砂ばかりの大地の空を白いものが優雅に飛んでいる。
その下には同じく白い獣がいて、その白い影を追うようにして
砂の地面を蹴って走っていた。
それは右へ左へ少しでたらめに移動してはいるが
決して自分の目の届かない範囲に行く事はない。
あの白い獣たちはいつも自分の隣で大人しくしていても
やはり自由に走っておいでと言われると結構な範囲で動き回るらしい。
野生の血でも騒ぐのかなと思いつつ
ジュンヤはそれを何かの建物の破片に座ってぼんやり見ていた。
遠目に見るフレスベルグは特になんの目的もなく
適当に気の向くままそこらを飛んでいるらしく
その下にはケルベロスがついていて変な所へ飛んでいかないように
一応の監視をしてくれているらしい。
しかししばらく見ているとフレスベルグが何か言ったのか
それともそのいい加減さに腹が立ちでもしたのか
ケルベロスがやっきになって低空で飛び始めたフレスベルグを
ちょっと騒々しげに追いかけ始めた。
それは一見獲物を狙う虎のようで危なそうに見えるが
2匹とも言いつけはきちんと守るタイプなので、そうそう大きなケンカには・・
ガチン、キリキリ、ガチャン
などとぼんやり思っていると、座っていたすぐ後ろから金属音がする。
一応それにもちょっと休憩だから好きにしていいよと言ってあるが
この男の行動はいつもいつも極端で、いなくなる時は予想もつかない所へ行き
そうかと思えば近くにいる時はやたらと近くにいたりする。
「・・あのさ・・退屈じゃないのか?」
そして今回後者の行動をとった真後ろの男に
性格からしてじっとしているのは苦手なんじゃないのかと思いつつ
ジュンヤは声をかけてみるが・・
「ジャマか?」
返ってきたのは答えではなく問いかけだ。
しかもそれはこっちがイエスと答えられないような意地悪な言い方。
ジュンヤは少しムッとしつつまだ遠くで追いかけっこをしている二匹を見ながら
「・・・別に」
と、考えられる限りのそっけない返事をしてやった。
しかし自分の真後ろで背中を向けて何かやっているダンテは
さして気にする様子もなく、いや、ちょっと笑ったような気配をさせて
再びガチャガチャと金属の音を再開させた。
銃の手入れなら何もこんな砂だらけの屋外でなくとも
もっとマシでいい場所があるだろうに、何のつもりかそのダンテという魔人
ジュンヤが腰をおろした直後からそこに居座って離れようとしない。
「・・あのさ、ダンテさん」
「なんだ」
「楽しい?」
「そこそこな」
「・・・・・」
間髪入れず速攻で返ってくる答えに返す言葉がなくなった。
相変わらずこの男の価値観はよく分からない。
フレスベルグやケルベロスのように駆け回れとまでは言わないが
この広い荒野の中なら他にもうちょっとくつろぐ場所はあるだろうに
わざわざ自分の真後ろでくつろぐ意味が分からない。
「そう言うオマエこそどうなんだ?」
「・・・ノーコメント」
どう答えたところで自分の都合のいいようにしか解釈しないだろうと
なるべく無愛想にそう言い放つと、なんとなく予想はしていたが
後ろの金属音がぴたと止まり、喉の奥で笑ったような声が聞こえてきた。
「・・なに笑ってるんだよ」
「・・いや。オマエらしいと思ってな」
「何も言ってないじゃないか」
「OK、わかったからそうむくれるな」
などと言うその何もかも見透かしたような態度も
子供を上手くあしらうような言い方にも腹が立ち
ジュンヤは丸めていた背中を後ろにあった背中にどんとぶつけてやった。
その自分より一回り大きくてたくましい背中は
結構強くぶつかってやったのにまったくびくともしないのがさらに腹立たしいが
手入れが終わったのかあきらめたのか、時々していた金属音がやみ
銃が元の場所に戻るストンという音だけは聞く事ができた。
終わったのならどこかへ行くかと思ったそれは
それ以上動きがないところを見るとまだ後ろに居座るつもりらしい。
まぁ考えてみればどこかへ行ったら行ったで余計なトラブルを起こしそうなので
それはそれで安全なのかもしれない。
そんな事を考えながら放した獣達に目を戻すと
遠くで続いている追いかけっこはまだ終わりそうもなく
しばらくのんびりしていてもよさそうだ。
「少年」
「ん?」
そしてしばらくぼんやりし、後の存在を忘れかかっていたころ
それを阻止するかのような声がかかる。
そして言われたのは・・・
「一つ白状するが・・オレは図々しい」
・・・・・・・
「はぁ??」
ジュンヤは半分だけ振り返り、これ以上ないくらい胡散臭げに眉をひそめた。
そんな事、白状するもなにも出会った瞬間から分かりきっていた事で
いまさら本人があらたまって言うような事ではまったくないはずだ。
まさかのんびりしすぎて脳が腐敗でもしたのかと思ったが
ダンテはさらにこうも言った。
「だからオマエも・・もう少し図々しくなったらどうだ?
オマエくらいの歳ならそれくらいしてもハチは当たらないだろう」
「あのさ・・それを言うなら・・」
バチだろう、と言いかかった口が途中で止まる。
それはつまり、整理して言いかえると
あまり変な意地をはらず、少しはワガママになれと言っているらしい。
あの走り回っている犬や鳥みたいに
オマエも誰かの後を追いかけてばかりいないで
少しは図々しくなったり自由にしてみたらどうなんだ?
彼が言いたいのはそう言う事だろう。
振り返った先にあった赤い背中は何も言わないが
ジュンヤは少し切なくなった。
それは今まで誰も言ってくれなかった言葉の一つだ。
確かに自分はあの病院を出てからというもの
色々他者や不運に振り回され、この世界で自由に歩き回れる身だというのに
自由だと感じた事など一度もない。
自分はもう人ではなくいくらかの力がある悪魔で
この世界でもちゃんとやっていけるという事もある程度わかってきた。
何もかも放り出し、カグツチとか創世とコトワリとかを何も考えず
仲魔達とこの世界で自由にすごすというのも一つの選択肢かもしれない。
それは確かに魅力のある話だ。
今まで考えもしなかったが、それもありなのかもしれない。
けれど自分は・・・その誘いに乗るわけにはいかない。
だって・・
「・・・さりげなく挑発するなこの不良ハンター!」
どん! ぷす
「っ・・!」
思いきり背中をぶつけてやると
勢いがよすぎてツノの刺さったような音と押し殺したうめき声がしたが
ジュンヤはかまわなかった。
ダンテは時々こちらを試す。
からかっているのか遊んでいるのか
それとも本当に自分の事を思ってくれているのかは分からない。
けれどダンテは時々こちらの緩みかかっている心の紐を
しっかり結びなおしてくれるのだ。
普段は横暴で人の事などおかまいなしなダンテだが
ふとした拍子や思いがけないところ、あるいはいつの間にかなど
とにかくダンテはその横暴さの所々に小さな助け舟をさりげなく入れてくれる。
それはとても微妙な力加減で
寄りかかる事もすがる事もできない微妙な優しさだが
ジュンヤはその歩くための杖にはならないけど
それでもいつも前にいて、時々後ろを振り返ってくれるような
こちらの意思を尊重してくれるような気遣いが・・実は結構好きだったりする。
後ろから「・・・痛ぇな少年」といつもの文句が聞こえてくるが
ジュンヤは無視して後ろに体重をかけた。
皮コートの感触は柔らかくも暖かくもなく
おまけに結構乱暴にしたのに微動だにしていない壁のような背中だったが
ジュンヤにはなぜかとても心地いい。
もちろんそんなの変な風につけ上がらせるだけなので
口に出して言ってやらないし態度に出してやるつもりもない。
だがそれでも分かってしまうのか、後ろで少し笑ったような気配がした。
「・・なんだ珍しい。甘えてるのか?」
「背もたれなくて疲れたんだよ」
それは半分嘘で半分本当。
けどそれすらもバレているのか後ろの楽しそうな気配は持続したままだ。
「・・素直じゃないな」
「言ってろ」
悔しまぎれにぎゅうと体重をかけてやったが
やっぱりそれはあまり動かずそこからどくような気配もなく
ずーっとそこに居座ったままだ。
でもこの時ジュンヤは知らなかった。
実はダンテもジュンヤと同じようなことを考えていて
痛くてもそこからどかなかったことを。
最初は純粋な興味から持ちかけたジョーク。
それが一緒に行動を共にするようになり
意外性、可能性、運、自分にないもの、自分に似ているもの
そんなものがいつの間にか色々なものと混ざり合い
狩りのついでにガキのおもりをしていたつもりが・・
今やそのダンテもこの少年のそばが自由気ままに動くよりも、悪魔を狩るよりも
結構好きだったりする。
この砂ばかりの殺伐とした世界で唯一人らしい温かみのある場所だからか
それとも自分が今まで削ぎ落としてしまったものがここにあるからか
それとも・・認めたくはないがこんな年端も行かない少年に依存しているのか。
そのどれが正解なのかはダンテにも分からないが
ジュンヤがそこから逃げない限り、ダンテはそこからどくつもりはない。
けれどそんなのは大人の事情と言うやつで
口に出して言えるものでも態度に出せるものでもないのだが・・。
「・・ところでダンテさん」
「ん?」
「どっか行かないのか?」
「ジャマなのか?」
「だから質問を質問で返すのは・・」
「ジャマなんだな?」
「・・、聞けよ人の話!!
」
どん! ぐさ
思いっきり全体重をかけてぶつかってやると
今度はどこかまともに刺さったような音がして
後ろからちょっとマジな悲鳴が聞こえた。
「・・ッ、おまっ!今モロに入ったぞ!?」
「そんな所にいるダンテさんが悪いんだよ!」
「イヤならちょっと移動すればいい話だろうが」
「そっちこそ!そこからちょっと横へ移動するかどくかすればいい話じゃないか!」
「面倒だ。断る」
「そんな手間か!」
「オマエこそどうなんだ。それだけ歯向かってくるなら・・」
「ノーコメント!」
「・・頑固なガキだ」
「ダメ大人に言われたくない」
などと背中合わせのままどっちもどっちな事を言い合うが
双方が頑固にそこからどかない理由はただ一つだけ。
こうして背中を預けているのが双方結構心地よくて
なんとなくそこから動けなくなっているなんてのが
本当の理由なのだけれど・・
「だからさっき言っただろう。オレは・・」
「図々しくて自己中で勝手で横暴で大人気なくてバカなんだろ。
知ってるよそのくらいは」
「・・倍以上に増えてるだろうが」
「事実だし」
「・・かわいくないガキだ」
「誰かさんに似たんだよ」
「そうかい」
と言いつつ今度はダンテの方からぎゅうと体重がかかってきて
体格差でつぶされたジュンヤからぐえとかいううめき声がもれた。
それでもその不毛なようで実は仲のいいやり取りは
フレスベルグ達が飽きて戻ってくるまでそこそこ長い時間続いたらしい。
2人共普段も今もそれなりに素直なのだけれど
こう言った時はつい意地を張ってしまう性質上
両方ともちゃんとした本心を相手に向かって言う事は
今しばらく、少なくともこの世界から出るまでは
どちらも言ってやるつもりはまったくない。
子供で大人で微妙な仲良し。
戻る