薄暗い裏路地のような場所でぐしゃと妙な音を立て
何かが掃除のまったくされていない汚れた路上へ倒れ込む。
それは遠目では人のシルエットをしているのだが
その頭部は吹き飛ばされて半分欠け動きもぎこちなく
まるで壊れたロボットかマネキンが動いているように見えるだろう。
それでもそれはそんなことを気にする様子もなく
べちゃりと下にあった汚水だか雨水だかわからないに腕を立てて
むくりと起き上がろうとした。
しかしそれは前から飛んできた一発の銃弾によってあえなく失敗に終わり
残っていた頭部をごっそり撃ち抜かれたそれは
今度は倒れるより先に一陣の砂となってその異様な姿を宙へと消した。
ばしゃと水を踏む音がする。
その音を立てたのは1人の男だ。
それは先程まで多くいた生き物たちの中で唯一残った
たった1人の生存者とも言ってとれた。
赤いコートに身を包み、さらに背には大きな剣を背負って
片手に撃ったばかりでまだ暖かい銃を手にしたその男は
ふいに思い立って自分の手首の臭いを嗅ぎ、少しばかり顔をしかめる。
確かにあまり洗濯をしてはいないがそれは工場廃棄物と煙臭さと
さっき倒した悪魔の吐き出した口臭か何かがかかったらしく
お世辞にもいい臭いをさせていない。
男は銃を持ったままの手をぶらぶらさせ
「・・・まさに掃き溜めだ」
吐き捨てるようにそうつぶやき、コートをひるがえすとその場に背を向けた。
ガン!!
しかしその後姿は3歩も歩かないうちに
抜き身だった銃を狙いを定めもせず横に向けいきなり発砲する。
それは建物の影から這い出てきた黒のボロを着たような生き物を撃ち抜き
その姿を一瞬で砂へと返した。
男はそれを確認もせず靴音を立てまっすぐ歩いた。
今のでおそらく最後だろう。
こんな場所にしか生息できない悪魔の数は経験からしてたかが知れている。
退屈しのぎと報酬につられて来てはみたが、大した獲物や数にも恵まれず
男は少し落胆気味に鍵を付けたまま無造作に止めてあったバイクにまたがり
手慣れた動作でエンジンをかけた。
彼がこの地に帰ってきてからすぐのころは、面白いくらいに仕事がはかどった。
いや、正確には放置しすぎて手が回らなかったくらいで
留守番を頼んでいた女や別件で来ていた昔縁のあった同業者
あげくたまたま顔を見せに来ていた母似の便利屋にまで手伝わせ
かなり大がかりな大掃除になったりしたものだ。
しかしその大掃除から数日は小康状態にあった悪魔達も
期待通りにちらほらと数を元に戻し、男の仕事はいつかと同じで
忙しいときは忙しく、暇なときはとことん暇という
元のいい加減な状態に戻った。
だがその状態がここ2日ほど前から妙なのだ。
悪魔がらみの仕事は元からそう多いわけではないが、ここ数日急激に数が減った。
しかし街へふらりと出てみると、今倒していたザコ程度の悪魔とはちゃんと遭遇する。
だが遭遇はするもののそれが仕事として反映されない
つまり依頼として来るほど人に害を及ぼしていないというのが最近の現状なのだ。
今日の依頼も夜中に徘徊する不審者の調査という名目で
男の第六感が働かなければ受けなかったような簡単な仕事。
男は大きく見える月を見上げながら
予備に持ってきていたショットガンをバイクに収納し考える。
今までの経験からして狩り尽くしたから数が減ったという事はないだろう。
力を蓄えて機会をうかがっているか・・
あるいは大きなヤマが来る前触れか・・。
まぁどっちでもいいさ。
男は薄く笑ってアクセルをふかす。
どっちにしろそっちから来てくれるなら歓迎だ。
わざわざ魔界まで行かなくても全滅させる手間がはぶける。
それに仕事が少なくなったら
またアイツの所に転がり込むのも
その時はまたとびっきりの驚かし方をしてやるのも悪くない。
「・・なぁジュンヤ」
楽しそうなつぶやきはバイクの爆音にかき消され
闇夜でも栄える赤いコートが風にひるがえる。
その下に隠れていたホルスターのすぐ近くに
穴の開いた小さな硬貨が鎖につながれていたのを見た者はいない。
その男の名はダンテと言った。
この地で長く悪魔を狩るデビルハンターであり
同時に世界にたった1人しかいない特殊な悪魔を友にもつ
ちょっと不思議な男だった。
すすけた店先にバイクを止め、ショットガンを引っこ抜き
やっぱり鍵もかけずにダンテはその場を離れる。
治安的には盗んでくれと言うようなものなのだが
よほどの用事のある者か、よほどの命知らずでなければここへ来る者はあまりいない。
どちらかと言うと金目の物を取る前に自分の命を取られる可能性の方が高いからだ。
ネオンのついた店先の階段を上がり
ダンテはドアの前で軽く片足を上げた。
・・が、途中で思いとどまり手で押してドアを開ける。
昔ある人物にドアを足で開けるな行儀悪いと怒られたからだ。
中に入ってまずリベリオンを壁のフックに
コートは所定の場所にひっかけショットガンはいつもいる机の上へ無造作に置く。
昔はもうちょっと物の扱いが乱雑だったのだが
以前ドアの事でも世話になっていた依頼主が几帳面・・いや躾に厳しかったおかげか
本人も知らないうちに部屋の中は以前とは少し変わってこざっぱりしていた。
しかし・・
どっか
イスにふんぞり返って足を机に上げるクセはまだなおっていないらしい。
もう何台目かになるイスと、やっぱり何台目かになるデスクが
何台にも渡って続いている乱暴な扱いに対し、そろって不満げな音を立てる。
礼儀にうるさかった彼が見たらさぞお小言をくれるだろうが
ダンテはこれをしないと帰ってきた気がしないので
言われたところで改めるつもりは毛頭ない。
そうしていつも通り落ちついたところで
ダンテは実は足のスペースが大半を占めるデスクの上にあった古風な電話を見た。
今も昔もこちらの都合など気にせず気まぐれに鳴り出す電話は
最近めっきり鳴る回数が減った。
あったとしてもあまり面白みのない依頼
もしくは情報屋からのやはり身のない内容の電話ばかりで
今日受けた話も本来ならあまり大した物に入る部類ではなかった。
ダンテはそれをじーと見た。
昔なら鳴るまでは見向きもしなかったそれを
なぜか凝視することが多くなったのを本人は知らない。
かけようとしてやっぱりやめるという行為で暗記してしまった番号は
かければすぐ本人ではないにしろ誰かが出るとはいえ
こちらから用事もなくかけるというのは彼のプライド的には気が引ける。
向こうからかけてくるかとも思いはするが
あっちは仕事の邪魔になると気を遣うだろうから
それもあまり期待がもてない。
ダンテは鳴らない電話をしばらく見て
母の形見と同じくいつも身につけておく習慣のできた
穴の開いたコインを出して電話の前にぷらりと下げてみた。
そしてそれをぷらぷらと催眠術をかけるかのように電話の前で左右にゆらす。
まるで電話がかかってくるおまじないをかけるかのように。
しかしやってる最中に我に返ったのか、こつんとコインが机に落ちた。
・・・バカバカしい。
よく考えてみれば悪魔がまじないかけてどうするんだ。
と呆れた気分で頭をかき、落ちたコインを拾い上げ・・
ジリリリリリ!ジリリリリリリ!
しかしそれに手が触れる寸前、沈黙を守っていた電話がいきなり鳴った。
ダンテはコインに伸ばそうとしていた手を素早く受話器に向け
銃を抜くのと同じくらいの速度でそれを取って耳に押し当てた。
「Devil May Cry?」
いつも通りの対応をしたつもりだったが
ちょっと声が焦っていたのに相手は気付いていただろうか。
しかし受話器の向こうからした声は期待していたものではなかった。
「・・・あぁ、オマエか。この前は悪かったな」
けれど落胆はしない。
もし期待通りの相手だったのなら嬉しさと驚きのあまり
大人らしい対応が出来たかどうだか怪しかっただろう。
相手は孤島で暮らす知人からだ。
しかしただの知人ではなく以前縁があって少し前に店番を依頼し
ついでに大掃除を手伝ってもらった赤い髪の女からだ。
「今か?・・そうだな、丁度ヒマを持て余してたところだが・・」
その女が言うにはこちらでちょっと不都合が起こったため
少し手を借りたいのだとの話。
つまらない話ではないというのは自分と同じく
あまり良い物を引きつけない彼女の性質からして聞くまでもないだろう。
「・・OK、なら待ち合わせはあの島だな」
短い会話の後、受話器が置かれる。
そしてダンテは勢いをつけて立ち上がった。
イスが不満げな音を立てて横に倒れかけ
倒れる寸前でなんとか体勢を立て直して床が変な音を立てるが
ダンテは別に気にもしない。
今さっき戻したばかりの大剣を掴み、今度はショットガンではなく
ビリヤード台に放置されていたマシンガンを手に取る。
そしていつも携帯している双子銃の調子を手早く確認すると
最後に電話の前に置きっぱなしになっていた鎖のついたコインを拾い上げ
「・・やっぱりオマエは最高だな」
最初にもらった時よりもかなり薄汚れ
ちょっと変色していたのもかまわず
楽しそうにキスを落とした。
かつて人が住んでいた街並みは
あの騒動があって以来放置されたままになっているのか
いつか来た時と変わりなく、人気がないままボロボロの状態で荒廃が進んでいた。
建物は崩れたままで、どこからか飛んできた草の種が勝手に芽を出し
その周辺をすこしづつだが元の自然にかえそうとしていて
ダンテは誰もいない廃墟を歩きながら1人で苦笑した。
ボルテクスも似たようなものだったが
小さな生命が勢力を伸ばしている時点であの世界とは全く別ものだ。
かつて魔界の影響を受けて以来退廃するだろうと思っていたこの場所は
思ったよりも生命力が残っているようだ。
そんな所々から命の蘇り始めた街並みをダンテは一人で歩いていた。
指定されたのはかつて行こうとしていた海岸沿いの隠れ家。
以前の家を派手に爆破されたにもかかわらず
あの親子は今でもあそこに家を建て直して普通に住んでいるらしい。
まぁだからこそ安全なのかも知れないが、やはり特殊な連中だとダンテは思う。
そう言えばあのバアさん、親父を知ってるとか言ってたしな。
それを考えるとやっぱり今回依頼をしてきた娘含めて特殊な連中だ。
と言ってもまともな知り合いもダンテにはあまりいないのだが・・
それはともかく、そこかしこから草木が生え始めているので
かつてここに充満していた魔界の気配はもうほとんどないに等しい。
人型の檻がつるしてあった通り、怪鳥がいた橋のある大通り
かつて歩いた場所はどこを通っても悪魔の気配はなく
壊れたまま放置されていた屋根の上に上がってみると
野鳥が巣を作っているのまで見つけられる。
世界の全部が全部、こんな状況になってくれれば気兼ねなく遊びに行けるのだろうが
そううまくいかないのが世の常だというのをダンテは知っていた。
そしてそれを裏付ける証拠はすぐやってきた。
古い町並みをしばらく歩き、柵を飛び越え
かつて猿のような悪魔に取り囲まれた広場のような場所へ足を踏み入れた瞬間・・
その場の空気がガラリと一変した。
「・・遅い歓迎だな」
そう言ってダンテが銃に手をかけようとした瞬間
ズガーン!!
向かいにあった鉄格子を打ち壊し、何かが猛スピードで突進してきた。
それはまっすぐにダンテの方に向かってくるが
ダンテは顔色を変えずにそれを飛び越し
持ち替えたマシンガンの銃口をそちらに向ける。
だが引き金を引く寸前、通り過ぎていったそれが
何かを大量にばらまいていった事に気がついた。
それが何かを確認したダンテは即座に空中で方向を変え
なおかつそれに向かって発砲する。
ドンドンドン!ドガーーン!
それは手榴弾だ。
迎撃したので直撃はしなかったが爆風でいくらか飛ばされたダンテは
飛ばされた先にあった壁を蹴ってそれをまいていったものを見る。
見ると突っ込んできたそれは装甲車だ。
かなり年季が入っているのか所々塗装がはげ
廃車寸前だったのを無理矢理動かしているようにも見えるが
その古めかしい屋根の上には黒くてボロボロの衣装をまとった何かがいる。
見た目と形は人間に見えるが、ダンテのカンからして違うものだろう。
装甲車は猛烈な急カーブをしてこちらに向き直り、着地したダンテと対峙する。
「・・不都合ってのはアンタ達の事か?」
運転席に見える人影と屋根にいる人物にそう聞いてみるが
両方とも答えてはくれず、鉄の箱が甲高いタイヤの音を鳴らせながら
再びまったく躊躇なしで突進してきた。
だがそれだけではない。
装甲車の後の扉が開いて何かがそこから飛び出て空高くに舞い上がる。
それも何なのかは分からないが、とにかくボロ切れをかぶった浮遊物だ。
それは装甲車の突進をダンテがかわしたのを見計らって
ぶわりと身体を回転させると、周囲に何か赤い物を複数発生させ
たった今着地した地点に投げて寄こしてくれた。
それはいくつかの火の玉だ。
それもただの火ではなく、魔界から呼び出される威力の強い火炎だった。
ダンテは転がってそれを避けた。
しかしその先に手榴弾を投げつけられ、さらに避けた所へ
プロのレーサー並の運転をする装甲車が突っ込んでくる。
「近代的で古風な歓迎、どうもありがとうよ!」
ダンテはそれらを間髪入れず器用にかわしながらマシンガンの引き金を引いた。
装甲車には効きそうもないので狙ったのは装甲車上の人影と
宙に浮いていたボロ切れだ。
しかしその両方ともそれを予測していたらしく
それぞれに身をかわして銃弾をよけていく。
人間ではまずできない芸当だ。
しかし悪魔にしても銃弾を避けるような芸をする奴は低級にはいない。
「・・なるほど?」
ひょっとしたら最近悪魔の出が悪くなったのはコイツらのせいか。
悪魔なのか武装集団なのか分からないが
ともかくこちらを攻撃してくる以上、どちらであれ攻撃対象だ。
「得体の知れないお相手は、仕事上真面目に相手する気がしないんだが・・
最近退屈してたところだ。特別にお相手させてもらうか」
装甲車が再びアクセルをふかし
その上にいた人物が新たな獲物を手にし
宙にいたボロ切れが笑うかのようにぶるりと震えた。
が、それと同時に装甲車の左右の窓から
今度は別の人影が出てきてそれぞれにライフルと小型ランチャーを向けてくる。
どちらも黒いヘルメットや衣装で顔は見えないが
ダンテのカンからしてそれも人間ではなさそうだ。
「満員御礼か?そいつは・・・」
だが増員はそれだけではない。
地面に丸く穴が開いたかと思うと、そこからバラバラと色と形の違う数体の獣
魔法使いのようなシルエットをしたおそらく女の悪魔だろう影が出てきて
さらに枯れ木のような大きな手が2本、地面に開いた次元の狭間のような場所から
まるで何かつかまえようかとするような動きをしながらその場でうごめく。
「・・・・・・感心しないな」
言おうとしていたことを逆にしつつ
ダンテは背中からリベリオンを引き抜いて地を蹴った。
取り合えず手近なヤツから・・と思った矢先ふっと頭上に影がさす。
まさかまだいるのかと思ったが、その予感は見事に当たった。
真上から落ちてきたのは巨大な人影。
その頭の部分は異様に大きく、ボロ切れのようなもので覆われていて
中がなんでできているのか隙間がぼんやりと発光している。
以前この地で見た形を変えるゴーレムのたぐいに似ているが
大きさも動きも、臭ってくる悪魔独特の魔力も明らかに低級の物ではない。
「悪いがお相手は1人づつだ!」
雨のように振ってきた炎をかわし
かわした先にあった壁を蹴って巨大な大男に向かってダンテは剣を振り上げた。
しかし・・
1つだと思っていたその頭頂部からまったく別の動きが生まれる。
「!!」
あれで一体かと思っていたが、どうやらあてが外れたらしい。
他の連中と同じく黒のボロ布で包まれたそれは
分離した大男よりも数倍の動きでこちらに向かってくる。
最近大物に当たっていなかったため感が鈍ったらしい。
ダンテは内心舌打ちしてリベリオンを構えなおす。
だが思った以上に分離したボロ布の動きは速い。
それどころか今まで出てきた連中のどれよりも
それは上級悪魔独特の強烈な魔力の臭いをさせている。
ダンテは少し考えた後、心を空にした。
こういった相手とは無駄に考えてやり合うより
本能にまかせてやり合った方が生存率が上がる。
そう、生存率。
その無敗のデビルハンターには似合わない言葉が
無意識に心に浮かんでそして消えた。
だがリベリオンがその久しぶりの強敵に到達する寸前
ダンテの目と鼻の先に向かって唐突に何かが突き出された。
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