9. 誰しも万能ではない
その長くて広い野外のような通路には段差や壁などが何もなく
かなり飛距離のある飛び道具をもつエニグマという悪魔にとっては絶好の場所でした。
相手との距離はいつもかなりとってあるので
到達されるまでには一度は矢を射れる・・はずでした。
しかし、今日はちょっと様子が違い入ってきた侵入者は2人。
そのどちらも一直線にこっちへ向かってきます。しかも両方ともが結構な速さです。
エニグマは迷いました。マトは2つです。しかし迷っているヒマはありません。
とりあえず青い方に狙いをさだめて矢を作りますが
それが放たれる寸前、その青い姿は忽然とかき消え
次に出てきた時にはそのエニグマをバラバラにしその背後に出現していました。
「あ!やられた!」
「もう一体!」
軽く悔しがる鎧の人を尻目に
青いコートの人は近くにいたもう一体に斬りかかろうとしますが
それより一瞬速くむやみにデカイ剣がリーチをきかせ、残った1体を叩き潰しました。
「よっしゃー!同点!」
「く・・まだだ!」
この2人、何をしてるのかというと長い道でただ走って敵を倒すのもつまらないので
どっちが先に多く敵を倒せるかの競争をしていたのです。
しかしたかがお遊びといっても片方はかなりの負けず嫌い。
片方はそうでもないけれど何をやらかすか分からない意外性の満点な人です。
2人はなだらかな階段を物も言わずに駆け上がり
若干ビビっていたエニグマに同時に襲いかかりました。
しかし今度はスティンガーで先に突き刺してバージルの勝利。
そして続けざまに段差を飛びおり残った2体へ突進。
2体とも矢をびゅんびゅん飛ばしてきますが2人とも気にしません。
「この・・危ないっての!」
「当たるか!」
矢をかいくぐってまず1体目はレイダが中距離から矢でしとめ
最後の一体はバージルが同じく中距離から閻魔刀でしとめました。
そして目の前には扉があるのでそこでゴールのようです。
「えーっと、って事はこっちが2つでそっちが3つかぁ」
「ふ・・つまらん遊びだが退屈しのぎにはなったな」
でも途中からかなり必死で最後一瞬魔人化までしようとしていたことを
バージルは当然言いませんでしたし顔にも出しませんでした。
が、レイダの方はなぜか負けたにも関わらず何やら楽しそうです。
「・・・何だ、何をにやついている」
「いやさ、ここに来て最初に見かけた時より随分しっかりしてきたなぁと思ってさ」
「当然だ。いくら感覚を忘れていようとここまで来れば嫌でも思い出している」
「じゃあ別にあたしがいなくてももう充分やっていけるよね」
バージルは何か言いかかった状態で固まりました。
確かにここで戦っていた時の体感はほぼ取り戻せています。
おそらく1人でもこの先ちゃんとやっていけるでしょう。
けど急にそんなことを言われても困ります。戦力的にも心理的にもです。
大体長らく1人でいてようやく共同戦線を覚えた彼に突然それはあんまりというものです。
しかし彼はその動揺とか困惑をまったく表に出したつもりはありませんが
妙な事にカンのはたらくその人には即座にばれたようです。
「・・って言ってもまだ面白そうだから、しばらくは勝手についていくつもりなんだけどね」
肩をすくめて腰の毒剣をぺしりと叩き、彼女はのんきに笑いました。
昔の彼ならそんな理由でついてくんなと思っていたでしょうが
幾多の戦闘を共にし、なおかつ色々おちょくられた彼はもう何も言いません。
安堵感を眉間のしわに無理矢理押しこみ精一杯の不機嫌な顔を作り。
「・・・好きにするがいい」
とだけ言って踵を返し、さっさと歩き出しました。
でも足を動かす寸前ちょっとだけ笑ってしまったのを気付かれていたかどうか。
それを知るのは『ハイハイそりゃもう好きにしますとも』とか言いつつ
笑いをこらえているレイダという人にしかわかりませんでした。
それから少し歩きしつこく邪魔をしてくるクモを倒して部屋を抜けると
そこは最初に見た吹き抜けに細い橋のかかった妙な場所です。
しかしその先には入ってきた入り口しかありません。
「・・で、ここからどうするの?」
「これでこの橋を起動させ別の入口につなげる」
バージルはそう言ってさっき湖の方で手に入れていた丸い物を出しました。
永劫久機関と言われるそれはぽんぽんと手の上を舞い
さらに膝の上やかかとで数回跳ねた後、強烈な回し蹴りをくらって宙を飛び
遙か上の方にあった獣のオブジェの口にガツンと見事にはまりました。
それはそんな使い方をするもんじゃない気もしますがそれはそれで合っていたらしく
獣の目が光ったかと思うと2人のいた橋がガリガリと動きだし
橋の切っ先が離れていた別の入り口にがーしんとはまりました。
「うぉー!おもろーい!そんでかっちょいー!」
「・・酔狂な仕掛けだ。行くぞ」
感激するレイダをよそにバージルは興味なさげに歩き出しましたが
観客のまるでない1人舞台よりもこういう方がいいかなとか
弟みたいな事をこっそり無自覚に思っていました。
そして意味ありげな血のりのついた場所を完全にスルーし次に出たのは
丸くて大きい歯車がたくさん並んだ何かの機関室です。
そこは後々何度か苦労する場所なのですが今はそう苦労もせず通り過ぎ
いえ視界の悪さや高さなどにちょっと苦労しながら進むと
次に出たのはこれまた所々に血のりのついた細長い通路です。
しかし今気にするところはその血のりではなく
通路のあちこちから吹き出してきたガス状の何かでした。
「?なにこれ、ガスかブレス・・じゃないね。笑ってるし」
「詳しい説明は省略するが、あの状態での物理攻撃は全て無効だ。
人の視界から外れた時に本体をあらわす。そこを叩け」
「・・つまりシャイなの?」
「勝手にそう思っていろ」
すげなくそう言ってバージルはフォースエッジに持ち替えました。
これは人が背を向けている時にだけ正体を現すのですが
霧状の中に突っ込んで剣を振り回していると背の真後ろに本体が出た時
剣の振り回しついでに攻撃が当たることを彼は経験で知っていたのです。
そうして実際の手本を見せてみると単純なハンターさんは即座に飲みこみました。
「おぉなるほど。そういうのならとくい」
ぞわり
その何気なく言われたなんでもない言葉に
バージルの背中にとれたてピチピチの生魚を流し込まれたような悪寒が走りました。
というのもレイダの武器はちょっと極端で片手剣はまぁ普通の剣として扱えるのですが
もう一つの剣である大剣(ティタルニア)というのが問題で
身長ほどある大きくて肉厚な剣を横とか背後とか斜め後ろとか
そう速くはないものの縦横無尽にふり散らかすので近くにいるととても危ないのです。
いち早く危機を察したバージルがその場から離れるとその悪い予感は的中しました。
ぶぉんぶぁんどごんとせまい通路で振り回される巨大な剣に
飛びかかろうとしていたのやちらっとたまたま本体を表しただけのまで
とにかくその剣の範囲にいたソウルイーターという悪魔達はどんどん巻き込まれ
DTゲージとられるのがどうとか言う前に次々と飛び散っていきます。
しかしバージルはその時ふと思いました。
彼女は一応普通の人間なので魔人化はできません。
したがってDTゲージなるものも存在しません。
じゃあアレはソウルイーターに捕まった時に何を取られるのでしょう。
いやどっちかっていうと何かを取られる前にその足をふん掴み
そのまま食いちぎって逆に何か吸収してそうだとバージルは6割本気で思いました。
まぁ幸いそうなる前に全部倒し終え、長い通路を抜けて大きな扉を開けると
そこは大きな礼拝堂のような場所で
趣味の悪い柱や血のたまった悪趣味な祭壇などがあり
上にはそう高くない中二階がありました。
しかしそのどこを見回しても次の扉らしき物が見当たりません。
「・・あれ?ここで行き止まり?」
「いや、上の仕掛けを作動させると隠し通路が開く。待っていろ」
そう言ってバージルは柵の壊れていた場所から中二階に上がり
動かしてくぼみにはめる仕掛けの像の前に立ちそれを攻撃をしました。
が、そうして動くはずの像はなぜかピクリとも動きません。
パワーが足りないのかとベオウルフに変えてみましたが結果は同じです。
不思議に思っていると『え、よっこらしょ』とか言いつつレイダが下から顔だけをのぞかせ。
「ねぇ、それひょっとして逆じゃない?」
と言いました。
あ、と思って立ち位置を確認すると
確かにその像をはめる方と自分の立ち位置が逆です。
バージルは慌てて像の反対側に回りました。
「あっはっは!初歩的なミス!」
「う、五月蠅いちょっと勘違いしただけだ!」
笑いながら下に戻ったレイダを横目にバージルはヤケクソ気味に攻撃して像をはめこみ
さらに反対側に走って壁の中にあった像を攻撃で押し、所定の位置にはめこみました。
「あ、ホントだ隠し通路・・っておわ!?」
しかし直後下の方から変な声がしました。
そう言えばここは道をあけた直後悪魔が出現していたはずです。
バージルはすかさず中二階から飛び降り大鎌を回避していたレイダと合流しました。
そこにいたのはまだ名前を思い出してないヘル=バンガードです。
「あれ、これって前にも・・まぁいいや」
実はこのまだ名前が認識されていないレイダ認識のドスアクマ。
これで3度目の登場になるのですが普通のヘル達との見分けがあまり出来ていないので
レイダにはちょっと大きいアクマとしか思われていないようです。
それはそれでちょっと哀れな気もしますが気にしてはいけません。
2人で囲んで挟み撃ちにみうちにし、攻撃をはじかれなかった方がフォローして
ほどなくドスなんとか・・じゃなくてヘル=バンガードは崩れ落ちました。
が、その直後それを待っていたかのようにさっきのガス
つまりソウルイーターが周囲にいくつか発生し始めます。
「・・複数体か!」
「む、囲まれてる」
この場合ちょっと厄介だと2人は同時に直感しました。
相手は霧として見えていても背中を見せないと出てきてくれませんし
かといって突っ込んで武器を振り回している間他のヤツに攻撃される可能性もあり
さっきのような狭い通路ならともかく囲まれた上に広いここでは背後が守りにくいのです。
2人は背中合わせでしばらく考えましたが、なぜかその時2人のまったく違う脳裏には
まったく同じような考えが浮かんで、同時ににやりと笑みが浮かびました。
「・・ねぇ、今いい方法思いついたんだけど」
「・・奇遇だな。俺も今それを言おうとしていた」
そして2人はなぜか背中合わせの状態からばっと向かい合う状態へと向き直ります。
そうすると周囲のソウルイーターからは背中が見えるのですから
当然周囲にいたガスから妙な形と模様をした本体が浮かび上がってきます。
しかし2人はそれには目もくれずそのまま向かい合った相手の横をだっと走り
お互いの背後にいた実体に向かって飛びかかりました。
驚いたのはソウルイーターです。目の前に背中を向けた無防備なやつがいたと思ったら
その向こうから武器をもったやつが飛び出してきたのですから。
あわてて霧に戻ろうとして間に合わなかった数体が倒され赤い石になり
残った数体が霧に戻るころ2人はまた背中合わせになって立っていました。
「よかった。一応上手くいくみたい」
「原始的な知能構造のおかげだな」
言うなり2人はさっきとまったく同じ方法でお互いの背後にいたソウルイーターに飛びかかり
ほどなくその場所にいた妙な霧はきれいさっぱりいなくなりました。
「はいおつかれさん」
「あんなもので疲れるはずが・・何だ」
それぞれに武器をしまっているとなぜか片手を顔の高さにまで上げているハンターさん。
「えっと、なんて言うんだっけコレ。
たしか何かが上手くいった時はこうして手と手をぱちんとかするんでしょ?」
「・・・・・」
バージルはいろんな知識や記憶をひっくり返し
かなり考えてからハイタッチの事だと思い出しました。
が、正直彼はそんなガラではありませんし、あんなの準備運動のうちにも入りません。
しかし上げられた手はそのままずっとそこにあり
重そうな防具で固められているのにちっとも疲れて落ちそうにありません。
バージルはかなりムッとしたような顔をしていましたが
やがて諦めたのかささっと周囲に目がないことを確認し、ぺしっと軽くそれを叩きました。
しかし当のハンターさんはちょっと微妙な顔をし。
「・・音が貧相」
「・・!」
などと言われてムキになったバージルは再度手をふり上げ
今度はばちーんと軽快な音をさせました。
が、彼は知りませんでしたがその叩いた手を守っていたのは
クシャルダオラという鋼の古龍の素材で作られた強力な篭手です。
いくら半魔とはいえ指の出た皮グローブ一丁で勝てるはずがありません。
「・・いや、別に何もそこまでしなくても・・」
じんじんして感覚がなくなった手を抱えうずくまった青い人に
さすがにのんきなハンターさんも困らずにはいられませんでした。
手の感覚が戻るのを律義に待って隠されていた通路をぬけると
そこは随分と広く長く、そしてレールのようなものが遙か奥まで続いている場所で
一通り周囲を見回したレイダは首をかしげました。
「あれ、また随分と細っこい道になってるのね」
「・・貴様の目は節穴か。ここに貨車が・・」
と言いかけてバージルは文化の違いの事を思い出しました。
なにせこの人はあらゆる物を活用したり調達しようとし
そこから食料や武器や鎧を作り出そうとする原始な人です。
レールとか貨車とか言ってもわかるわけがありません。
「・・その道はこの台が移動するための専用道だ。
よってその上を歩いて移動する必要はない」
「え?コレ動くの?」
「原理を説明しても理解はできんだろうから実際に乗ってみるのが一番だ」
「ふーん」
言われるがまま貨車、本当の名前を生贄搬送車とかいう物騒なものに乗ってみると
それはがしゃんと入ってきた所に柵を立て結構なスピードで走り出し
こんなスピード体験した事のないレイダが女の人とは思えない絶叫をしました。
「おぅわああぁーー!?なんっっじゃこりゃーー!!?」
「・・だから先程移動するためのものだと・・」
しかしそう言いかかった時隣にあった車線から別の貨車が来て
そこから数体の悪魔がバラバラと容赦なく飛び移ってきます。
「えぇえ?!ちょっとこんな状態でやり合う気!?」
「落下防止の処置はされている!かまわず一掃しろ!」
「・・ぐ・・でも、しかし!
洞窟でチャチャとランポスとレウスに同時包囲されるよりはマシかぁ!」
意味はわかりませんが自分で自分を励ますようにそう怒鳴りレイダは毒の剣をぬきました。
場所は貨車の上のみでそうスペースもなかったのですが
確かに落ちないように出来ているようなので景色を気にしなければ大丈夫なようです。
バージルはどうなる事かと内心ヒヤヒヤしていましたが
爆発物を持った悪魔もちゃんと距離をとってから仕留めているし
隣の貨車からの飛び道具もちゃんと阻止しているのでひとまずは安心しました。
そうしてあらかたの悪魔を倒しきったころ、貨車は終点らしい場所でガガっと止まり
2人は遙か下が溶岩というちょっと暑い場所へ降りました。
が、降りた瞬間レイダがなぜかだっと通路のはじに掛けより
溶岩の流れている下をがばとのぞき込みました。
なんだまた何か拾うつもりかと思いましたがそうではありません。
「・・・・うご・・お○×*##ぇ〜〜」
元からない色気をさらに押し流すような声でもどしただけでした。
さっきまでは戦っていたので気も紛れたのでしょうが
さすがに乗り物という概念も持たない人に突然あのトップスピードはマズかったようです。
かなりの熱風が上がってくるのもかまわずケロケロやってるその姿に
バージルはちょっと同情するのと同時になぜか少しホッとしました。
悪魔から物を剥ごうとしたり巨大な武器を平気で振り回したりするこの人ですが
一応そういう身体的に人間らしい所もあるようです。
しかしそれがわかったのがこんな状況というのもかなりアレですが。
「うっぷ・・ゴメン・・・ブルだったか灰色だったかモスだったかわかんない肉・・。
消化なかばでこんなとこに落としちゃって・・・ホントにゴメン・・・にく・・」
バージルは一瞬背中をさすろうと思いましたが速攻でやめました。
でもそのまま放置しておくのもなんとなく気が引けたので
そばでじっと待っていてあげることにしました。
でも一応は見捨てない優しさ。
一度食ったら戻さないのが食い物に対する礼儀らしい。
それにしても色気のないおねいさんでスミマセン。あとベオ戦は省略。
そのかわり次、大急ぎ無作戦。
10. 急いでいますどきやがれ
さてさて、誰かさんがグロッキーから回復したのを待ち
元から持ってる魔具をなんでまたブチ倒すハメになったりしたのかはさておき
こんな奥地まで来てボスを倒したからにはまた先へ進む鍵が入手できるはずです。
しかしここの鍵はちょっと特殊で持って行くのにある程度の心構えが必要でした。
「・・ではここでいくつか貴様に忠告しておく事がある」
「ふぁい、なんえひょうかふぇんふぇえ」
「よし。まずその口の中の物を速やかに咀嚼し、かつ飲んでから喋れ」
それはバージルに比べて回避がちょっとヘタだったため
あちこちコゲたり負傷したりして見かねて押しつけられたあの緑の顔面星です。
そしてもうその使われ方で確定したそれをきちんと飲み下し
レイダはあらためて手を挙げました。
「・・回復終了。はいどうぞ先生」
「ではまずここに置かれた球体は狂った永劫機関というもので
先程渡ってきた可動橋をまた別の入口へとつなげるための起動装置だ」
「・・・・・・・・」
「つまりこれを先程の橋まで持っていかなければ先へは進めない」
「あ、そうなの」
難しい話が苦手なのか簡単に言い換えるとレイダはあっさり納得しました。
どこかの誰かさんみたいな知能構造ですが気にしてはいけません。
「だがこれはその名の通りある狂いが生じていて
所有しているとその者の生命を時間と共に奪う特性がある。
つまり持っている限り生命力をそがれそちらで言う毒状態にかかりきりになるということだ」
「・・え、ちょっとそれってヤバいんじゃない?」
「もちろんだがそんな物を長々と所有するつもりはない。
要はこちらの生命力が尽きる前に可動橋まで到達できればそれでいい」
「・・つまりそれを持って大急ぎでさっきの橋の所まで戻ればいいのね?」
「そうだ。幸いこれにはそのリスクと引き替えに魔人化を持続させる効果もある。
道中の戦闘効率は上がるだろうがこれは時間との勝負だ。
無駄な戦闘は避けいち早く先へ進む事だけを考えてもらいたい」
「ふむ・・」
レイダは台座の上でぐるぐると変な回り方をしているそれをじーと見ました。
しかしなぜかその間にバージルがさっとわって入ってきます。
彼は何も言いませんでしたが『これは自分が持つからお前は触るな』と言いたいのでしょう。
まぁ確かに自分が持つよりも戦闘効率の上がる彼の方が適任ですし
男が自分でやるといってる事を邪魔するほど彼女もバカではないので
少し笑って肩をすくめるだけにとどまりました。
「・・じゃ、あたしは出来るだけフォローに回るとしますか」
「それはかまわんが・・戻るには再び貨車を使用することになるが」
「あぁ、もう出せるもの全部出したから平気平気。
あと心構えちゃんとして急いでるー!って頭に入れとけば何とかなる」
「・・そういうものか?」
「そういうもんよ」
信憑性がまったく伝わってきませんが今はその言葉を信じるしかありません。
バージルはため息を1つつき
相変わらずぐるぐると変な回り方をしている玉の前に立ちました。
「・・では始める」
「いつでもどうぞ」
そしてその手がそれを掴んだ直後、バージルは青くてまったく別の姿に変わり
レイダと一緒にさっき入ってきた入口に向かって同時ダッシュしました。
帰りの貨車の上ではさっき倒したと思った連中とまたしても戦闘がありましたが
魔人化したバージルの力たるやさすがなもので、数を確実かつ迅速に減らしていき
時々出てくる爆弾を抱えたヤツもレイダがちゃんと距離を考えて射ってくれたので
帰りは行きよりも格段に楽になりました。
しかし先はまだ長いので喜んでいるヒマはありません。
「体調は!」
「意外とへいき!」
貨車を降りると同時に階段を飛ぶが如くで駆け上がり礼拝堂へ出ると
やっぱりさっき倒したと思った連中、今度はガスじゃない普通の悪魔に囲まれます。
しかもみんな微妙な距離で広い場所に散らばっていたのがやっかいでしたが
それもなんとか分担して倒し、今度は細くて長い礼拝堂参道へ。
しかしここで倒し方がめんどい赤い鳥が大量に出てきました。
「げ!ちょっと多い!」
「かまうな走れ!」
せまい通路にひしめく赤い鳥を横目に全力疾走してそこをぬけると
次の歯車の部屋でまたしても赤い鳥に出くわします。
ここも別に強制戦闘ではないのですがジャンプするのに邪魔されると困るので
レイダが射って石に戻しバージルが破壊するという戦法でなんとか一掃
したのですがそこでまた問題が発生。
レイダは高いジャンプができないかわりに
壁に足かがりか手の届く範囲の高さであれば大体の場所が登れます。
バージルはそれなりに高いジャンプとキックジャンプで高い所へ移動します。
しかしキックジャンプとは蹴る壁がないとできません。
あとキックしたあとの方向に着地地点がないと意味がありません。
なぁつまり何を言わんとしているかというと・・。
「ねぇちょっと!急いでるんでしょがんばって!」
「わかっているしやっている!」
歯車の軸を蹴って上がる場所で妙な所でカメラが切り替わる場所があり
ジャンプのヘタなバージルはなかなか次の段差に上がれません。
飛んでは落ち、飛んでは失敗、やっぱり間違えたり落ちたりを繰り返し
そうしている間にも体力はどんどん減ってきてバージルは泣きそうになりました。
こんな事が・・!あってたまるか!
悪魔と戦って死ぬならばともかく!飛ばない悪魔はただのブタ・・! あれ?
「・・えぇい!こうなったら!」
時間経過だけで体力を半分近くまで失い軽く混乱しかかっていたその時
先にどこからかよじ登っていたレイダがずだんと飛び降りてきて
なぜか身長ほどもある桃色の大剣をぶぉんと引き抜きました。
丁度着地したバージルはまさかと思いましたがそのまさかでした。
「秘技!背に腹は代えられないから後であやまろう打法ー!!」
どばちーん!!
人1人分はある巨大な剣の側面が綺麗にバージルの背後(おもに尻)をとらえ
それはまったくもってそういう使い方するもんじゃないけれども
今まで上がれなかった上の段まで叩き飛ばしました。
その分の体力ががつんと減ったような気もしますが
時間と共に体力が無駄に減っていくよりはいくらかマシです。
・・と思うしか今の彼に尻の痛さを緩和する方法はありません。
歯ぎしりして耐えようにも今口にあるのはほとんど犬歯なので口が余計に痛くなるだけです。
「はいゴメンね!コレ飲んで立って走って!」
少しして上がってくるのと同時に回復剤のビンをギザギザした口につっこみ
さらに肩まで貸してくる男らしいハンターさんにバージルはヤケクソ根性で立ち直りました。
というかこの勢いではとっとと立ち直らないと頭を掴んででも引きずっていかれそうです。
そうしていろんな意味で必死になりながら歯車を渡りきり最後の部屋まで来ると
前後の扉を結界で閉じられ、出てきたのはまたしてもドス・・じゃなかった
大きめ悪魔のヘル=バンガードです。
「む、やけにしつこなぁこのドスアクマ。何か恨みでも買ってたっけ?」
「・・・・」
いやたぶん今言ったそれのせいだとか思いましたが黙秘を通し
ちょっとせまい場所で他の悪魔とも一緒に時間勝負の大乱闘開始です。
幸いせまかったので間合いが取りやすくあまり苦戦はしませんでしたが
ようやく片づけて結界がとけたころにはさすがのバージルもフラフラでした。
しかしそこの扉をぬけた所がゴールです。こんな所でへばっていられません。
最後の力を奮い立たせてそちらに行こうとしますがなぜか途中で腕を引かれました。
「コラ違う違う!それ入ってきたやつ!そっちじゃなくてこっち!」
あれ、そうだっけと思いますが人間急いでいるとあまり確認しないもので
結局そのまま引きずられるように本来の出口へ向かい
途中『うひゃあ、感触がトトスそっくり』とか言われたような気もしますが
とにかく最後の扉をあけて外に出ると、この災いの元凶をはめる獣のオブジェが
かなり上の方にあるのが見えました。
そこからだとちょっと遠いし体力もギリギリですがやるしかありません。
今度はかっこつけてる場合ではないため急いで狙いを定めようとしますが
ふいに持っていた物が横からぱしっとひったくられ
いつもと別の物になっている頭が『もういい』とばかりにぽんと叩かれました。
え?と思ったその瞬間、レイダは一体どこで知ったのか分かりませんが
何とかの星なみなフォームで足を垂直に振り上げ。
「そいやあ!!」
気合い一声、それを所定の場所へと豪速で投げつけました。
それは蹴った時よりも速いスピードでオブジェの口に突き刺さり
可動橋は問題なくガガガと音を立ててまた別の扉へと繋がりました。
なんかもう色々とムチャクチャですが、とにもかくにも結果オーライというやつです。
「ふぃー・・ごくろうさん」
そして一仕事終えたレイダがほっとしたように汗をぬぐい
魔人化が解除され膝をついていたバージルに手を差し出してきました。
でもそれが手を貸すつもりなのかさっきみたいに叩けというつもりなのか
疲労して肩で息をしていたバージルにはわからなかったので
とりあえず彼は手をのっけてみる事にしました。
でもそうするとまるっきり犬のお手ですが
ずっと走って疲れた2人はどっちも気付きませんでした。
「いやさすがにあせったけど・・よかった。で・・どうする?少し休む?」
「・・・・・いや、いい、まだ歩、けっ?!」
とやんわり拒否る前にのせていた手をぐいと引かれ
近くにあった装置と柱の間にあった丁度いい隙間にずぼんと押し込まれました。
「ダメ。今一瞬返事するのためらったし、あたしもちょっと疲れた。休もう」
「な、ちょ、待て!俺は別に・・!」
「ここには何も出ないみたいだしちょっとくらいは必要でしょ。ハイ肉」
「・・・・・・その様子では休むまでそこをどかないつもりか」
「うん」
焼けた肉を突き出したまま目の前で仁王立ちするレイダにバージルは諦めるしかなく
取りあえず肉を受け取って体勢を崩し、柱にもたれたままもぐもぐやりました。
それを確認したレイダもようやくそこを離れ、装置をはさんだ向こう側にどっかと腰を下ろし
ガツガツと食べる音だけをよこしてきました。
そう言えばゲロった後にベオと戦闘をし間髪入れずあんな強行軍をやらかしたのですから
いくら野蛮・・じゃなくて野性味あふれたワイルドな人でもさすがにキツイでしょう。
人の尻をひったたいて飛ばしたのはともかくバージルはちょっと後悔し
「・・・あ”〜〜でもいい加減肉だけってのもあきた〜・・。
ネコんとこのフルコースか酒場の男の臭気にまみれた酒が飲みてぇ〜〜」
・・かけましたがそのあまりにあまりな独り言にやっぱりやめました。
「・・貴様はやはり・・ここへ来るべきではなかったな」
「あぁ、それはたまーに思うけど、もういるもんはどう言ったってしょうがないでしょ」
「・・・・・」
「ねぇ、それはそうとここから出たら夜釣りにでも行かない?
夜中はまた採れる物も釣れる魚も違うしさ。
あと雪山とか砂漠の昼夜の違いを見るのも楽しいよ。
こんな地下を這いずり回ってるよりは100万倍は」
「・・貴様はやはり馬鹿なのだな」
「む、なに急にしみじみと」
「事実確認だ。気にするな」
「ほー、そうですか」
と、そこからしばらく妙な沈黙が続き、バージルはちょっと落ち着かなくなりました。
よく考えたらこんな悪魔も誰もいない所に2人きりです。
レイダがそれを知っていてそうしたのかわかりませんが
物をはさんで座ってくれのが唯一の救いです。
とは言えやっぱり落ち着かないバージルはさっきの話を思い出し
なるべく不自然にならないように切り出しました。
「だが・・その・・・釣りの件は考えておく。
無論、こちらとてヒマではないので確定はできんが・・」
すこー こぴー
とか言っている最中、隣からへんな音が聞こえてきます。
まさかと思って身をのりだし横をのぞいて見ると
何かの装置の向こうでイカリ型ハンマーに寄りかかり
口を開けてこーこー寝ているだらしなさ全開な人が見えました。
もうホントになんてオッサ・・じゃなかった、なんて女だとは思いましたが
バージルは意図せずため息のかわりにふと呆れたように笑い
元の位置に戻って上を見ながら目を閉じました。
自分としては寝なくても休まなくても平気ですが
今くらいはこういうのに付き合ってやろうと思ったからです。
しかしこれが終わればまたこの先色々な事があるでしょう。
戦って仕掛けをといてまた戦ってそしてまた弟と再会して
そしてさらに戦い続けて彼がこの先向かうのは魚がいなければ昼も夜もない
考えてみれば究極に味気のない世界です。
バージルは考えました。
でも誰かさんの影響であまり難しく考えないように考えました。
周囲には音らしい音はあまりなく、規則的に寝息が聞こえてきて
たまに『・・黒真珠・・』とか『・・アロワナでかい・・』とかいう
意味不明な寝言が聞こえてくるくらいです。
バージルはしばらくして考えをまとめ、ある行動に出ることにしました。
それは数分だったのか数時間だったのかはわかりません。
ただその時間が経過したその時、そこにバージルの姿はありませんでした。
ただまだのんきに寝ていたレイダには青いコートが不器用気味にひっかけられ
その足元には塔が形を変える時の安全地帯を書いた簡単な地図がおいてあり
それは風で飛ばないよう金色の、でもやっぱり見た目が悪いゴールドオーブで
きちんと几帳面に押さえられていました。
考えた末に再度離脱。
日に日に別人みたくなっていく若兄ですがこのお話の大半はフィクションです。
でも上手にキックジャンプできなくて死にそうになったのは事実です。
でも気にすることはねぇ。飛べない悪魔もただの悪魔だし
飛べない方が断然多いんだから。
7へ