それを見つけて来たのは例の如くダンテだった。
いや、だからといって今回は別に騒動を起こしたわけでも災厄をよんだわけでも
何かを壊したり誰かにケンカをふっかけてトラブルを起こしたわけでもない。
だがそれはある意味ややこしい物を拾ってきたと言ってもいいだろうが
とにかくそれはほんの短時間だけ、人のいなくなったボルテクスにはもうない
ちょっとした時間を提供してくれるものだった。
「少年、これは音楽の機械じゃないのか?」
それは地下鉄の駅に備え付けられたベンチでアイテムの整理していた時のこと。
ヒマなので洞窟探検に行ってくると言ったマザーハーロットや
少し偵察に行くと言ったブラックライダーを見送り
そう言えばさっきからやけに静かだなと思い始めていた時
聞き慣れたブーツの音が近づいてきて何か小さい機械が突き出されてくる。
なんだ今度は勝手にどこへ行ってたんだと思いつつそちらを見ると
突き出されてきたのはどこにでもありそうな銀色のMDと丸い形のヘッドホンだ。
「・・あ、MD。どこにあったんだこんなの」
「上の警備室みたいな所をあさってたら出てきた。
あとひっ付いてるこれは必要なのか?」
小さな機械から出ているコードが邪魔に見えるのか
ダンテはそれを取りたそうに軽く、でも見た目にはちょっと強めにびんと引っぱる。
しかしさすがに元からついてる物を引きちぎるには気が引けたらしく
それはなんとか壊されずにすんだようだ。
ジュンヤはたとえ持ち主がもういなくても無駄に壊されなくてよかったと思いつつ
それをダンテの手からやんわりと奪い取った。
「・・確かにちょっと邪魔に見えるけど
これはこの邪魔なのがないとダメなんだよ。
・・っていうかダンテさん、MD見たことないのか?」
「そういう機械があるのは知ってたが
オレはジュークボックスで音量を上げて聴く方だからな。
こんな小さいので1人つまみしく聴くなんて性に合わない」
「・・つつましく?でもそりゃ確かに言えてる」
確かにこれで1人おとなしく音楽を聴いてるダンテというのも想像がつかない。
だがせっかく拾ってきたとは言えこんな世界だし
受胎があってからそれなりに時間も経過しているから
さすがにもう電池がないだろうと思って操作してみると
なんと奇跡的に少し電池が残っていた。
「・・あ、すごい。まだ電池が残ってる」
「?つまりまだ動くのか」
「ギリギリだろうけど中身も入ってるしね。
えっとタイトルは・・・入ってないな」
「タイトル?」
「あらかじめタイトルを入れておくとここに出てくるんだよ。
で、ここで番号を送ってここで再生して・・」
などと説明してやってもダンテは難しい顔をして無言になるだけで
あまり操作を覚えようという気はないらしい。
おそらくこんな小さい機械をちまちま操作し
1人で音楽を聴きたがる心境というのが分からないのだろう。
まぁ電池の残りも少ないし変に興味もたれるよりはいいかと思い
ジュンヤはヘッドホンを片方付けて再生してみた。
しかし流れてきたのはテンポは速くないが知らない曲
おまけに外国の曲なのか歌詞もジャンルもまったくわからない曲だった。
「で?結局何が入ってるんだ?」
「・・・なんだろ、聞いたことないな。ダンテさんならわかるかな」
ジュンヤは一端再生を止めてヘッドホンをはずし、それをダンテに渡すが
手渡されたダンテはというと、それを手に一瞬固まる。
「・・なぁ少年」
「ん?」
「・・どうやってつける」
「あ、そうか。ちょっと待って」
そう言えばMDも知らないのなら
こんな新しい形のヘッドホンの付け方もわからないだろう。
人につけてやった事はないが下手に貸すと壊されるので
ジュンヤはそれをダンテの耳に慣れないながらもつけてやった。
ちょっぴり似合わなかったが貴重な東京の遺産なので目をつむっておく。
「で、音量はここで調節、こっちが大きくなってこっちが下げる。
ここを押すと再生がかかるから」
「・・・・・・」
「操作しづらいのはわかるけど
小さいのが売りの機械なんだからそんな顔しない」
ボタンが小さいし操作がめんどくさいと顔で訴えるダンテをなだめ
音量を確認して再生ボタンを押す。
するとダンテは急に表情を変え、言われた通りの手順で音量を調整すると
おとなしくそれに聴き入りだした。
ただダンテは現在かなり偉そうにベンチにふんぞり返っているので
ハタから見ればMD片手にベンチを独占する行儀の悪いオッサ・・
もとい少々お行儀の悪いお兄さんに見える。
「どう?知ってる曲?」
「・・いや、知らない。が・・悪くはない」
「ふーん」
知らないとは言えそれなりに気に入ったのか
ダンテはそれ以上は何も言わず、すっかり静かになってしまった。
無言のダンテというのも珍しいし、拾った本人が気に入ったようなので
もう少し聴いてみたかったもののジュンヤはしばらくその横で様子を見守る事にした。
・・が、しばらくしてダンテは何を思ったのかヘッドホンを片方はずすと
当たり前のようにずいとそれを差し出してくる。
「ほら」
「へ?」
「へ、じゃないだろ。あと少ししか使えないんだろ?」
それはつまり、半分貸してやるからオマエも聴けとのことらしい。
しかしヘッドホンというのは元々1人で聴くものなので
片方差し出されてもコードがまったく足りない。
「え?ちょ・・いいってそんなの。ダンテさんの方が分かるみたいだし
それに最初に見つけたのはダンテさんなんだろ?」
「ガキが遠慮なんかするな。
それにこんなものは歌詞がわからなくても問題ないだろ」
「でもそれって片方だと・・うわ!」
しかしそうは言っても元からあまり人の話を聞かないのがダンテなので
渋っている間にいきなり腕を掴まれ強引に隣に座らされたかと思うと
引きずり倒すような勢いでホールドされ強制的にそれをつけられてしまう。
「い、いて!ちょ、ちょっと!なんで1人で聴かないんだよ!」
「拾ったのはオレだが使い方を知ってたのはオマエだろ」
「そりゃそうだけど・・!でもこれって両方で音を分ける物だから
こんな変な使い方すると音が半端にしか聞こえな・・!」
「細かいこと気にするな。要は聴ければいいんだろう」
いや細かくないし音は本来の半分になっててなんか妙だし
それに何より音楽を聴いてるとかいう以前にあまりに密着しずぎていて
ジュンヤとしてはとっても落ち着かないのだが
逃げようにもがっちり肩と頭を掴まれているし
少しでも動こうものならコードが切れそうなので
それはもう音楽を聴くとかいう話ではない。
「・・あのさダンテさん、これって1人で聴くための物なのは分かるよな?」
「けど電池がないっていうならこうするしかないだろ」
「どっちかだけで先に聴くって選択肢は?」
「効率を考えるとこっちの方がいい」
「・・あっそう」
かみ合わない会話にジュンヤは抵抗するのをあきらめた。
どうやらダンテの気が済むまで反抗するのも無駄らしい。
仕方ないので落ち着かないまま耳に意識を集中すると
そこから半端に聞こえてくるのは、もうあまり聞けなくなってしまった
人の奏でる楽器や音、名前も知らない誰かの歌声だ。
ここがこんな風になる前にどこででも聞けたはずのそれは
もうこんな小さな機械の中1つにしか存在しない。
どこの誰が何を歌っているのかまるで分からなかったが
ただ1つだけ確実に理解できたのは、自分達のいるこの場所が
もうこんな歌声や音楽、人間の作る声や騒音のある世界から
切り離されてしまったという事だけだ。
だが気持ちが暗い方へ沈みかけたその時
横から手が伸びてきて頬を軽くつねってくる。
「・・何暗い顔してる。音楽ってのはテンションを上げるためのものじゃないのか?」
首をひねるとヘッドホンが取れるので横目でそちらを見ると
あまりハッキリ見えなかったがダンテは苦笑していて
続けて肩に重みがかかり、動けない視界に勝手に銀色が入り込んできた。
「・・・重いんだけど」
「気にするな。そもそもこれくらいで潰れるほどヤワじゃないだろ」
「・・今思ったんだけどさ、ダンテさんって小さいことも大きいことも
とにかくあらゆる事を気にしないイヤな神経してないか?」
「男気あふれるナイスガイだろ」
「いや全然誉めてないし。たまには人の話聞こうよ耳あるんだから」
「聞いてるじゃないか。現に今だってこんな距離からしっかりと」
「・・・・」
「先に言っておくが嫌がらせじゃない。
ただオマエがこんな近くで大人しくしてくれる機会もそうないからな」
「・・・・・・・・・」
チクショウ、やっぱ本音はそこかよとムッとはするが
そこで強引に突っぱねられない自分も自分だと
ダンテと同時に自分にも呆れ、自然とため息がもれた。
「なんだ少年、さっきからテンションが低いぞ」
「・・何言っても無駄だろうし離してくれないだろうし俺もちょっと聴きたかったけど
なんか落ち着かないし半分だけだから聴いてる気がしない」
「・・??つまりは何が言いたい」
「総合すると非常にお困りだってこと」
「そいつはよかった」
「よかねぇよ!」
ブツ
「あ」
「ん?」
などと音楽半分ケンカ半分で言い合っているうちに電池が切れたのか
久しぶりに聴く音楽という人の作り出した文明は
実にあっさり唐突に終了してしまった。
「切れたか」
「・・うん」
「こうなるとただの鉄だな」
「・・うん」
ダンテは2人でわけていたヘッドホンをはずし
惜しげもなく本体とまとめて近くにあったくずかごに放り込む。
少しもったいない気もしたがジュンヤは止めなかった。
落とし物として駅に届けられていたのなら充電器なんてないだろうし
あったとしてもこんな世界で持ち歩いて聴くのは気が引けたからだ。
それでもなんとなく名残惜しくてくずかごの方を見ていると
つんと横から頭を押される。
見ると先に立ち上がっていたダンテが少し身をかがめ
こちらをのぞき込むようにして口を開いた。
「なぁ少年」
「ん?」
「オレや仲魔の連中は音楽や歌のかわりにはならないが
いつもオマエの横にいて一方通行じゃない会話ってものができる」
「・・?」
「タイトルもついてなければバンドでもないし、そう調律がとれてるワケでもないが
少なくとも電池切れなんて間抜けな事はしないんだ。
覚えておいて損はないと思うぜ」
ダンテはそう言ってぽんと頭に手をのせると
それ以上は何も言わず立てかけてあったリベリオンを背に戻して背中を向けた。
だがジュンヤはその時
ダンテがどうしてあんな妙な事をしたがったのか
その時推測でだが理解できた。
確かにMDはあんな風に片方づつの2人で聴くものではないが
そのかわりほんの短時間であっても聴いている間どちらも孤立させる事なく
横にある存在の事を忘れさせる事がなかったのだ。
それに今自分のまわりには
音楽や人の声のかわりになるものがたくさんあって
確かに各個個性も性格もバラバラで、調律がとれているとは言い難いが
電池切れもせず生死に関わるほど十分役に立ってくれている。
ダンテはこんな時に限って直球でものを言わないが
多少理不尽ながらもその遠回しな言葉と行動は
今まで聴いたどんな音楽よりも力をくれた気がして
「・・あの・・ダンテさん」
「ん?」
「・・ありがとう・・な」
自然と口から出たジュンヤのその短い言葉に
肩越しに振り返ったダンテは一瞬目を見開き
少しして呆れたような顔をしつつ大きく肩をすくめた。
「・・オマエも時々・・ハードなロックよりもクるセリフを平気で言うんだな」
「・・?つまりそれってどういう意味?」
「それくらい自分で考えな」
この天然め。と心の中でつぶやいて
ダンテは立ち上がりかけていたむき出しの背中を
びたんと周囲に音が響くくらい強く叩いた。
痛いとか乱暴者とか怒鳴られたがダンテはもちろん気にしなかった。
だってこの世界にもうMDや音楽やロックはなくても
自分の隣にはちゃんとこうして喋って笑って怒鳴りもして
おまけに手足や真空をよこしてくるような元気なヤツがいるのだから。
いつも1人であらゆる場所を歩いてきた自分に
これ以上の贅沢はない。
そんな事を考えながらくってかかってくる頭を押し返してダンテは笑った。
「・・さてと、なかなか帰ってこない骨どもでも探すとするか。
片方の無口で無愛想なヤツはともかくとして
片方はいたらいたでうるさいが、いないと妙に静かで気味が悪い」
「・・あ、それはちょっと言えてるかも」
「なら少年、探索用のBGMのリクエストはあるか?」
「ん?・・んーと、じゃあダンテさんのかっこわるい話」
「・・、・・あるわけないだろそんなもの」
「何だよその微妙な間は」
「ガキが大人を追求するな」
べちーんという音が再びホームに響き渡り
さっきまで静かだったそこが急に音を反響しだして少々不気味でもあるが
もうそういった感性は今2人の間にはなかった。
「いっ・・たいだろ!同じとこばっかりべちべち叩くな!」
「そんな叩きやすい格好してるオマエも悪い」
「しょうがないだろ!受胎の時になくしたんだから!ってか俺のせいにすんな!
そんな暑苦しいようで実はパツパツの服装のくせに!」
「何を怒ってるのかは知らんがオレは着やせする方なんでな。
そんな何を着ようが貧弱確定なオマエがうらやましがるのも無理は・・
いッつ!?コラガキのくせに大人の尻を蹴るな!」
「そんな自慢たらったらで偉そうな態度の大人がいるか!
そもそも自分で自分の事大人とか言うのが一番信用できないんだよ!」
「あ、コラ待て!明かりを持ってるヤツが先に行くな!」
「そんなの自慢の大人力でなんとかしろ!」
「無茶言うな!」
などとにぎやかに騒ぎながら歩き出した2人の少し先では
実はかなり前から戻って来てはいたが
声をかけにくそうに物陰に隠れていたブラックライダーと
面白そうだからと同じく隠れてのぞき見していたマザーハーロットがいた事を
ステレオのように騒ぎながら歩いていた2人はまだ知らない。
狭間に行きかけたネタ。
おうちで大きなヘッドホンをしていると
何だか家族を拒絶してるように思えた所からの思いつき。
聴いてたのはエスコン5のOPだとでも思っておいてください。
そしてこの後隠れてた骨達を見つけて
驚かすなとか何で声かけないんだとかいう話でまた大騒ぎになるのです。
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