その少し後、ダンテの脇に少し息を荒くしたケルベロスが降りてきた。
よほど急いでダンテを捜したのか息を整えようともせず
無事を確認するかのようにまっすぐジュンヤに駆け寄って来る。

「・・・主!間ニ合ッタカ?」
「うん、ケルありがとう!よくがんばってくれたな」

そう言って抱きつくように撫でると白い魔獣は大きな尾をゆるりと振って喉を鳴らした。
その背中に靴跡がついているのは多分ダンテの仕業だろう。

「さてと、再会の喜びはそれくらいにして・・・」

ダンテが静かに向き直った先には、こちらをかなり警戒している若いダンテ。

「人様の相棒に手を出してくれた礼はしないとな」

ヒュと背から抜かれたリベリオンが空を切って音を立て
若いダンテもそれに応じるかのように武器を剣に持ち替えた。

「ダンテさん!」
「まかせな」

ジュンヤの声から意志を感じ取ったダンテが短く答える。

戦いの前にジュンヤが人の名前を呼ぶ時の理由は大抵きまっていた。

『殺さないで』

ただひたすら悪魔を狩り、邪魔な物には容赦ないダンテだったが
それは伊達か酔狂か、最近そんな彼もこの少年悪魔のわがままに付き合うのも
悪くないと思っていたりする。

それはたった二言だけのやり取りなのだが
そこには彼ら以外には見ることのできない
いい加減だが確かな信頼感がそこにはあった。

一方若いダンテの方はというと、かなり不機嫌になっていた。

なにせいい所で邪魔をしてくれたのがやたら自分によく似た男で
さらに悪魔と仲よさげに余裕のやり取りをされては
悪魔嫌いの彼としては気分も悪くなる。

「・・・で、アンタ一体どちら様だ?」
「ただの通りすがりの保護者様だ」

もちろんただの保護者は剣なんか持ってないし
人の頭上から銃を乱射したりしない。

一見して同業者のようにも見えるが
まだ店を開く前なのに同業者がいるというのも妙である。

しかもなんだこの親近感と違和感。

銃に剣、髪やコートの色など確かに自分と似てはいるが
歳は兄にしても遠く、父にしても若い半端な外見。
そのくせ双子の兄以上に自分に似た空気を放っていて
呼ばれる名は自分と同じ。

若いダンテはワケもわからずイライラしてきた。

「込み入った話はまぁいいとして・・・とりあえず、殴っていいかオッサン」
「お気に召すまま」

そこでジュンヤはあれ?と首をかしげた。

オッサンはダンテにとって禁句の1つだ。
それが眉1つ動かさずにサラリと流し
なおかつ楽しそうにしているのはどういった風の吹き回しだろう。

しかしそんな事はおかまいなしに、若いダンテは勢いよく地を蹴った。
ダンテはそれをよけようともせず、叩きつけるように来た剣を受け止め
打ち込まれた衝撃をひねるようにして軽く流した。

そして立て続けに響く金属音。

それは双方とも見事な剣技だった。
どちらも身長ほどある巨大な剣を軽々と振り回し
打ち、流し、かわし、突き、はじき、二本の剣が狭い距離でめまぐるしく舞い踊る。

だが剣の扱いに詳しくないジュンヤにも
その攻防にある違いがあるのに気がついた。

若いダンテはとにかく多くの数剣を振るう。
それをダンテが少ない動きでかわし、あるいは相殺して
自分からはほとんど仕掛けようとはしないのだ。

「・・・アイツメ」

まるで乱暴な子供を器用にあしらうかのようなダンテの行動に
ケルベロスが呆れとも感嘆ともとれない声を出した。

普段あまり主の言うことをきかない勝手で気まぐれな魔人は
こんな時に限って律儀に命令をはたそうとするのだ。

一方そんな戦い方をされていた若いダンテは
それが気に入らないのかだんだんと攻撃が荒っぽくなってきた。

「・・・てめぇ、なめてんのか?」
「悪いがこっちにも事情があってな」

力任せに叩きつけた剣はまたしても横へと弾かれた。
このままだと自分が先にスタミナ切れを起こすのは間違いない。
しかたなく間合いを取った若いダンテの視界のすみに何かが入った。

それはさっきまで追い回していた人型の悪魔。

「・・・ふぅん、そうかよ」


バン!!


それはあまりにもさりげない動作だった。

若いダンテはひょいと背から銃を取ると
遠巻きに見ていたジュンヤを狙いもせずいきなり撃ったのだ。

それはたった一発だったにもかかわらず
何かの魔力がこめられていたのか銃弾にあるまじき閃光を放ち
着弾すると同時にジュンヤをはるか後方へ吹き飛ばした。

「主!!」

そばにいたケルベロスの白い毛並みが朱に染まる。

若いダンテはそれ以上何もせず銃をホルダーにしまい
おどけたように手を広げながらダンテの方を見た。

「・・で?」

その口元が静かにゆがむ。


「事情がなんだって?」


ダンテの顔から
一切の表情が消えた。


ダン!!


そして若いダンテの狙い通り、ダンテはしかけてきた。

牽制しているヒマはない。
剣を抜きざま一撃目を受ける。

「・・って!?」

ところが受けた剣は恐ろしく重い。
一瞬マヒしそうになった腕をよそに、次は蹴りがきた。
かわしきれずガードしたがこれも重く、受けた肘が一瞬嫌な音を立てた。

攻撃速度としては追いつけない事はないが
これは完全にパワー負けしている。

間合いを取らなければまずいと後にさがろうとした瞬間
それを見透かしたかのように足払いが来た。

「ッ!やべっ!?」

なんとか空中で身体をひねって空いていた手で地面に手をつき
体勢を立て直して足から着地しようとしたが
手をついた地面の横に、黒いブーツがわりこむ。

「・・
ぐあッ!?

ぎょっとしたその直後、髪を思い切り掴まれ
そのままぐいと上に引き上げられて視線を無理矢理合わせられた。

その色はやはり自分と同じ色・・・ではない。
そこにあった目は、人にあるまじき深紅の目。


「・・アイツを頼むぜ」


ドッ!!


その言葉の意味も、男の正体すらも考える間はなかった。

若いダンテはむき出しの腹に強烈な一撃を受け
さらに続けてきた後頭部の衝撃によって
意識を強制的に闇へと突き落とされた。




大きな通路で立ち回っていた2つの赤いシルエットが
1つを残して床にドサリと落ちる。

ダンテはそれが動かなくなったのを確認して
通路のすみでうずくまっているケルベロスの元に無言で走った。

見るとジュンヤは真っ赤になった床に横向けに倒れたままピクリとも動かず
ケルベロスが顔を舐めて起こそうとしていたが
閉じられた瞼は一向に開く気配がない。

どこを撃たれたのかわからないが、舐められている顔をのぞいた上半身と
周囲の床が広範囲にわたって血染めになっていて
タトゥーのいつも青い部分が色をなくして真っ白になっていた。

ダンテはリベリオンをそこらに放り出し
グローブをはずしながらケルベロスを軽く押しやると
ジュンヤの肩を掴みあお向けに転がす。

血の気の失せた額にはぽつりと1つ、綺麗な穴が開いていた。

「・・・おい、起きろ少年」

素手で頬をぺちぺち叩くがやはりジュンヤは反応しない。
ダンテはさらに血で染まった肩を揺すった。

「・・・おい、起きろ。クライアントが寝るな」

細い身体の下にできた血だまりが、ゆすられたことで軽くゆれる。

「オマエこのくらいで死ぬような奴じゃないだろ。
 大体・・・今のオレを雇って昔のオレに殺されるなんざ
 馬鹿馬鹿しすぎて笑い話にもならねえぞ・・・おい・・・」

横で聞いていたケルベロスが異変に気付いて顔を上げた。

まったく動かないジュンヤに語りかけているダンテの顔は
前髪に隠れて表情は見えなかったが、声がどこかうつろなものになっている。

「・・・起きろよ。帰るんだろ?あんな世界でも・・・オマエの好きな世界だろ。
 みんなと会えたからそれなりに好きだって・・・言ってただろ?」

それでも動かないジュンヤと
ダンテの記憶の中にある光景が重なった。

「・・・よせよ・・・オマエまで・・・母さんと同じになるつもりか?」

頬を叩いていた手が力をなくし、血で染まった床に落ちた。

「なぁ・・なんとか言えよジュンヤ・・・」


またあの時と


「なんとか言ってくれよ・・・」


同じ事を繰り返すのか


「ジュ・・・」
「・・・・・ん・・・」

何か言いかけたダンテの言葉と、かすかなうめき声が重なった。

ハッとして目を開けると、ぼやけた視界の中
今まで動かなかったジュンヤが軽く身じろぎし
同時に色を失っていたタトゥーが息を吹き返したかのように青く染まっていく。

なんだかそれを押し倒したような体勢になっていたダンテの肩がぎくりとはねた。

「・・・・ぃ・・・て・・・・・・なんか・・・顔冷た・・いっ!?

目を開けかけたジュンヤの顔面をびたんと黒い革手袋が直撃した。

「コ、コラ!何ヲスル悪魔狩リ!!」

顔を押さえてうなるジュンヤと抗議するケルベロスを無視して
ダンテは素早くグローブを拾い上げ、なぜか目元を乱暴にぬぐってから
放り出されたリベリオンの回収に向かった。

ケルベロスは言いたいこと山盛りだったが、それよりも主人の安否のほうが大切だ。

「・・・あれ・・・?俺・・・どうしたんだっけ・・・・」
「主!大丈夫カ!?」
「・・・あ・・・うん、ちょっとぼーっとするけど・・・平気・・・
 ・・・でもない・・な・・・」

額に手を当てて傷を確認すると、そこにはまだしっかりと跡があり
周囲には自分の血が散乱していていて
傷は後頭部にまで貫通していないが、やはり気持ちのいいものではない。

「・・・まったく・・・」

だれに言う出もない愚痴じみた言葉を吐きながら
ジュンヤは自分でディアラハンをかけた。

それはすぐに跡形もなく傷を癒したが
しかし撃たれたときの衝撃や自分の流した血などには
ジュンヤはどうしても慣れることができない。

たとえ身体は頑丈な悪魔でも、心までは堅固にできていないのだ。

ジュンヤは頭を振りながら身を起こすが
少しふらついていたのでケルベロスが慌てて寄り添うように身を寄せてきた。

「・・・えっと・・・それで、どうなったんだっけ・・・」
「・・・悪魔狩リガ勝ッタ。殺サズニナ」
「・・・そっか。ありがと・・・ダンテさん」

背を向けたままのダンテは何も答えなかったが
それをどう取ったのかジュンヤは言葉をさらに加えた。

「・・・あ、それとごめん」
「・・・何をだ」

今度はそっけないながらも返事が来る。

「いや・・・何って言われてもよくわからないけど・・・
 ただなんだか・・・心配してくれてたような気がして・・・」

グローブをはめ直し、感触を確かめダンテは背を向けたまま

「・・・悪いと思うなら・・・」

リベリオンが床から拾い上げられ、背中の定位置にもどる。

「間違ってもオレの前で勝手に死ぬな」
「・・・うん」

やっぱり心配してくれていたらしく、ジュンヤは少しほっとした。

とはいえジュンヤが思っている以上にダンテが動揺したことまでは
背を向けたままのダンテからは読み取れなかったが。

「・・・それにしてもびっくりした。
 マサカドゥスつけてたのに貫通されるなんて」
「・・・前にも言ったろ。オレの弾は対悪魔用の特別製だってな。
 おまけにこの時銃に込める魔力の量はかなり無茶があったからな」
「・・・え?」

ゆっくり歩いていたダンテの足が、倒れたもう1人の若いダンテの前で止まった。

「コイツは何年か前のオレだ」
「え!?」
「!?」

今の今まで気付かなかったジュンヤとケルベロスが同時に驚くが
そう言われてみると色々な点で納得できる。

剣と銃をあやつるスタイル。挑発的な口調に横暴な態度。
悪魔を楽しそうに追い回し、無邪気なようで冷徹な性格。
顔立ちが似ていてセリフが重なったのもそれなら合点がいく。
色々妙だとは思っていたが、まさか場所と一緒に時間も越えていたとは・・・

「って、ちょ、ちょっと待って!それじゃダンテさん昔っから俺のこと知って・・!」
「いや、俺も今の事を思い出したのはついさっきだ。
 なんせ・・・今思いっきりやったからな」

とダンテはシニカルに笑いながら自分の頭をトントンと指でつつく。
その言葉通り、倒れたかつての自分の後頭部には見事なタンコブができていた。

「それにこれから今以上の事が色々あるだろうし
 オレ達とやりあった事は記憶の底に沈んだまま、数年先まで出てこないな」
「・・・・・」

なんて因果な話だろう。

今そこに倒れている若いダンテは何年か先、自分を追い回して後に仲魔になり
また過去にやってきて今と同じ事をして、またそこで倒された若いダンテは
また何年か先に自分を追い回して・・・

リングより怖い腐れ縁リングに
ジュンヤは血を消費したのも含めて一瞬気が遠くなった。

「さて、そろそろ帰るか。なにしろオレ達は招待されてない客だ」
「・・え?でも帰るっていってもターミナルが・・・」
「外に心当たりがある。ついてきな」

そう言ってダンテは床に倒れていた昔の自分を
まるで荷物のように肩に担ぎ上げると、靴音を立てながら歩き出した。

そうだ。忘れていたとはいえダンテはかつてこの塔に来ているのだから
ある程度の道や仕掛けなどは知っているはず。
ついていけば大丈夫かなと、半信半疑で後を追おうとしたジュンヤの前に
すっと背を低くしたケルベロスが割り込んだ。

「主、乗レ」
「・・え?いいよ、歩けるから」
「ダメダ。イイカラ乗レ」

主に命令する使い魔もどうかと思うが
ケルベロスもケルベロスなりにかなり心配したのだろう。

「・・・わかったよ。じゃあ少し・・う
!?

遠慮がちに背中に手をかけようとすると上半身全部をべろりと舐め上げられた。

「・・おい何してる。置いていくぞオマエら」
「ワカッテル」

何事もなかったかのようにそう言って
ケルベロスは早く乗れとばかりに鼻を押しつけてくる。

これは後でストックにいるみんなにも謝らないと
色々大変な事になりそうだと思いながら
ジュンヤはまだ少しふらつく身体で白い背中にまたがった。




ダンテが足を止めたのは螺旋廊下の一角
少し薄暗い所でほのかに光っている何かのそばだった。

その光る何かの前でダンテはかついでいた昔の自分を
ぽいとまるで物のように無造作に放り出した。
落ちたときにゴンと鈍い音がしたがもちろん彼は気にしない。

「・・・あのさダンテさん、まがりなりにも自分なんだからもう少し丁寧に・・・」
「昔は昔、今は今のオレだ。それにつまらねぇハジかかせてくれた礼として
 もう7・8発殴りたいのを我慢してるんだ。とやかく言うな」
「・・・それ・・殴りすぎだと思うけど・・・。で、ハジって一体なんのこと?」
「ノーコメントだ」
「あ、ちょっ・・!」

言うだけ言って、ダンテはさっさと下の階へ飛び降りてしまった。

「・・・なぁ、ケルはわかるか?ダンテさんの言った事」
「・・・イイヤ、サッパリワカランナ」

本当はなんとなくわかってはいるが
言ったら後が怖そうなのでケルベロスは黙っておくことにした。

「トモカク行クゾ主。アイツノ言ウ通リ、長居ハ無用ダ」
「あ、ちょっと待って」

前足を廊下のふちにかけたケルベロスをジュンヤが止めた。
そして何を思ったのか荷物同然に放り出された若いダンテの所にいき
ポケットから魔石を1つ出す。

「主ッ・・!」
「大丈夫だって。全部回復はしないから」

言った通り、魔石を使用しても若いダンテは目を覚まさなかった。
おそらくダンテと戦った時と今落ちた時のダメージだけを治したのだろう。

「・・・主ヨ。ソノ性格ナントカナランカ?少シハ心配スル我ラノ身ニモナッテミロ」
「はは、ごめん。でもこればっかりはね」

それは一応注意はするが、仲魔全員がわかっていることだ。

ジュンヤの性格は甘くて人がいい。
その事で危険な目にあう事も多々あるが
しかし実の所、悪魔なのに人が良くて危なっかしいジュンヤが
文句をいいながらもみんな好きなのだ。

「・・・マッタク」

ご丁寧に土や砂で汚れた顔をふいてやり
さらに全開になっているコートの前を、寒くないようにというつもりなのか
きっちり閉じてやっているジュンヤを見ながら
ケルベロスは呆れたように鼻息を出した。

「・・・それじゃダンテさん、未来で。
 あ、それとできれば手加減してね。俺あんまり撃たれたことないから」

どうせ無駄だと思うが一応そんな注文をしてジュンヤは立ち上がった。
ついでにいつも自分がされてるように白銀の頭を軽く撫でてから。

「へへ、ダンテさん撫でちゃった」
「・・・後デ手ヲ洗ッテオケ。馬鹿ガウツルゾ」

そうしてジュンヤを背に乗せたケルベロスは吹き抜けに飛んだ。
下の門の前で待っていたダンテは何も言わなかったが
なぜか無言のままジュンヤの頭をぐりぐり撫でてきた。

そういえばいつもダンテがなにげなくしているこの動作。
実はさっき自分がした行動から来ているのだろうか。

そんな事を考えながらジュンヤは大きな門をくぐり
色々あったがすっかり静まりかえった不思議な塔を、仲魔と一緒に後にした。




「うわぁ・・・」

中からは気付かなかったが、その塔はかなり巨大だった。

高さはカグツチの塔ほどではないが、横幅も大きく外観の装飾が複雑で
所々崩落しているのを見ているとまるで何かの遺跡か古い美術品のようだ。

「・・・バベルの塔みたいだな」
「ばべるノ塔?」
「うん。何かの本で読んだことがある」

薄暗い中、まるでその暗さを吸い込むように立っている巨大な塔を見上げ
ジュンヤはどこかで見た絵の事を思い出しながら言った。

「大昔、人が天に登るために天まで届くほどの高い塔を作ろうとしたんだ。
 それがバベルの塔」

廃墟の中、昔の記憶をたよりに道を探していたダンテが
2人につられて巨大な塔を見上げる。

そう言われてみれば、最初はただデカイだけの建物だと思っていたが
天に登るための塔と言われてみるとそうも見えた。

「でもそれは結局神様の怒りにふれて完成しなかったらしいけどね」
「・・・天ニ登ルトイウ点デハかぐつちノ塔ニ似テイルナ」
「いいや、用途は似てるが行き先がまったく違う」

横で同じように塔を見上げていたダンテが
塔の頂上付近を見ながら言った。

「こいつの行き先は天じゃなくてその反対、魔界だからな」
「えぇ!?」

さらりと言われた物騒な単語にジュンヤは仰天した。

「魔界ってあの・・悪魔がたくさんいる魔界?!」
「悪魔がいるって点ではボルテクスも一緒だが
 それよりも危険度が格段に上がるその魔界だ」
「・・それって・・結構大変な事なんじゃないかな」
「そうでもない」

などと関心なさそうにあっさり言い放ち、ダンテは塔に背を向けて歩き出した。

「何しろオレ達には関係のない話だからな」
「え?でも・・」
「心配するな。魔界といっても入り口が軽く開くだけだ。それに・・・」

ダンテが振り返り、薄く笑った。

「オレがさっき塔の中に捨ててきたのはなんだ?」

「あ・・」

そう。
ダンテはこの塔の行く末と、この後のこの世界の物語を知っている。

「とにかく行くぞ。この先に電飾の激しい店がある。
 オレのカンが当たってればそこに帰り道があるはずだ」
「・・うん、わかった」

終末を知るものにうながされ、巨大な塔を背に2人と一匹は歩き出した。

そして誰もいない町並みをしばらく歩いていると
ケルベロスが何か嗅ぎつけたのか急に足が速くなる。

「主、あまらノ臭イガスル」
「ホントか!」
「ウム、アソコカラダ」

そう言って鼻の指した先には、半壊してはいるが電飾の激しい
ちょっと怪しげで派手な建物。

「当たりだな」
「やった!ダンテさんすご・・わ!?」

珍しくほめようとした言葉は急に歩き出したケルベロスに阻止された。

「サッサト帰ルゾ。コンナ所1分1秒デモ退散スベキダ」
「こらケルってば!そんなに急がなくても・・」

などと言いながらにぎやかに駆けていく犬と飼い主を見送り
ダンテはふと、さっき出てきた巨大な塔を振り返った。


そこではこれから多くの事が起こり
多くの悪魔の屍を積み上げ、多くの血を流しながら
多くの力を手にした自分が、1つの力を求めようとした者と出会うだろう。

「・・・・」

ダンテは塔の頂上に目をやった。
見えはしなかったが彼は今きっとそこにいる。

「・・ダンテさーん!」

背後から雇い主の声がした。

自分が手を伸ばせばあの結末は変えられるかもしれない。
けれどそれは同時に背後から呼ぶ少年悪魔との関係が
崩れてしまう可能性もひめている行為だ。

「ダンテさんってば!どうしたの?」

再度呼ばれてもまだ振り返らないダンテは、塔を見上げたまま苦笑した。


あの塔にある結末を決めるのは自分ではない。
今自分がするべき事は、背後で呼んでいる少年悪魔のそばにあるのだ。


「・・・アイツを頼むぜ」


ダンテは昔の自分に言ったセリフを復唱し、コートを静かにひるがえすと
天に向かうような塔に再び背を向けて、ゆっくりと歩き出す。



そしてその背中はそれっきり
もう二度と振り返ることはなかった。








なんだか知らない間に長くなった3編。シリアスってムズイ。
ようやくカッコイイダンテが書けた・・・のか??
ホントはもっとはっちゃけた若やケルベロス同士の話とか魔具達の話も書きたかったけど
話がややこしくなるので別の機会に。

ちなみに若ダンテのおまけをここに


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