それは何気ない朝食時の一言から始まった。
ぺちゃ
つまみ上げていた目玉焼きの白身が箸からすべり落ち
落下した際に油が少しスーツに飛んだが
きれい好きなはずのミカエルはそんな事を気にもせず
気の弱い人なら腰をぬかしそうな顔で純矢をにらんだ。
別に怒っているわけではない。
これは感情表現の苦手な彼が感極まった時にするクセなのだ。
「・・・・今・・・・なんと言った主」
聞くだけでその場の重力が5s増加しそうな重たい声も
純矢は慣れているのでまったく気にせず
横から黄身を盗もうと顔を伸ばしてきたマカミの鼻先をぺちと叩いて追い払った。
「え?だから今月中の日曜に一緒に遊園地に行かないかって言ったんだけど」
あっさり返された言葉は聞き違いではない。
シミになるとサマエルがさっき油を飛ばした所を黙って拭いてくれている中
純矢はさらにこんな言葉を続けた。
「ほら、この前くれた割引券。あれの期限が今月までしかなくてさ。
バージルさんごめん、砂糖取って」
しかし言われたバージルの目はかなりうつろで
そこら辺にあったビンをゆーっくり取ってのろーりと純矢に渡す。
「・・いやこれ醤油。・・また夜遅くまで本読んでたんだ。
だから10時にはしおりはさんで寝る準備しろっていったのに」
「・・・(目をこすりながら)・・・止まらなかった」
「ミカエル、9時から会議です。急いで下さい」
「黒騎士殿、すまぬが弁当の茶が足らぬのでもう一本追加願えまいか」
「あ、私は明日と明後日バイト先でまかなうのでお弁当は結構」
「コラ、イイ加減主ノ食イ物ヲ盗ムノハヤメンカ。悪魔狩リデモアルマイシ」
「イイジャンカ別ニ。腹ニ入レバ皆同ジダロ」
「そう言えばおぬし、その細い胴のどこからどこまでが腹なのじゃ?」
「ジュンヤジュンヤ!50分!50分!今50分!」
「あ、うん。だから今月中の日曜に予定があけばどうかと思ったんだけど・・
ってこらバージルさん!朝ご飯中に寝ない!目ぇあけて!
それ漬け物じゃなくて台ふきだから!」
今日は珍しく朝から全員いるので騒々しいことこの上ない。
静かなのは床で触手を一本だけ出し砂糖水を吸っている石ピシャーチャと
ついさっき全員の弁当を準備し終えて席につき
真っ黒なコーヒーをすすっているブラックライダーだけだ。
しかしそんな会話の飛び交う中でも
ミカエルは主の声だけをきっちり聞き分けていた。
「・・・今月中でよいのか?」
「あ、でも都合がつかなかったら無理しなくていいよ。
その時は他の誰かを社会見学もかねて一緒に行・・」
「いや行く。絶対行く。確実に行く。這ってでも行く」
「・・いや、這ってでも来なくていいから、日曜のどれか開けられたらでいいよ」
「わかった。サマエル、今月の予定は?」
「そうですね・・・」
サマエルが手慣れた様子で予定を書き込んだ手帳を片手でパララとめくっていく。
会社内での地位はサマエルの方が高いが
見た目はやはり大会社の社長とその美人秘書にしか見えない。
「・・ちょうど次の日曜なら一日取れそうですね」
「じゃあ次の日曜でいいかな」
「うむ、問題ない!」
ミカエルはよっしゃ!とばかりに心の中でガッツポーズをするが
もちろんこれだけ仲魔がいる中で、主の言葉はそれだけでは終わらなかった。
「それじゃみんな注目。次の日曜に一緒に遊園地に行きたい人」
カタン
ミカエルの手から今度は箸が落下した。
そのスキにマカミが薄切りハムをかすめ取っていくが
ちょっとしたショックを受けていた大天使は気付かなかった。
「・・?主、ゆうえんちトハナンダ?」
「えーっと、人間がいろんな乗り物にのって遊ぶ所だよ。
ほら、散歩の途中で見る車って乗り物があるだろう?
あれの遊び専用にしたみたいな機械がたくさんある所だよ」
「はンダほリャ?こモシレエノは?
(訳:なんだそりゃ?おもしれえのか?)」
「人によるかもしれないけど俺は好きだよ、遊園地」
その途端、純矢の横で目を開けたまま寝ていたバージルが一瞬で覚醒した。
「行く」
「え?」
「俺も行くと言った。その幽遠地とやらに」
「・・・読み方はあってるけど字が違う」
それはきっとただ純矢が好きだから行きたいというだけで
自分が楽しいかどうかは考えていない発言なのだろう。
家で本ばかり読んでいて、バラエティー番組を見てもクスリともしない人物を
娯楽施設に連れて行くのはちょっと無意味な気もするが
なにせこの魔人はいろいろと知らない事が多いので
社会勉強としてはどこへ行っても勉強になる。
「それじゃあまずはミカとバージルさんだな。他には?」
「私もご一緒してよろしいでしょうか。
以前目を通したプロジェクトの参考になりそうですので」
「私も行っていいかな。何か面白そうな仕事があるかもしれない」
これまたあまり娯楽に縁のなさそうなサマエルとフトミミが手を上げる。
しかしよく考えたら遊園地の似合いそうな人員というのも
このメンバーではあまり見当たらない。
まぁかろうじてマカミが売られているおもちゃとしてなら似合いそうだが。
「・・・主、そこは我のような者も立ち入れる場所なのか?」
「ん?そうだな・・」
大きな身体でおずおずと手を上げるトールに純矢は少し考えた。
確かにトールの大きさでは制限にひっかかる乗り物もあるかもしれないが
しかし何事も参加することに意義があるのだ。
「・・うん、入る分には問題ないよ。
見てるだけでも楽しいこともあるしね」
「そうか!なら我・・・も」
一瞬喜んで挙手してしまったが
恨めしそうなミカエルと目があってしまい語尾が弱くなる。
別にミカエルの邪魔をする気はないが
トールも純矢と行きたい気持ちは一緒なのだ。
「主、我ハ無理カ?」
「そうだな・・・ペット不可なら入れないし
犬は乗り物には乗れないからなぁ・・」
しかし少し残念そうに耳をたれるケルベロスを純矢は見捨てなかった。
「でもまだ行ってみないとわからないし
ストックに入れてなら連れて行けるから、ケルもおいで」
「ソウスル」
しゅんと垂れていたシッポが
頭を撫でられてぱたぱたと元気にゆれた。
2人で行けないのは残念だが
ミカエルは純矢のこういった優しいところは大好きだ。
しかし見とれていたスキにまたしてもマカミが平たい顔を伸ばしてくるが
それは向かい側にいたフトミミが見かね、たくあんを1つ飛ばして阻止された。
「じゃあ・・あとはマカミとハーロット、それにブラックとフレスと・・あ、ピッチもか」
しかし優しすぎるのもちょっと問題だ。
大体マザーハーロットとピシャーチャはどう考えても無理だろうに
それでも数に入れる所が純矢らしいというか何というか・・。
「わらわは遠慮しておくぞ。何しろ週末の夜はわらわにとっては
稼ぎ時であり楽しき時間である最も充実した時間帯なのでな」
「・・・その日は・・・特売日だ・・・」
「オレ散歩散歩!涼しい所へ散歩するする!」
ヤバげな事を言っているマザーハーロットはおいといて
ブラックライダーは最近食材の特売買いを趣味としていて
フレスベルグは強い日差しを嫌うので、最近自分で避暑地を見つけ
そこによく行っているらしい。
「マカミは?」
「おれハドッチデモ。ソノ日ニ行キタクナルカモシレネェシ
ヤッパヤメルカモシレネェシ」
「じゃあ当日決定だな」
マカミなら人間には見えないし、入場料も電車賃もいらないのでそれでも可能だ。
ちなみに石ピシャーチャはオレンジの模様を×にして
地味に行かないよと意思表示をしている。
元々静かな場所が好きなので留守番の方がいいらしい。
「えーっと、それじゃあ俺とミカエルとバージルさんとサマエル。
フトミミさんとトールにストックにケルを入れて、当日決定のマカミ
ってことは合計約8名だな」
これはこれでちょっと大所帯だが
遊園地はたくさんで行った方が楽しいだろう。
・・これが楽しいメンバーなのかどうかは別として。
「それじゃみんな、次の日曜ちゃんと予定あけとくように・・
・・ってわっ!いけね!もうこんな時間!?」
「う、しまった!では主行ってくる!サマエル行くぞ!」
「あ、お弁当は私が持ちますからゴミを出して下さい」
「では私もそろそろ行こうかな」
「黒騎士殿!弁当弁当!」
「ミカ!ネクタイ曲がってる!しかもそれゴミじゃなくて俺の荷物!」
と、何か急に慌ただしくなった食卓を留守番組がのんびりとながめる。
「シッカシ毎朝毎朝ヤカマシイナァオイ」
「我ラニハヨクワカラヌガ、人ハ毎朝コウシテ戦場ニ出向クノダロウ」
「・・・・」
あまりこんな光景、つまり大家族に恵まれなかったバージルが
少し複雑な思いでそのドタバタ騒ぎを見守った。
彼が家族と過ごした時間は短かったが
もしも父も母も生きていれば、自分もこんな光景の中に
弟と一緒に組み込まれていたのだろうか。
そう言えば、おぼろげな記憶の最後に見た弟は
はっきり覚えている時よりもいくらか成長していたはず。
ならばあれからさらに年月がたっただろう片割れは今どうなっているのだろう。
純矢の話によると、なんでも今の自分の見た目を少し意地悪くし
ちょっと髪を長くしたような感じだと言っていたが・・・
どし
と、何気なく髪に手をやろうとした矢先、頭に何かひんやりした物がのってきた。
そしてその直後。
ピキキキキキ
「!!」
ぼんやりしていたので反応が遅れた。
変な音を立てて手をやろうとした髪が凍っていく。
「こらフレス!!バージルさんの頭にのるなって言ったろ!!」
弁当をカバンに押し込んでいた純矢が慌てて飛んで来て
オウムサイズになったが物騒にもなった妖鳥をおっぱらう。
「ジュンヤ様遅刻しますよ」
「わかってる!先行ってて!」
そう言うなり純矢はすっと悪魔化し、手に調節した魔力をこめて
頭の上の凍った部分をうまく溶かしてくれた。
「・・よし!あとはタオルで拭いとくように。それじゃいってきまーす!!」
「高槻、走らないと間に合わないぞ」
「わかっ・・ってトール!シャツが表裏反対・・!」
ガラララーーー ぴしゃ
そして嵐は去った。
呆然とするバージルの頭の上に
フレスベルグを肩に乗せたブラックライダーがタオルを置いていく。
「・・・早く拭け・・・落ちる・・・」
そう言われてもまだぼんやりしているので
今度はケルベロスが足をつついてきた。
何しろこの騒動の後片づけはブラックライダーとバージルの仕事。
ケルベロスとピシャーチャは手が使えないし
マカミは残り物をあさるくらいしかしない。
残るマザーハーロットはいつの間にか消えている。
うるさいのは好きではないが
けれどまぁ・・・こんな状況も悪くない。
そんなことを考えながら、バージルは母の治してくれた髪を
ケルベロスが見上げる中、ごしごしと拭き始めた。
そして話はぽーんと飛んで日曜日。
ミカエルが勝負服(マフィア服)を着ようとして純矢に怒られた以外は
準備は問題なくすんだ。
弁当、水筒、おやつにビニールシート、財布も持った。
最後にケルベロスをストックに入れて準備万端。
「・・で、当日に決めるって言ってたマカミが見当たらないのはなんでだ?」
「アレは少々気まぐれですから
もしかすると忘れて遊びに行ってしまったのかもしれませんね」
少しラフな服を着たサマエルが時計を見ながら言う。
あの神獣はどこかの悪魔狩りと同じような性格をしているのでありそうな話だ。
「・・ま、いっか。どっちでもいいって言ったんだし。
後で文句言っても聞かないことにしよう」
純矢はそう割り切って準備を終えた仲魔達を見回した。
自分とフトミミはまぁいいとして
残りの面々がちょっと娯楽施設に似合わない雰囲気をかもしだしている。
着替えさせたミカエルはサマエルと同じようにラフな格好のはずなのだが
やはり2人でいるとブランド雑誌の撮影でもできそうな妙な構図になる。
トールもトールで身体はデカイは服はキツイわ筋骨たくましいわで
遊園地というよりはレスリングの試合に行きそうな人に見え
バージルも相変わらず背中に袋入りの閻魔刀を背負っているので
やっぱり遊園地というよりはアクション映画の撮影に行きそうな人に見えた。
しかし純矢は最近、閻魔刀を持っていく事には何も言わなくなった。
何しろ本物の保護者がいつもついていてくれるのは心強い。
「・・どうかしたのか?」
「ううん、別に」
そんな事を考えながらぼんやりと閻魔刀を見ていると
バージルが不思議そうな目を向けてくるので笑ってごまかす。
あと刀の袋だけでは怪しまれるのでカモフラージュとして
大きめのリュックも背負わせてある。
それは大人用なのに中身は非常用のお金やハンカチちり紙におやつ
さらに迷子用の迷子フダがついていりする変な代物だが
見た目よりまず機能性を重視しないと
この魔人は見た目によらずドジが多いので何かあったら大変だ。
携帯電話を持たせるという手も思いついたのだが
それだと一分おきくらいでかけてきそうだというサマエルの意見により
あっさりと却下されている。
しかしまぁ今日はこれだけの人数がいるからそう迷子になったりしないだろうと
純矢は点呼を取り始めた。
「じゃあミカから番号」
「1」
「2」
「3」
「4!」
「五」
「で、ケルが6と」
ちなみにストックのケルベロス以外番号は
上からミカエルサマエル、フトミミ、トール、バージルという
年長順、つまり仲魔歴が古い者順になっていた。
「以上6名で今日は行動します。
みんなわかってると思うけど、人間離れした行動はつつしむように」
純矢が片手を上げるとその場にいた全員が同じ動作をする。
これはわかりましたという合意の合図だ。
「それじゃあブラック、留守番頼むよ。
マカミが帰ってきたらうまく言っておいてくれ」
「・・・夕食は・・・?」
「うーん、今日は外ですませてこようかな。
それと何かあったら携帯に電話で」
「・・・承知・・・」
といってもブラックライダーがいると
マザーハーロットもフレスベルグもマカミも、もちろんピシャーチャも
大した問題を起こした事がないので大丈夫だろう。
「じゃあ行ってきまーす」
『イッテクル』
「では後を頼む」
「行ってきます」
「ぺらぺらの彼によろしく」
「行って参る!」
「・・行ってくる」
最後の魔人だけ、あまり言ったことのないセリフだったためか
それとも照れなのかちょっと声が小さかったが
ブラックライダーはどやどやと出て行く面々に黙って手を振る。
黙っていた彼のかわりのつもりなのか
肩にいたフレスベルグがギャーと一声、少し長めに鳴いた。
電車にゆられて何度か乗り降りを繰り返し
ようやくついた駅からさらに歩くこと少しの場所にそれはあった。
外からでもわかる奇妙な機械の数々。
柵に囲まれた内部はあきらかに外とは違う独特の雰囲気を持っており
そして人の多さが日曜とあってかなり多い。
「・・・・・主、本当にここへ入るのか??」
何だか恐ろしいような物でも見るような目でトールが聞いてくる。
いくら人混みに慣れたとはいえ、未知の場所でこれだけの人となると
自分からこの中に入るのには抵抗があるらしい。
「・・当たり前だろ?でないと来た意味ないじゃないか」
「だが何か俺達だけが周囲から浮いているように感じるのは・・俺の気のせいか?」
バージルが指摘したのは
まわりが家族連れやカップルで形成されている事だろう。
それにくらべてこちとら純矢のぞいて全員成人。
身長200p以上ある大男や、いい歳したブルジョア風のおっさん
ちょっと血色の悪い青年に、モデル並の黒髪美人
何か背負った背の高い外国人というわけのわからない集団は
別にここでなくてもあらゆる場所で問題なく浮くだろう。
「・・・・・。・・・まぁ、多少変則的なのは認めるけど
楽しむ人に入場規制はないからね。気にしない気にしない」
「一休み一休みか?」
「・・・なんで知ってるんだよミカ」
古すぎるネタはともかくチケット売り場で割引を渡して入場券を買い
それと同時に純矢は人数分の何かを持って帰ってきた。
「はいこれ。全員分あるから手に付けて」
「これは・・何ですか?」
「フリーパスっていう乗り物券の代わりだよ。
これを付けてると一々キップを買わなくても乗り物に乗れるんだ」
「社内で首から下げる社員証のような物か」
「ま、そんなとこかな」
「・・・主、うまくできんのだが・・・」
「はいはい」
腕の太いトールはパスの長さがギリギリだったので
純矢が手伝ってなんとかはめる。
ついでに物珍しげにそれを眺めていたバージルの分もはめてやった。
「それとペットは一応OKだったけど、どうするケル?」
『・・・ウゥ、出テハミタイガ・・・人ガ多イノハアマリ好カン』
ケルベロスは目つきが悪いが毛並みフサフサなので
触りたがって寄って来る人や子供がいる所はちょっと苦手らしい。
「じゃあどこか落ちついた場所でお昼にして、その時外に出そうか」
『・・ウム頼ム』
外に出れないのは残念だが、言い換えればそれは一番純矢に近く
一番安全な場所にいられるのでケルベロスとしてはそれでも十分だ。
「それで高槻。これから我々はどうすればいいのかな」
「んー・・そうだな。俺の基準からだとまず一番に乗る物があるんだけど」
「ならばそこから始めるのが上等だろう」
「そうか?じゃあそうしようか」
そしてそれから数分後、バージルは自分で言った言葉を
ちょっと後悔することになった。
ゴォオオーーーオオオオオォーーーオオオォォーー・・・
「「「「「・・・・・」」」」」
それは目の前を通るときにもの凄い轟音を立てる物だった。
速さは飛んでいる鳥くらいだろうか。
見た目がイモムシのようなそれは何人もの人を乗せ
結構な速度で高いところからすべり落ち、円を描いて一回転
さらにはねじるようなレールの上を、速度を落とさず走り抜けていく。
「はいこの乗り物知ってる人」
呆然とその乗り物を見る5人にそう聞くと、何人かがゆっくりと手を上げた。
「社のビデオでならあるが・・・」
「・・私も同じく」
「私も話だけは聞いたことがあるが・・実物を見るのは初めてだ」
ミカエルとサマエル、フトミミの3人は多少知識があるようだが
トールとバージルは見るのも聞くのも初めてらしい。
「・・・主、これは拷問器具か?」
「違うよ」
「ならば処刑台・・」
「違うってば」
2人そろって発想が無茶苦茶だ。
「これは遊園地の花形の1つでジェットコースターって言う
スピード感を楽しむ乗り物なんだよ」
「「楽しむ物なのか!?」」
「・・いや、人によっては怖いから乗りたがらない人もいるけど
どこの遊園地にも必ずあるほどの人気はあるものなんだ」
トールとバージルはそろって轟音をたてている機械を見上げた。
「・・・人間とは変わった物を娯楽とするのだな」
「・・・こんな物を面白がるのは愚弟くらいかと思ったが・・・」
確かに何も知らない人から見ればバカげた機械に見えるかもしれない。
しかし若い人の多くはこれが好きで、これに乗るためにここへ来る人も少なくない。
実は純矢もそのうちの1人だ。
「はい、じゃあこれに乗りたい人手を上げて」
ジェットコースターどころか遊園地すら初めてな連中に
いきなりコレはないだろうと良識あるサマエルは思ったが
まだ遊びたいざかりの十代の少年にそれを言うのも少し酷だ。
「・・高槻が推薦するのなら、試してみる価値はあるかな」
そう言ってまず手を上げたのはフトミミだ。
この見た目がほとんど人間と変わらないこの鬼神は
性格が穏やかなわりにチャレンジ精神が旺盛で
何でもかんでもやりたがり、こなしたバイトの数はもう2ケタを突破した強者だ。
「じゃあまずはフトミミさん。他には?」
「では私もお供します」
「・・あまり気は進まんが・・私も参考までに一度は」
大企業で働き多くの知識と経験を必要とするサマエルとミカエルも手を上げた。
「トールとバージルさんは?」
「・・・いや・・その、我は・・・」
「・・・・・」
2人とも正直こんなイカれた物に乗りたくないが
純矢の勧めとあればイヤとは言いにくい。
「高槻、一度私達が試乗しておいた方がいいのではないかな。
魔人の彼はまだ色々と経験が浅いだろうし
トールはサイズの事もある上に、機械類を破壊する可能性がある」
「あ、そうか」
確かにバージルはこの中で仲魔歴が一番若く
トールは感情が高ぶった拍子に放電するクセがあって
いきなりこんな物に乗せると他の乗客も巻き込んで大変なことになりかねない。
おまけにこの巨体でシートに収まるかどうかもかなりあやしい。
「それじゃ2人はとりあえず居残りだな。そのかわりに荷物持ちで」
というわけで。
トールとバージルをのぞいた全員は
邪魔になりそうな荷物を2人に預け搭乗口へ行ってしまった。
ちょっと仲魔はずれにされたような気分になるが
いきなりあんなものに乗せられるよりは遙かにマシだ。
「・・おーい!」
しばらく待っていると発車した車両で純矢が手を振っているのが見えた。
それは急な坂をカタカタと音を立てつつゆっくり上がっていく。
しかしその先はとっても急な下り坂、というか断崖になっていた。
「・・・大丈夫なのか?」
「・・・主を信じるしかあるまい」
さすがに不安になってきたバージルに
同じく心配そうにしつつもトールはうなるように答える。
そしてみんなの荷物を両手一杯にあずかった2人がそれを見守る中
それは坂を上がりきり、轟音を立てて走りだした。
ゴオオオォォォーーーー!!
ガガァーーーーーーー!!
ゴォォオオーーーーー!!
それは落ちるがごとく坂をすべり
円を描いて二度三度と回転し、さらにねじるように何度か回転し
また坂を上がったかと思えばまた轟音を立てて落ちてくる。
そしてそれは目の前を通る時、轟音といくらかの歓声と
純矢の楽しそうな声とフトミミのさわやかな笑い声
あとミカエルの押し殺そうとしてこらえきれなかった絶叫などまぜながら
凄まじい勢いで走り去って行った。
「・・・拷問器具・・・」
「・・・拷問器具だな・・・」
それから目を離さないまま鬼神と魔人はつぶやき
やがてその乗り物は出発した時と同じ場所に戻ってきた。
そして何かのアナウンスの後さらに間を置いて
純矢達が無事に戻ってくる。
いや無事というわけでもない。
純矢とフトミミは楽しそうに会話をしているが
ミカエルとサマエルはちょっと足元がおぼついていない。
とくにミカエルは一番ぐったりしていて、純矢とフトミミの2人がかりにささえられ
ようやく歩いていると言うような感じだった。
「おまたせ。楽しかったよ。
ミカとサマエルはちょっとキツかったみたいだけど」
「私もなかなか楽しかったよ。あまりない視点と速さを体感できた」
そりゃあ普通に生きてればあんなのはまず体験しないだろうが
それでもやはり個人差というものは出てしまうらしい。
「・・・私はもう・・結構です。
身体のあらゆる器官が振り回されて・・・」
そういえばサマエルは空も飛べ、攻撃時にそこそこ激しい体当たりをしていたので
多少スピードには慣れているのだろうが
あんな複雑で無理矢理な動きにはついていけなかったらしい。
となると同じ飛べる者でも槍と魔法を主体に
間接的な戦いをしていたミカエルにはあんな動きはつらいだろう。
「おーいミカ、大丈夫か?」
しかし普段なら気丈にふるまう大天使も、今度ばかりは答えられず
ただ死んだ魚のような目で地面を見るばかり。
ちなみにストックからそっと外の様子を眺めていたケルベロスは
途中から気持ちが悪くなり、ピシャーチャのいた最深部に逃げ込んだらしい。
「・・フトミミさん。トイレに連れていってやって下さい」
「わかった」
数分後。
ミカエルはいくらか顔色を取り戻して帰ってきたが
その代わり朝食べた物が胃の中から全部出て行ってしまったとか。
もちろんその後の乗る乗らないの問いに
トールもバージルも迷わずNOと答えたのは言うまでもない。
2へ