ぱん!!

至近距離の顔面でおこったその音は
爆発音でも火炎でもない、ちょっとした破裂音のようなもので
殺傷力のある爆弾でも相手が爆発したような音でもない
どこかコミカルで、でも人をビックリさせるような破裂音だった。

ダンテはそれを手にした奴に馬乗りになられ
そんな至近距離でコミカルな変な音を立てられたことと
さらには目の前にあるはずのない顔があったことに気を取られ
銃を抜くことすらできなかった。

その音と一緒に顔面に飛んできたのは
色とりどりの紙テープや紙吹雪、いろんな国旗のつらなった飾り。
そしてはらはらと舞い落ちる紙吹雪の向こうから
ダンテの最も呆気にとられる事になった一番の原因が姿を現す。

ぱさりと後にずれた黒いボロ切れから出てきたのは黒い髪。
紙テープの向こうにあったのは一度見たら忘れられないような
規則正しい黒とエメラルドブルーのタトゥーと、見事なまでの金色の目。

その目はおそらく今完全な間抜け面だろう自分をひとしきり凝視した後
自分が時々するように口元だけで笑い

「・・・なぁ、ミカ見た?」

開口一番、ダンテではないまったく別の名を呼んだ。

そしてその問いかけに猛烈な動きをしていた装甲車の運転席から
少しすすけてはいるが見知った顔が出てくる。

それはあの土地を離れる時見た最後の顔で
そのいつも固かった顔はどこか嬉しそうに

「しっかりと」

と満足げにそう言い放つ。

「マカミは?」

そして次の言葉でふらふら宙を飛んでいたボロから
やはり見知った姿がにょきと出てきて

「ソリャアモウ」

表情は分かりにくいが、声だけでしてやったりといった風に返事を返してくる。

「サマエルもフトミミさんも?」
「はい確かに」
「もうばっちりだ」

そして続けざまに問われた言葉に装甲車からライフルを手にしていた女
その屋根で手榴弾をまいていた男がそれぞれ変装をとく。

それは人に見えるが人ではない、やはりダンテの見知った顔だ。

そして最後に目の前の少年は思いも寄らない言葉を口にした。

「ルシアさんも?」
「・・・えぇ」

しかも最後に変装をといたのはなんと今回の依頼人。
以前ちょっとした縁があってその後の店番を頼み
帰国後の掃除も手伝ってもらった、今回ここへ呼び出した張本人だ。

「まさかこんな簡単に引っかかるとは思ってなかったけど・・
 それをこんな簡単に成功させた上に
 そいつにそんな顔させられるなんて・・結構やるじゃない」

あまり笑ったのを見たことがないその女は
楽しそうに笑いながら感心したように肩をすくめた。

「いえーー!!

その途端、自分に馬乗りになっていた少年は飛び上がり
大ー成ー功!とはしゃぎながらそれぞれの面々と手をたたき合って喜び回る。

「見たな!見たよな!俺は見たぞ今の間抜けづら!
 今の一生忘れないからな!そんで思い出すたびに笑ってやる!」
「いや実は少し遠かったがカメラに取ってある。
 後で焼き増しして有益に使おう(短訳:バラまこう)」
「うわーい!フトミミさんグッジョーブ!」
「・・しかし私としてはせめて一撃なりとも与えておきたかったのだがな」
「いえ、この車は一応借り物ですので大破させるのはまずいです」

など物騒な事を平気で言うミカエルに
車の方を心配するサマエルのツッコミがいるツッコミが入る。

「ホォーッホッホ!いつバレるやと思っておったが
 こやつも思いがけぬところで鈍感ではあるのじゃな。
 おかげで手を汚さずに珍しい物を拝ませてもらったわ!」

しかも増援だと思っていた連中も
声を聞けば一発でわかる、やはり知ってるヤツだ。

それは変装してもやっぱり顔立ちはキツイマザーハーロットと
ぶるぶるとうっとおしげに身体の泥や土を落としていく7匹の獣達。
ゴーレムかと思っていた大きな人影もボロの下はよくケンカをした大男だし
地面から出ていた手はひっこんで代わりに目が1つ遠慮がちにそろりと出てくる。

それはどれもこれも形は違っても全部が全部ダンテの知っている
けれどこんな所で見るはずのないものばかりだった。

ザマー見ろ!びっくりしたか!びっくりしたろ!
 俺はこんなの短い間に何回も経験したんだぞ!
 こんなのが何回もあってたまるかこんちくしょー!」

歓喜なのか悪態なのかわからない台詞を言いながら
ここにいるはずのない連中を従えひとしきりはしゃいだ少年は
ようやくダンテにどうだ!とばかりに向き直る。

多少最後に見た時より月日はたっていたが
少年は悪魔だからだろうか以前とほとんどその姿は変わっていない。

ただ自分が見ていなかった間に内面が成長したのか
その顔立ちははしゃいでいてもほんの少しだけ大人になったように見え
持っていた記憶が急に古びた物になってしまったように感じられて
ダンテはその場に座り込んだまま、ただぼんやりと、その少年を見ていた。

「・・あれ?なんだよ。ここは何かリアクション返す所じゃないのか?」

それに気付いた少年が寄ってきて目の前でパタパタ手を振る。
しかしそれでもダンテはまだ動けずにいた。

「?・・・頭打ってないよな。
 おーいダンテさん、生きてる?気はたしか?
 あ、元からたしかでもないか。
 それとも俺のこと覚えてないほど脳が腐って発酵したとか?」

放っておけばどんどん悪くなる言い方にも
ダンテは呆けたようにこちらを見返してくるばかり。

少年はちょっと心配になってきて
周りにいた面々を見回して困ったような視線をくれる。

「・・・ク・・」

しかしそれにまずはルシアが答えようとした矢先
一言も発さなかったダンテが小さく笑う。

「・・・・クク・・フ・・はは・・ッハハハハ!!」

そしてそれを皮切りにダンテはまるでツボにはまったかのように
とても楽しそうに、長く長く笑い出した。

そう。
この少年はわざわざ海を渡って
しかもいつか紹介してやろうかと思っていた女を味方にし
下準備をし、罠を張り、こちらが引っかかりそうな方法を選んで
こんな子供じみた仕返しをしにはるばるここへやって来たのだ。

考えてみれば自分が向こうのことばかりを考えていて
向こうがこちらをどう考えているかなど考えもしなかったし
色々あって水に流せていたと思っていたことを、実は本人が密かに気にしていて
こんな形でお返しされるとは・・。

とにかく色々な予想外が重なり、こんな方法でお返しをしてくれ
おまけに向こうからこっちへ来てくれたなんて
ダンテにとってはもう可笑しくてたまらない状況だ。

そしてそんなこんなで笑いまくる赤いコートに
長い生き物がシッポをぶんぶんふりながら飛んできて
ぐるんと巻き付いてきた。

「イヨウ!ヤッパリ平和ぼけシテかんガ鈍ッテヤガッタナコノヤロウ!」
「・・くく・・この・・!これが鈍らずにいられるかクソ犬!!」
「ウヒャヒャヒャ!違ェネエ!」

ダンテはまだ笑いながらも頬にすり寄ってくるマカミの頭を乱暴に撫でた。
あの時の感触は忘れていないつもりだったが
やはり思い出の中と現実とでは新鮮味が断然違う。

ボン!

「ぬぉおおーー!!」

ぶん!ズジーーーン!!


だが久々に会った変な犬との再会を楽しんでいると
何かがはじける音と怒声と振りかぶる音が一緒にして
たった今までいた場所に巨大なハンマーが落ちてきた。

しかしダンテは慌てる様子もなくマカミを巻いたままひらりとそれをかわし
長い間見なかったケンカ相手にシニカルな笑みを向ける。

「ようTバック。久しぶりのご挨拶だな」
「五月蠅い無法者!!ここであったが100年目!!
 つけられずじまいの決着今ここでつけてくれる!!」
「オイオイいくらなんでも100年はたってないだろう。
 そんなに長く感じるほど寂しかったのか?」
黙れ黙れ黙れ黙れ!!
 貴様など永遠に離れた場所で1人無謀な行為を行って
 1人勝手にのたれ死んでおればよがっ・・だぐげごほげは!

などと感情をありあまらせて元の姿に戻ってしまった大きな鬼神は
久しぶりに怒鳴りちらしたあげく激しくむせた。

「ハッハ!はしゃぎすぎだろTバック。
 けどオマエの口上ってのは聞けない時は物足りなく感じるのに
 いざこうして聞いてると声がデカイだけで肝心の意味がさっぱりだな」
「おのれどこまでも挑発的な輩め!!
 貴様はいつになったらその横暴な態度が改善されるのだー!!」

このまま放っておいたら永遠に妙な言い争いを続ける事確実なため
大きな鬼神はぶんとハンマーを振りあげて雷撃を放とうとしたモーションのまま
ストックへ送り返された。

本当は結構嬉しいくせに変なところで不器用な鬼神だ。

「・・にしてもルシア、一体いつからコイツと契約した?」

そう聞くと色々因縁のある赤い髪の知り合いは
さして大した事じゃないとばかりに軽く肩をすくめて見せた。

「別に契約はしてないわ。
 ただこの子の提案が面白そうだったから乗っただけ。
 あと道具と情報の提供でもう2人ほど協力してくれた人がいるんだけど・・」
「・・・トリッシュとレディだな」
「あらご名答。察しがいいわね。今回の事以外では」

などとさりげなく皮肉を入れられるが
こんな凄い状況を事前に予測できるのなら
そいつは絶対神か何かだ。

それにしてもこの女、こんな性格してただろうか。
少し前ならこんなおふざけには付き合わない性格だったような気はするが
やはりこの少年と関わってしまった事で自分のように色々と変えられたのだろう。
それもこんな短期間の間にだ。

となるとこれから自分の周りは相当な速さで変化するだろう。
この自覚はないが周りを色々と変化させる不思議な少年によって。

ダンテはふと小さく笑って
まだ仲魔達とはしゃいでいる少年を呼んだ。

「・・おいジュンヤ」

その名前はまったく口にしなかったわけではないが
本人を目の前にして口にしてみるとなぜだか普段の倍くらいに気分が良い。

そして名を呼ばれた少年は少し驚いたように振り返り・・

ちょっと照れたような、でも少し嬉しそうな顔で笑った。

嬉しくてたまらないというのはこういった時の事を言うのだろう。

ダンテはその笑みに笑い返し、ずかずかと歩いて距離を縮め
無遠慮に手を伸ばしてその頭をがしがし撫でた。

長らく触れていなかったそれは夢や幻でもない
ちゃんとした現実の感触と懐かしさと暖かさがあって
平静を保とうとしている大人の意地とは関係なく頬が勝手にゆるんだ。

「・・オマエにしちゃ大した歓迎だ。かなりのつりがいりそうだな」
「別にいい。むしろ返すな」
「しばらく会えなかったってのに相変わらず冷たいヤツだ」
「ダンテさんの考え方が規格外なんだよ」

実はそうさせているのは自分に原因があるとは知らず
自分よりも一回り小さな少年がくすぐったそうに身を縮める。

ダンテはガラにもない話だが内心いろいろとたまらなくなった。

「・・なんだ、あの時の表現方がまだ足りなかったのか?」
「っ!!だから人の話聞・・!!」

ぶんと振り下ろされたチョップを片手で受け止め
その勢いを殺さずにぐいと自分の方へ誘導する。

ジュンヤはしまったと思ったがもう遅い。
たたらを踏んでどんと固い胸板にぶつかったかと思うと
腰に手を回されあの時とまったく同じ体勢を・・


刹那


!!

ガシャ!!


だがダンテは突然弾かれたようにその身を離すと
猛烈なスピードで銃を抜き、その銃口をジュンヤに向けた。

「あ・・」

ジュンヤは一瞬驚いたような様子を見せた後
なぜか少し困ったような顔をする。

ダンテはもちろんジュンヤに銃を向けたわけではない。
その付近に感じた今までにない殺気に身体を貫かれ
反射的に身体が動いてしまっただけだ。

だがその本人が困ったような顔をして
なおかつ周りにいた仲魔連中も手出ししてこなかったと言うことは・・・

「・・えと・・実は俺の方で色々あってさ。
 ダンテさんが知らない仲魔が1人だけ増えてるんだ」

さっきの本能を直接刺激してくるような殺気は
そのダンテの知らない仲魔とやらが発した物らしい。

だがそれにしては妙な気配だ。
ただ単に悪魔というなら『あぁいるな』くらいに感じるのに
先程の気配、どうも普通の悪魔の物ではない。
悪魔の中でひときわ強力な魔人でもあそこまで強烈で
針のように鋭い一点集中で静かな殺気は出せないだろう。

それと1つ疑問が浮かぶ。

あの平和な東京で仲魔を増やしたというのは一体どういう事なのだろう。
まして今みたいな強烈な気配を放つ悪魔が
あの東京で静かに残っていたというのも変な話だ。

「それについては少し長くなるから後で話すけど
 とにかくダンテさんはこれから俺に触る時は気をつけた方がいい。
 その仲魔、普段はすごく大人しいんだけど・・・」
「オマエを溺愛してて嫉妬深い・・か?」
「・・そんなところかな」

少し困ったように言うところを見ると
その悪魔というのはジュンヤでもまだ手に負えていない悪魔らしい。

実は自分もそんな部類に入っているのだが
ダンテはそんなことなど微塵も気にせず肩をすくめた。

「・・わかった。ならそいつの紹介は後にして・・」
「あ、ちょっと待って。後にしない方がいい」
「なんだ、久しぶりに会ったっていうのにゆっくり話も出来ないのか?」
「いや、ゆっくり話をしたいのはやまやまなんだけど・・
 今回ここへ来たのはその仲魔の事でダンテさんに相談があったからなんだ」
「オレに?」

そうなるとますます妙な話になる。
平和な東京で仲魔にした悪魔を
物騒な場所にいるダンテの所にわざわざ紹介しに来るなんて
その悪魔がよっぽど手に負えないとしか考えられない。

「そいつはそんなにイカした悪魔なのか?」
「いや・・イカしてるとかそんなんじゃ・・
 あ、でもイカしてるってのはちょっと合ってるかな」
「どっちだ一体」
「容姿的にはイカしてるし・・性格的にもダンテさんよりは理性的・・・かな」
「・・・?まぁいい。詳しい話は場所を変えてからだな。
 ルシア、オマエの家は借りれるか?」

しかし赤い髪の友人はその髪を揺らして首を横にふる。

「いいけど今はダメ。
 その子の話がちゃんと済んでからならいいってマティエが言ってた」
「あのバアさんが?なんでだ?」
「建て直した家が壊されるからですって」

それはつまりジュンヤの言う新参者というのは
事前に話し合いをするというだけでも危険なヤツという事だ。

それはそれで面白そうな話だと内心で楽しそうな気配を見せるダンテに
ずっと黙っていたミカエルが眉をひそめた。

「・・・何を考えている悪魔狩り」
「いや?ここ最近こっちの悪魔どもの様子が変だったんで
 近いうちに何かヤマがあるとは思ってたが・・
 やっぱりコイツは楽しそうなことを運んできてくれるなと思っただけだ」
「ホォーッホッホッホ!その軽口がどこまで続くか見物・・」
「ハーロット」

こらと言わんばかりにジュンヤがその台詞を止め
その場にいた仲魔達に指示を始める。

「ハーロットとサマエルはとばっちりをはね返すと危ないからストックにいろ。
 フトミミさんも一応ストック待機してて下さい。ピッチも危ないからな」
「直に見れぬのは残念じゃがまぁよかろう。精々楽しむがよいぞ!」
「わかりました。お気をつけて」
「危ないと思ったらすぐ呼ぶんだ。いいね」
「ヴ〜・・」

などとストックへ戻されていく面々を見ながら
それにしても変だとダンテは思った。

たかだか悪魔一匹紹介するのにみんなそろってやけに神妙で
それにジュンヤはリーダー格のミカエルはともかくとして
こういった時に邪魔をしそうなマカミをなぜかストックにしまわない。

「ルシアさん、このあたりで壊れても大丈夫な場所ってありますか?」
「家の近くじゃなければどこでもいいけど
 いざっていう時に立ち回りやすそうな場所の方がいいでしょ?」
「じゃあお願いします」

しかも向こう側ではもうその事については事前に話がされているのか
物騒な事前提な会話が当たり前のように交わされている。

ジュンヤですら手に負えくて
出会った場合に周囲が壊れるほどの事態になる悪魔。

さて、身に覚えがない。

悪魔から恨みを買う自信は腐るほどあるが
そんな奴らは大体狩るか消すかしてきたダンテとしては
こんな今頃、しかも海の向こうの東京に残してきた記憶などまったくない。

「・・なぁ少年。そいつは一体どんなヤツなんだ?」

その何気ない言葉に対し、ジュンヤはかなり返答に困ったような顔をした。

「・・・多分・・・悪い意味でダンテさんを驚かせる人だよ」
「?」
「説明するより会った方が早いから、とにかく場所を変えよう。
 それと先に謝っておく。・・・ごめん」

さっきあれだけはしゃいだというのにその謝罪の仕方はやけに真剣で
疑問だらけのダンテはただ首をひねるしかなかった。




ルシアに案内されて来たのは大きな塔の前の広場のような場所だ。

それは船でここへ来るときにも見えた大きな塔で
何のためにあるのかジュンヤには不明だったが
ダンテは知っている場所なのか懐かしそうにそれを見上げて

「・・またイケブクロまがいの事をするつもりではあるまいな」
「バカ言え。さすがに2度も同じ所で同じ事をするほどヒマじゃない」

とミカエルにクギをさされてお約束な事を言い放つ。
2度もということは高いところが好きなのはここでも一緒だったらしい。

「ところでルシアさんはどうしますか?
 ここからは俺達の問題だからあんまり巻き込みたくないんですけど・・」
「乗りかかった船だもの、最後まで付き合うわ。
 それと部外者がいた方がいい判断が出せる時もあるでしょ?」
「それはそうですけど・・・」
「心配しなくても私はこの島の護り手よ。
 それに知り合いが困ってるのを見捨てるほど薄情じゃないもの」
「・・すみません。ありがとうございます」
「お礼は全部済んでからよ、わかった?」
「・・はい」

などと話す赤い髪の女と黒髪の少年は
自分が知らない間に随分と仲が良くなったらしく
生い立ち的には少し似たような部分があるので
気が合うかもしれないと思っていたが、その予想はやっぱり的中したらしい。

「それで?全員でもったいぶるそのお相手様ってのは?」

そしてダンテの少し茶化したかのようなその問いかけを合図に
ルシアがまずジュンヤから距離をとり、ミカエルが元の戦闘状態に戻ると
ずっと巻き付いていたマカミが離れてダンテの後に距離をあけて回り込む。

そしてそれを見届け、最後に軽く深呼吸をしたジュンヤが片手を上げ
自分の横へ何かを召喚した。

ン!

それは仲魔がストックから召喚される時の聞き慣れた音だった。
足元に出る光も時々見ていたから珍しいものではない。

だがそこから現れた一体の悪魔に
ダンテは仲魔総出で驚かされた時よりもさらに目を疑った。

いや、それは悪魔と言ってもその姿は限りなく人間に近かった。

ただダンテが人間ではないと感じ取れるのがその独特の気配。
しかもそれはその昔に何度か遭遇し、何度も何度も剣を交え
そして最後には宙へ消えたものと多少質は違うものの同一のものだ。

そして何より自分の血が
悪魔と人の混ざり合ったこの世に2つとない血が
呼応するかのように騒ぎ出す。

ダンテはしばらくそれを凝視したまま動けなかったが
しばらくそれを観察してからようやく口から言葉を絞り出した。

「・・・・・・おい、少年・・・冗談だろう?」

いつも通りに軽く言ったつもりだったその言葉は
うまく言えずにかすれたようになっていたのだが
そんな事を気にしている余裕は今のダンテにはない。

だがそうではない事は言った本人が一番良く知っているはずだ。

ジュンヤはこんなタチの悪い冗談をしないし考えもしない。
仲魔の提案であったにしろ、こんな最強に悪質な冗談をこの場にいる全員で
しかもわざわざ海を越えてまでやりにくるメリットなどどこにもない。

それでも冗談とダンテは言ってほしかった。
そして目の前にいる悪魔、いや人物の事を冗談として笑って済ませてほしかった。

けれどジュンヤは深刻そうな目でこちらを見るばかりで何も言い返してこず
金色の大天使の方を見ても、唯一仲の良かった神獣の方を見ても
今回この場に立ち会うと言った女の方を見ても
誰1人として冗談を企てている気配はない。

ダンテはここ最近味わうことのなかった緊張感に身を固くしつつ
再びゆっくりとその新参者に視線を戻した。

ヘタをすれば自分がそこに立っているかのような錯覚を起こさせるそれは
紺色のハーフコートに青のセーター、黒のズボンにシックな靴という
どこにでもありそうなごく一般的な服装で
目をふせたまま召喚されたその場所にただ静かに立っていた。

ただそれだけならまだ姿の似たそっくりさんで言い訳ができたかもしれないが
その手の片方、コートの影になっている場所には
以前見たことのある強力な魔力を放つ日本刀が一本
まるでそこにあるのが当たり前であるかのように
自然に握られていたのだ。

そしてそこに静かに立っていた男が、ふせていた目をゆっくりと開く。

目の色も自分と一緒だ。
だがその眼光は氷のように静かで冷たい印象があって
鏡で見る自分の目とは違い、研ぎ澄まされた剣先のように鋭い。

こんな目ができるやつはこの世に2人といないだろう。

ダンテはその事実を受け入れられないまま
ほぼ無意識で言葉を発した。

「・・・・・・アンタなのか?」

だが目の前の男は答えない。

ダンテは言い方を変えて次の言葉を投げかけた。

「・・・バージル・・か?」

男は相変わらず無言だったが今度は反応があった。

と言ってもそれは鋭かった目がほんの少し動いたかのような
ダンテにだけはようやく分かるかすかなもの。

だが肯定も否定もしなかったその独特の反応は
それが偽物でも幻でもないことを裏付ける証拠に他ならない。


どくんと1つ、身体の深部で何かがはねた。





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