「ただいまー」
学校から帰り、がらがらと古い音をたてる玄関の扉をあけると
軽い足音をたてながら小走りにケルベロスがやってきた。
犬は普通外で飼うものだが純矢はあまり規制せず好きなようにさせているので
白い魔獣は普段は庭ですごし、純矢が帰ってくるころには家にいる。
「ただいまケル」
頭を撫でると白い尾がはたはたとゆれた。
玄関では外に聞こえるかもしれないのでケルベロスは何も言わず
ただ白い尾をふって気配だけでおかえりと言った。
仲魔達はそれぞれ仕事をしたり、どこかへ遊びに行ったりと
案外自由に過ごしているので、出迎えゼロという日はさすがにないが
こうして学校から帰ってくるとその日によって出迎えるメンバーは違っている。
ただその中に例外が1人がいた。
それは最近生まれた、というか再生されたばかりの魔人で
まだ自分で外へ出歩くことができずにいつも家で純矢の帰りを待っていた。
それはいつも誰かの後、ワンテンポ遅れてやって来る。
白い毛並みを撫でていると、ぺたぺたと素足の音がやって来た。
一応靴下は渡してあるのだが、彼は靴をはかない時は素足の方が好きらしい。
「あ、ただいまバージルさん」
「・・・おかえり」
最近ようやくダンテと区別のつくようになった長身の魔人は
あまり口にした事のない言葉なのか、その言い方はまだどこかぎこちなかった。
力に執着しなくなった分、バージルは知識を吸収することに貪欲になった。
最初はたまたま家にあった英語の本。
次に純矢が図書館から借りてきた英語の蔵書。
さらに彼自身なにを思ったのか日本語を読んでみたいと言いだし
子供向けの学習絵本を借り、たまにトールなどをまじえて勉強し
ひらがなとカタカナをたった2日でマスターしたバージルは
今簡単な漢字をなんと自力で学習していた。
「じゃあ今日はこれだけ」
どさと机に置かれたのは大量の小学生向けの学習本。
バージルはその1つを手にとってざっと目を通す。
どれも純矢が図書館で赤面しながら選んで借りてきたものなのだが
さすがに仲魔に関しての思いやりが人一倍ある純矢の選別はうまく
どれもわかりやすくて読みやすい。
「貸し出し期限は一ヶ月あるからあんまり熱を入れないように。
前みたいに徹夜して、朝ご飯に頭つっこむような真似しないこと。
本は逃げないんだから」
「・・・わかった」
バカみたいな忠告だが、実際やってしまったものは仕方ない。
一緒に暮らしていてわかったことだがバージルは真面目で冷静な反面
どこか何かが抜けている。
そういえばダンテも戦闘力がずば抜けている分
アイテムの価値を知らなかったり悪魔の名前を覚えられなかったり
サラリーマンの全部が実は忍者だと思っていたりとか
どこかズレた事をしていたものだが・・・。
そんな所はなんだか似ていると思っても
それを言うとまたややこしくなりそうなので純矢は口に出さないでおいた。
「ただいま戻った!たーのもーー!」
玄関を開ける音と一緒におかしい台詞が飛んでくる。
その使い方はあきらかに間違っているが
誰が帰ったかが一発でわかるので純矢はあえてそのままにしていた。
ドスドスと重たい足音と一緒に現れたのは
予想通り土建屋仕事から帰ってきたトールだ。
「おかえりトール。今日は早いんだ」
「うむ、詳しくはわからぬが別の現場で事故があったらしい。
突然今日と明日に暇をもらってしまった」
「明日?日曜か」
「しかし突然暇をもらった所で我も対応できぬ。主、何かいい案はないか?」
「・・いい案って、そんな戦略立てるわけでもあるまいし」
しかし考えてみればボルテクスにいたときは
ストックにいるか戦っているかどっちかしか知らない悪魔に
いきなり日曜を有意義に使えと言ったところで無理な話だろう。
ましてトールは力押し集団ヨスガの元bQだ。
「ホォーッホッホッホ!そんなもの他者の意志に任せてどうする!
自らの意志なくして欲も快楽も得られはせぬぞ雷帝よ!」
なんだかヤバげなセリフと一緒に赤いワニに乗ったマザーハーロットが
どっしどっしと廊下の奥の闇から出てきた。
その周辺には相変わらず鎖につながれた獣たちがぞろぞろついてきていて
アットホームだったその場が突然でんでんでろりと音がしそうなほど
怪しい雰囲気に塗り替えられる。
しかしこの女魔人、こんな目立つはずが家の中ではあまり姿が見えず
夜が近くなるとこうして姿を現してはどこかへ行ってしまい
何日かいなくなったと思ったらいつの間にかいたりする
まるで姿なき家出娘のような不思議な生活をおくっていた。
「・・・それはともかく前から聞こうと思ってたんだけど
そう言うハーロットは夜になって一体何をやってるんだ?」
「ホォーッホッホッホ!そうか聞きたいか!
と言うことはおぬしも悪魔狩りの言うガキではなくなったか!」
「・・・あ、やっぱいい。ごめん、聞いた俺が悪かった」
言い回しとダンテがからんだ事でなんとなく意味がわかった純矢は
急に怖くなって前言撤回しつつ手を左右に振りたくった。
「まぁ詳しくは聞かないけど・・・あんまり悪い事するなよ?」
「あんずるでない、おぬしの言う『他人に迷惑をかける』という行為をせずとも
わらわはわらわなりに楽しゅうやっておるゆえ」
「ならいいんだけど・・」
そのハーロットの観点から言う『楽しい』の部分でかなり不安が残るのだが
今の所変な事件や新聞にのる妙な事件がないところを見ると
彼女も彼女なりにうまく人間にとけ込んでやっているのだろう。
いや、こんなナリと性格でとけ込んでしまう世界もちとアレだが・・・。
「では行ってまいるぞ主!良き夜と嘆美なる歓喜と快楽を!」
意味ありげでやばそうなセリフといつもの高笑いを残し
マザーハーロットと赤い獣たちは地に開いた黒い池に
ずずずーと不気味に飲み込まれていく。
おまえら普通に移動しろと言いたいところだが
あんな姿で徒歩移動や電車移動されてもたまったもんじゃないので
純矢は何も言わなかった。
「・・・主、我は・・・自らの意志が希薄なのであろうか」
気がつけば我関せずと本を読みふけるバージルの横でトールが少し凹んでいる。
身体が大きいわりにこの鬼神はなぜか小さな事で凹みやすい。
「・・あ、いや、希薄というよりは知らないだけだと思うよ。
時間の使い方は知っていればいくらでも使えるし
知らなければどうしていいのかなんてわからないし」
「では主はその方法を知っているのか?」
「知ってることは知ってるけど、それは俺の使い方だから
トールにあうかどうかはわからないよ」
「・・・そうなのか」
トールはちょっと残念そうだ。
彼も以前ヨスガにいたときとは違い
少しづつだが力以外の事を学ぼうとする姿勢が出てきている。
そういえば・・と純矢は無言で学習本を読んでいるバージルと
お気に入りの座布団の上で丸くなっていたケルベロスを見た。
ここにいるメンバーは遊ぶと言うことを知っているのだろうか。
ケルベロスは散歩に連れては行くが
そこそこに目立つ犬なのであまり近所で遊んだ事はない。
トールは仕事熱心だがやはり遊ぶと言う言葉とはあまり接点がない。
バージルは・・・考えるまでもないだろう。
「それじゃあ次の日曜日、少し遠出して一緒に遊びに行こうか」
「遊び??」
「気に入るかどうかはわからないけど、俺の知ってる遊び方をいくつか教える。
さすがに全員は無理だからケルベロスとバージルさんとで」
丸くなっていたケルベロスが首をあげ
バージルがそこでようやく本から目を離した。
「まぁ教えるって言うほどご大層なものじゃないけど
知らないよりはいいだろう?」
ケルベロスはなんだかよくわからないが
主と一緒にでかけるならそれだけでも楽しいと尾をぱたぱたふる。
バージルは・・・
絶対なんの事かわかってない目をしていた。
「・・・えー、バージルさんに質問。
食べて寝て遊ぶ。何のことかわかる?」
「・・?いや」
「俺が大事にしてる生きる上での大事なこと。
順番はどうでもいいけどよく食べてよく寝てよく遊ぶ。
これ3つできれば幸せって事だよ」
「・・・・・」
バージルは考えた。
白い飯とおかゆは好きだ。
梅干しがあればなお良し。
寝るのは最近自然な行為になった。
純矢の横だとぐっすり眠れて寝覚めもいい。
遊ぶ。
・・・・・・・。
該当例なし。
「大事な事なのか?」
「絶対必要ってわけじゃないけど
知らないよりは知ってた方がいいことだと俺は思ってる」
そう言われるとバージルとしてはかなり大事なことだ。
「ならば・・知っておかなければなるまいな」
「じゃあ決まりだ」
そして次の日曜日、トール、バージル、ケルベロスのメンバーで
おでかけという名の野外授業が決定した。
そして日曜日。
「よーし、みんなそろったな。番号!」
「ワン!」
「通」
「すりい!」
英語読みなのは別に深い意味はなく、ケルベロスが言えるようにしただけだ。
トールにいたっては言葉の意味もわからず声だけはデカイ。
純矢は自分のリュックとトールに持たせたカバン2つ
ケルベロスのリードとバージルに渡したウエストポーチを順に確認した。
「じゃあみんな忘れ物ないな」
「主、本当に人選はそれだけでよいのか?」
「大丈夫だよ。少し歩いて大きい公園に行くだけなんだから」
「それはわかってはいるのだが・・・」
そう言うミカエルの視線の先には
純矢の選んだ外出着で1人靴ヒモと地味な格闘をしているバージル。
あまり大きな事件はおこさないものの、なにせあのダンテの兄だ。
心配でないわけがない。
「トールもケルもいるからそんな顔しない。
ほら、今日障子の張り替えしてくれるんだろ?」
「いや、それはそうだが・・しかし・・・」
まるで子供を初めて外泊させる親のごときミカエルに純矢は苦笑した。
「・・まぁとにかく夕方には帰るから。ブラック、夕ご飯は頼むよ」
ミカエルの横でずっと黙っていたブラックライダーはうなずいて・・
「・・・肉・・・魚・・・」
と言った。
それはつまり夕飯のおかずは肉と魚どっちがいいかということだ。
「んー・・じゃあ魚で」
「・・・よかろう・・・」
内容はアットホームなのにブラックライダーが言うと
なぜかミステリーかサスペンス風に聞こえてしまう。
「ではミカエル殿、行って参る」
「・・頼むぞトール。くれぐれも主を頼むぞ!」
「・・・あのな。親元離れて奉公しにいくわけじゃなんだからもうよせよ」
仲魔達のリーダー的存在でありながら
実は一番主離れできていない大天使だった。
「じゃあ忘れ物ないな。ではしゅっぱー・・」
ぴん
つ、と言う前に袖を片方引かれる。
袖の先をたどっていくと、何か言いたそうにしているバージルがいた。
「・・・え?何?」
何か忘れ物かと思ったが、昨日のうちに準備したものはトールが持っているし
ハンカチちり紙は自分のリュックとバージルのポーチにも入れた。
弁当もトールが持っているし、財布もおやつも自分のリュックに入っているはず。
じゃあトイレかなと思ったとき、バージルは何か言いにくそうに一言。
「・・・あれは・・・駄目なのか?」
「・・・あれ?」
普通あれの二文字では何のことか意味不明だが
さすがに再生の母だけあって純矢にはその二文字がなにをさすのか
一発で分かってしまった。
なにしろそれはバージルがいつも持って歩きたがり
最近ようやく手放すことができるようになった
警察に見つかると言い訳のきかない『あれ』。
「・・・あ。いや、気持ちはわかるけど・・さすがにアレはまずいと思う」
バージルの持って行きたがっているのは
彼が再生時に持っていた日本刀だ。
ダンテのリベリオンとは違い抜き身の丸出しではないにしろ
さすがにあれを銃刀法厳しい日本で持ち歩くのはまずいだろう。
バージルもなぜいけないのか一通りに説明は受けているが
やはりずっとそばにあった物が急になくなるのは不安なのか
表情豊かでない顔が少ししょげた。
純矢は困ったような顔をして少し考える。
「・・・あ、そうだ。ちょっと待ってて!」
そう言うなり純矢は靴を脱ぎ捨てバタバタと階段を上がり
上でなにやら騒々しい音を立ててから、片手にバージルの刀
片手に何か長い袋を持って戻ってきた。
その時一瞬バージルが驚いた顔をしたのには誰も気付かなかったが。
「これ、押入にあったんだ。少しホコリかぶってるけど中は綺麗だと思う」
それは剣道の竹刀を入れる袋だった。
確かに長年使っていないのかホコリが目につくが
袋も肩にさげるヒモもまだまだ使えそうだ。
純矢は袋のホコリを適当にはらって刀と一緒にバージルに渡した。
ブシュン!と近くにいたケルベロスがくしゃみをする。
バージルは刀を袋に入れてみた。
それはまるであつらえたかのようにすとんと袋の中に収まる。
「で、あとはこの袋を持てば・・なんとかごまかせる」
トールに持たせていた紙袋を渡すと
これから剣道の練習に行くような人のできあがりだ。
「おぉ、さすが主見事だ」
「・・いや、こんな事ばっかりうまくなるのもアレなんだけどなぁ」
素直に絶賛するミカエルに純矢はちょっと複雑な顔をし・・
「・・・ありがとう母さん」
同じく素直な礼を言ってきたバージルには
まだ慣れないジュンヤ母さんだった。
3人と一匹、正しくは人修羅と魔人と鬼神と魔獣といった
正しく書くと無茶苦茶なメンバーがやって来たのは
家から少し歩いた場所にある大きな公園だった。
公園といっても遊具のある小さな公園ではなく
自分たちが自由に遊ぶことを重視した敷地の広い公園だ。
さすがに日曜とあって人は多く、背の高いトールやバージルは目立ったが
別にそれ以上は変わったところもないので
すぐ気にしてじろじろ見る人間もいなくなった。
純矢はなるべく空いている場所を探し、適当な木の下に荷物をまとめると
その中からまずフリスビーを出した。
「えー、じゃあこれからいくつかの遊びを教えるけど、先に荷物番を決めるから。
まずトール、次にケル、次はバージルさん、で最後が俺ね」
「なッ!何を言う!何も主自ら荷物番なぞせずとも・・!」
「俺が荷物番の時はみんながどれだけ俺の教えたことを
理解して使うことができるかのテスト時間だ。
自分たちで考えて遊ぶのも立派な勉強だろ?
・・と言っても別に採点したりはしないけど」
「う・・」
そう言われると返す言葉がない。
いやそれ以前にトールは力はあるが口下手で
仲魔の誰よりも反論が苦手だったりする(ダンテとの喧嘩時のぞく)。
「じゃ、トール、荷物番頼んだよ。あと俺のすることは一応よく見ておくように」
「承知した」
そう言ってトールは荷物の集められた場所の横にずしんと腰を下ろす。
図体がとにかくデカイので、ただそこに座っているだけでも
防犯以上の威圧感がそこら中ににじみ出るのが少し笑える。
それはともかく、純矢はケルベロスからリードをはずして
フリスビー片手に説明を始めた。
「今から教えるのは犬とやる遊びの1つで
広い場所とこの板一枚あればできる簡単な遊びだ。
まず俺かバージルさんがこれを遠くに投げるから
それをケルが取って戻ってくる。
ルールは特にないけど、板が地面に落ちる前に捕まえられた方がいい・・かな」
「それだけなのか?」
「うん、それだけ」
なんだそれだけなら簡単じゃないかと言いたげに白い尾がぱたりとゆれる。
「あ、でもそれは普通の人間と普通の犬がやっての話だから
俺達がやるにはいくつかの注意点がある」
「「?」」
「まず板を投げる方はあまり力を入れないこと。
あんまり遠くへ行きすぎたり人に当たると危ないから
人がいない方向へ力を入れずに投げることが大事だ。
ケルの方は板に気を取られて人にぶつからないように注意すること。
あと勢い余って板を壊さないように注意すること」
「力の加減をしつつ周囲に気を配る・・と言うことか」
「ご名答」
なるほど、それなら少し難しそうだ。
何しろ周りには多少広くてまばらとはいえ、色々な人間が行き交いしている。
これすべてに害をあたえないようにするには
それなりの配慮と力加減が必要だろう。
「じゃあ取りあえず実戦してみよう。ケル、いくぞ!」
そう言ってまず純矢が最初に投げた距離は約5メートル。
ケルベロスは走ってなんなく捕まえたが
勢い余ったのか捕まえた直後に後ろ足がつるっとすべった。
「よし、今度はもう少し遠くにいくぞ!」
今度投げた距離は遠く、さらに途中で木にぶつかって跳ね返ったため
ケルベロスも同じく木にぶつかって方向転換し
それでも平気な顔をしつつ板を口にして帰ってきた。
「・・・ケル、フリスビーはまっすぐ飛ぶんだから
時々前を見て走らないと・・・」
しかし犬の狩猟本能でも出てきたのかケルベロスはめげもせず
尻尾をバタバタ振っている。
どうやら楽しくなってきたらしい。
「じゃあ次、バージルさんの番」
バージルは一瞬困ったような顔をしたが
純矢が投げ方を説明すると、少しぎこちなくだがなんとか投げた。
それはやはり力加減が難しいのか、今までで一番遠くにいってしまい
ケルベロスは一応くわえて戻ってきたが
少しうらめしそうな目でバージルを見上げる。
「少し力が入りすぎかな。もうちょっと手前に落とす感じで投げてみようか」
言われたとおりにやってみると、今度はいい位置に飛んだ。
ケルベロスもなれてきたのか時々他から転がってくるボールをよけたり
飛び上がってキャッチするなどできるようになり
バージルも慣れると遠くに見せかけて近くに落として見せたり
林の手前ギリギリに投げたりもした。
「すごいすごい!2人ともうまいじゃないか!」
ものの5分もしないうちにすっかり息のあったやり取りができるようになって
純矢は絶賛する。
そういえばケルベロスはダンテとずっと仲が悪かったから
おそらく反対の性質を持つバージルとは相性がいいのだろう。
「もしよければ散歩に出たときにでも2人でやるといいよ。
ただ周りの人に迷惑をかけないように注意すること」
「わかった」
「ワン!」
よい返事が返ってきた。
これならしばらくケルベロスの散歩はバージルにまかせてもよさそうだ。
「それじゃあ次はケルが荷物番だ。トールを呼んでおいで」
ケルベロスはまだまだ遊びたそうだったが頭を撫でられると納得したのか
木の下で所在なさげに座っていたトールの所へ行き
入れ替わりでトールがこちらにやって来た。
「では主、指導のほどよろしく頼む!」
「・・・あのさ、必殺技教えるんじゃないんだから。もっと肩の力抜いて」
「こうか?」
「トールそれノーガード戦法」
ともかく純矢は持ってきていた紙袋の中からバトミントンのラケットを出して
トールとバージルに一本づつ渡す。
トールが持つとあまりに小さくて
まるでハエ叩きかおたまに見えるがこの際気にしない。
「今渡したのはこのハネを打ち返すための道具だ。
このハネをこうやって・・・網の所で打つと跳ね返るから
これを利用して相手に渡して、返ってきたらまた渡し返す。
とにかくこのハネを下に落とさないようにするのがルールだ」
「下に落とさぬようにか?」
「そう。落ちてきたところをこう下から返せばまた跳ね返るから」
「うぅむ・・」
「・・・・・」
トールは元々巨大なハンマーを持っているので道具類には慣れているつもりだが
下からすくい上げる動作はやったことがない。
バージルも刀を扱いはするものの、物を落とさず斬らずそのまま返すなど
そんな妙なことは今までやったことはない。
「まぁ頭で考えるよりやった方が早い。じゃ、いくぞ!」
ポンと軽い音を立ててハネが飛ぶ。
それはまずトールの所へ行ったが、振られたラケットは空振りして
ハネはぽてっと地面に落ちた。
「・・・主、距離感が掴めぬのだが」
「そうだなぁ・・じゃあハネの落ちてくるコースを予想して
ラケットを自分の手の延長と思って使ってみようか。
こう落ちてくる物を手ですくい返すような感じで」
トールはうなずいて実戦してみた。
が。
スポーーーーーーーン!
「「あ」」
そういえば、トールの怪力の事をすっかり忘れていた。
何気なく打ち返されたハネは垂直に空へ飛び、瞬く間に見えなくなった。
「主ぃ?!」
「・・あ、いや、真上に行ったからそのうち落ちてくるよ。・・・多分」
だがオロオロするトールをなだめている間にもそれは落ちてこなかった。
まさか大気圏にでも行ったのか、風に流されたでもしたのかと思ったが・・
・ ・ ・ ・ ばご
それはなぜか、バージルの頭の上に落ちてきた。
「「!!」」
どうしてそんなマンガのような見事な事になるのか不思議だったが
ともかく脳天を直撃されたバージルは、別に気にするわけでもなく平然と・・
「・・・・・」
・・していたかと思ったら、後から痛くなってきたらしい。
その場に黙ってしゃがみ込んだ。
「・・・トール、これは強く打つとけっこう強く跳ね返るにできてるから
力加減しないと思いっきり飛ぶから注意しないと」
「・・・いや・・・その・・・あいすまぬ」
2メートルを越える大男が申し訳なさそうに身を縮める。
で、バージルはというと純矢に頭を見てもらってから
少しムッとしつつも立ち上がった。
ダンテなら青筋立てつつ5倍返しくらいはしてくるだろうが
バージルはわざとやっていない事がわかっているのだろう。
「まぁともかくトールだけじゃなくてみんなにも言える事だけど
ここは人間の世界なんだから力加減は大切に」
「・・・承知した」
「・・・(頭をおさえつつうなずく)」
「それじゃあそれもふまえて次、バージルさんから」
バージルははいと渡されたハネを手にしばらく固まっていたが
純矢の言ったことを思い出しつつまず一球。
ポーーーン
今度はトールほどは飛ばなかったが
やはり強かったのかそれは純矢の頭上を通過していく。
「なんの!」
しかし純矢はそれに追いすがり、地上ギリギリで打ち返した。
それはトールの方へ飛んでいく。
「・・むっ」
トールはそれを目で追い、アドバイスを思い出し力加減を考えそれを受ける。
ぽん
今度はちょうどいい高さでうまく返せた。
「おお、さすが主よ!」
トールはちょっと感動した。
返したハネはバージルの方へ行き
今度は彼もコツをつかんだのかうまく返す。
純矢がそれをまた返し、トールとバージルが順に返していく。
そうしていつのまにかハネは一度も地面に落ちることなく
3人の間を往復するようになっていた。
そのにへ