ダンテがその異変に気付いたのは空港からひろったタクシーを降りてすぐ
自宅兼事務所でもある自分の店まであと歩いて5分ほどといったところだ。
元々治安のいいところではないのだが
昼間だというのに道には人1人車一台すら見当たらず
やけに通り全体がしんと静まりかえっている。
ダンテはほんの少し嫌そうな顔をして
荷物の中から偽装梱包されていた愛銃と
同じく偽装用としてぐるぐる巻きにされていた愛剣を引きずり出し
それぞれの定位置に収めると片手でそれなりな量の荷物を持ち
見慣れた道をまっすぐに歩き出した。
そしてその静けさの中でそれはすぐに現れた。
道ばたのゴミの影、街灯の下
ここ最近見ることのなかった異形のそれは
まるでダンテが帰ってくるのを待っていたかのように
次から次へと出てきてはこちらを目指して鈍重な動きでやってくる。
こんな時、昔のダンテなら薄笑いの1つでもくれてやるところだが
あいにく今の彼にはそうもいかない理由があった。
ガシャ ドンドンドン!
ダンテは無言と無表情のまま銃を抜いて続けざまに発砲し
残った悪魔に目もくれず、そのままスタスタと早足で歩き出した。
ダンテは店を空ける時とある知り合いに店番と
その周辺の事を頼んであった。
だがその周辺の様子がこんな状態では店の事が心配だ。
いや、正確には店番をまかせた知り合いの事が心配だ。
もっと厳密に言うとその知り合い
最後に電話で会話した時猛烈に怒っていたので
今から自分に降りかかってくる火の粉の事が心配だ。
追いすがってくる悪魔に弾丸を撃ち込み
追いつけない奴は無視してダンテは歩き続け
店に近づくに連れて駆け足になるほどに歩いた。
そしてもうすぐそれは見えるだろうというころになって
銃声と何かの爆発音のような音が断続的に響いてくる。
爆発音と銃声はそれぞれ別々に聞き覚えがあるため
推測するに店番は2人に増えているようだが
1人ではなく2人に増加しているということは
ダンテにとってはさらに悪い状況になっているも同じ。
「・・・遊び過ぎたか!」
手を伸ばしてきた悪魔に蹴りを入れ、ダンテはとうとう走り出した。
見えてきたのは見慣れたネオンの看板と
その下にいるのはやはり見慣れた金髪の女
そしてその上空には白い翼を持った天使のような鳥のような生き物がいて
しきりにナイフのような物を群がってきている悪魔に向かって投射していた。
「あら、ダンテお帰りなさい」
両手に持ったマシンガンを店先で乱射していた女が
激しい音の中で簡単な挨拶をくれる。
それは店に置いてあったものだが勝手に拝借したらしい。
だがダンテはまったく気にせず近くで這いずっていた悪魔を足で踏みつけ
リベリオンで叩き飛ばしながらそれに合流した。
「・・すまん。少し空けすぎたな」
「ううん、私は昨日来たところだから別にいいわ」
「私・・は?」
「あんまりにもキリがなさそうだからってバイクで周辺の掃除に行った人は
2日前にたまたま来て、あまりの荒れように声も出なかったんですって」
「レディもか?」
それじゃあこの状態はまだ少しはマシな方なのだろう。
だがそれ以前の状態を1人で死守して踏ん張っていただろう店番は・・・
なんとなくイヤな予感をさせて上を見ると
店の上空にいた白い天使のような悪魔からは
下手な悪魔以上のものすごい殺気が飛んでくる。
「先に言っておくけど言い訳は自分でしなさい。
私はたまたま顔を出しに来ただけなんだから」
などとすげないお言葉をくれる女をよそに
どんな怖い悪魔に遭遇しようが目をそらすことのなかったダンテは
思わず視線をそらし、持っていた荷物を壁際に放り投げて避難させると
肩を回して手をバキバキ鳴らし、店先に出て本格的な戦闘態勢をとった。
「普通なら久しぶりの再会として
ハデなパーティでも開催してやりたいところだが・・」
片手の銃が素早くホルスターに収められると同時に
その手には後の女から放られたショットガンが握られる。
「予定変更だ。これ以上店番の機嫌を損ねないうちに
大掃除といこうか!!」
それから後は映画のような光景だった。
激しい銃声、無数にいる相手にまったくひるまない対抗者。
時に大胆に時に冷淡に、手慣れた様子で異形の物を倒していくその光景は
誰が演出したわけでもないのに計算しつくされたアクション映画のようで
カメラの一台でも動いていたのならそのまま即使えそうなほど
そこにいた者達の手際は洗練されていた。
それもそのはず、何しろそこにいたのは全員
ダンテも含めてただの人間ではないのだから。
そして狩人が離れていた間に数を増やしていた悪魔達は
ダンテと色々縁のある者達の協力というか付き合いもあって
その日のうちに一匹残らず駆逐された。
バサバサという音が上の方から近づいてくる。
それはダンテの近くまで来たかと思うとすっと聞こえなくなり
代わりに目の前に見たことのある赤い髪の女が着地した。
その姿はかつて見た時より世間慣れしたのか
ジーンズにジャケットという今風の服装だったが
くるりと振り返った目は完全に据わっている。
ダンテは両手を降参状態に上げてとりあえず謝ろ・・
ちゃっ
「!!
」
だが口を開きかけたダンテは
ものも言わず赤い髪の女が手に持った物を見て
反射的にその場から出来るだけ飛び退いた。
ボガーーーン!!
その直後、ダンテの元いた場所で結構な爆発が起こる。
この女はここまで短気な性格はしていないはずなのだが
やはりさすがに放置のしすぎで怒らせすぎたらしい。
「ま・・」
まぁ待てと言いたかったのだが
次に見たその手にあったのは握れるだけ握られた大量のそれ(小型爆弾)。
それはあまり広範囲を爆破するものではないが
そんなに大量にまかれたら店が物理的に潰れてしまう。
ダンテは反射的にそこから走って、とにかく必死で店から離れた。
ドカドカドカボガーーーン!!
走る間に冗談とか脅しだったらいいなと思っていた希望はあっさり裏切られ
全部まかれたそれは隣にあった空き屋や
片付いていなかった悪魔の死体などを全部吹き飛ばし
これでもかと言わんばかりにそこら中を破壊する。
マズイ。これはマズイ。
完全に頭に血が上ってる。
そういや怒った女は地上最強に恐ろしい生き物だって
どこかの馴染みの情報屋が言ってたよなぁ。
などと冷や汗をかきつつそんな事を考えていたダンテは
これ以上逃げ回るのはさすがに周囲的にも自分的にもマズイかと思い
一応回避はできるように立ち止まって身構えつつ振り返る。
そして追いついてきた赤い髪の女は
開口一番、こう怒鳴りつけてきた。
「・・・こんなになるまで・・・!!
一体どこで遊んでたのよ!!この(掲載不能用語)
!!」
うお、キツイ。
女に、しかも普段そんな言葉を言わないヤツに言われると余計キツイ。
「人にこんな下水みたいな所押しつけて、いられるだけいたいですって?!
冗談じゃないわよ!!そりゃあなたにはいくつか借りがあるかもしれないけど
ものには限度と常識とモラルってものがあるでしょ!!
いない間の生活の仕方とか、いつまでいないとか、留守にする目的とか
こんな紙切れ一枚残すよりも他にもっとやることがあるでしょ!!」
と、びし!と証文よろしく突き出されたのは
走り書きで書いた(多分)日本地図と(おそらく)東京を指しているのだろう
(なんとなくここかな?と思わせる)矢印が書かれたメモ一丁。
一応その下には住所(らしきもの)は書いてあるが肝心の電話番号がないので
それは彼女が苦労の末自力で調べた。
しかしナゾナゾやダイイングメッセージじゃないんだから
確かにもっと他に書くことがあったのだろうに
ダンテの脳は人を驚かすことには知恵が回っても
そういった事にまでは気が回らない。
「そりゃ2、3日留守にするくらいなら別にいいわよ!
けど4日たっても一週間たっても連絡もないし帰ってもこない!
そのうちなんだか近所に悪魔がわき出てくるし
電話しようにも大事な用事だったらと思うと気が引けるし!
なーんて控え目に考えてたらいつの間にかそこら中悪魔だらけで
知らない間に魔界同然になってるし!」
「い・・」
「それでやっとの思いで調べて電話してみれば
こんな場所をこんなメモ1つで押しつけてくれた本人は
『別に期間は決めてなかったんだしもうちょっとエンジョイしてもいいか』なんて
こっちの苦労のことなんかカケラも気にしてないような事を
平和ボケしてダラけきったようなのんきな声で平然と言うし!!」
「オイだ・・」
「レディとトリッシュがたまたま来てくれたからよかったようなものの!
確かに私は護り手だけど!こんな無法地帯の護り手になった覚えはないし
こんな子供の書き置きみたいなものや得体の知れない店と一緒に
心中するつもりなんかこれっぽっちもないんだから!!」
細身の短剣(ダート)にさされた紙っぴれが飛んできて
すこん
と見事何か言いかけては流されていたダンテの眉間に
掲示板よろしく突き刺さる。
ダンテはしばらくそれをキョ○シーみたいに貼り付けていたが
しばらくして自分でそれを普通に引っこ抜き
言いたい事を言い切って肩で息をしている
昔なじみというかちょっとした友人に心底困ったような顔を向けた。
彼女には以前ちょっとした借りを作ったので今回のことを依頼したが
さすがに衝動的行動のツケは色々と波紋を残してしまったらしい。
さてどう謝るか。
こういった状況では何を言っても相手を怒らせるだけだというのは
先日まで一緒にいた少年でいくらか学んだことだ。
だとすると対処法は下手な言い訳や謝罪ではなく
ちょっと意外な行動をする事になるのだが
この女に果たして通用するかどうか。
けれどダンテはやってみることにした。
だってこの女はあの少年と境遇が少し似ている所があるので
もしかしたらこういった所も似ているかもしれないという推測だが。
ダンテは走り書きの子供以下なメモを握りつぶし、ダートを放って返すと
さっきから黙ったままどうするかなと楽しそうに見ている金髪の女の脇にあった
手荷物の中を引っかき回して目的の物を探し、また同じ位置に戻る。
そしてその袋の中から小箱を1つ選び、それを無言で女の方に差し出した。
「・・・・・・・何よ」
「開けてみな」
かなり胡散臭そうな目で女はそれを凝視した後
仕方なくそれを取ってガサガサと包みを開ける。
中にあったのは緑を主体とした髪飾り。
こちらでは滅多にお目に掛かれないだろう細かな装飾をされた
けれど落ちついたデザインのされた髪飾りだ。
「・・これ!?」
「滞在先のヤツが選んでくれたんだ。
オレはそういった事は下手だから、そいつにオマエの特徴を話したら
そいつがいいだろうって話になってな。トリッシュにはこれだ」
ダンテはそう言って別の包みを後で傍観していたトリッシュという女に放る。
「あら、私の事も話したの?」
あまり自分の周りの事はベラベラ話さない方なのにと
少し意外そうな顔をすると照れたような苦笑が返ってきた。
「仕方ないだろ、このオレが・・・」
あれだけ離れたくないと思ったヤツなんだから。
と言いかかったがやっぱりやめる。
だがそれはそれなりに付き合いの長いトリッシュには分かったらしい。
「・・その人、悪魔も泣き出す男を泣かせた人?」
「・・いや、人じゃなくて正確には悪魔・・なんだがな。
けど悪魔なのにこれ以上ないくらい人臭くて
かと思えばオレでも絶対太刀打ち出来ないくらいの強敵にもなる
・・・そんなどっちつかずな変なヤツだ」
本当なら離れたくはなかった。
自分にないもの、かつて失ったものを全部持っているような
けれどまだ儚げなさと脆さを残している
世界にたった1つしかいないだろう希少で大事な1人の少年。
だがダンテはそれでも帰ってきた。
離れたくなかったのはこちらもあっちも同じだろう。
けれどどちらも住んでいる世界が違うという事はもうちゃんと認識している事だ。
それに離れたところで永遠の別れというわけでもない。
ちょっと苦労はするけれど会おうと思えばまた会えるし
連絡を取ろうとすればいつでもできる、
むしろ離れた方がその絆はより一層深まるものだと
ダンテは飛行機いる間中1人考えに考えたので
もう寂しいとか言う思いはなくなっていた。
そして赤い髪の女はと言うと
黙ってそれを穴が空くほど凝視していたが
何を思ったのかすっかり怒りの消えた顔でこんな事を言い出した。
「・・ダンテ、ちょっと後向いてくれる?」
「ん?」
なんだ、何かついてるかと思いつつ後を向く・・
ドガ!!
・・と、いきなり後から尻に蹴りが入った。
あまり背後を取られた経験もなく尻を蹴られる経験もなかったため
ダンテはまともにずっこける。
「・・オイ!なんだいきなり?!」
「これを選んでくれたお方からの、もう一つのプレゼントよ」
しれっとそう言って差し出されたのは
箱に入っていたのだろう、小さくたたまれた紙切れ1つ。
その紙にはちょっと頼りない英文でこうあった。
= ルシアさんへ =
留守番ご苦労様です。
これを開けるころにはきっとダンテさんのせいで
そっちに色々迷惑がかかってるかと思います。
もしこれで気が済まないのならダンテさんに後ろを向けと言って
尻を思いっきり蹴って下さい。
多分引っかかると思います。
それでもまだ困るような事があったら
下に連絡先を書いておきますので連絡して下さい。
こんな人が一緒だと大変だと思いますが
俺も出来るだけフォローしますのでお願いします。
ジュンヤ・タカツキ
「・・あんの・・ヤロウ!!」
握りつぶしかけた紙切れは横からひょいとトリッシュに取られ
ちょっと間をおいてからプッと口のはじっこで屈辱的に笑われる。
「・・この様子だと帰りたくなかったって言うより
帰らせてもらえなかったんじゃない?」
「違う!!」
「・・・驚いた。滅多な事じゃカンは鈍らないと思ってたけど
ここまでバカになって帰ってくるなんて・・その差出人の人、凄いのね」
「勝手なこと言うな!!アイツは確かに凄いが今のは凄くない!!」
「ふぅん?」
赤い髪の女、いや、ルシアというダンテの知り合いは
そんな抗議もさらりと聞き流し、トリッシュから返ってきた小さな紙切れを
少し楽しそうにながめた。
この差出人がどんな人物かは知らないが
このダンテをここまでヘタレにして引きつけた人物というのも
なんだか面白そうな話ではないか。
「ねぇ、このジュンヤっていう人の事、詳しく教えてくれない?」
「・・・そんなもの聞いてどうする」
「そんなの面白そうだからに決まってるでしょ」
ダンテは露骨にイヤそうな顔をしたが
それには綺麗なクシを珍しそうに眺めていたトリッシュも食い付いた。
「あ、私も聞きたい。こんな素敵なセンスをお持ちで
おまけにダンテが店を放り出すほどの憧れの方なんですもの」
「・・バカ言え。まだ成人もしてないガキでしかも男だ」
「だったらなおさら聞きたいわね。
どうしてそんな子の所から離れたがらなかったのか
私達の知らない間にどんな楽しい時間を過ごしてたのか・・ね?」
「大体こんないい加減な留守番をまかされた上に
こんな大掃除に付き合ってあげたんだから、それくらいの手間賃は当然よ」
そう言って笑うルシアにもう店を爆破される危険はなくなったが
今度はなんだか今まで自分が築き上げたイメージとか何やらを
ただ話をするだけで大破壊されそうな予感がして
ダンテは好奇心の眼差しでこっちを見る2人の女に向かって
あまり見せた事のないため息を返した。
「・・・・・・言いふらすなよ」
「「もちろん」」
他には言いふらさないが、おそらくここにいないバイクの女には言って
3人でしばらくからかう気だと2人の目は物語っていた。
悪魔も恐れるデビルハンターダンテ。
女相手にこんな情けない気分になったのは初めてだ。
「じゃあ決まりね。
ねぇトリッシュ、そっちのはどんな物が入ってたの?」
「ちょっとだけ本で読んだことがあるわ。
クシっていう日本のブラシらしいんだけど・・」
「あ、綺麗。シンプルな形なのに不思議ね」
「あら、そっちのも落ちついてて素敵じゃない。
それに髪の色とちゃんと合うみたいだし良い目利きしてるわね
このジュンヤっていう子」
などという女の子らしい会話をしつつ
さっきまで銃を乱射したり爆弾を投げつけてきた女達が
店主を外に残したまま、さっさと店内へ消えていく。
ダンテはしばらくそれを沈みきった気分で眺めていたが・・
「・・・大したプレゼントだ・・・あのガキめ」
きっと本人にそんなつもりはなかったのだろうが
今度会った時は尻叩き100回くらいはお返しだなどと考えながら
ダンテは残っていた荷物をむんずと掴み
久しぶりになる店のネオンの下をかなりゲンナリした気分でくぐった。
さらばD編の少し後のゴタゴタ。
レディだけはどんな風になってるかわからないので未登場ってことで。
ちなみにここの人達はこれ以後もまだ話にからんでくる予定。
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