこの前まで自分の後からついてくるだけだと思っていたが
今度はこちらを挑発するつもりらしい。
一瞬バージルの怒りの矛先が目の前の悪魔に向かい
一度抜かれると何かを斬らずにはいられない物騒な刀身が少し姿を見せるが
それはしばらくして抜かれることなく元の鞘にパチンと収まる。
そしてバージルはさっきまでボロボロだった身のことも忘れて
すっくと真っ直ぐに立ち上がり、確かめるように軽く身体を動かした。
閻魔刀。ある。
手足、ちゃんと全部ついている。
出血もない。骨も全部正常。傷は全てふさがっている。
ちょっと額と頭はズキズキするが・・気にしなければいいだけの事だ。
確かに上であった不覚は間違いなく不覚だ。
だが不覚を取ったとは言え、自分はまだ何も失ってはいない。
元ある力も意思も魂も、まだここにちゃんとある。
自分を出し抜いた人間は言った。
自分の敗因は人間を甘く見た事だと。
ならばその言葉、そっくりそのまま叩き返すまで!!
呆然としていたようなバージルの目に
何者にも消せないような強い光が戻ってきた。
「・・つまらん時間をくったな」
本当につまらなそうにそう言ってコートのホコリをはたいている彼は
もういつもの冷静で真っ直ぐな彼に戻っている。
そして丁度その時上への工事も終わったのか
断続的にしていた音がピタリとしなくなった。
「落ちてからどれだけ時間が経過した?」
「太陽がないからわかりませんけど・・そう長くはたってないです」
「塔に変化は?」
「さっきからピクリとも」
「・・・よし」
間に合うかどうかはわからないが
とにかく今は取られた分の時間を取り返す方が先だ。
バージルは身体を軽く動かして調子を確かめると
ブラックライダーの作った脱出口に向かって歩き出した。
・・かと思ったら
数歩いった所でムッとしたようにジュンヤの方をふり返り
「・・・」
なぜだか無言で手を出してきた。
ジュンヤが意味を計りかねて首をかしげると
あまり歳には似合わない眉間のしわがさらに深くなり
「・・・なにを呆けている。貴様のない脚力でここを登り切るのに
一体どれだけの時間がかかると思っている」
と、不機嫌気味な声で分かりにくい説明が追加された。
それはおそらく色々な意味が込められているのだろう。
お前は足が遅くて高低差に弱いだろとか
俺を焚き付けた本人が俺の後からダラダラついてくるつもりかとか
そんなヤツでも一応恩があるから捨てていかないとか
早くしないと無理矢理にでも引っ張り上げるぞとか
俺は無駄な時間が嫌いだと何度言ってるとか
・・・まぁそれはつまり、気むずかしい彼の性格を総合して言うと
一緒に出るからさっさと来い、という手だ。
ジュンヤはしばらくその差し出された手とバージルを交互に見て。
「・・!」
ちょっと元気が良いくらいに勢いよくその手を掴んだ。
その手はちょっと血で汚れて
あまりたくましくもなかったり
あまり暖かいとも言えないような手だったが
その手は初めて触れるというのにどこかで触れた事のあるような
そしてこれから先もずっとずっと縁が続く事になりそうな・・
そんな不思議な手だった。
地中から伸びた塔の横、螺旋状のもようがついた新しい塔の一部のそば
新しい部分には関心を持たず、ブラックライダーはその横に空いていた穴の中を
ただじっとのぞき込んでいた。
もう少しすれば下から人が2人ほど上がってくる。
だが置いてきてしまったが主人の足では
ここまで登ってくるまで少し時間がかかるのではないかと思っ・・
ブン!!
がん!!
「う゛ッ!?」
迎えに戻ろうかなとさらにのぞき込んだ時
下から飛んできた何かと激突する。
それは結構まともにぶつかったがなんとか落ちず
引っ張っていた少年の手を離すことなく自分の少し後に着地した。
打った頭をうずくまって押さえている所を見ると
激突したのはわざとではないらしい。
・・・業か・・・
その気はないけどそう言ったスキルに優れてるのは誰かと同じだと
じんじんする顎を押さえながらブラックライダーは思った。
で、そんな中唯一難を逃れたジュンヤは
なんとなくどっちに声をかけるのも気が引けるので
ちょっと落ちつくまでそっとしておいてやろうと目を明後日の方へそらした。
そしてその先で目に入ったのはさっきの地震の原因だろう塔の真部。
それは真新しい光りを放ちながら下から突き出て
ずっとずっと上の方まで伸びている。
今しがた最古参とぶつかった彼はどうやらあれから落とされたらしく
よく死ななかったなものだと自分がギリギリで助けたことも忘れて感心する。
そしてそう思う自分もある日突然悪魔にされ
住み慣れた東京をボルテクスという世界に変えられ
そのまっただ中にいきなり放り出された身なのだが
人というものはあまり自分を客観的に見る能力がない。
ふと横を見ると頭を押さえてうずくまっていたバージルが立ち上がって
まだ頭をさすりつつもジュンヤと同じように塔の上を見上げていた。
「・・・行くんですね」
もう落ちついたかなと思ってジュンヤがそう聞くと
上を見上げたまま青年は迷いなく答えた。。
「当然だ。俺は・・そのためにまだ生きている」
それままるで一度死んだかのような言い回しだが
この青年はそれほど死線をくぐりぬけてきたかのような気配もあり
そんな言い方にもあまり違和感がない。
「それを思い出させるきっかけが、お前のような悪魔とは皮肉な話だが・・」
いくらか鋭さのなくなった目がジュンヤの方を見る。
人の部分を捨てようとして父の意思に逆らい、実の弟を踏み越えて
利用していたはずの人間にまんまとはめられた後に
こんな自分とはまったく逆の人みたいな悪魔に
背中を押されることになるとは・・
本当に・・・皮肉な話だがな。
その時バージルは気付かなかった。
人の部分を捨てたと思っていたはずの彼は
自分とはまったく逆のような、悪魔だけど人みたいというヘンな悪魔を見ながら
なぜか知らずと笑っていた。
ジュンヤは少し驚いたが、しばらくして自然と笑い返し
バージルも何も言わず、どこか苦笑のような呆れ笑いのような顔を向けてくる。
お互い名前も素性も知らないのに
あまり会ってから時間もたっていないはずなのに
なぜかこの瞬間、2人の心は確かに通じていた。
それがどうしてなのかはまだ誰にも分からないが
やがてバージルはふっと笑みを消し、静かにコートをひるがえすと
少し遠くに見えていた扉の方へと歩き出す。
ジュンヤはそれを黙って見送った。
彼がこの先どうなるかをジュンヤは知らない。
知っていれば止めたかもしれない。
けれどその背中はたとえ事情を知っていたとしても
あまり止める気も起こさせないかのようなまったく迷いのないものだ。
それに彼は最後にちゃんと笑ったのだ。
自分でその道を選んで自分で満足して進もうとしているのだから
他人の自分が止める必要などどこにもない。
だが・・
「あの!」
これで2度目になるその言葉に
今度は足が止まるのと一緒に顔も一緒にこちらを向く。
声からしてこちらの邪魔をする気はないのだとわかったのか
それともこの悪魔の言うことは色々と馬鹿にできないと感じたのか。
とにかくジュンヤは最初に会った時よりいくらか棘のなくなった
でもまだちょっと目つきの怖い青年に、今度はこんな言葉を投げかけた。
「もし今度会うことがあったら・・名前、教えて下さいね!」
そんな今さらでバカバカしい質問に
遠目にだったが真一文字に閉じられていた口が
再び笑みの形を作る。
「・・・その時お前がまだ生きていたのならな」
まるで自分が死ぬことなどまったくないといった風にそう言い残し
名前も知らない青年は青いコートを優雅にひるがえすと
重厚な扉の間へ消えていく。
それは約束というには確証も何もない、少し頼りなげな約束だったが
それはここからは随分と後、どちらも色々な事を乗り越えた後になって
思いもしなかった形で実現する事になる。
それまでには随分と複雑な事情や経験が入り組み
今日ここであった事などジュンヤもバージルも
お互いいつの間にか忘れてしまう事になるのだが
だが実の所、そんな事は2人にとってどうでもいい話なのだ。
要はちゃんと生きて再び会えるかどうか。
重要なのはたった1つ
それだけの簡単なようで実は難しい
たった1つだけなの事なのだから。
「・・・生きていたら・・・か」
確かに悪魔というのは色々物騒な事態に遭遇しやすく
今日や明日命があるかどうかというのは曖昧かもしれない。
だがジュンヤは頭の後で手を組んで
横でちょっとひびの入った顎をさすっているブラックライダーを見上げた。
「でも悪いけど俺、見た目に反して意外としぶといんだからな」
そう言って見た目に反して案外頑丈な少年は
青年の消えた方に向かって舌を出す。
ブラックライダーは相変わらず無言無表情のままだったが
クロが一度だけ小さく・・ブルと鳴き、ぱさりと1つ、尾を振った。
コツ コツ コツ コツ
規則正しい足音が静かな空間に響き
それはまっすぐ正面にある昇降機へと進む。
これがまだ残っているということはまだ上への道は残っているのだろう。
なかったとしてもあきらめるつもりなど毛頭ないが
バージルはとにかく塔の上へと戻るためその昇降機へ歩く。
コツ コツ コ・・
だがその止まることのないかと思われていた足音は
昇降機に入る数歩前でいきなり止まった。
昇降機の後、編み目のような壁の後、少し隙間のある場所。
気配は隠してはいない。
だがこちらに敵意を向けてもいない。
まるで行きずりでそこにいたかのような気配が1つ
こちらに背を向けてたたずんでいる。
バージルはしばらくそこからは見えないそれを凝視した後
何を思ったのかこれから行くだろう遙か上を静かに見上げ
まるで独り言でも言うかのように静かに言った。
「何をするつもりかは知らんが・・・失せろ。
ここは貴様のような迷いのある者の来る場所ではない」
その言葉に暗がりにいた男の肩がほんのわずかに動揺する。
さすがに双子だ。
時間差はあってもこちらの思っていることはある程度読まれるらしい。
「そんな所にいたところで、貴様がここでできる事などもう何もありはしない」
そして足音が再び音を刻み始め
ガコンというと共に人1人が乗れるだけのスペースが
青いコートと1つの魂をのせ、大きな音を立てて上昇する。
だがその大きな音の中、機械の音とは別の静かな声がほんの一瞬だけ
聞き間違いかと思えるほど小さく、けれど確かに混ざり込んだ。
「・・・戻れ。それが今のお前にできる唯一の事だ」
古い機械が立てる独特な音の中
それはどんな大声で言われたよりもハッキリと聞き取れ
あらゆる葛藤の中で動けずにいたダンテの呪縛を
ものの一瞬で全て解いた。
弾かれたようにそこから飛び出し、コンマ数秒で銃を抜いて突き付ける。
だがそれを突き付けるべき相手はもうそこになく
青いコートのはじほんの少しだけを最後にして
あの時見た最後とは逆に、すでに遙か上へと消えてしまっていた。
待て 行くな 止まれ
かけるべき言葉は色々とあったはずなのに
それはここへ来てずっと考えていた事なのに
どれも結局全て言えないまま、それはいつかと同じく勝手な事を言い残して
やはり勝手にダンテの視界から消えて見えなくなった。
そして遙か上へ消えていく機械の音の余韻を最後にそこは突然静かになる。
まるで何もかもが終わってしまったかのように。
ありとあらゆる音が静寂の中に消えてしまう。
彼は分かっていたのだろうか
それともその必要もなかったのだろうか。
ガシャ! ガチン!
手から抜け落ちた2つの銃が床と激突して激しくも不満げな音を立てる。
しかしダンテはそれを拾い上げる様子もなくフラフラと後退し
壁にどんと背中をぶつけると、リベリオンがぎいいとイヤな音を立てるのもかまわず
ずるずると力尽きたかのように座り込んだ。
「・・・く・・・ふ・・フフ・・・ハハハ・・!」
そして額に手を当てて呆れたように1人で笑う。
笑いたくて笑ったのではない。
今のダンテにはもう笑うしかなかったからだ。
ここへ来てから頭が痛くなるほど色々考えていたはずなのに
言葉1つかける事も、引き金1つ引くことすらできなかった。
今考えてみれば彼との関係はいつもそうだったのかもしれない。
「・・・結局・・・いつもいつも・・あんたが先で・・オレはいつも・・・・その後か・・」
生まれ落ちる瞬間も、知識の付け方も、力を得る順番も
進む道を決める順番も、逝ってしまう順番も。
だがそれとは別に今になってからわかった事が1つある。
自分とはまったく反対の考え方を持ち
まるで何かに取り付かれたか惑わされたかのように見えていても
やはりバージルはバージルのままだった。
人とか悪魔とか、そんな事は本質的にはまったく気にせず
ただひたすらに真っ直ぐで、上も下も横も見ず
彼はただ脇目もふらずただ前しか見ていなかっただけ。
先にあるものがなんであろうと
間違っているとか間違っていないとかも考えず
そうだと信じたからにはよそ見もせず、ただひたすら絶対に突き通す。
魔界とか悪魔とか封印とか、そんなものは関係ない。
彼が突き通したかったのはただそれだけだった。
それは良く言って純粋で、悪く言えば不器用で自我の強い
実にバージルらしい事ではないか。
らしすぎて笑うしかない。
そんな奴をただただ止めようとした自分も笑うしかない。
彼はちゃんと父親の意思を受け継いでいたのだ。
ちょっと真っ直ぐ過ぎて方向はズレれているが
魔界の者でありながら魔界全てを敵に回し
それでも1人で人の側に立ち、その後何年にも渡って何者にも屈しなかった
父の固くて強い父の意思と魂を、彼はちゃんと受け継いでいるのだ。
人の話なんか聞く耳持たずな所は、らしいと言えばそれまでだ。
でもそれは今も昔も腹立たしい、けれどそれが彼が彼であった証明。
そしてそんな中で唯一彼が自分と同じだったのは・・
自分達と反対の、でもかなり質の違う、しかしそれでいてどこか似ていたジュンヤと
ほんの短時間だったが心をかよわせた事。
自分と同じだったのはそれだけだ。
けれどダンテには1つだけ納得のいかない事がある。
それは会ったら是非言ってやろうと思っていたが結局いいそびれてしまい
仕方ないなとばかりに今頃1つのつぶやきとなって口から滑り落ちた。
「・・・なぁ・・・アンタ、それでも・・・オレの兄貴かよ」
その言葉を聞く者はもういない。
ダンテの元いた世界にももういない。
いつでもどこでもどんな時も、やはり彼は彼のままだ。
手ぶらになった手で目を押さえ、ダンテは重い息を1つ吐く。
だが見下ろした黒いグローブに濡れた形跡はまったくなかった。
・・・同じだな。
泣くヒマも感情的になるヒマもなかった。
自嘲気味に心の中でつぶやいてダンテは片膝を抱えて額を膝に押し当てると
悪魔も人も誰もいない、時間すら止まったかのような静寂の中
小さなため息を最後にして静かに動かなくなった。
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