「・・ソウイヤオメェラニハマダ言ッテナカッタナ。
ナンデおれラヤこいつガ治癒ノスキルヲヤタラニ持ッテルノカ」
そう言われて思い出したが、ジュンヤの仲魔達は多少の例外を除き
大半がディア系の治癒スキルを持っている。
その主人であるジュンヤにいたっては
単体用と全体用の最強回復スキルを持っている
回復のエキスパートのような奴だった。
ダンテはそれをジュンヤが仲魔を大事にするからだと思っていたが
それだけではない事は言葉をつなぐようにミカエルが説明してくれた。
「・・考えてもみよ。主は元々お前達とは違い戦闘とは無縁の世界にいた。
戦いの経験もなければこのような重傷をおった経験もなかったはずだ」
「・・オイ待て、じゃあまさかコイツ・・!?」
「血と外傷性のショックに弱いのだ」
などとあっさり言われダンテは愕然とした。
それは今の今まで気付けなかったが、ちょっと考えれば当たり前の事だ。
確かにジュンヤはボルテクスでよく他の悪魔に襲われた。
自分だって後ろから撃ったり剣で何回も斬ったりした。
しかし見た目に反してジュンヤは丈夫だったし
ある程度は仲魔達が盾になったりフォローもしたし
回復係が多くいたのでそうそう致命傷にはならなかった。
それにダンテが仲魔になったころにはもう彼もかなりの力をつけていて
体力を消費する時と言えば強力なスキルを使用して敵を一掃する時くらいなものだ。
だがそれより何より、ある程度の戦闘やケガに慣れたとは言え
この少年は元々ただの人間だ。
刺されれば当然痛いだろうし、血なんてそうそう見たこともないだろうし
こんなまともに二カ所も刺され、これだけ血が出るほど放置していた経験は
あの殺伐としたボルテクスを経験していたとしても初めてなはずだ。
そしてそこでようやく、ずっと黙っていたルシアがかがみこんで
二人の肩を叩きながら言い聞かせるようにこう話し出した。
「・・その子はね、あなた達の中にあるいろんなものを
自分の身体に封印するつもりで割って入ったのよ。
力ずくでも止められるかも知れないけど、それじゃきっと解決しない。
その先に何があるのかを自分でわからせてやらないとって
自分だって怖くて震えて青い顔してるくせに、真剣に言うのよ」
ダンテの目が大きく見開かれ
バージルがぎりと音がするほど歯をかみしめた。
「私もそこの友達ももちろん反対はしたわ。
でもね、この子はその反対を全部押し切ってでも
こんなになるまでしてでもあなた達を止めたかったのよ。
あんまり誉められた方法じゃないのは誰でも分かってた。
けどそうまでしてもこの子はあなた達を兄弟に・・
・・ううん、ただ普通の家族に戻したかったのよ」
バージルがかなり冷たくなっているその細い手にすがりつくように頬を寄せた。
かつて自分達の生みの母は、非力な人間だったにもかかわらず
その命をかけて自分たちを悪魔の手から守った。
そして今この再生の母は、強力な力を使おうともせず
その昔母が自分たちを守ろうとしたように
今度は自分たちの中にあった悪魔の部分から自分たちを守ったのだ。
「あなた達がこの島に来たのも・・何かの縁だと思うわ。
この子の身1つで足りないならこの島全部使ってでもいい
あなた達の持ってる過去とか因縁全部、この島にまとめて置いていきなさい。
昔魔界に通じた場所なんだもの、それくらいはやってみせるから」
ダンテは息を吸い込み、目を伏せてゆっくり頭を振った。
足りない事などあるものか。
確かに自分たちの因縁は魔界に続く塔や1つの島全体を巻き込む事があっても
そんなものとこの少年1人を天秤にかける必要性などどこにもない。
元はただの人間のくせに、痛いのも血もダメなくせに
それでも自分たちを止めようとしてこんなになって
優しいくせに強引で、気弱なくせに強情で、お人好しで無鉄砲で
いつもバカと怒鳴るくせに、結局自分だって相当なバカを事してこんな・・
ぽつ
その時、握りしめていた手の上に水が1つ落ちる。
何だ。こんな時にタイミングよく雨かとダンテは空を見上げた。
だがその時その島の上空に雲はまばらにしかなく
雨を降らせそうな雲はほとんどない。
しかし視線を戻すとまたぽつりと一滴、透明なものが落ちる。
じゃあどこからだと思いつつふと前を見ると
細い手を両手で握りしめすがりついている自分の片割れの手にも
同じような雨がぼろぼろぼろぼろ、どこにそれだけ溜めていたんだと思うくらい
とても狭い範囲でふっている。
まさかと思って自分の手を見下ろすと
そこにだけまたぽつりと新しい雨が降った。
・・・あぁそうか。
オレ達はまだこんな事ができるんだな。
ダンテは雨のついた自分の手を見ながら他人事のように思った。
それぞれ道は分かれたつもりだったが
やはりどちらかになりきるというのは出来ないらしく
そしてどっちもやっぱり結局は生まれ育った所に帰って来てしまうらしい。
本当なら大人としてはこんなところで目を開けられては困る。
しかし今は少しでもいいから、笑われても呆れられてもいいから
早く目を開けてこっちを見て、なんでもいいから反応して欲しいと
ダンテは冷たい手を握りしめながらとても素直に願った。
ぽつりと1つ、また新しい雨が手の上に落ちた。
・・・暗い。
・・・真っ暗だ。
そこは真っ暗で何もない、とても静かなところだ。
ジュンヤは一瞬死んだのかと思った。
しかし目を閉じる間際にちゃんと約束はしておいたので
それはないだろうなとのんびり思い直す。
それに見下ろすとまだちゃんと足もついてるし、手の感触もまだちゃんとある。
だがその時その静かな場所に何かの音が生まれ、こちらに向かって近づいてきた。
それはずいぶんと軽い足音だ。
パタパタと軽い足音をたててそれはまっすぐこちらに向かって近づき
やがてはっきり見えるようになった。
それは子供だった。
まだ幼い、まだ母を困らせていそうなくらいのやんちゃ盛りな子供だ。
それはまっすぐジュンヤの所のへ来ると、いきなりぽんと足に飛びついてきた。
「やったやった!やっと出られる!」
「・・え?」
「なーもーオレたいくつだよー!さっさと外でようぜなー!」
そう言ってバタバタする子供にまったく見覚えはない。
わけもわからず面食らっていると
今度は別のところから気配が来てぎゅと手をつかんできた。
見るとそれも子供だ。今度は少しおとなしそうな子で
なのに足元でチョロチョロとしている子供とまったく同じ顔をした子供だった。
そちらのおとなしい方の子供は何も言わず、ただぢーーとこちらを見上げ
もう一人の子供に取られたくないかのように手をしっかりと握って・・
・・・ん?
なんか・・・これって・・?
「早くいこうぜ!もうたいくつでたいくつでさー!
おれやりたいこといーーっぱいあるんだ!」
まさかと思うヒマもなく対照的な子供たちに手を引かれ
ジュンヤはそこからぴっぱり出されるように歩き出す。
ぼどなくして前の方にぼんやりとだが光が見えてきた。
見るとその光に照らされる、似てはいるが対照的な2人の子供は
小さな疑問通りどこかで見た事のある顔をしていて
けれどその知っている人物たちにはない、明るさのある表情をしていた。
周囲が明るくなるにつれ、それは見えなくなっていき
手足に感じる感覚も薄くなっていく。
しかし外に出ると言うことは悪いことではないのだろう。
その証拠にこちらを見上げてくる子供達はそれぞれに嬉しそうで
あまり恐怖は感じない。
だからジュンヤはその時
自分たちがそこから出て行くのを優しく見守っていた存在がいた事に
まったく気がつかなかった。
「・・・・・・」
光のさしていた場所から外へ出ると、そこはどこか見知らぬ天井のある場所だ。
あれ、どこだろうと思っていると
まったく同じに見える顔が2つ、いきなりのドアップで視界内に飛び込んできた。
「・・・うわあ!!?」
ごち!
びっくりして飛び起きると同時に目の前に星が飛び散り
あやふやに残っていた夢の記憶やなにやらがいっぺんに消し飛ぶ。
額を押さえつつそれでもなんとか状況を確認しようとすると
まず目に入ったのは同じように額を押さえてうなっている赤と青。
そのうちの赤い方がちょっと間をあけ痛さを消化した後
おでこをさすりつつかなり恨みがましい視線をくれた。
「・・・・てめぇ・・・人が珍しく心配してやってれば
起き抜けのあいさつ・・がっ!?」
だがその言葉はようやく立ち直った青に
どごと力一杯突き飛ばされ未完成に終わる。
そして赤い方を突き飛ばした青は、ばばばと素早くこちらの熱や脈を真顔で計り
しばらく睨み付けるような顔をした後・・。
「うわ!・・いて・・!ちょっとバージルさん・・痛いって・・!」
突き飛ばして床に転がった弟の事など完全無視し
骨が折れる寸前くらいの力で腹にしがみついてきた。
「・・こら、心配したのはわかるがあまり乱暴にするな」
同じように近くで様子を見守っていてくれたのだろう
ミカエルが横から止めに入ってくれたのだが
しかし表情はあまり変えなくてもやはり相当心配したのだろう。
岩にくっついたカキのごとくバージルはがっちり張り付いてはがれなかった。
そうしてあらためて周囲を見回して見ると、そこは室内のベットの上だった。
おそらく話し合いの後に来いと言われていたルシアの家だろう。
どうやら自分はあの後、彼女の家に運ばれ今までここで寝ていたらしい。
「オウ、ヨウヤット起キタカ」
やはりみんなと同じく目を覚ますのを待っていたのだろう
かなりムッとしているダンテの足下からマカミが出てきて鼻先を寄せてくる
そうして気がついたのだが見ると服は多少ふき取られてはいるものの
大半が赤黒く染まっていてあんまり直視したくない状態のまんまだ。
「・・・えっと・・・俺・・・やっぱりダメだったのか?」
「ソリャ無理ダロ。アンダケ派手ナ風穴開けケトイテ」
「・・・だよなぁ・・・」
我ながら無茶をしたとは思うが、そのおかげというかそのせいで
今あれだけ激しい戦闘をしていた兄弟2人は
ちゃんと無事なまま大人しく自分の前にそろっていてくれている。
これからどうするかはまだ考えていないが
とりあえずどっちも大人しく無事でいてくれた事は
ジュンヤにとっては唯一で最大の救いだ。
「・・ごめんな。心配かけて。
でも2人が戦ってる間、俺も同じくらいの心配したのは・・わかってくれよ」
そう言って頭をなでてやっても、さすがに心配したのかそれとも心細かったのか
それでも嫌だとばかりにぎゅうとバージルの拘束は強くなる。
ミカエルが見かねて止めに入ろうとしたがジュンヤはそれを手で制し
落ち着くまで好きにさせておく事にした。
それを無言で見ていたダンテはかなり複雑な顔をする。
そう言えばさっきはかなりゴタゴタしていて気が回らなかったが
この兄、兄には違いないのだが・・・何か変だ。
全部の説明は精神的ダメージを軽減させるため
ジュンヤから直接ゆっくり聞くつもりでいたので
ダンテはまだどうしてバージルがここまでジュンヤにべったりなのか
どうしてこの少年の事を母と呼ぶのかもまだ何一つわかっていない。
聞きたいことはそれこそ山ほどあるが
それはこの律儀な少年が全部がなんとかしてくれる。
そんな確信とちょっぴりの救いを求めて
ダンテは冗談ぬきの真面目な声で言った。
「・・・で、説明してくれるんだろうな」
ジュンヤは無言で1つうなずくと
まだはりついているバージルをそのままに
ダンテの知らない今までの経緯について話し出した。
ダンテが帰ってから東京であったこと
バージルを自分の手違いと偶然で再生させたこと
そしてどうして自分になついているかなどの事情を
ゆっくりと多少かいつまんで話して聞かせる。
ダンテは珍しく一言も口をはさまず
ベット脇にあったイスに座ったままただ黙って聞いていた。
バージルも未だにジュンヤの腹に陣取ったまま微動だにしない。
ミカエルはそれを見届けるかのように窓近くで壁にもたれたまま動かないし
マカミも口をはさまずダンテの足元で邪魔にならないように丸くなっていた。
そうして説明をし始めてどれくらい経過しただろう。
一通りの話を聞いていたダンテは全部を聞き終えてから少しの間をおき
疲れたように額を押さえつつ、彼にしては珍しい重たげなため息を吐き出した。
「・・・つまり・・・だ。オレのささやかな説明不足と
オマエの多大なるうっかりがこんな奇妙な現象を巻き起こした・・って事になるのか?」
「ん・・・まぁ・・・そんな感じかな」
ダンテはチラとまだくっついたままの兄を見て、さらにため息を追加する。
そのたった2つだけの事で、死んだと思っていた兄が勝手に再生され
こんな本来の彼からは天地がひっくり返っても想像できない
ダンテからすれば今まで生きてきた中で最も奇っ怪な
別人みたいだけど本人に間違いない新生兄と再会する事になるとは・・。
そりゃ確かにあの状態から再生させたなら母さんとも言えるかもしれないが・・
いやしかしそいつはそれ以前にオレ達よりもかなり年下のガキで男で
片手で悪魔を叩き殺すこともできる悪魔で何よりオレの相棒だぞ?
いや・・確かにオレも母さんと似てると思ったこともなきにもあらずだが
だからってそこまでべったり懐く事ないだろうが。
それにアンタそんなキャラじゃなかっただろ。元々持ってたプライドとか意地とか
その他もろもろのカッチカチに固い性格は一体どこに落としてきた?
つーかオレだってそんな位置確保できた事もないのにそんなあっさり・・
いや今問題にするのはそこじゃなくてだな・・。
常に前向きで細かいことは気にしないはずのデビルハンターの頭の中は
きちんとした説明を受けた後でも色々ありすぎてもうオーバーヒート寸前だ。
確かに悪い意味で驚かされっぱなしなのは確実だ。
いやそれは驚かせるを通り越してパニック寸前とも言えるだろう。
ダンテはしばらく額を押さえて険しい顔をしていたが・・。
「・・・少し・・・1人にさせろ」
そう言ってふらりと立ち上がり、足音も重たげに一人部屋を出ていった。
いくら脳天気な彼でも今回はさすがに色々とこたえたらしい。
「・・マカミ」
「ワーッテルヨ」
しばらくしてジュンヤのもらした心配そうな言葉にマカミが浮き上がり
近くにあった窓からふよよと外へ飛んでいく。
それを見届けてしばらくしてから
ジュンヤは未だにしがみつきっぱなしのバージルの頭をぽんと叩いた。
「・・バージルさん、行っておいで」
その言葉に今まで岩のように動かなかった肩がぴくと反応する。
「多分・・ダンテさんもバージルさんと同じように迷ってるんだ。
普段から調子の変わらない人だから、一人になりたがるなんて珍しいし」
「・・・・」
「ダンテさんの迷ってる事もバージルさんの迷ってる事も
きっと2人でしか解決できない事だと思う。
だから行って2人でちゃんと話をしておいで。
もう殺し合いはしないって約束したんだから、あとは2人で話をつけないと」
「・・・・・・・」
「俺ができるのはここまでだ」
ぽんと諭すように肩をたたかれ、ガンとして動かなかった顔が上がる。
半泣きにでもなっていたのかその目は少し腫れて赤いが
さっきまであった不安そうな様子はない。
それは彼もここへ来るとき決めていた事だ。
今の自分が何者であるかを知るためにダンテとは決着をつけておきたい。
そう言ったのは他でもない自分なのだから。
悪魔の自分は先程も実証された通り
全てを受け入れてくれている母と共にいるのならこれからどうとでもできるだろう。
あとは自分の生涯の中で最も因縁深いあの半身との関係を
これから自分自身の手で明確にしなければならない。
それは簡単なように思えるが
彼の生涯でやってきた事の中で最も重労働になりそうな話だ。
その重さが顔に出ていたのか
悪魔でありながら人の手本でもある再生の母は、最後にこう付け加えてくれた。
「あ、でもさ、結果がどんな風になったとしても
俺はちゃんとここで待ってるからさ」
その言い方は穏やかで何気なかったが
その言葉は不安げに揺れていた心を足下から固めてくれた。
過去はどうであれ、かつて全てを失ったと思った自分には
今ちゃんと戻れる場所があるのだ。
バージルは未だタトゥーの走ったままの手を取って素早く口に押し当てると
それをそっと元の場所に戻し、振り返らずに部屋を出た。
ジュンヤは一瞬赤くなったが今はそれどころじゃないだろうと思い直し
ちょっとムッとしていたが一応黙っていた大天使に指示を出した。
「ミカ」
「承知している」
忠実な大天使はそれだけ短く答えると少し遅らせるように戸口からその後を追う。
そうしてさっきまでそれなりに人数のいた部屋は急に静かになった。
けれどそんなのは一時的な事だ。
少しすればみんな戻ってきて元のうるさいくらいのにぎわいになる。
そのときあの兄弟がどのような状態で戻ってくるかはわからない。
けれどジュンヤは気にしなかった。
どんな事になったにしろ、あの2人はちゃんとここへ戻ってくるだろう。
だったらそれ以外に望む事は多くない。
家族というのはそれだけでも幸せなのだから。
そんなことを考えながらジュンヤは目を閉じた。
疲労と体力の低下も手伝って、意識がとぎれるにそう時間はかからなかった。
ざあざあと遙か下で波の打ち寄せる音がする。
ダンテはらしくもなく海岸のはじの海の見下ろせる場所で
一人そこから見える水平線をじっと見ていた。
ジュンヤが身を挺してかなり強引な約束をこじつけた時
ある程度の事は無理矢理にでも受け入れたつもりだったが
しかしいざ冷静になって考えてみるとどう考えても頭は混乱するばかり。
兄が戻ってきたのは百歩譲ってまぁよしとしよう。
しかしあの冷たくて素っ気なくて他者など空気以下にしか見ていなかった奴が
いきなり自分より年下のガキにべったりになって
生まれて間もない動物か何かみたいにあんな・・
「・・う」
あイタとばかりに目を押さえてダンテはうめく。
理屈としては合っている。
合ってはいるがかつての兄を知っていて
なおかつ同じ顔を持ちもう見た目も精神もいい歳になってしまっているダンテとしては
いきなりあんなありえない状態の兄を目の前に出されたとしても
そうそう簡単に受け入れられるわけがない。
それに真面目な話、もう彼との事は自分の中では整理をつけたつもりだったのだ。
それをこんな忘れかけたころにこんな形で蒸し返されて
しかも今度は無関係なはずの大事な相棒まで巻き込んで・・。
いくらジュンヤには自分を退屈させない性質があるにしろ、物には限度という物がある。
「ヨウ。今ナラ普通ニ後カラ下ニ突キオトセソウダッタゼ?」
そんな複雑な心境を抱えていると、後ろからのんきな声が飛んできた。
見るといつからいたのかマカミが少し間をあけた場所に浮いていて
何だ今頃気づいたのかと言わんばかりに首を1つかしげると
ふんわり飛んできて横に並んだ。
しかしいつもは口の軽いその犬は、それっきり何も言わない。
おそらく根掘り葉掘り聞かずダンテの方から切り出すのを待っているのだろう。
マカミとダンテはしばらくそのアンバランスな組み合わせのまま
無言で太陽の光を反射している海を見ていた。
そのギャップの激しい組み合わせはどこからどう見ても変なのだが
口も態度も体も軽い神獣は昔からジュンヤやダンテの相手をしているだけあってか
人に対する気遣いがうまく、こういった時には下手に喋らず大人しい。
そうしてそれからどれくらいたったころだろうか。
珍しくずっと沈黙を守っていたダンテが
どこかあきらめたように肩を落としながらこう切り出した。
「・・気がつけば・・オレ達はいつもあぁだった」
長い首がこちらを向き、三角の耳がぴんと弾かれたように動く。
「いつからだったかな。気がつけばオレ達はいつもあんな調子だった。
顔を合わせるたびいつもあぁで、普通に話し合いをした事はごくまれだ。
だからオレもアイツもそれが普通だと思ってた。
これ以外にオレ達が話し合う方法はないんだってな。
だが・・・」
ふと視線が黒のグローブに落ちる。
それはあまり目立たないがさっきついた血の跡がまだかすかに残っていた。
「・・アイツに止められて・・色々わからなくなった。
思い起こせばオレ達はケンカばかりしてる。
けどそれは一体何のためのケンカなんだ?
親父も母さんももういない。その元凶になった奴も何年か前に追い返した。
それでもオレ達はまだこうやって顔を合わせてはケンカをして
今度は何の関係のないはずのアイツを・・殺しかけた」
ぎゅうとグローブに力がこもり
それを黙って見ていたマカミの尾が一度だけふわりと揺れた。
「過ぎた事をどうこう言うつもりはない。心の中でもわかってるつもりだ。
けど正直な話・・オレはどうしていいのかまったくわからん。
今の今までろくな会話もせず、当たり前みたいに殺し合って
結果的に二度も殺してる奴とオレは・・一体何をどうしたらいい?」
それはダンテらしからぬ弱気な言い方だった。
しかしそれは彼がどれだけ強くともどれだけ強靱な精神を持っていても
まだ人の部分を残している証拠なのだ。
それを見ていたマカミは考えるように鼻先を上に向け
けっけと耳の後ろをかいてから何を思ったのかこんな事を言い出した。
「・・・ンデ、オメェソンナ兄貴ト殺リ合ウノ、楽シカッタカ?」
ダンテは少し驚いたような顔をした後、首を横に振った。
「・・いいや。やってる時は楽しい時もあったが
よくよく思い出してみればどれもこれも後味が悪くてたまらん」
その言葉に表情のわかりにくいマカミの顔がそれとわかるくらいにニヤリとし
平たい尻尾がべしんと赤い背中を叩いてくる。
「ナラドウスルモコウスルモネェダロ。
ソンナモン、オメェノ思ッタトオリニスリャイインダヨ」
「・・?」
「大体ねちねち考エルノナンザオメェニャ死ヌホド似合ワネェンダヨ。
すぱっト決メテ、すぱっトヤリャイインダ。オメェハイツモソウシテキタダロガ」
横で浮いていた布のような生き物がすいと正面に来て
鯉のぼりみたいな目がこちらを見据えてくる。
「オメェノ兄貴ナンダロ?」
「・・あぁ」
「ドンナニ馬ガ合ワナカロウガ、ソレダケハ確カナンダロ?」
「・・・・・」
仲は確かによくない。
気がつけばまともな会話もそこそこにいつもいつもケンカになって
殺そうとしたり殺されかかったりも何度もした。
けれどダンテはその昔、引き戻そうと伸ばして拒まれた手を
それでも伸ばして捕まえておけばよかったと思う時もあったし
ある島から脱出した後、あの時魔帝の胸ぐらを掴んで
アイツを返せと一言言っておけばよかったと思った時もある。
仲は確かによろしくはない。
性格もあわなければ考え方もまるで違い、思い起こせば殺し合いばかりで
あの冷たい目はいつもこらちの事など見向きもせず
いつもいつもここではないどこか前の方を見ていた。
だがそれは他に絶対代わりのきかないものだ。
それはどれだけ相性が悪く、何度衝突しようとも
悪魔のくせに悪魔の側から離れ、たった一人で人間の側についた父親の
その強い血と固い信念を受け継いだ、他に絶対存在しない唯一の存在だ。
「・・あぁ、そうだな。あんな頭の固くて陰険でイヤな野郎
オレの兄貴以外にはどこを探そうが絶対にいないだろうな」
その苦笑混じりの返事を聞き、マカミは満足したようにフフンと笑うと
ぷいとダンテの後ろを鼻先で指した。
「ダッタラナニモ迷ウコタァネェ。オメェガヤルコトハ1ツダケダ」
何の話だと思ってその延長線上に目をやると
一体いつからそこにいたのだろう。
さっきまで誰かの腹にはりついてはがれそうになかった男が1人
後ろに付き添いでついてきたのだろうミカエルを置いたまま
かなり所在なさげに立ちつくしている。
「ジャアナ。助言ハシタゼ」
「おいマフ・・!」
「では行け。解決するまで戻ってくる事は許さんぞ」
「え?あ・・!」
それぞれにぺしとかぽんとか肩を押されお互いの距離が少し近づくのをよそに
それぞれにいた付き添いは各自の捨て台詞を残し
困惑する2人を置いてさっさと帰ってしまった。
残されたのは先程の様子とはうって変わって
かなり気まずそうな顔をし合った兄弟のみ。
顔が同じなのでその様子はほとんど鏡と変わらないのだが
2人とも今はそんな事を気にしている場合ではなかった。
「・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・」
気まずい。
超気まずい。
かつて2人の間でこれほど気まずい空気が流れた事はない。
つい先程あれほど激しい戦闘をしていたとは思えないほどのぎこちなさで
お互い目をそらしたり服を意味もなくいじったり
同時に目があってしまい慌ててそらしたりする。
しかしそれでは当然ラチがあかないし
このまま戻ってもあの大天使にデスバウンドで追い返されそうなので
まずダンテが先に腹をくくって無理矢理視線を合わせ
そっちから話せとアイコンタクトを投げてよこす。
バージルはちょっとたじろいだが断るのもシャクなのか
しょうがなさそうに咳払いを1つして静かに息を吸い込んだ。
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