何しろそれは死んだと思っていた兄からの数年ぶりの言葉だ。

さぁ何を聞いてくる?
オレの持ってるフォースエッジの事か?
それとも最後に落とした母さんの形見の話か?
それともまだ魔界がどうとか力がどうとかいう話をするつもりか?

などと内心ドキドキしていたダンテの予想を
バージルは・・

「・・・・・・げ・・・・・元気だった・・のか?」

かなり言いにくそうにしながら
全部まとめて綺麗に裏切ってくれた。

・・・・。

・・・・・・・

・・・・・・・は?

その彼にあるまじき普通で一般的で庶民的なセリフに
ダンテは一瞬どころか本気で聞き間違いか幻聴かと思った。

しかしかなり呆けたような顔をしている自分をよそに
言った本人はちょっと赤くなって視線をそらすので
信じられないがそれであっているらしい。

「・・・・?・・あ・・?・・あぁ・・まぁ・・・な」

たっぷり間をあけてからダンテもなんとか普通のセリフを返す。

もうちょっと気の利いた返し方もありそうなものなのだが
意外な展開にダンテにしては珍しく、それだけ返すのがやっとだった。

そう言えばこの元はといえば冷たくて気むずかしい兄
ジュンヤと一緒に東京で生活していたというのだから
あの性格のままではとてもじゃないが折り合いがつかない。

いやもしかしてあの少年が
まず何から聞いていいのか迷った時にこう聞けと言って
それを実行しただけなのかもしれない。

?・・えぇと・・・つまりそれは・・だ。
冷静になってみれば、オレ達こうやって普通に話すことも出来るのか?

いやむしろそっちの方が普通で
顔見るなり斬り合い殺し合いになる方が異常なのだが
そうツッこんでくれる人物は今誰一人ここにはいないため
今まで戦うことでばかり意思疎通を行ってきた双子は
なんだかとてもむずかゆい気分になった。

「・・・何か・・オレ達がする挨拶にしては・・変な気分だな」
「・・・あぁ」
「思い起こせばいつもオレ達は挨拶もそこそこに
 コイツで話し合ってた・・と言うよりも言う事を聞かそうとしてた」
「・・あぁ」

背中の剣を指しながら肩をすくめるダンテに
手にしていた閻魔刀の感触を確かめながらバージルも静かに同意する。

そんな普通のやりとりは彼らにしてはとても珍しい事だ。
それほど2人の出会ったあの少年の影響は強かったのだろう。
いや影響と言うよりはどっちとも精神的に疲れ切っていて
自分の気を張るところまで手が回らなかっただけなのかもしれない。

とにかくそれを皮切りにし2人の間でかなり久しぶりになるだろう
ごく普通の会話が始まった。

「アイツの所に世話になってたそうだが・・居心地はどうだった?」
「・・悪くない。剣の腕と戦いの感覚は鈍る一方だが
 それ以外に知らなかった事が多すぎたという実感も沸く」
「だろうな。こことアイツの周囲じゃあまりに環境が違いすぎる」
「お前の方は・・・相変わらずか」
「だな。アンタが起こした騒ぎほどじゃないが
 悪魔ってのはいくら減らしても消えるものじゃない。
 今でもあそこを拠点にしてそれなりによろしくやってる」
「それなりか」
「それなりだ」

年月はたってもその言い回しでそれがどんな状況なのかわかるのだろう。
こちらを見ていた目がすっと細まる。

呆れているのか昔を思い出しているのかどちらなのかは
今のダンテにはわからなかったが、少なくとも警戒はしていないらしく
この自分と同じように歳を食った実の兄は、あの少年の元にいた事で
昔と比べかなり性格は丸くなっているらしい。

とは言え、こちらから仕掛けてしまえば
昔通りな剣筋を見せる所は変わっていないらしいが。

「・・それにしても不思議なもんだ。
 アンタはオレのことなんか眼中にないような顔をしておいて
 いつもオレが忘れそうになったころに姿を現しやがる」
「・・・・」
「アイツといると退屈しないってのはわかってたがな。
 それにあんたとの縁も・・心のどこかじゃ切れないと思ってたし
 今さら過ぎたことを言っても仕方ないとも思う。だがな・・!」
「ダンテ」

すっと静かな声がその言葉をさえぎる。

数年ぶり聞くその自らの名の発音の仕方にダンテは一瞬ドキリとして
自分の声が少し荒くなっていた事に気がついた。

そう言えばこういった時はあんたの方が冷静だったなと思いつつ
ダンテは肩をすくめ、手でどうぞとバージルに発言権をゆずる動作をした。

バージルはそれを確認すると、まったくの真顔のままこう言い放った。

「オレはかつてお前との間にあった事を
 何一つとして悔いてはいない」

その瞬間ダンテの顔がぴきと引きつる。

それは久しぶりに聞いた兄の素っ気なくて真っ直ぐで
こっちの気持ちなんかお構いなしのムカツクお言葉だ。

普通なら懐かしいなとかコイツらしいなとか思うところだが
こんな久々の色々あった状況下ですらそう冷静かつ俺様いられると
さすがに腹の1つも立ってくるが、 今の兄が昔のままでないとするなら
まだこの先に続きがあると思いダンテは黙っておいた。

「経緯はどうであれ結果はどうあれ、お前との間にあった事は
 すべて俺の起こした行動がまねいた事だ。
 俺は魔界へ行き、数年後再度お前に敗北し
 そして今こうして人の世界に舞い戻った今でも
 俺はかつて自分の起こした行動に後悔はしていない。
 だが・・・」

こちらを真っ直ぐに見据えていた目が地に落ち
よく通っていた声のトーンが少し低くなる。

「母さん・・いや、ジュンヤ母さんの血でこの手を染めてから
 俺は・・わからなくなった」

閻魔刀を握っていない方の手が上がり
そこにあまり彼らしくない、どこか力のなくなった視線が落ちた。

「強い者が生き残り、弱い者が消えていく。
 それは生きとし生けるものに共通する種の定めだ。
 ならば俺達が2つに分かれて生まれた理由も
 どちらかが一方の犠牲になるためなのだと説明がつく。
 ・・・だが・・・その事に意味はあるのか?
 母さんも、ジュンヤ母さんも俺達2人を守ろうとした。
 それは俺達2人を同時に生かし、どちらかを強化させるためなのか?
 そうまでして俺達が戦い、そうして行き着く先には一体何がある?」

そう問いかけられたダンテにも答えは出せない。
だが今まで反発し合ってきた本人からそんな疑問を投げかけられた事で
ダンテの中にあった何かのパーツがゆっくりと動き出した。

「俺は・・ジュンヤ母さんから人間の生活や生き方を学び
 そしてここへ来てお前と会い・・わからなくなった。
 今まで俺達がしてきた事は一体なんなのか。
 過去のことにけじめをつけるためにお前に会い、戦い
 ジュンヤ母さんに止められ・・・俺には・・・わからなくなった」

ざあと少し強めの風が海から吹き付け、2人の髪を少しだけ乱していく。

だがその時、驚きと同時にダンテの中で渦を巻いていた
迷いのパーツの1つが何かとカチリとはまった。

あの自分の意志を意地でも曲げなかった兄が迷っている。

だがそれは自分も同じで、どうしていいのかわからないと
さっきまでここにいた変な犬にもらした事と同じだ。

つまりオレもコイツも迷ってる。
これからどうしていいのか迷ってる。

カチリカチリと目に見えないパーツがはまっていき
それはやがて綺麗に組上がり1つの形になった。

『ナラドウスルモコウスルモネェダロ
 ソンナモン、オメェノ思ッタトオリニスリャイインダヨ』

さっきのマカミの言葉
その時は何の事だかわからなかったが今ならわかる。


・・そうか、そう言うことかよマフラー!


ぼんやりしていた先への道が、かっと収束して一本の道になった。

そこに行くまでには今の自分にもバージルにも
いつもあるのに足りないものがる。

そしてそれを先に取り戻したのはダンテの方だ。

「ハ、何を暗い顔して語るのかと思えばそんな事か」
「・・なに?」
「そんなもの、アイツの身体を同時に刺した時点でもう確定してるんだ。
 アンタはまだ気がつかないのか?」

そう言われて少し困惑したような顔をするバージルに
ダンテはいつもの不敵な笑みを向け、胸に手を当て言った。

「オレ達が今までしてきた事はいたって単純。
 ただのつまらない兄弟ゲンカ。
 小難しい理由や理屈なんか関係ない
 オレ達が今までしてたのは、ただそれだけの事なんだよ」
 
そのとたんバージルの目が見たこともないくらいに丸くなって
ダンテは一瞬吹き出しそうになったがぎりぎりでこらえた。

その事を口にした直後から
今まで真剣に考えていたのがバカに思えるくらい
ダンテの心は軽くなっていた。


そうだよ。
ネチネチ悩むなんてオレらしくないよな。


自分の足下にいる誰かが言う。
ダンテはそちらを見なかったが、それが何なのかはわかっていた。


だって足下に落としたと思ってた鍵は
実はまだポケットの中にあったなんてよくあるだろ?

難しいことはどうでもいいんだよ。
大切なのはそれにうもれて見えなくなってた
もっともっと簡単なことだ。

アイツが教えてくれた事はそう言うことだったんだよ。


そうだろダンテ!


その昔、母がいなくなったと同時に姿を消してしまった自分が
とても楽しそうに笑いながらそう言ってそこから消えた。

そうして面白いほどクリアになった視界の中で
まだその鍵の存在を知らない片割れが目つきを鋭くする。

「・・待て。ではジュンヤ母さんが身を挺して止めた事も
 つまらない事だと言うつもりか?」
「そうだ。つまらない兄弟ゲンカでオレ達がバカをしないように
 一番つまらなさがわかる方法で止めやがったんだよアイツは」
「・・!!」

言葉をなくしたバージルに
ダンテは自分の頭をとんと指しながらさらに続ける。

「考えれてみれば単純な話だ。
 そういった事を教えてくれる母さんをオレ達は一番大事な時期になくして
 そのまんまこんないい歳になるまで誰にも何も言われず大きくなったんだ。
 何しろオレ達は伝説の悪魔の恐るべき息子どもだ。
 そんなヤツらの躾なんか、誰が好きこのんでやろうと思う?」
「・・・それ・・は・・・」
「ましてそんな強力で物騒な家族間の事に口出ししようなんて思うのは
 よほどのバカか命知らずか・・アイツくらいなもんだ」

バージルから返される言葉はなくなった。

確かにそれは正しい。
あれから自分たちは誰の力にも頼らず誰の言葉も聞かず
自分たちだけの力で生きてきた。

しかしそれでは様々な事に支障が出るというのは
人として生活し始めて実感していることだ。
そういった観点からすれば確かに自分たちが今までしてきたことは
意地とかプライドを除いてしまえば、単なる兄弟ゲンカ以外の何者でもない。

がしゃんと音を立てて閻魔刀が手から滑り落ち
地面と接触して情けない音を立てた。

だが情けないのは今の心境も同じだ。
そんな単純で簡単な事に気付くこともなく
生かされた命を使って無益な兄弟ゲンカを繰り広げていたのだ。
これで情けなくなくてなんだという。


けれど・・いくら情けない話であっても、大切なのはこれからだ。


そう言って見知らぬ誰かが横から手を握ってくる。

いや、それは知らない誰かではない。
感覚だけでそちらを見ると、どこか見覚えのあるその目は
真っ直ぐに前を見たままつないだ手から直に言葉を流し込んできた。


あの時母さんは何も言わなかった。
今の母さんもハッキリしたことは言わなかった。

でも俺達はそれを言葉じゃなかったけど、もう2度も教わってる。


そう意志を流し込んできた子供は
おおよそ子供らしからぬ静かな目でこちらを見上げてきた。


生かされたことに意味を探すんじゃない
生きることそのものに意味があるんだ。

だから・・今は悔しいけれど、事実は事実として受け止めて前に進まないと
俺達がいつまでたってもこのまんまじゃ
俺達を守ってくれてた母さんたちに申し訳がたたない。


・・そうだろ、バージル。


そう言ってこちらを見上げた自分
とうの昔に消えたと思っていた幼い自分は
静かに笑ってそこから幻のようにかき消えた。

その途端、あれだけ心に重くのしかかっていた
迷いや葛藤がウソのように消えてなくなる。

・・そうか。

自分たちが血まみれになって行き着こうとしていた場所は
整理もしないで放置してあった色々なものの下にうもれながらも
まだちゃんと残っていたのだ。

目を閉じて無意識に胸元をさぐろうとしていた手が途中で止まり
ぎゅうと強く握られる。


・・・母さん。


その心の中でつぶやいた言葉は
現在の母なのか、それとも生みの母親なのか
それともその両方への言葉だったのかは分からない。

だが次に目を開けた彼の目からは一切の迷いは消えていた。

それはダンテのかつて見た、誰にも決して曲げることの出来ない
レーザー光線みたいな真っ直ぐすぎて融通のきかない
悪く言って頑固で冷酷、よく言って純粋な目だ。

「なぁバージル」

その兄に向かってダンテが口を開く。

「色々あったが、オレ達もなんだかんだでいい歳になっちまった。
 ・・いや、ゴタゴタに紛れた兄弟ゲンカにあけくれてるうちに
 母さんが残してくれた事を忘れたまま
 いつの間にかこんなデカさになったって方が正しいか」
「・・・・・」
「・・まったくもって笑えない話だ。しかもそれがあんな縁もゆかりもない
 ただのガキにこんな形で・・」
「言うな」

ぴしゃりとした言葉にダンテの言葉はあっさりさえぎられ
地面に落ちていた閻魔刀が砂を払われてから主人の手の中に戻る

「確かにお前の言うことは正しい。今言わんとした事も推測がつく。
 だが今の俺達に必要なのはこれから先の事だ」

その目はかつての高圧的な光を取り戻していたが
そこに殺気や敵意はもう存在しない。

「俺はこれからジュンヤ母さんと共に生きる。
 悪魔も魔界もその力ももはや俺の興味の対象ではない。
 だがダンテ、認めたくはないがお前は俺の半身同然だ」

すらすらと流れるように出てくる台詞をダンテは黙って聞いていた。

そう。これが本来の彼だ。
昔なら少々腹の1つも立つ堅苦しい物言いだったが
今は普通に耳に入ってくるというのは懐かしさか
それともふっきれたからなのだろうか。

「俺がこれから生きようとするのなら当然お前とも関わり
 何かしらの不測の事態に巻き込まれる可能性もあるだろう」
「・・そりゃあアイツと一緒にいるならオレと関わらなくてもそうなるな」
「では1つ質問に答えろ」
「?」
「お前はまだこの俺と剣をまじえたいと思うか?」

そう言って同意を求めるかのように横向きに突き出されてきた刀を見て
今度はダンテの目が丸くなった。

最後に見た時よりかなり精悍さが増した顔でそんな顔をされると
少々笑えるのだがバージルは耐えた。

そしてダンテは少し考えた後コートのポケットに手を突っ込み
疲れたような笑みを向け。

「・・いいや。正直アンタとやり合うのにも飽きてきたところだ。
 アンタはどうなんだ?」
「お前と理由は多少違うが、もうお前と戦う理由も意味もない」

それは信じられないほどあっさりとした終戦宣言だ。

たったこれだけの事のために、何度も何度も殺し合って
数年ぶりにまた会ったかと思ったらまたあれだけの戦いをして
大切な奴を二人して傷つけて、みっともなく大泣きして
ガラにもなく落ち込んで・・・

本当に

おれたちは・・

「「・・・俺達は一体、何をやってきたんだろうな」」

刀を突き出したままのバージルと
コートから手を出して頭をかいたダンテのセリフが見事に重なった。

バージルは答えが一致したのが気にくわなかったようにムッとし
ダンテはそれをよそに肩をすくめてふっと笑・・

ガシャ、ガン!!

ったかと思った次の瞬間、しまわれていた銃が音速で抜かれ
ものも言わずにいきなり発砲。

だがそれはバージルではなく持っていた閻魔刀の鞘に当たり
重い音と衝撃を同時にさせ、その持ち主を後ろへと後退させた。

しかし後ろにあったのは不安定な崖で、確かその下は・・

と思ったバージルの脳裏に1つの記憶が浮かび上がる。

再生時に色々と欠落させたとは言え、彼の頭脳は優秀だ。
ダンテがいきなり何をしようとしたのかはすぐに理解した。

背中から落ちる感覚。
ダンテが地面を蹴り、こちらに手を伸ばしてくる。

それは一瞬の出来事のはずだが
2人の間ではスローモーションのようにゆっくりと見ることができた。

バージルはその間に考えていた。

下はただの海だ。これくらいで死にはしない。
昔と同じく得物も手にあるので拒もうと思えば拒めだろう。

それに大体、こんな茶番を仕掛けてきたのは向こうなのだから
そんな事に付き合ってやる義理などない。

全然ない。まったくない。

・・のだが・・・

・・・・・・・。


ガッ!ガリガリ!


ブーツが砂を巻き上げ、靴が崖をけずり、いくつもの小石を下へ落下させ
抜かれる事のなかった刀の布がふわりと鞘にからみつく。

ダンテは黙って下に落ちかかっていたバージルの手を掴んでいた。
バージルはその手を掴まれたまま何も言わない。

そうしてバージルがかなり釈然としない目で睨み上げたのは
自分の記憶がまだ明確だった頃の、魔界に落ちる前の最後に見た
まだ若いころのダンテだ。

「・・なんだよ。不満そうな顔して。もしかして離せってのか?」

上から見下ろしてくるその自分の片割れの顔は
鏡で見る自分の顔と違いまだ若さと幼さを残していて
まるで自分の弱さを浮き彫りにされたかのようで腹が立つのだが・・。

だがそれはダンテの方も同じだった。

「・・そうしたければ勝手にそうしろ」

自分の手の延長線上にいて素っ気なく言い放ったのは
かつて色々してくれたあげく勝手にいなくなった若い兄。

その自分と同じ年齢のクセに、もう人生が半分過ぎたみたいな
重さと辛気くささを持った顔はハッキリ言って気にくわなくて
本当ならこのまま海に投げ捨ててやろうかと思うくらいで。

まぁつまりどっちもどっちで
この手を離そうが斬り捨てようがあまり問題ないのだが・・。

「そりゃ本気で言ってんのか?」
「俺が冗談を言うように見えるのか?」
「いいや、月がバニラアイスに見える事はあってもまったく見えないね」
「・・ではお前こそこれはなんの冗談だ。なぜ今頃こんな事をしたがる」
「さぁね。そんなもんは辛気くさい知識がつまった頭使って自分で考えな」
「考えたところでお前の俗世で沸いた頭の中など永遠に理解できん」
「ハッハ!そりゃ言えてるな」

断崖の上、片手一本でつながった2人は
しばらくそんな言い合いのような会話をしていたが
やがてその状態にも飽きてきたのかバージルの眉間にシワが寄る。

「・・それで?離すのか引き上げるのかさっさと決めろ。
 不本意だがこのままでは俺が次の行動を起こせん」
「じゃあちなみに聞いとくけど
 俺がこの手を離したらアンタは一体どうするんだ?」

髪型と服装だけが違う、けれど色々といけ好かない男が
断崖のふちの海風にさらされて、しかし表情を全く変えないままに
迷いも躊躇もなく言い放つ。


「ここへ戻る。たとえ魔界や奈落の底へ落ちたとしても
 俺はここへ這ってでも齧り付いてでも絶対に戻る。
 自分の意志と力を使って必ずだ」


その途端、こちらの様子を試すような顔をしていたダンテが
ころっと表情を変え、屈託のない子供みたいな顔で笑った。


「じゃあ・・落としても無意味そうだからやめとく」


ぐいと手が引かれ、不安定だった両足が平らな地面につく。

そうして次の瞬間そこにいたのはもう元の2人だった。

あれから実際には数年、今あったことはほんの1秒半ほど。
こうして同じ大地に普通に黙って立てるまでさらに数年。

ダンテは手を離しながら少し笑い、バージルは笑わなかった。
だがそのかわり少し不機嫌そうに小さく。

「・・愚弟め」
「お互い様だろ」

速攻で返ってきた言葉にバージルは何か言いかけて結局やめた。

お前と一緒にするなと言いたかったが
完全に間違ってもいない話だからだ。

そしてふいとダンテの脇を通り過ぎ、バージルは歩き出す。
後ろからは同じような歩調で足音がついてきた。

おそらく後ろでは嫌な笑い方をしているのだろうから
振り返ってやる気はサラサラない。

だがもう無言でいるつもりも変な遠慮をするつもりも
迷いも躊躇ももう2人の間には存在しなかった。

「おいクソ兄貴」
「クソは余計だ。・・なんだ」
「戻ったら・・アイツに話し合いでケリはついたって
 ちゃんと報告してやらないとな」
「・・最後のアレが話し合いだと言うなら
 全世界の犯罪基準を丸々考え直さねばならんぞ」
「気にするな。今までの事を水に流してやる儀式みたいなもんだ」
「流してくれと頼んだ覚えはない」
「・・・・・相も変わらず腹の立つ兄貴だ。
 少しは自分の後ろをふり返るくらいの余裕がないのか?」
「それは俺の後ろを勝手に歩いているお前の観点からしての話だろう」
「ならまだ来るなとでも言う気か?」

その途端、前を歩いていたバージルの足がいきなり止まり
予想していなかったダンテは危うくぶつかりそうになる。

なんだまたなんの皮肉か嫌味を言うつもりだと思ったが
あまりこちらをふり返った事のない兄は少しだけこっちを見て
疑問符を顔に出しているダンテにこんな事を言った。

「・・俺にはもうお前を拒む理由はない。
 だがお前に歩調を合わせてやる気もない。
 ついてくるのならば勝手にしろ。
 今俺がお前にできる譲歩はそれだけだ」

そう言って再び風を切って歩き出したその背中に
ダンテのちょっと遠くを見るような視線が当たる。


・・あぁ、壮絶で長いケンカを終えた後の兄貴は
やっぱり俺の兄貴のままだ。


感動なのか呆れなのかわからないが
ダンテの顔が勝手にゆるみ、その気配に気付いたのか
バージルが歩きながらこちらを見て怪訝そうな顔をした。

「・・なんだ、何をニヤついている」
「いや?ちょっと変質はしてるが、アンタはやっぱりアンタだと思ってな」

その途端また歩みがぴたと止まる。
勝手にしろとすげなく言ったが、止まってくれない事はないらしく
その目はしばらくこちらをじっと見て・・

「ダンテ」
「ん?」
「・・帰るぞ」

その唐突に言われた何気なくも短い一言は
長い間壁を作っていた兄弟にすれば本当なら感動すべき一言なのだが
しかしダンテもバージルも、もうそんな事では動じなくなってきていた。

それは証拠。
それは愛する家族・・とまではまだ及ばないが
とうの昔に失ってしまった、ぎこちなさのない家族の証拠だ。

ダンテはなくしたと思っていたその家族の背中を追いながら
今度は普通に笑った。
前を歩くバージルはおそらく笑ってはいないだろうが
ダンテはそれでもかまわなかった。

そうしてその海沿いを歩く大の男2人の後ろ姿は
精悍なように見えて実は随分と前の状態に戻っているのだが
その事を知るものはもうこの世には存在せず

ただ海から吹き付けてくる潮の風だけが
その兄弟達の背中をそっと押すだけにとどまった。





5へ