「いや、それにしても楽しかったよ。
 普段味わえない経験が出来るというというのはなかなかいいものだ」

結局ほぼ全ての乗り物をコンプリートしたフトミミが1人ご満悦状態だ。
その横で資料にでもするのか、たくさんのパンフレットを読んでいたサマエルが顔を上げる。

「部分的にあわない物もありましたが・・私もそれなりには」
「我もサマエル殿と同意見だ。
 ・・・確かに合わぬ物もあったが、経験的には色々と貴重だったと思う」
「オレハ乗ルトカ乗ラナイトカ言ウノヨリ乗ッテル奴ラノ方ガオモシロ・・グェ!?

無言で振り下ろされたミカエルチョップが、ひらついていた長い胴を叩き落とす。

「・・ッテェナ!何スンダテメェ!」
「いやすまん。蚊が飛んでいたのでな」
「ちょっぷデ蚊ガ落トセンノカヨ!」
「問題ない。ついでに口の悪い犬も叩き落とせる」

などとサラリと言うあたりもう機嫌は直っているのだろう。
少しホッとしつつ純矢は隣を歩いていたバージルを見上げた。

「バージルさんはどうだった?」



「・・・あ、ごめん。・・俺が悪かったから帰っといで」

はるか銀河の彼方を見るような遠ーーーい目をするバージルの手を
純矢は困ったように引っぱった。

そう言えば今日はダンテにかわって
スパーダが色々と引っかき回してくれたような気がしなくもない。

まぁ多少は助けてくれようとした部分もあるんだろうけど
やっぱり一度ちゃんと話をしておかないとマズイかなぁ・・・
バージルの今後についての話もしておきたいし・・・。

などと思っていた純矢の目に、夕日に照らされ始めた丸くて大きな物が入った。
それはここではひときわ高く目立つ代物だったのだが
あまり動く様子もなく、みんなそこそこに疲れてきたので興味を示さなかった物だ。

じっと見ていないと動いているかどうかわからないようなそれを見た純矢の頭に
唐突にある考えが浮かぶ。

「バージルさん、最後にあれ乗ろうか」
「・・?」

純矢の指した先にあったのは丸くて大きな建造物。
円状の骨組みに小さい個室のようなものがついている何かだ。

たしか地図や案内図には観覧車と書いてあったが・・

「・・えっと、みんなはちょっと待ってて。あ、そうだマカミも来い!」
「モギャ!?」

何を思ったのか純矢はバージルとあまり相性の良くないはずのマカミの尾をひっ掴み
空いた手で自分より大きい魔人を引きずって行こうとする。

「オイコラ!何デオレマデ!?」
「いいからいいから。あ、ごめんミカ、ケルを頼む」
「ヨカネェヨ!!マタソンナヤベェノト一緒ナッテタマルカ!・・ッテコラ聞ケ!!

わけがわからず引きずられていくバージルと
ぎゃあぎゃあわめく大きい布巾・・いやマカミをつれて
純矢は大きな観覧車の方に走っていく。

「止めないのですか?」
「・・待っていろと言ってわざわざあの神獣を連れて行ったからには
 何か主なりのワケがあるのだろう」

と、いつもならあまりいい顔をしないミカエルも今日はなぜか渋い顔をしない。
どうやらさっきの時間の間に色々と諭されて丸くなったのだろう。

サマエルはそれ以上何も聞かず、小さくなっていく主の背中を黙って見送った。

「・・しかし主は大丈夫であろうか?あの機械、構造は複雑に見えるが
 部屋の部分自体を支える物があまりないように見えるが・・・」
「大丈夫だよ。ただ君が乗った場合は支えがちぎれるか壊れるかして
 乗った物ごとそこかしこにガンゴンぶつかりながら落下して
 それはそれは凄い事になるかもしれないけどね」

などと笑顔で恐ろしい事を言うフトミミに
トールはひぃぃと言わんばかりに青ざめた。

物事を悪い方へもっていく想像力が豊かな事もあるのかもしれないが
怖いことをとてもさわやかに言われると余計に怖いのだろう。

こいつ時々普通の鬼より鬼らしいなあと思いつつ
ミカエルの足元にいたケルベロスはげんなりしたように耳をふせた。




一方バージルとマカミはというと、純矢と一緒に何やら狭い個室に押し込められていた。
それは別に激しく動く様子はないが、少しづつ上へ上へと上昇していく。

「・・オイ、コレッテナニスルモノナンダ?」
「高いところからゆっくり景色を見るものだよ。
 一度にたくさんの人を乗せられるし危なくもないから
 最近は遊園地じゃなくても置いてる場所が結構ある」
「・・フーン、タダ高イトコロニ行クッテダケデコンナ大ガカリニナンノカヨ」

などと言いつつも、ちょっとあいた窓から鼻先を出しているマカミのシッポは
楽しそうにパタパタ揺れている。

「で、これの特徴はもう一つあって周りから邪魔が入らないっていうのもあるんだ」
「ホォ」
「だからさバージルさん」

いきなり落ちないだろうか、変な風に傾いたりしないだろうかと
バリバリに気をとがらせていたバージルがはっとしてこちらを向いた。

「さっきうまく言えなかった事、もうちょっと整理して話してくれないかな」

ガダダ!

平たいのをいいことに、少し開いていた窓から顔を出していたマカミが
慌てて身を中へ引っ込めてくる。

「オイ!!」
「いいから」

またさっきみたいな事になったらたまらないとマカミは怒るが
純矢は気にせず少し驚いたような目をしているバージルの答えを待った。

「テメェ、ワカッテンノカ?コンナ所デマタサッキミタイナ暴走ノ仕方サレタラ・・」
「大丈夫だって。ちゃんと落ちついて話せばわかるよ」
「・・・マサカソノ防御壁ニオレヲ連レテキタンジャネェダロウナ」
「違うってば」

純矢は笑って手を伸ばすと、耳の後をかいてくれた。

これは昔、まだダンテに会う前のころ
マカミがまだイヌガミだったころから純矢がよくしてくれた親愛の動作で
それをやられるとマカミとしてはそれ以上何も言えなくなる。

そんなやり取りをよそにバージルは困っていた。
さっきの事というのはおそらく売店裏で押し倒した時の事なのだろうが
ここにいもしない弟に嫉妬してあんな形で思いをぶつけてしまうなど・・

あのウサギ童子というのが割って入らなければあの後何をしていたのか
あらためて冷静に考えてみると、非常に恥ずかしい事をしたのを自覚する。

向かい合った狭い席でうつむいたまま
夕焼けでも赤いとわかるほどに赤面するバージルに
純矢は何か言いかけたマカミの口をつまみながら切り出した。

「バージルさん、今乗ってるこの乗り物、実はちょっとした魔法の乗り物なんだ」
「・・・魔法?」
「そ。夕方から夜にかけて乗ると
 いつもは言えないような事がすっと言い出せる魔法の乗り物だ」

そりゃカップル限定なのではないかとも思える発言だが
それでもそのジンクスのようなものは案外あなどれないと純矢は勝手に思っている。

「だからさ、バージルさんも普段言えずに行動に回してる事とかさっきの事とか
 まとめて今全部言ってほしい。その方がスッキリするだろうし」

まぁ確かにバージルはあまり口の回る方ではないので
その分が思いがけない行動になり純矢自体困る事がある。

「制限時間は上に行って下に戻ってくるまでだけど
 みっともないとこ見せた当人が2人もいるんだから、言えるだろ?」

・・・プッ・・べちん!

つまんだ口のはじから変な笑いをもらしたマカミの顔が
今度は両手でサンドイッチにされる。

しかしそんなこ事を気にする余裕もないのか
バージルは表情を硬くしたまま考え込んだ。

母の言うことももっともだ。
いくら純矢が優しくて色々と気がついてくれるとはいえ
いつまでもそれに甘えてばかりはいられない。
気持ちを言葉にするという事は言葉を使う人としても重要な事だ。

「・・・いヘェヨコラ。ペチペチ挟ムナ」
「元からペラペラだから大して変わらないだろ?いいから黙って待ってろ」
「・・ヘーイ」

そうこうしている内にゴンドラは上へ上へと上がり頂上付近にさしかかる。

そして何か考えるように手を顔の前で組み
じっと床を睨んでいたバージルがふと顔を上げた。
どうやら考えはまとまったらしい。

「母さん」
「ん?」

待っている間に退屈したのか
膝の上で裏返しに伸びていたマカミを撫でていた純矢が手を止める。


「俺は母さんが好きだ」


ブッ

あらゆる事をかっ飛ばした、直球ど真ん中剛速球な言い方に
純矢もくつろいでいたマカミも同時に吹き出す。

しかしバージルはそれが本心からの言葉であるためか
そんな事は微塵も気にもせず、さらに床を見るようにしてこんな言葉を続けた。

「だが俺は元の母さんも好きだ。しかし・・・その母さんはもういない。
 それはいくら俺に力があっても、それは決して変えられない事実だ」

何かを探すように、膝に置かれていた手が胸元へ伸びる。

「その母さんがいなくなってから・・・俺はただ強くなるためだけに力を求め
 その力を何に使うかも考えず、ただ力を得て強くなることだけを求めていた」
「・・・・・」
「そしてその結果・・・俺はあいつに敗北し、母さんに拾われてここにいる。
 母さんが人として生きてみないかと言ってくれたから、数々の恥を背負ったまま・・・」
「こら」

こん、と頭に軽いゲンコツが落ちてくる。

「生きてることを恥なんて言うな。
 もっと生きたくても生きられなかった人や、これから産まれてくる人達に失礼だろ?」

それはきっと悪魔に殺され、若くしてこの世を去った産みの母にも当てはまる事だ。

生きているというのは普通に息をして生きている間にはあまり分からないものだが
生きているというのは大切な人を失って初めて分かる、実に尊い事。

産みの母がある日突然いなくなって
自分の中にどうしてもふさげない大穴を開けたときのように。


バージルが純矢を好きな理由の1つが
この何か大事なことを気付かせてくれるまっすぐな所だ。


「・・・母さん」
「ん?」
「俺はもう一度生きる機会をくれ、多くの事を教えてくれる母さんが好きだ。
 おそらく今一番好きだ。何よりも好きだ。すごく好きだ。大好きだ」
「・・う?う、うん」

そう連呼されるとさすがに照れが来るのか、純矢は困ったように頭をかき
その下でマカミが『・・阿呆カ』と言いたげにぺたとシッポをゆらす。

しかも今はちょうど観覧車の頂上付近。
運が良いというか悪いというか・・・。

「だが俺は・・確かにそこの犬が言うように
 母さんを元の母さんの代わりとして見ていた部分があったのかもしれん。
 ・・それについては謝る。
 だが俺は・・・もう一度あの時と同じような思いをしたのなら
 一体どうなってしまうのか正直自分でもわからない」
「・・・・・」
「だから俺は今ここで全てを言葉にしておく。
母さん!!
「ぅはい!?

いい歳の男と少年の図にしてはセリフも構図も妙な状態のまま
手を両手でひっつかまれた純矢はあまりの剣幕に一瞬敬語になる。

そしてバージルは祈るかのようにその手をぎゅうと握りしめ
言いたかった事を全部まとめて凝縮した一言を言った。


「・・・俺を・・・1人にしないでくれ・・・」


それはまるで今から純矢が死ぬかいなくなるかしそうなほどの
切実で真剣で痛々しいほど思いの込められた懇願だった。

しかし何というか・・・大の大人がこうも弱々しくなるものなのだろうか。

だがダンテの話の断片やバージルの話などからして
この兄弟の事情というのは人間の自分が想像できないほど相当ややこしいものなのだろう。

純矢はちらとマカミを見た。
横にあった平たい顔はふんとアゴをしゃくるようにして横に振られる。
どうやら様子からして先に話せというらしい。

純矢はちょっと考えて、空いていた手でバージルの頭をぽんぽんと撫でた。

「・・あのさバージルさん、何か1つ忘れてないか?」
「・・?」
「バージルさんは俺なんかよりももっと大事な人を1人忘れてる」

バージルはしばらく固まった後、その答えにたどり着き
ばっとゴンドラが軽く傾くほど後に飛び退き、後の窓に頭をぶつけそうになった。

そう、純矢よりももっと縁の深い、しかも同じ母から同時に生まれ出た
同じ父と母の血を引くもう1人の自分。
確かに大切にするなら優先順位はあちらの方が上。

だが・・・

「・・・しかし・・あいつは・・・」

絞り出すかのような声を出すバージルに純矢はいつも通りの口調で話し出した。

「・・えっと、これは前にも言ったかもしれないけど
 俺はバージルさんとダンテさんの間に何があったのか詳しくは知らない。
 けどさ、何があったかわからないけど家族って言うのは
 どんなに違う方向を向いていても、どんなに離れていてもやっぱり家族なんだよ」

膝の上のマカミを撫でながら純矢はさらに言う。

「俺にも家族が1人だけいるよ。父さんなんだけどね。
 出張が多くてあんまり会えないけど、それでもちゃんと連絡だけは取るようにしてる」

そこでバージルはふと思い出した。
そう言えば純矢は父だという人物とよく電話で会話しているのを見た事があるのだが・・
母の姿と話は今までほとんど聞いたことがない。

その疑問が顔に出ていたのか、純矢はちょっと複雑な苦笑をした。

「・・母さんは俺が小さい時に病気で死んだんだって。
 って言っても俺、かなり小さかったから全然覚えてないし
 悲しかったとかいなくなっていう事すらわからなかったんだけど」

返す言葉をなくしてしまったバージルに
純矢はかつてダンテがしていたのはちょっと違う肩のすくめ方をする。

「・・だからさ、バージルさんにも家族を大事にしてほしんだ。
 思いきり仲が悪くて顔を合わせるのも無理っていうのかもしれないけど
 俺みたいなお母さん代わりはともかく、血のちゃんとつながった本当の家族は
 もうダンテさん1人しかいないんだろ?」
「・・・・・」
「それに・・・何があったのかは知らないけど、ダンテさんももう気にしてないと思うよ。
 ・・だってダンテさん、バージルさんの話してくれた時
 ちょっとだけど・・さみしそうにしてたから」

あの何度も何度も殺し合った片割れは、きっとあの時
つまり魔界のふちで戦った時に、もうその事を知っていたのだ。

「だからきっと、ダンテさんもまだバージルさんの事ちゃんと家族だと思ってるんだよ。
 だってダンテさんにもバージルさんにも、人間のお母さんの血があるんだから」

だからあの落ちる寸前、家族である自分に片割れは手を伸ばしてきたのだろう。
そしてそれはさらに年月がたった今でもなお、純矢は変わっていないと言う。

「・・は・・」

バージルは重く短い息を吐いて額を押さえた。

これではまるで呪いのようだ。

父の血は力を求め戦いに駆り立て、血を分けた血族をも踏み越えさせ
母の血は時に急激な不安を呼び、踏み越えようとした血族に再び巡り会わそうとする。

今まで考えもしなかったが
半魔というのはその両方の枷を同時に持っていると言うことだ。

そしてバージル突然、自分が一体何者なのかわからなくなった。

悪魔であった自分はダンテに殺され
人間だった自分は母が死んだのと同時に殺されたも同じだと思っていた。

ではここにいる自分は一体何なのだろう。

母を恋しがりながらも再び家族を持つことを恐れ
まったく別の者に救いを求めている自分は一体誰なのだろう。


「・・オイコラ、ナニ1人デぶるーニナッテヤガル」


その時軽い困惑の中でうつむき額を押さえていた視界に
いきなりにゅっとマカミの変な顔が割り込んでくる。

ふんと鼻息をふっかけられ、思わず顔を上げると
近くで見ると一層表情のわからない変な顔は
まるで人を小馬鹿にするかのようにナナメに近寄ってきた。

「・・・シッカシテメェ、まじデ女々シイナァ。
 モウチョット物事ヲ前向キニスルッテ選択肢ハネェノカヨ」

そう言って相変わらず口の悪い神獣は純矢の上へ行き
その上からだらんと垂れる。

「少ナクトモコイツハソウシテタゼ?
 元人間ダッタノヲイキナリ悪魔ニサレテモ、イキナリわけワカンネェノニ追イ回サレテモ
 昔馴染ミヤ知リ合イニカタッパシカラ裏切ラレテモナ」
「おいマカ・・」

何か言いかけた純矢の背を、平たいシッポが黙ってろとばかりにぺンと撃つ。

「半魔ダカナンダカ知ラネェガ、チョットハシャキットシロヨオイ。
 ソレトモナニカ?テメェマダ自分ノアンヨデ歩ケネェホドノよちよちか?」

バージルは一瞬後、侮辱に気付いて横に置いてあった閻魔刀に手を伸ばそうとしたが
こんな狭いところで立ち回れるはずもないのですぐ思いどとまる。

マカミはそれを見てそれ以上からかったりはせずふわりと浮き上がり
かつてダンテに呼ばれていたあだ名通り
純矢の肩からマフラーのように垂れて落ちついた。

「・・マァオレハテメェノ生キ方マデドウコウ言ウホド暇ジャネェ。
 ソノ代ワリ参考ニナリソウナ話ヲ1ツシテヤルヨ」

こりこりと純矢に喉を掻いてもらいながら、変な顔の犬(?)が変な目をちょっと細める。

しかしこの犬(?)は口調も態度も偉そうなのだが
その言葉と貫禄にはどこかあなどれないものがあるので
バージルはムッとしていた気持ちを納め、大人しく話を聞く体勢をとった。

「・・オレハチョット前、オマエミタイナ半分ヅツノ奴ト一緒ニイタ事ガアル。
 ソイツハテメェト違ッテナンニモコダワラネェアル意味本気ナ馬鹿デナ。
 半分悪魔ダッテノニ悪魔ヲ狩ル仕事シテ、ソウカト思ッタラ今度ハソノ悪魔ノ隣ニ立ッテ
 ヤタラ楽シソウニ、ヤッパリ悪魔ヲ狩リヤガル」

マカミは明確な事を何一つ言わなかったが
バージルはその言い方と笑っている純矢の様子でそれが誰のことなのかすぐにわかった。

「デ、オレ一回ソイツニ聞イタンダヨ。
 オマエ悪魔デ人間デ、悪魔ノ味方シテ悪魔狩ッテ、一体全体ナニガシタイノカッテナ。
 ソシタラソイツ、マッタク考エモセズ即答デコンナ事ヲヌカシヤガッタ」


『オレはオレのしたいと思ったことをしてるだけさ。
 悪魔と人間半分づつなら、どっちに転んでも自由って事だ。違うか?』


もう随分とあっていないはずなのに
アイツなら言いそうなことだとバージルは思う。

「マァ実際アイツ、時々ヤタラ人間臭イワ悪魔以上ニ悪魔ダッタリスルワデ
 オレハ今デモアイツガ何ナノカヨクワカッテネェ。
 ケドマァ・・世ノ中ソウヤッテ何ノ型ニモハマラナイ奴モイルッテ事ダ」

そう言ってマカミはぴたぴたと前足で純矢の頭を叩いた。

「コイツミタイニ悪魔ダッテノニヤタラ甘タルイヤツヤ、オレミタイナ跳ネッ返リ
 アト図体デカイクセニ肝ガチッコイヤツヤ
 本来役目トハマッタク逆ノコトニハマッタ無口デ無愛想ナ骨トカ
 人様ニ迷惑カケナイヨウニ夜ノ生活ヲ楽シミマクッテル大娼婦トカ・・・
 ・・・アリ?ケッコウイルナ」
「ま、つまりは俺の周りはそんなのばっかりって事だな」
「ア、テメェ!オレヨカウマクマトメンナヨ!」

悔しかったのか噛みつこうとしてくる鼻先を押し返しつつ
純矢はいつも通りの笑みを向けてきた。

「バージルさん、マカミは嫌いか?」
「・・・好きではないが・・・」
「ミカとかトールとか仲魔のみんなで嫌いなのは?」

誰もいないと首は横に振られる。

「お父さんのことは?」

その問いにも首は横に振られた。
母より多少印象は薄いとは言え、嫌いだと思ったことはない。

「じゃあダンテさんは?」

一瞬横に動こうとしていた首はすぐに止まる。

それは今までされた事のない質問だ。
何しろバージルは今まで好きとか嫌いとかいう事を考える機会があまりなく
それをあの色々あった弟に当てはめるとなると、たった2文字や3文字でくくれるはずもない。

『キスよりもこっちの方がいいか?』

『掃き溜めのゴミにしちゃガッツがありそうだ』

いやしかし、思い起こしてみればアレとの会話にはあまりいい印象の物はない。

しかし何も言わずにただとっさに伸ばされたあの時の手の事を考えると
悪い印象を持つこともまたできない。

バージルはかなり考えた末、答えを出した。

「・・・・わからない」
「嫌い・・じゃないのか?」
「・・・・わからない。・・・あいつだけは・・・わからない」

しばらく会っていない事もあるがバージルにはいくら考えても
今ここでどう思っているかという結論だけは出すことができなかった。

「・・そっか。それならそれでいいや。色々悩ませてごめん」
「・・え・・」

しかしもうちょっと何か言ってくるかと思ったが
純矢は拍子抜けするほどあっさり引き下がる。

「そりゃあ長い間会ってないし、ちゃんと話もしないのに好きとか嫌いとか言えないさ。
 それに・・大嫌いで顔も見たくないって言わないならそれでいい」
「・・・・・」
「けどバージルさん、ついでに言っとくけど俺はいつかダンテさんに会って
 ちゃんとゆっくり話をして、仲直りしてほしいと思ってる」

そう言う純矢の目はいつになく真剣なものになっていた。

「色々あったんだろうけど、やっぱり家族は生きてる間には一緒にいた方がいい。
 産みのお母さんだってそう思うよ。人間のお母さんならなおさらね」


『たった2人の兄弟なんだから・・ね』


産みの母はいつだったか、片割れとケンカをした時そう言って2人を同時に諭した。

その時はまだ家族がバラバラになっていなかったせいか何とも思わなかったが
父も母もいなくなった今、その言葉の意味も理解できないわけではない。

バージルは横に立てかけてあった閻魔刀の封を解いて無言で見つめた。

すっかり抜く機会のなくなった一本の魔刀は何も言わなかったが
夕日色に染まるそれは今ここにはない母の形見のかわりに
心の中にあった色々な迷いを一気にまとめてくれたような気がし
バージルは一度目を伏せて心を落ちつかせると、しばらくして静かに口を開いた。

「・・・母さん」
「何?」
「俺はいつか・・ダンテと決着をつけたい」
え”?

さらりと言われた物騒な言葉に純矢はマカミ共々硬直する。
しかしそれを見てバージルはしっかりと首をふった。

「いや、決着といっても互いの命を奪い合うような決着のつけ方はしない。
 それは両方の母の名に誓おう」
「そ・・それならいいけど・・・」
「だが俺も・・・おそらくダンテもお互いに過去の事を引きずっている。
 その事をふまえて奴と再びまみえる時、何が起こるか俺にもわからない。
 だが今の俺は母さんに再生された身だ。
 自分が何者であるか明確にするためにも、過去に対するケジメはつけておきたい」

しゅっと柄を上へやり、鏡のような刀身に自分を映しながら
バージルはどこをどう切り取っても決闘するような口調でしっかりと話した。

「・・・えと・・・とにかく会って話をする気はあるんだ」
「あぁ」
「・・・ナンカ顔見ルナリ斬リ合イニナリソウダ話ダケドナ」

バージルは何も言わず、パチンと刀身を鞘におさめきちんと封をする。
否定しなかったと言うことは、可能性としてはそれもあるかもしれないと言うことだ。

会った方がいいとは言ってしまったが
どのみちその現場に着き合わされる事になるだろう純矢は
何だか自分で言った事をちょっと後悔したくなった。

そうこうしているうちに魔法の効果はもうすぐ切れる場所まで降りている。

「・・まぁ今日はそれを確認できただけでもよかったよ」
「・・・そうか」
「えっと・・あと他に何か言いたいこととかあるなら聞くけど」
「ならば最後に1つ聞かせてくれ」
「ん?」
「母さんは俺の事が好きか?」

ごん

リュックを背負いなおそうとして半立ちになっていた純矢は横にあった窓に頭をぶつけた。

「・・そりゃまた・・・ストレートかつ返答に困る質問で・・・」
「ここでは話せない事はないのだろう」
「いやその・・それは話のたとえであって・・・」
「答えてくれ」

答えないと取って食うような目をするバージルに
純矢は困ったようにマカミに向かって視線をうつすが
そこまで面倒みてられんとばかりにぷいと顔をそらされた。

しかし迷っている間にゴンドラは下へ到着し
ちょうどいいタイミングで施錠されていたドアが開く。

「・・あ!ほらもう終点!みんな待たせてあるから急いだ急いだ!」

そう言って純矢はドアから飛び降り、逃げるように外へ出た。

バージルも慌てて後を追うが、結局答えが聞けずじまいのままで
ちょっと肩を落とすように歩いていると、後から平たい物にぺんと頭を叩かれた。

「ナニヤッテンダヨ、とろクセエ」
「・・・・五月蠅い」

寄るなとばかりに手で追い払うと、変な形の神獣はくるんと上へ舞い上がり
進路の邪魔にならないように横から垂れてこんな事をささやく。

「・・アノナァ、アンナモンワザワザ聞カナクテモ
 モウ答エハ目ノ前ニ落チテンダロガ」
「・・?」

何の事だと聞く前に、先に行っていたはずの母がUターンで戻ってきて
当たり前のように自分の手を片方掴んだ。

「ほらバージルさん!」

掴まれた手は強すぎず弱すぎず
こちらを引きずらない程度の力加減で前に引かれる。


「・・・テメェノ目ハ色々ト節穴ダナ」


そんな事を最後にほざいて、マカミはすうと先へ飛んでいってしまう。

好きだとか嫌いだとかいう事は
言葉として聞く前に、もう形としてちゃんと目の前に現れているのだ。

バージルはふと苦笑を1つもらし、握られていた手に力を込める。


・・・確かにあの口の悪い犬の言う通りなのかもしれん。


その行く先には個性豊かであまり悪魔と呼ぶにはらしくない悪魔達がいて
夕日の中、それぞれにシッポや手を振ったり無表情だったりそっぽを向いたりしながらも
まるで家族のように、ちゃんと自分たちを待ってくれていた。





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