しかしようやく組み合う回数の増えた木刀と閻魔刀は
むぎぎと音を立てながら離れる気配がなく
その声も聞こえなくなるほど集中し出したのか2人ともまったく反応がない。
と言っても片方は息も切れそうなボロボロの青年
片方は木刀を持った首の上がファニーなウサギ男の睨み合い。
でもよく見たらこれってコント以外の何者でもないなとか思いつつ
そんな状況にも慣れちゃった自分の事はあえて無視し
ジュンヤは再度あらためて、こんな声のかけ方をした。
「えーと・・一応簡単な弁当作ってきたんだけど
いらないならみんなで先に分けて食べるよ」
その言葉に見た目に奇妙な攻防がピタリ停止する。
「・・・そうか。それなら仕方ない」
「・・・・」
無意識のうちスパルタ状態になっていたウサギがあっさり戦闘をやめ
その途端、バージルが力尽きたようにどさと膝をつく。
「バジルバジルバジル!しーしーし死にかけ死ーにかけ死にかけー!」
「・・・・死ぬか・・!それと・・短縮するな!・・俺はバージルだ!」
「ヴゥ〜?」
心配してるのかからかってるのか分からないフレスベルグに周りを飛ばれ
大きな手を出して多分心配しているのだろうピシャーチャに付き添われつつ
それでもバージルは自分の足・・いや手を使って
ずりずりはってでも来ようとしている。
ジュンヤはブラックライダーの馬に積んであった弁当を降ろしながら
両方とも食い意地はってる所はどっかの誰かと似てるんだなと密かに思った。
そこは見渡す限りの乾いた荒野、しかも空は青ではない変な色をしていて
お世辞にもシートを広げてお弁当を食べるというには適していない場所だ。
しかも食べるメンツが骨とか口とか鳥とかウサギなので
これって絵的にどうよと考えさせられはするが
なにせジュンヤはこういった状況下で育ったも同然。
なので横で黒ローブの骸骨がお茶をそそいでいようと
斜め前でほぼ全身が口をしめてる2mをこす幽鬼がいて
大きな口にのろのろとシイタケのチーズ焼きを一個づつ地味に放り込んでいようと
その横で大きな妖鳥がフランスパンをむぎぎーと喰いちぎろうとしていても
そのさらに横で真っ赤な獣が7つに分けられた皿(中身が全部違う)を食い散らかし
時々よその皿に首を伸ばそうとして主人に笑いながら蹴られたりしてようが
もうあんまり気にせず、横でさっきから一言も話さずもくもくと
飯を固めただけのものを食べている魔人にお茶を渡した。
「・・バージルさん、根性があるのはわかったから
意地はって身体を酷使するのはやめような。
再生してからこんな運動あんまりしたことないんだし」
と忠告はしてみてもその当人、散々激しく動き回ったためか
いつもはゆっくりな食事のペースが異常なまでに速く
大人しい彼にしては珍しく好物の梅おにぎりをガツガツがつがつ
かっ喰らうようにして食べている。
よく見るとその食べ方、ダンテに似ていて笑いをさそうが
ちょっと半笑いなジュンヤの事など気にする余裕すらないのか
バージルは3日ほど何も食べていなかったかのような勢いで
ばかばかと純矢製おにぎりを鼻先に米がつくのもかまわず平らげていく。
で、スパーダはというと・・
手におにぎりを持ったまま硬直中。
そう言えば今気付いたが、ウサギ頭では物は食べられない。
その事にまずジュンヤが気付き
次にブラックライダー、そしてマザーハーロットとピシャーチャ
そしてフレスベルグとバージルが周りが静かな事をきっかけにそれぞれ気付いた。
そしてその場全員の視線を集めたウサギ男改が、視線に気付いて顔を上げる。
その顔はファニーなウサギのままだが
中の人は困った顔をしてるのだと想像はつく。
そして少しの沈黙の後。
まずブラックライダーがすっと無言で何かを渡した。
差し出されたのはパンの入っていたちょっと大きめの紙袋
・・に、穴がぷすぷすと無造作に2つ開けられた代物。
「「「「・・・・」」」」
その場にいた全員が黙り込み・・
全員が黙って背を向けて、それぞれ食事を再開した。
「・・・いやはや、気をつかわせてすまないね」
全員の背中に礼を言いつつ
スパーダは実はちょっと気に入りだしていたウサギから
かぶると怪しさ核弾頭級になる紙袋(リサイクル紙使用)に装備を変更し
その下の隙間から押し込んでの食事となった。
で、そんなこんなでさらに怪しい人が加わった面々で
荒野の真ん中みたいな場所で簡単なお昼となったわけだが
何もないただ広い土地をながめながら、ふいにジュンヤがこんな事を言い出した。
「でもさ、こんなに広い場所なら今度はみんなで来ようか。
何もないけど人目も場所も気にしなくてのびのびできるし」
「(スルメかじりながら)ん?何を申しておる。
今まで散々このような場所を徘徊しておった分際で」
「そりゃあの時はこれで当たり前だって思ってたけどさ
・・なんていうかな、離れて分かる懐かしさって言うのかな。
ボルテクスにいた時間は、俺が生きてる間では短かったかもしれないけど
その短かった間にいろんな経験をたくさんした場所でもあるから・・」
その目が懐かしそうに、そしてあまり見たことのない風に細められて
米粒にまみれていたバージルの手が一瞬止まる。
「ホォーッホッホッホ!無い物ねだりは欲のある者すべてに共通する特権じゃが
おぬしも無欲に見えてもやはり人間の部分が色濃いようじゃ」
「・・いや、だからってまたあの世界を徘徊したいとは思わないよ。
思い出は思い出。今は今。それ以上は望まないのが俺のルールだ」
「ホォーッホッホッホ!なんとも謙虚な創世主じゃのう!
じゃがそれもまた、おぬしの特性ではあるがな!」
「ジュンヤジュンヤ!おかわりおかわりー!」
「あ、うん。ちょっと待っ・・ってこらフレス。
パンくずそこらじゅうに散らばってるじゃないか。ちゃんと綺麗に食べなさい。
ピッチ、お茶はいるか?」
「ヴゥオ〜(冷えたやつなら・・と言ってる)」
などと楽しそうに話す連中を見ていると
どこか自分だけが周りから取り残されたような感覚になり
バージルは少し寂しいような気分になる。
だがそれを察したのか紙袋の隙間からおにぎりを押し込んで食べていた
元ウサギ童子がバージルにだけ聞こえるような声でこんな事を言った。
「そう悲観する事はない。
確かに君はまだ若く、経験も浅く、彼らの知っていた事を知らないかもしれない。
だが君には君にしか出来ない思い出作りというものがある」
見た目は文句なしに怪しいが、そのどこか懐かしさのある声は
他人の意見をあまり受け入れる性格をしていない
気位の高い魔人の耳になぜだか自然と滑り込んでくる。
「それはこれからの君の行動次第で自然と増えていくものだ。
それでも足りないというのなら自分から積極的に何かをしようとする
今回のような姿勢を持つといい」
「・・・・」
「幸い君の意思は強そうだ。意思の強さは時として思わぬ力となる。
身体を鍛えることも大切だが、心身共に成長するのも強さの重要な要素だ。
覚えておきなさい」
確かにそうかもしれない。
その昔自分はただ1つの目的のために前に進んでいたが
それは手の届く寸前で実の弟、しかも一度勝っていたはずの弟に
最終的に自分は阻止されてしまっている。
力では勝っていた。
だが意志の強さの重要性はこの男の言う通り以前身をもって経験済みだ。
けれど同時にバージルには納得のいかない事が1つだけあった。
「・・・1つ聞くが・・答える気はあるか?」
「なにかな?」
「貴様、何者だ」
「通りすがりのおせっかい焼きで、前にも言ったがあの子のファンだ」
即座に返された答えはもちろん納得のいく物ではない。
彼の今一番納得いかないこと。それは何かと言われたら
こんな得体の知れない物体にいいように言いくるめられてしまっている自分と
うまく表現できないが・・ダンテ風に言うならばなんかムカツクけど
変な親近感のあるコイツの事だ。
バージルは思いきり胡散臭そうな目で紙袋を睨んでから
ようやくおしぼりで海苔と米粒にまみれていた口の周りを拭いた。
「・・剣技も指導も悪くはないが・・お前とは合わん」
「はは、1つの物を同時に欲しがるのならそれは当然だな」
その何気なくさらりと言われた言葉に
お茶へ手を伸ばそうとしていたバージルの動きがびしと止まる。
スパーダは明確な事を言わなかったが
今までの経緯からして何のことかは想像がついたからだ。
ぎろりとした視線で睨むと紙袋の下の目は案の定
こちらを笑うかのように笑っている。
「・・・貴様・・・」
「いや、あの子の手前ではそう大それた行動はしないが
私も悪魔だ。いつかは君の思う通りになるかもしれない」
「・・・・」
「そうなるかならないかは・・君のこれから次第だな」
ぐしゃ
バージルの手にしていた食べかけのおにぎりが手の中で潰れ
たまたま見ていたピシャーチャがひいとばかりにビクッと身を震わせる。
その後即座に食べ物を粗末にするなと母に怒られたが
バージルはそれより何より、この目の前の奇妙な男から
その再生の母を守る事がまず最初の目標として設定された。
そして一息ついた後の訓練は随分と様子が変わった。
元々接近戦に強いバージルは飲み込みが早く
スパーダも姿形はともあれ教え方がうまいので
最初は一方的だった打ち合いも格段に様子が変わり
バージルはただ闇雲に打ち込むことをしなくなり
時折飛んでくる木刀をちゃんとかわす動作もできるようになって
しかもその動きは時間がたつにつれ、無駄なく綺麗になっていく。
「ホォーッホッホッホ!わらわは剣についてはまったく知らぬが
何やら随分とさまになってきているではないか!」
などと笑うマザーハーロットの下ではハルの首2本と
フレスベルグがギャーがー賑やかにじゃれている。
だがそんな様子をよそにジュンヤは少し浮かない顔をして頭をかいた。
「でもさ・・これってよく考えたらマズくないか?」
「何がじゃ?」
「だってさ、強くなるってことはケンカが強くなるってことだろ?
バージルさんはしないつもりだって言ってたけど
2人ともやっぱり兄弟ゲンカの1つや2つくらいするだろうし・・」
「ホォーッホッホッホ!今回のことを許可した本人が何を弱気な!
そのような心配今からするほどの価値もあるまいに!」
「え?」
フレスベルグとじゃれていない首達が
グケケとそろって主人の心を反映するかのようにそれぞれ笑う。
「ケンカの仲裁と制裁はおぬしの得意分野じゃろう。それに・・・」
「それに?」
「兄弟であるから、ケンカの1つや2つをするのであろう?
そんな分かり切ったことを今から心配して何になるという」
じゃれていたのがヒートアップしてきたのか
ガーと噛みつこうとして口を開けた首にげしと蹴りを入れつつ
マザーハーロットはいつも通りマイペースかつ他人事のように
ケラケラとジュンヤの心配事を笑い飛ばした。
彼女が何事にも楽観的なのは、実はきちんと先を読んでいて
なおかつ確信を持っているから気にしないだけなのだろうか。
しかしジュンヤから見てそれは言い換えると・・
「でもそれってつまり・・ケンカの仲裁に必死にならないといけない俺を見て
楽しもうって事なんだな?」
「ホォーッホッホッホ!正解じゃ!褒美としてアメをやろう!」
賢いのか楽天的なのか、悟っているのか脳天気なのか
それともただ単にバカにしてるだけなのか
相変わらず掴み所のない魔人にため息を返しながら
ジュンヤはぺいと投げてよこされたアメ(パイン味)を無造作に口に放り込んだ。
スパーダは表には出さないものの内心嬉しくてたまらなかった。
数年のブランクがあるとは言えやはりダンテとは違い
剣一本のみで生きてきたバージルは数年ぶりの事だというのに
短時間の間に感を取り戻し、型を覚え、どんどん自分の動きに対応してくる。
さすがにかつて自分の力を欲しただけあってか
その吸収力には目を見張るものがある。
一応ジュンヤの要求であまり激しい攻撃は教えないつもりだったが
この強さ、磨けばどこまで光り、一体どこまで伸びるのか。
まがりなりにも伝説の魔剣士の子。そして自分の実の息子なのだから
剣士としても父としても、気になると同時に楽しくもなってくる。
しかし・・・
しかし・・私にそんな資格など存在しない。
その気持ちが一瞬剣に出たのだろうか。
横なぎに来た一撃をかわしながらバージルが一瞬怪訝そうな目をし
様子を見るかのように素早く間合いをとる。
ふふ・・そうか。そんな事も分かるのか。
スパーダはふと沸いた気持ちを押し込むようにして一度目を閉じると
手にしていた木刀のかまえを一度解いた。
「うむ、君はやはりスジがいい。
数年のブランクがなければさぞ豪の者に成長していただろうな」
「・・それはお前以上という範囲での仮説か?」
バージルもかまえを解き、しかしまだ警戒したままそう聞くと
スパーダはウサギの下で静かに笑った。
「いや、あいにく私は君の何十倍もの年月と経験を積んでいるのでね。
数年ごときではそう易々と越えられない」
バージルはムッとしたものの反論しなかった。
詳しいことは知らないが、この一見ふざけた男
確かに自分より数倍の経験と修羅場をくぐってきているように見えたからだ。
「そこでだ、ここで1つ真剣味を試すという意味でテストをしようかと思う」
「テスト?」
「今から私はここからジュンヤ君のいる所まで歩く。
君はそれを阻止するだけでいい。ただし・・・」
ゴウ!!
「・・!?」
その途端、スパーダ、いやウサギの黒かった目が突然赤く光ったかと思うと
周囲の空気が彼を中心として足元の地面を瞬間で割らんばかりに一変し
バージルは目を見開いて息をのんだ。
「・・阻止できなかった場合、私はあの子から1つ何かを奪わせてもらう」
その何かは明確にされなかったものの
ろくなものではない事はバージルには分かった。
わかってはいたが反論ができない。
いや、しようにも突然猛烈な勢いで吹き出してきたその威圧感に
圧倒されていたとういう方が正しいだろう。
それは彼が今までに感じたことのない凄まじいプレッシャーだ。
さっきまでいるかいないのか分からないほどの気配程度だったものが
突然山を凝縮したかのような存在感にとって変わっている。
・・やはりあのふざけた頭部はフェイクか!
そう思ってバージルは閻魔刀に手をかけるが
その手からうっすら汗がにじみ出していたのを本人は知らない。
「・・・・貴様・・母さんに危害を加えるつもりか?」
「いや、そのつもりはない・・・が
何をするかはこれから歩きながら考えるつもりなのでね。
止めるなら早い方がいい」
そう言ってすっと一歩踏み出したスパーダからは
動いた分だけ、いやそれより数倍の体積を退けるかのような重圧が吹き付けてくる。
それはそれなりな実力を持つ仲魔の誰であろうとも出せそうにない
恐ろしいまでの威圧感だ。
そしてそれはスパーダが一歩踏み出すごとに
ぐっと空間を押しのけるかのように前へ進み
バージルはそれを止めるどころか立っているのがやっとな状態だ。
やはりこの悪魔、見た目は間抜けに見えるが
それはこちらをかく乱させるための擬態か何かで
どうやらこちらがヤツの本性らしい。
少しづつ近づいてくる威圧感に顔をしかめながら
バージルは後に押しのけられそうになる心をしっかりと地面に繋ぎ止め
閻魔刀に神経を集中させた。
力量はこちらが不利なことなど明白だ。
だがあれを止めない事には、今回の母の協力を得てまでした事の意味がなくなる。
何よりあの歩みの先で不思議そうにこっちを見ている母を守る事ができない。
その母の近くでその異常な気配を感じ取ったのだろうか
フレスベルグが怯えたかのように上空に避難し
同じく緊張しているのか低いうなり声をたてているハルの後で
ピシャーチャが大きな身を少し丸めている。
そんな中、バージルは後にさがりそうになる足を叱咤しながら
頭をフル回転させ最善策を練っていた。
・・おそらく正攻法では考える間もなく一撃で負けるだろう。
いや、あの猛烈な闘気では瞬間で勝負をつけるどころか
間合いに入ることが出来るかどうかすら怪しいものだ。
考えている間にも一歩、また一歩と魔王のような威圧感を放ちながら
スパーダがゆっくりと近づいてくる。
しかしその頭は色々改良をほどこされたウサギなので
そんなに怖くはないだろうと思いたい。
だが今のウサギは戦いに長けた者から見れば一味も二味も違い
その気になれば目か額の赤丸からビームが出て
耳の蝶マスクがすっ飛んでなんでも両断するカッターに
×マスクのついたは口は火炎放射できそうにさえ見え・・・
・・いや、そんないろんな意味で怖い事を考えている場合ではなく・・。
などとバージルが多少錯乱しつつ対策を練っていると
動かそうにも動かせなかった視界のはじで、何かがすっとわずかに動いた。
あまりじっと見ている暇もなく、確認できたのは一瞬だけだったが
それは色からしていつの間にか移動してきていたブラックライダーだ。
そしてその動作も小さなもので、あまり正確に見れなかったが
手にしていた天秤をふいと横に振ったようにも見える。
・・・・横?・・・・。
・・・・・・・。
・・そうか!!
そのわずかな動作からバージルは一瞬で活路を見いだし
閻魔刀にかけていた手を引き、なぜか戦闘態勢を解除した。
あと数歩という距離まで来ていたスパーダがその様子に気付き
ウサギの下で怪訝そうな顔をする。
「・・どうした、戦意喪失か?」
しかしバージルは答えない。
それは一度だけブラックライダーから聞いただけで
実際に実戦した事はものの一度たりともない。
しかし・・・理論上は可能なはずだ。
あとは自分の精神力と集中力と瞬発力
そして相手にその性質があるかどうかに賭けるしかない。
まさか自分がこんな賭け事まがいの勝負を挑む事になるとはな・・。
心のすみでそんなことを無意識で考えながら
バージルはゆっくりと口を開いた。
ネタに『7人の○タク』を参照。
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