ちょっとおっかなびっくりでその奥まった部屋に入ると
中は完全な暗闇・・とはいかないがちょっと先にある物が見えないほどに暗かった。

どうやらそこにはまともな窓が1つもないらしく
入り口からもれる明かりがなければ足元すらよく見えない。

「・・何も見えないなぁ」
「そのようだな」

ミカエルは冷静にそう言い空いた手で明かりのスイッチを探してみた。
するとすぐ近くにそれらしき手応えはあったものの
電球がきれているのか故障しているのかいくら押しても反応がない。

「・・まったくあの男、肝心な所で気が回らんな。主、光玉はあるか?」
「え?あ、うん・・一応あるけど・・」
「?何だ」
「いや・・ここでいきなり明るくした直後に
 上の壁にあったみたいなのがお出迎えしてくれたらイヤだなーとか・・」

こんな隠してあるような目立たない部屋でそんな事する意味などまったくなさそうだが
何せあのダンテの事だ。可能性がゼロとも言い切れない。

「では私が先に中を確認しよう。
 主はそれまで目を閉じて待っているといい」
「・・・うぅ・・変な手間のかかる主人でごめん」
「何を今さら」

かなり申し訳なさげに隠れている純矢から光玉を受け取り
ミカエルは苦笑しながら一呼吸おいてそれを部屋の中へ投げ込んだ。

しかし急な光に照らされた部屋はそう大きくもなく
物が散乱しているわけでも得体の知れない物がいるわけでもなかった。

窓のないその部屋には簡単な棚がいくつか並んでいて
壁際には簡素な箱があり、少し縦長の何かが布をかけて立てられていて
それ以外に変わった物など別にない。

「主、大丈夫なようだ」
「・・ホントか?」

恐る恐る目を開けて見てみると確かにそこは他の部屋ほど散らかってもいないし
趣味を疑うイヤな戦利品も置かれていない。
棚に置かれてあった箱の中をのぞいて見ると
ちょっと変なデザインの宝石や何かの部品はあるものの
爆発物とか何かの死体が入っているというわけでもない。

じゃあなんでこんなわかりにくい部屋にしてあるんだと思いつつ
純矢は棚にいくつかあった掛け布の1つをそーっとまくってみた。

「・・わ」

すると中にあったのは何かの死体でも骸骨でもない
氷か水晶で作られた3本の棒だ。

だがそれはよく見るとそれぞれ鎖でつながれていて
1つの輪に行儀良くつながっている。

氷のような部分だけだと綺麗な置物のように見えるが
そうやって鎖につながっている所を見ると・・どうやらこれでも武器らしい。

「へぇ・・なんだろこれ。綺麗だな」

重なり合っていた3本の棒がカチャとずり落ち、見た目通りの涼しい音を立てた。

布を取ったはずみでそうなったように見えたが
実はそうではないという事を純矢はまだ知らない。

「何だろうなこれ。ちょっと変わったヌンチャクみたいに見えるけど・・」
「主、これを見ろ」
「ん?・・げ!

その声に何気なく振り返りそこにあった物を見た瞬間、思わずヘンな声が出た。

それはさっきまで布のかけてあった壁際のちょっと大きな何かで
1つはかなり奇抜なデザインをした青紫色のギター・・とおぼしき物。
もう1つ、いやもう一対は赤と青のノコギリ・・か剣かよくわからない物だった。

ギターの方はなぜか弦がなく
凶器としてさしつかえないほどあちこちチクチクとんがり
元の人種が何なのか分からないほど厳重にメイクしたソウルフルな人が
ステージの上で踊り狂って使いそうな斬新なデザインで
ノコギリみたいな剣・・いや本当は剣なのかも知れないが
それはちょっと派手なノコギリと言っていいほど
赤い方も青い方も刃の部分がギザギザゴツゴツしていて
どっちにしろどうしてそんな斬りにくそうな刃をしているのかと
もの凄く不思議に思う形をしていた。

「・・・え・・え〜と・・・多分わからないだろうけど一応聞くぞ。何それ?
「・・私にもわからん。一見してハメをはずし過ぎたエレキギターと
 何を考えているのかわからんノコギリに見えるが・・」

ただのホコリよけや隠すためと言うよりも
そのド派手な色彩から目を守るためにかけてあったような布を手にしたまま
ミカエルは少し怪訝そうな顔をした。

「しかし主、これらが奴の趣味であったにしろ少々妙だ。
 あの男ならこのような派手な物を振り回すよりもう少し効率性を重視する」
「・・うん、言われてみれば」

確かにもっと若い時だというならともかく、今のダンテがこんな派手で変な物を
好きこのんで振り回すとはちょっと思えない。

「それにこの品々、私の目からして人の世の品々ではない」
「ふーん、そうなん・・えぇ!?

派手なギターを派手にひいてるダンテを想像しかかっていた純矢が
ちょっと間をあけてびっくりしたような声を出す。

「ちょっと待て、人の世の物じゃないって・・!?」
「奴が相手にしてきたのは異世界の異形で生業は狩人だ。
 あの壁にあった趣味の悪い戦利品のように
 こうしてその世界の物を持っていたとしてもおかしくはない」

まさかとは思うものの、確かによく見るとこの部屋にある物は
どれも材質が何であるかわからない不思議な物や
特注にしてもなんだか首をひねる不思議なデザインの物ばかり。

それにここにある物がそんな物騒な物ばかりだと言うのなら
この部屋がこんな奥まった場所にあるのも納得がいく。

「・・だとするとそんな物騒な物をこんな所に置いといて大丈夫なのかな。
 放射能とか漏れたりしないか?」
「・・あのな主よ、放射能とは人間が特殊な装置や反応を駆使して作り出すもので
 魔界でそう気軽に浮遊しているものでは・・」

「・・ ・・」

などと話していたその一瞬
どこからか2人のものではない第三者の声がした。

2人とも思わず入ってきた扉の方を見て身構えるが
そこには誰もいないし部屋の中には誰かが隠れられるようなスペースはない。

なら誰だと思い声の出所を探していると、ふと純矢の視界に変なものが入ってきた。

それはノコギリみたいな2本の剣の持つ部分
その頂点の宝石だと思っていた丸い所だ。

そこはよく見ると宝石ではなく何か彫刻のようなものが施されていて
さらによく見ると両方とも同じように人の顔らしきものが彫られていた。

両方とも顔の見た感じの年齢や性別はまったく同じで
それは美女とか獣とかどこかの英雄でもなく
お寺の門の横で怖い顔して立っていそうないかつい顔をしている。

変なデザインだなと思って見ていると
しばらくしてその顔が・・いや剣自体がカタカタ震えだし

「・・・も・・・」
「・・?」
「・・も・・う我慢ならーーん!!

いきなりその顔の口部分が動いて野太い絶叫のような声を出した。

「主は喋るなと言っておったがここまでされてはもう我慢の限界!よいな兄者!」
「ぅおう!もうかまわん!かまうものか!我らをここに置き去りにして約数年
 門番をしていたころに比べれば瞬き程度の短い時間なれど
 何もせずただ放置されるという時間は数千年にも勝る忍耐よ!」
「あいわかった!では聞くぞ!そなたら一体何者だ!なぜここまで来た!
 どうやって入ってきた!主の知人か仇敵かそれとも我らの新しき主か!」
「そしてそこの悪魔!なぜそのような強力な力を持ちながら
 天使などという両極の者と共にいる!しかもその天使ただの天使などではな・・」

ばふ

「・・さて、そろそろ戻るか主」

「「待て待て待てーーい!!」」

何事もなかったように引っかけなおした布の下で
終わりそうもなかった野太いしゃべり声が綺麗にハモった。

「コラ!何を平気で見なかった事にしておくかそこの天使め!」
「それが久方ぶりに言葉を発した我らに対する態度か!」
「悪いが私は厄介事とは極力関わり合いにならん主義だ」
「む?兄者、厄介事とは何だ?」
「厄介事とは己の意志にかかわらずその身にふりかかる
 面倒な事や手間のかかる・・あ!こら待てというに!!」

どうしようか迷っている純矢の手を引き
ミカエルはさらに無視してその場を後にしようとした。



「!!」

ダン!ガシャ!

何を感じたのかミカエルはいきなり抱えた純矢ごとそこから飛び退き
素早く槍を出してたった今まで自分達のいた場所へそれを突きつけた。

「・・・あらつれない。久しぶりのお客様だと思ったのに」

すると何もないと思っていたそこに突然影のようなものが集まり
ざっと黒い山を作ってそこから1人の女を持ち上げるように作り出した。

そんな異様な出方をした事もそうだが
そこから出てきた女の姿を見て純矢はぎょっとした。

目と髪は火のように赤く、肌の色はどんな人種のものでもないくらいに青白くて
足元から発生している影のようなものはよく見ると小さなコウモリの集合体で
小さく動きながらもドレスのようにその女の身体を被っている。

だがそのコウモリの部分、上半身の部分にほとんどないので
胸はかろうじて長い髪で隠れているもののほとんど裸同然だ。

しかしそんな妖しげな女にまったくひるみもせず
ミカエルは純矢をしっかり抱えたまま真っ直ぐその女を睨み付けた。

「・・・貴様、どこから現れた」
「さっきまでそこのおしゃべりな剣の隣にいたでしょ?気がつかなかったかしら?」

え?と思って純矢がかわりに目をやると・・・ない。

他の物は何一つ動いていないのに
さっきまでそこにあった派手なギターだけがなくなっている。

「・・え、じゃあ・・そこにあったギターさんですか?」

まさかと思いつつそう聞くと、女は妖しげにくすくす笑って長い髪を指先でいじった。

「あら、私はギターじゃなくてネヴァンっていうのよ坊や」
「えー・・じゃあネヴァンさんでいいですか?」

そう聞くとどう見ても目のやり場に困るような姿をしている女
いやネヴァンと名乗った悪魔はやっぱり目のやり場に困る仕草で身をくねらせた。

「うふふ、いいわぁ・・名前で呼ばれるのなんてすごく久しぶり。
 スパーダもその息子もつれなかったから何だか新鮮」
「え?スパーダさんの事知って・・」
「待て主」

その悪魔との話が長くなりそうになった所で急にミカエルが割り込んでくる。
え?何?と見上げると主人と違って警戒心の強い大天使は
言い聞かせるようにこんな事を言ってきた。

「主、忘れたか?ここは東京ではなく悪魔狩りの住む土地だ。
 いかに会話の通じる悪魔とは言え東京とこちらでは勝手が違うのだぞ?」
「先程から聞いていれば警戒心の強い天使であるな兄者」
「うむ、こういった者は頑固者と言って
 時代に取り残されたり新しい事を覚えられなかったり・・」

それが図星だったのかそれとも急に喋る人数が増えたためか
ミカエルは苛立ったように槍で床をダン!と鳴らした。

「えぇい!先程からややこしい連中め!
 そもそも貴様らなぜ悪魔を狩る者の家の中に生息している!」
「あら、そんなの決まってるじゃない。私たちは彼の所有物なんだから」

そのネヴァンという元ギター・・いや、どちらかが本体なのだろうその女の悪魔は
まだバリバリに警戒しているミカエルをよそに事の次第をのんびりと説明してくれた。

なんでもここにある剣や自分、あと棚にあるいくつかの武具などは
ダンテが魔界と関わるうちに手に入れた魔界の武器、魔具というもので
悪魔が自らの身や力を変化させる事により
使用者に力を与える事ができる特殊な物なのだそうだ。

ただそこにあるよく喋る剣だけは元からこれが本体で
昔そのやかましさからダンテに使用するかわり喋る事を禁じられたのだと
引っかけられた布をとったりかけたりして遊びながらネヴァンは説明してくれた。

「・・まぁ確かに黙ってればただの悪趣味な剣に見えるけど
 こんなに喋られたら武器としては使いにくいかも」
「コラ、我ら悪趣味な剣などという名ではないぞ」
「そう、我が名はアグニというのだ」
「そして我が名はルドラというのだ。よく覚えておけ異質の悪魔よ」
「あ、そうなんだ。じゃあ・・よろしくアグニにルドラ」

手があったら握手を求めてきそうなその気さくな様子に
2本の剣はそろって黙り込み、できはしなかったのだが
そろって顔を見合わせたような気配をさせた。

「・・・確かに妙な気分ではあるな兄者」
「・・・うむ、我らの主は武には長けておったが我らに口をきくことを禁じた上に
 ある日突然我らをここへ押し込みそれっきりであったからな」
「押し込んだ・・?」

その時純矢はちょっとイヤな予感がして入ってきた扉の方を見る。

そこに鍵はかかっていなかったが
自分が近づきそうにない武器庫の奥だったし目立たない場所にあったし
それに電球もつかなくなるほど開けていなかったのだし・・・もしかして・・・。

などと悪い予感をふくらませていた純矢に気付いたのか
ネヴァンがちょっといたずらっぽく笑って

「あ、言い忘れてたけどそこにかかってた鍵は取らせてもらったわ」
カギ!?鍵がかかってたんですかこの部屋!?」
「かかってたわよ?でもせっかく面白そうなお客様が来てるのに
 招待しないわけにはいかないじゃない?」

うわあぁ!やっぱりかぁ!?
こんな場所にあるからもしかしてとは思ったけど
怒られる!自分で開けたわけじゃないけど後で絶対ダンテさんに嬉しそうに怒られる!

「あの人自分の事棚に上げて俺がヘマした時
 すんごく嬉しそうに説教してくれるから始末に悪いのにーー!」

と、最後の方は声に出して頭を抱える純矢を見て
一対の剣達が不思議そうな声でしゃべり出した。

「・・兄者、客人が何やら後悔しておるぞ」
「そのようだな。もしや番犬の言ったことが当たったか?」
「・・え?番犬って・・」
「そこに鎖のついた氷みたいなのがあるでしょう?
 それも私達と同じようにここに閉じこめられてた魔具の1つで
 あなた達が来るのを一番最初に嗅ぎつけたのもそれなの」

そう言ってネヴァンが指したのは純矢が最初に見つけた
あの氷でできた涼しそうな武器だ。

そう言えばさっきからチラチラとそこから視線のようなものは感じるが
そちらからアプローチしてきそうな気配はない。

「・・でもさっきから全然喋りませんね」
「ちょっと固い性格をしてるからきっと警戒してるのよ。
 こんなに面白そうで美味しそうな子だっていうのにねぇ」

などと妖しい視線と仕草を見せるネヴァンに純矢はちょっと困った。

ボルテクスでもこんな悪魔がいなかったわけではないが
こんな強力な色気を振りまいている悪魔もそうはいない。

さすが外国に来ると悪魔も相応にナントカドリームサイズになるのか
少々目と身の置き場に困っていると、横からミカエルが腕を引き寄せ
離れないようにしっかり組んでくれた。

それは親が子供と離れないようにするのと似ていたが
こういった未知の多い状況下でその気遣いはちょっと嬉しい。

「え・・えと・・じゃあネヴァンさん達の他にもまだ誰かいるんですか?」
「えぇ、あとその氷の横に1ついるわ。
 ただそれは『いる』って言うよりも『ある』って言った方が正しいかも知れないけど」

そう言ってネヴァンの指がさしたのは氷の魔具の横に置かれてあった
白いラインの入った黒い装具のようなものだ。

獣の手足を模したようなそれは両手両足の分だけあり
よく見ると白いラインの部分がチラチラと脈打つように光り方を変え
見方によっては血液が流れているようにも見える。

「これ・・生きてるみたいですけど・・」
「でもそれだけは最初から誰も入っていないみたいなの。
 元々は私たちと同じ場所にいたかなり凶暴な悪魔だったんだけど
 その後使われるようになってからも私たちがここへ保管されるようになってからも
 誰もそれの声だけは聞いたことがないの」
「・・じゃあ何かの抜け殻ですか?」
「どうなのかしらね。私もヒマだから何度かアプローチしてみたんだけど
 反応やお返事をもらえたことは一度もなかったわ」
「・・ふーん」

ミカエルの腕をかるく叩いて離しての指示を出してから
純矢はそれに近づいて外見を見てみた。

黒くて重そうなそれは鉄のようであってそうではなく
武器というよりは防具の一種にも装飾品のようにも見え
それでも何度か使用したことがあるのかよく見ると小さな傷が残っている。

ためしにちょっと腕の部分つついてみるとそう重い感じもなく
コトンと少しだけ向こうへ転がり・・・それっきりだ。

誰も入っていないというのは本当らしく、しばらく待ってはみたが
それは他の魔具とは違い何の反応も気配も返してこなかった。

だが他の魔具にくらべてあまり存在感のないそれが
純矢はなんとなくだが気になった。

何をと言われれば答えに困るが、ただ本当になんとなく気にかかるのだ。
それは例えるなら買ったばかりの皿にシールの跡が残っていたり
綺麗に洗ったつもりのフライパンにコゲが残っていたような感覚に近い。

純矢はそーっと手を伸ばし、ミカエルが何か言いかかったのを制止して
その1つを手に取ってみた。

思ったほど重くないその篭手は純矢の手には少し大きいサイズで
本来どう使うのかは知らないがはめて使うとするなら少し不格好になるだろう。

ネヴァンが楽しそうに見ている中で純矢はそれの中をのぞいたり
裏返したり叩いて鳴らしてみたりして

ほんの気まぐれに、なんとなく
ただサイズを確かめるような感覚で腕の部分をすぽと1つはめてみた。

だがたったそれだけの事が

全ての間違いの元になった。




「・・・しかしオマエ達もヒマだな。オレをあんな所まで探しに来るヒマがあるなら
 もうちょっと他にできる事が・・いで」
「今この場で顔の形を変えたいのなら先を続けろ」

横から耳を思いっきり掴まれたダンテは
さすがにこんな車内でケンカする気にもならず、降参とばかりに両手を上げる。

バージルはそれを確認してすぐ手を離したが
その足元にはケルベロスが顔にシワを寄せ窮屈そうにおさまっているので
次に何か言った場合そっちが即座に噛みついてきそうだ。

バージルのカンとケルベロスの追跡で痕跡をたどり
ダンテを見つけたはスラムの奥にあったかなりアレな酒場だった。

場所は場所だったが一応一緒にいたエンツォに事情を説明していたというのは本当らしく
見つけた時になんだか珍しげな顔をされたがそれ以上はいたって普通。
偏屈な弟で困る事が多いから、たまに力になってくれよと
バージルはまったく乗り気じゃないのに名刺を渡された。

実はその兄の方も場合によってはかなりの偏屈者なのだがそこは黙っておき
とにかくそこからダンテを連行して今全員で無事に事務所に帰還する最中だった。

「高槻がそうしろと言ったのだから仕方ないだろう。
 それに昼間っからあんな酒臭い店にいる出入りするのもどうかと思うよ」

そんな事を言いながらハンドルを握ったフトミミは信号でブレーキを踏む。
借りた車は買い物用に借りたためか後ろが荷台になっていて
1つの助手席に大の男2人はちょっとどころかかなりキツイがこの際仕方ない。

全員の真ん中で堂々とダレているマカミを放り出せばちょっと広くなるだろうが
放り出したら放り出したでダンテ同様どこに寄り道するかもわからないので
元から狭い車内は色んな事情により今かなり狭かった。

「・・同感ダ。ばーじるノ勘ガ働カナケレバアト数分デ鼻ガモゲテイタ」
「くそ真面目ニにおいヲ探シマワッテルカラダロ。
 コンダケ人数ガイルンダカラモウチョット気楽ニスリャヨカッタノニ」
「傍観シテイタダケノ分際デ気楽ナコトヲ言ウナ!
 大体貴様モツイテキタノナラ少シハ協力シタラドウダッタノダ!」
「イヤおれハ別ニ仕事頼マレタワケジャネェシ」
「貴様・・!ドコゾノダメ悪魔狩リノヨウナ屁理屈ヲ!」
「・・おいコラそこの犬っころ。それをオレの足元で言うってことは
 踏まれる覚悟がありありなんだな?」
「ンゴッ!?コノ・・!踏ンデオキナガラ何ヲ偉ソウニ!」
「オーオ、コノ狭イノニ仲ノイイコッテ」
「・・動くな乗るな暴れるな」

ダンテの足がケルベロスを踏んづけ、ケルベロスは負けじとその足を噛み返し
それを鼻で笑って見ているマカミをバージルが頭からどかそうとしたりで
ただでさえぎゅうづめの車内がとてもややこしくなる。

「こらこら、狭いんだから暴れないでくれな・・」

ゴォン・・

狭い場所でもごもごされると運転の邪魔になるから
どれか適当にひねって黙らせようかとフトミミが思いかけた時
どこからか鈍い音が響いてきた。

それは重い物が何かにぶつかった
例えるなら車が壁にぶつかったようなそんな音だ。

「・・?何だろう。どこかで事故でもあったのかな」
「・・まぁここらじゃよくある話だ」

顔の前からマカミの胴体をのかし
まだ足をガジガジやられながらダンテが興味なさげに言い放つ。

なにせここらは治安の悪い場所なので多少酔っぱらった奴が事故を起こしたとしても
死人が出ない限りは事故にも事件にもならない。

だが窓側にいたバージルがふと表情を険しくし
マカミを変な形で引っかけたまま手動の窓を全開にした。

それ以降音はどこからもしてこないが
バージルは何を感じたのか帰宅方向を見たまま動かなくなる。

その様子に気付いたダンテは地味なケンカを中断して
窓から聞こえる音や景色に意識を集中させた。

「・・なんだ、さっきの音がどうかしたのか?」
「・・今の音・・方向と距離からしてお前の事務所からだ」
「物騒だな。君の家には対人地雷でも仕掛けてあるのか?」
「いくらなんでもそんなワケがあるか。そりゃ多少の爆発物はあるが
 あんな音を立てるような物はアイツが手出ししないだろう」
「じゃあご近所にそういった物騒な隣人が住んでいるとか」
「いや、色々やらかしてるうちにすっかり近くは空き屋になってな」
「・・・ダッタラヤハリ貴様ノ家シカナイデハナイカ」

足元からくるケルベロスのジト目を受けつつダンテは考えた。
言われてみればそんな騒ぎが起きそうなのは自分の店しかない。

けれど今その店にはちゃんとした留守番が何人もいるし
その中心にいるのはそんな騒動を好きこのんで起こそうとする奴ではないし
念のために危なそうな部屋の事についても注意はしておいた。

・・が、ちょっと待て。

確かにそいつは好きこのんで騒ぎを起こしたりはしないが
しかしその意志にかかわらずアレの周囲には何かしらの騒動が起こる。
それは今隣にいるもう戻らないと思っていた兄についてもそうだし
その手元か家の壁にある剣にいるのだろう父についてもそうだ。

などと考えれば考えるほどイヤな予感が倍増し
少しづつ顔色を変え始めたダンテにフトミミが聞いた。

「その顔だと心当たりがあるみたいだね」
「・・だが差し当たった心当たりには鍵がかけてある」
「じゃあその鍵というのはさっきみたいな音を出させないぐらいに
 しっかり頑丈に作られている物なのかな?」

ダンテはあ、と思った。

だって確かにそこには鍵がかけてあるが
その中にある物達はそんな鍵1つでどうにかなる物ではない。

それに鍵をかけてから一応今まで大人しくしてくれてはいたが
あんなバラエティに富んだ連中がいきなり多数転がり込んできたのだから
中の連中が外の様子を気にしないワケがない。

ダンテは眉間にバージルとそっくりなシワを作って
空いているスペースに腕を伸ばして身体を固定し、低く言った。

「・・飛ばしてくれ」
「了解だ」

ガコガコ ギュギャギャー!!

今まで丁寧な運転をしてい軽トラックが
目にもとまらぬギアチェンジをし、凄まじい音をたてて走り出す。

外を見ていたバージルが窓枠に後頭部をぶつけ
ケルベロスとマカミがそろって変な声を出すが
それで事の重大さがなんとなくわかったのか、その後誰も文句も愚痴も言わず
さっきまで騒がしかった車内が急に静かになり
タイヤとエンジンの上げる悲鳴の音だけがやたら大きく車内に響いた。



幸い事故にも渋滞にもあわず、土煙を上げて車が店の前へ到着すると
なぜか隣と店のすきまの路地で騒がしい気配がした。

車を飛び降り行ってみるとトールが壊れた壁の瓦礫を必死でどかし
その中にうもれているミカエルを掘り出していて
しかもそのそばには悪い予感通り、ここにいるはずのない妖しげな女がいて
ちょっと困ったように首をかしげながらそれを見ていた。

・・あぁ・・やっぱりかあのヤロウ。

それを放り出して逃走こいた自分のことは棚に上げ、ダンテは1人天を仰いだ。

そしてそれを見つけたトールが真っ先に突っかかってくる。

悪魔狩り!!貴様一体ここに何を・・!!」
「よせ、怒るのは後だ。それより母さんはどうした」

今にも掴みかかって来そうだったトールをなだめ、バージルが冷静に状況を聞いた。

そう言えばいつもの面々や隠そうとしていた奴らはちゃんといるのに
肝心の純矢の姿だけが見当たらない。

すると相当強力な攻撃をくらったのか
壁をぶち抜いてさらに隣のビルの壁にめり込んでいたミカエルが
無言のまま少し向こうにある壁を無言で指す。

そこにはいくつかえぐったような穴や何かの爪痕があり
それは点々と跡を残しながら真っ直ぐ上へと続いてる。

それはまるで何か鋭い爪を持った者が
壁を蹴ったり爪を立てたりしてビルの上へ逃げたように見えるが・・。

「・・・サマエルと・・ピシャーチャが・・追っている・・
 だが・・凄まじい力だ・・・・止めように・・も・・!」

内蔵か骨がやられたのか、ミカエルはそこまで言って激しく咳きこみ
ばふと音を立てて背中から翼が広がり姿が元に戻った。

「わかった。方向はこの跡の方でいいんだね。トール、回復を頼むよ」
「・・し・承知した!」

フトミミが簡単な手当の準備を始めトールが回復スキルを詠唱する中
ダンテはそこで残された奇妙な跡からある事を直感した。

そこに隠してあった物の中、この乱暴な手段に打撃で相手を負かした手口
おまけにあんな爪痕を残し人を1人だけ持っていける奴と言えば
考えられるのはただ1つ。

「あ!どこへ行く悪魔狩り!!」
「追う!アレはバイパーが追ってたんじゃマズい!」

トールの声にそう答えるとダンテは走って店の裏手に回り
放置してあったガラクタの山から何かを引きずり出し
薄汚れたシートを引きはがした。

それはいつかどこかで手に入れた銀色の大型バイクだ。
言い換えるとパクったとも言うが、ダンテはそれに飛ぶようにまたがり
付けたままだったキーを回そうとした。

しかしその瞬間、どんと後ろで衝撃がする。

だがダンテは振り返らなかった。
多少性格や考え方に違いはあれども
双子なので行動や思考は手に取るようにわかるからだ。

「先に言っとくが落ちても回収はしないからな」
「いいから行け」

カンと車体を叩く音に続けてエンジンの爆音が起こる。

そしてその赤と青を乗せた銀色のバイクは
バイクにあるまじき轟音とスピードで日の沈みだした道へ飛び出していった。






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