「・・1つ聞く」
それは落ちついてはいるがいくらか緊張した声で
だがそれでも攻撃する気配も構える様子すらもないという
不思議な行動だった。
何をする気だと思いスパーダが足を止めると
殺気も怒気もないまま、バージルはこんな事を言い出した。
「・・その頭部、何をコンセプトとして構成されている」
当人は一瞬なんで今頃そんな事聞くんだとは思いはしたが
こちらのスキを突こうとしているのか、気を紛らわそうとしているのか
どちらなのかは分からないがとにかく聞かれたからには答えるのがスジというもの。
全身からあふれ出す重圧をそのままにスパーダは答えた。
「口下手(マスク)だけど意欲のある(ハチマキ)迷い子(ウサギ)
つまりは君だ」
「・・・・・・耳のそれは?」
「単なるおしゃれだ」
バージルは今すぐ殴りかかりたくなる衝動を必死で抑え
とにかくその機会を待った。
・・・まだだ。
コイツはまだ何かを隠し持っている。
それを見つけ出すまではまだ早い。
そんなバージルの思惑を知って知らずか
スパーダは×のしてあったマスクに手をかけさらに続ける。
「ただし、君を模していたとしても・・」
そして無造作にはがした×マスクの下には
多分マジックで書いたのだろう立派なナマズヒゲ。
「その根本は紳士であれとの意思で構成されている」
でも絵心がなかったのか鏡を見なかったのか
バランスの相当お悪いお髭が一対。
しかもそのうち片方は鼻の下から直接出てて
ヒゲと言うよりカールのかかった鼻毛だった。
そしてそれを見たバージルは・・・
その一瞬
なぜだかふっと
わずかにだが、確かに笑った。
それは罠にかかった事を喜んだ狩人の笑みか
それとも自分の勝ちを確信した笑みだったのか。
だがそれを確認する間もなく唐突に
バージルは弾丸のような速さで動いた。
しかしスパーダは慌てず焦らずコンマ数秒でその動きに備える。
だがそれはよく見ると抜刀の動作ではない。
ならば素手でくるつもりかと思ったが、それにしても見たことのない型だ。
訝しむスパーダをよそにバージルはその一瞬で間合いをつめ、重心を落とし
手にしていた閻魔刀ではなく己の利き手に神経を集中した。
「なん・・」
当たるか当たらないかは考えなくていいと黒騎士は言った。
「でや・・・」
ただその一言と一撃に全神経と魂を込め
あとはその気持ちと己の全てを相手に向けてぶつけるだけ。
「ねーーーん!!」
そういうものだと寡黙な魔人に教えられた裏手の手刀は
おそらくこの世で最も威力ののったツッコミだったに違いない。
たかが裏手、されど魔人の魂の叫びと全身全霊の力を込めた
摩擦で炎を起こし空間をも両断できそうな一撃だ。
だがそれは確かに威力もあり速度もあったが
経験の多いスパーダの目に止まらないほどのものではない。
しかし。
しかしだ。
これって何か・・かわしてはいけないのでは・・ないだろうか。
いやその前にこれはきちんとくらっておかないと
コミュニケーション的にどうかと問われるような気がするのはなぜだ?。
いや別にかわしても弾いてもかまわないだろう。
しかしかわしてしまうと人道的にこの場の雰囲気的に白けさせる予感がするのだが・・
いや私は悪魔なのだから別に人道というものは考えなくていいのだろうし
律儀に喰らってやる義理というのも今の教育上必要ない行為なのでは・・
・・あ、しまったもう避けられな・・
ずびたーーん!!
などとコンマなん秒の間でごちゃごちゃ考えてる間に
胸に強烈な衝撃がぶち当たった。
しかもあれこれ考えていたためか、不意と無防備をつかれたスパーダは
その一撃によって車に撥ねられた以上の速度でまともに宙を飛び
遙か後にあった岩壁に激突してようやく止まる。
そしてそれを遠くで見届けていた黒衣の騎士は
天秤をかかげていた手で誰も気付かないほど地味に
こっそりひっそり親指を立てた。
そう、これぞブラックライダー直伝
日本西方の秘技『なんでやねん』。
ここではない西のとある土地で
相手の行為に対し抗議する際使用する日本固有の風土文化・・
・・いや、フォローさせてもらうと、これは正しくは単なるリアクションの一種で
こんな強烈に気合いと殺意を込めまくって攻撃するものではないのだが
タイミングと使用方法は間違っていないと思うのでまぁよしとしよう。
身をかわしてよけられればそれまでだが、しかしスパーダはよけなかった。
いや、よけようと思えばよけられたが、あえてよけなかったと言う方が正しいかもしれない。
そっちの文化はあまり知らなかったのだが
日本好きの性格と半端なコミュニケーション知識などがそうさせたのだろう。
相手によっては簡単によけられるが
相手によってはよける気を起こさせないという
それは真剣勝負にあるまじきバクチな技なのだが・・
・・・しかし・・案外やってみるものだな。
昔ならとても考えられなかった、ちょっといい加減な気持ちを抱きつつ
バージルは結構しびれてしまった手をぷらぷらし
ほんの一瞬ブラックライダーに感謝のつもりか視線をやって
遙か向こうまで叩き飛ばしたウサギの後を追って走り出した。
一方スパーダはというと岩壁に激突したまま
もうもうと土煙の上がる中、少し呆然としていた。
これくらいならダメージをくらったという程ではないが
しかしそれはかなりな一撃だったというのに
殴られたとか攻撃を受けたとかいう感じのしない
なんだか不思議な一撃だった。
なぜなのだろうと考えはするが、なぜか答えが見つからない。
「・・・・・くっ・・くく・・」
だが素手で思いきり弾き飛ばされ、背中から激突するなど失態だというのに
土煙の舞う中でスパーダは小さく笑った。
こんな妙な事で一本取られた事もそうだが
まさか自分が実の息子に殴り飛ばされる日が来るとは思いもしなかったからだ。
そして少ししてほとんど視界のきかない煙の中
ザッという靴音とチャキという刀を突き付ける音が同時にする。
けれどスパーダは動かなかった。
負けるつもりはまったくなかったが、形はどうあれ自分は確かに止められたのだ。
素直に負けを認めるのも良き指導者のあり方だ。
それに伝説の魔剣士から一本取るということは並大抵の事ではない。
そして同時に・・これは息子から受けた記念すべき初めての一撃だ。
突き付けられた閻魔刀の気配を感じながら
スパーダは長い経験の中で感じたことのない妙な嬉しさに
乾いて砂っぽい空気の中で自然と頬を緩ませた。
・・・・ん?
スパーダはその時ふと、妙な違和感を感じて眉をひそめる。
・・・乾いて・・・砂っぽい?
それはおかしい。
だって自分は今かぶりものをしているのだから
外界の感覚など伝わってこないはずだ。
だが変な違和感はそれだけではおさまらない。
砂煙がおさまると、さっきまで着ぐるみで視界が悪かったはずなのに
今は普段とまったく変わりないほど視界がクリアになっていて
目の前で閻魔刀を突き付けていたバージルが、なんだかとっても驚いたような顔・・
いや、自分が知る限りでは一番ビックリしたような顔をしている。
ちらとその向こうに視線をやれば
こちらに駆け寄って来ていたジュンヤもフレスベルグもピシャーチャも
遅れて来たブラックライダーやマザーハーロットでさえも
時間が止まったかのように止まっている。
しかもジュンヤにいたっては『うわっちゃ〜・・』という何だかとってもまずいことを
目の前にしたような顔をしていて・・
・・・・・・。
まさかと思い、手を動かして顔を触る。
そのまんま頬に手がとどいた。
ぺた、ぺたぺた
何度触ってもどこを触っても、そこに白くて固いかぶり物はなく
自分の肌に自分の手の感触が直接当たり
目のあたりに来るといつもつけている片メガネに指がかつんと当たった。
・・・・・・・・・・・・。
しかもトドメとばかりにさっきまでかぶっていたウサギの部分が
上から落ちてきてばごと頭ではずみ、ぼてと地面に転がり落ちる。
「・・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・」
自分とそっくりな顔をした息子がそれを黙って見ていた。
スパーダはそれをただ見返すことしかできなかった。
そしてしばらくしてスパーダは
未だかつてないほどの勢いで
顔からどしゃーと漫画のような冷や汗を流した。
いや・・いつかは話そうってジュンヤ君も言ってたけどさ
これってあんまりで急過ぎない?ねぇ?
大体今回ばらそうと思ってなかったから
色々やっちゃったっつーかやらかした後だってのにこの有様って
タイミング的に最悪な気がするんだけど・・リテイクなし?
なかった事に・・できない?無理?
こんな時どういう顔していいか分からないの。
ってのはなんのセリフだったっけ?あれ?おや?
などと混乱のあまり思考口調が今風になってしまったスパーダをよそに
バージルはたっぷり3分ほどスパーダを凝視したまま固まっていたが・・
何を思ったのか突然がしゃと閻魔刀を普通に手から落とし
スタスタと歩いてジュンヤの所へ行って。
がし
「?・・え・・?」
自分より一回り小さい身体に抱きつき、その腹に顔をくっつけると
いじめられて先生に泣きついた女の子のごとく
静かにしくしくやり出した。
・・・・あ、非道い。
スパーダは少なからず傷ついた。
それはさながら我が子を生まれて初めて抱き上げた時に大泣きされ
妻に返すとあっさり泣き止まれた時くらいか
久しぶりに家に帰ると息子に顔を忘れられていて泣かれた時くらいか
とにかくまず父としてけっこう非常に傷ついた。
しかしバージルにすれば自分の追い続けてきた偉大な父が
セクシー○マンドーを習得して再生の母にちょっかい出してたりしたら
今まで気付かなかった自分の事も含めてそりゃ悲しくもなるだろう。
「なーっ!なーっ!ななーなな泣ーかした泣ーかした!
バージル泣ーかした泣ーかした!」
そして小学生みたいな騒ぎ方をしてバサバサ周囲を飛び始めたフレスベルグに
ウサギがとれて伝説の魔剣士に戻ったスパーダは
突然クラスの悪い子になったような状況に立たされた。
「・・・ぅえ〜〜・・っと〜〜・・・」
すっごい愕然とした父と自分の腹で地味に泣いてる息子の両方に
さすがにどうリアクションしていいのか分からず、純矢が非常に困ったような顔をし
そばにいたブラックライダーが打つ手なしとばかりに顔をそむける。
後ではピシャーチャがオロオロしてるつもりなのか
大きな手をよろよろ左右に振ってヴ〜ヴ〜言っていて
それから少ししてそこへマザーハーロットの大爆笑が加わり
両方の傷に塩を塗ぬわけになるのだが・・
再会の仕方はどうあれ、結局出会ってしまった伝説の父と
その父を越えようとして落ち、再び拾い上げられた波乱の息子。
そのそれぞれに影響を与え、それぞれを微妙に変えてしまっている再生の母は
しばらくその両方に困ったような視線をやり・・
そして額を押さえると、その若さにまったく似合わない
重苦しいため息を吐き出した。
調子に乗りすぎて最低な結果に。
逃走