7.いきばた無理返し
今まで安全地帯だったラオシャンロンの頭部が砦の門に急接近し
攻撃を続けていた兄弟達がそこから離れると、上からレイダがバリスタを数発撃ち込んで
そこでようやく痛いと感じたのかまったく動じなかったラオシャンロンが吠えてのけぞります。
「・・やれやれ、さすがにちょっとは効いてるか」
「だがそれでも止まる気はないらしいな。
赤いうえ無駄にしつこい所は誰か似だ」
「前にしか進みたがらないのは誰かさんと同じだがな!」
「はいコラあと14分!動きが変則的になるから気をつけて!」
などと轟音にめげすいつも通りな言い合いをしていると
上から同じく巨大な足音や轟音にかき消されもしない声が飛んできました。
何でこんな状態で声が届くんだとは思いますが本人に言わせれば
『大声に自信がある人知ってるから』だそうです。
それはともかく痛いと思ってもやっぱり進むことをやめないラオシャンロンは
今度は長い首を曲げて門に押し当てるとぐいぐい押して門を壊そうとしてきます。
そしてこの様子だともう頭は狙えないとバージルは判断し
地面についている4本の足を素早く見回し言いました。
「後足片方づつ別行動だ。お前は向こうを担当しろ」
「OK、踏みつぶされるなよバカ兄貴」
「バカは余計だバカダンテ」
もうすっかり慣れたやり取りをし、赤と青は計ったように同時に走り出すと
無駄のない動作でラオシャンロンの足元に到達し
それぞれの方法で攻撃にとりかかります。
普段は何かと折り合いの悪い兄弟ですがさすがに戦うこととなると状況は違うようで
弓を組み立てながら上から見ていたレイダはちょっと感心しました。
「うーん、上から見てると綺麗に動いてるんだけど
近くで見てると馬鹿馬鹿しいケンカが絶えないのが欠点なのよね」
いっそ口だけ縫い合わせたら円満にすごせるんじゃないかなぁなどと
ちょっと物騒な事を考えていると、門を押していたラオシャンロンがぐいと首をふり
前足を上げて立ち上がってきました。
そうするとラオシャンロンとレイダの今いる位置とで丁度目が合うくらいになり
おまけにその状態のままラオシャンロンはレイダの方へ迫って来ようとします。
しかしレイダはまったく怯まず弓に矢をつがえると
弦をひきしぼり皮膚の薄そうな場所へぴたりと狙いを定めました。
「さてと、それじゃチキンレース開始ってね!」
そして放たれた矢はチャージめいっぱいの3本。
どう見ても外しそうにない巨体にそれは全部命中するものの
今まで散々射かけてもビクともしなかった身体なので当然止まりはしません。
しかしレイダはかまわず狙撃を続けました。
そうこうするうち巨大な頭はすぐそこまで迫って来てしまい
さすがに心配になったのか下から一発だけ発砲音があり
巨大なアゴから火花が散ってこんな声が聞こえてきました。
「オイ!コイツ止まらないがそこにいて大丈夫か!?」
「平気平気!それより今からちょっと仕掛けるから足元から離れてて!」
しかし同じ目線でゆっくり迫ってくるラオシャンロンの迫力たるや
とても平気で済ませられるようなものではありません。
他の竜のように火や熱線をはいたりしないのはわかっていますが
なにせそこは逃げ場がほとんどなく喰らいつかれでもしたら一発で終わりです。
言われた通り足元から少し距離をとりながら兄弟達はそれぞれに心配しますが
当のレイダはまったく動じず急に手を止めて弓をしまうと
ダンテのいじりたがっていた巨大なボタンに手をかけ
どんどん近づいてくる巨大な首をじっと見据えました。
その意外につぶらな目がこちらを認識しているのかどうかはわかりませんが
とにかくレイダはその目と真正面から睨み合い、待ちました。
ズシン ズシン
・・まだ・・もうちょっと、もう少し、4本全部確実に・・できるだけ引きつけて
そう頭の中で繰り返し、レイダはまばたきもせず
拳を握りしめて巨大な首が近づいてくるのを待ちました。
そしてその巨大な首がほんの目の前まで迫って来たその時
その手がありったけの力を込めて振り下ろされます。
「っしゃあ!」
ゴッ ガリリリリリリリーーーー!!
それはほんの一瞬で突然の出来事でした。
ラオシャンロンが接近していた門の周囲四カ所から可動式の巨大な槍が突き出し
すぐそこまで迫っていた巨体を突き放したのです。
ガオゥ!!
それは一瞬でしたがさすがに効き目はあったようで
鈍感かと思っていたラオシャンロンはかなり驚いたような声を上げて後退します。
「ヒュウ、なかなか豪快な最終兵器だ!」
「原始的だが効果的だな」
などとそれぞれに感心する裏ではでもやっぱり自分が押したかったなとか
でもどうしてそんな危ない所にスイッチ設置するんだとか思っていたりするのですが
ともかくそれぞれの思惑をよそに当のラオシャンロンは思いがけない攻撃でムッとしたのか
ぐいと体制を立て直し、長い首をもたげると巨大な口を空け。
ゥオオォォーーーーーン!!!
「ぐぁッ!!」
「!!」
周囲の空間が視界ごと歪まんばかりの咆哮を上げました。
その咆哮はさっき背中から落とされた時のように物理的な効果はもたらさなかったものの
とっさに耳を塞いでも防ぎきれず、足元にいた兄弟達はしばらく動けなくなりました。
・・クソ!なんでこんな図体で自己主張する必要が・・!
ぶん どご
あるんだと思って剣を構えなおそうとした直後
体勢を変えたラオシャンロンの長い尻尾がダンテを軽く轢きました。
しかし軽くと言っても物がかなりの大きさなので
普段カグツチ塔の最上階から落ちても死なないとか噂されたダンテも
瀕死とまではいかないものの結構なダメージをくらいます。
さすがに二度くらえば死ねると言われるだけあるようで
反対側にいて難を逃れたバージルが声を荒げました。
「立て!範囲に入るな!」
「・・このヤロウ・・!意識してやってないのがよけい腹立つ!」
まったくもってその通りなのですが、しかしここで怒っても仕方ないので
ダンテは急いで尾の範囲から離れると事前にもらった応急薬を数本飲み下し
再び門を押し始めたラオシャンロンの足元に走りました。
「はい10分切った!残り80%!」
ドーン! ギリギリギリ ドゴーン
巨体に押される大きな砦が恐ろしげな悲鳴を上げます。
ダンテもバージルももう無駄口をきかず、時々動きを変える足を見切りながら
ヒットアンドウェイで攻撃を続けるのですが、色々な痛さに慣れた巨大な竜は
もうどれだけ斬りかかろうともあまり動じてくれません。
「あと6分と60%!」
それでも時間は刻々と過ぎてゆき、制限時間と耐久度の限界が近づく中
止まることのない巨体が再び後足で立ち上がって
バカスカ矢が飛んでくるのも構わず一歩づつ
まるで見せつけるかのような様子で前へ進んでいきます。
「あーくそ!やっぱりしつっこいなぁ!
残り5分!ラストスパ・・あ!やべ!」
オォオオオーーーーン!!
何やら不吉な言葉で報告が途切れたと思ったら
案の定、その直後に例の咆哮がきました。
下にいるとわかりにくいこれも上で見ているとわかりやすいようで
イヤな予感をさせた2人はとっさに足元から飛び退き
今度は動きは止められたものの被害もなくやりすごす事ができました。
ガフォウ!ドーン!ギリギリ〜!
そうして大事なことを言い忘れるうっかり癖もたまには役に立つものだと思う上では
相変わらずおかまいなしな巨大怪獣がかじったり叩きつけたり押したりと
砦を破壊しようとやっきになっています。
残り5分でこんな積極的な化け物を追い返せるかちょっと心配になってきたダンテは
轟音が途切れるのを待って怒鳴りました。
「オイ!あと何分の何%だ!」
しかしさっきまで騒音にかき消されもしなかった元気な声が
今度はなぜか返ってきません。
不思議に思って巨大な足元から飛び退き上を見上げると
さっきまでばしばし飛んでいたはずの矢がぱったりとやんでいます。
ダンテは急激にイヤな予感がして素早く銃をぬき
ラオシャンロンのアゴのあたりに連続で発砲しました。
それは強度と距離の関係ですべてはじかれ火花を散らすだけでしたが
それでも上からは何の反応も返ってきません。
しかもさっきラオシャンロンが立てていた音のうち
何かに食らい付いたような音がまじっていたようですが・・。
バシュン!
その結論に思い当たった時、少し離れた所で妙な音がしました。
見ればさっきまで兄のいた場所に青黒い何かがいて
ぎょっとするのと同時にそれは弾丸のような勢いで走り出しました。
な!ちょっと待て!アンタさっきやらないって・・ええぃ!!
言いたいことは色々あったのですが、今はそんな場合ではないと判断し
ダンテも本来奥の手としてとっておいた力を解放してまったく別の姿になると
元兄の後を追い、依然として進行をやめない巨大な足に向かって走り出しました。
あまりしっかり見ている暇はなかったのですが
魔人化したバージルは色だけがダンテと違い外見的にはほぼ同じで
違うところといえば持っている武器と身体の節々が微妙に違うくらいです。
しかしその兄、いきなり魔人化したこともそうですが
攻撃方法が妙に乱暴で荒々しく、どうも普段の兄らしくありません。
その理由はおそらくさっきまで聞こえていたはずの声の主にあるのでしょう。
気持ちとしてはわからなくもないのですが
まさかあの素っ気なさすぎるくらいの冷血漢が他人がらみでそこまで激昂するとは・・
意外であると同時にダンテは無意識にちょっとほっとしてしまいました。
いつの間にかの成り行きでこんな騒動に巻き込まれたが
そういう点をいくつか発見したって意味では・・得した事になるのかこれは?
ズシ〜〜ン
などと思いながら一緒になってパワーの増した攻撃を続けていると
突然ラオシャンロンが動きを止め、なぜか身体の大半を地面につけました。
それは遠くから見ないとわかりにくいのですが、いわゆる転倒でした。
どう見ても人間の手では動かせないと思われがちなラオシャンロンですが
一応脚部に攻撃を続けていると転倒する事があるのです。
レイダがこの場にいれば『うん、言い忘れてたけど転ぶには転ぶ』
とあっさり言っていたでしょうが、ともかくそんな好機を逃す2人ではありません。
赤い悪魔と青い悪魔はまるで合わせ鏡のような正確さで動き
残り時間も残り魔力も気にせず甲殻のない腹のあたりに特攻をかけました。
持っていた剣が刃こぼれをはじめそうになっても
全身が返り血にまみれるのもかまわずにひたすらに暴れ続けました。
それが一瞬だったのか数分だったのかはわかりません。
ですが体勢を崩していたラオシャンロンがのそりと起きあがり
腹の下であった猛攻を一瞥もせずに立ち上がり・・。
グオオオオオオーーーム!!!
再び歩き出すかと思った途端、なぜか周囲の動きを止める咆哮ではなく
天に向かって凄まじいまでの吠え声を上げました。
その断末魔のような声は一瞬しとめたかと思われるほどの声でしたが
ラオシャンロンはそのまま何事もなかったかのようにぐるんと向きを変えると
一度だけムッとしたようにこちらを睨んでから
入ってきた谷間とは別の谷間へ進んでいくではありませんか。
「いおっしゃーー!オーダークリアーー!!」
そしてその時さっきから聞こえないと思っていた声が真上からして
問題のハンターさんがどーんと階段も使わず元気に飛び降りてきました。
「いや〜一時はどうなるかと思ったけど
さすがに3人がかりなら何とかなるもんねぇ」
などと言いつつまだ魔人化の続いている2人の肩を交互にはたき
食われたと思われていたハンターさんはそこでようやく2人の様子が妙なのに気づきました。
「?どしたの?成功よ?せ・い・こ・う。クリアで達成で良くできまし・・おわ」
わかってるのかいないのか、かなり硬質化した兄のデコをつついた途端
先に魔人化していた兄が元に戻り、続けて呆然としていたダンテも元の姿に戻ります。
しかし聞きたいことが色々あり過ぎて2人ともまったく口がきけませんでした。
「??おーい、二人してどうしたの。また何かドジしたとかケンカでもした?」
「・・・いや、・・お前・・・食われたのではなかったのか?」
ようやくそれだけ聞けたバージルに対し
レイダはなぜか頭をかきながら照れたようにこう言いました。
「あぁ。ちょっと危なかったんで隣のエリアに緊急回避で逃げ込んでたの。
あとついでにバリスタの弾補充しようと思って一度キャンプに戻ってたんだけど
途中の道でうっかりイーオスに毒液ひっかけられちゃってさ。
解毒薬なんて持ってきてなかったから仕方なしにキャンプで自然回復させてたんだけど
その間にカタついてたみたいでゴメンね」
「・・・カタ・・ついたって・・オマエその前に制限時間とか残り体力とか制限の数々は?」
砦の方は守りきれたようですが最後に聞いた残り5分というのが気になってそう聞くと
レイダは砂や毒などで汚れた顔のまま、あっけらかんと笑いながら言いました。
「いや実は言い忘れてたんだけど、あれは撤退条件の体力をけずってても
制限時間いっぱいまでは帰ってくれないの」
「「は??」」
「だってアレ、一応物理的に倒せる設定らしいから
一定の体力けずって即逃げられてたら永遠に倒せないでしょ?
だから規定の分まで体力が減ってても制限時間が来るまでは帰らないの。
まぁあたしも最初はその事知らずにダメかと思ってたら急に成功して驚いたんだけど」
ボロボロな状態でそれぞれ呆然とする2人をよそに
ラオシャンロンはズシーンズシーンという聞き慣れた音を立てて遠ざかっていきます。
依頼としては成功ですが、最後あれだけ必死になった甲斐がまるでない上
その勢いで気にしていた魔人化の事さえごっそりスルーです。
どしゃ
と、急にバージルが真横に倒れたかと思うと
そのまま背中をむけダンゴムシのように丸くなってしまいました。
「わ、今度はなに。まさかもうお腹すいた?」
「・・・・五月蠅い・・かまうな・・・あっち行け」
背中越しにこんがり肉をふりふりしてくるレイダに対し
丸まったバージルは完全いじけモードに入ってしまいました。
兄と同じとまではいきませんが、ダンテも相当にゲンナリした様子で
眉間を押さえて今日最も深いため息をこぼします。
そしてそんな中、3人を残して撤退していくラオシャンロンは
その様子を知ってか知らずか歩きながらぶしゅうと1つ大きめの鼻息をつき
ここへ来た時のようにただただ真っ直ぐ、霧のかかった谷間へと消えていきましたとさ。
実話を元にしたオチ。
次で後始末と最終回・・とおもいます。
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