次に一行が目を付けたのが特定のコースを走る小さい車ゴーカート。
これは勝手に動くわけではなく自分で操作する物なので
自分が無茶をしなければまぁ大丈夫な乗り物だ。
「ところでさ、この中で車の運転経験があるのは?」
これは意外に多く、サマエルとミカエル、フトミミとトールという
仕事をしている全員が手を挙げた。
「あれ?フトミミさんは聞いてたけどサマエルもミカも免許取ったんだ」
「あると色々と便利ですので」
「・・社会人なら当然だとサマエルが言うのでな」
ミカエルはあまり乗り物のたぐいは好きではなかったが
ないと困ると言われ渋々ながらに取ったらしい。
「トールはいつ免許取ったんだ?」
「?・・何の事だ?」
・・・・・・。
「・・え?だってトール、車の運転したことあるんだろ?」
「うむ、仕事場の頭領に進められて何度か」
「で?運転免許は?」
「だからそのうんてんめんきょとはなんだ主?」
・・・・・・・・・・。
「・・・うん、聞かなかった事にしとくから
今度その頭領に免許のこと教えてもらっておいで」
「・・?よくわからぬが主がそうしろと言うなら承知した」
本物の車を運転する時はどんな場所であれ危険です。
車はきちんと免許を取ってから乗りましょう。
「・・あ、2人乗りのやつもあるんだ。頼めばケルとでも乗れるかな」
イヤイヤイヤイヤ!とケルベロスが脳震とうを起こしそうなほど
必死になって首をぶんぶんふった。
今まで散々な目ばかり見てきているので乗り物は怖いというイメージがついたらしい。
「ンダヨ、ダラシネェナ。オメェソレデモ地獄ノ番犬カヨ」
などと飛べることをいいことにフラフラしながらからかってくるマカミを
ケルベロスはヴ〜と忌々しげに睨む。
しゃべっていいと言われたら
『おまえノヨウナ脳天気デ無神経ナヤツト一緒ニスルナ』と言っただろう。
純矢はその頭をなだめるように撫でながら全員を見回した。
「えっと、それじゃあ半分づつで行こうか。まずミカとサマエルと・・」
「あ、ジュンヤ様」
サマエルが少し慌てたように手を上げる。
「ミカエルは除外して下さい」
「え?なんでだ?」
「免許は持っていますが・・
あのような自由の効くコースを自分の意志で走るにはあまり適しません」
「は?」
何のことかさっぱり分からず純矢は首をかしげる。
「・・ひょっとして運転が目も当てられないほどヘタだとか?」
「いえ、運転技術的には問題ないのですが・・・」
と、サマエルは珍しく言いにくそうに口ごもる。
様子からして口では説明しにくい問題点があるらしい。
「サマエルはこう言ってるけど・・・ミカはどうする?」
「私は別にどちらでもかまわん。主の好きなようにするといい」
などと別に興味なさそうに言うあたり
本人も特に変わったことをするような様子もないのだが
純矢は念のためミカエルを後回しにしてサマエルとフトミミ
それとバージルを先行させる事にした。
マカミは運転中に変なことをしそうなのでケルベロスと一緒に留守番
バージルは運転経験がないので純矢が隣で指導する事になった。
「・・で、この丸いのがハンドル。
右に回すと右に曲がって左に回すと左にまがる」
「・・・・」
「で、こっちがアクセルでこっちがブレーキ。
アクセルはスピードが上がってブレーキはその逆で止めるもの。
近くにあるけど使い方がまったく逆だから間違えないように」
「・・・・」
バージルは真面目な顔でひとしきり考えた後・・
「・・走った方が速・・」
「はいじゃあ実戦。やってみよう」
身も蓋もない上に人間離れした意見は即座に却下された。
まぁ確かに曲がりくねった小さなコースを
こんな機械でゆっくり走るより自分の足で走った方が速いかもしれないが
そんなことを言っていては遊園地など存在する意味自体がなくなる。
ともかく走った方が断然速いと
内心しぶるバージルは言われた通りに操作を開始した。
しかし嫌々ながらもその飲み込みは早く
しばらくしないうちにバイトの数が多いため車に乗り慣れたフトミミ並の腕前になる。
「すごいすごい!うまいじゃないかバージルさん!」
こんなせまっくるしい機械を操作し
こんな曲がりくねった道を走る意味はやっぱり分からないが
そう言われると悪い気はしない。
でもまだ彼はまだ自転車には乗れなかったりするのだが
何でも1個づつでいいからできるようにしようというのが純矢の方針だ。
これがダンテなら相当激しい運転をしてくれるだろうが
その反対の性格をしている兄の方は実に行儀良く走ってくれ
速度もほぼ一定で走るコースも定規で計ったようにほぼ一定だ。
しかし安心して周囲を見回せるようになってからわかったが
やはり運転の仕方にもそれぞれ個性があり
フトミミはどんな所であれ左側通行し
サマエルは急なカーブが苦手なのかカーブ前にはやたらと減速する。
「サマエルはカーブが苦手なのか?」
「いえ、苦手というわけではないのですが、公道との構造も大きさも違いますし・・」
「そういえばこのコース、できることを全部詰め込んだような
無理矢理な作りになっているような気がするね」
「・・・(せっかく誉められたのに水をさすのも何なので黙ってる)」
などと車を降りて戻る途中で話していると。
「・・お!純矢じゃん!」
いきなりかけられた聞き慣れた声に純矢は飛び上がった。
見れば向こうからやって来るのは何とクラスメイトで
ボルテクスでも結構色々あった勇だ。
「!・・勇!?」
「なんだよ、奇遇だなこんな所で。しかも何だ?えらい美人とお知り合いだな」
一応近くにフトミミもバージルもいたのだが
やはり健全な男子高校生の目はそっちにいってしまうらしい。
「あ、もしかして前に話してた親父さんの知り合いの同居人か?」
「・・うん、まぁ・・そんなとこかな」
「へぇ〜・・うらやましいなぁ、こんな美人と1つ屋根の下なのかお前?」
「他の人達もいるんだから、変な想像するなよな」
「はは、実は嬉しいくせにこのムッツリ」
「違うってば・・」
などと馴れ馴れしく肘で母をつつく勇にバージルはムッとするが
フトミミがそれとなくやめておきなさいと目で言ってくる。
「・・それで?勇は誰と来てるんだ?」
「まぁちょっとした合コンみたいな感じのグループでな。
お前の方はその同居人さん達と一緒にか?」
「まぁね。色々教えておこうと思って」
「・・・なぁ、紹介してくれよ。日本語話せるんだよな?」
「うんまぁ。・・・でもお前、祐子先生はどうするんだよ」
「それはそれこれはこれで、国際親善ってやつ?」
「・・・調子いいなぁ」
それはともかくこの場にミカエルとトールが近くにいなかったのは幸いだ。
いたらそのゴツい風貌と性格で確実にややこしいことになっていただろう。
「えーっと、じゃあ紹介するけどこっちはサ・・ナエさん。
こっちがトミさんでこっちは最近家に下宿するようになったバージルさん」
「初めまして」
「よろしく」
「・・・・・」
サマエルとフトミミは丁寧に会釈してくれたが
バージルだけはまだ人付き合いに慣れないのか無言で睨んできた。
「・・・なぁ、なんかそっちの外人さんだけ俺のこと警戒してないか?」
「ちょっと人見知りするし警戒心も強いんだよ。
あんまりヘラヘラして近づくと・・・」
「わ・・わかったよ。・・・じゃあ後でサナエさんの携帯番号教えてくれ」
「やめといた方がいいって。大会社の重役なんだぞ?」
それより何より元はでっかい蛇で毒のはける邪神なのだから
玉砕確率100%突破するのは火を見るよりも明らかだ。
「何事も当たってみないとわからないだろ。
じゃあな純矢!お前も早く大人の階段のぼれよ!」
「余計なお世話だ!お前こそ女の子の事ばっかり考えてないで・・」
しかし全部言う間もなく今時の高校生らしいクラスメイトは
人混みの中へ消えて見えなくなっていた。
「・・・あれが元ムスビの主」
かつてのシジマの邪神が小さくつぶやく。
「元じゃないよ。あっちの方が元々の勇なんだ」
超個人主義のムスビも、大元を正せば普通の高校生から生まれた物で
東京受胎やボルテクスがなければ存在しなかったものだ。
「あれが高槻の取り戻したかったものの1つなんだね」
純矢は黙ってしっかりとうなずく。
その横顔は今まで見たことのないような表情で
どこか手の届かない所に純矢がいるような気になり
バージルは少しもどかしくなった。
この再生の母が今までどんな道を歩き
どんな思いをしてこの状況を作りどんな事をしてきたのか
12番目の魔人はこの時まだ何も知らない。
勇との思わぬ遭遇の後はトールとミカエルの番になった。
トールはなるべく座席の大きいのを選んでもらったが
やっぱり窮屈そうで車もトールも両方かわいそうになってくる。
だが視界も開けているし出そうとしなければそうスピードも出ない。
それに一応運転経験もあるからうまくやれるだろうと思っていたが・・・。
「・・おーいトールー、なんで歩くのより遅いんだよ」
「しかしそうは言っても激突すれば大事になるのだろう、車と言うものは」
大きな身体で慎重派なトールはとにもかくにもトロイ。
ようやく進んでいるとわかるくらいにしかアクセルを踏まず
それはゴーカートに乗る意味がないくらいのカタツムリ運転だ。
まぁ確かにトールの身で小さい車を運転するのは
大人が子供用の三輪車に乗るのと似たような感覚になるのだろうと
純矢はミカエルを横に乗せた車を同じくトロトロと運転しながら思った。
「・・ま、いっか。安全運転はいいけどちゃんと時間内に帰ってくるんだぞ?」
「時間厳守だな。了解した」
「じゃあ先に行くぞー」
ブブーと純矢の車がトロトロ運転の車を追い越す。
しばらく走って横を見ると、トールの車はまだいろんな車に抜かされつつ
マイペースにトロトロ運転を続けていた。
「・・・慎重派だなトールって」
「力加減がわからぬうちはその方がいいだろう」
「・・言えてる。じゃあそろそろ交代しようか」
「うむ」
邪魔にならない所で一端車を止めて席をかわるが
普通に運転席に乗り込んでちゃんと自分で安全ベルトをしているあたり
別にサマエルが心配するような所は何もない。
「・・なぁミカ、運転する時に何かサマエルが心配させるような事した経験は?」
「そうだな・・・どのような状況だったか忘れてしまったが
一度何かの拍子に怒らせた経験はある」
「え!?」
何気なく言われたがそれは凄い話だ。
なにしろサマエルは元シジマだけあって怒った事がほとんど無い。
「あのサマエルを怒らせるって・・一体何したんだ?」
「・・・私にもよくわからん。何しろ運転中は運転に集中するものだから
他のことになど気をやっておれんだろう」
「そりゃそうだけど・・・」
真面目に運転に集中しててなおかつ怒られる事??
考えてもわからず純矢は首をかしげるが
とにかくこうしていても始まらないと、安全ベルトを入念にチェックする。
「・・・よくわからないけど・・とりあえず出発しようか」
「わかった。では行くぞ」
そう言ってミカエルはアクセルを踏んだ。
全力で。
ギャギャギャーーー!!
「わぶっ!?」
おそらく今までされたことのないだろう急発進に
タイヤがまるで本物のような甲高い悲鳴を上げ
身体がシートに押しつけられた。
しかしびっくりする間もないくらいのスピードで
2人の乗った車はブレーキをまったくかけず、急カーブに突っ込んでいく。
「ミ・・!」
ちょっと待てミカ!!ブレーキーー!!
と言おうとしたのだろうがそのあまりの速度とダイレクトな向かい風により
その声は声で出ることなく届かない。
しかしミカエルは慣れた手つきでハンドルをさばき
ブレーキを踏みつけ、急なカーブをレーサー顔負けのドリフト走行でのりきった。
かと思えばカーブを抜けた次の瞬間、ブレーキを踏んでいた足は
アクセルをまたしても遠慮なしの全力で踏んづける。
「おいちょっとミ・・!」
ギュギャギャギャーー!!
何か言いかけた純矢の声はやっぱりタイヤの悲鳴にかき消される。
恐ろしいことにその足はアクセルを半分踏むとかちょっと踏むとか言う
力加減らしい事を一切していない。
サマエルの心配してた事ってこれか!?
などと思っている間に前方に狭い道と別の車が見えてきた。
道幅が狭いのでこのままだと接触する。
「ミカ!スピード落とし・・」
がっ
その言葉が全部言われる前に横からハンドルを持っていない手が伸びてきて
純矢の横にあった車体をひっつかむ。
一瞬まさかとは思ったが、ミカエルはそれを顔色一つ変えずに実行した。
キュキュキーーー!!
「ーーー!!!」
純矢はもう悲鳴すら上げられなかった。
方輪走行で道と車体の間を走り抜けた車体は
どごんと重たい音を立てて元の四輪走行に戻る。
そしてそれはアクセル全開という一般遊具にあるまじき行為のまんま
ちょっとした坂道からジャンプしたり急なカーブをショートカットしたりしつつ
遊戯用のコースを異常な速さで爆走する。
純矢は何度も止めようとはするのだが
そのつど舌をかみそうになり振り落とされそうになったりで
サマエルがどうして怒ったのかが嫌と言うほどよーく分かった。
しかしどうしてこんなクレイジータクシーみたいな事をする奴が
何の問題もなく普通に免許など取れるのかと思うが
よくよく考えてみればミカエルは根が真面目なので
教習所で真面目にしていれば免許くらいは取れる。
・・いや、そんな事で納得している場合ではない。
とにかく止めないとと純矢はスタント中の暴走車よろしく走り回る車の上で
何とか運転席に手を伸ばそうとするが・・・
その時ミカエルが真面目な顔のまま、なにか口ずさんでいるのに気がついた。
タイヤとエンジンの音で何を言ってるのかはわからなかったが
しばらく見て口の動きとかすかな音で解読していると・・
「・・・と〜よい子も〜手を叩く〜」
それは若い人にはわからないタイムマシン物のアニメの歌で
「胸にぃ〜〜輝く〜プレートは〜ししの18〜〜」
A HOーーーー!!
純矢は心の中で絶叫した。
ネタはわからなくても九九でのししは16だ。
そんな歌を口ずさんでいるからこんなイカれた状態なのか
元から運転させるとこんなイカれた運転しかできないのか。
ともかくこのトランス状態をなんとかしないと!
ぶん殴ってもいいがその拍子にハンドル操作を間違われても大変なので
効くかどうかは分からないがイワクラの水・・!
ドン!
だがなんとか身をひねってポケットを探ろうとしていた矢先
車体の後に何か落ちた音がした。
首をひねって振り返ると、そこにいたのはここへ来てから何度か見ている紫色。
「ス・・!」
キュキャキャギャーーー!!
しかしその事にすら気付かないほどトランス状態なミカエルは
まったく気にせず何度目かになるドリフトをし、再びアクセルをめいっぱい踏み込む。
スパーダはそれを事も無げに耐えきり、純矢の安全ベルトを素早く外すと
抗議する間も与えずに未だ爆走するゴーカートから脱出した。
ただしその脱出まぎわ、何かをそのタイヤに向かって放り投げる。
それが何だったのかは分からない。
ただその放り投げられた物体によって爆走していた車体は
ものの見事にスリップし、先にあった少し急な崖の下へすっ飛んでいき
爆発はしなかったがとても派手で騒々しい音を立てた。
純矢は避難した木の上で抱えられたまま絶句する。
止め方が荒っぽかったのもそうだが、そのスリップさせた物が物だったからだ。
「・・・・・・仕返し・・・ですか、スパーダさん」
「残念ながらつい先程から改名した。今はキリン太夫と言う」
おそらくさっきのダブルキックで首がどうにかなったのだろう。
またどこでガメてきたのかキリンの着ぐるみやっぱり頭のみをかぶった
首から下やっぱりスパーダの人物はそう言って
長い首の中でとても悪魔らしい怖い笑いを浮かべる。
下のコース上にはまだ黄色い果物の皮
つまりバナナの皮がどこか寂しげにぽつーんと1つ、落ちていた。
それから車を大破させた事やそれで救急車を呼ばれたりで
ちょっとゴタゴタしたりして時間を食われたが
純矢達は今、たまたま来ていたウルト○マンショーを子供に交じって見ている。
いや、正確にはミカエルと純矢だけは
ちょっと離れたベンチでその様子を見ているだけ。
何しろ今のミカエルは、どこの病院から抜け出してきたみたいな
ガーゼや包帯のほどこされたケガ人状態。
一応ディアラハンをしてケガ自体はもうふさがってはいるが
崖から落ちた状態からいきなり全快しても怪しまれるので
包帯やガーゼなどはそのまま残してある。
こんな状態で行くと子供を怖がらせる事があるので・・
というよりミカエル自体がふて腐れて行きたがらなかったというのが本当の理由だが。
ステージに穴が開きそうなほど真剣に鑑賞しているサマエルや
意味を分かっていなくても結構楽しそうなトール
最初は興味なさそうにしていたが結局手に力が入ってるバージルを遠目に見ながら
純矢は時々ちらと横に座っているミカエルの様子をうかがっていた。
その横顔はいつも以上に難しい顔をしていて
おまけに事故ってから一言も口をきいてくれないのでやたらと声がかけにくく
その気まずい雰囲気にベンチの下で丸くなっていたケルベロスが
さらに縮こまるように身を丸くする。
どう声をかけていいものかと純矢は迷いに迷った。
とりあえずお菓子で機嫌が直るかなと思いリュックをあさっていると・・・
「・・・事故・・・なのだな」
ずしんと重たい声にそう言われ、手どころか全身が固まる。
「・・・え?・・えー・・・と・・・」
アニメソング口ずさんでトランス状態になってた所を
某赤い配管工レースゲームのようにバナナの皮ですべって崖から落ちたなどと言えず
純矢は困ったように視線を意味無くそこかしこに飛ばす。
しかしそれと同時についうっかり悪気無く
赤のオーバーオールと帽子に付け髭をつけたマ○オ風ミカエルを想像してしまい
とっさに押さえた口からぶっと変な音がもれてしまった。
慌てて見上げるとミカエルは別に気にした様子もなく・・というか無表情のまま
遠くでやっているショーを遠目で見るばかり。
「・・・えと・・・ごめん」
とりあえずそれだけ言ってみたが、大天使から返事はなかった。
どうやら相当に拗ねているらしい。
純矢は首をひねったり頭をかいたり膝を抱えたり
しばらく1人挙動不審な事をやっていたが
やがて考えがまとまったのか、指をいじりながらこんなことを言い出した。
「・・・あのさ、今日はごめん。遊びに来たのに色々苦労かけたみたいで」
そりゃ最初は2人で来るつもりだったのに
しょっぱなからリバースしたり用途不明の回転物に振り回されたり
年少の魔人に色々権利を譲ったりその血族に主を取られそうになったり
あげく知らない間に崖下で車の下敷きになっていたりと
純矢が仲魔をさそったおかげで正直ろくなことになっていない。
けれど大元の原因になった主に悪気はなく
仲魔達にも悪気があるわけでもないので責めるワケにはいかない。
時々気配を見せる紫の悪魔はどうか知らないが。
「・・・でも俺としては結構楽しかったから
きっかけをくれたミカエルにはお礼言っとくよ、ありがとう」
今まで微動だにしなかったガーゼの貼り付けられた額がピクリと動く。
こういった時の純矢の本心からの言葉は直接心に響いてくるのだ。
「それと気を遣わせてごめんな。
ミカはこの中では年長だけど、辛かったら言ってくれたらいいからさ」
でないと公道であんなはっちゃけた運転されると困るどころの話ではない。
こつ、とミカエルの靴が地面を打つ。
それはだんだん速度が速くなり、どんどん激しい貧乏ゆすりになっていく。
どうやら言いたいことはあるが言い出せないのでイラついているらしい。
下にいたケルベロスが怯えてシッポを丸め、逃げたくなる衝動を必死で押さえている中
純矢は苦笑いをしながらトドメの一言を発した。
「じゃあこうしようかミカ。
今俺にお詫びとして出来ることで1つ、してほしい事言ってみな」
ぐきと音がしそうなほど固く動かなかった顔がこっちを向いた。
その顔は相変わらずムッとしたような顔だったが
付き合いの長い純矢にはそれが喜んでいるとすぐにわかった。
「ジュンヤ様ジュンヤ様、生サインをもらってしまいました。
しかも生握手をしてもらいました。一緒に生写真も撮ってしまいました。
生ポーズまでも撮らせてもらいました」
声はいつも通りなのだが、冷静な邪神はやったこと全部に生をつけて地味にはしゃぎ
おそらく子供の中にこんな美人が混ざっていてさぞ困っただろう
ウル○ラマンのサインが書かれた手帳を大事そうに持っている。
「そっか。でも写真は普通に現像しない方がいいな。
写真屋の人にびっくりされるから」
実はこのメンバーで人に姿を変えている者は
写真を撮るとき注意していないと、本体でフイルムに写ってしまう。
と、いってもよほどの年期の入ったカメラで撮ったり
かなり気を抜いていなければ大丈夫なのだが
今日持ってきたのは純矢愛用のちょっと古いタイプのカメラだし
サマエルも結構はしゃいでいたようだったから
運が悪ければ正義の宇宙人と真っ赤な蛇という
よくわからないツーショット写真に仕上がっているだろう。
「じゃあこの現像は念のために私が以前やっていたバイト先でやっておこう」
「・・お手数かけます」
「・・ナァ、トコロデソイツハ何シテンダ?」
れろんと上から垂れてきたマカミが指摘したのは
腕を組んでベンチに寝転がり、まるで『話しかけんな俺は寝る』と言わんばかりに
こっちに背を向け純矢の膝を枕にしているいるミカエル。
「・・?どこか具合でも悪くされたのか?」
「いや、まぁ・・ちょっと・・・ね」
不思議そうにするトールに純矢はあいまいに答え
横に置いていたケルベロスのリードを
自分の席を取られたような顔をしているバージルに渡した。
「ごめん、俺ちょっと手が離せなくなったらケルをお願いするよ」
バージルの顔にはでかでかと不満と書いてあったが
ごめんと手を合わせてくる母に反抗するわけにもいかず
とても不満げながらもそれを受け取った。
その足元にはやっと嫌な雰囲気から離れられると
ホッとしたケルベロスが寄り添って来る。
ふと見上げるとその背にあった閻魔刀からは別に何の気配も感じられない。
おそらくさっきので蹴られた分をチャラにしたらしい。
ケルベロスはなんだかもう自分が主を護衛するにも
限界が来たような気がしてならなかった。
「では高槻とミカエルは少し休憩だね」
「・・・すみません、ちょっとだけお願いします」
「かまわないよ。じゃあしばらくは私達だけで行動しようか」
「・・シャアネェナァ」
何かからかってくるかと思ったがマカミはあっさりそう言って
頭の上に疑問符を飛ばしているトールの肩に垂れておさまる。
いつもはロクな事をしない神獣もここ一番と言うときには邪魔をしない。
これも悪戯好きマカミが嫌われない一面だった。
ともかくまだ感動でぼんやりしてるのや無言で不満たらたらなのや
大体の事情を察して笑っている連中は去っていく。
「・・・ミカ、行ったぞ」
そう言った途端、固まっていた身体から一気に力が抜けて
マネキンみたいに固かった身体が泥酔オヤジのようにだらんとなった。
どうやら仲魔の手前、あまりだらしない所を見せたくなかったらしい。
「・・自分で言い出したくせに意地っ張りだな」
ミカエルは無言でこちらを見上げ
何を思ったのかポケットからハンカチを出して差し出してくる。
純矢はそれをちょっと笑いながら受け取って
膝の上にあった頭の上に広げてのせた。
これなら疲れたお父さんを休ませてる気のいい息子として
周囲から変な目で見られたりしないだろう。
「・・・ホントに意地っ張り」
現時点11体の仲魔のリーダー的存在の大天使は
やはり何も答えずハンカチの下で目を閉じる。
その寝転がったままでもがっちりと組まれた腕は
彼なりのせめてもの意地だった。
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