そこがどんな場所なのかは
アサクサに残ったマネカタからいくつか聞いてはいたつもりだ。
何でもそこはマネカタ達の生まれてくる場所で聖域で
とにかく自分たちにとっては大事な場所なのだと聞いた。
まぁそれはあまり人の話を聞かないダンテの解釈であって
もうちょっと色々意味があって神聖な場所なのかも知れないが
とにかくそこにはターミナルもあってアサクサからも来ることができ
もちろん他のターミナルからも直通で来れる
さほど行くのに苦労しない場所だった。
だがダンテの知る限り、ジュンヤは数あるターミナルの場所で
なぜかここだけは一度も指定した事がない。
おかしいとは思っていた。
なにせこの世界で唯一交流のあるマネカタと密接な関係がある場所なのに
ジュンヤはダンテと行動を共にするようになってから
いや、それとなく仲魔などに聞けば、それ以前から彼はそこに足を踏み入れた様子はない。
「・・・なるほどな」
小さな疑問を抱いて何気なくそこに来てはみたが
足を踏み入れたその時から、ありありと残っていたその理由と痕跡に
ダンテは無感情にそう言い放ち、元扉のあっただろう入り口の先へと目をやった。
『ヒキコモリ?』
『・・違う。引きこもるのは確かだけど、ちょっとだけ時間がかかるだけで
何日も出てこないとかはないから』
『悪魔の合体ってのはそんなに時間がかかるのか?』
『いや、本当はそんなにかからないんだけど
今からしようとしてるのはちょっといろんな計算とか選び直しとか
とにかく色々と難しいからそこそこ時間がかかるんだ』
『ふぅん?』
『ダンテさんは合体できないからここにいてもしょうがないし
待ってる間退屈だろうから変なところで変な事したり変な行動したり変な言動しない限りは
しばらく自由にしててかまわないよ』
『失礼なヤツだな。オレのどこが・・』
『自分の今までの全行動を思い出せ!!』
などと言われて邪教の館の扉をどばんと閉められたのはほんの少し前の話。
丁度身軽になった事だし、何があるのかと興味と気楽な気持ちを持って来たはいいが
まず出迎えられたのはいつからそこにあるのだろうか
倒れたままで血の跡も生々しいマネカタの残骸。
しかもそれは1つや二つではなく中に入ってもまだあって
所々に血の跡を残しながら下へ行ってもまだ転々と続いている。
確かにあの性格ならこんな所へわざわざ来ようとは思わないだろう。
この世界では珍しい水しぶきで重くなった髪をかき上げ
ダンテは1人冷静に納得しつつ、なだらかな坂を歩きさらに下へと降りた。
こんな所々に残る惨状の跡がなければ
砂ばかりの世界ではそれなりに良い場所だったかもしれないが
この有様と一度もここへ来たがらないジュンヤの行動からして
現状の状態になったのはおそらく・・・
「・・・」
だがそんな思いを巡らせていたダンテの背後から何かの気配が生まれた。
さして驚いた様子もなく振り返ると
ついさっき自分の通ってきた道から何か透明な物が盛り上がり
大きな人の上半身のような形をとる。
そしてその後からは紙を切って立体にした大きな人形のものが歩いてくる。
ダンテとりあえず銃を1つだけ引き抜き銃口を向けてみた。
話の通じる悪魔もいるんだから誰でも彼でもとりあえず発砲するなとの
依頼主のお達しがあるからだ。
けれど一応そうしてみてもそうして止まってくれる友好的な悪魔なら
こんな血生臭い所から勝手に沸いたりしないだろう。
しばらく待ってみても止まってくれなかった悪魔に向かい
ダンテはためらいなく引き金を引いた。
しかしそれは水のような悪魔の身体を素通りし
紙のような悪魔にも効果がなかったのか、その大きな身体は微動だにもしなかった。
「・・無効化ってヤツか」
そういった効果があるなら、それとは別に弱点も存在するのだが
ダンテはあまりそういった事を細かくは考えない。
何しろ悪魔は倒せばいいだけなのだ。
彼は今までそうしてきたのだから物理攻撃が効こうが効くまいが関係ない。
悪魔は狩る。
彼にそれ以上それ以下は存在しない。
少し前に例外が生じた以外は彼のスタイルはそのままだ。
ダンテは銃を素早くホルスターに戻すと
同時に背中の剣を引き抜き横に振るい風を起こす。
これはここへ来て覚えた技なのだがそれはちゃんと効果があるらしく
水の悪魔も紙の悪魔も後に倒れ、またゆるりと起き上がってくる。
一撃では倒せないようだがダンテは気にしなかった。
何しろここのところあまり自由気ままに戦っていなかったので
厄介な相手も特殊な相手も満員御礼も大歓迎な気分だったからだ。
「こんな陰気な場所でパーティーか。
まぁよくある事の慣れた話だが・・・」
誰に言うでもなくのんきにつぶやいていたその手の形が
言葉の最中に変わっていく。
「あんまり長居するとアイツがうるさそうだ。
掃除は素早く確実に・・だな」
変わっていくのは手だけではない。
それは元の原型をとどめないほどに変質し
やがてその姿は元の彼の面影をとどめないほどのものになった。
全身は赤黒く、背中には翼が一対
鎧のように硬そうな身体の所々は内部から光っていて
その内ある力の膨大さを物語っている。
それは彼のもう一つの姿でもあり、奥の手でもあった。
普通ならこんな所で発動はしないが、それはちょっとした気まぐれと
最近たまっていた戦闘へのうっぷんを晴らすための
ほんのささいな本気のつもり。
「・・・一曲だけだが・・お付き合いといこうか」
そして全身が変わってしまった一体の悪魔が
文字通り悪魔のような笑みを浮かべ、片手をすっと差し出した。
ざあざあと水の音が流れるその場所で一体の悪魔が踊っている。
いや、正確には集まってくる悪魔を倒しているだけなのだが
その様子は軽快で楽しそうで手慣れていて
立てる音は楽器の音色ではなく断末魔だったり銃声だったりするのに
それは遠目で見れば赤黒い悪魔が踊っているかのように見えただろう。
斬る。撃つ。斬る。撃つ。撃つ。斬る。
休みなく剣が舞い、雷撃のこめられた弾丸が沸いてくる悪魔に叩き込まれる。
戦い始めてどのくらいになるだろう。
普通ならこんな長時間力を解放していられないのだが
さすがに聖地と言われただけあってか
それともこれほど悪魔が溜まる場所であるためなのか
普段ならあまり長く変われないその身は
もう自分でも覚えていないくらいに悪魔を狩り続けている。
そろそろ終わりにするか
魔力が切れたら終わりにするか
狩りきれるまで続けるか
しばらく動くのがイヤになるくらい続けるか
いやしかしあまり長居をすると怒られるだろうし
出てくるコイツらが悪いのだし・・
などと色々考えはするものの、ダンテは元から考えることは苦手だ。
そうしてそんな事も一々考えるのが面倒になってきたころ。
・・ゥン!!キュドドド!!
水と霧ばかりだった周囲の温度が突然上昇し、空が一瞬赤くなったかと思うと
目の前にいた水や紙の悪魔達が上から降ってきた赤い火の玉に焼き尽くされた。
上からと言うことはダンテの仕業ではない。
なんだと思い上を見上げると、より遠くまで見えるようになった視界の中
霧に紛れて何かがこちらに向かって降りてくるのが見えた。
それは一見してヒラヒラと落ちてくる白い布のように見えた。
だがそれは間違いなくこちらに向かって降りてくるし
ただの布ならよく通る声で吠えたり宙でくるりと円を描いて
次の瞬間炎の雨を降らせたりはしないはずだ。
ゴウ!!ドンドンドン!!
そして2度目に放たれたそれはいくらか残っていた水の悪魔を地面に押し戻し
それを放ったと思われる布のような物はさらにダンテの方へ飛んでくる。
ダンテは戦いの方に回りきってちょっとマヒしかかっていた脳で考えた。
あれだけの事が出来るならば、あれもここでの悪魔だろう。
だがそれにしてはあまり見たことのない悪魔だ。
しかもよく見るとそれはどこか見覚えのある形をしていて
思い出そうとすれば記憶のどこかに残っていて・・
どか!!
「!!」
などと記憶を掘り起こしていた所に横合いから鈍い衝撃が来る。
どの悪魔がやったのかは知らないが、一瞬の不意を突かれたダンテは
体勢を崩して一歩だけ足を後退させた。
だが一歩だけと言ってもそこは道が細く
しかも濡れていて滑りやすいかなり足場の悪い場所だ。
咄嗟に反撃に向けようとした銃は狙いをつけられずに天を向き
身体が重力に従って下へと落ちる。
しまった、下はすぐ地面だったか?
普通に谷底なら飛べば済むが、すぐ地面だったらカッコ悪いだろう。
などといまいち緊張感のない事を考えていると
横から何かにぐいと腹を引かれた。
「ウグェ!クッソ重テェ!テメェソノ羽タダノオ飾リカヨ!」
そして悪態をつきつつダンテを少し下にあった地面へ降ろしたのは
白くて長いキツネのような布のようなマンガのような・・とにかく変な生き物だった。
全体の色は白のような灰色のような色をしていて
顔や耳の形は一見して犬のようなのだが、顔には明確な目というものがなく
目と思われる部分にはちょっと変わり者の芸術家がペンキで描いたような
模様のような円二つあるだけ。
そして一番変なのはその全体の形。
その長い身体はマンガなどで車に轢かれた後
ぴゅう〜と風にふかれて飛んでいくかのような
とにかく悪魔にしては緊張感がなく、生き物にしてもおかしいそんな生き物で・・
「あ」
その時ダンテはようやく思い出した。
それは確かイケブクロのビル前で初めてジュンヤと対峙した時
彼のそばにいた悪魔3体のうち一匹があんなふざけた形をしていて
こちらの集中力をそぐ黄色い霧を吐き出していたイヤな犬だったはず。
しかしそれにしては妙だ。
あの時の変な犬はこんな強力な火炎攻撃までしてこなかったし
ダンテのハンターのカンからしてあの車に轢かれたみたいな変な犬
あの時と同じ形はしているが格段に強さが増しているし・・
「 オイコラ!何サッキカラボサットシテンダヨ!
ヤンノカヤンネェノカハッキリシロ!」
などど色々と疑問をつもらせているダンテに向かって
子供がラクガキで書いたような顔がくるりと振り返り
こちらがそれなりに怖い姿をしているのもかまわず鼻先をぎゅうと押しつけてきた。
「・・おいオマエ・・もしかしてビルの前にいたあの犬か?」
「オ、ナンダ覚エテタノカ。
正確ニハ違ウガソノ流レヲタドッテルッテ意味デハソウダゼ」
「流れ・・?」
「ナンダヨ、あいつカラ聞イテナイノカ?おれ達ガドウヤッテ生マレテルノカ」
そう言われてみれば以前ジュンヤに聞いたことがある。
ジュンヤの元にいる悪魔達は邪教の館で合体する事により
その能力や姿を今までとはまったく別のものに変えるが
今まで持っていた記憶の一部も合体後にいくらか受け継がれていくのだという。
と言うことは・・・
まさかアイツ、これを作ってたのか!?
自分がここでどれだけの時間を潰していたのかは分からないが
ジュンヤがこれを作り終え自分を探しによこしたのなら、この犬が自分をあっさり見分け
ビルの前にいた犬と同じでも正確には違うと言うのも説明がつく。
しかしどうしてジュンヤは今頃になってこんな妙な悪魔を作ったのだろう。
あの時あそこにいたということは、この悪魔はそう高位のものではないはずだ。
それに悪魔合体というのはダンテにあまり知識はなくても
弱い悪魔を作り出すようなものではなかったはず。
しかしそれでもスキル的には強化はされているようだし
能力もあの時とは違っていくらか強化されているし・・
「ダーカラぼさっットスンナこら!!
テメェ何ノタメニソンナゴッツイ格好ニナッテンダヨおい!」
などど珍しく色々考えていたダンテの背中を
その平たい犬は苛立ったようにべしと尻尾ではたいた。
その拍子かそれともようやく時間切れが来たのか
次の瞬間ダンテの姿がようやく元に戻る。
「オ、戻ッタ・・ジャナクテ!アァモウ色々メンドクセェナ!
トニカクモロモロハ後デ説明シテヤルカラトットト逃ゲルゾ!」
「オイ待てなんで・・」
「ココノ連中ハ見テノ通リ火ニ弱イ。ケドおれノ火ハマダ強化中デ
コノ数全部ヲ完全ニャ焼キ切レネェンダヨ!」
そう言うなり変な犬は黄色い霧(フォッグブレス)を吐き出し
ダンテを先導するかのようにして低空で飛び始めた。
その先は坂の先にあった模様の描かれた1つの扉。
それは確かSターミナルとかいう大元のターミナルへ戻るだけしかできない
一方通行の装置があった場所だ。
ダンテはちょっと迷ったが確かにこんな所で時間をくうのもなんなので
犬の言葉に従いそこまで走り、扉が開くと同時に中へ転がり込んだ。
中に入って少しすると背後で重い音を立てて扉がしまる。
ダンテは素早くそこに銃口を突き付け、細長い犬も身構えたまま両方息を潜めた。
だが外にあったいくつかの気配はそこを自分たちで開けることが出来ないのか
しばらく扉の前を徘徊していたかと思うと、やがてあきらめたかのように
いくつもあった気配が自然と四散していく。
犬がほっとしたように動き出そうとした。
が
ガシャ
動きかけた長い胴体はいきなり銃口を突き付けられ再び動きを止められる。
見た目には分かりにくいが目だけをそちらに向けると
厳しい顔をしたダンテと目が合った。
ダンテは何も言わなかったが、それはおそらく先程見た事だろう。
普段人の形をしているが、彼もやはり人ではないのだ。
あまり気にしていないように見えても
彼にも知られては都合の悪いことの一つくらいはある。
だが変な顔をした犬はふんと鼻から息を出し
笑うかのようにその顔だけをダンテの方に向けた。
「ナンダオメェ、今マデイロイロヤラカシテルト思ッタラ
今頃ニナッテ秘密主義ニ切リ替エカ?」
ダンテは無言のまま銃口を前へと押しやる。
それはほんの少しの事だったが肯定と威嚇と脅しの意味がこめられている行為だ。
つまり今そこであったことを主人に話したら
ただじゃ置かないという無言の警告だろう。
しかし変な顔の犬はその脅しに動じる様子もなく
肩・・と思われる部分をくいとすくめた。
「おれハオメェガ何考エテンノカ知ラネェシ、知ロウトモ思ワネェ。
ダガおれ・・イヤ、正確ニャおれラハモウオメェニ関シチャ散々オドカサレマクッテルンダ。
今サラアンナモンニ化ケタクライデ一々ビビルカ」
ふんとせせら笑うように鼻先から出た息が銃口にかかる。
さすがに今までジュンヤに従属してきた悪魔達の記憶が蓄積されているだけあってか
この悪魔に脅しのたぐいは通用しないらしい。
ダンテは表情を変えず無言のまま構えを解かない。
そして変な犬は首をかしげながらさらにこうも言った。
「・・ソレトモ何カ?オメェノ立チ位置ッテノハ
ソンナあぶネェ所ニアルトデモ思ッテンノカ?」
その言葉にダンテの目が限界まで細まる。
銃口は長い犬の胴体に付けられたままなので
引き金をひけば反撃される間もなく一瞬で終わるだろう。
黙らせる事は簡単だ。
それは彼の得意としていた事なのだから。
だがダンテはその妙な悪魔の胴を撃ち抜く事も
その身体を締め上げて脅しをかける事も選択しなかった。
しばらく妙な睨み合いをした後、ダンテは急に表情をゆるめ
がっちりと突き付けられていた銃口も拍子抜けするほどあっさり離れたかと思うと
2どほど回転してすとんと元ある場所へとおさまった。
「・・・何のつもりか知らないが、アイツもおかしな犬を作ったもんだ」
ジュンヤがどういったつもりでこの変な犬を作ったのかは知らないが
この犬、悪魔だけれどもなぜか警戒心より先に妙な親近感がわく。
普段ならあまり気にしないところだがダンテは聞いてみた。
「オマエ、まさかとは思うがオレのお目付に作られたなんて
笑えないジョークじゃないだろうな」
「あほクサ。誰ガソンナ無意味ナコトスルカッテノ。
・・マァおまえガ絡ンデルッテノニハ違イネェンダロウガナ」
「?」
軽い疑問符を浮かべたダンテに
その犬はちょっと遠くを見るような顔で説明してくれた。
「多分アントキノ事ヲ忘レナイヨウニッテツモリダロ。
今ハ一応味方ダケド、ソレマデアッタ事ヲ忘レナイヨウニッテツモリデ
時間ト手間カケテ元ハアンマリ強クナイおれヲ作ッタ・・
・・ッテノガほんとカドカハ知ラネェガ、ソンナトコロジャネェノカ?」
それは仮定の話だったがなるほどとダンテは妙な納得をしてしまう。
それでこれを作る時、自分をわざわざそこから遠ざけたらしい。
しかしそれは言い換えれば昔の自分への当てつけも同然だ。
あの少年、もうあまり気にしていないかと思えば
内心ではまだ何を考えているか分からない所もあるらしい。
「・・アイツ、のんびりしてるかと思えば意外と根に持つヤツだったんだな」
「あほ!根ニモツトカモタナイ以前ニ
オメェノあぷろーちノ仕方ガコトゴトク異常ナンダヨ!」
いろんな血が混ざっているとは言え、やっぱりあの時の記憶は色濃いのか
それとも会うたびロクな事をしていなかったからか
あの時いじめた犬とは違うけれど、あの時の事を知っている犬は
かっと怒ったように歯のないシンプルな形の口を開けた。
もちろん怖くはなかったのでダンテは手で軽くそれを押しのける。
「わかったわかった。オマエ・・いやオマエらも
主人と同じで結構根に持つタイプだな」
「アンナ無茶ナ出会イ方、忘レラレル方ガドウカシテルゼ」
ふんと呆れたように鼻息を出す変な犬は
表情などまるで分からないはずなのに内にある感情は分かりやすく
けどそのどこかで本心を隠し持っているような気配があるのもまた不思議だ。
「ソレヨカ早イトコ戻ロウゼ。
サッサト戻ラネェト帰ッタ時ノ説教時間ガ倍加シチマウ」
「あ、ちょっと待て。その前にオレがここへ来たって事は・・」
「無理ダヨ。おれ達ハオメェガ行キソウナ場所ニ当タリヲツケテソレゾレ派遣サレタカラナ。
おれガオメェト一緒ニ戻ッタ時点デソンナモン一発デばれル」
「やれやれ・・そう来るか」
「マ、精々ガンバンナ。おれハソコマデふぉろーシネェカラ」
などと言いつつぷいと顔をそむけた犬に
ダンテは冷たいなとは思いはしなかった。
だってそれは言い換えると、そこまではフォローしないけれど
ここで見た事は黙っているという事なのだから。
姿も形も考え方も本当に変な犬だが
ダンテは悪い気だけはしなかった。
「・・あぁ、それよりもオマエ」
「アン?」
「まだ名前を聞いてないな」
にゅとこちらを振り返った変な顔の目が、ちょっと驚いたように丸くなる。
「オ、おまえモ一応ソンナノ気ニスルンダナ」
「オレのアレを見てそれだけの態度と口がきける悪魔っていうのも珍しいからな」
「けけけ、違イネェ。
ジャア言ットクゼ。おれハ神獣まかみ。
野良ニハ存在シネェ進化シタ希少ナ神ノ獣様ダ。ヨーク覚エトケヨ」
むふんといばるみたいに細い首をのけぞらせた変な犬にダンテは苦笑しながら
「OKマフラー。悪魔と馴れ合うつもりはないが
依頼主の機嫌をそこなうのはお互い不利益だ。ご協力願うぜ」
などと普通に言い放ち、ラクガキか抽象画みたいな目がムッとしたようにゆがむ。
「・・・・・オメェ相変ワラズ話聞カネェノナ」
「そっちこそ、オレの名前は最初に言った時から覚えてるんだろうな」
「悪イガ覚エタノハあいつモ含メテ2度目以降ダヨ。
アンナ唐突デブットンダ自己紹介誰ガチャント聞イテラレルカッテノ」
「そいつは光栄」
「ホメテネェヨ!」
べしと平たいシッポが背中をはたいてくる。
普通なら悪魔なんかに気安く触らせたくないので避ける所だが
ダンテはそれを普通に受けた。
なるほどな。
確かに悪魔としても戦闘用としても変な犬だが
アイツがわざわざ作り直したがる理由が少しだけ分かる気がする。
ダンテはそんなことを思いながら
ぶつくさ言いながらぺちんとSターミナルをはたいて起動させた
轢かれたキツネみたいな背中をながめた。
軽い音を立てて少し小型のターミナルが動き出し、周囲の空間をゆがめていく。
自分のもう一つの姿は別に隠しておく事ではない。
いまの自分も悪魔の自分もあるべき自分の姿なのだから。
でもあの少年には、少なくとも今しばらくは
人のいなくなってしまったこの世界にいる間だけでも
人のままでいてやりたいというのがダンテの本音。
それをこんなへんちくりんな悪魔に速攻で感づかれるなんて
デビルハンター形無しもいいところだが・・
そんな中でダンテとマカミはなんとなく顔を見合わせ
どちらともなく笑みを浮かべた。
「帰るかマフラー」
「ソウダナへたれ男」
周囲の空間がまったく違うものになったその瞬間
ダンテは何気なく言われたその名前ではない言葉に一瞬間を空け
笑ったままその長い胴体をぐぎゅうとふん捕まえ
マカミも黙ってその手にがぶりと噛みつく。
でもまぁ・・・こんな状況も悪くないか。
ちらとそう思ったのは一瞬だったのか長い間だったのか。
そして1人と一匹がターミナル部屋に転送された頃
戻ってくるなりねじったり噛んだり無言でケンカしていたダンテとマカミは
遠くまで行きすぎていたのをジュンヤに怒られる以前に
まず真っ先に呆れられる事ととなった。
「オイコラ!おめぇソッチジャネェッテ!ソコサッキ通ッタダロ」
「・・?来る時に通らなかった道じゃないのか?」
「戻ッテクル時同ジ道使ウトハ限ラネェダロ。
オメェマサカぷろノクセシテ方向音痴ダトカ言ウンジャネェダロウナ」
「職業柄ゴミは残さず始末するクセがついてるんだよ」
「便利屋ッテノハ便利ナ言イ訳モスルンダナ」
「言ってろマンガ犬」
「噛ムゾ若白髪」
「だからこれは地だって何度言えば
その薄っぺらくてどう見ても脳みそが詰まってなさそうな頭に記憶できる」
「薄イヨウニ見エルガコレデモ色ンナ連中ノ経験ガ蓄積サレテンダゼ。
ドッカノがきヲ尻カラ撃ッテ今度ハソノがきノ尻ニ敷カレテルやつトハ
出来モ仕様モ違ウンダヨ」
「・・身体と同じくペラペラとよく喋る犬だな。
今度は外から鉛玉撃ち込むより口の中にリベリオン突っ込んで真っ直ぐに矯正・・」
「おーい2人とも何してるんだよ。そろそろ行くぞ」
とある何の変哲もない道の真ん中でおかしな言い合いを始めた変な2人組を
先をブラックライダーと一緒に歩いていたジュンヤがのんびりと呼ぶ。
その途端両方ともピタリと言い合いをやめて
ぺしとかべちとか一発づつ叩きあってから並んで主人の所まで歩いてきた。
お目付とか監視とかそんなつもりはなかったが
この変な犬はちょっとした誤算を生んでいるらしい。
それに気付いたのか扉に手をかけながら
ジュンヤふと思い出したようにこう聞いた。
「・・ところでさ、最近マカミとダンテさんよく一緒に話してるけど
もしかして友達になったとか?」
その何気ない一言に
赤と白の姿形のまったく違う連中は同時に顔を見合わせて。
「まさか」
「ジョーダンキツイゼ」
お互い肩をすくめたりけっけと妙な笑いをもらしながら
お互い同時に相手に向かってしっしと手(片方は前足)を振る。
それはまったく共通点がなく、接点もほとんどないというのに
その時の2人の様子はまるで鏡のように似ていて
ジュンヤは呆れたような苦笑いをし
表情のない黒衣の騎士がほんの少しだけ肩をすくめた。
はみだしハンター、はじめてのともだち・・・か?
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