あまり警察も寄りつかない、とある治安の悪い地域。
そこにとある見慣れない3人組が来たのはほんの1時間ほど前の事だ。

飛行機を降りてバスで少し、タクシーを拾ってさらに少し
比較的治安の良い場所で拾ったそのタクシーは
ここから先は勘弁してくれと言ってその客を手前で降ろす。

そうして降りた場所がその面々の出発点となった。

その面々は元から直接目的地へ乗り込む気はなかったので
いくらかのチップを渡してタクシーを帰らせ
飛行機から降りた時には秘書風の女と社長風の男を連れていた少年は
ある路地裏に入って少ししてから見上げるばかりの大男と
ハードボイルド風男の2人連れで出てきた。

ここから先は治安が悪そうなので女の人はいない方が良いだろうというのと
この2人が見た目にも護衛にうってつけだったからだ。



「・・っ
プっはーーー!!2人共こっわーーー!!

コーディネイトの指示は自分でしたのに
いざやられるとその見事なまでのハマリぶりがたまらず
かなり強面の2人に衣装指示した少年は
自分でやったのも忘れて遠慮なく吹き出した。

「・・・・・怖いと思うならなぜに笑う」

男の内の1人、ごっそりした皮コートに高そうなマフラー
そして目が見えるか見えないかの微妙な色眼鏡
一見しただけでどこかどこぞのマフィアのボスか未来のサイボーグみたいな男が
かなり憮然としたように言うが、この男は元からこんな口調なので少年は気にしない。

「いや・・だって本人にその気はないのにっ
 その悪げな服が異常なまでに似合うってのがまた・・!」

そう言えば初めて服をあつらえた時にも似たような事をしていたのだが
多少なりとも常識の出来た今となって笑われては男としてもムッとする。

そしてもう一方の大男の方もまた凄かった。
ホコリくさい服にメタルアクセサリーをじゃらつかせ
黒バイクに乗って爆走しロックの激しい夜の酒場で3分に一回はケンカしてそうな・・
まぁとにかく身体全体でアイアム悪人と言ってるようなパンクな男は
どう反応して良いのか分からず丸太のような腕を組んでいる。

この大男と幹部風の男、組み合わせとしてはちょっと妙だが
いくら治安の悪い所とは言え、好きこのんでこの怖そうな集団に
ちょっかい出すヤツはまずいないだろう。

これから目指す目的地周辺は治安が悪いとの噂なので
一応対応策としてこちらも怖そうなのをそろえてみたのだが・・・

「・・いやごめんごめん、ちょっと選択が濃すぎたかもしれないな」
「・・それは侮辱と取っていいのか主」
「まぁそれもないとは言えないけど・・頼りにもなるって事だよ」

少年は正直にそう言って自分より確実に年上であろう
しかも怖そうな服装がやたらと似合う2人を交互に見上げ
再度ぶっと吹き出した。

「でも似合うよな。東京では確実に損するだろうけど
 ここじゃちょっとお得な風貌だな2人とも」
「だから主、その侮辱なのか誉め言葉なのか判断に迷う言い方を・・」
「威厳あって渋くてカッコイイぞミカ!」

びしと親指突き出されて言われた台詞に
ミカと言われた女の子みたいな愛称の男が固まった。

でもそのまま放置しておくと固まったままになるので
ぱんと鼻先で猫だましをおみまいして正気に戻す。

「さーてと、じゃあここからが勝負所だ。
 ミカもトールもストックのみんなも気合い入れてくれよ!」

さびれた街の一角であまり見かけない日本人の少年が
これからサッカーの試合が始まるかのような勢いで息巻く。

少年の名は高槻純矢と言った。

見た目はごく普通の少年である彼は
これからいくつかの波乱を巻き起こし、また同時に収めていく
悪魔と天使の素質を同時に持ち、なおかつ数体の悪魔の主人でもあるという
ちょっと変わった・・どころか世界でも類を見ない
本人に自覚はないが、本当に変わった少年だった。





純矢とその仲魔達は学校の休みを利用し
前々から立てていた計画を実行しようとそれぞれの休みを合わせ
遠路はるばる海を越えてこの地に足を踏み入れていた。

その計画とはこの地にいるダンテという名の知り合いを
思いっきりびっくりさせるという単純かつ幼稚なもの。

だが幼稚とはいえ純矢にとっては大事なことだ。

なにせ前から思っていたのだ。
知り合う前は自分はいつもびっくりさせられる側だったので
一度はあのスカした顔をびっくりさせてやらないとなんだか気が収まらない。

普通そんな理由だけでわざわざ海を越えて会いに来る奴がいるかと思うが
それをやってのけるのが純矢とダンテの関係だ。
それに実際ダンテの方も同じ事をしてくれたのだからおあいこだ。

ともかく出発前に計画を立て、飛行機の中でもメモに案を書いたり
ストックにいる仲魔達からまとめた意見をもらったりしつつ
まず住所の分かっているダンテの店とやらには行かず
その周辺の情報を集めることから作戦は開始された。

これはサマエルの意見で協力してくれそうな人物を捜すためだ。
何しろ驚かそうにも純矢はダンテ近辺の状況についてはあまり詳しくない。

いきなり店に行って襲撃をかけるのもそれなりに驚かれるだろうが
留守だった場合や入れ違いになったりしたらかなり間抜けだ。

「・・でもあんな性格だし知り合いが少ないとか言われても困るよな」
「だがなにせあの性格だ。恨みを買っている可能性も十分にある。
 それを頼りに協力してくれる人間がいる可能性も捨て切れぬぞ」

ちょっと治安の悪そうな酒場の裏でトールと話しながら
純矢は中に情報を集めに行ってくれているミカエルを待っていた。

自分がそんな所へ行けば確実に浮くだろうしダンテが立ち寄った際に面がわれる。
ミカエルなら仕事の依頼をしに店を探している
何かの組織の人だと思われるから安全だろうとの判断で
単身で情報を集めてもらっているのだ。

それから少ししてミカエルが戻ってきた。
酒とタバコの臭いにまかれたのか、かなりのしかめっ面をしていたが
持ってきた情報は意外と色よいものだった。

「主、以前悪魔狩りが店番を頼んでいた女というのを知っているな」
「あぁ、確かその人に怒られて帰ったんだろ?」
「中にいた情報屋の1人がその女の所在を知っていた」
「ホントか!」
「適当な金を握らせると色々得意げに話してくれた。
 その女、ある孤島の住人で悪魔狩りとはそれなりに面識のある人物というのは元より
 戦闘の腕前も気難しさも悪魔狩りに近いとも話していた」
「・・・まさかあやつの知り合い、そのような連中しか存在しないのではなかろうな」
「私もそう思う」

などとちょっと嫌そうな顔をする悪げな2人の腕を純矢は同時にべしと叩いた。

「こら、それじゃ俺も数に入っちゃうだろ」
「あ、いやすまん。・・話がそれた。
 加えてその情報屋、悪魔狩りについても知っていたが
 その男、悪魔狩りへの仲介屋もかねているらしく
 額次第では口利きしてやってもいいと言われた」
「仲介屋か・・」

確かにあの特殊な性格では1人だけでうまい営業活動ができるとも考えにくい。

「その話の方は断ったのか?」
「上層部と相談の上で判断すると言って切り上げた。
 かなり驚いたような顔をされたがな」

そりゃあこんなボスっぽい人の上にまださらに上がいるならびっくりするだろう。
しかもその上層がこんな少年だと知ったらひっくり返るかもしれない。

「今ダンテさんは自分の店にいるのか?」
「そのようだな。相変わらず仕事を選り好みして困るとかで愚痴をこぼしていた」
「じゃあまずその女の人に会ってみようか。
 うまく交渉すれば協力してくれるかもしれないし」
「了解だ」

などと言いながら歩き出そうとした2人の後で
事の成り行きを黙って見守っていたトールが少しためらいがちに手を挙げた。

「・・・主、質問だ」
「はいトール君」
「どうも現時点で・・我はあまり役に立っておらぬような気がするのだが・・」

地図を広げながら歩いていた少年が大きな男を見上げる。

確かに情報収集はミカエルがやっているしその判断は純矢がしているので
自分はいてもいなくても同じなんじゃないかと思われる。

トールがいる意味としてはたんなる虫除け
つまりガラの悪そうな連中を近づけさせないための
猛犬注意か危険物注意の看板みたいなものなのだが
それだけだと説明するにも人情的には気が引ける。

「・・・相変わらず変なことに気が小さいなトールは」
「いや気が小さいと言うより存在意義に欠けていないかと思う次第で・・」
「そう言うのを気が小さいって言うんだよ。
 とにかくトールで存在感ないなんて言うなら目が腐りかけてるみたいなもんだ。
 もうちょっと自信持てってば」
「・・・よくわからぬが・・それは誉めているのか?」
「うん一応」
「ならばよいのだが・・」

お世辞にも治安のいいとは言えない裏路地で
悪げな大男が普通の少年に背中を押されつつ歩き
その後を裏社会が似合いそうな渋い男がついていく。

一見奇妙なその光景、本人達にすれば当たり前のことなのだが
その場に誰かがいたのなら確実に首をかしげられたろう。

だがこれから彼らが向かう先にも後にも
本人の意思など関係なしに平穏な事など落ちていなかったりする。

それがその少年の人修羅という名の由来のためか
関わっている男が生粋のトラブルメーカーのためなのか
その両方がいけないのかは誰も分からないが
ともかく一行は敵を知るにはまず敵の周囲を知る事を第一とし
ダンテの知り合いである女の人を捜しにその地を後にした。




「・・・ぅわ〜・・・これはまた・・・」

かろうじてまだ出ていたという定期船に乗り
ほとんど人に出会うこともなく船で聞いた道を歩くこと1時間ほど。

そこはかつて一体何があったのか、それなりな街があったにも関わらず
建物はそこかしこで崩れ人気がまったくなく
誰も手入れをしていないのか石畳で舗装されていただろう道の隙間からは
生命力豊かな草がそこかしこから好き勝手にのびていて
そこはちょっとした廃墟か遺跡のような状態になっていた。

「なにがあったのか分からないけど・・もったいないなぁ。
 元は潮の香りあふれる古風で味のある街だったろうに」

石やレンガで作られた建物の数々をみながら純矢がもらす。

そこは島ながらの独特の文化が息づいていたのか
赤茶けた屋根や瓦、その素材などは日本では見られない物ばかりで
人がちゃんといてそれなりの手入れさえされていれば
観光地の写真としておさめても十分に見れるような街並みだった。

「・・・まさかとは思うが・・悪魔狩りがここまでさせたのではなかろうな」
「ダンテさんは悪魔を狩ること以外はしない・・・と、思いたいところだけど
 完全に否定できないのもあの人なんだよな・・・」

ミカエルのつぶやきに純矢はちょっと自信のないフォローを入れる。

自分で破壊行動はしなくとも戦闘時に周囲を巻き込んで
ここまで荒れたという説は十分に考えられる。

ともかくこの様子では治安どころか人がいるかどうかも怪しいので
純矢はメンバーを軽く入れ替えることにした。

「トール、ケルと入れ替わってくれるか?あと・・・」
「分かっている。あれの様子だな」
「うん、頼むよ」

威嚇用のトールをしまい、少し間をおいて人がいるかいないか
もしくは悪魔がいないかどうかの捜査用にケルベロスを召喚する。

「・・仕事ダナ?」

ぱたたと軽く身震いした白い大型犬が口を開く。
言葉は状況次第でしゃべっていい事になっているが
その姿はまだ白い大型犬のままだ。

「うん、人気はまるでないけど
 ここは昔変な生き物がうろついてたって船で聞いたから
 一応変なのがいないか注意しててくれ」
「承知シタ」
「ところで・・・大丈夫だったか?」

そう聞いたのはここに来てからずっとストックに入れてあり
今回ダンテを驚かせる計画とは別の用件でしまってある魔人のことだ。

ストックに返す前のトールと話した事もその魔人の事についてなのだが・・

「今ノ所ハ変ワリナイ。ダガ・・・」

経験からして今は静かでも表に出した途端
ロクな事にならないかもしれないぞと鼻先にシワを作るケルベロスを
純矢はいつも通りに撫でた。

「わかってる。俺もあんまりいい事態になりそうもないってのは分かる。
 でも俺はそれでも大事な事だと思うし・・
 このままどっちも何も知らないままにさせておきたくないんだ」
「・・・・」
「大丈夫。悪い結果にだけはしたくないからな。
 ・・いや、悪いようにはさせない。絶対にな」

静かに、しかしハッキリと言い切った主人に
白い魔獣は少し不満げに寝かせていた耳をぴんと立てた。

この主人、頼りなげだが嘘は言わないし
こうだと思った事はちゃんと実行するし、それが悪い結果になった事もない。

「・・・ワカッタ」

ならば自分も出来ることをするまでだと
ケルベロスは足をふんばり全神経と嗅覚を広範囲に張り巡らせた。

確かに所々にこの世界のものではない残り香が落ちてはいるが
かなり強烈だったろうそれはやがて周囲の草木に隠されるだろうほどのかすかなもので
今すぐ何かが出てきそうな気配はない。

だが海沿いからちらと何かのにおいが鼻をかすめる。

首を巡らせてそちらに神経を集中すると
人家があるのだろうか何かを煮ているようないい香りが漂ってきた。

「・・・アチラニ人ガイルヨウダナ。煮物ノにおいト・・香草ノにおいガスル」
「危なそうな物じゃないんだな?」
「コノ近辺デソコカラシカにおいガシナイノハ妙ダガ・・今ノ所ハナ」
「では行くしかあるまい。どのみちこの状態では情報収集もままならん」

そう言ってミカエルはポケットにしまっていたペンを出し
いつも持っている槍の一歩手前の形態になる古風な杖に形を変えた。

「ミカ、言っておくけど・・・」
「わかっている。私は悪魔狩りではない。
 だが悪魔狩りの知り合いとなれば相応の心構えは必要だ」
「・・かもしれないな」

そう言えばダンテをどやしつけた人らしいから
一応用心だけはしておいたほうがいいかと純矢はポケットをさぐり
くらまし玉だけはすぐ手に取れるようにしておいた。




誰もいない石畳の街並みを歩き
やはり人気の見当たらない門や広場を通り
海沿いの街並みをケルベロスを先頭にして歩く。

相変わらず手入れのされていない場所ばかりなので
本当にこんな所に誰かいるのかと心配になってきたころ
崩れかかっていた何かの門をぬけた所でようやく遠くに何かの煙が見えてきた。

細くて長いので火事の煙ではない。

「・・・あれか」

ミカエルがつぶやいて地面を嗅いでいたケルベロスが顔を上げる。

火事の煙ではないのとケルベロスの証言からして
ここにはちゃんと火を使って生活している人間がいるらしい。

「よかった。ちゃんと誰かいるみたいだ」
「しかし主、このような場所に単身住居をかまえるなどあまり常人のする事ではない」
「わかってるよ。気を付けるからみんなも・・」

ココン
カラララ・・

と、その時
どこからか乾いた音をたてて何かが3人のちょうど前にすべってきた。

拳より少し小さく、黒光りして所々の隙間が赤いそれは
一見してなんなのか分からない妙な物。

だが物騒なハンターとの付き合いがあった仲魔2体は
カンと経験でそれがなんなのか瞬時に判断しそれぞれに行動を起こした。

直後


チュ
ドガーーーン!!


大きな爆音と共にその場が爆煙と炎に包まれる。

それは周囲の建物ごとその場にいた全員を吹き飛ばしたかと思った。
だがその直後爆煙から飛び出してきたのは
背中に少年を背負った白くてとても大きい一匹の獣だ。

その大きな獣はあれほどの炎をものともせず
そのまま壁を蹴って近くにあった家の屋根に駆け上がり
真っ白な四肢を使って力強く屋根の上を走り出した。

だが襲撃はそれだけでは終わらない。
今度はどこからか飛んできた変わった形のナイフが数本
それめがけて向かって一直線に飛んでいく。

だが今度は横から割って入った金色の影に
そのナイフは一本残らず全て叩き落とされた。

金色の影はそのまま槍をがしゃりと構えると
大きな翼を見えない相手に威嚇するかのように大きく広げた。

「・・誰かは知らんが随分と不躾な出迎えだな。
 ここに人が見当たらんのはこの歓迎のおかげか?」

ぶんと大きな槍を振りかぶった金色の大天使が
声色にだけ静かな威圧感をのせ戦闘態勢をとる。

そのありありと天使とわかる姿のおかげか
それとも静かで強烈な威嚇のおかげなのか
それでもかまわず来るかと思われた攻撃の手が突然ぴたりとやんだ。

純矢はそれを見届けてうなり声を立てるケルベロスから降りると
ナイフが飛んできたのだろう煙突の近くをじっと見てみた。

すると少しして、そこから人が出てくる。

まず目に入ったのは真っ赤な髪。
服装はごく普通のジーンズとジャケットなのだが
肌は褐色で腰には変わった形の剣が2本ぶら下がっていて
手にはさっき転がってきた爆弾らしき物を持っている。

そしてその赤い髪からのぞく目は鋭利な刃物のように鋭く
まるで油断なくこちらを警戒している野生の豹を思わせた。

だが純矢はその1つ1つに目を通している間に
ふと見たことのある物に目をとられる。

それは最も特徴的な赤い髪についていた和風の髪飾りだ。

確かそれはかつてダンテに土産選びで買わせた物の1つで
こんな日本から離れた孤島で見かけられる代物ではない。

純矢は目を見開いてそれを凝視し、1つの疑問を口にした。


「あの・・・もしかして・・
 ダンテさんの知り合いの人・・・・ですか?」


その言葉にこちらを警戒するように睨んでいた女の目が
純矢と同じく少し驚いたような物になる。

そしてその赤い髪の女は
少しこちらに値踏みするかのような目をくれると
爆弾を持っていた手を下ろし、ようやく口を開いた。







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