赤いくつという童話をご存知だろうか。
それは赤いくつの魅力に魅入られた貧しい女の子が
一度は幸せになったものの数度にわたって嘘をついたため
とある神様の怒りに触れ赤いくつに踊らされてしまうというもの。
その結末やその話が子供に教えようとする事はともかくとして
今純矢が置かれている状況はそれと似ていた。
ただしそれは赤いくつというかわいい物ではなく
両手両足分あるごっつい装具で踊るどころか全力で走ってくれるという
なんだか問答無用でとっても荒々しい物だったが。
ガッガッガッガッガッ
「うわ!と!まっ・・てぇぇーー!?」
自分の意志と関係なく手足を動かされ
純矢はあまり人気のないスラムの道を疾走する。
普通ならそんなに速く走れないのだが
勝手にはまった黒い装具達がとても軽快に走ってくれるので
純矢はそんなつもりはまったくないのに
全力疾走よりさらに速いくらいのスピードで走っていた。
『おのれ!おのれおのれおのれえぇ!!
憎っっくきスパーダの血族共めえぇ!!
この身が完全であるならまとめて八つ裂きにしてやるものを!
この屈辱!この怒り!長年に渡り蓄積されたこの恨み!
八つ裂きの1つや2つでだけで済むと思うなああぁぁ!!』
しかも何だか手足から勝手に聞こえてくる野太い声は
実際出てはいないが湯気が立ちそうなほどご立腹で
なんかどこかで聞いた名前を相当に恨んでいるご様子。
だがその名前に心当たりがあったとしても
それは純矢にはまったく関係のない話なので
この魔具とその血族さん達がどうであれ完全なとばっちりだ。
しかしこのずっと黙っていたと言われていた黒い魔具。
ただ黙っていたというだけではなく密かに力を溜め
こうして誰かの手足を借りて逃げる機会をうかがっていただけらしい。
そんな所に運悪く手を出してしまった自分も自分だが
こんな物をきちんと管理しないダンテにも責任があるんじゃないかと
なんかもう色々と慣れてきてしまった純矢は走りながら思った。
と、その時責任うんぬん以外の事で純矢の中にある1つの疑問が浮かぶ。
・・あれ?
そう言えばその赤いくつって・・
どんな方法で女の子の足から取れたんだっけ。
えぇと・・確か恩人のお婆さんに嘘をついた女の子は
お婆さんを蹴飛ばしたり舞踏家で踊り狂ったりして長い間踊らされ続けて
猟師か何かのおじさんに斧で靴ごと足を切り落・・と・・・
「・・じょ!?冗談じゃな!?うわ!ちょっと!」
その童話にあるまじきシーンを思い出していると
勝手に走っていた足が2階建てほどある建物へ真っ直ぐ突進した。
まさか出てきた時と同じく殴って壊す気かと思ったが
それはだっと地面を蹴り上へ跳躍した。
しかしそれだけではもちろん高さが足りない。
じゃあなんでそんな無茶な所に飛ぶんだとか思っていると・・
ブゥン ダン!
飛んだ先にちょうとタイミングよく白い魔法陣が浮かび上がったかと思うと
黒い装具はそこを踏み台にしてさらに上へ飛び、見事建物の上へ着地した。
うぉ、こりゃすごく便利だ。
ただし今の状況じゃ迷惑なのに変わりないけどな!!
などとちょっと投げやり気味になり始めていた純矢の背後から
聞き慣れた声が追いつくようにして飛んできた。
「ジュンヤ様!意識が健在であれば返事をお願いします!」
「・・あ!サマエ・・うわーー!?」
あ、助かったと思った安堵が驚愕に変わる。
だってサマエルは人型のまま地面と平行して飛行する
ウルトラ○ンフォームで飛んで追いついて来ていたのだから
そんなビジュアルでいきなり来られたら顔見知りでも普通ビビる。
「な!何やってんだサマエル!人に見られたらどうするんだよ!」
「ミカエルの代行で急ぎ追跡して参りました。
結界は使用しておりますのでご安心を。
それに本来のままで追跡するにも身体が邪魔になりますので」
「・・なんか・・そこで冷静に答えられるとちょっと怖いんだけど」
しかもその肩にはピシャーチャがくっついていて
風に目をプラプラあおられフゴーとかムギーとか変な声を上げながらも
どうにかこっちを見ようと頑張っている。
綺麗な女の人が肩に変な生き物くっつけて
ウ○トラマンみたいに飛んでついてくるのも凄まじく変な構図だが
それより先に純矢はある事を思い出し、走らされたままで急に慌てた。
「あっ!それよりミカは大丈夫なのか!?
そんなつもりなかったんだけど出てくる時に思いっきり殴っちゃったんだよ!」
「自力で回復できると言っておりましたしトールもいるので大丈夫でしょう。
それよりもジュンヤ様・・」
ガッガッ ガ・・ッ ゴウ!
と、その時建物の間を飛び越していた黒い足が急に軌道を変え
飛んでいたサマエルに向かって矢のような蹴りを放った。
ガッギュイン ゴッ!!
「いで!?」
しかしその意図しない飛び蹴りはサマエルの物理反射にはね返され
純矢は魔具とまとめてビルの屋上に落ちて数回転がった。
「ジュンヤ様!」
「い・・って〜・・何すんだよこ・・うえぇ!?」
しかし魔具はそんな事はおかまいなしにがばと身を起こさせ
だっと再び勝手に走り始めた。
「あぁもう!おかまいなしかよ誰かさんと一緒で!」
「ジュンヤ様お怪我・・」
「わー!近づかないで!なんかそれだけでも俺・・がっ!?」
と、言ってるそばからまた足がぶんと動き
今度は回し蹴りをくらわそうとしてやっぱり反射され
今度は古びた鉄柵に叩きつけられる。
どうやらこの黒い魔具は追ってくるサマエルを排除したいらしいのだが
そのサマエルは物理攻撃を全部反射させるスキルを持っているので
その追跡はどう転んでも純矢に悪影響しか与えない。
「ヴオォ〜ン」
「いちち・・・・だ・・大丈夫、今のところ」
心配そうな声を上げるピシャーチャに純矢はなんとか答えはするが
この黒くて迷惑な魔具、結構力が強いらしく自分にくるダメージも少なくない。
さてどうしたものかと痛む身体を気にしつつ思うが
その当の魔具は装着主がダメージをくらっているというのに
あまり気にしないのかそれとも関係ないのか逃げるのをやめ
結構しっかりしたファイティングポーズをとって
トントンとその場で軽快なステップまで踏み出す。
そんな状態ですり傷だらけな純矢はかなり気落ちしたようにつぶやいた。
「・・・あのさぁサマエル。今ただお前がそこにいるってだけで
俺の境遇がかーなーり劣悪になってると思うのは気のせいですか?」
「・・いえ、気のせいではなく実際にその通りかと・・」
ちょっと言いにくそうにそう言ってサマエルは純矢からなるべく距離をおく。
しかしそうだとはわかっていてもこのまま主を置いて帰るわけにはいかず
いつも冷静な邪神はちょっと困惑した。
ならばあまり役に立たなくても足止めくらいはする気なのか
サマエルの肩にいたピシャーチャがぽんと飛び降り
足代わりに使っている牙を長くしてヴ〜と威嚇するような声を出した。
「あ!やめろピッチ!お前殴り合いなんてやったことないだろ!」
「ヴォウ〜・・(でも・・と言ってる)」
「俺は今のところ大丈夫だから!とにかくダンテさんを呼んでこい!
でないとこのままじゃどうしていいか分からないし
どうやったって俺の方に被害があ!?」
と、そこでしびれが切れたのかそれとも興味をなくしたのか
魔具はまた純矢の意志と関係なく勝手に動き
ビルの合間を飛んだり走ったりして逃走を始めた。
見ると魔具が純矢を走らせているのは街の途切れる森の方向。
あの魔具が何をする気なのか分からないが
とにかくまず身を隠せる場所に行くつもりらしい。
ヴ〜ヴォ〜ンと困ったような声を出し
ピシャーチャがサマエルの足元をウロウロした。
サマエルは迷った。
このまま森に入られると人目にはつかなくなるが追うのが少し難しくなる。
だが自分が追っていると純矢に危害がおよぶ可能性も多くなる。
いつの間にか日は沈んでしまい辺りは闇夜に染まり出している。
迷っている時間はない。
追うか援軍を呼びに戻るか。
追うにしても自分もピシャーチャも回復系のスキルを持っていないし
戻るにしても距離をあけすぎて見失う可能性も高い。
だがサマエルが少しあせりながら考えをめぐらせ
ピシャーチャがその足元をウロウロしていたその時
2人の上をさっと1つの影が横切っていくのが見えた。
それはハッキリ確認する事はできなかったが
人に翼を付けたような特殊な影だということは見てとれた。
ピシャーチャがそれを見てォオーンと少し嬉しそうな声を出す。
だとするとその影は幽鬼とある程度の意思疎通があるという
床の間にあった刀の中を住処にしていた彼で間違いないのだろう。
「・・多少の不安はありますが・・足止めくらいにはなるでしょう」
死んでるとは言えあの2人の父親なんだし。
多少腐っていそうだがここいらじゃ伝説の悪魔なんだし。
と、サマエルはちょっとヒドめに納得すると素早くピシャーチャを拾い上げ
しゅばっと再びウ○トラマンフォームで飛び上がった。
ガッガッガッガッ ガリリリー!
「うわっと!?」
街から森に飛び込むように入り、道らしい道も選ばず走っていた黒い足が
突然地面を削って急ブレーキをかける。
なんだもしかして会話してくれるつもりかと思ったが
そうでない事は次に聞こえてきた唸るような声ですぐに分かった。
『・・・・・感じる・・感じるぞ!この気配、この感覚!
この身滅ぼされ目も鼻もきかずとも
この忌々しい感覚だけは一瞬たりとも忘れはせん!!』
がっと足が地面を踏みしめ、腕が格闘家のような構えになり
それはある方向へ向けて完全な臨戦態勢をとった。
見ると少し高い木の上、ちょうど出てきた月の逆光になる場所に
1つの影がこちらを見下ろすようにしてそこにいた。
それはリベリオンとは違うシルエットの剣を背に
赤い炎のくすぶる不思議な篭手をつけている。
持ち物や印象が多少ダンテやバージルに似ていたが
その一種独特な威圧感や状況からして
純矢は少ししてそれが誰なのかわかった。
「・・私も隠居の身としてはこちらに干渉せず
息子達の事でなら教育上手出しをするつもりもなかったが・・
その子を巻き込むというのならば話は別だ。」
それがすっと炎のともっている手を上げ確かめるように拳を握りしめる。
こんな時に凄く何だが、やっぱりあの2人の父親だけあって
少しの仕草でもやたら無駄にかっこいいなと純矢は場違いな事を思う。
そして純矢の手足でギリギリ音が出そうなほど殺気を出していた魔具に向かい
それがその手を突き出してきた。
「お前のその長年にわたる執念、今一度私が受けて立とう。
・・・来るがいい!」
声と一緒にその手が軽い手招きをした瞬間
手足にあった黒い魔具が暴発せんばかりの魔力を放出して
目を焼きそうなほどの閃光を発した。
『スパーダア”ァァァァアーーー!!!』
地面を割りそうなほどの声が轟き
黒い足が地面を蹴ってその名を持つ魔剣士に跳躍する。
「うえあぁーー!?ちょっと待てぇーー!?
」
それはさながら映画の決戦シーンのようで
横から見ればそれなりにかっこよかったのかもしれないが
けれどやっぱり巻き込まれた純矢にしてみれば
迷惑なことに何1つとして変わりはなかった。
「ダンテ」
爆音のするバイクの後ろでずっと黙りこくっていたバージルが
急にそう言って服を掴んでいなかった手で空を指す。
何だと思ってそちらを見ると、丁度自分達の進行方向とは逆に
見知った姿が真っ直ぐ空を飛んでいるのが目に入った。
ダンテは力一杯ブレーキを握り、凄まじい音を立てて後輪を滑らせると
素早く銃を抜いて真上へ発砲した。
すると音に気付いたらしくそれが軌道を変えてこちらに飛んでくる。
なんだか見た目と飛び方にギャップがあったがこの際無視して
ダンテはすとんと着地したサマエルに短く聞いた。
「アイツは?」
「あちら側の森林へ逃走中です。
私どもでは手に負えず今援護を呼びに戻ろうとしていたのですが・・」
そのサマエルにしては珍しい口ごもり方に
後ろにいたバージルが目つきを変えた。
「母さんは無事なのか?」
「本人は大丈夫だと話していましたが攻撃反射を2度受けています。
・・残念ながら私どもの力ではあの状況を打破する事ができません」
「・・だろうな」
思い出せばアレは元の姿だった時も魔具になった後も
あまりどうこう考えない力押し主体のスタイルだったから
物理攻撃を反射するサマエルでは相性が悪いだろう。
ダンテは素早くギアを入れ直し
大の男が2人も乗っている大きなバイクの向きをぐいんと変えて
冗談もまじえず真面目に言った。
「お前らは一端戻って使えそうなメンバーをよこしてくれ。
オレ達だけでも何とかするつもりだが頭数は多い方がいい」
「わかりました。お願いします」
サマエルも普通ならここで毒の1つも吐きそうなのだが
素直にそう言ってくる所を見ると足止めすら出来なかった事が
ちょっとこたえているらしい。
ダンテは苦笑してから肩にいるピシャーチャ共々
ちょっとしょげているサマエルに片目をつぶった。
「心配するな。アイツはそう簡単にくたばったりしないし
アレの性質はオレの方がいくらか知ってるんだ。
それにオレからアイツを取ったらどうなるのか・・
骨身に染みるほどよーく分からせてやるさ」
バウンバウン バリバリバリーーー!!
そうして爆音を残し走り去っていくダンテ達を
サマエルとピシャーチャはちょっと不安な気持ちで見送る。
だって骨身に染みるほど分からせようとした場合
被害が及ぶのはまず純矢の方だと思ったからだ。
「・・急ぎましょう」
「ヴアオ」
そう言ってサマエルは爆音とは反対方向に向かい再び飛んだ。
ダンテ達をまったく信用していないワケではないが
不安と心配がそれを上回っただけの話だ。
けれどやっぱり時間たつにつれて心配の方が多くなってきたのか
力一杯速度を上げだしたその身体は
途中から元の巨大な蛇へと戻り始めていた。
そんな仲魔達の不安をよそに、バイクは指示された方向へ走る。
数年ぶりに反逆を起こした魔具は所々に爪痕を残し
そう複雑な走り方もせず一直線に走っているので
それに気付かれて痕跡を消されなければ見失う事はないだろう。
それにしてもただの抜け殻だと思っていたあれが
あんな暴挙に出るなんてダンテにとっては予想外だった。
いや、ジュンヤの性質から考えれば
多少は予想できた事なのかも知れないが、しかしよりによって・・
「ダンテ」
などと考えていると後ろから爆音の中でもよく通る声が聞こえてくる。
ダンテは振り返らず短く聞き返した。
「なんだ?」
「さっきの言い方は間違っている」
「は?」
「オレから、ではない。俺達だ」
ダンテは前を見つつ一瞬目を丸くしたが
特に否定も肯定もせずただ苦笑だけをして
さらにアクセルをふかして限界までスピードを上げた。
それからはもう純矢にとっては大変の連続だった。
何しろ両手両足の自由がきかないのに
勝手に派手でハイレベルな格闘戦に巻き込まれたのだから。
全然やりたくもないのに両足が次々と蹴りを放ち
そんなつもりはないのに腕が連続で相手を殴ろうとする。
しかもそれはテレビで見ていたボクシングとかのレベルではなく
アニメでようやく再現できるかのような人外速度でだ。
幸い自分はそこそこに頑丈だし
スパーダの方はうまく受け流してくれてこちらにも攻撃してこないが
多少の経験があるとは言えこんな強引な格闘戦に巻き込まれた純矢としては
当たり前だがたまったものではない。
ガッ ゴッ ブゥン ガキン!
「いっ うわ っと!うげ!」
ストレートにボディブローにハイキック
回し蹴りをやらされたと思ったらジャンプの後に重力を無視した飛び蹴り。
そんな動作を勝手かつ強引にやらされると
さすがにあちこち痛くなってくるので何とかしたいが
何とかするための両手両足が取られているのではどうしようもない。
『ヌォ
ガアァーーー!!』
「わったああ!!」
ガッ! ギギギー ザリザリー
怒声と悲鳴をまぜて突き出された変な拳が炎のくすぶる拳に受け止められ
受け止めたスパーダの足が地面を削って止まったところで
ようやく激しかった双方の動きが止まった。
スパーダはあまり格闘戦ができそうに見えないが
さすがに伝説の悪魔というだけあってか
あれだけの動作をしながら息1つ乱れていない。
しかしその外見でこんな男臭い戦いができるってのもどうだよと
こんな状況下でちょっとズレた事を考えていた純矢に
ぐギギと力比べをしたままのスパーダが少し申し訳なさそうに口を開いた。
「・・すまない。意図しない偶然とは言え最悪の形で君を巻き込んでしまった」
「いやあの、それはいい・・いや!あんまりよくないけど!
一体どうしてこんな事になってるのか説明をを!?」
ぎりぎりとお互いの両手で力比べをしながらそんな事を言っていると
今度は足が勝手に跳ね上がって膝蹴りをしようとする。
スパーダは素早く身を引いてよけてくれたが
当たって痛かったのはスパーダと純矢だろう。
しかしスパーダもひるまずかわした後
魔具の部分に向かって足払いをかけようとした。
だが魔具の方も読んでいたらしく飛びのいて白い魔法陣を踏み
空中で器用に向きを変えると急降下の蹴りを仕掛ける。
そう言えばこの魔具、さっき目も鼻も効かないとか言ってたくせに
どうしてこうまで正確な攻撃ができるのだろう。
そんな事を頭の片隅で考えていると再び腕が掴まれ
組み合いの力比べになった。
「それはかつて私がある場所に封じた悪魔の一部だ。
しかし・・あくまで一部でありもう力も残っていないと思っていたが・・
どうやら考えが甘かったらしい・・!」
「それで・・!できれば穏便にはずす方法とかありませんか?!」
「何しろそんな気性なのでね。話し合いは通じないのは確実だ」
「・・やっぱしですか?」
なんとなく予想はしていたものの
やはりというか何というか、ダンテの住む土地らしい力押しな展開に
純矢は取っ組み合いをしたまま1人でげんなりする。
しかしスパーダはそんな状況下でも余裕なのか
結構な力を保持しながら笑ってこう言ってきた。
「だが心配せずとも私も名を残した悪魔のはしくれだ。
絶対無事に助けてみせる」
そして次の瞬間、いつも純矢の前では穏やかだったその目が
ガラリといきなり鋭いものにとって変わる。
それはダンテのようでバージルのようで
けれどその両方のどちらでもないものだ。
「・・魔界を裏切り人の世界は救えても
人1人守る事の出来なかった悪魔の伝説など・・!
もう作りたくはないからな!!
」
ガギギギギギ
ゴガウゥ!!
ぎぎぎとスパーダの押す力が強くなり
その手にあった炎が威力を増して魔具の光る部分を覆い隠そうとする。
『グ・・ッ!おのれ!小癪な真似をォ!!』
しかし黒い魔具の方も負けたくないのは一緒らしく
負けるかとばかりに力を強め、それを押し返すような閃光を発生させた。
しかし純矢的には熱いわまぶしいわ怖いわ何より俺関係ないわで
事情はどうあれハッキリ言って大迷惑の極みなのだが
スパーダがいつになく真剣なのでそれ以上は何も言えず
がっと同時に間合いを取って再び激しい攻防を開始した2人の戦闘を
ただ黙って耐えるしかなかった。
そしてそんな純矢を置き去りに格闘戦をやらかす両者の間で
こんな会話が攻防の中行われる。
「・・まったくお前は!とっくに身体をなくしていると言うのに
随分と執念深いことだな!」
『黙れ!!貴様こそ俺のことを言えた義理か!!
俺は貴様を八つ裂きにして灰にしてチリ1つにして踏みにじるまで
たとえ爪の欠片1つになろうとも死滅することなどありえんわ!!』
「しかしそうは言ってもあれから随分と年月はたっている。
現に私も一昨日出た夕食の献立も忘れるほどもうろくしているので
お前が一体何をどう恨んでいるのかも忘れてしまってなぁ。
・・ふぅ間接が痛い腰が痛い。婆さんや、飯はまだかいな」
『
死ぃねぇぁあ”ぁぁーーー!!』
・・・・・あ、なんか・・・今一瞬想像ついた。
この両者の事情は全然知らないものの、たったそれだけのやり取りだけで
純矢はなんとなくこの魔具が怒る事情が分かった気がした。
しかしそうは思ってもスパーダの方も馬鹿ではない。
その強烈な猛攻をかいくぐり素早く飛び退いて間合いを広げると
手慣れた動作で何かを2つ手にし、くるりと一回転させてこちらに向けた。
ガンガンガンガン! キュンガチンギュイチュイン!
腕で激しく鳴る金属音に顔をしかめつつ見ると
スパーダが手にしていたのはダンテと同じ二丁の拳銃だ。
しかしその銃声は聞き慣れたダンテのものとは若干違い
デザインも多少違うスパーダ固有の銃らしい。
それにその正確な射撃は魔具にだけ定められているので
純矢はいくつかの意味でホッとした。
だが撃たれた腕の方はあまり効いていないにしろ気が高ぶったのか
急に攻撃の手をやめ力を強めるような発光を始める。
しかしそれはただの発光ではなく
光はそのまま一塊りの光弾として発射されると
続けて飛んできた弾丸を相殺していった。
・・うわ、こんな事もできるんだなこれって。
などと純矢がのんきに感心していると
ジャンプして空中にいたスパーダが急にスピードを上げて蹴り込んできた。
スパーダの装備している炎の装具にも特殊な力があるのか
その重力を無視した蹴りは強引な黒い魔具とよく似ている。
しかし黒い魔具はそれをよけようとせず
何を思ったのか片手を振り上げ地面に拳を叩きつけた。
ゴッ!バシュゴガン!!
するとそこを中心として地面が割れ、光の衝撃破が円形に展開する。
そう来るとは思っていなかったのかスパーダはとっさに身をひねり
直撃はかわしたが着地直後に一瞬体勢を崩した。
しかし目があるのかどうかも分からない魔具は
その一瞬の隙を見逃さなかった。
『
オオォオ”オ”ーー!!』
腹の底から響くような咆哮を上げ、それが電光のような速さで動く。
ゴガッ!!
目も鼻も身体もないと言われたそれは
恨みと執念の力だけを頼りにしたのだろう。
純矢が気がついた時もうその黒い拳はスパーダの横っ面に入っていた。
「ス・・!」
それは手に嫌な感触がしたとかしまったと思うヒマもなかった。
スパーダはまともにはじき飛ばされて後ろにあった木の枝を数本折り
スピードが落ちた頃に地面に叩きつけられようやく止まった。
一瞬後に何とか起きあがってくれたが
魔具の方は容赦なくそこへ追い打ちをかけようと飛びかかる。
しかもそれを皮切りにして活力を得たのか
黒い魔具の動きがまるで水を得た魚のように速くなった。
スパーダも炎の上がる篭手や剣で何とかそれを防ごうとしているが
今の一撃とこちらに攻撃制限があるというハンデが大きいらしく
防ぐ回数が次第に減り、攻撃の通る回数が増え
ダメージが蓄積されてか動きが少しづつ鈍くなってくる。
そしてそれとは逆に生き生きしてきた黒い魔具は
数度の打撃を叩き込んだ後、すうと息を吸い込むように光りを収縮させ・・
『
ゴゥアアアーー!!』
ゴッ!! ビキバキドゴーーン!!
閃光ののった強烈な拳を叩きつけ、スパーダを防いだ体勢のまま
木を数本折ってさらに後ろにあった崖下まで叩き飛ばした。
叩きつけた先で崖がくずれ土砂が落ちる音がしたが
それでも魔具は満足しないらしい。
だっと地を蹴って走り空中の魔法陣を踏んでさらに飛ぶと
振り上げた手に光弾をため咆哮した。
『まだだァ!!まだまだまだだァああ!!
こんなもので足りると思うなスパーダァアアーー!!』
だがそれと同時に今までなすがままだった純矢の目が一瞬で金色になり
その全身がざぁと複雑な模様に彩られる。
「こんの・・っ!
いい加減にしろーー!!!」
バシュ!ギュアヴ ドガガガガガーー!!
その全身から発射された無数の光の矢は
空中でくるりと綺麗な半円を描き、凄まじい音を立てて黒い魔具に命中する。
いくら銃弾をものともしない頑丈さがあっても
まさか至近距離からそれだけの攻撃をくらうとは思わなかったらしい。
元から黒い魔具は一瞬でさらに黒く、つまり黒こげになって
いくつか破片をまき散らし動きを止めると
まるで飛んでいた鳥が撃たれて落ちたかのように
ジュンヤもろとも地面にぼとりと落下した。
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