・・重い。
身体が重い。
それは今まで感傷的になれなかった分の反動なのか
自分でも信じられないくらいに身体と気分が重く感じられる。
どこかで扉が開いたような音がするが、今は顔を上げる気にもなれない。
今なら銃一発で倒せる悪魔にだって殺されそうだ。
いや、このまま息を止めれば死んでしまえそうな気さえもする。
だが一端聞いた扉の音は少しの足音をさせたかと思うと
それはまた遠ざかった気配をさせ、また再び戻ってきて
今度はちゃんとこちらへ近づいて来た。
しかし戻ってきたその聞き慣れた足音はやたらと重くなっていたのだが
ダンテはそれでも顔を上げる気にはならなかった。
いつもは軽い足音はずの足音が自分のすぐ前で立ち止まり
ズシンと何かを横に置くような音をたてる。
それでもダンテは動かなかった。
じっと片膝に顔を埋めたまま、落ちた銃もそのままに
まるで最初からそこにあった石像のように
あるいはそこで死んでしまったかのように動かなかった。
後から音もなくついてきたブラックライダーと一緒に
ジュンヤは黙ってそれを見下ろす。
散々な思いをさせられた後やっと見つけたので
一端戻ってそこらにあったライオン頭のヘンな像(時空神像)を引っこ抜き
それで思いっきりぶん殴ってやろうと思っていたら
知らない間に銃を2つとも放り出したまま、こんなに元気をなくしているなんて・・・
まったくもってこの男
人の見えない所で一体何をしてどうやったらこんな事になるのか
ろくな目に会わないのは元より余計な謎もつもるばかりである。
「・・・おーぃ・・」
しかしそれでも一応どうしたのかと声をかけようとするが
なんとなく声が切れる。
一体どうしたのかと聞いていいものだろうか。
なんだかそれは聞いてはいけないような事な気がして
ジュンヤは声をかけようと手を上げたまま固まってしまう。
その横には殴るのに使用し損ねた金色で悪趣味な像があって
持っていた砂時計がさらさらと涼しげな音を立てていた。
ジュンヤはどうしようかと横にいたブラックライダーを見上げる。
すると寡黙な騎士はじーとダンテを凝視した後
何を思ったのか一度だけこちらに視線をやって
ふいと踵を返し、入ってきた扉の方へ向かっていく。
それは様子からして『帰り道を探してくるからそこで待っていろ』ということなのだろう。
こんな状態のダンテと2人きりにさせられるのは少し怖い気もするが
確かに自分がまたウロウロして何かトラブルに巻き込まれるよりも
ここで大人しく待っていた方が無難だろう。
ジュンヤは少し迷った後、ただ突っ立っているのもなんなので
しょうがなしにダンテの横に並んで腰を下ろした。
「・・・・・・・」
「・・・・・・・」
しんと静まりかえった空間に少し困惑気味のジュンヤと
未だに反応を見せないダンテだけが取り残される。
ジュンヤはちらとダンテを見た。
死んだように動かないが息はしているようだし
存在感はまだあるので幽霊でもないのだろう。
が・・それにしても珍しい。
いついかなる時でも自分の調子を崩さない男が
ここまで変われるものなのだろうか。
そばに落ちていたアイボリーを拾い上げ、返すというつもりで横に置いてみが
それでもダンテはそんな事にすら気付かないのか、まったく動かない。
何があったのか知らないが、随分とこたえているらしい。
ジュンヤはさらにエボニーも拾い上げ
今度は返さずなんとなく握ったままそれを眺めた。
それはずしりと重く片手で軽々扱うには無理があって
こんなのを器用に回したりしまったりできるのは
やっぱり凄いなとジュンヤは思う。
しかし持ってみたそれは金属独特の冷たさを保ったままなので
今日はまだ一度も使用されてはいないのだろう。
だとすれば・・何かを仕留め損なったのだろうか。
しかしダンテの狙いは正確だし発砲速度も尋常ではないはずだ。
ジュンヤは少し考えた後
引き金に手を触れないように気を付けながらそれを握り、ためらいがちに口を開いた。
「・・・あのさ、俺さっきまでちょっと変わった人と一緒にいたんだ」
ジュンヤからは見えなかったが、閉じられていたダンテの目がゆっくり開く。
「ちょっと態度とか口調とかがトゲトゲしくて怖い人だったけど
武器持ってて強かったけど・・悪い人じゃなかったし
それにその人・・いや、ホントは悪魔だったらしいんだけど
その人さ、口調は厳しくて他人にも自分にも厳しそうな人だったんだけど・・
ちゃんと・・笑える人だったんだ」
そう言われて気がついたが
ダンテはあれの笑い顔というのをほとんど覚えていない。
自分と同じ作りの顔のくせに、いつもいつも難しそうな顔をして
双子でありながらまったく別の人間であるかのようだった。
それが生まれた時から一緒だったオレには常時仏頂面ばっかりで
つい最近会ったばかりのコイツにはあぁだ。
その瞬間、あんまり考えたことのないその新事実に気付いた瞬間・・
ダンテの心の中に何かヘンな方向で火がついた。
しかしそんな変化に気付くことなくジュンヤの言葉は続く。
「その人・・多分ただ怖いとかじゃなくて、ただ真っ直ぐなだけだったんだと思う。
すごく真っ直ぐで一生懸命で、他のことに気が回らなかっただけ・・なんだと思う。
それでその・・・だから・・・なんていうか・・・その人はもうここにはいないけど
今のダンテさんを見たら・・多分こう言うと思うんだ」
『そんな所で何をしている。時間の無駄も甚だしい』
そのいくらか彼の口調を模したジュンヤの言葉にダンテの肩がぴくりと反応した。
だがダンテの知るバージルなら、さらにこうも言ったに違いない。
『つまらんな。そんな所で自閉しているヒマがあるのなら
お前の好きな野蛮で無益な狩りの1つでもしてみろ。
それともお前はそうすることでしか自らを慰められんとでも言うつもりか?』
言われたはずのない言葉が勝手に脳内で作られていく。
だがダンテは不思議だとは思わなかった。
だって少し前までここにはその当人がいて
こっちを認識していたかどうかまでは分からなかったが
自分にちゃんとした声をかけてくれていたのだから。
そしてその声はダンテの意思とは関係なく勝手にまだ続く。
『見下げた奴だな。普段軽率で考えのない行動ばかりだったお前が
あれだけ血まみれになり命をかけて止めようとした俺を
ただの過去の足枷としか記憶していないとは・・
驚くべき学習能力のなさだな。だから貴様は馬鹿なのだ。』
言われた事がないはずの架空のセリフに
勝手にアドリブと尾ひれが追加され自然と脳内で再生される。
ここらへんもさすがに双子なだけあって
性格とか何やらを熟知しているため不自由しないのが腹が立つ。
ダンテの沈んでいた思考はいつの間にか別方向へとベクトルを変え
腹の底から段々と別方向の鬱憤・・
分かりやすく言えばなんかムカツクという気分が勝手に沸いてきた。
『・・・ちょっと待て、殴り合って勝った数はオレの方が多いのに
どうしてそのオレがこんな後ろめたくて暗い気分になるんだ』
『そんなものは使わない脳を駆使して自分で考えろ』
『人の気も知らないで、なんでもかんでも勝手こきやがって』
『お前はお前、俺は俺だ。お前が俺に干渉する権利はない』
『おまけに人の相棒とこんな短時間で仲良くなりやがって
オレがここまでこぎつけるのにどれだけ苦労したと思ってやがる』
『それはお前に甲斐性と人徳がないだけの事だ。
自分の不甲斐なさを俺に押しつけるな』
『・・・オイ待て、それ以前にオマエさっき上に行っただろう。
なんでオレとこんな会話が成立してるんだ』
『これはお前が望んだ事だろう。
それに不本意ながらも俺達は元々1つだったのだから
これくらいは出来ても不思議はあるまい』
『・・元から口が悪いのは知ってるが
・・それに加えてさらに口が悪くなってやしないか?』
『お前の下品な性格も反映しているのだからこれも当然の結果だ』
『・・・・・・・・』
『なんだ。言い訳はもう終わりか?』
『・・・前から言おうと思ってたが・・
双子だってのに・・・アンタ・・・ホントにムカツクな』
『奇遇だな。それは俺も同意見だ』
そしてここにはいないはずのバージルは
そこでそう言ったわけでもないのにこう言い残してダンテの頭の中から消えた。
『・・では俺は行くぞ。俺はお前と違って忙しい。
お前はそこで腐るなり朽ち果てるなり風化するなり好きにするがいい』
それはとても血の繋がった兄の言葉とは思えない
冷たくて素っ気ない捨て台詞だ。
けれどとても彼らしい台詞で
なんだかとっても納得してしま
う・・ わけあるか!!この×××野郎!!
ぐば!!
「おわ!?」
少し前の誰かと同じく、いきなり飛び起きられてジュンヤはのけぞる。
しかしダンテはかまわず横に置かれていたアイボリーをひっ掴むと
もう何もない昇降機の上へ向かって指がつるほど激しく力強く
引き金をこれ以上ないくらいの連続で引いた。
ガガガガガ!!
「・・っ?!・・え!?何?!」
なんだなんだと耳を押さえて目を白黒させるジュンヤをよそに
ダンテはもう誰もいない昇降機の上に向かって
物も言わずとにかく発砲して撃って撃って撃ちまくった。
それは当たるはずもない無意味な銃弾だ
もう当てるはずの当人はすでにかなり上へ行ってしまっているだろうし
その音すらももう届かないところにいるだろう。
けどダンテはかまわず撃った。
とにかく撃った。
理由はただ1つ、ムカツクからだ。
それ以上の理由なんてない。
当たるかどうかなんてのも関係ない。
ダンテは撃った。とにかく撃った。
指がしびれるほど撃って撃って撃ちまくった。
しかしそれでも物足りないのか
ダンテは銃撃をやめないままジュンヤの持っていたエボニーに手を伸ばし
それをふんだくって今度は両手で天井へ狙いをさだめ・・
「・・・・・」
引き金を引こうとした瞬間、何を思ったのかそこでピタリと動きを止めた。
「・・やめた。つまらん」
片方の銃口から上がる煙の中で、呆れたようなつぶやきがもれる。
考えてみればいくらこちらが怒り狂ったところで
あちらはおそらく眉1つ動かしやしないだろう。
顔と姿は鏡のように同じであってもその性質はまったく違う。
ダンテとバージルはそんな双子なのだ。
それに今さら自分が1人でガタガタ言ったところで
あれはどうにかなる奴ではない。
それはさっき自覚したばかりだというのに、何を苛立つ必要がある。
ダンテは息を1つ吐いて銃をホルスターに戻すと
「・・帰るぞ」
と、心底つまらなさそうにそれだけ言って
固唾をのんで見守っていたジュンヤを置き去りにしたまま
そのままスタスタと歩き出した。
「え!?ちょ・・待っ!」
その勝手な行動順位はさっきまでジュンヤが一緒にいた青年に
これ以上ないほど似ていたのだが本人にもちろん自覚はない。
「ぼやぼやするな。置いていくぞ」
「ったく・・なんなんだよ一体。ぐったりしてたかと思ったら急に暴れ出して
そうかと思ったらいつもの勝手が始まるんだから・・」
その言葉にダンテは急に立ち止まって
危うく背中にぶつかりそうになったジュンヤを振り返り
「・・それほどでもない」
と、いつもの不敵な笑みではない、何かを悟った後のような苦笑を見せた。
そう。それほどでもない。
勝手を勝手と思わない自分勝手絶頂な誰かさん
自分の前しか見ていなくて、横も後も顧みず、自分とはまったく馬が合わず
それでも自分に似てる所のあって
それでも自分のたった1人の家族だった
あのクソったれな兄貴に比べればな。
その笑みにもう寂しさはのっていない。
そんな気持ちは思うだけ無駄だと、その当人とこの少年が教えてくれたのだから
少なくともここを出るまではダンテはもう暗い気持ちにはならないだろう。
だがその笑みを別の取り方で受けたジュンヤはちょっと複雑そうな顔をした。
「・・なんだよイヤな笑い方して。今度は何たくらんでるんだ?」
「そんな風に見えるか?」
「・・うん、ダンテさんがそんな笑い方する時は大体変な事たくらんでる」
「そうだな・・・」
本当は別に何も考えていなかったが
そう言われると何か考えたくなってしまうもので
ダンテは弾丸の撃ち込みすぎで煙の上がっている天井を見ながら考えた。
そうだな・・・アイツがオレの事なんか見向きもせず
さっさと先に逝っちまった事を歯ぎしりして悔しがるくらいな楽しい事を
コイツと派手にやるってのも・・面白そうだ。
そんなことを考えながら何も知らない少年を見てダンテは笑う。
だがその胸の内を知らないジュンヤは1人して不思議そうに首をかしげた。
「?・・何ニヤニヤしてるんだよ」
「いいや、ちょっと前向きな思考の仕方を考えついたんでね」
「・・それ以上考え方が前向きになったら、絶対止まれなくなると思うな俺は」
「失礼なヤツだな。オレはいつだってマジな事を考えてるつもりだぜ?」
「例えば?」
心底胡散臭そうな目をするジュンヤの悪い期待をダンテは裏切らなかった。
「そうだな、まずここで効率よく悪魔を狩れるルートとそのついでの帰り道の探し方とか
ここの悪魔はどういった殺し方が一番苦痛なのかとか
どうやったら重たい扉は華麗に蹴り開けることが出来るのかとか
あとこれはいつも常時思ってる、特にオマエの尻を後から見ていて思う事だが
お前のパンツの下の模様はどうなってるのかとか・・」
ご ば
本来の目的とは別の使い方をされそこなっていた
金色をしていて胴体女神、頭がライオンというヘンな像が
猛烈な力で地面から引き離された。
ドゴーーーーーン!!
少し離れた場所から聞こえた轟音にブラックライダーは顔を上げた。
足元には混乱の中で落ちたのだろうか
ガレキにうまりかけていたSターミナルがあって
時折何かを促すかのようなほのかな光りを放っている。
壊れている形跡はないので一応使用は可能だろうが・・
さて今の音だと主人(もしくはダンテ)がまた何か騒動に頭を突っ込んだと見える。
「・・・業だな・・・」
1人つぶやいてブラックライダーはその場を離れた。
ネバギバがあるので死にはしないだろうが
あんまり放置するとここが丸ごと壊される可能性もあるだろう。
早く戻って可能ならば止めてやろう。
無理なら放置だけど。
そうして淡々とした態度とちょっぴりの薄情感を持った黒ずくめの騎士は
逃げやしないだろうSターミナルを置いたまま
のんびりと馬を進ませた。
「・・?」
そしてそれと丁度同じころ。
今しがた悪魔を片付けて静かになった暗い廊下を
1人で歩いていたバージルの足が止まった。
遙か下での音が聞こえたわけではない。
ただなんとなく、頭に違和感を覚えたからだ。
抜き身だった刀をおさめ、そこに手をやってみても
別にケガもしていなければ何かついている気配もない。
彼は知らなかったがそれは一方に何かあれば
もう一方にも情報が伝わるという双子の特徴だ。
それは彼の片割れがどう見ても殴るために使用する物じゃない物で
思いっきりぶん殴られたために起こった現象なのだが
当然そんな事など想像もしないバージルは
さっき頭に氷を落とされたからだとすんなり片付け
再び誰もいない廊下を規則正しい足音を立てて歩き始める。
自分の求めるものはまだ先にある。
立ち止まってなどいられない。
だが・・
『もし今度会うことがあったら・・名前、教えて下さいね!』
歩きながらふと思い出されるのはあのヘンな悪魔のこと。
そんな妙な事を言ったあのヘンな悪魔は
あまり悪魔に見えなかったが確かに悪魔だ。
なのでこれから先、魔界に関わるのであれば
いつかどこかでまた会うこともあるかもしれない。
まぁ会った所でどうするという考えも沸かないのだが
バージルは無意識でこんな事を考えた。
そうだな、あの妙な悪魔に俺の人の部分を食われた事にでもしておくか。
この先俺には必要のない物だろうし・・その方が身軽になれる。
そしてバージルという名の青い悪魔は
コートをひるがえし靴音を刻み、今度こそ止まることなく前へ前へ
ひたすらに前へと進んでいく。
けれど彼は知らない。
彼はそこへ行く前の足場となったこの大きな塔の中で
自分の半分の邪魔であると思っていた人の部分を
とある人のようなヘンな悪魔に食われたのではなく、預けていた事を。
それはこれから先、誰も覚えていないころになって
預けた悪魔から少しづつ、けれど倍くらいになって返される事になるのだが
それはまだそれぞれ先のことなど考えていなかった時の
ほんの一瞬の接触とほんの一握りの偶然でしかなかったため
まだ誰もその事を予想することなどできなかった。
それはまだ誰も何も知らないころ
後に12番目になる悪魔がまだ数えられない0番目であったころ
ボルテクスではないとある場所であった
色々な運命と出会いと別れと未来の入り交じった
長いようでほんの一瞬だった
とあるブルーを軸とした不思議なお話。
てな事をなんにも語ってくれなかったSEで勝手にやってみました。
しかし長げぇ!気がつきゃえらい長さだ!長くて御免!
ちなみにブラックライダーはこのルートを通っていて
再生後の彼の事を覚えていても何も言いません。
聞けば答えてくれるけど聞かなきゃ言わない黒騎士殿。
ちなみにこれだけじゃちょっと暗そうなので
こことは関係ない舞台裏みたいなもんをつけてみました。
ここに。
もういいやって方は下から戻ってね。
長々お付き合いありがとうございました