「何?サマエル殿は野外で食事をされた事がないのか?」

シートを広げながらトールが意外そうな声を出す。
トールは土建屋バイトなので大体昼は外で弁当を食べるのだが
サマエルは会社勤務なので食事はおもに社内になる。

「そうですね。接待などで取るものも含めて食事はほぼ屋内です」
「ではミカエル殿もそうなのか?」
「いや、私は何度か日の下で食べた経験はあるが
 しかしこうして地面に直接座って食事というのはないな。
 ・・フトミミ、もう少し後・・いや右か」
「私は何度もあるんだが・・やはり職業柄の違いかな」

などと4人でシートをひいている間、純矢は近くの林にケルベロスを召喚しに行き
バージルはその帰りを犬のようにじーーっと待っていた。

その姿がなまじダンテに似ているだけあって
見る者によってはちょっと不気味にも見えてしまう。

「・・・害がないとは言え少々複雑だな」
「それは言わない約束ですよ」

などと慣れたようにミカエルの肩をサマエルが叩いていると
純矢がケルベロスを連れて戻ってきた。

「おーいおまたせ・・・わ、ちょっと待てよ」

やっと出られて嬉しいのか
ケルベロスは純矢の足元で元気に飛び跳ね大きい身体でじゃれている。

バージルはちょっとうらやましそうな目をしたが
ずっとストックにいたケルベロスに権利を譲ったのか
そこは黙ってシートの上に腰を下ろした。
ここらへんは子供のようで実は大人な兄である。

ともかく全員がシートに座ったところで
純矢は色々あったがなんとか無事だったバックを開けた。

「さてと、それじゃあみなさんお待ちかねのお・・・」

ジャッ!

楽しそうにバックを開けた純矢は
嬉しそうな笑顔のまま、凄い勢いでそれを再び閉めた。

「・・?どうかしたのか主?」
「・・あ・・いや・・その、ちょっと・・えー・・」

トールにはただの怪行動にしか見えなかったようだが
ミカエルはそのしどろもどろの様子から何となく察しがついたらしい。

「あ!ちょ・・ミカ!」

無言で純矢からバックを奪うと
さっき閉めたばかりのチャックを一気に開けた。

でろん

中から出てきたのは長細い変な物。

ミカエルはやはり無言のままそれをつまみ上げる。

それはいつのまに潜り込んだのか、いなくなっていたはずのマカミだ。

どうやら中の弁当をちょっと失敬したのか鼻先が油で汚れていて
満腹になったのかあれだけの騒ぎがあったにもかかわらず
つまみ出された途端、ぷい〜と鼻ちょうちんを作り
半開きの口からヨダレがシートに垂れ

その場の空気が一瞬真空になった。


ガチャ


「わーー!!ストップストップ!!
 全員ちょっと待てーー!!」


バージルが閻魔刀を抜こうとしたのを合図に
その場にいた全員が全員攻撃のかまえをとり
純矢はあわててミカエルから長い生き物を引ったくった。

「こら!起きろマカミ!マカミマカミマーカーミーー!!」

早く起きろ命が危ないと
寝てるのか起きてるのか分からない顔をぺちぺち叩く。

しかしこの神のケモノはどこかの誰かのごとく
マイペースかつ神経が図太いので。

「・・くぉア〜〜
 ・・・・アリ?何ダヨウヤク気ヅキヤガッタカ」

と悪びれる様子まったくナシに
前足で尻・・と思われる部分をポリポリかき
さらには。

「デ?めしハマダカ?」

と言い放ち、オプションに
ぷうと屁をこいた。

・・・まぁ幸い

マカミは普通の人間には見えないので
6体分の総攻撃を受けスプラッターになる前に
なんとかストックに放り込めたから良かったが。

主ッ!!主は甘すぎる!!
 なぜあのような輩を罰しもせずに庇い立てするのか!!」
「・・そうは言ってもマカミって元からあんなだから今さらだろ?」

ぶしーと頭から湯気が出そうなほど怒るトールと一緒に
ケルベロスも不満げにヴーヴーうなる。

しかしあんなのがバックに入っていた事に
今の今まで気がつかなかった全員にも問題はあるだが。

「それにほら、全部食べられたワケじゃないからいいだろ?
 トールの好きなうずらたまごとケルの好きなミートボール
 ミカの好きなうさぎリンゴとサマエルの好きなナシもあるし
 フトミミさんの好きな芽キャベツも残ってるし
 ほらほら、バージルさんの好きな梅おにぎりも無傷だ。よかったなー♪」

取り繕い方がまるっきり子供相手だが
それで収まってしまうのが純矢直属の悪魔達の変なところだ。

「・・・・・・・まったく、妙な所で狡猾なケモノめ」

ミカエルが渋々といった風にこめかみを押さえる。

広げられたタッパーの中は、マカミの好物であるから揚げ以外
全員を敵に回さない配慮からか一切手を付けられていない。
黙ってもぐりこんだのは誰かと同じく驚かそうとしただけなのだろう。

バージルは今にもストックごと斬り捨てそうな目をしていたが
純矢がいいと言うならもうそれ以上とやかく思わないらしく
開封しようとしていた閻魔刀の袋を静かに元に戻した。

「・・・まぁジュンヤ様がよいと言われるならそれで良しとしましょう。
 まがりなりにもここは娯楽施設なのですから、堅い話はまた今度ということで」
「それもそうだね」

あまり食べ物には執着しないのか
それとも怒っても無駄だとあきらめているのか
シジマなサマエルがうまくまとめてくれ
やはり大人で温和なフトミミも同意してその場は収まってくれた。

何はともあれフライングしたマカミをぬいてのランチタイムである。



トールとバージルとケルベロスとは以前外で一緒に食べたことがあるが
仕事の多い他3人とはあまりこうしてのんびり食事をしたことはない。
そこで見ていてわかったのが、3人とも食べるペースが速かった。
別に急いでいるわけでではないが多忙な仕事上身に付いたクセだろうか。

「・・ミカとサマエルとフトミミさん、食べるのちょっと早くないか?」
「そうでしょうか?」
「別に急ぐ必要ないからたまにはゆっくり食べたらどうだ?
 バージルさんほどとまでは言わないけど」

と言われるほどバージルは食べるのが遅い。
以前噛んで食べろと言われたのを忠実に守っているからか
何を食べるにも20回くらい噛んでから食べる。

特にバージルの強い要望で純矢がにぎったおにぎりは
1つ食べるのにかなりの時間をかけ
あらかじめ食べる分を取っておいてやらないと
ほかのみんなに全部食われそうなほどの鈍食ぶりだ。

よく噛んで食べるのは悪いことではないし
ゆっくり食べろと言った手前、早く食べろとは言いにくい。

ゆっくり食べろと言っても聞かなかったダンテさんとは逆だなぁと思いつつ
純矢はケルベロス用に持ってきた犬皿に水をそそぐ。

視線の先にいたバージルは無表情におにぎりを食べているだけだが
見る人が見ればそのバックには満開のお花畑が見えるだろう。

「そう言えばどこかで聞いた言葉だけれど
 食事は大勢で食べると美味しいというのは案外本当らしい」
「野外と言うことも手伝っているのかも知れんがな」

ミカエルも最初は外で食事するなど行儀悪いと思っていたが
いざ実行してみるとフトミミの言うように少人数で食べるよりは
冷たい弁当もいくらか楽しくもあり美味くもある。

まぁそれより何より・・

「よーし、気を付けろよ。よっ・・・と」

ここに純矢がいることが一番の理由なのだろう。

つまようじに刺さったミートボールを
ケルベロスに食べさせている純矢を身ながら
ミカエルはうさぎリンゴ片手にちょっと幸せな気分になった。

「・・?何ミカ、俺の顔に何かついてるか?」
「・・・いや」

何しろ今は人のおかずを盗むマカミや
何か思いついては食事中でも悪さをしていたダンテがいない。
なんとも平和で落ちついた・・・

「・・母さん俺も」
「え?でもだってバージルさん手も箸も使え・・ってわ!ちょっとコラ!」

前言撤回

そういや多少静かだが、そこにいるのはかつて
純矢と10数体の仲魔達を引っかき回してくれた男の兄だ。

「・・貴・!」

ドス

怒鳴りつけようとした声は
横から飛んできたサマエルの肘鉄によって停止させられた。

青い目の邪神は何も言わなかったが、おそらくヘタに波風を立てるよりも
少しくらいは目をつむる事も大事だと言いたいのだろう。

「・・男の嫉妬は見苦しいですよ」

しかもそんな言葉でクギを刺されてしまっては
図星なので言い返せない。

それはいわゆる年長と末っ子。
長男はつらいよである。

ともかく食事時だけは家族っぽく見える悪魔の集団は
まぁそれなりに楽しくランチタイムを取った。

しかしその最中、純矢はある事を思い出し
こっそりと空いたタッパーにおにぎりとおかずをつめ
ケルベロスに持たせてどこかへ行かせる。

純矢は何も言わなかったがケルベロスはちゃんと主の意志を感じ取り
黙っておつかいに行き持っていた物を置いて帰ってきた。


「・・・本当に良い子だ。
 もっと早くに知り合えなかった事が悔やまれる」


もっと早くに知り合っていたら何をしていたつもりなのか
一行が見下ろせる木の上で、あんまり似合わない梅おにぎりをほおばりながら
スパーダは心底残念そうなため息をついた。




そうしてみんなで弁当を食べた後は、食休みもかねて自由行動という事にした。
トールはまだ元気がありあまっているのか
以前教えてもらった相撲をフトミミとやると言い出し
ミカエルがその審判にかり出された。

今は審判だがどうせ参加してしまうだろう大天使と鬼神2人の監視を
サマエルとケルベロスが担当することに。

「ジュンヤ様はどうなさいますか?」
「そうだな・・・ちょっと散歩してこれからの予定でも考えるよ。
 あとついでにマカミの説教もしてくる」
「わかりました」
「ケルはサマエルの護衛だ。頼むよ」

ケルベロスもついて来たそうにしたが
1人の方が歩きやすいのでそれとなく任務をあたえおく。
と言ってもこの場合サマエルを護衛するのではなく
サマエルに近づく人間を事前に遠ざけるといった方が正しいだろう。

「じゃあ行ってく・・」

はし

しかし立ち上がろうとした袖は
横から伸びてきた手にしっかと捕獲される。

それはさっきまで食べた後なのか
少し眠そうに目をこすっていたはずのバージルだ。

「俺も行こう」
「え?でもバージルさん・・・」

今さっき眠そうにしてなかったかと聞こうとするが
がっちと鍵のかかった錠前のような堅さで手を握られ

「はぐれるだろう」

と、どこかの誰かのような笑みを浮かべてきた。

変なところで弟に似る兄だ。

「・・・ま、いいか、それじゃ行ってくる」
「はい、いってらっしゃいませ」
「・・そう言えばバージルさん閻魔刀は?」
「母さんがいるからいい」

本来ならここでミカエルが止めに入るはずなのだが
その当人はさっきフトミミに上手投げされたトールの下敷きになったばかり。

そのかわり手をつないだまま歩いて行く2人を追ったのは
慌てていたのか木の上からぼてと落ちた紫色の紳士だった。




手をつないだままというのはちょっと恥ずかしかったが
純矢は色々な乗り物を見てまわり、時々くるバージルの質問に答えながら歩いた。

しかしやはりというか何というか・・
何のためなのかとかどうしてなのかとか
バージルの質問はやたらと現実的というか理性的で
こんな所を一緒に歩く人材としては3分もすれば嫌われそうだったが
純矢は色々な悪魔やダンテと接してきているので、別に気を悪くすることもなく
色々なことをわかり易く丁寧に教えていく。

それを少し離れた所から監視し
どうやって息子を出し抜こうかと虎視眈々と考えていた父も
その甲斐甲斐しさに毒気を抜かれ、しばらくは黙って様子を見ることにした。

「・・あ、そうだバージルさん、あれやってみようか。
 勇と何度かやったことがあるんだ」
「・・?」

そういって純矢が指したのは
さっきとは別のゲーセンの中にあったガンシューティング。
銃型のコントローラで画面のゾンビなどを撃って倒すタイプのやつだ。
これなら別に体力を消耗しないし2人同時にできる。

「でも何度かやったって言っても勇の足引っぱってばっかりで
 最後にはおまえ鈍くさいなって言われるんだけどね」
「別に母さんは臭くないが」
「・・・動きが遅いっていうものの例えだよ。
 いつも見てたつもりだったけど、うまくいかないんだよな銃って」
「・・・何の事だ?」

その答えはわかりきっていたが一応聞くと。

「ダンテさんだよ。ほら前に話さなかったけ。
 あの人性格はアレだけど射撃の腕はすごく正確で・・・」

そこまで言って純矢はしまったと後悔した。

バージルはダンテの話をすると何かのスイッチが入るのか
強引な行動に出たり静かに歯止めがきかなくなったりする。

「・・えーっと・・・わ!」

さてどうしてごまかそうかと思っていると
つながっていた手がいきなりぐいと先へ進み出す。
行き先は純矢の指したガンゲーム。

「・・バージルさん、銃の経験は?」

2つあった銃のうち1つを手に取り
バージルはまったく躊躇なくそれをかまえた。

「狙いをさだめ、引き金を引く。それだけだ」

それは身も蓋もない言い方だが
それでもなぜかその構え方はとても素人のには見えず
純矢でも見惚れるほど様になっていた。

そう言えばダンテさん
男は戦ってる時が一番セクシーなんだって言ってたなぁ。

あの時はなに目を開けたまま寝言ほざいてんだと思ったが
今考えてみるとセクシーかどうかは別としてカッコイイのは確かだ。

しかし・・・

「母さん」

もう一つあった銃を差し出しつつ言われた言葉は
様になるとかカッコイイとかいう言葉を根本からダメにする言葉だった。



カチカチカチカチカチカチカチ

画面からは派手な銃声や物の壊れる音
ゾンビが上げる声に爆音などが聞こえてくるが
現実世界で出る音といえば引き金を引く軽い音のみ。

カチカチカチカチカチカチカチ

バージルは実弾の出ない少し大きな銃の引き金を
顔色一つ変えずただ淡々と引き続け、画面上のゾンビを次々と正確に倒していく。

経験があるとは言わなかったがその狙いは実に正確で
純矢の目でようやくわかったが、撃ったと思った次の瞬間
照準はもう次の瞬間次の標的の中心に当てられている。

動くもの全ての動きを止めるような容赦のない射撃は
本人が聞いたら怒ろうだろうが本当にダンテによく似ていた。

多少持ち方やスタイルは違うようだが、
その姿があまりにもダンテに似ているため
時々盗み見していた純矢の手が気付かないうちに自然と止まる。

だがそれでもバージルはかまわず引き金を引き続け
しばらくしないうちにたった1人で全面ノーミスクリアしてしまった。

「・・他愛無い」

余裕の捨て台詞も、少々質は違えどダンテと同じ。

スタッフロールが流れる中
バージルは銃を元の位置にがこんと戻し純矢を振り返る。
そこでようやく純矢がぼんやりしているのに気付いたのか
軽く首をかしげて顔の前で手を振った。

「・・母さん?」
「・・え?あ・・」
「具合が悪いのか?」
「い、いや別に!何でもない!
 なんかダンテさんそっくりだと思って見てただけで・・・あ・・」

純矢は地雷を踏んだ。
バージルの目つきが変わった。

はっし

いやな予感を感じて一歩引こうとした純矢の手が
目にもとまらぬ速さで飛んできた手に捕獲される。

まずい。これはまずい。

バージルは冗談を言わない分本気が表に出やすく
大人に見えるが実は結構な寂しがりや。

しかも今バージルは純矢にとって頼みの綱である閻魔刀を持っていない。

以上の事をふまえて純矢はとっさに空いていた手でバージルの手を掴み
そのまま無理矢理引きずるようにその場を出た。

ともかく何か突拍子もない事をしでかされる前に
一刻も早く人目につかない場所に移動する必要が・・・

『・・ウォイ、オ取リ込ミ中悪イガイツニナッタラ出シテクレンダ?』

切羽詰まった状態でいきなりやってきたのんきな声に
純矢は一瞬飛び上がった。

そういえばすっかり忘れていたが
緊急避難させていたもう一体の問題児がストックに入れっぱなしだった。

いや待て。
この場合は問題児ではないかもしれない。

「・・マカミ!」

純矢は人気のない売店の後にあった林に逃げ込むと
放り出すようにしてマカミを召喚し、ふん捕まえて身体に巻き付けた。

「オイコラ!ナンダヨイキナリ!?」
「悪い!さっきの事は水に流すからちょっとこうしててくれ!」

妙な話だがこの気まずい状況を打破できるのは
この妙な仲魔くらいしかいない。

なにせマカミはどっかの誰かに似て
こういった状況をうやむやにするには最適・・・


・・・・・・・。


The 逆 効 果 !!


そう思った時にはすでに遅く
バージルは今日一番の不機嫌顔になった・・

かと思うと。

「あいで!?」
「ギャフ!!」

純矢は巻き付けたマカミ共々、近くにあったしげみの中に押し倒された。

ハタから見ればヤバイ以外の何者でもない体勢だが
マカミも一緒だからギリギリセーフ。
と、変なことで安心している場合ではない。

「あのッ!ごめん!ホントごめん!別に怒らせる気はなかったんだけど!」
「ゴラナニシヤガンダ!痛ェヨ馬鹿!サッサトドキヤガレ!!」

どん!

ぎゃあぎゃあ騒ぐ1人と一匹の顔の脇に
腕が二本突き立ち完全に身動きがとれなくなる。

純矢は心の中で大絶叫した。

何をしようとしているのかわからないが
冗談好きなダンテでもここまではしなかったし
真上から見下ろしてくるバージルの目は真剣そのもの。

助けてー!とマカミの胴を引っぱってみても
俺だって怖いわ!と言いたげな動きで返された。

「・・・俺は・・・かわりなのか?」
「へ?」

わけがわからず変な声を出す純矢にバージルは一度目を伏せ
まるで捨てられた犬猫のような目をして再び口を開いた。

「・・・俺は・・・ここにいないダンテのかわりなのか?
 母さんは・・・ダンテの方がいいのか?」
「え?い?や、ちょっと、もしもし・・?」

息がかかりそうな距離で言われた言葉は
色々な部分がすっ飛ばされていてわかりにくかったが
それはおそらく自分とダンテを似ているといった事が引き金になり
自分は弟の代わりにされていると思っての話らしい。

何でダンテと似てると言ったくらいでそんなに話が飛躍するんだと思ったが
バージルにすればそれはかなり深刻な問題なのだろう。

「馬鹿カテメェハ!誰ガオメェミタイナ女々シイノヲ
 アノ馬鹿ノカワリニスルカ!!」

ところが純矢より先に弁解を始めたのは、何とつぶされていたはずのマカミだ。

しかもそのマカミ、もうちょっと首が伸びれば噛みつきそうな勢いで
珍しくシャーと怒るような声まで出す。

「大体カワリニシテルノハテメェダロウガ!
 目ェカッポジッテヨク見ロ!こいつハテメェノナクシタ人間ジャネェ!」

その途端バージルは弾かれたように純矢から距離をあける。

そうだ。これは自分を生んだ人間の母ではない。
時々ひどく似ている時があるので忘れがちになっていたが
これはなくしたはずの母ではない、自分を拾い上げた別の母だ。

「何ビビッテンダヨコノぼけなす!コイツハ誰カヲ何カノカワリニシタリ
 オメエミテエナノヲ置イテドコカイッチマウホドやわジャネェ!
 ソンナコトモ信ジラレネェホドテメエノ頭ハすかすかナノカヨ!」

言い方はちょっと粗雑だけど今のマカミはどこかかっこいい。

いや本当は2人分の体重が重たくてとっととどいてほしいから
怒って言い方がきつくなったり冗談めかした部分がないだけなのだが
それに気付かず純矢がちょっとだけマカミを見直していると。


ドガ!!


いきなり何かが横からすっ飛んできたかと思うと
至近距離にいたバージルは一瞬にして純矢の視界から弾き飛ばされた。

その何かはジュンヤの目にも残像としてしか残らないほどに速かったが
形からしておそらく誰かの足。

しかもなんだなんだと思う中、びっくりした純矢の身はひょいと持ち上がり
手早くマカミを外された後、すぽっと誰かの腕の中におさまった。

目の前にあったのは見覚えがある高級感ただよう紫色。

純矢はぎょっとした。
いくら気配が薄いからとはいえ、直接攻撃などしたら確実にバレる。


助けてくれたのはありがたいが、なにもそんなリスクを負わなくても・・・!


と、上を見上げた純矢の顔が
まるで春先のヤバイ人と遭遇した瞬間のようにビシと引きつった。
ようやく自由になったマカミも横で浮いたままぽかんと口を開ける。

そこにいたのは魔人兄弟とそっくりの、片メガネをかけた紳士ではない。

その時手加減なしに蹴り飛ばされ
2メートルほど向こうにあった木に激突したバージルが
腹を押さえて苦しそうに咳き込み、ゆっくりとこちらをにらんだ。

その目は一瞬驚いたように丸くなったが
その侵入者の腕にしっかと純矢が捕らえられているのに気付き
目つきが攻撃的な鋭いものにとってかわる。

「・・・何者だ」

固まったままの純矢を抱えたまま
鋭い視線の先にいた紫色の服の男は、ふと笑ったような気配をさせた。

「なに、名乗るほどの者ではない」

ざあっとその場を一陣の風がなでていく。

「まぁ強いて名乗るなら・・
 ウサギ童子とでも名乗っておこう」

貴族風の質の良い服の上に
どこでパクってきたのかウサギの着ぐるみ
頭のみを装備した
首から下は完璧スパーダなその変人・・いや怪人は

胡散臭さと時代遅れ2000%な事をためらいもなく言い放った。









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