「うん応急薬。ただ荷物に入れてる回復剤Gよりは劣るけどないよりはマシってこと。
あ、それから緊急時以外はそこのベッドで体力戻してね。
特に近接攻撃の人は体力の残りに気を付けて早めに寝るように」
こんなぐらぐらしてる状態で寝れるかと思うのはさておき
確かに応急薬というのはあくまで応急的なものなので当てにできないのも確かです。
バージルは多少釈然としないまま、投げて渡された気休めな応急薬を
再生の母が選んでくれた青いコートのポケットにしまおうとしましたが
支給箱から出されたそれは自分と弟の手には渡ったものの
渡した本人の手にない事に気がつきます。
「・・?お前は持たないつもりか?」
「あぁ、あたしは慣れてるし射撃の方に専念するから平気。
それよりそういうのは慣れてなくて近づかなきゃいけない人達に渡すのがスジでしょ?」
「・・・・」
しかしバージルはちょっとムッとしたように黙り込んだあと
なぜか渡された応急薬を1つレイダにぽいと返しました。
「持っていろ」
「へ?でもあたしは遠距離だし慣れてるから・・」
「慣れていたとしても不慣れが2人いれば手違いの1つも起こりうる。持て」
ほぼ押しつけるようにそれを返されたレイダは少し怪訝そうな顔をしていましたが
その無愛想な兄が何を言いたかったのか少ししてわかったらしく
ちょっと照れたように笑ってそれを仕舞い込みました。
「じゃあ1つ持っとく。一応ね」
「そうしろ」
「あ、それと携帯砥石。これは完全にこっちにはいらないからそっちで使って。
ちゃんとした砥石も荷物に入れてるけど、ないよりあった方がいいでしょ」
「そうする」
と、何だか知らない間に不思議なコミュニケーションのできてしまっている2人を見ながら
昔の兄を知るダンテはちょっと複雑になりました。
自分に対する態度だけは未だにアレですが
かつての冷徹で現実主義で誰をも寄せ付けなかった彼と比べれば
今の兄はほぼ別人のようです。
昔の兄と今の兄、どちらが本来の彼なのかはわかりませんが
そんな事を考えているダンテ自身も昔に比べれば別人みたいだと
昔バカスカ撃った事のあるペラペラした悪魔に言われているのですから
あまり兄の事を言えた義理もないのでしょう。
それは兄弟だからでしょうか。
それとも2人が共通して付き合いのある少年のせいでしょうか。
かつてあれほど衝突したのに、今は兄弟そろって誰かに振り回されて・・
「おーい、ぼーっとしてないで。ほら携帯砥石」
などと物思いにひたりかけていた所にぺっと石が飛んできます。
慌てて受け止めるとその向こうには振り回してる側の人間がいて
不思議そうな顔でこっちを見ています。
「?どしたの。今一瞬寝起きみたいな顔してたけど」
「・・・いや。ちょっと考え事をな」
「ふーん」
「となると、やはりここは早いうちに崩れる可能性が出てきたな。
何らかの天変地異が起こる前に急いだ方がいい」
「・・さらりと嫌味なバカ兄貴だな」
「バカはお前だバカダンテ。そんなものはないかも知れんが気を引き締めろ」
などとやっぱりいつも通りな事をやり始めた2人を眺めつつ
レイダという名の半魔2人を振り回している人間は
箱の中に残っていた物をザックに詰めながらこんな事を言いました。
「・・ねぇあんた達さ、普通にしてるとあんまり似てないけど
難しいこと考えてない時の顔は似てるのね」
その途端、兄弟は一瞬ぎくりとしたように動きを止め
その様子もそっくりだと声を立てて笑われてしまい
2人そろって気まずそうに顔を見合わせてから
ぶんと同時にそっぽを向き、やっぱり笑われる事になりました。
それから部屋にいくつもあった入り口がどこに通じてるか説明し
ダンテが速攻あきらめてバージルが殴ったり殴り返されたりし
最終的にレイダが両方殴って選んだ通路を進むこと少し。
準備を終えた3人はさっき見張り台から見下ろしていた場所
つまり谷の底になる場所にやってきました。
あの大きな生き物はまだ来ていませんが
さっきの道とここがつながっているならきっとここを通るはずです。
道を抜けたすぐの所には簡単に作られた坂や縄ばしごがあり
その先の方に申し訳程度な石橋などがありましたが
レイダはそれを全部無視し地図を広げて見せながら
何もない谷間の奥の方へ歩き出しました。
「さっきは上から見てたけど、ここの谷底がラオの通り道になる場所ね。
目標は向こうからまっすぐ来てこの先をずっと止まらずに進んでいくんだけど・・
今いるのがこのエリア2、で、さっきいたのがエリア1ね。
ここからずっとエリア3、4、、5の順に進んで5で終点。
そこにある最後の砦を破壊されたらあたしたちの負けだからね」
「話で聞くだけだとシンプルで簡単そうだが・・
アンタの見解じゃそうはいかないんだろ?」
そう複雑じゃない地図に内心ホッとしてるダンテに向かい
レイダはちょっと複雑な笑みを向けます。
「そうね。なにせあんな図体だから簡単には止まらないと思っといて。
あと図体がデカすぎて目が悪いのか気にしてないのかわからないけど
ラオは背中に乗ったりしない限りはこっちを狙ってこないの。
ただ毒にも麻痺にもかからないし、設置型のワナも閃光弾も一切効かないから
小細工なしのガチンコ勝負になるのも覚えておいてね」
それはそれで難しい事抜きで助かるような気もしますが
それとあのサイズでプラスマイナスがつり合っているかどうかはかなり疑問です。
そうしてざっと見ただけでその地図を暗記したバージルが
準備運動なのか軽く首を回しながらぽつりと言いました。
「・・・ありがたいのかありがたくないのか判断しづらいが・・
他の生き物の狩猟と比較した場合、お前の見解はどうなる」
「あちこち逃げるのを追い回さなくていいからとっっってもありがたいね。
この世界強そうに見えるのにひどい逃げ癖があるのがいたりするから」
「逃げ癖とまではいかないが、しつこいヤツなら身近でオレも知っ・・」
て、と言いかけた弟の足を兄が力一杯踏み
弟は無言で飛び上がって返す足で蹴り返しましたが空振りました。
相も変わらず戦う前から戦いの始まっている兄弟ですが
脳天気なハンターさんももう慣れてきたので気にしません。
「あ、それとあの大きさだからあんまりフラフラ動いたりしないけど
重量がある分足元で風が巻き上がったりするからそれには注意して。
あと注意する点としては・・・」
谷の奥の少し崩れたところで立ち止まり
レイダは地面に簡単でいい加減なラオシャンロンの絵を描いて
尻尾の所に大きな○をしました。
「あんまり痛そうに見えないけど一番気を付けてほしいのは尻尾。
動く範囲が横にかなり広いから、ヘタをすると連続で叩かれる危険性があるの。
なるべくなら尻尾付近には行かないでほしいけど
もしうっかり行ったらなるべく片方に寄ってダッシュで逃げてね」
そう言えばあの巨大な身体の中で一番動きそうな所と言えば長い首と尻尾くらいでしょう。
軽くうなずいてバージルは聞きました。
「その尻尾、切断は可能か?」
「他の龍ならできるのもいるけどあれは無理。
ラオで破壊できるのは背中の甲殻の一部、両肩、あと頭の甲殻とツノだけね」
頭と背中のとがった所、それと前足の上の方にガリガリと○が追加されます。
「・・言われてみれば出発前に部位破壊がどうと言っていたな。
それは具体的にどうするつもりだ?」
「破壊するにはとにかく攻撃を当てればいいの。
頭とツノは地面に近いから近接攻撃でなんとかなるけど
背中と肩は飛び道具じゃないと届かないからあたしの担当ね。
部位破壊は成功すると報酬に少しおまけがつくくらいなんだけど・・」
とんとんと背中の○をつつきながらレイダは少し表情を曇らせます。
「でもなにせあんなだから装甲も強度もハンパなくて
今まで頭以外で成功したのは背中が一回だけだからね。
肩は今までで一回も成功したことがないから
今回はいけるかどうかなー・・って思ってるんだけど・・」
「まだ確証はない・・か」
「そうね。壁ってのは最初に破るのが一番むずかしいから。
実際ラオの壊せる部分で肩ってのは一番固いみたいだし
あとあれのどこからどこまでが肩なのかも未だにわかんないし」
「背中もかなり広範囲だが、その破壊箇所はわかるのか?」
「え〜・・と、ここのトゲトゲの一番立派な所・・・だっけ??」
「・・この期に及んで疑問系か」
「色々ためしてるうちにあ、壊れちゃったみたいなノリだったから
どこがそうだったのかまだ確信がもててなくて・・」
ズシーーン ズシーーン
などと地面の絵をかこんで地味な作戦会議をしていると
霧のかかった谷の奥からさっき聞いた音が近づいてきました。
レイダが背中にしまっていた弓を素早く組み立て
バージルも持っていた刀に手をかけながら
剣を杖にうたた寝しかかっていたダンテを蹴って起こし
霧の向こうから見えてきた巨大な影を見据えました。
「んじゃ最後にもう一回確認しておくけど・・大丈夫?やれる?」
矢筒から矢を抜きながらレイダがそう聞くと
形の違う剣を持った2人はそろって同じような笑みを浮かべました。
「言ったろ。あのサイズとやり合うのは初めてじゃないってな」
「見た瞬間の正直な感想としては少し不安だったが問題ない。
あの腹の立つ色合いを見て俄然やる気が出てきた」
と言うのも霧の向こうからやってくる大きな生物の色は
どこかの誰かを彷彿とさせる赤色をしていたのです。
その隣で同じような赤色を着込んだ弟がちょっとムッとしましたが
それに関して脳天気なハンターさんが1ついらない豆知識を追加してくれました。
「あ、でもあれって見たことはないけど亜種に青灰色のがいるんだって」
「へぇ?オレとしてはそっちのと是非やりたかったな」
「言っていろ愚弟め。そもそも通常と亜種は似てはいるが別ものだ」
「どうだかな。青っちろくて生命力がないからそんな色してるんじゃないのか?」
「成る程、つまり赤い方は無駄な生命力と異常な耐性をつけ
ゴ○ブリ並の繁殖力を持ってしまった種という事か」
「・・じゃあアンタは今からそのゴキ○リ並に踏みつぶされて
その陰気な青を真っ赤に染めるんだな」
「不手際の多いお前ではあるまいしそんなヘマはしない。
お前こそその無骨な剣をヘタな攻撃で折らないように注意するんだな」
「アンタこそ、その細っこいのであんな岩みたいなのが斬れるのか?」
「飛び道具に頼っていたお前より腕は確かだ」
「だがブランク的にはオレの方が・・」
「あ、それともういっこ」
ぐいぐい迫ってくるラオシャンロンの頭そっちのけに
またしても地味な言い合いを始めた兄弟に向かい
レイダはぴっと指を一本だけ立てて付け加えました。
「今回兄弟ゲンカしてるとうっかり死んじゃう可能性があるから
止めなきゃいけないなと思ったら止めるからね。狙撃で。
ただし今もってるこれ(パワーハンターボウU)ちょっと特殊で
矢が最大でタテに3本飛ぶようになってるから
当たり所がよければ尻か股間に当たる可能性が・・」
と言い切る前に今さっきまで言い合いをしていた兄弟は
ほとんど同時に武器を抜き、風のような勢いで走り出しました。
同じ座標から見るラオシャンロンはその頭の部分だけでも
上から見てた時よりも遙かに大きいように思えましたが
そんなの気にしてるヒマはないようです。
ちなみに弓を持ってるハンターさんと比べるとこんなくらいです。

やっぱりどう見ても無理のある大きさですが
とにかく冗談のつもりだったんだけどなと頭をかくハンターさんも弓に矢をつがえ
霧から出てきた巨大な頭に狙いを定めて
無理の多いラオシャンロンとの戦いが始まりました。
ここに書く話類は書いてるうちに予定外のことを色々追加したくなるのが欠点です。
あとラオの頭描くのが妙に楽しかったです。
4.男の子性質
ヘタな文字や絵ではわかりくいかも知れませんが
ラオシャンロンという生き物は見た目にも物質的にもとにかく大きく
生身の人間がどうにかできるようには到底見えません。
なので戦い自体にはなれている人達でもそれなりな問題が生じてきます。
そしてまず戦う事には慣れていてもこの巨大生物には慣れていない2人が直面したのは・・
「(頭の上でリベリオン振り回して)頭!届かないぞ!
他はいいから頭だけでも下げさせろ!」
「ごめん無理!やりにくいだろうけどその高さで何とかして!」
「(頭の上にある巨大なアゴを見上げながら)・・この場合
お前が肩車をするか踏み台になるかで
俺が攻撃するという手段もあるにはあるが」
「だがそれだと不安定でまともな攻撃はできないとも思ってるな?」
「お前にしてはよくわかったな」
「だったら考えるな!」
相手がやたらと大きすぎ、一番届きやすくて安全な頭の部分でも
ちょっと頑張らないと剣が届かないという初歩的なところからでした。
ラオシャンロンは見た目通り巨大な身体をしているため
足以外は腹這いで歩いていてもそこそこ高い位置にあり
そこそこ身長がある兄弟達でさえ普通に武器を振り回しているだけでは
あまり攻撃が当たりません。
それに2人とも人並み外れたジャンプ力はあるものの
飛んだ状態での攻撃はあまり力がのりませんし
岩のような甲殻は生半可な攻撃をしても歯が立ちません。
だったら乗って攻撃すればいいような気もしますが
その剣が大事ならやめといた方がいいよとやんわり却下されました。
「当たらない事はないが・・!届きにくいな!もっとマシな方法はないのか!?」
「んーそうね、あんまりオススメしないけど腹に行ってみる?」
「あまり聞きたくもないがオススメしない理由とはなんだ」
「腹の下にちょっと出っぱってる所があるでしょ?
あそこが一応弱点なんだけど・・」
グオォーーン!!
その時なんとか届く範囲で地味に攻撃していたラオシャンロンの頭が
突然吠え声と一緒にぐーんと上へ上がりまたずしーんと音を立てて同じ位置に戻ってきました。
大きすぎてわかりにくいのですが、どうやらのけぞったようです。
「・・てな具合にのけぞった時、腹の下にいると下敷きになっちゃうの。
あとあそこでゴタゴタしてると危険地帯の尻尾にとり残されちゃうし」
「・・今猛烈に店に帰ってランチャーを持ってきたい気分だな!」
「だが地味な攻撃でも多少は効いてるようだ」
そう言って見上げたバージルの視線の先にはさっきまで鼻先に小さなツノがあったのですが
のけぞって戻ってきた時には見当たりません。
「あれがお前の話していた部位破壊か」
「そう。でもツノは一番壊しやすい所だし
壊すのと体力は別問題みたいだからね。先は長いよ」
そう言いながらもずっと矢を射っているレイダに
ダンテはあんまり聞きたくないけど聞きました。
「しかしこのペース配分で間に合うのか?確かタイムアウトがあるんだろ?」
「当て所をちゃんと知ってて、変な事でまごまごしなければ大丈夫だと思う。
複数人数でやると体力が2.5倍くらいになったような気もするけど」
「だからなんでそんな大事なことを後付で・・ッ!」
と怒鳴っていたダンテの近くに巨大な足がずしーーんと着地しました。
巨体をささえるその足はそれだけで地面を揺るがし風圧で砂を巻き上げ
ひるんだダンテにレイダが即座に怒鳴りました。
「離れて!その足はすぐには動かないけど油断してると引っかけられる!」
「チッ・・!」
ダンテは離れながら苦し紛れに発砲しましたが
質量が違いすぎるのかそれは全部弾き返されてしまいます。
「クソ!こんな面倒なデカブツだってわかってたら
もっとマシな装備を持ってきてたんだがな!」
「装備を変えれば楽になったと思うか?」
「・・・・・」
バージルの冷静なツッコミに店に置いてきた武器で色々考えてみるものの
やっぱり大きさ負けしてしまうためダンテは黙ってしまいました。
その点あまり武器を選ばず今まで乗り切ってきたバージルは
あまりあれこれ考えず素直に攻撃に専念できます。
「ところで参考までに聞くがこの大きさはどれほどある」
「え〜、実際に計ったことはないけど話によれば6、70mくらいあるらしい」
「・・よし。聞かなかった事にしておく」
「余計な墓穴をほるなよ墓場ージル」
「貴様こそ余計なアレンジを考えるなドジ踏み駄ンテ」
「はいそこ次の足踏み地点!!」
などとうんざりしつつも口喧嘩はする兄弟に向かって
遠慮ない矢が飛んできて両方ともギリギリでかわしました。
「オイ!今マジで狙いやがったな!」
「半分は冗談だったけど時と場合によってはそうも言ってられないの。
それよかラオがあの橋にさしかかったら左にある坂の下で待機しておいて。
あたしはあの橋の上から背中に飛び移って保険の石取ってくる」
「・・保険?」
また初耳な言葉に兄が眉をひそめると
話ながらも矢を射る手は止めないハンターさんは言いました。
「あれの背中には一カ所だけ剥ぎ取れる場所があって
そこから龍・・なんとかって石が取れるの。
それ1つ納品するのも依頼の1つに入ってるから
もしどうしても無理ならそれを納品して帰るってのも手なんだ。
あたしも初め無理だと思った時はそうしてた」
「だったら長々と剣で殴り続けるよりそうした方が手っ取り早くないか?」
「・・や、それがそのなんとか石って確率で取れる物だから
運が悪ければ1つも手に入らないのよね」
「・・手に入らなかった場合は?」
「追い返すしか手はないからこんな地味な状態がずーっと続く」
兄弟は同時にイヤな顔をしましたが
泣き言を言ったところでどうしようもない事はわかりきっているので
2人とももう何も言わずラオシャンロンのアゴあたりで攻撃を続けました。
「ま、ともかくあそこの石橋に差し掛かったら飛び移って剥いでくるから
その間2人とも横の坂の下で待っててね。
あれより先は道が狭まって危ないから」
「?オイ待て。道が狭くなっても攻撃は続けられるだろ。
待機なんてしてていいくらい時間に余裕はあるのか?」
「それも保険の石が取れるかどうかで状況は変わってくる。
それじゃ行ってくるね」
それだけ言い残しレイダは石橋に上がる急な坂をまだ矢を放ちつつも1人で上り始めます。
その矢ももう何十本と当たっているはずなのですが
ラオシャンロンはまったく気にせず石橋の方へ進むだけでした。
そして2人は地味にやっていた攻撃をやめ
指定された坂の下で指示が出るまで待つことにしました。
しかしそうやって横から見てみるとその巨体はやはり大きく
あれだけデカイのにアゴの下しか安全に攻撃できる場所がないというのが
少々悔しくもあり悲しくもあります。
「・・不満そうだな」
考えることは同じなのか顔に出ていたダンテに
幾分弟よりは狩猟本能のうすいバージルがぽつりと聞きました。
「・・そりゃな。悪魔でも何でもないは虫類に
ここまで慎重になるなんてヘンな気分ではあるが」
認めてるような認めてないような言い方でしたが
バージルは表情を変えないままラオシャンロンを眺めつつこんな事を言いました。
「お前が今までどのようなものを相手にしてきたのかは知らん。
だがあの生物はこの大きさになるまで補食もされずここまで成長した。
つまりこの生き物にはここまで成長できた要因がある」
「・・つまりは何が言いたい?」
「お前が悪魔と対峙し狩る流儀とこの世界の狩りの流儀は違うということだ。
俺達は今まで悪魔という1つの種族ばかりを相手にし過ぎ
こういったナマの生物相手には若干なりとも遅れが出る」
そう言いながらバージルはなぜかダンテの前に手をやり自分も一緒に一歩後ろにさがります。
何だと思っていると目の前を大きな尻尾がぶぅんとかすめ
ダンテはちょっと驚いた顔をしてから苦笑しました。
「・・言われてみれば、こっちに殺気も目もくれず完全無視だってのに
それでも勝手に被害が出るようなヤツなんていなかったな」
「世界はせまいようで広い。だが広いようでせまい時もある」
「・・何だその前に進もうとしてけつまずいたような微妙な意見は」
「ジュンヤ母さんが言っていたのを思い出しただけだ」
「・・・いやアイツはかなり特殊な経験者だからな。
だがそうなると、あの姐さんは逆に悪魔を狩るにはからっきしって事になるのか」
「いや、あの性格だと砂に返る悪魔に対しなぜ剥げないと憤慨し
何かしら剥ぎ取れるまで相手が何であろうと延々狩り続けそうな気がする」
「・・・・・・」
まったくもってそんな気がするのでダンテは閉口しました。
そしてそんな2人の前を横切りきったラオシャンロンは
坂の中ほどからずっと続けられている矢の攻撃をものともせず
ゆっくりと石橋の下へ差し掛かります。
しかし待っていろとは言われたものの、する事がないのなら2人ともヒマなだけです。
「「・・・・」」
そしてしばらく黙り込んでいた兄弟達はふとどちらともなく目を合わせると
まったく何も言わず同じような行動に出ました。
「へ?ちょっと、下で待ってろって言ったのになんで2人とも上がってくるのよ」
「下にいてもヒマなんだ。邪魔はしないから付き合わせろ」
「上に同じだ。それと外殻の強度も実際に調べておきたい」
「・・?つまりそれってまさか一緒に乗る気なわけ?」
ちょっと間をあけ、うんと同時にうなずいた兄弟をよそに
矢をためながら射っていたハンターさんは心底呆れたような顔をしますが
男の子だからしょうがないのかなと即座にあきらめました。
「・・ま、いいか。でも飛び移る地点に落石とかがあるから
タイミングとか合わせてちゃんと乗ってね。
あとあんまり長居してるとさすがに気付かれるから
3回剥いだらすぐ降りるよ。降りるのは進行方向右。いい?」
「「・・・」」
「ものを食べる時よく使う方!!」
大の大人が二人して一瞬迷ったのはちょっと不安ですが
まぁ要領を知っている自分がいるなら何とかなるかと
レイダもレイダでものの考え方は楽観的です。
と、その時今まで地響きを立てて歩いていたラオが突然歩くのをやめ
最初見た時と同じように後足で立ち上がり、石橋と同じ目線になりました。
「?オイまさかアイツ、あの橋を食いちぎる気じゃないだろうな」
「あ!しまったごめん。みんなちょっと壁際に寄ってくれる?」
「なんだその最初の・・」
ぶぅん どごーーん!!
不吉な謝罪はとバージルが言いかける寸前
ラオシャンロンは長い首を横にふって頭を橋に叩きつけ
まだ橋にも行っていないはずの3人全員は
その余波か何かで背後の崖に叩きつけられました。
最初にごめんと言ったのはこれの事でしょう。
「・・いちち。今のアレ、橋はもとより坂のどこにいても来るから
一応気を付けてねって言うつもりだったんだけど・・」
「・・あぁ、それで『下で待ってろ』かよ」
「・・・・・」
だったらもっと早く言えとは思いますが、下で待ってろと言われたのに
わざわざ上がってきたのは自分達なので文句は言えません。
なんで首ふっただけでそれほど広範囲に衝撃が来るんだと
軽く頭をぶつけたバージルは思いましたが
ざっと見た限り全員そうケガはしていないのでそこだけはホッとしました。
ともかくちょっと吹っ飛ばされはしましたが気を取り直し
再び四本足に戻ったラオの背中に飛び乗るため
3人は今の衝撃でも壊れなかった頑丈な橋の上に行き
ちくちくした背中を上からのぞき込みます。
「・・で、このトゲだらけの背中の一体どこに乗るつもりだ?」
「あのトゲとトゲの隙間になってる所。
あれが足元をちょっと通過するくらいで行くからね。
失敗したら一気に滑り落ちるから気を付けて」
と説明するレイダもその場所がわかるまではよく場所を間違えて滑り落ち
踏まれかかったり落石に当たったりしたものですが
とにかくそうやって失敗を重ねて得たタイミングで
3人は橋から飛び降りました。
「せーの・・それ!」
たし! だす! ずり
地面がぐらぐらゆれて定期的な落石まである中
3人はなんとかタイミングを合わせラオの背中に飛び移るのに成功しました。
ちなみに最後にちょっとすべったのはブランクのあったバージルです。
「オイオイなんだ?やっぱり平和ボケが効いてるのか?」
「五月蠅い。お前を避けようとして着地地点を見誤っただけだ」
その巨大な背は揺れが大きいので立っていられず
這いつくばったままでまたブツクサ言い合いを始めようとする兄弟に
もう慣れているのか這って移動を始めていたレイダが声をかけました。
「ほらほらこんな所でまでケンカしないの。すぐ降りるから右側に寄っといて」
そう言いながらレイダは腰のナイフを引き抜き
赤茶けた岩か古びた材木にしか見えないラオシャンロンの背中から
バリバリと何かを剥ぎ始めます。
生きたまま剥ぎ取れるというのも不思議な話ですが
ここまで大きくなるとこれくらい剥いでも気にならないのでしょう。
滑り落ちないようにバランスを取りながらバージルが感心したように言いました。
「・・本当に生きて動いているものから剥ぎ取るのか」
「そりゃ他のは完全に倒してからじゃないと無理だけど、これは特別。
でもちゃんと倒した場合はもっとたくさん取れるらしいけど・・・ん?」
その今何か気がついたかのような物言いに
ダンテがまたかとばかりなイヤな顔をします。
「・・今度は何だ。また何か言い忘れか?」
「・・や、甲殻と鱗は取れたんだけど
肝心の保険の石が取れなかったんでどうしようかなーと・・」
「?それはつまり途中退場がきかなくなり
この生き物を追い返すしか手立てがない、と言うことか?」
「うーん、まぁその通りなんだけど・・」
ズシーーン ズシーーン ズ・・
と、その時今まで規則正しく響いていた音がぱたりとやみ
周囲が急に静かになります。
その場にいた全員がイヤな予感をさせて顔を上げると
首をもたげてこっちを見たラオシャンロンとばちんと目が合いました。
「きづかれたーー!!」
オォオオオーーン!!
耳どころか脳まで破壊しそうな咆哮が谷いっぱいに響き渡り
そこにいた全員がまとめて背中から吹き飛ばされてしまいました。
声だけで吹っ飛ばされたのはちょっと屈辱的ですが
火やビームではなかったのは幸いだったかも知れません。
ともかく仲良く背中からふっとばされた3人は
弟、姐、兄の順でぼたぼた落ち、最後の兄が姐の上に落ちかけ
なんとか体をひねって代わりに弟の上に落ちました。
その弟がかなり痛そうで鈍い悲鳴をあげた気もしましたが
今はそれどころではありません。
「うおぉ想定外!いそいで退避!ほら弟もヘンなかっこで転がってないで走れ!」
そう言うなりレイダは悶絶していたダンテを片手で担ぎ上げ
もう片手でバージルの手を結構な握力で掴むと
その気はないけど踏みにかかってくる巨大な足をすんでの所でかわし
大きく振られる尻尾の隙を見計らってダッシュをかけました。
慣れてるのか火事場の馬鹿力なのかはわかりませんが
引きずられるくらいの力で手を掴まれほぼ無理矢理走らされていた兄は
大の男を担いでも走れるハンターさんがちょっとカッコイイとか思ってしまいました。
油断してると遠距離からでも怖いラオ。
そして最初はホントに何をどうしていいのかまったくわからんラオ。
あと兄の着眼点はまだその方面に固定されてるらしい。
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