いつも機嫌が悪くなると実力行使で仕事をさせて
それでも調子が悪い場合は修理にも出さず取り替えていたあの消耗品だ。

だが不思議な事にそのあまり音が綺麗とは言えなかったそれから
雑音入りで流れ出ていたお気に入りの曲が
今まったくノイズもなしに頭の中で軽快に再生される。

「・・・・バージル・・バージルね」

トントンとブーツが地面にその曲のリズムを刻み
口元には知らない間に笑みが浮かぶ。

それは何年もの間口にしなかった言葉だというのに
意識の中で自然と封印した名前だというのに
頭の中で再生される音楽も手伝って、口にするたび楽しくなってくる。

いや、そう言えばこの名前、口にするたびロクな事になっていなかった。
けれど気分が沈まないのはやはり便利屋などという職業柄のせいだろう。

顔を合わせれば大体は衝突して、いなくなったかと思えばいきなり現れ
そしてまたいなくなったかと思えばすっかり姿を変えてまた出現し
そして今度もまた、何事もなかったかのようにまた現れる。

それはまるで長い間因縁の切れない好敵手であると同時に
狩っても狩っても消えない悪魔と同じだ。

そしてダンテは、口のはじで笑ったまま
いきなり背にしていた剣をぶんと引き抜いた。

「・・!!ちょっと、ダンテさ・・!」

さすがに驚いてジュンヤは止めようとしたが
それより先に今まで微動だにしなかったバージルが
それを遮るかのようにすっと一歩前に出て手にしていた愛刀に手をかけると
軽い音をたてて鍔を押し上げる。

オイコラちょっと待て!!
まさかホントに顔を見るなりケンカ始めるつもりなのか!?

ある程度は予想していたけどこんな速攻で!?
もうちょっと一言二言でもいいから何か会話はないのか!
トークはトーク!?コミュニケーション!!?

などとツッコミを入れる間もなく2人の魔人は両刃と片刃の剣をそれぞれ構え
おそらく本人達も意識しない範囲で地面を蹴り
数年ぶりに向かい合った自分たちの片割れに向かって飛びかかった。

ギュキイン!

聞いたこともないような激しい金属音が周囲に響き渡り
そしてそれを合図にそこは一種異様な空気に包まれた
決闘場のような場所になる。

ジュンヤはダンテの本気の戦いというのをあまり目にする機会がなかった。
バージルも同様に縁遠い東京にいたため同じようなものだ。
あまり本気になる相手もいなかったし、とある紳士にいたっては
軽くあしらわれていたというのが正しいだろう。

つまりその2つを総合した結論からして
その2人の戦いというのはジュンヤの想像を絶していた。

それはテレビや映画で見るチャンバラなどの比ではない。
すさまじい速度と重さで剣が飛び、耳を覆いたくなるような金属音がし
それは時々ギリギリのタイミングでかわされたかと思えば
次の瞬間には同じような一閃がそっくり返され
それをまったく躊躇なく受け、流し、相殺していく。

目にもとまらぬとはこの事だ。
しかもその剣筋は打ち合うにつれ
まるで相手に反発するかのように双方次第に強く鋭くなっていく。

それはおそらく相手の力量が掴みきれず手加減ができないのと
2人の間にある悪魔の血のせいだろう。
それは理屈や感情の届かない本能的な部分で
この相手は越えなければならないという生存本能のようなもの。

どんどん速く鋭く、殺傷力を増していく剣筋にジュンヤが焦りを感じたのと
ミカエルがその腕を引いたのはほぼ同時だった。

「・・主、落ちついて聞け。あのままでは双方共倒れになるか
 運が悪ければどちらかが死ぬ」
「・・!」

ダンテは最初、目の前のバージルの正体を確かめるつもりで仕掛け
バージルもそれを知っていて受けて立ったのだろう。

だがこの2人の因果関係というものは
そんな軽いもので済ませられるものではなかったらしい。

ジュンヤは汗のにじみ出た手を無意識に握りしめた。

それは自分たちが今までやって来た戦い方とは違い
2人がやっているのは本能的に相手を潰そうとする完全な殺し合いだ。
純矢はちゃんと話し合えばわかりあえると思っていた考えが
ここに来てようやく甘かった事に気がついた。

でなければ見慣れていたはずのあの2人が
あぁまで猛烈な殺気を放ちながら剣をふるったりするはずがない。

もし仮にどちらかが戦闘不能になったとしても
2人共自分の管轄下にいるのでアイテムかスキルで蘇生させればすむ事だ。

だが事はそれだけで解決するだろうか?

それだけであれだけの戦いを繰り広げる2人を
これから一緒にさせていく事などできるだろうか?

「・・・・・・」

ジュンヤはしばらく考えた末に決断した。

迷いはない。

この2人の間にあるものが何なのか詳しくは知らない。
だが2人の過去がどうであれ、今の2人は自分の大切な仲魔なのだから
理由はどうあれ、理屈はどうであれちゃんと止めて
力押しではない話し合いで始末をつけなければなければならない。

「・・ドウスル?コウナッタラモウおれ達ニャ判断デキネェ。
 コッカラ先ドウスルカハオマエガ決メナ。おれラハソレニ従ウゼ」

マカミが寄り添うように顔を寄せて来る。
見ると少し緊張しながらもルシアが小さくうなずいて見せてくれていた。

ここに来るまでに2人の事情は一通り話してある。
彼女は仲魔ではないが、あの2人を止める意思の強さを信じ
こちら指示を受けてくれるらしい。

「主、命令を・・いや指示を!!」

ミカエルが低く、そして強く言った。

そうだ。
自分はそのためにここへ来たのだ。

あの2人に昔何があったのかは分からない。
だが自分は偶然にでも拾い上げてしまった彼をあるべき場所に帰すために
家族を元の場所に帰すためにここへ来た。

たったそれだけのことだけど、大事なことだと信じてここまで来たのだ。

だから・・!

ジュンヤはかなり速い動きで立ち回る2人をぎっと見据え
ポケットに手を入れて何かを探した。

探すのはアイテムではない。
東京に戻ってからあまり縁のなくなった自らの力の源
つまり・・

「・・主?!」

そしてジュンヤが手にした物を見てミカエルが声をあげた。

手にしたのは今体内にある万能属性以外を無効化するマサカドゥスではなく
物理属性に耐性を持ち体力を上昇させるガイアだ。

「オイ、マサカテメェ・・!!」

同じくその意味を察して何か言いかけたマカミの口をむぎゅと掴み
ジュンヤはそこにいた全員に金色をした強い目を向けた。

「みんなも、ルシアさんも、今から俺の言うこと・・・よく聞いてくれ」



ガキン!


クソが!!


もう何度目か分からないほどに聞き飽きた剣の悲鳴の中で
ダンテは腹立たしくなって心の中で悪態をつく。

ついいつもの調子で始めてしまった事だったが
よくよく考えればこれでは何もかもがあの時と同じなのだ。

ただ無我夢中で相手を倒し、全て終わってから事実を知ったあの時と。

ダンテはまだ心のどこかでこれが本物の兄ではない事を疑っていたが
数度剣を交えただけでその疑問は解消されていた。
少し風貌は変わってしまったが銃を使わない分自分より動作が少なく
なめらかでありながら強力な剣筋はかつての兄そのもの。

だがそれが本物の兄であったところでダンテの剣は止まらなかった。
相手をしている相手が相手だけあって、あまり考える余裕がなかったのと
強い者と戦う事で成長してきたハンターとしての性質もあって
相手が兄であろうとなんだろうとダンテの剣は止まらない。

それはバージルも同じだった。
事前にケンカをするなと言った再生の母の言いつけを忘れたわけではない。
ただこの弟との間にあった様々な事、数年の月日
それと2人の間にある同じ悪魔の血が磁石のように反発し
その言いつけが、つまり本来あるべき抑制がこの弟には効かなかったのだ。


クソ・・あんたはもういないんじゃないのか?!
どうして俺は・・またこいつと戦っている。


互いに葛藤を残したまま二つの足は再び同時に走り出す。

止めたいけれど止められない。
頭ではわかっているが、今まで培ってきた戦いのカンと
身体に染みついた戦いに関する反射神経
さらに悪魔の本能や血が全部一度に邪魔をして
止めようにも止まらない。


さてどうする?
どうすればいい?


ガキン!
ガガーー!


飛び退いたブーツと靴が石畳をけずって火花を散らし音を立てる。


今さら何を話せばいい?オレはアイツを一度、いや二度殺していて・・。
俺はあいつを何度となく殺そうとした。


もう何度も経験してるはずなのに、顔を合わせるなりこの状況。
会うまでどうなるかは分からないと思っていたが・・。


コイツはつまり・・筋金入りってヤツか!
・・不愉快な話だ!


相手の出方を待っていた2人が同時にしびれを切らせ
計ったかのような正確さでまったく同時に動き出す。

その時2人の胸の内にまったく同じ
無意識とも言えるほどに色のない透明な考えが浮かんで
まるで真綿が水を吸うかのようにごく自然にとても速く身体全体に浸透し・・


・・まぁいいさ。
・・いや、そんな事はどうでもいい。


そんなものは・・
相手の息の根を止めてしまえば・・


楽ニすむ事ジャナイカ 


双方の青かった目をほんの一瞬
血よりも赤い、深紅に変えた。


そこで2人の意識はふっととぎれ
お互いの剣が同時に同じようなモーションで突き出される。
それは避けるとかはじくとか余計なことを考えなかったので
両方ともまず確実に相手の身体を貫通する

・・はずだった。

 が つ

だが2人を我に返らせたのは
手にした物から伝わってきた思いのほか妙な手応えだ。

普通あれだけ精密に狙ったならこんな妙な手応えはしないはずだ。
しかも目の前にはさっきまで視界になかったはずの別のものがあって・・

「・・・・・いっ・・・て・・・さすがに・・・」

その妙にリアルで苦しそうな声になんだと思って視線を少し下へやると
ちょうど相手と自分の間にタトゥーに彩られた少年がいて

その向こう側には自分の手にしていた得物があって
刀身を赤く染めて普通に突き出ていた。

「・・なん!!」
「・・かッ!!」

真っ白になっていた双方の頭が弾かれたように覚醒する。

手応えがおかしかったのはこのせいだ。

まさかと思って手元を見ても、その剣先は間違いなく
自分達の間にある少年の身体にもぐりこんで
そこからはあまり派手ではないにしろ赤いものがにじみ出て
どんどんその範囲を広げていく。

ダンテはさっきの冗談の延長か何かかと思った。

だが手を通じて伝わってくる感触は夢や幻で作り出せるものではないほど生々しく
リベリオンをつたって落ちていく人と同じ赤いものは
恐ろしいほど綺麗な赤色をしていて到底冗談で作り出せるものではない。

「・・ごめん、ちょっと・・抜くぞ・・」

しかもその少年、さらに血が出るのもかまわず
自分でそれぞれの剣を身体から引き抜くものだから
そこからより多くの赤が噴出し、そこら中を綺麗な赤色に染めていく。

いくら頑丈な身をしているとはいえ
いくら物理に耐性があり体力を上げるガイアを装備しているとはいえ
その身のベースは人間だ。
致死量の出血になればその頑丈さも意味がなくなる。

ダンテは引きつったように息を吸い込み
自分とまったく同じようなリアクションをしているバージルの事も完全に忘れ
次の瞬間自分でも信じられないくらいに声を張り上げた。

「・・っ!!
このッ!バカ!!
 何やってる!!治せ!!早く!!


派手な金属音をさせてリベリオンを地面に落とし
ダンテは今あけたばかりの風穴に可能なかぎりの止血をする。

しかしそれはいくら塞ごうとしても
回復スキルをもたないダンテにはどうする事もできず
黒いグローブがどんどんそれとわかるくらいに別の色に染まっていく。

だが叫ぶようなダンテの命令にジュンヤは首をしっかり横にふった。

「・・いや駄目だ。悪いけど俺の話の方が先だ」
何いってる!!そんな場合か!!
 いつもやってたやつだろうが!!どうして今しない!?」
「そんなの・・決まってるだろ。
 二人とも、もうこんな事しないって・・約束しろ」

その言葉は痛みのせいでいくらか震えていたが
腕を掴んできた手は思いがけないほどに強くダンテは息を飲む。

こんな事はオレ達兄弟にはよくある話で、こんな止め方をするほどの事ではないし
何よりまだ何も話していないはずのこいつが
こんな事をして止めるような事じゃないはずなのに
なんでこんな・・どう考えてもおかしいだろう?

などと混乱する頭のはじで何かがカタカタと鳴っている。

それは震えているバージルの手と連動して閻魔刀の鍔が鳴っている音なのだが
冷静さがなくなったダンテにそんな事を気にしている余裕はない。

「ふざ・・
けるな!!オマエ自分が何してるのか・・!!」
「・・わかってて言ってるんだよ・・・これじゃ約束っていうより・・むしろ脅迫だし・・」
「オマエ・・!!」

そうこうしているうちに風穴が2つもあいた身体からはどんどん赤が流れ出し
それに比例して少年の顔色が悪くなり息が次第に荒くなっていく。

「・・うん、我ながら・・馬鹿やってると思うよ。
 でもさ・・これって・・俺にとっては大事なことなんだよ・・・。
 だって二人とも・・こんな事してても・・今も昔も・・どうであっても・・・
 ちゃんと血のつながってる家族なんだろ?」

肺に穴があいたのか喋っていた口からも血が漏れはじめる。

しかしそれでも、家族ではないはずの
こんな事に巻き込むはずではなかった少年は
それをぬぐおうともせずダンテの腕をさらに掴んだ。

「だからさ・・・今みたいなのは今回限りにして欲しいんだ。
 ・・他人の俺の・・つまんないワガママなのかも・・知れないけど
 俺にできる事って・・こんな無茶な事・・しかないけど・・」

着ている服を赤く染め、どんどん血の気をなくしていく少年は
苦しさと苦痛に汗をにじませながらそれでも何とか笑みを作り

「でもさ・・・俺もっ・・みんなに色々・・振り回されて・・るんだから・・
 これ・・くらいの・・・ワガママ聞いてく・・・れたっ・・て・・」

何とか絞り出していた言葉はそこで途切れ
支えられてなんとか立っていた身体から完全に力が抜けた。

「・・っ!!」
「・・!!」

ダンテが何か怒鳴ろうとしたのとバージルが閻魔刀をがしゃんと落とし
崩れかけたジュンヤを支えたのはほぼ同時だ。

その身体はもうかなり冷たくなっていて
ついさっきまで言葉を発していた口から漏れる息は
次第にしかし確実に細く小さくなっていく。


・・やめろ・・やめろ・・やめろやめろ畜生!
そんなつまらない要求を最後の言葉にするつもりか!?


ダンテは心の中で吐き捨て素早くコートのポケットに手を突っ込んだが
今日に限っていつも携帯していた物はそこにはなく
ダンテは苛立ちと舌打ちを隠そうともせず、背後にいた知り合いに声を飛ばした。

「ルシア!バイタルスター!!」

だが背後にいた知り合いから返ってきたのは予想外の返答だ。

「ダメよ!悪いけどそれはできない!」
「なんだと!?」
「その子が自分で言ったからよ!
 自分が納得できるように解決したいから
 自分がどんなことになっても絶対に手を出してくれるなって!」

そう言うルシアもかなり辛そうな物言いだ。
おそらくよほど強い約束をしていたのだろう
助けてやりたくても助けられないジレンマに挟まれた表情は
かつて自分に関しての真実を知った時、自らを殺せと言った時の表情と似ている。

ダンテは自分のグローブを口で乱暴に引き抜くと
気休めにしかならないが応急処置として未だふさがらない傷に押し当て
2体出されていた仲魔に声を叩きつけた。

「ボス!!マフラー!!」
「・・悪イガおれラモ同ジコト言ワレテンダ。
 ソイツガチャントシタ指示ヲクレルマデ手出シハデキネエ」
「そんなこと言ってる場合か!!オマエらの主人がヤバイんだろうが!!」
黙れ!!

がんとミカエルが近くにあった石の柱を殴る。
加減がなかったためそれはぼきりと折れて向こうに倒れるが
主人に忠実でありなお主人を敬愛する側近はかまわずさらに声を張り上げた。

「我らの主の命令は絶対のものだ!
 それはたとえ主自身の命に関わる事であってもだ!!」
「・・てめェ!!」

掴みかからんばかりの目で睨み付けるダンテを
ミカエルはそれ以上の目で睨み返した。

「貴様らこそ・・!主の気持ちを考えよ!
 優しい主の目の前で、親しい者同士が衝突するのがどれほどの事か!」
「・・!」
「主がここへ貴様らを引き合わせに来たのは何のためだと思っている!
 貴様らの血塗られた因縁に血の上塗りをさせるためではないだろう!!」

こんな非常時でもそれは確かに正論だ。

ダンテはハッキリと口にした事はないが
もしこの少年が自分達の事情を知っていたのなら
自分の身を盾にしてでも止めに入るくらいのことは平気でするだろう。

ただ止めるだけではなく、それが何かをなくすことになるという
自分の身を使った実例を込めてでもだ。

「・・・・・か・・・・さん」

だがその時。

同じようにジュンヤを支えていたバージルが妙な事を口走る。

「・・・だめだ・・いやだ・・母さん・・・起きてくれ・・・嫌だ!!」

それはダンテが今までにバージルからは聞いたことのない
ひどく震えた声だった。

まだなんの説明も受けていないダンテとしては
どうしてここでそんな単語が出てくるのかと疑問に思うところだが
その様子と言葉の断片がダンテの知る1つの記憶と重なってしまい
全身から血が引いていくような感覚に襲われる。

今目の前にある現状が
ずいぶん前に母を失った時と似てるからだ。

その証拠に触れている身体はあの時と同じようにどんどん冷たくなっていき
なすすべもないまま周囲が赤色に染まっていく。

「あ・・・」

あれから自分達は
その時の悔しさから力をつけたのに
それでもやっぱりオレ達は、何かを壊す事はできても
何かを守る事はできないのか?


オレが触れようとするものは・・何も生かす事ができないのか?


だがその白くなりかけた意思は
べしと頭に受けた衝撃で現実へ引き戻された。

ナニ呆ケテヤガルコノ馬鹿ドモガ!!
 テメェサッキソンナ場合ジャネェッテ自分デ言ッタダロ!
 今おまえラガスルコトハボサットシテコイツヲ見殺シニスル事カ!!」

おそらくシッポで叩いたのだろうマカミが怒鳴り
あまり怖くない顔でシャーと威嚇するような音を出す。

それと同時にミカエルも硬直していたバージルの背中を
ドンと気付けをするかのように強く叩いた。

「思い出せ!主がなにを思い、何をしようとした?!
 すぐに答えを出して実行しろ!今主を呼び戻せるのは
 お前達以外にはおらんのだ!!」

ほんの一瞬だが我を失いかけていたダンテは
その言葉にようやく自我を取り戻す。

そうだ。

あの時自分達は非力でなにもする事が出来なかったが
今の自分達には以前あった経験と出来ることがちゃんとある。

選択肢はこの少年がちゃんと残してくれているのだから
少なくとも過去と違う結果を作ることは出来るはずだ。

ダンテはバージルを
バージルはダンテを見た。

その互いの目に殺意はもうない。

2人は意図せず同時にうなずくと
血の気も温度もなくしている手を片方ずつ手にとって握り
赤く変色したタトゥーの走った白い顔をのぞき込んだ。

「・・おい、ジュンヤ起きろ。
 オレはオマエに話してもらわないといけない事が山積みなんだよ」
「・・母さん、起きてくれ。
 でないと俺は・・これからどうしていいのか分からない」

閉じられていた目がその呼びかけに反応してかすかに動く。

「ケンカは後にする。だから・・起きて話をしろ。
 オマエいつも話聞けって言ってただろう」
「・・もうしない。・・約束するから・・」

それはちゃんと聞こえているのかわからないが
けれど2人ともそんな事はかまわなかった。

今2人にできることは、冷えていく手を握りしめて
遠くへ行ってしまう意識を呼び戻すことだけだから。

「今ならいくらでも聞いてやる。だから・・目を開けろ!帰ってこい!」
「俺を置いて・・いかないでくれ・・・!」


・・頼む!


バラバラに話していた言葉が最後で重なる。

それは意識してやったわけではない。
けれどその心の底から出したような2つの声は
永遠に開けられなくなるかと思われた目をほんの少し開かせた。

その目にうつったのは
外観はそっくりなのに性格のまるで違う
けれど今はまったく同じ思いを持った2人の仲魔
いや、全く同じ顔をした2人の兄弟だった。

ジュンヤはそれを見届けると
ゆっくりとか細くなっていた息を集め、何かを小さく何かをつぶやく。

それは目の前にいた2人にもわからないほど弱々しい言葉だったが
事前に指示をもらっていた大天使と神獣がその意思を瞬時に察し
2人がかりで癒しの魔法を詠唱した。

それはジュンヤだけでなくダンテとバージルをも包み込み
赤く変色していたタトゥーを一瞬にして元の色合いに戻す。

そしてその兄弟の見守る中で
永遠に閉じられるかと思っていた目が再びゆっくりと開いた。

その目はまだかなりうつろで焦点も正しくはなかったが
それでも何とか、真上にあった二つの同じ顔を交互に見て

「・・」

何かを小さくつぶやいたが、それは衰弱のためか声に出る事がなく
かわりに両方の手を軽く握り返すだけに終わった。

それは良い子だとも見えたし約束だとも見てとれたが
何を言ったのか聞き返す前にその目はまた閉じられてしまい
手からも再びふっと力が抜けた。

「おい!!」
「母さん!!」

だが同時に血相を変えた2人の間ににゅとマカミが割って入ってくる。

「ソウ騒グナヨ。気ィウシナッタダケダ」
「しかし・・!」
「・・落ちつけ。息はしているし鼓動も戻っている。
 それに主はそう簡単に我らを置いて逝きはしない」

握りつぶしそうになっていた手をゆるめながらミカエルが冷静にそう言うが
それでもまだ同じような顔で不安げにしている二人に
マカミがふへーとため息をつきながらこんな事を話し出した。








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