ふと気配を感じて目がさめる。
そう深くは眠っていなかったのか窓の方に目をやると
外は丁度赤みがかって日が沈むくらいの時刻だ。
まだ2人は帰ってきていないのかと思いつつ辺りを見回すと
自分のすぐ脇に寝る前にはなかった紫色が1つ
組んだ手に顔をふせたままじっとしているのが目に入った。
「・・・スパーダさん?」
寝ているのかと思ってそっと声をかけてみるが
それはその状態のままずっと最初からそこにあったかのように動かない。
そんな体勢でそんなに深く寝ているのかと思って
ジュンヤは再度声をかけようとしたが・・
「・・・・・・なぜだ」
それより先に項垂れたままの紫からかなり暗く重たい声がする。
「なぜ君は・・・そこまでしようとする」
「・・?」
「血のつながった肉親ならともかく
君は元はと言えば私達とは何の関係もない人間だろう。
それを・・どうして・・」
あ、そう言えばスパーダさんって閻魔刀に居着いてたんだっけ
とのんきに思い出しつつジュンヤは少し困った。
言ってる事はもっともだ。
確かに自分は元々ここの家族とは何の関係もない赤の他人だし
そう言った意味では他人の家庭事情に首をつっこんだ事になるし
自分だって逆の立場だったらこんな無茶をされたら心配もするだろう。
しかしそれがなぜだと言われても返答に困る。
ジュンヤは少し考えてからよいしょと身を起こし
項垂れているダンテ達と同じ白銀をじーと見て、少し迷ってから
いつかやったように手を伸ばし、ぎゅうとあやすように抱きしめた
「なぜって言われても・・ちゃんとした答えっていうのは
実のところやった俺にもうまく説明できないんですけど・・
でも・・強いて言うなら俺も奥さんと同じ人間だからかも知れません」
その言葉に今まで微動だにしなかったスパーダの肩がぴくりと反応する。
「理由はハッキリしないけど、ただ俺がそうしなきゃって思っただけで
血がつながってるとか他人だからとか痛いとか痛くないとか
そんなのほとんど考えずかなり独断でやっちゃって・・・
・・いやその・・今思えば出過ぎたことして・・すみませんでした」
などと申し訳なさげに背中を撫でつつ謝ってくる少年に対し
スパーダは余計どん底に突き落とされたような気分になった。
だって彼の妻も人間で、悪魔であった自分も
半魔である子供達も分け隔てなく愛してくれ
ジュンヤと同じようにその命をかけてまで子供達を守ろうとした。
自分は彼女のそんな分け隔てのない所を愛していた。
この少年にも同じような慈愛の心があるから
歳とか性別とか関係なく惹かれていたというのに
・・あぁ、私は死してなお・・人という呪縛に捕らわれたままなのか・・。
「あ、でも俺今悪魔だから奥さんと同じにすると怒られるかもしれませ・・
って・・あの・・ちょっとスパーダさん?」
コーーーン!
と、抱き込まれたまま重心をかけてきた父の後頭部に
後から飛んできた短剣が軽快な音を立てて刺さった。
しかしそれでもぎょっとするジュンヤをよそに
あまり騒がず動じず黙ってそれを引っこ抜く冷静さは
さすがに伝説のなんたらなだけはある。
「・・・痛いじゃないか。ジュンヤ君に当たったらどうする」
「あの子にナイフを教えたのはアタシだよ。そんなヘマするもんかい」
などと言いつつ入ってきたのはルシアの母
正しくは育ての母でスパーダの知り合いでもあるマティエだ。
その腰も曲がっていて杖もついている小柄な老婆は
ムッとするスパーダをよそに持っていた杖で
伝説の悪魔をベットからしっしと追い払う。
この2人、聞いた話によると昔からの知り合いらしいのだが
いきなり後頭部にナイフを投げつけくらい気心の知れた間柄だったらしい。
そんな間柄イヤだけど。
ともかくスパーダの知り合いという時点で
見た目にも実際にも一体何歳なのかわからない老婆は
頭をさするスパーダを無視し何事もなかったかのように
杖をつきながらジュンヤのそばに寄ってきた。
「気分の方はもういいのかい?」
「あ・・はい。でもすみませんベット・・」
「いいんだよ。なんとなく予想はしてた事だ。
それにここはこんなへんぴな所だから
たまに客が来るってのも刺激のあっていいことじゃないか」
と、ルシアの育ての母で伝説の魔剣士の同僚というこの特殊な老人も
普通に話せばちょっと皮肉屋でも人のいいお婆さんだ。
「風呂はもうちょっと後で入るとして、服だけでも替えておきな。
あの子のお古しかないけどそのままよりはマシだろう」
「・・え?・・・あ」
そう言われて気がついたが、服はまだ大量の血が付いていて
刃物の穴もそのままあいたままになっているため
さすがにこんなのを長々着てたらまた気絶しかねない。
「傷はふさいだんだろうけどまだしばらくは動かない方がいい。
着替えたらもう少し休むことだね」
「・・いや・・ホントに色々とすみませ・・・わ」
慌てて起きあがってベットから足をおろそうとするが
やはり血を消費したためか急に動いたところで軽いめまいがし
ふらついたところを素早くスパーダに支えられた。
「・・うぅ・・重ね重ねすみません」
「・・謝る事ではない。いや、むしろ謝るのは私の方だ」
「え?」
「全ての元凶は私にあるというのに・・
その私が何もすることが出来ず、まったく無関係な君を巻き込んだ」
そう言ってもう存在しないことになっている悪魔は
心底申し訳なさそうに背中をさすってくれ・・
ドス
で、その体勢から引き寄せ何かしようとしたスパーダの後頭部に
少し大きめのダガーが鈍い音を立てて刺さる。
「・・・い・・痛いじゃないかマティエ」
「死んでるくせに何言ってるんだい。
そもそもあんた怪我人に何しようとしてるんだ」
「いや・・あまりにか細い身体だったのでつい不安になってな」
「・・言い訳はいいからさっさと離しな。それとついでに言わせてもらうと
あんたも息子共も、ちょっとその子に依存しすぎだよ。
そもそもなんだい。伝説とまで言われた悪魔とその子孫が
よってたかってこんな子供に迷惑かけて」
などと説教をうける紳士と老婆を見ていると
いい歳こいてまだ浮気やギャンブル癖の直らないオッサンと
その近所に住んでる肝っ玉母か世話焼き婆さんに見えてしまう。
とは言えそんな説教を着替える自分の前でされても困るので
ジュンヤはとりあえず申し訳なさそうに止めに入ってみた。
「あの・・マティエさん、俺はあんまり気にしてませんからもうそのへんで・・」
「・・・まぁこれだけやれば少しは懲りたろうさね。
この子に免じてこれ以上は追求しないよ」
それでもまだ気が収まらないのか
小柄な老婆はぼこと杖でスパーダの足を叩いておく。
「とにかく早く着替えちまいな。血は洗って落とせるだろうけど
穴のあいた上着の方はあきらめた方がいいね」
「・・そうします」
もぞもぞと赤く染まった服を脱ぎ、改めて自分の身体を見下ろしてみると
塞いだとはいえ身体に風穴のあいた場所だけは
ちゃんと傷跡として生々しく残っている。
昔ころんでできた膝の傷は数年たった今ようやく消えかかっているが
悪魔になった身とは言え、このでっかい跡はいつになったら消えるのやら。
でもまぁできたもんはしょうがないかとジュンヤはあっさりあきらめ
新しいシャツに腕を通そうとしてスパーダがえらい沈痛な面持ちで
こっちを見ているのに気がつき、ちょっと身を小さくした。
「・・あの・・できればあんまり見ないでください」
「・・・・」
「そんな目で見なくてももう大丈夫ですよ。
・・そう見ても楽しいものじゃないですし」
「・・・・・・」
「あの〜・・」
ドご
などと無言と困ったような顔で押し問答していると
今度はどこに隠し持っていたのか薪割り用のトマホークが飛んできて
また寸分違わずスパーダのどたまに命中した。
「・・・だ・・だから・・痛いじゃないかマティエ。
しかも頭ばかりにピンポイントでドスドスと・・」
「他に効きそうな場所がないからしょうがないだろ。
それよか紳士があんまりジロジロ見るもんじゃないよ」
そう言われてスパーダはしぶしぶ後ろを向く。
これ以上おいたをすると何が飛んでくるかわかったもんじゃない。
なんだか昔からの知り合いってだけで
えらいバイオレンスな仲なんだなと思いつつ
ジュンヤはとにかく手早く服を着替え、脱いだ分をマティエに渡す。
「・・・さて、それじゃ服はこっちで洗っておくとして
夕飯まで時間はあるから、もう一眠りくらいはしておきな」
「え?でも・・」
「いいんだよ。あの平ぺったい犬はともかく
愛想のない天使の方が色々手伝ってくれてるし
それにどうせあの息子共が帰ってくれば、イヤでも騒がしくなるんだ。
休めるときに休んでおかないと、この先もちやしないよ」
などと皮肉を言いつつも自分をベットに押し戻し
ペタペタと手際よく隙間を塞ぐおばあさんに
ジュンヤはくすぐったくなりつつ素直に従う事にした。
「それじゃあ・・もう少しだけ」
「ん。夕食ができたら起こしに来るからそれまではお休み」
「あ、そうだマティエさん」
「ん?」
「落ち着いてからでいいですから
ルシアさんも含めてみんなと一緒に写真とらせてもらえませんか?」
「あたしらとかい?」
「そう、みんなで」
当然だとばかりに目を輝かせるジュンヤにマティエはちょっと面食らう。
これだけ血まみれになって帰ってきて
最初に要求してくるのが一緒に写真とらないかとは。
しかもこんな孤島に近い辺境の島の
たった2人の住人と一緒にとりたいと言うのだから
そりゃあ長年生きているマティエだって初めてな話だ。
しかしその当の本人はそんな事などおかまいなしに楽しそうに話し出す。
「ダンテさん達の新しい家族生活がここから始まるっていう意味で
協力してくれたルシアさんやマティエさんも一緒に入れて
この島で始まったってよっていう意味で
一枚記念にとっておきたいんですけど・・」
ダメですか?とジュンヤは急に心細げな視線をくれるが
マティエにそんなささやかな要求を断る理由は存在しなかった。
「かまわいよ。好きにおし」
そう言うと少年がホッとしたような顔をして
小さくだが嬉しそうに礼を言ってくる。
こんなささいな事でも喜べるあたり
やはりこの少年は自分達と住んでいる世界が違うのだ。
だからだろうか。
ここにいる連中全てがこの少年のそばに集まってきてしまうのは。
悪魔というには足りない物が多すぎ
人間というにはあまりに持っている物が多すぎる。
そんな不思議な少年のそばに、多種多様な悪魔が集まってきてしまうのは。
「あ、そうだスパーダさん」
などと考えているといきなり呼ばれ、スパーダは一瞬ギクリとする。
「いきなりあの2人と仲良くしろってのは無理かもしれないけど
みんなで写真とるくらいは大丈夫ですよね?」
「・・?あ、あぁ」
「だったら閻魔刀ごしでもいいですから、スパーダさんも一緒にとりましょう。
少しづつでもいいんで・・まずはそこからやってみましょうよ」
「・・・・・あぁ、そうだな」
「それでいつかみんなでご飯食べて・・みんなで話をして・・
たまには・・ケンカとかもして・・・・それから・・・えっ・・と・・・」
そこでたまっていた疲労が来たのか、楽しそうに話していた少年は
すうと落ちるように目を閉じて眠ってしまう。
マティエもスパーダも黙ってそれを見ていた。
そしてしばらくしてからマティエがふうと小さなため息をつき、小さくもらした。
「・・アタシらはアタシなりに上手くやってきたつもりだけど・・
でもやっぱりこんな人のいい子の所にツケは回っちまうもんだね」
スパーダは何も言わずジュンヤを見ていた。
それは今まで気にしなかったが
この少年がバージルを再生させたあたりから痛感している事だからだ。
自分が魔界を裏切らなければこんな事にはならなかった。
だがそれでは人間の世界自体の存在が危うくなっていただろう。
この子や亡くなった妻、そして自分の力を受け継いだ息子達
それらは全て人の世界のために捧げられた生け贄なのだろうか。
しかしそんな考えをスパーダは頭を振って追い出す。
歯車はもう動き出していて止められないのだ。
今自分が考える事はそんな事ではない。
そんなスパーダにマティエは黙って背を向けると
部屋を出て行く前にこんな言葉を置きみやげにした。
「・・1つ忠告しておいてやるよ。
悪いことは言わない、この子にあんまり深く関わらない方がいい。
アンタはもう表にいない事になってる身なんだ。
あんまりこっちに執着してると、あの世にも地獄にも魔界にも
どこにも行けなくなっちまうよ」
トン、トンと杖をつく音がゆっくりと遠ざかっていく。
スパーダはそれを聞きながら1人静かにそこに立ちつくしていた。
そんなことは重々承知だ。
本来なら自分はもうこちらに関わってはいけない事も
自分のいたころから時代は変わっている事もわかっている。
しかし自分の魂はまだここにちゃんとあるのだ。
使命感、劣等感、罪悪感、そのどれが自分をここへ縛り付けているのかは
スパーダ本人にもわからない。しかしもうこうなった以上
自分は単なる傍観者としてここにとどまる事などできはしない。
「・・すまないエヴァ。私はまだここから離れられそうにない」
だが最愛の妻1人守れなかった哀れな悪魔のせめてもの償いだ。
息子達のささえになってくれているこの子のそばにいる事だけは・・
今一度・・許してくれないか?
もうこの世にいない妻の名を口にした1人の悪魔は
自嘲するかのように心の中でそうつぶやき
寝息を立てている少年に悪魔らしからぬ寂しそうな目をやった。
「・・帰ったか」
海岸から帰ってきた2人の顔を見るなり開口一番
そんな素っ気なく投げやりな言葉をかけてきたのは
庭先でへしゃげたドアを修理していたミカエルだ。
「なんだボス。さっさと帰ったと思えば何やってる」
「見ての通りどこかの誰かが大破させたドアの修理だ」
「アイツを抱えてて気が動転してたんだよ。それくらい大目にみろ」
「気が動転していればあれほど息のあったキックが出せるのか貴様ら」
「・・・すまん」
謝る気ゼロなダンテのかわりにバージルが素直にあやまる。
その同じなように見えてかなりアンバランスな光景に
ミカエルは額を押さえて沈痛なため息をはき出した。
「オイオイ、人の顔見てため息つくなんて失礼なヤツだな」
「・・いや、厄介事が倍加したので気が重くなっただけだ」
「「?」」
なんだそりゃとばかりに顔を見合わせる災厄達にさらにため息がもれる。
だってその性格はあまり似ていなくとも
その内にあるトラブル体質だけは絶対同じだ。
きっとこれから起こるゴタゴタも普段の2倍になるに違いない。
いや時々現れては消えるこいつらの大元を入れると3倍
いいや、そのカオスの中心になるだろう自分の主人を数に入れると
それは倍どころの話ではないかもしれない。
「?どうしたボス。マジで顔色悪いぞ」
「・・・・・・いい。もう行け」
「母さんは?」
「・・・・・・上にいるが眠っているかもしれん。
言っておくがくれぐれも騒いで起こす事のないようにな」
「わかってるさ」
そう言いながら中に入っていった問題児どもの背中を見送り
ジュンヤの保護者的立場からすると絶望的気分なミカエルは
おそらくとても無駄になるだろうが、トンカチ片手にそっと神に祈った。
「あぁ、お帰りなさい」
そんなずっしりな哀愁をただよわせた大天使を置いて戸口をくぐると
2人を出迎えたのはルシアのそんなありきたりで普通の言葉だ。
しかしありきたりと言っても2人同時にそろって聞くとなると
かなり久しぶりであり複雑でもある。
思わず固まってしまった2人に
エプロンをつけオタマを手にしたルシアから怪訝そうな視線が飛んできた。
「・・何よ。二人して変な顔して」
「・・いや、なんというか・・オマエ家事できたんだ・・なぁったッ!?」
誤魔化しにすり替えた言葉の直後
元額のあった場所にくだものナイフがすっ飛んでくる。
「お気に召さないならあなたの分だけ土に埋めるけど」
「すまん、悪い、冗談だ。悪かったからクランキーだけは勘弁してくれ」
「俺からもあやまる。それは母さんに迷惑もかかるから勘弁してやってくれ」
などと2人がかりで謝罪され、室内だというのに普通に手にされていた
クランキーボムはようやくしまわれた。
この島の護り手もあまり何も言ってはこないが
やはりジュンヤをあんな目にあわせた事は怒っているらしい。
「・・それで?ちゃんと話し合いはついたの?」
「あぁ。おかげさまでな」
「そう。それならいいわ」
「・・なんだ、怒ってたわりに反応がドライだな」
「あいにく私はよその家庭事情にまで首をつっこむほどヒマじゃないの。
でももしまた今度、あの子をあんな目にあわせたら・・」
その直後、赤い髪からのぞいていた目が突然鋭くなり
料理をしていたはずの両手の先がほんの少し人ではない物に変化する。
しかしダンテもバージルもその事に関しては完全な同意見を持っていた。
「・・そうだな。万が一そうなった場合は
オマエがオレ達を引き裂いて心臓を引きずり出すなりなんなりしてくれ」
「善処はする。だが俺達はまだ未熟な身だ。
確率がゼロだとも言い切れない。・・頼めるか?」
真っ赤な髪の間からのぞいていた目はしばらく2人を凝視し
やがて両手を元の人間の形に戻すと興味をなくしたかのように
すっと鋭さを消失させた。
「・・ならいいわ。そう言うならこっちもこれ以上は言わない。
でもね、私伝説の魔剣士の息子を2人も殺したなんて
笑えない伝説を背負わされるのはまっぴらだから
それは覚えておきなさいよ」
「わかった。すまんな」
などと素直に言ってくるダンテにルシアは少し肩をすくめ
なにやら感慨深げな顔をする。
「・・それにしてもあなた変わったわね。
最初会ったころはまったく隙のない針先みたいな人だったのに」
「・・ま、あれからなくしたり拾ったり拾ったり色々あってな」
とんと横にいたバージルを小突くと
そのなくしたり拾ったりされた兄はちょっと複雑な顔をするが
他人の家庭事情に首はつっこまないと言った通り
ルシアはその事に関しては触れなかった。
「じゃあ今私の前にいるのが本当のダンテなの?」
「さぁな。そんなものの判断はオレにすらできそうにないが」
「・・おや、帰ったのかい?バカ息子共」
などと話していると奥から食器を持ったマティエと
つまみ食いでもして杖でぶたれたのか
低空で飛んで頭をさすっているマカミが出てきた。
「・・オーイテ。思イッキリタタキヤガッ・・ッテ、オ?
ナンダオメェラ。今度ハチャント何事モナク帰ッテキタカ」
「あぁ、見ての通りにな。・・手間かけたなマフラー」
「ケッ、アンナモン手間ノウチニ入ルカヨ」
などと言いつつすり寄ったり頭を撫でたりしている2人を
マカミとはあまり折り合いの良くなかったバージルは
少し不思議な気分で見ていた。
そう言えばダンテと仲の良くなかったと言われるケルベロスやトールは
自分とはそれなりに仲が良かったのだから
反対の性質をもつ自分達からすれば自然な事なのだろう。
「そうだ婆さん。帰って早々悪いがアイツはどうしてる?」
「上で寝てるよ。でもさっきやっと寝たところだから起こすんじゃないよ」
「少し様子を見るだけならかまわないか?」
「静かにできるんならね」
それを聞いたバージルはダンテに向かい
真面目な顔をして口をジッパーのように閉じる動作をする。
おそらく黙ってろという事なのだろうが
苦笑しつつ同じ動作をしてダンテも同意する。
しかしダンテのはいているのはごついブーツなため床にゴツゴツ響き
二歩も歩かないうちに兄から無言の拳骨をもらった。
ダンテは頭を押さえて何か言いたそうにしたが結局あきらめ
なるべく音を立てないようにそろそろと兄の後をついて歩き出した。
そんな兄弟が階段を上がって見えなくなってから
黙っていたマカミがプヒーと変な声を立てて笑う。
「・・・退化してるわね」
見た目はいい大人に見えるのだが
2人そろった途端に子供の兄弟に逆戻りだ。
そんなマカミと同じような感想をルシアは素直に口にしていた。
足音を忍ばせて階段を上がり、半開きになっていたドアをなるべくそっと開け
バージルが上、ダンテが下になって入り口のふちに張り付き
そこから頭だけ出してそーっと中をのぞく。
やってる事はこの上なく子供のする事なのだが
それに気付く以前にその中にあったとある光景に
2人は息をするのも忘れるほど静かに完璧にぴしりと固まった。
夕日の差し込む緋色の部屋で少年は静かに眠っている。
それだけなら別に何も問題はない。
問題なのはその上で起こさないように慎重に身を乗り出して
今まさにその顔に口を付けようとしていた
姿形は西洋紳士。でも首から上はかぎりなく自分達に似ている男。
その場面は寝ている方が美女か何かであれば
まず間違いなく映画のワンシーンとしておさめられただろう。
だがしかし寝ているのは義理の母だったり相棒だったり
雇い主だったり未成年の男だったりして
おまけにそれに手を出そうとしているのがなんか自分達に似ている
というか歳喰った自分達みたいなヤツだし。
などと2人別々にあれこれ思っていると
その男が視線に気付き、ふとこちらを見た。
何かの間違いだろうとは思ったが
こちらを見て目を少し見開いたその顔は
やはりどこからどう見ても呆れるほど自分達そっくりで
おまけに床にあったそいつの影からは
あるはずのない大きな翼がのびてやがる。
「・・・・・・」
「・・・・・・」
「・・・・・・」
とてもよく似た顔が3つ
長い長い長い間、無表情のままで見つめ合う。
そしてベットにいた紳士がそっと立ち上がり
こちらに真っ直ぐ向き直ると、片手を上げつつこう言った。
「・・・一天多少銭?」
発音: イー ティエン ドゥオ シャオ チェン
訳: 一泊いくらですか?
ドガーーーん!!
ビリビリビリーー!!
何かが爆発したかのような轟音と余波の衝撃に
リンゴをむいていたルシアが小さく悲鳴を上げ
トンカチを振り上げていたミカエルがあやうく自分の手を打ち付けそうになる。
「・・ちょっ・・!?何やってるのよアイツら!!
」
「言ったそばから・・あのバカ共!!
」
などと血相を変えダッシュで上へ駆け上がる2人をよそに
爆音寸前で素早くふたをし、鍋にホコリが入るのを防いでいた
伝説の悪魔、または災厄の悪魔ともいえる悪魔の古い友人は
「・・・ま、あの血族が3つも集まって
静かにしてろってのはハナから無駄な相談なんだろうけど」
しんみりそうつぶやき、鍋をかき混ぜる作業を再開した。
シリアス台無し伝説。
・・いやまだ続くんですよ。