「こんにちはヴァルゼルド。起きていますか?」
以前声をかけられた時少々失敗した経験があるので
その声だけは最低限認識して起動するようになっていた彼のメインモニターは
蓄積されていたエネルギーを回してのぞきこむ人物に視点を合わせる。
長い節電から目覚めてから色々協力してくれる人物を
見間違えるはずもなく照合の必要もない。
赤い髪、白い帽子、青い目はいつも優しいということが
機械兵士の彼にもわかってしまうのだから不思議なものだ。
「おはようございます教官殿。今日のお目覚めは完璧であります」
ガレキにうもれたままびしと手を上げるヴァルゼルドに
アティはいつもの優しい笑みを浮かべた。
「はい、おはようございます。
今日は寝ぼけないでちゃんとあいさつできましたね」
「エネルギー蓄積量にも余裕ができましたので
教官殿がいつ来られてもわかるようセンサーは常時機動させてあります」
といってもこのスクラップ置き場で動いているものといえば
アティとヴァルゼルドだけなのだが。
「じゃあ修理の方はもう少しですね」
「エネルギー切れによる機能停止の危険は脱しました。
ひとえに教官殿は自分の恩人なのであります!」
がしょんと音を立ててスクラップにうもれていた鋼の上半身が持ち上がり
再びがしょんと元の場所に戻る。
どうやら頭を下げたつもりらしい。
「あ、だいぶ動けるようになったんですね」
「ソーラーパネルの修復も完了しましたのでエネルギー効率も格段に上昇
各部の修復が終われば後は光エネルギーだけで元気百倍であります」
「じゃあもう少し日当たりがよくなればヴァルゼルドも元気になりますか?」
「それはもちろんであります」
「じゃあ・・・」
アティはスクラップで転ばないように気をつけて歩き
ヴァルゼルドのいる場所から少し離れた平らな所で両手を広げて見せた。
「ここ、影になるものがないからすごく日当たりがいいんです。
そこはお昼まで日影になっちゃいますからここまで来れませんか?」
確かにそこは今ヴァルゼルドのいる場所より日当たりが良く
天気が良ければ一日中日の当たりそうな絶好の日光浴場所。
その上各パーツの修復状況やエネルギー量からしても十分移動できる距離だ。
「なるほど、さすが教官殿。ナイスな考えであります。では早速・・・」
ギギ・・・ガキ
「おや?」
身を起こしかけたヴァルゼルドの腕に何かひっかかる。
ギギ、ギョイン、ガチガチ、ムギギーー
引いても押してもねじってもやっぱり何かひっかかる。
「教官殿、左腕の一部が動かないのでありますが・・・」
「え?ちょっと待ってください。えっと・・・」
戻って来たアティが調べてみると、ヴァルゼルドの腕が
かなり立派な鉄骨にはさまれているのに気付いた。
ためしに押したり引いたりしてみるが、かなり大きな鉄骨らしくぴくりともしない。
「大きな鉄骨があるんですけど・・・ちょっと動きませんね」
「いえ、心配ないのであります教官殿。
機械兵士の自分ならこの程度の重量気合で・・・」
がきょぎりぎり、がぎんがぎんガチャガチャ
強がってはみたものの、左右上下、ねじってももがいても暴れても
動きをさまたげる鉄骨はまったくもって動かなかった。
「・・・動きませんね」
「こ、これはなかなかに手強い相手であります」
「・・・う〜ん、困りましたね」
アティの困ったような顔に、ヴァルゼルドの闘志に火がついた。
「なんのこれしき!鉄骨の1本や1千本、自分のど根性と友情パワー(?)があれば
平気のへいちゃらであります!」
言うなりヴァルゼルドの目が赤く光り、全身にバチバチと電流が走りだす。
人でたとえるなら鼻息を鳴らして気合を入れているのかもしれないが
機械兵士に詳しくないアティにそれが何を意味するのかはわからない。
それでもさすがに心配になって、あまり無理をしないで下さいねと言おうとした時
彼の頭部に無数のライトが浮かび上がり、そして気合一声
ヴァルゼルドがほえた。
「ファイトーーー!!いっぱーーつ!!」
ギご、ガギギギ、ドゴーーン!!
騒々しい音と共にガレキにうもれていた腕が引っこ抜けた。
のだが・・・。
一瞬地面ががたりと不吉にかしぐ。
んゴゴゴゴゴゴゴゴゴ
そしてなんだかとっても不安をかき立てる嫌な音が
二人のいるスクラップ山の上から聞こえてくる。
「・・・えっと・・・」
「・・・あー、教官殿・・・」
「・・・嫌な予感しませんか?」
「・・・非常にします。動けるようにはなったのですが
自分は・・・今なにかしてはいけない事をしたような気が・・・」
ヴァルゼルドの言葉が終わらないうちに悪い予感は的中した。
見上げれば積み上げてあったありとあらゆるスクラップが
ガンゴンどかガチャ、にぎやかな音を立てながらなだれ落ちてくるのだ。
逃げ場はない。
右も左も動かないだけで、なだれてくるものと同じスクラップしかない。
「教官殿!!」
先に我に返ったのはヴァルゼルド。
自分は元々ここに埋もれていたのだから多少の損害ですむが
アティは生身の人間。鉄のなだれに巻き込まれれば無事ですむわけがない。
思った瞬間身体が動いた。
動作テストをしていない部分やまだ修復途中の脚部さえも
まったく誤作動なくすべて完璧に起動した。
立ちつくしていた白い身体に走りより、素早く腕に抱え込み走り出す。
だがスクラップの速度は計算するまでもなく
ヴァルゼルドの足で逃げ切れるものではない。
回避不能、最善の打開手段検索。
計算結果。
ヴァルゼルドは覚悟を決めて、流れてくる鉄の波に背を向け
アティを腕の中にしまいこみ、衝撃にそなえる。
教官殿・・・!!
できるかぎり自分の身体にアティが隠れるように身を丸めて
ヴァルゼルドは生まれて初めて無意識にだが神に祈った。
その時腕の中のアティが何かつぶやき
背後に光がうまれたのをヴァルゼルドは気付かない。
そして轟音とヴァルゼルドの距離があと数メートルに迫った瞬間。
ガン!ドガガゴガガガンガンゴン!!
すさまじい激突音。
ヴァルゼルドは身を固くして衝撃に耐えようとしたが
しかしどうゆうわけか音ばかりで衝撃がない。
「・・・?」
恐る恐るヴァルゼルドが振り返ると
いつからいたのか人の半分もないずんぐりしたロボットが
自分の何倍もある古い鉄板を盾にガレキを防いで押し止めているのだ。
ガキンガンゴンガカンゴガ
・・
そしてようやくなだれがおさまると、小さなロボットは背中の排気パイプから
ブシューと勢いよく白煙を吐き出し、ずんぐりした身体に似合わない
高めの電子音をだしてヴァルゼルドの方を見た。
『安全な所へ』
それは言葉ではなかったが、そう言ったのを同じ機械であるヴァルゼルドは直感し
あわててアティを抱えてその場をはなれると
少しして背後で最後の轟音が響き渡る。
「あ・・!」
あわてて振り返っても、そこには周囲と同じスクラップの山があるばかりで
あのずんぐりした小さなロボットの姿はどこにもなかった。
「・・・・・・ゼルド、ヴァルゼルド?」
腕の中の聞きなれた声に我に返ると
ほぼ無傷のアティがこちらを見上げているのが視界に入った。
「きょ!教官殿!ご無事でありますか!?」
「・・・あ、はい、私は平気です。ヴァルゼルドは大丈夫ですか?」
「はい自分は・・・問題ありま・・・」
そこでふと
ヴァルゼルドはとっさだったとはいえ、アティを抱きつぶさなかった事が
機械兵士である自分には奇跡のような事だったということに今ごろ気付き
腕を解いた直後がしょんと地面にへたりこんだ。
「ヴァルゼルド!?大丈夫ですか?!」
「・・・こ・・・」
「こ?」
「・・・こ・・・腰が抜けたであります」
嘘ではない。
動作テストも点検もしないで急激に動いたため
修復途中だった半身の回路が焼けついて反応がないのだ。
「・・・・もうしわけありません教官殿。自分の行動で教官殿を危険な目に・・・」
「いえ、ちょっとした事故だったんですから気にしないで下さい。
それに移動しないかって言い出したのは私なんですし」
あれほど危険な目にあってもアティは大して気にもせずのん気なもだ。
「しかし・・・!」
「それにヴァルゼルドはちゃんと私を守ってくれたじゃないですか」
「・・・・」
「だからいいんです。貸し借りなしです。ね?」
そう言って笑うアティに、ヴァルゼルドはもう言い返す事はできなかった。
というか、言いたい事はあったはずなのだが
どうにもこうゆう笑顔を向けられると並べる言葉が浮かんでこない。
いいといわれたのに何か釈然としないヴァルゼルドだったが
センサーに動体反応が出たので即座に周囲を警戒すように首をめぐらせる。
しばらく周囲を見ていると、今できたばかりのスクラップの山から
何かが這い出してくるのが見えた。
色々な物をかきわけで出てきたのは、先程盾を作って二人を守っていた
少し小さな緑色のロボット。
それはよく見るとロレイラルでは各種作業用に使われていた機体のはずだ。
「あ、ご苦労様。大丈夫ですか?」
アティのかけた言葉にそのロボットは背中から白煙を吐き出しながら
平気だと言うように高めの電子音をならして答えた。
「・・・教官殿、その機体は一体・・・」
「私の召喚したゴレムさんです。とっても力持ちで頑丈な子で
私もよく助けてもらっているんですよ」
ゴレムと呼ばれた機体はがたごとガレキから這い出し
アティの足元にやってきて背中の排気パイプから短めの煙を吐き出す。
頑丈だと言われただけあってあれだけのガレキの下敷きになっても
小さなボディーには傷一つない。
「・・教官殿の部下でありますか?」
「いえ、部下というよりここにとどまってお手伝いしてくれる召喚獣ですから・・・
お友達みたいなものですね」
足元のゴレムがちょっと誇らしげに大きめの腕を振り上げて見せた。
ヴァルゼルドはそれを見て何を思ったのか、いきなりがしゃんとうつぶせになり
がんと一発拳で地面をたたいた。
「え?どうしたんですかヴァルゼルド?どこかケガでも・・・」
「いいえ!そうではありません!自分は・・・自分はなさけないのです!」
「え?」
「自分の失態で教官殿を危険な目にあわせ、その教官殿に助けていただき
あげくのはてには腰を抜かしてしまうなど!
自分は海より深いトンマであります!へっぽこであります!」
駄々をこねているつもりか、ヴァルゼルドはうつぶせのままガチョガチョもがく。
「・・・え?あ、あの、別に気にしないで下さい。
それに二人とも無事だったんですからそれでいいじゃないですか」
「ダメでなのであります教官殿!」
ヴァルゼルド、ぐわばと身を起こしたが支えきれなかったらしく
片腕から火花が散って、ガションとあお向けに転がった。
「自分の破損個所は修理しパーツを取り替えれば修復可能ですが
しかし教官殿は生身の人間なのであります!
もしも損害があった場合パーツの取り替えも修復もできないのであります!」
「あ・・・」
まだじれったそうにガチャガチャもがいているヴァルゼルドに
アティは驚いたような顔をする。
つまりヴァルゼルドが言いたいのは、仲間にも時々言われる
他人のことばかり大切にしないでもっと自分を大切にしろ、と言うことなのだ。
「・・・しかられちゃいましたね」
足元のゴレムがアティを見上げながらピーと電子音で答えた。
「い、いえ!自分は別に教官殿をおしかりしているわけではありません!
ただそのもしもの場合、今の自分では対処しきれないと思ったもので・・・」
「ふふ、ヴァルゼルドは優しいですね」
「めっそもない!教官殿の方が100万ボルトほどお優しいであります!
自分など教官殿にくらべればヘボでドジでイモでスットコで・・・」
「はいはい、自虐はよくありませんよ。
とりあえずもう少し安全な場所へ移動しましょうか」
その言葉に控えていたゴレムが身体の大半をしめる大きな腕で
ヴァルゼルドの足をむんずと掴んだ。
「・・・え?あの、教官殿?」
「さっきの場所、ガレキで埋まっちゃいましたし
ここにいるとまたくずれてくるかもしれませんから、もっと遠くへ移動しましょう。
じゃあゴレムさん、お願いしますね」
ゴレムがヴァルゼルドの両足を持ったまま高めの電子音で返事をする。
そしてそのままずりずり引きずって歩き出した。
実の所、力は強いがゴレムの大きさはヴァルゼルドの半分もない。
つまり背負う事はできないので引きずるしかない・・のだが
なにしろここはスクラップ置き場。
ごん ごち がん ぎぎー
ヴァルゼルドは途中色々なものに当たったり引っかかったりする。
しかしゴレムは召喚主以外の事は気にしないタチだった。
「・・・あた・・・イタ・・・あの・・・教官殿・・・」
「すみません、ちょっとガマンしてくださいね」
召喚獣に似てアティもあまり細かい事は気にしないらしく
ヴァルゼルドはしこたまいろんな物にぶつかりながら
ずるずる運ばれるハメになった。
ガチャン とんとん カン ゴンゴン
ガギン! どむ めぎぎぎぎ
頭上でゴレムが邪魔なガレキを取り除き、足場を固める音がする。
足元からはアティが日光の妨げになりそうなガレキを
何かの召喚術で切断したりプレスするような音がした。
ヴァルゼルドは青い空を見上げたまま黙ってそれを聞いていて
結局アティが戻ってくるまで一言も口を開かなかった。
「・・・ふぅ、あれだけ固めておけば、もう崩れてくる事はないですね」
「・・・・」
「日当たりがよくなるように片付けましたから朝から夜まで日影はできません。
これならご飯食べ放題ですね」
「・・・・」
「えっと・・・ヴァルゼルド?」
「・・・・」
「何か・・・怒ってますか?」
「・・・・」
「おーい、ヴァルゼルド〜?」
なんだかすねた子供をあやしている気分になり
アティはちょっと困ったような顔をする。
作業を終えてガチャガチャ戻って来たゴレムが
足元で不思議そうにポピと鳴いた。
「あの・・」
「自分は・・・」
ぽつりと先に切り出してきたのは空を見上げたままのヴァルゼルド。
「・・・自分は、教官殿に助けられてばかりであります。
ガレキの中から助けられ、エネルギー切れ寸前で助けられ
自分のしでかした失態で再びガレキの中に埋まりそうになる所を助けられる有様」
「・・・・」
「自分は教官殿より強固な機械兵士でありながら!
何一つ教官殿のお役に立てず・・・!」
ぴ
見上げた空の中に人差し指がうつる。
少しして、見なれた赤い髪と白い帽子
いつもの優しい笑顔が視界一杯に広がった。
「何言ってるんですか。さっきヴァルゼルドは私を助けてくれたじゃないですか」
「え?いえ、しかしあれは自分が引き起こした事態で・・・」
「でも助けてくれたっていうことには変わりないです。
それにこれは私が好きでやってることなんですから
ヴァルゼルドが気にすることなんてぜんぜんありません」
「ですが・・・」
「助ける理由とか回数とか、そんなの気にしてたら
私最初からヴァルゼルドの事助けたりしてませんよ?」
アティの足元のゴレムがそうだそうだと言わんばかりに電子音を鳴らし
背中からしゅーと蒸気を出した。
「助けられっぱなしで悔しいと思うなら
まず早く身体をなおして元気になってください。
私にとってはそれが一番の恩返しですから」
いつもの笑顔と、機械である自分にかけられるはずのない優しい言葉。
かなり長い間アティを凝視した後、ヴァルゼルドは片手をアティにのばした。
「・・・教官殿」
「はい?」
冷たい鋼鉄の手をつつんでくれた白い両手の温度を彼に感じる事はできないが
しかしその奥の心はとてもあたたかいのだと
確実にその時のヴァルゼルドには理解できた。
「教官殿」
「はい?」
「教官殿」
「はい」
「教官殿〜〜・・・」
「はい??」
つないだ手をカチャカチャ上下に揺らしながら同じ単語を繰り返す二人を見上げ
なんだか置いていかれたようなゴレムが少しあきれたような電子音を鳴らし
背中のパイプからひょろりとした、ため息のような細い煙を出した。
旅行中に速攻書き上げた一品。
ロボ類好きです。ゴレムは序盤、ヴァルは終盤に大活躍。
ただヴァルの性格がなおらないのと夜会話がないのには納得いかず
なんか書いてる内にすんげぇせつなくなってきました。
・・・はぁ。
帰る