ミーンミーンミンミンミーーン

「・・・・・」

ウミーンミンミンミンミン
ジージージージーウジジジジー

「・・・・・・・」

ジーワジーワジーワジーワ
ミームミームミームミームミミミミ
ジャカジャカジャカジャカウ〜〜ミョミョミョミョミョ〜

「・・・・・・・・
!!
「違う!あれ虫!セミ!昆虫!
 悪魔でも超音波発生器でもバル○ン星人でもないからやめなさい!」

それはただの条件反射かそれとも本気か。
どっちでもやれば出来そうな気がするが
とにかく道のあちこちで盛大かつ大音量で鳴きまくるセミに向かい
スペ○ウム光線のかまえをとったバージルの腕を
純矢とフトミミがほぼ同時に押さえつけた。



日本の夏は暑い。
もちろん赤道直下や本場の砂漠なんかはもっと暑いだろうが
湿度も温度も高く地面がびっちりアスファルトで覆われている暑さというのは
自然に暑いというよりは人為的に暑くされてしまっているような気さえしてくる。

そんな中を純矢とバージルとフトミミは夏装備で歩いていた。
それぞれちゃんと帽子をかぶって防御はしているが
じりじりと音がしそうなアスファルトの照り返しとセミの大合唱までは防げない。

遠慮なくガンガン照りつけ地面で反射する太陽に加え
そのクソ暑い中を嫌がらせのごとく鳴きわめくセミを
バージルがまるで親の仇を見るような目でにらみ
まだ日本の夏慣れしている純矢が必死で擁護した。

「・・もうちょっとだから我慢して。な。それにセミにだって悪気はないんだし
 長いようで短い命の間に一生懸命になってるだけなんだから」
「・・・・・・・・・・・・・・・」
「・・高槻、もうこうなったら人目を気にしている場合でもない」

そう言ってフトミミが取り出したのは比較的怖くないデザインのサングラス。
ちょっと浮きそうだからと今まで遠慮していたが
もうそんなの気にしている場合でもないだろう。

すちゃっと装備させると脱色した○ーミネーターみたいになったが
視界がかなり落ち着いた分、虫すら殺しそうだったイライラ感はかなり薄まり
いくらかホッとした純矢が申し訳なさげにに頭を下げる。

「・・・すみません。いつの間にかこんな事になっちゃって・・」
「いやなに、私はかまわないさ。
 それに私も様々な働き方は知っていても
 羽ののばし方はあまり知らなかったし丁度いいよ」

などとさわやかに笑うバイト中毒な人型鬼神は
羽を伸ばすとかいう以前に暑そうな気配1つ見せてないので
つまりは興味本位と付き合いというやつだろう。

ダンテだったらややこしくなる前に殴ってでも阻止するところだが
この人とほとんど変わらない外見を持つ鬼神は彼と違いトラブルを起こす確率はゼロなので
そう思うと今回のお出かけはかなり気が楽な方だ。

まだサングラスごしに姿の見えないセミをギリギリと睨み
いろんな意味で目が離せない誰かさんは別として。




さて事の始まりはフトミミがバイト先でもらったという3枚の紙切れだった。

それは電車で少し行った所にある地味なプールの割引券で
最初は『友達とどうだろう』と言ってフトミミがくれたものなのだが
その時たまたま横にバージルがいたのがいけなかった。

じゃあ3枚あるから勇と千晶に声をかけるかと思って引っ込めかけた手が
むんずと横から無言で掴まれる。

彼はその時一言も発しなかったが
怒ったようなようなその目は確実にこう言っていた。

連れてけ、連れてけ、知らない人と行くな連れいてけ
絶対俺と、それ以外不可、連れて行け、でないと放さん。

普段静かでぼんやりしているように見える彼だが
こういった時の目たるや持ってもいないヘルズアイと同じくらいだ。

で、結局友達と行くのはあきらめてこの困った大人子供と
券をくれた本人とでプールに来ることになったのだが・・・。

「しかし君が他のみんなを誘わなかったのは少し意外だな」
「・・そりゃ俺だってみんなと出かけるのは好きですけど
 でも考えて見て下さいよ。そこプールですよ?水に入る場所ですよ?
 つまりみんなに水着を強制しなくちゃいけないんですよ?」
「・・・・・・」

更衣室で着替えをしながらフトミミは想像してみた。
獣たちとピシャーチャは無理だとして、人型のメンツを思い出してみると
確かにちょっとそれなりに濃い

ミカエルの場合はまだ良識ある方だが
公衆の面前でそんな格好(水着)ができるかと怒り出しそうだし
トールはまずでかくて暑苦しくて確実に目立つ。
サマエルは問題ない部類に入るが、こういう庶民的な所では浮くだろうし
ブラックライダーだと体調不良と見なされて監視員に止められそうだし
マザーハーロットは・・・・・想像するのも恐ろしい。

「・・・確かに。考えてみればみんな場所的に噛み合わないね」
「でしょう?だからみんなで行くならなるべく人目につかない穴場の海とか
 貸し切りの宿とかを用意しないと・・ってこらこらこらバージルさん!
 ウチでお風呂入るんじゃないんだからもうちょっと恥じらって!」

一切の迷いなしに堂々とマッパから着替えようとするバージルに
良識あるおかん・・じゃなかった純矢があわててバスタオルをひっかける。

本当はこういうの抜きで羽を伸ばしてもらいたかったのだが
元の人数から考えるとこれでもまだマシな方かと
フトミミは前向きに妥協しながら着替えをすすめた。

「・・うん、これでよしと。フトミミさんこっちは準備できま・・」

そうして着替え終わって振り向いた瞬間、純矢はかきっと固まった。
その先にいたのは同じく丁度着替え終わったフトミミなのだが・・。

彼がはいていたのは白地の海パンだ。
だがその尻側には今にも咆哮を上げそうな見事な虎。
こちらを向いた前部分には眼光鋭い見事な龍。
それはプリントではなく刺繍で繊細かつ豪快にあしらわれ
それはどう考えても水着にするような代物ものじゃないのに
気まぐれで水着に変えられてしまったかのような業物(ワザモノ)だった。

「・・・・あの・・フトミミさん、そのデコト・・じゃなくてなんか凄いの・・」
「あぁ。少し前知り合いにどんなのがいいかなと軽くもらしたら
 しばらくしてこれがいいんじゃないかと言って譲ってくれたんだ。
 何かおかしかったかい?」

いやおかしいも何も、なんというかツッコミ所が難しくてコメントしにくい。

「や・・・その・・・もしかしてその知り合いのお方
 すごく強面で物騒な世界の方とかじゃないですか?」
「あれ?(公言できません)関係の人なのにどうしてわかるんだい?」

仲魔内では一番人間に近く見える彼も、やっぱりある意味悪魔な所があるらしい。
というかそんな関係の人とお友達になるなんて何してんだと思いはするが
正直聞くのが真面目に怖い。

「どんなものがいいのかまったくわからなかったから
 まぁいいかと思ってそのまま持ってきてしまったんだが・・まずかったかな」
「・・あ、いえ大丈夫だと思いますよたぶん。
 トールかミカあたりがはいてたらあらぬ誤解をまねきそうですけど
 フトミミさんだったら『あらあら』くらいで済ませられそうですし」
「??」

などとやってる間バージルがごっつい虎をちょっとうらやましそうに見ていたのはともかく
着替えをすませて外に出ると、さすがに休日とあってそこそこに人はいた。
でもここは少し山奥にある古めのプールなのでそう混雑はしていない。
そうしてそのある意味質素なプールを前にして純矢は2人に向き直ってこう切り出した。

「よし、それじゃ早速・・と言いたい所だけどその前にまず確認。
 フトミミさんって泳げますか?」
「やり方は理解しているつもりなんだが・・」
「バージルさんは?」
「上に同じ」
「・・じゃあとりあえず流れない普通のプールから行ってみようか。
 ヘタに人が多くて流れてるプールに入ったら怖そうだ」
「はは、それにしても高槻はすっかり保護者が板に付いてきたなぁ」
「・・もうその事に関しては否定しませんから早く水に入って下さい。
 血色とはいてるもののギャップで地味に目立ってますから」

そう言われたように軽い注目をあびつつそれぞれに身体を動かし
シャワーや消毒を通ってからそっと水に入る。
水に入る最初はあまりの冷たさに少し驚くが
全身がつかってしまうとそうでもないのが不思議だ。

「う〜ん・・・何かこう・・風呂に入るのとは別の不思議な感触だね」
「そうですね。お風呂はこんなに深くないですし
 ってバージルさんもう泳いでる!?」

水に入ったとたん泳ぎ方が頭に浮かびでもしたのか
気がつくとバージルは見事なクロールで泳ぎ出していた。

しかもその泳ぎ方はかなり綺麗でスピードも悪くなく
他にいる客を上手によけて向こうまで行き、そのままターンして戻って来る
・・かと思いきや途中からなぜかぐんとスピードが上がった。

「?・・随分と上手だけれど、ラストスパートかな」
げ!まさか!?」

フトミミにはわからなかったが純矢にはそれが何を意味するかわかったらしい。
ざばざば歩いて距離を縮め、水面をばしばしはたいて必死に怒鳴った。

「バージルさん!ストップ!もういいから顔上げて!
 息つぎの仕方忘れたのは恥じゃないから息をしてぇーーー!!」

その声はちゃんと伝わったらしく
息継ぎなしでクロールしていた妙な人はざばんと顔を上げ
全力疾走後の人や妊婦さんでもしないようなもの凄い息を始めた。

「もー!足つかない海じゃないんだからダメだと思ったら意地張らずちゃんと立つ!
 ほら息は半分づつ!吐いて吐いてすってすって!」
「〜!!・・!」

などとプールのまん中でやっているやり取りを生暖かい目で見ながら
いくら連中を置いてこようがアレじゃ意味ないなぁとフトミミはのんびり思った。




それから少しづつどれくらい泳げるのか
どれくらい水に入っていても平気なのかを確認した結果
バージルは息つぎを即座に覚えかなり長時間でも上手に泳げ
フトミミは泳げるどころか息をしなくても大丈夫なことがわかった。

「・・いや、でもそれはわかっちゃいけなかったような気が・・」
「心配しなくても大丈夫だ。人前ではちゃんと肺呼吸しているように見せかけるから」
「・・・・・・(言ってる事は間違ってないのに素直に同意できません)」
「母さん思いが口から出せていない」

とかやりつつ一応怪しまれないよう人外がバレないよう程度に泳いでいると
ほどなく時刻はお昼になった。

本来外出するならブラックライダーがお弁当を作ってくれるのが通例だが
さすがにこう暑いと保管がむずかしいしプールで弁当というのもかさばるので
今日は売店での外食だ。

「と、言ってもそんなにメニューはないんだけどな。
 バージルさんはどれにする?俺の選んだやつ以外で」

『母さんと同じもの』と言いかかった口が『か』の部分で停止する。
それはそれで注文が楽かもしれないが
選択肢をすべて全部母頼みにしていたら自主性も個性もなくなってしまう。
けどそんな思いとは裏腹に妙なことに頑固な彼は即座にすねた。

「あ・・こら、そんな事で丸くならない。
 色々あるだろ、うどんとかラーメンとかお好み焼きとかおにぎりとか」
「・・うどんは冷凍不可、ラーメンはダシ取りのどんぶり加熱済み
 お好み焼きは自家製の調合ソース使用の紅生姜付き
 おにぎりは母さんの握ったもの以外は砂で、かつ型押しで作られたものを食うと
 その日夢にピンクの象が出てきて赤い物が全てイチゴ味に・・」

しまった。飢餓の魔人による良い食生活がこんな所で裏目に出たと純矢は思った。
しかも誰だよ最後のメルヘンなウソ教えたの。上文の奴だよ(即決)。

今まで極端な食わず嫌いはなかったし、出された物は残さないから
いい食育ができてるなと思ってたら突然これだ。

でもこの魔人の場合は誰かのように人の話を聞かなかったりしないし
きちんと話したり上手に誘導すればわかってくれるのだ。

「え〜と、じゃあその数々の偏見は今からちゃんと話し合うとして
 とりあえずお好み焼きとラーメンとおにぎりたのんで半分こづつにしようか」
「しよう」
「じゃあ私はあちらからそこまでのメニュー全部を時間差で」

さらりと凄いことを言ったフトミミはさておき
ちょっとスースーする格好でのお昼となった。

バージルは食べるものが何であれ母との半分こが大好きで
フトミミは好奇心が強いので外で食べる時はいろんなものを目立たないように
メニュー全部食べたがる。

今回は比較的目立たない人員で来たつもりだが
ふとした拍子に普通じゃない所が出てしまうようで
じゃあ普段のメンツで来ていたら一体どうなっていたことやらと
考え出すと怖くなる一方なのでとりあえず考えない事に・・。

などとぼんやり思っていたら
半分にしてあたえたラーメンをずるずる無表情ですすっていたバージルの顔が
突然何かイヤな物を見たようにすーっと曇り
何だろうと思っていたらふいに背後から声をかけられた。

「失礼。同席してもかまわないかな」
「?え・・?」

しかし同席といっても周囲の席は空いているし
自分達のいるテーブルもそう大きくはない。
じゃあなんでだと思って振り返ると、何のことはない。
声をかけてきたのは知っている人物だったからだ。

「・・・・・・・・・。スパーダさん、何やってるんですかこんな所で」
「何と言われても・・軽い観光のようなものかな」

その手にあったのは割り箸ののったほかほかの月見うどん。
いつもの片眼鏡はしていないが若干高そうな上着をひっかけ
やっぱり少し高そうな海パンをはいたその姿は
観光というよりは後を付けてきてついでに遊びたくなったように見える。

が、しかしそれなら最初からついてくると言うだろうし
後から1人でこんな所に現れるというのもちょっと妙だ。
あとついでに嫌な予感がしたので純矢は聞いてみた。

「・・つかぬ事をお聞きしますけど、お一人ですか?」
「いや、実はヒマならのぞきに行かないかとのお誘いをうけてね」

ちょっとは濁せと思うストレートさで彼が指したのは
少し向こうのパラソルの下いた何かの集団。

それは一見日焼けしてムキムキしていて同一のぴっちりパンツをはいていたから
ライフセイバーの集団か何かかと思っていたが
よく見るとサングラスをしているその顔はほぼ同一。数は7。
しかもそのムキムキの中心にあるパラソルでくつろいでいるのは
ちょっと古風な赤い水着を着た、遠目からでも見て分かる濃い顔立ちの女・・

「あ、すみません、わかりました。わかりましたからこっち見ないで

でも目をそらした瞬間その口がにやりとゆがんだのを見て純矢は大変後悔した。
しかしこっちを認識していてこちらに来ないと言うことは
一応あっちはあっちなりに気をつかってくれているのだろう。
黙ってのぞきに来るのは良い趣味ではないがその点はほめられた。
いやのぞきはダメだが。

「なんだ。父君は今日見ているだけかと思っていたのに
 結局我慢できなくなったのか、はしたないなぁ」
「仕方ないだろう。邪魔の少ない状態のこんな状況で楽しそうにしているのを見ていたら
 さすがの私とてあらゆるものをかなぐり捨てたくもなるさ」

今一瞬ライトなタッチで不毛な会話が飛び交ったような気もするが
その微妙かつ強引で何か牽制しあっているような空気に純矢が軽くひるんでいると
横からがしとバージルが手首を掴んでくる。
彼はぶすっとしたまま何も言わなかったが父にはその意図がわかったらしい。

「こらこら、そう怖い顔をせずとも取りはしない。
 ただあまりに楽しそうだったのでつい、な」
「・・・・・・・・」
「・・えーと、ほらバージルさん半分こ」

まったく信用してない目で父をにらむバージルに半分こにした梅おにぎりを差し出すと
彼は目で威嚇しつつそれをむんずと掴んでもぐもぐやりだし
スパーダはさすがにちょっと悲しくなった。

「・・そんなに信用がないのか私は」
「少し前までやらかしていた行動の数々と
 現在進行形の事を考えれば仕方ないと思うけれど」

などと鬼神にずっぱり言い捨てられたスパーダは
身を小さくして純矢の方に寄ってきた。

「・・・ジュンヤ君、暑くてこんなにいい天気なのにみんな私に冷たい・・」
「・・・えぇと・・・まぁ、今日はせっかく遊びに来たんだから
 スパーダさんつついていじめるのはナシにしような。へんなアクが出ちゃうから」
ジュンヤ君も一言多い!?

でもそうでも言わなければもっとズバッとした事を言っちゃいそうなので仕方がない。
そうしてうらやましがって一緒にいたがる父を目立つ事もかねてやんわり追い返し
軽いサプライズと昼ご飯を終えた一行が次に向かったのは
人工的な流れのある長い通路状のプール、いわゆる流れるプールというやつだ。

そこは四角い普通のプールよりもいくらか人は多かったが
その人混みはつねにゆっくり移動していてあまり混んでいるという印象はない。
が、それを初めて目にした場合の感想はというと・・。

「・・流しそうめん?」
「うん、こういった場合『人がそうめんのようだ』とか言うのかな」
「・・いえ、そう見えますけど違いますから。大体誰も食べないし」
「・・最後に行き着く穴もなしか」
「水洗トイレでもないから!」

ほっておいたらどんどん妙な想像をふくらませる真面目でも天然なメンツに
レンタルした浮き輪と浮き輪代わりのシャチを押しつけとにかく中へ入れる。

そこはずっと人が入っているせいかそういう調整なのか
普通のプールよりも水温が高く、そして何より身体が一方へと勝手に流されていく。

外から見ているとなぜそんな仕組みになっているのか理解しがたかったが
そうして中に入ってみると面白さがわかったのか
浮き輪で完全に流されるがままモードになったフトミミが楽しそうに言った。

「ははは、これはなかなか楽しいな。
 生ぬるい温度の中、その他大勢といっしょに何も考えず流れのままにただ流される。
 まるで(なんとなく自主規制)の(上に同じ)的な(以下同文)そっくりだ」
「・・・あのフトミミさん、できればそういうのは小声でお願いします」

近くにいた若い客数人がビクッとしてこっちを見たのはともかく
この鬼神もさすがに温厚とは言えど元が悪魔なので言うことがキツイ。

まぁそれはともかくただゆっくり流れに流されるだけというのもあまりないので
最初はちょっと周囲から浮いていると思われていたメンツも
何周か流されている間にその場にだいぶ馴染んだ。

ガタイがいいので借りた浮き輪が入らず
まん中がへし折れたシャチにつかまり無表情で流されるだけかと思っていたバージルも
黙ってずっと流されている所を見るとそれなりに気に入っているらしい。

ちなみにジュンヤはちょっと大きめのビーチボールを使用中だが
よく考えてみるとこの場合、誰がどれを持とうが色気のないことこの上ない。
勇が見たら『お前なにが悲しくて青春サマーを男づくし・・』とかさめざめ言われ
可愛そうなものを見る目で見られそうだ。

まぁ色気はともかくさすがにずっと入ってるとふやけそうだったので
純矢とバージルは休憩で少し水から上がる事になったのだが
フトミミだけは『いやもうちょっと』と言って上がってくる気配がない。

「・・あのまま放っておいたらここで働くとか住むとか言い出さないかなあの人」
「・・・・・」

確かにあの様子では本当にそうしかねないと
おやつに買ったフライドポテトを純矢と一緒にかじりながらバージルは思った。

あのフトミミとかいう鬼神はなぜか『働く』という行為に対して妙な執着がある。
それはつまり経験を積むという事につながっているのだろうが
好きこのんで人の輪に入ろうと思わないバージルにその気持ちは理解できなかった。

でもその反動からあんなふうな脱力モードになるのはなんとなくわかる。
きつい仕事を終え帰ってきたトールは床に転がったまま動かなくなるし
口には出さないが疲労困憊な顔したミカエルも
床に転がりはしなくとも座ると石みたいに動かなくなるし
自分だって遠出をして帰ってきた後はしばらく歩くのすらイヤになるくらいだ。

ともかくそれからしばらくしてフトミミがようやくプールから上がってきた
と、思ったらなぜかその表情が珍しく重たげだ。

「・・・しまった高槻、盲点だ」
「?何がですか?」
「あれは流されている間は楽しいけれど・・上がったとたんに身体が重くなる」

それはそれでちょっと意外な話だ。
なにせこの鬼神、いつだったか遊園地で仲魔数人のったコーヒーカップを
悪気はないけど鬼のように回したくって総グロッキーにさせ
その中でなぜか1人で平気だったのだが
さすがに何から何まで平気というわけではないらしい。

「はは、そりゃあれだけ重力の少ないところにずーっといたらそうなりますよ。
 なんなら今度は身体ならしのつもりであれ行きますか?
 大人でもすべれるみたいですし」

そう言って純矢がさしたのは下がプールになっている直線型のすべり台。
それは最近の曲がりくねったやつではなくまっすぐシンプルなもので
大人でも使えるだけあって角度もあり長さもそれなりにある。

「あぁ、なるほど。下が水だとあんな遊びもできるのか」
「上に上がるまでがちょっと手間ですけど
 普通のすべり台と違って着地を気にしないでいいのが楽ですよね。
 バージルさんはどうする?」

だがそう聞かれた途端、普段あまり表情を変えない彼がちょっと微妙な顔をした。
というのも彼は以前公園で遊んでいた子供の真似をしようとして
夕方こっそり子供サイズの遊具を使用しようとし、尻やその他の所をはさんだりつっかえさせ
一緒にいたケルベロスに救助を呼びに帰ってもらった経験が数度ある。

なのでもし今この着ているものが少ない状態でそうなったら
相当情けない事態になるとでも思っているのだろう。

「・・いや、あれは大人がやっても大丈夫に設定されてるからたぶん平気」
「なんならここで1人で待っているかい?」
「行く」

リスクが怖くて気は進まないが置いてけぼりはもっと嫌らしい。
そうして結局3人で階段をあがり上までくると
それほどではないと思っていた高さも実際に上から見ると
そこそこに高くてすべる角度も結構急だ。

「じゃあまず・・フトミミさんから。あ、一応下に人がいないか確認してからで」
「よしきた」

好奇心旺盛な鬼神は未経験かつトップバッターもまるで気にせず
周囲の人のやっているのを見て覚え、そこから一番に滑り降りていった。

が、最初なら多少の加減をしつつゆっくりすべっていきそうなものなのに
彼は一切の躊躇もなくすべるがままのトップスピードでどばしゃーんと水に突っこみ
周囲の客からちょっとした感嘆の声があがる。

いや確かに遊び方としては間違っていないのだろうが
控え目な外見に反して彼のやることは時々思い切りがいい。

「・・・あの人、見た目に似合わずたまに豪快だよな」
「・・・・」

バージルは沈黙で肯定する。
何も言わなかったのはあの鬼神に関してストレートに何か言うと
後でよろしくない事がありそうだという一種の防衛本能だ。

まぁそれはともかく今はそう混んではいないが次にすべる順番だ。

「じゃあ次、バージルさんやってみるか?」
「いや、俺はあれがやりたい」
「あれ?」

あれって何だと思って指された方を見てみると
小さい子供を抱えてお父さんらしき人がすべり台をすべっていく光景。
つまり一緒にすべるという事なのだろうが、その場合だと疑問が1つ。

「・・・ちなみに前と後ろどっち?」
「前」
「マジすか」

そりゃあれがいいと言うなら子が前で親が後ろになるが
体格からして明らかに逆だとか思わねぇのかよと思っても
この中身が微妙にかけている魔人に冗談めかした部分は見当たらない。

「・・じゃあバージルさんが前、俺が後ろで」
「よし」

つうか意気揚々と準備されても俺前がまったく見えないんですけど。

とか思いつつも一応後ろについて一緒にすべってみるが
前が見えないとどこで坂が終わるかがまったくわからず。

ごっ!
「いぎ!」
だぼーん!

終わり間際に尻を強打し、下手な着水をして鼻から水を飲むハメになった。

おかげでバージルには死ぬほど心配され
ツボに入ったらしいフトミミにしばらく黙って悶絶されたりしたが
まぁ良くも悪くも色々あるのが外出の醍醐味というやつだ。

「・・すまない母さん、ごめん、悪かった、母さんすまない」
「わ、わかったしもういいから、そんな必死ににあやまらない。
 あと人前でそれを連呼しない」

下が水でなければ土下座してきそうなほどあやまってくるバージルに
純矢は強打した尻をかばいながら苦笑いで誤魔化す。

あとフトミミに腹抱えつつ無言で笑わないでくださいとも言いたかったのだが
そんなたくさんの事をいっぺんにする余裕はさすがになかった。







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