情報屋兼仲介屋、エンツォ・フェリーニョは大いに迷っていた。

目の前にあるのは馴染みの便利屋の薄汚れた事務所。
手にはここ数日で舞い込んできた便利屋仕事の依頼メモ。

つい先日ここの店主に仕事を持ってくるなとは言われたが
エンツォはある程度を仲介料で食ってる身なので
いくらしぶられて断られたとしても多少は受けてもらわないと生活に困る。

だがしかし、いざ店の前まで来て気が付いたのだが
なにやら見慣れたその店の様子が妙なのだ。

店の正面にある扉は頑丈そうな真新しいものに取り替えられ
トンカンゴリゴリという木工の音、ざしざしと床をモップでこするような音
さらには『だーもー!ダンテさん邪魔だからじっとしてろー!』
という声まで聞こえてくる。

その音や怒鳴り声がなんなのかは大体の想像はついていた。
最近来たという店主の知り合いで、東洋系の少年を軸とした
やたら人数がいて統一感のまったくない得体の知れない集団のせいだろう。

店主はその集団をここに置き、さらに大事な用があるからと言っていたが
その大事な用というのが店の修理をすることだとも思えなし
それにさっき聞こえた怒鳴り声を聞く限り、店主が忙しいとも思えない。

仕事内容を書かれたメモを片手にエンツォは大いに迷っていた。

・・ダメで元々乗り込んでみるか。
しかし何か今中に入るとマズイような気もするし
アイツがちゃんとした来客の対応をしてるとも考えにくいし
かといってヘタに機嫌をそこねると仕事の件がマズイし・・

どがん! ゴッ ガッ ズザザザーーー!!

などと色々考えていると入り口の真新しいドアが撥ねるような勢いで開き
何かがツーバウンドして転がってきた。

「・・てぇ・・この鬼マゲ!何も蹴る事ないだろうが」
「あちこちで地味に邪魔してくれるから仕方ないだろう。
 いるだけならまだしも私は仕事の邪魔をされるのが大嫌・・・おや」

ボールのように飛び出し地面に転がった男を見下ろし
顔は穏やかなクセに何やらドす黒いオーラをかもしだしていた青年が
そこでようやくこちらに気付いて空気を一変させる。

「あぁ、確か以前の仲介屋さんだね。こんにちは」
「・・あ?あぁ・・うん、こんちは」

気はよさそうだが内面がやたらに怖そうなその青年
確か以前ダンテにゴタゴタの説明をしてもらい
そのまま飲んだくれかけていた時兄と一緒に迎えに来ていた
確かフトミミとか言う変わった名前をした男だったが・・。
・・でも今なんか大の男を普通にたたき出してませんでしたか?

などと思っているエンツォをよそに、見た目はごく普通の青年なフトミミは
ダンテの襟首をむんずと掴んで、やっぱり普通に放り投げてきた。

「挨拶ついでに悪いのだけれど、それをどこかへ持っていってくれないかな。
 ろくに手伝いもしないくせに掃除と修理の邪魔になって仕方ないんだ」
「・・オイだからそこの鬼野郎、ここはオレの店だろうが」
「壊した元凶は君達で、経費の大半はこちら持ちだが何か?」

エンツォに詳しい事情はわからないが
その時そのフトミミとかいう青年の背後に何かの雑誌で見た
ニホンのオテラという所にあるごっつい門番みたいなのが見えたとか。

「え〜・・・えーと・・、何があったのかは聞かねぇ、ってかむしろ聞きたくねぇけど
 実は俺ダンテに仕事を持ってきちゃったり・・したんだけどなーなんて・・」
「・・だからオレはしばらく休暇だって言ったろ。帰れ」
「けど前にやった分の評判がよくていい額の仕事が・・」
「オレが金額で仕事を選んでないのは知ってるだろ。
 そもそもトリッシュとレディはどうした」
「いや知ってるしそれも考えたけど
 あのお姉様方に頼むとヘンな気遣いとか仲介料がいるし
 依頼が気にくわなかったら後で俺から迷惑料取ろうとするんだぜ?」
「そこはオマエの口と腕の見せ所だろうが。オレは今休暇中だ」
「ダンテ〜〜〜・・」
「ちょっといいかな」

効きはしないだろうが泣き落としにかかろうとしていたエンツォの横から声がかかる。
それは黙って事の成り行きを見守っていたフトミミだった。

「今仕事と言ったけど・・もしかして便利屋の?」
「そうなんだよぉ、ダンテがこれ受けてくれないと
 俺っち明日から路頭に迷うかこの街にいられなくなるんだよぉ」
「・・・そのセリフを情けなくて気色の悪い声で使うのは一体何万回目だ」

などというやり取りをさらりと無視し
フトミミは差し出されたメモの数々をざっと見たが
英語が読めないのと同時にその字があまりに達筆なため軽く首をかしげ
『ちょっと待っていてくれ』と言い残し店の中へ戻っていった。

どうやら見かねて何とかしてくれるらしいのだが
それより1つ気になることがあってエンツォはこっそりダンテに聞いてみた。

「・・おい、あれって普通そうに見えるけど
 やっぱ・・なんかワケありなヤツなのか?」
「詳しくは話せないが当たりだ。
 外見はあんなだが中身はここらのマフィアが束でかかっても
 顔色1つ変えず素手で全員半殺しにできるようなヤツだから気を付けろ。
 だがそれ以外では何でも器用にこなすヤツでもあるから安心しろ」
「・・・・」

その説明の仕方でどう安心しろってんだ

とエンツォは青い顔をして内心やっぱ来なければよかったとも
本気で走って逃げようかとも思った。

だがそうこうしているうちにフトミミは軽い手荷物とダンテの上着
それとやはり見たことのある女を連れて戻ってきた。

「許可が下りたよ。困ってるのを見捨てるのはかわいそうだから
 差し障りのない程度に手伝ってもいいそうだ」
「?え〜と・・それって?」
「まさかオマエらがオレの代わりに便利屋をするって話なのか?」
「全てを引き受けるかどうかは内容次第ですが
 こちらで資金が調達できるならそれに越したことはないとの判断です」

手帳片手に交渉要員として出てきたのだろうサマエルは
手にしていたメモを数枚エンツォに渡し、感情のない声でさらに説明した。

「という事情ですのでこの分の依頼はこちらでお引き受けしましょう。
 ただ私どもはあまり長く滞在する予定はありませんので
 あまり後に尾を引くような依頼は出来ないと、事前に知っておいていただければ」
「へ?で・・でもアンタらって最近ここに来たばっかりで・・」
「大丈夫だよ。これでも経験したバイトの数は2ケタを越えているからね」
「それに私どももこの周辺の土地や状況の事も把握しておきたいので
 こちらの勉強料として料金の30%ほどを仲介料にお回ししておきますが
 それでよろしいでしょうか」

そう言われてしまうと反対する理由も見当たらないので
エンツォは不安と下心の半々入り交じったヘンな愛想笑いをした。

「え〜・・そんじゃあ、ちょっとだけお願いしちゃおうかな」
「・・ちょっと待て、それはオレに来た依頼でオレが選別してないだろ。
 ヘンな依頼を受けて成功したならこれからずっとそのヘンな依頼が
 オレの意志と関係なく勝手に転がり込ん・・で!

だがダンテの抗議はべしゃと遠慮なく飛んできた上着で中断する。
見るといつも通り人の良さそうな笑顔に妙な迫力を貼り付けた鬼神が
自分の手荷物の確認をしつつこう言い放った

「誰が私たちだけで全部請け負うと言ったかな?
 もちろん君にも立ち会ってもらうんだよ。今からすぐに」
「ハ?」
「先程も言いましたが私たちはまだこの土地に慣れてはいません。
 それに店主が直々に私どもの事を臨時のバイトとでも説明しておけば
 後々の問題は起こらないでしょう」
「オイちょっと待て、だからオレは休暇で・・」
「どうせ今そこにいても役に立たないんだから
 仕事の出始めに立ち会うくらいはしてもらわないとね。
 えっと、車はそこにあるのでいいのかな」
「へ?あぁ・・はいそですが」

何が何やらわからないまま立ちつくすエンツォをよそに
一見普通の東洋人に見えるフトミミという変わった名前の青年は
自分より大きいダンテをちょっとボロになってきた車の中へあざやかに蹴り込み
その後にサマエルが何事もなかったかのように乗り込む。
ダンテは中でちょっと騒いでいたが、サマエルに何か言われたのか
諦めたのかすぐ静かになった。

そして最後に妙な迫力と見た目に合わない力を持つ青年が
運転席のドアをごく自然に開けてくれる。

「それじゃ案内の方、お願いできるかな」
「・・・・・うぃ」

仕事はこの上なく上手くいきそうなのに
なんだか地獄の門番に首根っこをとっ捕まえられたような気分で
エンツォは開けられたドアからのろのろと運転席へ乗り込んだ。





「・・行ったかな」
「そのようだ」

ボロなのかちょっと変な音を立てつつ去っていく車を見送りながら
玄関の隙間で見守っていた純矢とミカエルがつぶやく。

その後ろには留守番と再建を担当する事になっている仲魔の面々がいて
ドアが閉まるのと同時に全員ホッとしたような顔をした。

「・・まったくもう、いた方がいいのかと思ったら
 いたらいたでやっぱり邪魔だなんてどんな家主だよ」
「愚痴をもらした所でどうにもならんな。
 とにかく奴がいない間に出来る限りの事をしておこう」
「・・そうだな。フトミミさんたちは抜けちゃったけど、やる事はたくさんあるし」

そう言って純矢は残っていたメンバーをざっと見渡し
可能な仕事範囲をざっと頭で考え、仲魔達に戦闘ではない指示を出していく。

「えーと、ますトールとミカはここの修理で
 ケルとマカミ、あとピッチは手分けして片づけとゴミ出しを頼む。
 俺とバージルさんは台所周辺をもうちょと何とかして、夕ご飯の仕度だ」

ちなみに少し前存在が発覚した魔具達は
ダンテの所有物として数には入れていない。

それにマザーハーロットとネヴァンはまだ遊びに行って帰っていないし
アグニとルドラは見たまんまの剣で仕事は無理だし
氷棍のケルベロスも未だに沈黙を守っていて
壁に作られた真新しいフックにアグニ達と一緒におさまっている。

そして魔具の中で唯一自力で動けるようになったベオウルフはというと
スパーダが見当たらないので別に誰の邪魔をするでもなく
あちこちウロウロふんふんと嗅ぎ回っていた。

そして上から見ると黒いボールが転がっているようなそれを前足でさし
マカミが不満げな声を上げる。

「エ〜?おれモ雑用〜?
 ダッタラソコデウロツイテルくまモ数ニ入レロヨ」
「・・アレハ元ココニアッタ物ナノデ使役ハデキント主ガ判断シタノダ。
 ソモソオ前モサッキ出シタごみ(ダンテ)ト一緒ニ放リ出シテヤリタカッタガ
 ソレハソレデ余計ナとらぶるヲ招キカネンダロウ」
「・・実質悪魔狩りとあまり変わらぬな」

そう言って不機嫌そうに鼻にシワをよせるケルベロスや
呆れたように腕を組むトールを気にもせず、マカミはけっけと首をかいた。

「シカシソレニシタッテ来テ早々色気ネェナァ。
 コンナ外国クンダリマデ来テマズスル事ガ掃除ヤ片ツケナンテヨ」
「珍しい場所に来て色々したい気持ちはわかるけど
 まずは滞在する場所をちゃんとしておかないとダメだろ?
 ちゃんと片づいたらそこにある剣達といくらでもおしゃべりしていいから」

そう言って純矢が指したのは壁にかけられた変なノコギリ
・・もとい壁に綺麗にかけられちょっとアンティーク風になったアグニとルドラだ。

実はマカミ、気のないふりをして何度も前を通り過ぎていたが
よくしゃべるというのが気になってチラチラ見ていたのを純矢は知っていたのだ。

「オ、まじデ?イイノカ?」
「あんまりヘンな話とか俺が困る話とかじゃなければな」
「オー!ヨッシャ!ナラスル!
 ササットスマセテあいつノ昔話トカ恥ズカシイ話トカ聞キテェ!」
「ほほう、我らの話を聞きたいか。それは楽しみだな兄者」
「うむ、先程から見ておればかなり口の回りそうな悪魔だったからの」

などと布っぽい犬アンドオッサン顔の剣というヘンな組み合わせは
何かする前から意気投合する気満々だ。

しかし純矢としてはその剣の横にある氷の魔具が密かに気になっていた。

それは周りの騒ぎに一切反応せず、ただひたすら沈黙を守っていて
ちょっとでもいいから動くか喋るかしないかなとは思いはするが
本体がそうする気もないのにそれを強要する気にはなれない。

まぁいいや、そのうち仲良くなれるだろうと
純矢は前向きに考えて仲魔達に向き直った。

「よし、それじゃみんな手分けしてやろうか。
 今日中に全部綺麗にやれとは言わないけど
 せめてダンテさんが帰ってくるまでにはまともな住居にしてやろう」
「ではそのように」
「了解ダ」
「承知」
「ヴォアオ」
「ウッシャ、トットト済マセヨウゼ」
「・・あれが帰った瞬間無駄になる可能性もなきにしもあらずだが」

今までずっと黙っていていきなりそんなダメ出しをした兄の頭を
再生の母は落ちていた雑誌でべんとはたいた。





「さてと。ちょっと慣れない場所だけど夕ご飯の仕度しないとな。
 ダンテさんは宅配でもいいとか言ってるけど
 人手も場所もあるのにそれはもったいし
 滞在中ずっとそんな事してるわけにもいかないしな」
「だがわざわざこちらの経費をはたいて奴に食事を作らずとも・・」
「バージルさん」
「・・・・・」

今この場に弟がいなくてもやっぱり兄弟で反抗的な兄を軽くにらむと
バージルはムッとしつつも目をそらして黙った。

目立ったケンカや殺し合いはしなくなったが
やっぱりこの兄弟間の修復に時間が掛かりそうだと純矢は内心ため息をつく。

「とにかく、宿代はタダになってるんだから
 その分くらいは何かしないと居づらいだろ?」
「だがまともな宿を取った方が掃除の手間が・・」
「バージルさん」
「・・・・・」

どうやらあまり口には出さないが、兄はここがお気に召さないらしい。

そりゃ確かにちょっと家捜ししただけで変な悪魔が出てくるし
ろくに掃除もしていなければちょっといただけであちこち吹っ飛んで修理がいるし
出歩くにも治安が悪いし店も遠いし、滞在するには快適とは言い難いが
それ以前にここは最終的にバージルを戻そうとしている場所なのだ。
こうのっけから不機嫌でいられては純矢的に困る。

「・・色々気に入らない所もあるかも知れないけどさ
 ここは元々バージルさんやスパーダさんがいた土地なんだろ?
 つまり故郷みたいなものなんだから、そうふて腐れない」
「・・・・・」

ここへバージルを戻すという計画は本人にはまだ話していないが
口に出さずとも本人にはなんとなくわかるのだろう。

ムッとした表情の中に少しの寂しさをにじませ出した魔人の頭を
すっかり母代わりの定着した少年が笑って軽く撫でた。

「とにかく晩ご飯作ろうか。
 お腹がふくれればちょっと気が収まるだろ。
 とりあえずそこから肉出してくれ」

そう言って指されたのは元からキッチンにあった
そう大きくないシンプルな形の冷蔵庫。
それはやはり1人身だけあっていつも見る家の冷蔵庫より二回りほど小さく
あまり物が入るような大きさではない。

「・・母さん、1つ聞くが・・」
「?あぁ、それ?小さいから物が入りそうにないんだろ?」
「これで今いる人数をまかなえるのか?」
「それなんだけど・・今いる人数でそのサイズじゃあんまりだからって
 ミカがここにいる時にだけ使う新しい冷蔵庫を注文してくれたらしいんだ。
 明日には届くって言ってたから、それまではそれで我慢だな」
「では今日使う食材は・・」
「その中にギリギリ入ってるよ」

半信半疑で小さな冷蔵庫を開けてみると
中にあったのは酒か何かのビン数本と、封の開いたジュース・・だったもの。
あとつまみになりそうなチーズやハムがちらほら。
そして最近買ったと思われる生肉が大きいサイズで1パック。

他に使えそうな物・・というか食材らしい物は一切ない。
野菜室など元からなく、冷凍室も古そうなアイスが2つ入っているだけだ。

多少の想像はしていたが、一体どこの子供か飲んだくれオヤジだと思いつつ
バージルはその中から買い足されたと思われる肉を取った。

「これか?」
「うんそれ。後使うのは全部そこに入ってる」

そう言って指されたのは段ボールにゴロゴロ入った
タマネギやジャガイモやニンジンなどの根菜類。

どうやら最初からこの冷蔵庫の事を見越して
今日のメニューは構成されているらしい。

台所担当のブラックライダーがいないとは言え
さすがに母は偉大だとバージルは変な事で軽く感心した。

「ん?なに?俺の顔に何かついてるか?」
「・・いや、何でも。それで何を作るつもりだ?肉じゃがとおにぎりか?」
「いやさすがにそう連日おにぎりばっかりじゃ・・」
「まったく飽きない」

びし

速攻で言い切った白飯好きの魔人に純矢は黙ってチョップをした。

粗食が好きなのは悪いことではないが、それを外で言い過ぎると
『まぁあの人のおうちお米しか買えないのねかわいそうに・・』
とかいう貧相な誤解をうむからだ。

「・・とにかく今日はカレーライスにするぞ。
 荷物にちょっと大きめの鍋があっただろ。それ用意してくれ」
「カレー・・ライス?」
「あ、そうか。ブラックが作ったことないから知らないか。
 簡単だぞ?材料きって煮るだけで多めに作れるし滅多に失敗しないし。
 あと外でも簡単に作れるから林間学校とかキャンプでも定番の料理なんだ」
「・・・・・」
「ハイそこ。不思議そうな顔してないで手を動かす」

まだ冷蔵庫の前でお肉片手にしゃがんでいたバージルにぺいとエプロンを投げ
純矢は結構な量が入っている食材の段ボールに手を突っ込んだ。



まず2人で色違いのひよこのアップリケ付きエプロン(何のつもりかハーロット製)を装備し
まとめ買いした食材のダンボールからドカドカと野菜を出す。
あと用意するのは大きなナベとご飯を炊くナベ。

準備はそれだけだ。
ご飯の仕度をしたら出した野菜の皮をむいて一口大にし
肉も同じく一口大に切るだけ。

「・・それだけなのか?」
「うんそれだけ。あとは順番に鍋に入れてちょっと炒めて
 水をたして煮て、煮えたころにその箱のルーを入れるだけ」
「つまり煮物の部類になるのか」
「そうだな。あ、ジャガイモは煮くずれするから入れるのは後の方で」
「成る程」

などとかりかりと手際よくイモの皮をむいていく純矢の横で
納得しながらニンジンの皮をむいていたバージルは
しばらく作業に没頭して、ふいに変な違和感を感じ手を止めた。

・・何か・・いつもと違うような気がするが。

確かいつもこうしている時横にいるのは無口な初老の男だが
それでも純矢が隣にいて違和感を感じることなどまずないはずだ。

調理中だからか?
いやしかし純矢もたまには台所に立つし
いつもと違う場所であるにしても妙に雰囲気が違う。

ではなんだと手を動かしつつ考えていると
ニンジンの皮をむききったあたりでその答えは出た。

純矢は仲魔という関係をずっと保持しているがため
学校という所に行く以外ではつねに十数体の悪魔に囲まれている。

もちろん自分もその内の一体に入るわけなのだが
先程役割分担をされたため、今は自分以外の他に誰もいない。

それすなわち、確率12分の1の
いわゆる2人きりというヤツだ。

どし



イモの皮を半分むき終わった所で横から妙な重みがくる。
何だと思って横を見ると、相変わらず無表情なバージルが
皮をむいたイモの芽を取りながらくっつくのともたれるのを同時にしていた。

「・・おぅい、バージルさん、重いんだけど」
「気にするな」
する!包丁使うし危ないからちょっと離れる!」
「断る」
「なんで!?」
「普段いつも誰かがいる状況でこうして2人になるのは珍しいからだ」
「・・そりゃそうだけど、今はごはん作ってる最中だろ。
 もうちょっと後するとかなんとか・・」
「今の俺には今この瞬間がごはんを作るよりも重よう・・れ・・・」

などとやっているとバージルの後ろからすいと手が伸びてきて
淡々と喋っていた頬がぎゅうと片方にのびる。

「こら。甘えたい気持ちはわかるが
 料理をしている時は邪魔をしてはいけないと母さんに教わらなかったのか?」

その声は穏やかに聞こえてもその力たるや強力で
必死でふんばるバージルをスパーダはじりじりと強制的にどかし・・

ちゃっちゃかちゃかちゃかちゃか 
がぶ

た、と、思ったら今度はその後からかわいい音が走ってきて
スパーダの尻のあたりで生々しい音をさせ、その顔が一瞬マジに引きつった。

「・・父ひゃんこそ、いきなり出てきれ変はもろを連れへふるな」
「・・・・・・勝っ・・手に来るのだから仕方ないだろう。
 とにかく独占したくなる気持ちはわかるが・・少し離れなさい。
 あとジュンヤ君・・すまないがこの黒いのを取ってくれないか。・・さすがに痛い」

などと包丁片手に父を押しのけようとし
その頬を掴みつつ尻にかじりついたケモノをどけようとしたり
ヴーとうなりながら踏ん張ってるクマなどをいっぺんに見るハメになった純矢は
頭を抱えてうずくまりたくなる気持ちを何とかおさえて小さく言った。

「・・・あの・・さ・・仲がいいとか悪いとかうんぬんは別にして・・
 よその台所でワケわからない愛憎劇展開するのやめようよ・・・」





トントントン ことこと ガリガリガフガフガリ

放っておくとまた変な事になるのは確実なので
結局手伝わせる事になった連中を加えたキッチンからは
小気味のよい音や何かを無心にかじるような音が聞こえてくる。

バージルはブラックライダーからある程度の指導を受けているので
料理の下ごしらえや調理の仕方はほぼ完璧だったが
どういったワケかスパーダも器用に包丁を使いこなしている事は
ちょっと不気味・・いや意外ではあったが。

聞けば『年寄りだからね』という変な答えが返ってきたが
様子から察するに人間だった奥さんに教わったか
奥さんのためにと自力で覚えたのかのどっちかだろう。

覚えなさいと強制された可能性も否定できないが
とにかく思いがけず人数の増えた夕食作りは意外に早くすみそうだ。

ちなみにベオウルフはそっちよりこっちの方が美味しいぞと
純矢に出された果物類をバリバリ食べるのに忙しい。

「しかしこうして息子と肩を並べてキッチンに立つなど想像もしていなかった」
「・・それはこちらのセリフだ。
 そもそもここまで行動が可能なら何故今まで身を潜めていた」

イモを切りながらぽつりと言われたその言葉に
スパーダはニンジンを切っていた手を一瞬止めて話し出した。

「・・私は人の世界を守る代償に、たった1人の妻や小さな家族1つも守れず
 今も生きているとも死んでいるともつかない中途半端な身になってしまった。
 それがどうしておめおめと子供達の前に現れる事ができるだろうか
 ・・と、少し前まではそう思っていた」
「過去形か?」
「あぁ。お前に存在がばれる以前
 ジュンヤ君にその事を話したら・・軽くしかられてしまったんだ。
 それを決めるのは私ではなくお前達だとな」

バージルは一瞬目を見開いて
ベオウルフに隠し味用のリンゴを切ってやっている純矢を見た。

早くよこせとばかりに足元をチョロつくクマを笑ってなだめながら
リンゴをむいてやっている自分達よりも年若い少年は
あまりそうは見えないが時折自分達よりもずっと年上のような行動に出る事がある。

それは彼の経験してきたボルテクスという世界の経験からくるものなのか
それとも彼自身の性格なのかは分からないが
そう言われるとなぜだか不思議と違和感がない話だ。

「・・母さんらしいな」
「・・そうだな。まだ歳若いというのにしっかりした少年だ。
 少年にしておくには実におしい」
「・・・・・・」
「ははは。そんな目で見ずとも私とて常識はわきまえるさ。
 時と場合と気分によるが」

がっ 
ゴッ

踏みつけようとした足は寸前でかわされ
かわりに音速に近い頭突きが返ってきた。

「こらスパーダさん!包丁使ってる最中に暴れない!」
「暴れてはいない。ちょっとしたスキンシップだ」
「・・・・」

確かに見た目はちょっとだか一瞬頭蓋骨で変な音がしたバージルは
取り落としかけた包丁を握り直して無言の抗議をする。

しかもよく見ると父の切ってたニンジンが数個、一体いつの間に細工したのか
どっかで見た怖い顔の赤い石風になっていた。

バージルは痛む頭を気にしつつ無言でそのレッドオーブ風のニンジンを掴むと
ミキサーにも劣らない速度でバラバラに切った。

「あ、こら何をする。せっかく作ったのに・・」
「食物をクリーチャー風に作り変えるな!」
「ではこちらのイモをゴールドオーブ風に・・」
「するな」
「ちょっとした飾り包丁・・」
やめろ
「・・・・・ジュンヤ君、バージルが冷たい」

あぁ・・やっぱりダンテ追い出しただけではダメなのかとちょっと哀愁にくれながら
純矢はナベの中身をかき回しながら仕方なしに言った。

「・・・あの・・手伝いたがるのはかまいませんけど
 もう変な騒ぎとかケンカとか暴動とか起こすのホントに勘弁して下さい。
 俺にだって止められる限度がありますから」

そう言うとひよこアップリケのエプロン(予備)が死ぬほど似合わない
いろんな伝説更新中の父はちょっと考えた。

「ここは君の家ではないのだから別に気にする事ではないと思うが」
「そりゃそうですけど、だからこその不安もあるんですよ。
 自覚ないかも知れませんけど俺もみんなもスパーダさん達も全員悪魔なんですから
 何かするたびにもめ事起こしてたら、ここと俺の身が持ちませんよ」
「ここはともかく君もなのか?」
「ミカやサマエルやフトミミさんが止めてくれる事もあるけど
 最終的にまとめなきゃいけないのも最終的な責任も全部俺じゃないですか」
「・・ふむ、それもそうか」

りんごをきっちりしんまで食べ
残したタネだけをぷっと飛ばしてきたベオウルフの攻撃をひょいとかわし
父は何を思ったのかこんな事を言い出した。

「では誰とももめごとを起こさず
 最低限この家や周囲を守り、適度な仲裁ができる者がいればいいのかな?」
「はぁ、大まかにそんな事ができるとありがたいですけど・・」
「そうか。では適任を紹介しよう。あまり友好的とは言えないが好戦的ではないし
 何より忠誠心は旺盛だ。きっと力になってくれる」

その何でもないようで何を言っているのか不明な口調にバージルがぎょっとした。

「・・まさか、あれに形と任を与えるつもりか?!」
「一カ所の守りと使命を与えるとするならあれほど適した者もそういまい」
「だがあれもあの場所にあった危険な物だ。
 元ほどの力がないとは言え危険過ぎる!」

どうやらバージルはスパーダの話している事の事情を知っているらしいが
それよりも深い事情を知っているらしい父はあまり動じず
使っていた包丁を洗いながらさらに続けた。

「しかしあれは元々私があそこに配置した物だ。
 それにあれはあれだけの騒ぎの中きちんと自分の立場をわきまえ
 自ら動こうとはせず未だ単独で沈黙を守っている」
「それは・・そうだが・・」
「大丈夫、あれは本来任務以外ではそう獰猛ではないのだし
 好かれやすいジュンヤ君にならきっと牙をむかないさ」

何やら2人はその正体不明の何かについて事情を知っているらしいが
あれというものが一体物なのか者なのかもわからず
事情を知らない純矢にはさっぱりでただ首をかしげるしかない。

純矢がその答えを知れたのは
色々あってちょっといびつになった具材達が煮え
後はカレーのルーを入れるだけになったころの話だった。





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