11. シリアス殺しのエトランゼ
そこは複雑で長い塔の地下最深部にある、あまり物のない広くシンプルな部屋で
妙な装飾がされた床をのぞけば何をする部屋なのかよくわかりません。
けれどそこは塔の中で最も重要な意味を持ち
そこがなければこの塔の意味がないほどの場所でした。
バージルはその中央に立ち、じっと何かを待っていました。
彼の予想からして奴もほどなくここへ来るでしょう。
そしてその予想はすぐに当たり、背後にあった大きな扉が音を立てて動き
そこからあの赤い姿が靴音も荒々しくドカドカとやって来ました。
「・・ようこのクソ兄貴。オヤジの仕掛けたママゴトはもう済んだのか?」
言い方は軽めですが完全にお怒りモードのその声に
ずっと黙って背を向けていたバージルがようやく振り返りました。
彼は何も答えませんでしたがその胸にあるはずの物がないことで
答えは肯定だとダンテには知れました。
ただいつも着ていた青いコートがないのはちょっと気になりますが
今ダンテの気にする所はそんな事ではありません。
理由は振り返ってこちらをしばらく凝視したバージルが
隠しもしないで『ブッ』と吹き出した事に関係がありました。
というのもダンテの顔はかなりしっかりとラクガキされてしまい
手持ちの道具や途中あった水でなんとか落とそうと努力したものの
やっぱり全部落としきれず目や口まわりがまだ黒いのです。
それに加えて所々がうっすら赤くはれているのは彼の必死さの表れです。
そんな赤かったり黒かったりする顔のダンテはそこにくっきりとした青筋を追加させ
口の形は笑ってるけど他が全部笑ってない顔でこう言いました。
「・・ようし、そこ動くなよこの(ピー)ヤロウ。
どこでこんなの覚えたのか知らねぇが覚悟はできてんだろうな」
「覚悟?・・フン、覚悟か」
そんなもの、言われなくてもとっくにできているつもりですし
ここへ来てからできた迷いだってさっき散々苦心した末に置いてきたばかりです。
そんな俺に貴様が覚悟などと2000+100年で2100年早いわとか思いつつ
バージルは鼻で笑ってベオウルフを装備するとざっと床を踏んでかまえました。
「では貴様も覚悟してもらおう。今度は完膚無きまでに叩きのめした後
その黒くない部分を全てを塗りつぶし逆パンダにしてくれる」
「ハッハァ!上等だ!やれるもんならやってみやがれ!!」
そしてダンテの剣が風を切る音でラウンド2が開始されました。
やろうとしている事はそれなりに双方物騒なのですが
言葉だけ見ていると一体いくつの人達のケンカなのかわかりません。
しかし顔を合わすと戦わずにはいられないこの兄弟。
ここで本気を出しあって別箇所から漁夫の利をされることがわかっていても
やっぱり殴り合わずにはいられない所、結局どっちもどっちなようです。
そうしてそんな彼らは我を忘れて戦った結果、やっぱりこの世界の定説通り
お互いにボロボロになった所で今回の黒幕ピエロことジェスターことアーカムに
途中で入ってきたレディもろとも舞台下にたたき落とされてしまいました。
そしてそれからは黒幕のアーカムの思惑通りです。
塔は本来の役割のため起動し用済みの連中はいなくなり
少々回り道はしたけれど全てが滞りなく上手くいった。
そう思った時でした。
「・・ふーん。あの子が妙〜〜に険悪な目で見てたのはそう言うこと」
天に向かって勝ち台詞を言いかかっていたアーカムがぎょっとして振り返ると
一体いつからそこにいたのか、赤い舞台のはじにさっきまでいなかった人間がいて
周りが可動音で騒々しいのをものともせず少し呆れたような顔をして立っていました。
それは少し前までバージルと行動していて
しばらくしてから急に行方が掴めなくなったけど
別に害がなさそうだからと放っておいた予定外の人間です。
その予定外の人間は妙な鎧に妙な武器を腰に持ち
そしてなぜかバージルが着ていたはずの青いコートを肩から結んで引っかけ
マントのようにばさばさとひらめかせていました。
しかもその人間、一体いつからそこにいたのかも含め
武器を持っているのに殺気も怒気もなにも感じられず
非情で冷徹なはずのアーカムですらちょっと不気味に思えました。
でも彼はまだ知りませんでした。
この一見してちょっとヘンなだけに見えるこの人間が
今回最も恐ろしい予想外になるということを。
「・・お前は確か・・片割れの上の方についていた異物だな?」
「む、なにを人をメシに紛れ込んでた鉄鉱石みたいに。
まぁ異物っちゃ異物かも知れないけどもうちょっと言い方ってもんがあるでしょ」
「途中で気配が消えたと思っていたが・・何のつもりだ?
まさかお前もスパーダの力を欲しここへ来たとでも?」
「?いやその事については何のことかさっぱりだけど
話はなんとなくで聞かせてもらったから
アンタがどういう人なのかだけは何となくわかる」
「・・・・」
「つまりあたしとしては家族内の事には口出ししないつもりだったんだけど
今の口ぶりや聞いた話の内容や行動からして・・アンタはその逆って事でしょ」
そう言うなりごつごつと床を踏んでレイダが無造作に間合いを詰めてきました。
まさかこんな所でやる気かとアーカムは緊張しますがそうではありません。
「ホントならあの子達のかわりに2発以上の偶数で殴ってあげたいところだけど
そこまでやっちゃあの子達の顔も立たないだろうから
今はこれだけで我慢しとくね」
と言ってレイダがどこからか取り出したのは
手作りで作られたらしいボールのようでボールではない、正体不明の不吉な玉。
そしてちょっと微妙な色をしたそれを片手にした奇妙な女は
ニヤリとどこか底意地の悪そうな笑みを作ってこう言いました。
「じゃあね。極彩色かと思ったらシンプルな造形したハゲさん。
おとっつぁんがらみで何やらかす気かしらないけど
次こっちがムッとするような事を目の届く範囲でしたら
その顔の皮、色ついたとこだけ生で剥いじゃうぞ」
最後にさらりと恐ろしい脅し文句を付け
レイダは手にしていたそれを舞台の中央にぱかんと叩き付けると
もうかなりの高さになっていたそこからひょいと無造作に飛び降りました。
アーカムは一体何しに来たんだとかこの高さだと自殺行為じゃないかと思いましたが
何しに来たかの謎だけは即座に解けました。
彼女が最後に叩き付けていった玉。ものすごくくさいのです。
それはおそらく動物のフンを調合し広域に広がるように作られた物なのでしょう。
別にくさいだけで死んだりはしませんし文字だけではそのくささも伝わりませんが
しかし彼にとってここ一番の大掛かりで大事な見せ場にそれはあんまりです。
そうこうしているうち舞台は途中で悪趣味な鐘を回収しながら塔のてっぺんにたどり着き
ウン●臭いのもかまわず悪趣味な仕掛けが次々と作動していき
塔の上にあいた魔界への門からは赤い鳥が大量になだれ出てきます。
しかし本来塔の上で狂喜乱舞するはずのブラッドゴイルは
やっぱりくさいのかその周囲に近づくと虫除けをたかれた蚊のごとく慌てて飛び去っていき
しばらくして本当は不気味で壮大だったはずのその舞台は
カレー色のくさい空気にまかれたハゲオヤジ1人だけになってしまいました。
まぁそんな事もあり本来ここで1人ベラベラご機嫌に喋るはずだったアーカムは
魔界からの道がのび、宇宙人に連れ去られるかのようにだらんと浮き上がっても
まったく一言もしゃべることなく死んだようなテンションで魔界へ行ってしまいました。
さて一方そのころ
話の進行上谷底には落ちず元礼典室の床に叩き付けられていたバージルは
痛みと悔しさをバネにようやく身を起こし、実はウ●コ臭くなっているとは夢にも思わず
遙か上を見上げてギリギリと歯ぎしりをしていました。
失態です。完璧なる自分のミスです。
ちょっと冷静になって考えればわかった事なのに
ダンテとのケンカはあらゆる計画をぶっつぶす効果か何かがあるようです。
いえ本当はただ単に兄弟間で血が上りやすいだけなのですが
そんな事はカケラも思わずやっぱり愚弟のせいだと完全に逆恨みしたバージルは
武器があるのを確認し立ち上がろうとしてふと腰のあたりが傷むのに気がつきました。
しかし触ってみると骨が折れたわけでも傷が深かったわけでもありません。
それはポケットに入っていた物が落下した拍子にぶつかった痛さです。
バージルは一瞬それが何だったのか思い出せませんでしたが
すぐにそれが何だったのかを思い出し、慌ててポケットからそれを取り出して
包んであった綺麗な布をとき中を確認しました。
しかしそれはあれだけの衝撃だったのに傷1つついておらず
何事もなかったかのように涼しい光を放っていてバージルは心底ホッとするのと同時に
軽くしまったとも思いました。
それは昔、ある人間から報酬としてもらったライトクリスタルという鉱石で
使い道はまったくわかりませんがくれた本人が貴重だと言ったのだし
彼もなんとなく気に入ったので今までずっと持ち歩いていたのです。
でもこんなもの、大事に持っておくべきではなかったのです。
さっき捨てるつもりで置いてきたコートと一緒にあそこに残しておけば
後からじわじわこんな気持ちにはならなかったはずです。
しかしそんな気持ちとは無関係に
誰かさんと同じように頑丈でどこででも輝きの変わらないそれは
見れば見るほどあののんきな顔を思い出させるばかりで
バージルは1人で切なくなるのと同時に無性にイライラしてきました。
・・くだらん。実にくだらん。
なぜ今ごろあんな馬鹿の顔を思い出す必要がある。
あの粗暴で原始的で物を剥ぐ事ばかりを考えている
脳天気に手足をつけたようなヤツの事など・・!
「・・・っておぅわ!ギリギリかーー!?」
そうそしてこんな色気も何もない絶叫をする・・・アレ?
と思って上を見ると変な体勢で桃色の剣を振りかぶった見覚えのある鎧姿。
ごぉおおおお ガッ!ドずがーーーん!!
それは目に見える距離になったころ横にあった壁を巨大な剣で殴りつけ
ちょっと離れた所に落下しました。
叫んでいた通りもうちょっと近ければ直撃していたでしょうが
もうもうと煙を上げるそこに隕石のように埋もれていたのは
さっきまで脳裏から消えなかったヤツそのものです。
「あたた・・あっぶなぁ・・危うくトドメさしちゃうところだった・・。
でもこれってラオあたりに使えないかなぁ」
そしてその人はかなりの衝撃と落下だったにもかかわらず当たり前のように元気でした。
しかしバージルはなんで置いてきたのが上からふってきて
なんでこんな絶妙なタイミングで落ちてくるんだとか
そしてまた上に落ちるつもりだったのか死ぬだろさすがにとか色々混乱し
その当人からもらった結晶を手にしたまま動けませんでした。
「・・むぅ・・でも降りてきちゃったのは間違ってたかな。
また登りなおそうにも面倒そうだし・・」
などと言いながらガレキから立ち上がったその背には
前でくくられているのだろう青いコートがひらめき
がちょんと戻された大剣と合わせると色合い的に妙ですが
ホコリをはらってからこっちに歩いてくるその姿がなぜか百戦錬磨の将軍に見え
バージルは思わず目をごしごしこすってしまいました。
「?なにやってんの。まさかまだ寝ぼけてるとか?」
「違う!違うが・・その!軽い幻覚が・・」
「ま、いいや。たまに様子が変になるのは見慣れてるし
それよりもおは・・やくもないからおそようか」
「おそ・・?」
「それにしてもまったく・・人が寝てる間に色々置いていなくなるわ
心配してウロウロしてたらやっぱり兄弟ゲンカしてて
知らない女の子と一緒にいじめられた後まとめて蹴り落とされてるわ
ここは急にごっそりこんなになるわで、ちょっと寝てる間に急激に話が進みすぎでしょ」
「・・・・・」
別にしかられたわけでも責められたわけでもないのですが
そう言われてバージルはなぜかしゅんとなりました。
ホントはもっと上手くやるはずでこんなはずではなかったのです。
今度ばかりはそれが顔に出ていたらしく
レイダはちょっと困ったように肩をすくめました。
「・・いや別にそれが悪いとかで責めてるんじゃないんだけどね。
あのシンプルさん(アーカム)のやり方って大物との戦闘で必死になってる最中
こそーっと刺してくるランゴや物盗んでくる黒猫に似てるし」
「・・・・・聞いていたのか」
「まぁね。でもホントはもうちょっと早く声かけるつもりだったんだけど
あの女の子見てたら入るタイミング見失っちゃってさ」
レイダの話によると彼女はバージルに置いて行かれた後
置いてあった地図からして『帰れ』と言うつもりなのはなんとなく察しましたが
やっぱり少し心配になり道なりに進んでここまで来て
大きな扉の前で兄弟ゲンカ開始の音に遭遇したそうです。
隙間から中を少しのぞくともう止められそうもないケンカが続いているので
どっちかが飽きるか疲れるかしたらそれとなく止めに入ってやろうかと思いつつ
脇道にあった変な像から何か取れないかなーとつっついて時間をつぶしていたら
知らない間に知らない女の子(レディ)に先手を取られて入るタイミングを失い
さらにあのピエロやその本体らしいハゲも出てきたり何やらしたりで
もう人数ふえて事情もこんがらがってさすがに面倒になってきたので
全部置いて帰ってやろうかと思ったそうです。
「でもさすがにそれは薄情だし、どうしよっかなーと思ってたら
シンプルさん(アーカム)が一人勝ちして上がってっちゃうから
とっさに上がっていく台のはじっこにしがみついて
ついでになんとなく腹が立ったから軽く嫌がらせして降りてきたの。
で、そのついでに今度はかなりの高度から踏んづけそうになって
ちょっとあせったりもしたんだけどね」
とてもわかりやすくて最後の方がぞっとするような話でしたが
バージルにはその話の中で1つだけわからない部分があります。
「・・・聞くが・・嫌がらせというのは何だ」
「えっと・・これ。こやし玉っていうモンスターのフン調合した対特定飛竜用のニオイ玉。
人間相手に使ったことはないけど嫌がらせくらいには使えるかなと思って
上で1つ叩き付けてきた」
そういや降りてきた時一瞬妙なニオイがしましたが
彼女はそれを上にいるだろうにっくきハゲに置きみやげしてくれたようで
ずっしりと重かったバージルの気分がすかっと半分以上晴れました。
しかしこの強いのか賢いのか馬鹿なのか(弱いという認識はない)分かりづらいヘンな人
ちょっとつかみ所があるもののやっぱりそういう妙な才能には長けているようで
気が晴れるのと同時にこれから先への妙な希望がわいてきました。
「お、なに急に嬉しそうな顔して。もしかしてそれなりに正解だった?」
「・・そうだな。やつを完璧に排除しなかった事は心残りだが、そこまでは要求できまい」
「じゃあ後の始末やその先の事は自分でなんとか?」
「当然だ。俺はそのためにここを探り当て多くの工程をえてここまで来たのだ。
たとえ誰であろうと、もちろんあんな道化のなりそこないであろうと邪魔はさせん」
そう言ってさっきまでの様子とはうって変わって強気な目をして立ち上がるバージルに
レイダは1つ笑ってくくっていた青いコートを手早くほどいて差し出してきました。
「そんじゃせっかくだからそれ、最後まで見ていこうかな。
こんな複雑な所うろつきまくって無収穫ってのもつまんないし
そこまでして欲しがる物がどんなものなのかも見てみたくなったし」
そのいい加減で脳天気なセリフにもうバージルは呆れも怒りもせず
ふんと不敵に笑ってコートを取り、弟よりも派手ではありませんが素早い動作で袖を通し。
「・・いいだろう。貴様にはその価値も権利もある」
と言って最後にびしと襟を正し、塔の伸びた中央の遙か上を見上げました。
兄弟間にある習性をまんまと利用され、今までの苦労を丸々かっさらわれはしましたが
そこのヘンな人はそれだけでは終わらせなかったというのですから
これはもうその成果とやらを確かめずにはいられません。
たとえその成果がまったくなくとも
なければその分を上乗せしてきっちり返せばいいだけの話です。
いつの間にか父の力がどうとか言うよりも仕返しが主体になっているようですが
バージルはかまわず身体の状態をざっと確かめ
そこでようやくまださっきの結晶を握ったままだった事に気付き
少し考えて元の場所に戻しました。
また後でなんでこんなの持ってたんだとか後悔するかも知れませんが
今はとにかく持っておいた方がいいと思えたのです。
せっかく食い物以外の残る物をくれたのだからとか
今母の形見がないからそれのかわりに持っていたくなったとか
なくすと余計に切なくなりそうだからとかそんなのではありません絶対。
「?・・なにが絶対なの?」
「人の葛藤を勝手に盗み見るな!!」
「いや見るもなにも部分的に口から漏れてた」
「・・!」
バージルは即座に何か怒鳴りかけましたが
それより先にある物が目に入って急に動きを止めました。
その視線の先にあったのは見たことのある金色の石です。
しかしそれだけなら気にはならなかったでしょうが問題なのはそれがあった場所です。
「・・・おい」
「?なに」
「なぜそれがそこにある」
それというのは地図と共に保険として置いていってやったゴールドオーブ。
そこというのは彼女の着ていた鎧の胸の隙間のことです。
なんのつもりか分かりませんがオーブの中で比較的気色悪くないそれは
その微妙な隙間に上手におさまってぼんやりと控え目に輝いていました。
「あぁこれ?なんかやっぱり顔がついててどう使うのかわかんなかったから
とりあえずすぐ使えそうで目立つ所につっこんどいたの。怖いから顔下にして」
「・・・所持品入れに仕舞え」
「?なんで」
「いいから所定の所持品入れに仕舞え。
それは使用するのではなく時が来れば自動的に効果が発動するものだ」
「え〜?キラキラしてて結構綺麗なのにー」
「仕舞え」
「・・・・うぃーす」
有無を言わせぬ迫力にレイダはしぶしぶそれを腰のポーチに仕舞いましたが
そこから出した時それがチッと舌打ちしたように見えたのはバージルのみの幻覚です。
でもこの時それぞれに渡した物がそれぞれの所持品の中に入り
横から聞けばそれなりに意味深な状況になっていることを
なんでよとか五月蠅いとかぶつくさ言いながら歩き出した2人が
気付くことはありませんでした。
どっちも色気がない物ではあるんだけれど意味深です。
あと私的には無理だけど絵でキャトられるハゲと
青マントの将軍風狩人が描きたかったなぁ。くっくっく。
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