「・・・・さ・・ん・・・ダ・・さん!」

ホコリをはらうように軽く身体をはたかれ
途切れ途切れに聞き慣れた声が聞こえてくる。

何だと思って重くなっていた目蓋をこじあけると
心配そうにこっちを見ていた金色と目がぶつかった。

それは今まで見たどんな色よりも綺麗な金色をしていて
その顔や手にある正確な模様は
まるで何かの道しるべのように自ら薄く光っている。

誰だったかな、綺麗だけれどと一瞬思ったが
少ししてそれはあの少年が持つもう一つの姿だった事を思い出した。

そしてそこでようやく今まであった状況を思い出し身を起こそうとすると
細いラインの入った腕があわてたように止めてくる。

「あ!ちょっと待った!スパーダさん回復スキルちゃんと効かないから
 急に動かない方がいいですよ」

そう言われて素直に動くのをやめ、ゆっくり周囲を見回してみると
自分が叩き飛ばされた場所から少し移動しているのに気がつく。

おそらく崖下では土砂が崩れてきて危ないというので運んでくれたのだろう。
だがその手に例の凶暴な魔具はもう存在していなかった。

「・・・あれは・・どうなった?」
「とりました。ゼロスビートぶち込んでかなり無理矢理でしたけど」

事も無げにそう言って、ジュンヤは両の手の平を見せてくれる。

そこにさっきまであった黒い装具はもうなく、少し視線を動かしてその向こうを見ると
森に穴をあけるような感じのクレーターができていて
その中心に問題の魔具が所々欠けた状態でゴロゴロ転がっていた。

さすがに普段大人しそうでも本気を出すとその力たるや凄まじいらしく
申し訳なさそうに頭をかくジュンヤを見ながらスパーダは内心感心した。

「・・・すみません。最初からこうしてればよかったんですけど
 いきなりでちょっとビックリして・・」
「・・いや、君が謝る事ではない。それより君の方が・・・」
「?あ、これですか?」

そう言われて今気がついたように少年は生身の手や足をさすった。

一見して何もなかったように見えるその手足は
膝から下、肘から先にあった衣服のたぐいが全部消し飛んでいて跡形もない。

しかしそれでもジュンヤはスパーダの頭に残った土をはらいながら
ごく普通に、いつも通り笑った。

「スパーダさんに比べれば大した事ないですよ。
 着替えはちゃんと持ってきてるし、靴も予備に一足だけ持ってきてありますし」
「・・・・・」
「ただ靴の方は次おじゃんにすると裸足ですから
 早めに次の予備を買わないと」

こっちは靴をぬぐ習慣がないみたいですしねとのんきに笑うジュンヤに
スパーダはぎゅうと心臓を掴まれたような気分になった。

だってそんなに気楽に笑ってはいるが
残った衣服は部分的に焼けこげているし
その顔には少しだが血が飛んでぬぐったような跡が残っている。

すでに完全な治療はしてあるようだが
あの魔具があれほどになる攻撃を自分に向かって撃ち込んだのだ。
そんな荒行をやらかしておいて痛くなかったはずながない。

この少年とはあまり深く関わらない方がいいと言った古い友人の忠告が
その時急に重みを増してのしかかってきた。

そうして急に黙り込んでしまったスパーダにジュンヤは首をかしげる。

「?あの・・大丈夫ですか?まだどこか・・」

と、言いかかって少し前の事を思い出す。

・・そう言えば・・真剣に助けてくれようとしてたからプライド的に傷つけたかな。

そんな当人の思惑とはちょっと違う事に気付いた少年は
ぱたぱたと手を振って慌てたようにフォローした。

「・・あ、ほら、そんなに気にしなくても大丈夫ですよ。
 俺はもうなんともないし、アレもちゃんと取れましたし
 それに元をたどれば不用意にあんなのに触った俺にも責任があるんですし」
「・・・だが私は・・あまりにも無力だ。
 かつてほどの力がないとは言え・・君1人まともに助ける事ができなかった」

あ、やっぱりそっちの事で落ち込んでるのかと思いはするが
その重み度合いがかなり違う事まではまだ経験の浅いジュンヤは知らない。

そしてスパーダはしばらく額を押さえていたかと思うと
疲れたように息を吐き出しながらこんな事を言い出した。

「・・・呪い・・だな・・これは」
「へ?」
「卓越した力を持ちながらこうして肝心な所で無力になってしまうのは・・
 魔界を裏切った私と、その血族達に課せられた呪いなのかも知れん」

まず最初に妻であった最愛の女性
それを皮切りに家族はバラバラになり弟が兄と殺し合いになり
自分は自分で未遂とは言え再度大切な者を守ることができなかった。

それぞれ全てが何かをなくし、それぞれが苦しんで
それぞれがどちらにもなりきれず、それぞれが苦しむハメになっている。

「・・・滑稽な話だ。私は死してその呪縛から逃れたと思えば
 未だその見えざる手に捕らわれたままだとはな」
「・・・・」
「・・・すまないジュンヤ君、やはり私は・・息子達の父を名乗る資格も
 君の近くにいる資格すらも・・」

びす

などと1人でズルズル沈んでいると、いきなり脳天に鈍い衝撃が落ちてきて
あれだけの攻撃を受けて無事だった片眼鏡がちょっとずり落ちた。

え?と思ってずれたレンズから向こうを見ると
かなり憮然とした顔をした少年が手刀を片手に仁王立ちになっている。

あれ、何か怒らせるような事したかなとスパーダは疑問に思うが
ジュンヤは手刀を作ったまま真っ直ぐに言い放った。

「落ち込んでる所すみませんけどきっぱり言いますよ。
 俺、正直そういったむずかしい話どうでもいいです」
「え・・」

そんな簡素に冷たいと思っていると、手刀が頭にびすと落ちてくる。

「あの魔具とスパーダさんとの間で昔何があったかとか
 昔どれだけ強くてどれだけ敵がいてどれだけ恨まれてて
 どれだけハッスルし過ぎてどれだけオイタをしてどれだけのツケを残して
 そのどれくらいが息子さん達にいってるのか何とかかんとか
 もうそんなもん、俺からすればマジで、どうでも、いいん、です、よ」

びすびすびすびす大根を切るようなリズムで頭に手刀が落ちてくる。

そうこうしているとしつこく残っていた方眼鏡が振動に耐えかね
ぽろりと顔から落っこちた。

しかも気づけば少年の顔にあるのは怒ったような無表情だけ。

・・あれ?もしかしてひょっとして・・キレてますか??

そう言えば以前マザーハーロットが
『主はキレると心底怖いぞ』と冗談まじりに話していたが
まさかこれがその状態なのだろうか。

などと内心ダラダラと冷や汗を流していたスパーダに
ジュンヤはようやく手刀を解除し、その手を腰にあてながら呆れたように言った。

「・・大体そもそもですよ?俺まだ2ケタしか生きてない上に
 悪魔になって日も浅いってのに、そんな話されてもしょうがないじゃないですか。
 それに何より俺まったく関係ないし

ぐさり

プリンかゲルでできてるんだろうスパーダのハート(ダンテ推測)に
ちょっと巨大なクイが刺さる。

普段が優しい分こういった素っ気ない言葉はよけいに効くものだ。

だがしばらくしてジュンヤは急に大きなため息をつくと
落ちていた片眼鏡を拾い上げ、がーんという顔をしているスパーダに差し出した。

「だから・・もういいんですよ。
 俺はこんなになったけど、手も足も無事だったんだし
 スパーダさんもボッコボコになったけど死・・じゃなくて、消えずにすんだんだから。
 今とか昔とか、メンツがどうとか別として、もうそれでいいじゃないですか」

そして今回最も被害を被ったのだろう少年は
呆然としているその手に眼鏡を握らせてくれながら
照れたようにこう付け加えた。

「それとまぁ・・・あんまりいい事じゃないんだろうけど
 俺もなんかこんなの、慣れちゃいましたしね」

そうして少年は金色の目を細め、頭をかきながら笑った。

それはついさっきまであった戦闘が嘘だったような
子供が遊んで泥だらけになって家に帰ってきたような、そんな笑い方だった。

スパーダは返された眼鏡片手にしばらく間抜けな顔をしていたが
その様子につられたのか、やがて表情を崩し声を立てて笑い出した。

そこはあまり笑うような状況ではないような気もしたが
スパーダは言われた通りなんだかもうどうでもいいような気になって
今さっきとか昔とかの事は考えず、ただ今が可笑しくて
しばらく意味も理由もなく、二人して声を立てて笑い合った。





ガリバキボキガリガリ  
バウン! バキドゴーーン!!

木の枝を盛大にへし折りギリギリ走れるような場所を爆走していたバイクが
急に開けた場所へジャンプし、壊れる寸前みたいな音を立てて着地する。

いや、実際あまりに無茶をしたため着地時に部品が数個飛び散ったのだが
ちょうどそこでバイクの役目は終わったようなものだ。

だって森の中いきなり開拓地みたいになったその場所には
見覚えのある紫とタトゥーを光らせた少年が一緒に座り込んでいて
こっちを見るなりのん気な様子で手をあげたのだから。

「あ、ダンテさんこっちこっち」

暗い中で目立つ少年が手をひらひらさせてこっちを呼ぶ。
見た目にケガはないもののその手足にあったはずの靴や衣服が消失していて
無事だったかどうかはかなり疑問だ。

ダンテは表情を険しくしさらにアクセルをふかそうとしたが
それより先に後ろにあった重みが急に消える。

あ、と思ったがそれはこういった時考えるより先に行動が出るらしく
気がついた時にはもう砂煙を上げてジュンヤの前で停止していた。

母さん!!
「あ、大丈夫大丈夫。靴とか袖はなくなったけど、手足はちゃんとあるだろ?」

そう言って差し出された手を素早くくまなく確認し
異常やケガがない事をきっちり確認してから
バージルはそこでようやくホッとしたのか肩の力を抜いてへたり込んだ。

その様子に横で同じように座り込んでいたスパーダがちょっとムッとする。

「・・で、私の心配はしないのかバージル」
「・・何言ってる。そもそもの原因はオヤジなんだし
 元から心配されるようなタマでもないだろうが」

がしゃんと使用済みバイクを捨てて歩いてきた実の息子にさらりと言われ
伝説の父は膝を抱えて丸くなった。

「・・・ジュンヤ君・・・息子達が冷たい・・・」
「こらこら!せっかく落ち着いたのにまた変な事でもめるな!
 スパーダさんだって頑張ってくれたんだからそんな目で見ない!」
「で、結果的にアレをはずしたのは?」
「・・・(手上げて)ごめん俺」
「・・・・・・(地面にのの字を書き出した)」
「だーッ!もういいって言ったじゃないですか!
 俺も気にしないからスパーダさんもしつこく気にしな・・!」

『・・・ゴ・・アァア・・!』

ガシャチャキガチャ

わずかに聞こえたそのうめき声に反応し
3人分の銃刀類がいっせいにそちらを向く。

その声が発せられたのは思った通り
ボロボロになって転がっていた黒い装具からだ。

『・・お・・のれ・・おのれぇええ!!そこに・・ッ!いるのだろう!!
 スパーダとその忌々しき・・血族共めェええ!!』

パシ・・パシン!と切れかけた蛍光灯のような光を発しながら
それは声だけでも這いずって来そうなうなり声を上げる。

さすがに古来から存在する悪魔なのかそれともその恨みが相当に深いのか。
しかしどちらにせよその魔具はまだ復讐する気満々でいるらしい。

ダンテは無言で銃を2つとも引き抜くと、そちらに向かって歩き出した。

「え?ちょっとダンテさん・・どうする気だ?」
「決まってる。オイタの代償を精算するんだよ」
「壊す気なのか!?」
「オレがいない間にこれだけの事をやってくれたんだ。
 本当ならガッチリ痛めつけてから送ってやってもいいが
 これ以上時間をかせいでまた寄生されでもしたらやっかいだ」
「ちょ、ちょっと待てよ!だからって何もあんな状態で・・!
 それに!元はと言えば俺がうかつに手を出し・・いっ!?

止めに入ろうとした腕は手加減のない力で掴まれ
ねじり上げられたかと思うと鋭い目と視線を無理矢理に合わせられる。

「・・悪いがオレにごまかしは通用しない。
 いくら平気な顔してようがオマエがどんな無茶をしたかくらいはわかるさ。
 それともまさかそんな状態でオレが想像がつかないとでも?相棒」
「う・・」

悪さをして捕まった子供よろしく掴み上げらたジュンヤは
しばらく何か言いたそうに唇を噛んでいたが、やがてしゅんとおとなしくなる。

ダンテはそれを確認してから掴んでいた手を放し
うつむいてしまったその頭にぼんと手をのせて軽く撫でた。

「・・オマエのその性格はキライじゃない。
 だがな、アレは悪魔でオレの所持品で今は危険で凶悪な悪魔の残りカスだ。
 どう掃除するかはハンターであり持ち主であるオレが決める。・・いいな?」

おそらく聞こえているのだろう。
むこうでぐるると威嚇するようなうなり声がする。

それは確かに正しい判断だ。
悪魔を狩るのはダンテの仕事だし、あれはダンテの所持品だし
何より勝手に動いて取り付いて色々やらかしてくれ
今でも牙をむいて飛びかかってこようとしている厄介な悪魔なのだ。

しかしいくら凶暴な悪魔であったとしても
傷を負った悪魔にとどめをさすというのは
ジュンヤにしてみればあまり気持ちのいいものではない。

だがその時座り込んでいたスパーダが立ち上がり
あちこちについた土をはらいながら手を挙げた。

「・・待ってくれダンテ。元はといえば私のまいたタネだ。後始末は私がつけよう」
「・・オイオイ、そんな状態でやれるのか?」
「ボロボロな条件はお互い様だ。
 それに・・本来あれが恨むべきは私1人で十分だろう」

ダンテは一瞬驚いたような顔をしたが
やがてどうしようもないような苦笑をしてすっと父に道をゆずった。

「なら・・お好きにどうぞ」
「・・すまないな。本来墓場まで持っていくべき事だったのだが」
「まったくだこのクソオヤジ
 ・・と言いたい所だが、今のオヤジを見てるとそんな気も失せる」

呆れたように肩をすくめるダンテに苦笑を返し
スパーダは少しふらついていた両足でしっかり立つと
どこに持っていたのかがしゃりと大きな銃器を手に持った。

それはグレネードガンという小型バズーカのようなもので
焼き払うのと粉々にするのと吹き飛ばすのが同時にできる
絶対に個人が持ち歩いてはいけないスーパー危険物だ。

「な!?あの!スパーダさ・・!」
「わかっている。心配せずともすぐにすむ。
 それにこれは私がけじめをつけなければならない事だ」

いや俺が言いたいのはそういう事じゃなくて!
なんでそんなもん普通に持ってるんだとか
どこに隠し持ってたんだそんな軍隊も持ってなさそうな物とか
それじゃ余計に恨みを買わないかとかそういう心配方面の話で・・!

ザッ

などと色々言いたいことがありすぎて結局何も言えず困っていると
手際よく弾を装填していたスパーダの前に無言で立ちふさがった者がいた。

それは今までずっと事の成り行きを見守っていたバージルだ。

「・・?バージル、何のつもりだ」
「母さんが止めようとした。だから止める」
「何を言っている。お前とてあれがどれほど獰猛な物か知らないはずはないだろう」
「あぁ、知っている」

だってアレにトドメを刺したのはバージルだし
魔具になってから最初に使用したのもバージルだ。
その執念深さも獰猛さも破壊力も、ほんの短期間だったが覚えている。

けれどそれを知るバージルは一度だけジュンヤに目をやると
迷いもせずにこう言った。

「だが俺はジュンヤ母さんに会ってからもう一つ知った。
 ただ壊す事だけが俺達にできる手段ではないはずだ」

ジュンヤの顔がぱあと明るくなりダンテの顔が目に見えて引きつった。

それは昔の彼からすれば性格を逆にひん曲げるような話なのだが
ダンテはまだこの時知らなかったのだ。

兄のスキルの中に自分とは対をなす特殊なスキルがあって
そしてそれは自分達(つまりダンテとスパーダ)だけには時々通用しないという
ちょっぴり不公平なものであることを。

それはともかくスパーダはそんなバージルの顔をしばらくじっと見て
やがて言い分を認めたのか根負けしたのかふっと肩を落とし
持っていた重火器をガチャと下へおろした。

「・・・まったく・・・困った所だけはジュンヤ君に似たな」
「俺は特に困らない」

走りよって来た母に頭を撫でられつつバージルは真顔で言った。

いや、表面上なんともないように見えたが
頭だけがもっと撫でてと犬のようにすり寄っていたりする。

バージル的にはいつまでもそうしていたかったが
ダンテから人が殺せそうなくらいのガンがきたのでやめておいてやる。

「・・・で?オマエは具体的にアレをどうしたいんだ?」

そうして何とか平静を装いつつ頭をかきむしるダンテに
味方してくれたバージルを撫で終えたジュンヤは迷うことなく答えた。

「もちろん、言葉が通じるんだから話をするんだよ。
 壊すとか殺すとかはそれが済んでからでも遅くないだろ?」
「話?交渉じゃないのか?」
「凄く怒ってるからまず話を聞くところから始めないと無理だ。
 出会い頭にまず銃を向ける人にはわからないだろうけど」
「・・オレの知ってる悪魔ってのは元々話が出来る方が少ないんだよ」
「じゃあ俺と最初に会った時のは一体どういうおつもりで?」
「その細っこい身体は何発くらいの弾丸に耐えきれて
 どんな声で鳴くのかっていう純粋な興味と好奇心・・」

ズバン!!

ハナっから会話という選択肢を持ってないハンターに全力の真空刃をくらわせ
ジュンヤはぴしと両手で頬を叩いて気合いを入れた。

「よっし。じゃあ行ってくる。
 一緒に行くと絶対怒るだろうからみんなはそこで待機しててくれ」
「あ、待ちなさいジュンヤ君。
 いくら手負いと言え1人では物騒だ。
 バージル、ダンテ、アミュレットを貸してくれ」
「・・!?おいまさかアレを使う気か!?」

ちょっと弾き飛ばされボロっちくなったダンテが驚き
事情を知らないバージルが不思議そうな顔をする。
スパーダは背中にあったシンプルな剣を抜き
2人に向かって手をさし出しながら答えた。

「もう動けるだけの力はないだろうが
 何かしようとした時気をそらすにはうってつけだ」
「・・そりゃまぁ・・言えてるが・・」
「?」

ダンテが複雑な顔をして鎖のついた赤い宝石を投げ
バージルもよく分からないままながらもそれにならう。

シンプルな形の剣フォースエッジ、赤い宝石のアミュレット2つ。

それらはスパーダの手で赤い光に包まれたかと思うと
次の瞬間一振りの大きな剣に姿を変えてその手に現れた。

・・いや、それは剣と言うにはちょっと大きく
何かと聞かれると返答に一瞬困るような物だった。

ジュンヤの身長ほどもある大きなそれは全体が三日月型の刃で
刃の部分が異様に多いため持つ場所が極端に少なく見えて
見た目にとても恐ろしい。

そしてそんな『さぁ斬るぞ。ほら斬るぞ。とにかく斬るから首よこせ
といわんばかりな刀身の中心にはあの赤い宝石が何かの目のようにはめ込まれていて・・
とにかくそれは一見巨大なギロチン刃に持つ所を後付けしただけみたいな
とってもシュールなしろものだった。

「・・これでよし。これはかつて私が使っていた剣だが使いこなす必要はない。
 お守り代わりに持っていきなさい」

ずいと突き出された巨大なそいつにジュンヤの顔がまともに引きつる。

「・・・・あの・・・えと・・・マジですか?」
「もちろんマジだ。備えあれば憂いなしとも言うし
 転ばぬ先の杖とも石橋を叩いて壊せとも言うだろう」
「・・・スミマセン、石橋の最後が間違ってます」
「?・・殴って壊せだったか?まぁとにかく持っていくといい。
 アレがまだ何かしようとした時にはこれに矛先が向かうだろう」
「・・・・・・」

はいとバトンを渡されるようなノリでそれを持たされ
ジュンヤは完全に固まった。

理屈としては分かる。
もしまたあれが飛びかかってこようとしたとしても
恨みの元が持っていた物があるならそっちの方に気が行くだろう。

しかしそれにしても・・これが話し合いに持っていく物ですかい。
むしろ思いっきりトドメ刺しに行くように見えるんですが・・。

などとちょっと背徳的な気分になっていると
その巨大な鎌の横からずいと見慣れた日本刀が出てくる。

「不安ならこれも・・」
いい!もういい!もうわかったからみんなそこで待ってろ!!」

そこに閻魔刀まで追加されそうになったので
ジュンヤは結局それで腹を決めざるをえなくなった。
あまりぐずぐず迷っていると両手いっぱいの銃刀法違反にされそうだ。

「・・まったくもう、だから何で話をするのにこんな重装備を・・」

と、そこでふと思い浮かぶ1つの疑問。

それは今まで気がつかなかったがとても基本的な事だ。

「・・あ、そうだ。そういえばあの魔具の名前って・・・なんていうんですか?」

だがその今さらでとても簡単な質問にスパーダはこちんと硬直し
しばらくして困ったようにダンテの方を見た。

しかしダンテの方も一瞬固まり、バージルの方に何とも言えない目をくれる。
だがそのバージルもしばらく考え込んで、スパーダの方に視線を返した。

それはつまり、そろいもそろって答えが同じと言うことだ。

「え・・あのまさか・・・全員知らない、もしくは忘れちゃった・・とか?」
「いや・・知らないも何もオヤジの息子だと知るなり飛びかかられて
 名乗るも何もやってなかった」
「俺も・・聞いてはいないな。出てくるなりダンテと勘違いして
 襲いかかってきたのは覚えているが」
「いやこの歳になると記憶力も衰えてなぁ」

転がっていた魔具からビシと変な音がする。

「オイオイ、あれだけ熱烈に思われてるのに薄情なオヤジだな」
「せめて最初の一文字か断片くらいは思い出せないのか?」

息子達にそう言われ、父は腕を組んでしばらく考える。

「・・・・べ・・・・ブ・・確かBではじまる何かだったような気がするが・・」
「ブタか?」
「・・そんな名前の悪魔がいるか」
「じゃあバカか」

ビシ バキ

「そんなものはあってもお前だけだ。冗談は脳みそだけにしろ」
「・・・冷てえな、冗談だろそれくらい察しろ」
「ふざけていないで真面目に思い出せ。
 名乗っていなくともそれにつながる特徴くらいは覚えているだろう」
「・・あ〜・・と、確か黒くてデカイ・・・ゴリラみたいな奴・・・だったか?」
「?俺は黒いクマだったように記憶しているが」
「オヤジは?」
「・・・(凄い難しい顔してうなってる)」
「・・あ、悪い。聞いたオレが悪かった」
「姿形すらも覚えていないのか?」
「・・いやスマン。今時に言うならマジごめん(棒読み)」

ビギ ペキ ボキ

「じゃあBではじまるんだからクマの方でベア・・何とかじゃないのか?」
「確証がないのなら名称不特定Bとでも呼べばいい」
「・・わかりにく過ぎる『べ何とか』でいいだろ」
「そんな頭の悪そうなネーミングがあるか」
「む・・べ・・ベアー?ベタ・・ベム・・・・ベータカロチン?」

グヌガァァアーー!!貴様らぁあアアーー!!

「わー!もういいからあっち行ってろ!!
 
怒りで悪魔が死ねちゃうだろ!!」

ちかちか発光してビシバシ勝手に崩壊していく魔具を見かね
ジュンヤは変な論議を真面目にやっていた悪魔一家を
鎌みたいな剣・・いや、柄の部分が伸びて槍みたいになった剣で
まとめてべちーんと押しどかした。

しかしそのその巨大な鎌のような剣のような槍・・
えぇい、もうややこしいのでスパーダの剣でいいや
とにかくそのスパーダの剣、勝手に変形して槍になったり
見た目に反してやたら軽ったりで扱いに気を付けないと結構危ない。

「と、とにかく行ってくる。
 大丈夫だとは思うけど俺はなるべく話し合いで解決したいから
 いきなり撃ったりしてこないように」
「状況によ・・」

ごっ

る、と言いかけたダンテの脳天にバージルのチョップが落下する。

痛ぇだの母さんを信用してないのかだの
また飽きもせずぶつくさ言い合いだした兄弟をよそに
スパーダが苦笑して早く行きなさいと肩を押してくれた。

しかし今思えば不思議な話で
その素性や正体についてまったく知らず名前すらも満足にわからない悪魔などと
どうして話をしようなどと思ったのか。

危険なのも凶暴なのも身をもって知ったつもりなのに
どうして破壊されるのを止めようと思ったのか。
実は言うとジュンヤにもあまりよくわからなかった。

その数割は人としての情だろう。
だがそれとは別の何かがこんな変な剣を持たせてまでも
あの悪魔の所に行かせようとする。

模様の入った裸足の両足に
同じく模様のあるむき出しの両手には巨大な鎌という変なかっこうの少年は
しばらく上を見上げて頭を掻いていたが・・

「・・・ま、そんなのは後で考えればいいか」

色々考えるのをやめ先に行動することを選択した。

でも実はその理由の大半に
あの悪魔一家に振り回されてるという親近感が含まれていた事を
足の裏の感触を気にしていた少年が気付くことはなかった。






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