バージルは今、かつてないほどの緊張感を味わっていた。
何しろこの目の前のふざけた怪人(推測)
なりは見たまんま、馬鹿以外の何者でもないのに
その威圧感たるや今まで遭遇したことがないほど重くて強い。
そうかと思えばその威圧感に相当するはずの存在感がやけに薄く
それはまるで実体のない地獄の魔王を相手にしているかのような錯覚になる。
バージルは無意識に背に手を伸ばしたが
いつもあるはずの愛刀は今に限ってそこにはない。
うかつだった。
仲魔以外の悪魔に遭遇した事のない東京だと思って油断していた自分も悪いが
よりによってこんな時、母を手中にされた時に丸腰とは・・!
考えてみれば悪魔というのはタチの悪いヤツに限って賢く
人の中に溶け込み知能をつけこちらのスキを突いてくる。
そう言えばその昔、悪魔ではなかったが悪魔のようだったある男も
こちらを見事にあざむいてまんまと裏をかかれた事があったが・・。
しかし今は後悔している場合ではない。
バージルは身体を半身前へ出し重心を落とすと
いつも握る刀のかわりに、全神経を自らの手足へ集中させた。
「・・・母さんを・・返してもらおうか」
「嫌だと言ったら?」
「ちょ・・!」
何か言いかけた純矢の口を白い手袋がすっとふさいだ。
黙って見ていなさいという事なのだろうが
何もこんな所で、しかもそんないかれた格好で
おまけにウサギ仮面でもウサギマンでもなくウサギライダーでもなく
時間をさかのぼりまくって今時童子かよとか、その他言いたいことは山盛りで
よく考えれてみればこの父、いつかのダンテのようにツッコミ所が多すぎだ。
などと余計なことを考えている間にバージルが動いた。
今まで戦闘らしい戦闘をさせた事がないので戦い方はまだハッキリしていないが
素手での心得もあるのかその動作は迷いなく実に速い。
しかしウサギ童子・・
いや、もうなんか書くのもこっぱずかしいのでスパーダにしておくが
ともかくスパーダは風を切るような第一撃を最小限の動作で無造作にかわし
「わ!?」
なおかつ純矢をひょいと肩に担ぎ上げると、続けざまにきた足払いを飛んでよけ
さらに繰り出される攻撃の数々を、なんと純矢を担いだまますべて片手で流していく。
やってる事は達人級なのだが、なんせ頭がウサギの着ぐるみ。
しかも時々変な声を上げる純矢を担いでの事なので
頭部分にモザイクをかけたとしてもいかんせん格好良くない。
それに何より、純矢は非常に迷惑だ。
落ちないように足は持ってくれているが、こちらからはスパーダの背中しか見えず
そんな荷物同然の状態で、尋常でない速度の立ち回りをされたらたまらない。
あのすいません!!
親子ゲンカするなとかいうのは後回しでいいですから
とりあえずおろして下さいぃ!!
と言おうにも2人とも結構マジらしく
ヘタに口を開くと舌を噛みそうなほど動きが激しい。
「・・ふむ」
遊園地の売店裏、なおかつ紫の貴族服にウサギの着ぐるみ頭だけという
正気の沙汰ではない格好で立ち回りをしていたスパーダは
しばらく息子の攻撃を片手でしのいでいたかと思うと。
「わ!」
「?!」
変な声を上げる純矢を担いだまま、いきなりすとんと重心を落とし
何気ない動作でバージルの足を引っかけた。
バージルはまともに転倒しそうになったが
身体をひねって体勢を立て直しざま、ウサギの横っ面に蹴りを入れようとする。
しかしそれは何か柔らかい物にぐいと身体を引かれ
ウサギ頭のほんの少し前を通過するだけに終わった。
だがそれと同時にバージルの目の前数センチを
高そうな靴が恐ろしいスピードで通り過ぎ
よけそこなった白銀の髪の数本が、ほとんど衝撃もなく切れて飛んだ。
あの様子ではこちらのかかとが当たる前に
歯の数本か首くらいはへし折られていたかもしれない。
バージルは気付かなかったが悪魔の父は息子にも容赦がない。
「ヤメトキナ、今ノオ前ニャ無理ダ」
腹の前に割って入ってその一撃から息子を助けたのは
今まで様子を見ていたマカミだ。
「イツモ持チ歩イテルあれガアルナラマダ話ハ違ウガ
アンナばけもん再生シタテノオ前ニ素手デ相手ニデキルワケガネェ」
「しかし・・!」
「頭冷シテヨク見ナ。あれハ別ニオ前ノ母チャンヲ
ドウコウシヨウッテワケジャナサソウダ」
とマカミの言うようにスパーダはそれ以上かかってこようとはせず
ようやく暴れ出して背中をべしべし叩く純矢を下に降ろしている。
降ろされた純矢はすごく何か言いたそうにしたが
知り合いだとバレると色々やっかいなので
非難の目で睨むだけにとどまった。
「・・バージルさん大丈夫?」
ともかく解放された純矢はさっきまで自分を押し倒していたはずの
魔人の身を心配して駆け寄ってきた。
今の一部始終を見れていたわけではないが
マカミが割って入った事からバージルの方が不利だったのだと判断したのだろう。
だがバージルは最初に蹴り飛ばされた以外に攻撃は受けておらず
見た目には後になでつけた髪が乱れたくらいしか変わっていない。
しかしその最初の一撃によほど力が込められていたらしく
今さらになってその部分が急に痛くなり
バージルはマカミがふわりと離れるのと同時に膝を折って地面に手をついた。
「うわっ!大丈夫じゃない!?」
「コリャ骨ノ2・3本イカレテンジャネェノカ?」
「・・!!」
ぎっと音が出そうなほど純矢はスパーダを睨んだ。
しまった、さすがにやりすぎたかとスパーダはウサギの上から頬をかく。
しかし普通あんな場面に遭遇したら
誰だって手加減してられないだろうと思いつつ
父はウサギの中でこほんと1つ咳払いをした。
「・・・まぁともかくだ。君の不安はもっともだが
それを対象に直接ぶつけてしまうのはいただけないな」
「・・!?」
なんで通りすがりのこんな変人にそこまで知られてるんだと
バージルは一瞬顔を上げるが、すぐ襲ってきた痛さに顔をしかめる。
「だが君はまだ若い。そしてそこにいる少年はまださらに若い。
君たちのような若者はまだ迷い、恐れる事が多々あるだろうが・・」
ウサギの目がディアラハンをしている純矢をちらと見た。
「君たちにはまだその困難の数だけの未来がある。
急ぐことはない、焦らずゆっくりと歩みたまえ。
私にはもう歩く道はないが・・・君たちにはまだ無数の未来があるのだからな」
バージルは少しづつ薄れていく痛さの中、何だか不思議な気分になった。
こんな阿呆な格好をした男の話なのに
なぜかやたらと重みと説得力がある。
しかもこの声、頭が冷えてからわかったのだが
少々くぐもってはいるがどこかで聞いたことのあるような・・・
ガん!!
「う!」
だが物思いにひたっていたバージルの頭は
光速で落ちてきたウサギ男のゲンコツによって
考えていたこと全部を白紙に戻された。
「しかし!!だからとは言えこのような場所で(私ですら遠慮しているのに)
あのような唐突な行為に及ぶなど言語道断!!
今後あのような行動は一切慎め!以上だ!」
などと一気にまくし立て、びしとうずくまるバージルを指したスパーダは
しゅびっと木の上に飛び上がった。
「・・・あの」
かなり複雑な顔で何か言いかけた純矢にウサギはくりっと振り返る。
その反動で顔が正規の位置からちょっとずれたが本人は気にせず
「私か?私は強いて言うなら君のファンだ」
などとまったく聞いていない事を捨て台詞に
ウサギ男、自称ウサギ童子、知ってる人には完全にスパーダは
首のずれたまま木々の間に跳躍して消えた。
しかしやはり途中で何かにぶつかったのかゴンと景気のいい音がする。
「「・・・・」」
残された純矢とマカミはうずくまったバージルの上で顔を見合わせた。
「・・・ナァ、オレ2・3個聞キタイコトアルンダケドヨ」
「・・・うん、なんとなくわかるし全部あってるんだろうけど
とりあえず・・・後にしようか」
おそらくマカミもあれと面識はあったのだろうが
まさかあんな形で再会するなど予想もしなかったのだろう。
なんかスパーダさんまで極端になってきてないかと思いつつ
純矢はワケのわからんウサギ男に蹴られて説教されてぶん殴られ
踏んだり蹴ったり最高峰なバージルの背中をさすり
2回目のディアラハンをしてやった。
どよ〜〜〜〜〜〜ん
という効果音とブラックホールが背後に見えるほど
仲魔と合流したバージルは、落ち込めるだけ落ち込めるほどの深い場所
身体が灰色に見えるほどの深い所までずっしり落ち込んでいた。
そりゃそうである。
いきなり出てきたウサギの着ぐるみ頭だけ、首から下ブルジョワ風の変人に
力一杯蹴られ、母を取られ、勝てなかったばかりか説教されて
ウサギパンチで締めくくられたあげく勝ち逃げされてしまったのだからたまらない。
かつてプライド高い彼にこれほどの(精神的)仕打ちがあっただろうか。
純矢もフォローしようにもスパーダの事は内緒にしておくつもりなので
うまく取り繕うことができないまま、困ったようにため息をつくばかり。
マカミいわく『ノラ犬ニションベン引ッカケラレタト思ッテ諦メロ』
もちろんそれは逆効果にしかならず、純矢に無言ではたかれた。
そりゃあんな人面犬を逆にしたようなのにそんなことされたら
噛まれるより遙かにダメージがでかい。
「・・・主、一体何が・・?」
最初は2人でどこかへ行った事に怒ろうとしたミカエルだったが
さすがにその落ち込みようは気の毒になったらしい。
恐る恐るそう聞くと・・
「・・・いや実は・・・ちょっと・・・紫の人にいじめられてさ」
それだけでその場にいた全員は、何があったのか理解したらしい。
「・・まぁ・・詳しくは聞くまい」
「・・詮索しない方が彼のためのようですし」
「・・君のその顔と彼の様子では聞かない方がよさそうだしね」
それぞれ気を利かせてくれたのは純矢にとってはありがたかった。
しかしこれはちょっと困った。
立ち直りの速いトールはともかくバージルはこんな状態になった試しがあまりない。
ちなみに今歩くのも億劫なほどうなだれている本人は
「えぇい、何をしているキリキリ歩かんか!
先程までの覇気はどこへ落としてきた!」
トールがぐいぐい背中を押しつつ
ケルベロスのリードで引きずられている状態だ。
「・・誰かこんな時の対処法ってわかるかな」
「・・いやさすがに私もそこまでは知らん」
「逆の方法ならいくつでも知っているのですが」
困ったようなミカエルとは対照的に、サマエルがさらりと怖いことを言う。
「デモアイツアノ馬鹿ノ兄貴ナンダカラ
遊ンデルウチニ勝手ニ立チ直ッタリシテナ」
「そんな気楽な・・・」
とは言え他にいい方法がない以上
マカミの言う通り自然と忘れるのを待つしかなさそうだ。
「ブラックならいい知恵を出してくれそうだけど・・」
しかし生憎その魔人はここにおらず
「・・・シゅん!・・・」
近所のスーパーで近所のおばちゃんと一緒くたになり、特売セールの真っ最中。
シイタケの袋詰めをしながら地味でかわいいクシャミをしたところだ。
「あら、高槻さんお風邪?」
「・・・いや・・・」
元が骸骨な初老の男は短く答え
何事もなかったかのように一山いくらの野菜の山を物色し
にんじんを一袋カゴの中に放り込む。
そんなことはつゆ知らず困る純矢に
何か考えていたフトミミがある物をすっと指さした。
「・・ならこの際少し荒治療になるかもしれないが
1つ試してみるかい?」
そう言ってフトミミが指したのは、なんとここでは最新式になる絶叫マシーン。
高速で走る原理はジェットコースターと変わらないが
それは車輪が上にあって座席に足をつける場所がない乗り物。
つまりだ、それは足が宙ぶらりんの状態で振り回されるという
何でそんなの考えつくんだと思われるほど世にも恐ろしい
宙ぶらりんジェットコースターだ。
「フトっ!?・・!」
「多少刺激は強いかもしれないが目覚ましには丁度よさそうだろう?」
驚愕するトールを無視しフトミミはさらに
「何があったのかは聞かないが
このままでは彼の空気がこちらにまで伝染してしまう。
ちょっと荒っぽいが早めに対処しておくべきだよ」
それは言い換えると・・
『ウザイ、ガケから突き落とせ』
と言ってるのとほぼ同じ。
・・鬼や!アンタホンマもんの鬼や!!
と、同じ鬼神であるはずのトールが灰色状態のバージルを盾に
ガタガタふるえていたのを、考え事をしていた純矢は気付かなかった。
「・・・そうですね。じゃあ俺とバージルさんと
フトミミさんは・・乗るんですよね」
「もちろん」
まったくもってこの鬼神はもう一体の鬼神と違って
肝が据わっているというか、元から縮む肝が存在しないというか・・・。
「じゃあ他には?」
「・・私はいい。前例があるのでな」
「・・私もご遠慮します」
「・・・(顔色が青を通り越してどす黒い)・・・」
「うん。心配しなくてもトールには無理」
「ナァナァ、オレハダメナノカ?」
「いくら見えないって言っても機械に巻き込まれたら大変だから
ケルと一緒に大人しく待ってな」
「チェ」
というわけで純矢とフトミミはバージルを押しつ引きずり
足場のない中ぶらりんコースターへ。
「・・トール、霊が寄ってきますから念仏はやめなさい」
自分が乗るわけでもないのにガタガタ震え
ちょっと迷惑げなケルベロスを抱き枕にした鬼神は
一体どこで覚えたのか、長々とした念仏を一字一句間違えず正確に唱え続けた。
カタタタタタタタタ
何人もの人をずらりとつり下げた変な乗り物が
小さい音を立てつつ急な斜面を上がっていく。
それは構造上可能だからなのか
その傾斜は最初に見たジェットコースターの比ではない。
「・・まぁ安全面での問題はないのだろうが・・」
それにしてもあんなワケのわからん代物を
金を支払ってまで乗ろうとする人間の神経というのは
ミカエルにはやっぱり理解できなかった。
そういえば・・今あれに乗っているのは
少なからず人間と縁のある者ばかりだったな。
などと思っていると鬼のような傾斜を登り切ったそれが
意外に静かに、さーーっと急な坂を滑りおりていく。
その静かさのおかげで乗っている人間の悲鳴が
ここまでよく聞こえたのもちょっと不気味だったが
それより恐ろしかったのはやはり構造上の関係からか
その乗り物はねじったり裏返ったりする動きが
ジェットコースターより遙かに変則的・・というか無茶だった事だろう。
「・・ナァ、アレッテ人間ノ干物デモ作ロウトシテンノカ?」
「あ、そう言えばテレビで見たスルメを製造する機械にも見えますね」
「・・主とスルメを一緒にするな」
マザーハーロットが聞いたら酒を持ってこいとか言いそうな話だが
その当人は現在帰宅して、誰もいない家で悠々自適に
センベイをかじりながら昼メロを見てゲラゲラ爆笑している。
トールは相変わらずケルベロスを抱いたまま青い顔をしていて
物理に強くなければ抱き潰されたていたかもしれないが
ケルベロスは眉間にシワを寄せて嫌そうな顔はするものの
やはり放っておくと放電するとわかっているのか大人しい。
「・・おや」
だがしばらくしてふと、暴れ回る乗り物を見ていたサマエルが
何か落とし物でも見つけたような声を出す。
「?・・どうした」
「いえ、今何かがあそこから飛んで・・向こうに落ちたような気がしたのですが・・」
「鳥カ何カジャネェノカ」
「そう・・でしょうか」
にしては変な形をしていたなと思いつつサマエルが首をひねっていると
しばらくして干物作成機・・ではなく宙ぶらりんのジェットコースターが
元の位置に戻り、アナウンスの後に純矢たちが戻ってきた。
しかし戻っては来たが何か様子がおかしい。
バージルがフトミミと純矢の肩を借りつつ片足で歩いている。
だがケガをしたわけではなく、よく見ると浮かせている足の方の靴がない。
「トール!ケルベロスをかせ!」
しかもさっきまでの落ち込み方はどこへやったのやら
うって変わった切羽詰まった様子に青ざめていたトールの様子も元に戻る。
「・・?どうしたのだ一体?!」
「母さんが選んでくれた靴が飛ばされた!」
でもやってる事はかなり古典的なドジだ。
「すまんが手を・・いや背を貸せ!」
「よしわかった乗れ!マカミ、おぬしも手伝え!」
「・・・イロイロ手間ノカカルヤツダナァオイ」
バージルを背負ったトールがケルベロスと
ついでにマカミを動員してわぁわぁ騒ぎながらすっぽ抜けた靴を探しにいく。
もう遊園地というよりは遊遠地。
遊んでいるというよりは遊ばれているような気分だ。
「・・ドンマイ、ミカ」
1人頭を抱える大天使の肩を純矢はぽんとたたいた。
それからしばらくしてなくした靴は
見つかりやすい道ばたに落ちていたのをマカミに発見された。
本当はもうちょっと遠くの林の木に引っかかっていたのだが
さっきの事をちょっとだけ悪く思ったスパーダが見つけてそこに置いたらしい。
とくかく靴を探し終えてようやく通常状態に戻ったメンバーは
各自大丈夫かどうか考えたり純矢に確認したりしつつ色々な乗り物に乗った。
フトミミは相変わらず何に乗っても平気なようだが
トールは重力が関係するものがダメで
ミカエルとサマエルは動きが激しくなければ大丈夫だということが分かった。
バージルは・・・始終無表情なためよくわからない。
「・・ところで高槻、さっきから気になっていたんだがこれは?」
そうして園内の乗り物を順番に見ていると
フトミミが歩きながら地図にあったある一点を指してきた。
何気なくそれを見た純矢の表情が一瞬ひきつる。
「・・えっと・・それは・・もう・・見ての通りのものですよ」
「じゃあお化けの屋敷・・と解釈していいのかな」
そうフトミミが指したのはどこの遊園地にでもあるお化け屋敷。
外国風に言うならホラーハウスだ。
「・・いえ、ホントのお化けが出るわけじゃなくて
それっぽい仕掛けをほどこした場所なんですよ」
「面白いのかい?」
純矢は疲れたようにため息をついた。
「・・面白いと言うよりは興味の問題だと思います。
怖いもの見たさとか珍しいもの見たさと言うか・・まぁそんな感じで」
「ふむ」
フトミミは地図を片手に考えた。
「なら行ってみようか。人はどんなものを怖いと思うのか少し見てみたいしね」
「・・・はぁ」
うわ、やっぱりかと純矢は内心頭を抱えた。
実は純矢、遊園地の中でお化け屋敷の系列になるものは
近寄るのもいやなほどに大っ嫌いだ。
じゃあなんで悪魔とかその他人でないのが平気なのかというと
やはりハッキリ目に見えるとか会話が出来るとか
友好的になれるかどうかが関係しているらしい。
ともかく一行は実は一番関わりが深いんじゃないかという施設に
足取り重い純矢を最後尾に向かう。
しかしその建物が見えるにしたがって純矢の足はどんどん重くなり
手をつないでいたバージルが少し歩きにくそうになり
おどろおどろしい効果音が聞こえる場所まで来ると
とうとうその足は鉛のごとく動かなくなった。
それは少し古い型のお化け屋敷で
日本の怪談などで使われる和物のお化けが出るタイプらしい。
時々中で聞こえる悲鳴をマイクで拾い
大きくして外へ出すイヤな演出に純矢は1人で顔をしかめた。
「これは・・何かの本で読んだ事があるな。確か四谷怪談だったか」
「その昔は科学的根拠で証明する術がなかったので
その手の話には不自由しなかったのでしょうね」
さすがに大天使と邪神は日本のお化けなど怖くないのか
そんな話を冷静かつ平然とし・・
「・・?あそこに書かれているのは黒騎士殿ではないのか?」
「いや、フードも天秤もないからきっと別人だよ」
などと元が骸骨の作った飯を食べ
髑髏の女帝と暮らしたりしている鬼神2人も何とも思っていない様子。
「日本には悪魔を飼って見せ物にする風習があるのか?」
唯一人のまじる半魔はこっちの手をつないだまま
平気でそんなことを聞いてくるし・・。
「・・・だから本物がいるわけじゃないんだってば。
あくまで怖いと思われるお化けを模した仕掛けがあるだけ・・ぎゃ!?」
と話している最中にいきなり何かに首後を舐められた。
「ヒャヒャヒャ!ナーンダナニビビッテンダ?」
「バカ!!あんな事されたら誰だってびっくりするだろ!!」
ひらひらよけるマカミを純矢はやっきになって追い払うが
マカミは人間には見えないため、それは普通の人から見ればかなりの怪行動。
しばらくしてそれに気付いた純矢は赤くなって静かになったが
そのかわりにケルベロスがヴ〜とうなって
悪戯好きの神獣を純矢に近づけないように警戒する。
「・・ところで高槻、さっきから顔色が悪いようだが大丈夫なのか?」
フトミミのその言葉で全員の視線が純矢に集まり
あまりそうは見えないがこの不思議集団のボスである少年は一歩引いた。
しかしその片手はバージルに捕獲同然に掴まれているのでそれ以上は引けない。
その様子にミカエルはある事に思い当たる。
「・・主、まさか・・」
嘘が苦手な主人は全員の視線が集まる中、1人で赤くなった。
「・・・・・苦手・・・なんだよ・・・お化け屋敷。
他のだったら何でも乗れるけど・・これだけは・・・」
純矢に向けられていた視線が一斉に、何の変哲もないお化け屋敷に集中した。
何しろ今まで真っ暗の洞窟だろうと異空間の変な色をした通路だろうと
天まで届くくらい高い塔の崖っぷちだろうと怖がらなかった主が
今ハッキリ苦手だと言った代物だ。
一体どれだけ恐ろしい物が待ちかまえているのかと
仲魔内でそれぞれ勝手でおかしな想像がふくらんでいく。
入った瞬間右も左も落とし穴とかダメージゾーンが一杯なのかとか
アマラのワープホールのキツイ番みたいなのがあるのかとか
出会ったばかりのダンテみたいなのが百万人くらいひしめいているのかとか・・
さっきまでただ飾り付けられた小汚い屋敷だったものが
突然魔界の深部よりも恐ろしい物に早変わり。
「・・・あのさ、みんな何想像してるか知らないけど
みんなの基準と俺の基準はそこそこ違うのを思い出そうな」
各自勝手に色々想像していたのを当の主がやんわり止めた。
「・・えーっと・・ともかくあれに入りたい人。俺以外で」
手を上げたのは・・バージルとケルベロスのぞいた全員だ。
「・・・・お前らな・・・・」
「そう睨むな主よ。
我ら主の恐れるものならば、是非にでも見聞しておかねばなるまい」
言ってることは真面目なミカエルだが、やろうとしてる事は野次馬根性丸出しだ。
「・・・まぁ行きたいって言うなら俺は止めないけど・・・」
とは言え少し心配なのがトールとマカミだ。
一方はちょっと気の弱い部分があり、一方はけっこうな悪戯好き。
「トールなら私が見ておくよ」
「マカミの方は私が見ておきますのでご心配なく」
「・・うん、じゃあ頼むよ」
「ナンダヨー信用ネェナ」
「・・お前はさっき主に何をした」
「チョットシタオチャメダロ」
睨まれてもマカミはまったくお構いなしにミカエルの背中をシッポでぺちと叩き
さわんなとばかりに手刀ではたかれた。
「では主、戦果を期待・・」
「しません!普通に行って普通に帰ってこい!!」
何を勘違いしているのか物騒なことを言うトールの背中をべんと叩いて
純矢、バージル、ケルベロスの居残り組は
より一層遊園地が似合わなくなった面々を送り出した。
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