ジリリリリン ジリリ・・

沈黙を守っていた古風な黒電話が突然けたたましい音を出す。
しかしそれはあらかじめ予想されていた事だったのか
そばにいた初老の男に受話器を取られ、ベルは1度半なっただけで切れた。

「・・・もしもし・・・」
『あ、ブラック?俺だけど』

それは知らない人が聞いたら死人が話してるんじゃないかと思うほど
感情がないというか元気のない、色で表現するなら灰色な声だったが
受話器の向こうから聞こえてきたのはそれを何度も聞いている純矢の声だった。

だがブラックライダーが近くにあった時計を見上げると
もう日付が変わるかという時間帯。

「・・・どうした・・・」

なんとなく予想はついているが一応聞くと・・。

『・・・えーと、みんなでご飯食べて電車に乗ったまではよかったんだけど
 たまたま席がすいてて、降りるまで時間もあったから
 ちょっと・・・うたた寝したんだ』
「・・・・・」
『で、ついたら起こすからって、みんな言っては・・くれてたんだけど・・・』
「・・・全員・・・寝過ごした・・・か?」
『・・・・・うん』

普段は一睡もしなくて平気な悪魔達も
散々遊び回って疲れていたところを純矢につられでもしたのだろう。

『バージルさんはわかるけど、サマエルやフトミミさんまでぐっすりだもんなぁ・・。
 おまけに終点についてようやく起こしてくれたスパーダさんは起きてたくせに
 「あまり気持ちよさそうに眠っていたので声をかけるに忍びなかった」
 ・・とか言ってニコニコ嬉しそうにしてるだけだったし・・』

バササーー!べし!

「ジュンヤジュンヤ!どこどこどこだジュンヤ!」

その時受話器から出るわずかな声を聞きつけ
フレスベルグがすっ飛んできてブラックライダーの後頭部にぶつかった。

『・・あ、フレス、いい子にしてるか?』
「おれおれいい子いい子!ジュンヤどこどこだどこだー!」

声はするものの姿が見えない純矢を首をひねって探しまくる妖獣を無視し
ブラックライダーは時々羽に頭をびしばしはたかれつつ再度口を開く。

「・・・今どこに?・・・」
『全然知らないところ。乗ってた線の終点だって事はわかるけど・・・』

ブラックライダーは近くに用意してあった地図を取り
しおりを挟んであった場所を開いて純矢が乗っていただろう路線を指でなぞる。
丁度終電で降ろされたのだろうそこはタクシーで帰るにもちょっと距離がありすぎる。
まだぎゃあぎゃあ騒いでいた鳥を小脇に抱えると
初老の男はぱたんと地図を閉じた。

「・・・そこで待て・・・」
『え?』
「・・・迎えに・・・行く・・・」

そう言ってポケットから出したのは古風な懐中時計。

パチンと蓋の開けられたその時計は
元の姿である黒馬と同じ黒い文字盤をしていて
蓋を開けられると白かったその文字が
元の馬の目と同じようにぼんやりと青く変化し始めた。





少し人里離れた田舎の駅前
おそらくバスを待つために置かれたのだろう古いベンチで純矢は迎えを待っていた。

他の仲魔は全員ぐーすか寝てしまったので
起こさないようにそっとストックにしまってある。

今隣にいるのはそのストックに入れられない紳士1人だけだ。

「・・・結局私は・・・大切なことを何一つ残してやれていないな」

古びたベンチに並んで座っていたスパーダがぽつりともらす。
それはきっとあの観覧車で行われた会話のことだろう。

「でも嫌われてなかっただけでも十分じゃないですか?」
「それは言い換えると私の印象は妻より遙かに薄いという事になる」
「・・・まぁ確かにそうかもしれませんけど
 でも何もかもそうやって自分の目線から決めつけるのはよくないですよ」
「・・かもしれないな」

前向きな純矢の言葉に沈んでいた気持ちが少し浮き上がる。
元が妻と同じ人間であるだけあって、この少年には自分にしろ息子にしろ
色々と助けられてばかりだとスパーダはため息をつく。

「それにダンテさんとバージルさんの事は今日言いましたけど
 スパーダさんにも2人と会って話をするって課題が残ってるんですよ?」
「・・う」

まさかそこまで計画していると思ってなかったスパーダは軽くうめいた。

「・・いやしかし、悪魔の私が介入するとあまり良い影響が・・」
「駄目です。いくら死んでるって言っても
 息子さんを蹴ったり殴ったりするくらいの元気が有り余ってるなら
 ちゃんと出てきて話し合いをして下さい。怖いなら立ち会いますから」

ごもっともである。
しかも純粋な悪魔にして伝説の魔剣士の心中をあっさり読みとり
怖かったら立ち会うなどと真っ向から言ってくるなど
なんだかこの少年、やはり亡き妻によく似てかなわないと
伝説であるはずの悪魔は内心で思った。

「・・・あぁ、そうだジュンヤ君
 私が先程言いそびれていた事があるのだが覚えているかな?」
「え?さっきって・・」
「君が錯乱したのを止めた後の事だ」
「!!・・えと・・あの・・色々ありすぎてちょっと・・・」
「はは、確かにあの時は急だったかもしれないな」
「・・・それでその・・何を言おうとしてたんですか?」

それは今ならもう邪魔は入らないだろうし
その場の勢いとかではなくきちんと落ちついて言うこともできるだろう。

だが・・・

「・・・いや、やはりやめておこう。
 今の私が言ったところであまり相応しくもない上、フェアではない」
「??」
「この言葉、私達家族の問題が全て解決した時にまで取っておくことにしよう。
 それまでは私の胸の内にしまっておくことに・・」

そう言って純矢の手を取ろうとしたスパーダの手が素通りしてすかっと宙をきる。
見ると手が少し透けていて、手だけではない腕も足も全身も
少しづつだが薄くなって霞のように消えようとしていた。

「・・・肝心なところで活動限界が来てしまったな」

少し残念そうに手を戻そうとすると
それは黒とエメラルドブルーの模様がはいった手にぱしと掴まれた。

「何を言おうとしてるのかわかりませんけど・・」

人気のない場所とはいえ目立つ模様を全身に光らせた少年は

「待ってますよ」

おそらく他意はないのだろう
けれどスパーダには爆弾発言以外の何物でもない事をさらりと言ってのけ
微笑みながら消えかかっていた手を軽く握ってくれた。

スパーダは一瞬ハトが豆鉄砲をくらった顔どころか
魂を根こそぎ取られたような顔をしたが何とか持ち直し
最後の力をふりしぼってその手を握り返す。

「・・・本当に・・・肝心な所で・・・」

そしてスパーダは顔は微笑んでいるのに
その口調が血を吐きそうなほど悔しそうという変なギャップを残し
音もなくすっとその場からかき消えた。

実はそのスパーダが言いかけていた言葉
おそらくこの先で修復されるだろう親子関係を
再び根本からブチ壊す恐ろしいものである事を
純矢はこの時まだ知らない。




そうして純矢はたった1人、静かな駅前でしばらく待ってると
どこからか控えめなエンジン音と共に
青白いライトをつけた何かが暗闇から姿を現した。

それは真っ黒なサイドカーだ。
アンティーク風のデザインをされたその車体はあまり派手さがなく
暗闇の中にあるとその存在すら消されてしまいそうな落ちついた作りになっている。

それは純矢の前で静かに停止すると
運転席に乗っていた男が無言でこちらを向いた。

車体と同じ黒のヘルメットをしていたのは上下黒の服に黒のブーツ
上げたバイザーの下にあったのは夜道だとさらに顔色の悪く見え
息が止まって2日ほどたった人のように見えてしまうブラックライダーだった。

「・・ごめんごめん、へんな手間かけちゃったな」

ブラックライダーは何も言わず後にあったヘルメットを手渡してくる。
どうやら何となく予想はしていたので気にしていないらしい。

純矢はヘルメットをかぶり横にあった座席に乗ろうとすると
足元に潜り込んでいたフレスベルグと目が合った。

「・・・あ、やっぱりついて来たんだな」

さして怒った様子もなく頭を撫でてやると
フレスベルグは鳥らしくクックーと喉を鳴らし
しばらく嬉しそうに純矢の手に頭をすりつけてから
服や座席を凍らせないようにぴょんとブラックライダーの前へ移動した。

この黒ずくめの送り迎え、帰りの足に困った時ブラックライダーがやってくれるもので
昼間はちょっと目立つが夜にはなかなか便利なものだ。

何しろこのサイドカー、元が空をも飛ぶ黒馬なので
その気になれば渋滞を気にせず家まで一直線に帰る事だってできてしまう。

「・・・それで・・・?」

シートベルトをしている純矢に黒の騎士が短く問う。
それは非常に短い問いかけだったが、純矢は気にせず小さく笑った。

「楽しかったよ。色々あったけどみんなの意外な一面も見れたし
 バージルさんにもダンテさんについての確認が取れたし」
「・・・そうか・・・」

自分で聞いておきながらその返事はどこか素っ気ない。
しかしこの2人のやり取りはいつも短くて簡素なのだが
それでも仲魔としての時間の長い2人にはなんの問題もなかったりする。

乗り込んだのを確認してアクセルをふかすと
黒のサイドカーは馬のいななくような音を立てて走り出した。

しかしその行き先は大通りではなく人気のない路地裏。
どうやら人目につかないところで結界を張り、空から帰るつもりらしい。

車体が闇に飲まれていくうち
その闇の中から黒いモヤのような物が発生しゆっくりと車体を包んでいく。

「ところでハーロットとピッチはどうしてる?」
「・・・出かけた・・・幽鬼を連れて・・・」
「・・相変わらず謎な事してるなぁ。
 いい加減に昼間普通に行動すれば・・・・って、それも結構怖いか」

あんな今でも元でも怪しい状態で昼間登場されても確かに困る。

ピシャーチャを連れて行く意味については未だにわかっていないが
幽鬼本人も別に嫌がっている様子もないので放ったままになっているが・・。

「でもピッチもずっと床の間ぐらしっていうのも可哀想だし
 丁度いいのかもしれないな・・・ふわぁ・・・」

結界を張り終わり車体が宙に浮いたところで純矢があくびを漏らす。
今頃になって今日の疲れが出てきたらしい。

「・・・眠るか・・・」
「・・・ん。ごめん、家に着いたら起こして」

ブラックライダーは了解のつもりなのか何も言わない。

「・・・なぁブラック」
「・・・?・・・」
「・・・悪魔にも・・色々あるんだなぁ・・・」

いつも無表情だった顔の眉がヘルメットの下でちょっと上がる。
それは何をワケの分からない事をと言うつもりなのか
自分もそのうちの1人だろうと言うつもりなのか、その両方なのかは分からない。

純矢はそれだけ言うとリュックを抱いたまま
よほど疲れていたのかすうと眠りに落ちてしまう。

前にあるタンクの上で首をかしげるフレスベルグの頭を
静かにしていなさいというつもりでブラックライダーはぽんと撫でると
外からは見えなくなった黒いサイドカーを浮き上がらせ
純矢を起こさないようにとても静かに、月の出る夜空に向かって走らせた。


次に純矢が目を覚ますのは深夜の家の前ではなく
自分のベットの上での朝のこと。









・・・こんな長々したの初めて書いたな遊園地話でした。
いや、アンケ取った全員書こうとした上に
無計画に書きまくった自分も悪いんですが・・・。
でも書きたいこと書けまくって自己満足。



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